心の鍵 1





2月13日。



思えばこの日、セイランは朝からおかしかった。
意味もなくアンジェの周りをちょろちょろしていたかと思うと、気まぐれな猫のようにふいっと姿をくらませる、その繰り返し。


「ねぇセイラン、一体何をむくれているの?」


夕食後、そうアンジェが尋ねても、彼は口をむすっと引き結び、一言もしゃべらない。
だからアンジェは。彼が何か創作で詰まっているのではないかと思い込んだのだ。

それを証拠に、食後彼は居間スペースのソファーにどっかりと腰を下ろし、A3サイズのスケッチブックに黙々と木炭を走らせていた。だが、何を描き散らしていたかは解らないけれど、その様はいつものように陶酔して創作に没頭している時とやっぱり違う。
鈍いアンジェの目でも、彼がただ、イライラを白紙にぶっつけているだけのように思えたのだ。

(そうとう凄いスランプなのかな?)

いくら天才芸術家だって、描けない時もあるものだと…アンジェは愚かにもそう思い込んだ。
だから一時間と経たないうちに、セイランがスケッチブックを一冊描き終えた時、間に合わなかったのだ。

「セイラン、ちょっと止めて!!」

台所スペースにいたアンジェが駆け寄っても概に遅く、イライラしていたセイランは、己の描いた絵を二度と見返すことなくあっさり丸ごと居間の暖炉に放り込んだ。
当然、生木をくべられるよりも酷い、もくもくと黒い煙…一酸化炭素が室内に充満する。

これにはアンジェも怒り心頭に達した。

有害な煙で中毒を起こすよりはと、寒くても窓を大慌てで全開にし、冬の冷気を取り込む。
でも、むくれているセイランに正面きって喧嘩を挑めば、あっさり負けてしまうのがわかっていたから……、冷たい外気で深く深呼吸し、気持ちを静めてから彼女は振り返った。

「今日のセイランは変よ。ねぇ、一体何が気に入らないの?」
「さあね」

セイランは忌々しげに木炭の箱に使用済みのかけらを突っ込んだ。乱暴な彼の扱いに、もろい炭は簡単に折れる。
すると彼はチッと舌打ちし、木炭の箱を迷わず暖炉に放り込んだのだ。

「セイラン!! 止めてっていったでしょ!!」

アンジェは正直、こんなに機嫌の悪いセイランは見たことがない。
これ以上怒らせたら何か起こりそうな予感もある。でも、今のは絶対にやりすぎだ。
このまま暴走させれば、家に火をつけかねない狂気も感じる。だからアンジェは自分の信条に従い、セイランを止めるべく、きつくソファーに座っている彼を見おろしたのだ。

「ねぇ、私常々言ってるでしょ? 何か言いたいことがあったら言葉で言ってって。私鈍いし、セイランのように勘も良くない。だから、言ってくれなかったらセイランのこと、解らないって」
「なら君は怠惰な怠け者だってことか。驚きだよ。堂々とそこまで開き直れるって」

いつになく棘のある皮肉に、とうとうアンジェの堪忍袋がプツリと切れた。

「何よ、私の何処が怠惰な怠け者よ!!」
「なら、思い出してみろよ。自分が僕に何て言ったのかをね」
「!!」
「守れない約束ならするんじゃない。期待した僕が馬鹿だったってことだ」
「???」
「ここまで言ってもまだわからないのかい? 最低だね君は」

傷ついた猫のような眼差しで一瞥し、セイランはふいっと顔を逸らしてソファーから立ち上がった。
そして、アンジェにくるりと背を向ける。

「何よ一体!! 私の何処が最低なの!! 私が一体何したっていうの!!」
「何もしてないよ、君は」

セイランはこつこつと歩き出す。



「今日、僕の誕生日だった。ただ、それだけだ」



その言葉と同時に、アンジェ好みの鳩時計が深夜12時を知らせて鳴き出した。
何もしていない……。そう、アンジェは何もしなかった。セイランの誕生日なのに。
彼の言葉の意味をようやく理解した途端、アンジェの顔からみるみる血の気が引いていく。

「おやすみ。今日は先に寝る」

拗ねた彼は振り向きもしない。
当然だった。

こうして、セイランの20歳の誕生日は、誰にも祝われないまま幕を閉じたのだ。


06.02.13




綾乃さんのカキコでこのネタを発掘してきました。初っ端からなんて可哀想なことを(鬼) アンジェは1年と4ヶ月ぶりの更新なのね( ̄― ̄)θ☆( ++) やっぱり慣れてる分、SEEDよりもさくさく手が進みます。
 
とうとう立ち枯れセイランの過去話ですv かなり思い入れのある話なので嬉しいですv
完結目指してこまめに綴っていきます( ̄― ̄)θ☆( ++) 



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