目覚めの刻限 3
中庭では、クラインの神殿騎士らが屯し、小さな丸い旗を高く掲げ、大騒ぎしていた。ディアーナ達は、彼らに見つからないようにも大きな石弓台の影に入り込み、そっと腰を屈めて見下ろした。
松明の光が影を追い払う。
「ひぃ……」
ディアーナは慌てて口を両手で押さえた。胸に吐き気がこみあげてくる。
彼女が旗だと思ったのは、槍に串刺しとなった黒髪の生首だ。クーデターは終わってしまったのだ。シオンは何処に? ディアーナはこれからどうすればいいのか?
「陛下……国王陛下……」
ディアーナの背中から、レオニスのくぐもった唸り声が届く。
「と……父様、いけませんわ。静かになさってください」
ディアーナは振りかえってレオニスの腕を握り締めた。彼は血の気を失い、怒りで身を震わせていた。
「今は逃げることを考えてくださいですわ」
「いいや、ディアーナ。騎士たる者、陛下の首をこのままにしてはおけぬ!!」
あろう事か、レオニスは単身、中庭に乗り込む気でいた。いくらレオニスが国一番の使い手だとしても、多勢に一人では勝算はない。しかも、彼は今、左肩に槍傷を負っているのだ。
「風!! 縛しなさいですわ!!」
ディアーナの言霊に従い、緩やかな風が彼の動きを封じた。彼は四肢を動かすことができず、がっくりとディアーナの肩に頭を落とした。
「父様、ごめんなさいの」
ディアーナは再び、風の力を利用して、レオニスを己の肩に背負った。
「うっ……陛下……陛下……」
ディアーナの肩が、レオニスの涙で生暖かく濡れる。何もできない憤りと悔しさ、そして無念の嘆き。今のディアーナなら、レオニスの気持ちが理解できる。自分は阻止に間に合わなかったのだ。そして、これからどうしていいのかもわからない。
「父様、仇はいつか必ず取れます。泣かないでくださいですわ」
ディアーナは、視線を四方に走らせ、シオンを探した。あの大きな青い体なら、どこにあろうと直ぐに解る筈だった。
所がその時、ディアーナの目は動く灯りの群れを捕らえた。
(ダリス軍――――!!)
彼らはまるで己の軍の規模を誇示するように、手に手に松明を掲げてゆっくりと進軍していた。扇型の陣形を取り、城下街を飲み尽くすかのように覆う。あの恩知らず達は、疫病後に、一体どれだけの軍隊を率いてきたのだ?
街の人達は気付いているのだろうか?
もし、気付いたとしても、こちらに迎え撃てる兵はいるのか?
下手すれば、パニックを起こして自滅する!!
「姫さん、こっちだ!! 早く!!」
レオニスよりちょっと小柄な青年が、ディアーナの背中から、レオニスを剥ぎ取り、自分の背に背負いなおした。そして、ディアーナの左手を引っつかむと、有無を言わせず走り出す。
戸惑ったが、この声には聞き覚えがあった。
「まさか、シオンですの!?」
「当たりだ、姫さん」
彼はフードを目深に被り、全身を慎み深く隠す、灰色の修道僧のマントを羽織っていた。
「どうして人間の姿ですの?」
「姫さんと一緒。か・り・も・の。信心深そうで、俺の好みじゃねぇ面なんだが、ま、文句はいえねーし……こら、何しやがる」
ディアーナはフードを捲ろうとして、ぺしっと手を叩かれてしまった。
「あうう……覗いてみたかっただけですわぁ」
「たく、この忙しい時に。後にしろ」
「信心深そうなシオンって、見てみたかったんですの」
「抜かせ。俺は神獣だぞ」
城壁に立つ、神殿騎士らは全員もんどりうって倒れていた。彼ら三人は、ゆうゆうと城壁を駆けぬけていく。
(これ、全部シオンが? 流石強い魔力ですわ)
ディアーナが感心したのもつかの間、その内の一人が息を吹きかえし、気力を震わせて叫んだ。
「レオニスは空中回廊だ!! 討ち取れ!!」
(きゃああですわぁ!!)
