目覚めの刻限 2
「今、物音がしなかったか?」
そう、問い掛けたとて、もう自分の周りには誰もいなかったことを思いだし、苦笑する。
セイリオスは竪琴を下ろすと、窓の外を見た。
今夜はまだ月がない。
今頃、王宮ではマリーレインの婚儀が行われている筈だ。
湖の離宮からは、うっそうとした森が遮り、王都の街を眺めることもままならない。
この宮殿は、病弱だったマリーレインと白竜が、つい3ヶ月前まで幽閉同然に閉じ込められていた所だった。
彼女は幸薄い妹だった。彼女とて、好きで白竜とともに生まれたわけではないだろう。なのに父王や民の期待に答えられなかったため、こんな寂しい人里はなれた離宮に押し込められるなど、あまりに不憫に思い、セイルは暇を見つけては、足しげくこの宮殿に通ったのだ。
マリーレインは、あまり話をしたことが無かった。いつも具合が悪くて寝たきりということもあったが、静かで、花と書物が好きで、一人で空想の世界で遊んでいることを好んだ。
彼女は、一生このままなのだから、セイルが面倒を見つづけるのだと思っていた。彼女を守るのは自分の特権……それは信仰に似た、当たり前の決まりごとの筈だった。
それが、今や逆の立場である。
もともと、自分が将来王位についていいものかと疑問に思っていたこともあり、セイルは別に、王位継承者から外されたことには気を止めていなかった。
ただ、心配事は山積していた。
ダリス相手に、こんな行き当たりばったりの対応をしていれば、国はあっさりと占領されてしまうだろう。そうなったら、マリーレインはどうなるという?
≪お兄様……父上は、私が婿を取りさえすれば、お兄様を離宮から出して頂けるとおっしゃいました。私は、レオニスと式を挙げることにいたします≫
全く意見を主張したことがない妹が、初めて自分に決意を告げた。
≪ですから、それまではお心を強く持ってお待ち下さい≫
セイルは深く息を吐き出した。
(マリーレイン……私の為に、犠牲になどなってくれるな……)
あの子に、政治の重責を背負わせたくない。叶うものなら、今すぐにでも連れて逃げたいぐらいだった。
ぴんっ!!っと、涼やかな音を立てて、部屋の鍵が外される音が響いた。二三の足音。
セイルは杓杖を両手に持ち、立ちあがった。
「そなたたちは何者だ!!」
「殿下!! 私です!!」
「アイシュ、それに……確か……魔導士の……」
「キールです。殿下」
自分の一番信頼していた文官と、その双子の弟だ。膝を折り、一礼した二人の背後に、見慣れない金色の髪の青年を目に留めた。
「君は?」
「アルムレディン・レイノルド・ダリス」
国を追われた王子の名に、セイルは用心深げに彼を眺めた。
顔はげっそりとやつれはて、彼の胴衣も擦り切れており、そうとう荒んだ生活を余儀なくされたことを伺わせた。
「私に何の用だ?」
「助力願いたい。貴方の所の王弟が、クーデターを企んでいる。彼は国王を殺して、マリーレイン姫をダリスの正妃として嫁がせ、自分がこの国の国王になるつもりだ」
セイルの脳裏に貧相な男の顔が横切った。
カイナスは確かに、セイルの排斥と、幽閉を強行に主張しつづけた。実際、あの男が反対しなければ、セイルは家臣に降格するが、官僚として城に留まれる筈だった。
「成る程、話の筋は通っているが、君が私に声をかけた理由がわからない。君は私を担ぎ出してどうしようというのだ? 将来はダリスと戦争させるつもりか? 国をやすやすと叔父に乗っ取られた君だから、私が同調するとでも思ったのか?」
彼、アルムレディンはセイルの挑発に乗らなかった。
「確かに俺は、自分の足元が見れなかった愚か者だが、恩知らずではない。国の民を救ってくれた大恩ある聖女に対し、今の俺のできる最良の手段を選んだだけだ。
俺には今のダリス王をとめられないが、貴方なら父王の信は厚い筈。王弟の愚考を提言できるのは、貴方だけだと判断した。違うか?」
セイルは、人に対して初対面では疑って、疑って、疑いぬくことを心情としていた。それが、王国を護る者としての勤めだと思っていたからだ。
「それに、ダリスは軍を出している。国王が殺されれば、宮廷を牛耳るのは誰だ?カイナスはマリーレインを嫁がせる約束をしているのだぞ」
「クーデターはいつだ?」
「俺なら、今宵を狙うね」
「同感だな」
セイルはもう迷わなかった。夜着を脱ぎ、馬に乗りやすい乗馬服に着替える。
「アイシュ、見張りは?」
「アルムレディン殿下の配下の方々が、眠らせて下さいました。馬も入り口に準備できております」
「よし!! 王都へ向かう!!」
もう言葉は要らなかった。四人は、階段を駆け下り、それぞれの馬に跨った。
魔力で灯した光が頼りだ。
ディアーナは、レオニスに肩を貸し、煉瓦の階段をせっせと昇って行った。
通路の中は、埃と黴だらけだ。熱された空気の淀みと、レオニスの血の匂いが鼻につき、吐き気がして気持ち悪かった。
それに、風に助けてもらっているとはいえ、レオニスは百八十を超える長身だ。とっても重い。この通路がどこまで続いているのか解らないが、一刻も早く脱出したかった。
「…うう……」
「レオニス、痛みますの?」
ディアーナはレオニスの左肩を見た。彼の夜着は赤い染みが広がっていた。
(やっぱり無理でしたのね)
ディアーナの癒し魔法では塞がらない。彼女は仕方なく、彼を一度床に下ろすと、自分の裾を引き裂いて、レニオスの肩にくるくると巻きつけた。マリーレインの太股が、はしたなくも丸見えになってしまったが、ディアーナは構わないことにした。
(だって、レオニスはお婿さんなんですもの……この体は、私ではありませんし♪)
けれど、レオニスはじっとディアーナの顔をみつめていた。
見るところは別にあると思うのに、彼女がせっせと手当てしている間、彼は穴が開くんじゃないかと思うぐらい、ずっと見つめていたのだ。
「どうかしましたの? 私の顔、何かついているんですの?」
「君は何者だ?………もしかして………」
レオニスは口篭もった。
もしかして、ディアーナを、ダリスの間者だと思っているのだろうか?