途端、ばらばらと手柄目当ての騎士達が、一斉に回廊に雪崩れ込んできた。ティアラは直ぐに呪を紡ぎ、遠慮無く突風を叩きつけた。
所がシオンは?……というと……。
彼は、魔術を一切使わずに、レオニスを背負ったまま、体一つで難なく敵を倒していってしまう。ディアーナは、その鮮やかさに惚れ惚れと見入った。
「シオン、凄いですわ。その体術はいつ習ったのかしら?」
「姫さん、俺を誰だと思ってるんだ? 適当に決まってるだろ!!」
聞いた自分が馬鹿だった。
「もう、シオンなんて!! 絶対褒めてさし上げませんわ!!」
「ははははは……姫さん、こっちだ!!」
ディアーナはシオンの先導で、どんどん回廊を突っ走った。
しかし彼らがくるくると入り組んだ回廊を駆けぬけ、辿りついたところは見事に袋小路だった。
三方全てが煉瓦造りの壁、うち両側面は、乗り越えれば大地に真っ逆様。
「シオ〜ン、どうしますの?」
ディアーナは焦った。彼女らの背後からは、煩い靴音と、耳障りな甲冑の擦れる金属音が響いてくる。
けれど、シオンは少しも焦らず、じっと足元を見つめていた。
「よし、ここでいいな……姫さん、離れてろ……」
彼はすっと腰を屈めて、思いっきり拳を床に叩きつけた。赤い煉瓦は、彼の拳を中心に丸い大きな円を描き、綺麗に粉砕される。
ぽっかりと、奈落に続きそうな大きな深い穴ができた。
「姫さんいくぞ!! レオニスにしがみつけ!!」
「はいですわ!!」
ディアーナはレオニスの背中に抱きついた。シオンは荷物の重みで捕まったことを確認し終えると、レオニスを軽々と背負ったまま、有無を言わせずこの中に飛び込んだ。
「レオニスは、空中回廊だ!! 討ち取れ!!」
そう叫ぶ兵士の声がセイルの耳に届いた時、彼らもまた別の隠し通路から、セイルの閉鎖された執務室に辿りついていた。
セイルは、父王が討たれた時点で、自分の死を覚悟していた。
この国はもう終わりだ。
彼にできることは二つだけ。マリーレインを救出し、売国奴カイナスを殺す。それもダリス軍が到達する前に、速やかに行わなければならない。
もう、残された時間は僅かだ。
最悪、カイナスは殺せなくても、マリーレインだけは逃がさねばならない。
「アルムレディン殿、妹を頼みたい」
「……セイリオス殿、貴方も……」
セイルは首を振り、いらただしげに髪をかき上げた。
「キール、まだマリーレインは見つからないのか?」
「は!!」
彼は水晶のオーヴを机の上に置き、必死に王女を探し続けていた。ところが彼が幾ら映像を呼び出そうとしても、マリーレインの姿は何処にも見えなかった。
もう時間がない。
「なら、レオニスだ。彼を映せるか?」
「やってみます」
キールが呪を唱えた途端、オーヴは黒髪の青年を映し出した。
彼は左肩に傷を負い、修道僧に背負われていた。だが、彼の背にしがみついている娘は。
「…………!!」
ピンクの珍しい髪、海のような蒼い瞳。セイルは己の目を疑った。
(まさか)
「キール、彼らは何処にいる?」
「今、近衛の詰め所です!!」
「ここは、何処ですの?」
砂塵が飛び散る中、ディアーナは咽込みながら、ゴミの入った目を擦った。
痛い目を無理やりこじ開けると、なにやら眠りこけた騎士達が空の酒瓶と一緒に、所構わずに転がっていた。シオンがぶち抜いた天井は、上手い具合に彼らを避けて落ちていた。
「近衛騎士団の詰め所だ。レオニスの部下達……すっかり泥酔してやがる……情けねーの」
「何だ貴様らは!!」
視界を白く染めていた砂塵が落ち着くと、詰め所の入り口に、神殿兵らが数名屯しているのがわかった。
「き、貴様は……レオニス!!」
「ディアーナ、やれ!!」
「はいですわ!!」
ディアーナは、シオンの声に即座に反応して、手に炎を紡ぎ出した。それは、鞭のようにしなり、扉から覗き込んでいた見張りに配された神殿兵らを攻撃した。
「うわぁ!!」
彼らは熱さに驚き、大急ぎで鉄扉の剥こう側に出ていった。ディアーナはその隙を逃さなかった。
直ぐにその扉に鍵の封印を施し、外からは入れないようにした。
それに気付いたのか、見張り兵はドアを力任せに引っ張り蹴り飛ばしているが、シオン仕込みの呪文が、その程度で破れる訳も無かった。
シオンは、レオニスを壁際のソファーに転がすと、寝たまま動けない騎士達を、平気で足蹴にしながら戸棚に向かった。
数々の瓶を物色しながら、シオンは叫んだ。
「ディアーナ、手伝え!!」
「はいですわ!!」
彼女は直ぐにソファーに駆けより、レオニスを縛っていた呪文を解除した。
そして、彼に腕をかして身を支えながら抱き起こすと、せっせと彼女が巻きつけた、即席の包帯を剥ぎ取った。
ディアーナはこくりと息を呑んだ。
明るい光の元でみると、彼の傷口は、無残にも抉れていた。
「うわっ、お前の魔法最低だぜ。全く血止めになってねーじゃねえか」
「あううう」
「私の娘を責めるな。彼女は立派だった」
「娘? なんだそりゃ」
「シオン!! 早く手当てしてあげてくださいな!!」
「へいへい」
シオンは深く追求せずに、レオニスの傷口に気前良く薬品をぶちまけ出す。
「……く……」
レオニスは顔を歪めたが、苦痛な声をあげ、ディアーナを心配させぬように歯を食いしばっている。ディアーナは、そんな姿を見るに偲びず、黙って視線を壁に向けた。
そこには、大きな肖像画がかかっていた。
天井からほぼ床まで届く縦長の絵で、二人の人物が描かれていた。
一人は黒髪で端正な顔立ちした青年、その隣には、寂しげな微笑を浮かべた女性が揃って佇んでいた。
その女性の髪はピンク色。瞳も海のような蒼。
ディアーナに、とても良く似ていた。
「父様、これはどなたなのですの?」
呼ばれたレオニスは、嬉しそうに微笑んだ。
「陛下と二番目の王妃様だ。王妃様はマリーレイン様と白竜をお生みになった時に亡くなわれた。ディアーナはきっと、王妃様に似たのだな」
(そうだったんですの)
ディアーナが、マリーレイン姫のお母さんに似ていたから、レオニスは自分を、将来マリーレインが生む娘だと勘違いしたのだ。
「そうだな。ディアーナは、マリーレインに似た」
??
「シオン、私の何処がマリーレイン姫ににていますの?」
「似てるじゃねえか。ほら、その王妃……マリーレインっていうんだぜ」
「そうなんですの?」
「ああ、お前の母親だ」
「え?」
今、シオンは何と行った?
ディアーナは、自分の耳がおかしくなったのかと疑った。
突如、ディアーナが縛した扉が開いた。
開かれた扉の中央には、神官と、神殿兵を従えた王弟カイナスが、仁王立ちしていた。
「レオニス!! マリーレインを何処に隠した!!」
彼はかなり焦っていた。貧相な顔が、怒りでどす黒く染まっている。
「よう、カイナス。ご苦労なこって」
シオンはあろうことか、王弟に向かって、ぴらぴらと手を振っていた。
この馴れ馴れしい態度に、彼は激怒した。
「無礼な僧め!! 殺してしまえ!!」
騎士らが飛び出す前に、弓矢が乱舞した。バルコニーから突風が吹き寄せ、セイリオスとアルムレディンが剣を、キールとアイシュが長弓を腕に構えている。
「カイナス!! 貴様だけは許さない!!」
「おっと、兄ちゃん。ちょっと待ってくれな。俺はまだ、こいつに話があるんだ」
シオンは傲然とマントを取り払った。
中から出てきた青年は、真っ直ぐな青い髪をたなびかせ、射るように王弟を睨めつけている。性別は違えども、こんな凛々しい美貌、滅多にない!!
「あんたのおかげで呪縛が解けたんだ。とりあえず、礼をいうぜ」
「………お前は………」
ディアーナは信じられなかった。
「どうして……ですの? どうしてシオンが、マリーレインなんですの?」
いや、状況は読めるのだが、感情が認めることを拒否している。
そう、認められる訳が無い。信頼し、信用しきっていた人に、自分がずっと偽られていたなんて!!
「シオン!! 説明してくださいな!! 一体どういうことなんですの!!」
どうしても声が上擦り、金切り声になる。
「ディアーナ。俺が何の為に、お前をここに送ったのか、もう見当ぐらいつくんじゃねえのか?」
ディアーナの胸が閉めつけられ、目から涙が滲んできた。
「試験なんて、嘘でしたのね!! 本当は私がマリーレイン姫だったんですのね!!」
レオニスも王弟も、セイリオスもアルムレディンも……皆狼狽して立ち尽くしている。
あの壁の絵の王妃が……本当にディアーナの母親ならば、この体が本当にディアーナ自身の物ならば。
シオンが、この体をずっと憑依して乗っ取っていたのだ。
ディアーナは嗚咽を堪えて叫んだ。
「どうして私の十七年を盗んだの?」
シオンは、眩しげに絵姿の王妃を眺めた。
「好きで盗った訳じゃねーよ」
01.03.22
うふふ〜♪ やっとキャストが出揃ったぁ♪
後はラストに向かって書くだけね。
でも、シオンが女性になったら……絶世の美女?
う〜ん、ちょっと、苦しい表現だったかもしれない。
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