ディアーナはぶんぶん首を横に振った。
「私はディアーナですわ!! マリーレイン姫の次に、竜憑きの聖女として生まれる予定ですの!! 私の竜は青色ですの!!」
「なんと!!」
レオニスは、目を見開き、次にがたがたと全身を小刻みに震わせ出した。
「ならばディアーナは、私とマリーレイン様の娘なのだな……ああ、なんということだ!!」
(違いますわぁ!!)
ディアーナは思いっきり脱力した。どう勘違いすれば、こんな解釈が飛び出すのだろう?
けれどレオニスは感動に身を震わせて、ディアーナの反応になど、全く気を止めていなかった。
「ディアーナは、どうしてここに来たのだ?」
まさかシオンに騙されて、聖女になる卒業試験で来ましたなど、口が裂けても言えない。
「今夜、クーデターが起きそうだったから止めに来たのですわ。けれど私、まだ生まれておりませんから体が無かったの。だからマリーレインの体に憑依してしまったのですわ」
レオニスはほっと顔を綻ばせた。
「そうか、姫はご無事なのだな」
(本当に忠義一途の人ですのね)
彼は、ぽしっとディアーナの頭に右手を乗せ、またあやすようにぽしぽし撫で出した。
「だが、ディアーナ。母上に向かって呼び捨てるなど感心できぬ。母様か母上とお呼びするがいい。私は父様がいいな」
「……………」
実は、とっても変わっている人かもしれない。
「あはははははは。父様?」
「うん、何だ?」
ただ呼んでみただけなのに、呼ばれた途端、レオニスの顔は幸せで輝き、ディアーヌの質問を待ちわびていた。
(何か……何か言う事は、無かったかしらぁ!!)
「早くここをでませんこと? 傷も直ぐに手当てしなくては!!」
「心配は無用。私は強い。父様は負けはしない」
そう、彼は噛み締めるように呟いている。彼は父様という言葉に酔いしれているようだ。
(……変な人……)
でも、何故だかとても楽しい。本当にこの人の娘に生まれることができたら、さぞかし溺愛して貰えるだろう。
「ところでディアーナ。クーデターは誰が起こしたのだ?……まさか……」
「カイナスですわ」
「そうか。良かった。殿下ではなかったのだな」
レオニスは本当にほっと安堵して止めていた息を吐き出した。
「あいつならば直ぐにかたがつく。分をわきまえないことを望み、王家に仇をなすならば、この私が、一気に切り殺してくれよう」
もともと、彼のことを好いていなかったのだろうか。けれど、それで話が済んだわけではない。
「でもですわ、王弟だけじゃなくてダリスの兵が動いてるのよ。それに、挙式の夜に他国の兵を手引きできるように手配しているんですもの。とても用意周到に準備している筈ですわ。それに、それに、ダリスの軍が、王都に向かっているの!!」
「なんと!! 急ぎ陛下に知らせねば!!」
二人は再び歩を進めた。今度はレオニスの方が焦っていた。
隠し通路はどこまでも長く、汗を拭いても拭いても直ぐに吹き出してくる。こんなじめじめした通路よりも、もっと他に良い逃げ場があったのではないか?
こんな所で時間を食っていたら……国王は………。もし、国王が殺されてしまったら……もう、カイナスを討つだけでは済まなくなる。
ダリスの進軍を食い止めなくては!!
(ああ、どうしてこんなに長いの!!)
≪ごちゃごちゃ考えてねーで、さっさと出て来い!!≫
「シオン!!」
「どうした?」
ディアーナの弾む声に、レオニスが怪訝そうに覗き込む。彼には、シオンの声が聞こえていないようだ。
「私の青竜の声がしたの……シオン、ね、来てるの?」
≪馬鹿だなぁ。姫さん一人に任せられるかっていうんだ。危なっかしい≫
ディアーナの心が、急に軽くなった。
「良かった!! 本当はちょっと心細かったの」
何てったって、青竜は神獣だ。彼が手伝ってくれるならば、何だってちょろい!!
幸先のよいことに、目前に扉が見えた。ディアーナは夢中で駆けより、鉄の扉を開けた。
開け放たれた扉からは、新鮮な空気が飛び込んでくる。夏の夜風が通りすぎ、汗だくになった体を心地よく癒してくれた。
「シオン!! 何処ですの?」
ディアーナは辺りを見まわした。
通路の出口は、城の屋上を結ぶ回廊の途中だった。急に割れるような怒声と悲鳴、そして歓声が上がった。
(何事ですの?)
ティアラは城壁の内側を振り返った。中庭に、次から次へと兵士が集まってくる。
「愚王を討ち取ったぞ!!」
「新王万歳!!」
夜のしじまに、時代の終わりを確実に告げる声が無情に響く。
ディアーナの血が、一気に引いた。
01.03.21
あはははは。まだシオンが出てこない〜。めぐ様怒っちゃ嫌ですよ!!
シオンは次から大活躍しますからね。
月猫は、今コタツで爆睡中……。あ、今起きた……。
歌番にて、B'z、「ウルトラソウル」また一位だって!!
オメデトウ〜!!
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