アナザーで会いましょう


1.旅の始まり





パコパコパコパコ
パコパコパコパコ

ガモフの司令官室には、でっかい窓がある。
執務机からみえる外の風景は、日々変わらぬ深遠の闇で、輝く星々は今日も煌めいて美しい。
キラにとって、新たなOSプログラムの組み立ては楽しいけれど、一週間連続でパソコンの画面と睨めっこし、ひたすらキーボードを叩きまくる毎日は流石に飽きる。
キラは凝り固まった肩をぐるぐる回し、体の中に澱んでいた息を吐き出すかのように、大きく息を吐露した。

「……ううう、潤いがない……」
「……ああ、何か言ったか、隊長ぉぉぉ?……」

おどろおどろしい重低音で、キラの独り言を遮ったのは、アマルフィ隊の副隊長だ。
キラのまん前では、今ミゲルとラスティが、事務机二つを仲良く並べ、血走った目でペンを持ち、うず高く積まれた決済書類に『アステール・アマルフィ』の名前をひたすら書きなぐっている。
嫌で面倒なことは後回しにするキラだったが、今回は二人に申し開きもできないぐらい、とんでもないことになっていた。
いくら20畳もある執務室とはいえ、書類でできた1メートルの塔が7本、タケノコのようににょきにょき床から生えている図は、見ていてとても危なくて暑苦しい。

「…ったく、信じらんねーこの休暇申請、3週間前のじゃねーか……、休み取れたのかよゼルマン艦長。おいおい、こっちは食料入荷申請書か。……ちぃっ馬鹿キラ、食堂のメニューがこの頃不味い非常食ばっかりだと思ったら、てめぇのせいか、………この、無能、無能、無能!!」

(……あうううう……、ラスティが怖いよぉ……)

アマルフィ隊に入隊して僅か2週間、そんなラスティに罵詈雑言を浴びせられても、キラは何も言い返せずに、うひぃと首を竦めた。
副官のミゲルは監督不届きでキラと連帯責任を負わされる立場だから仕方がないが、ラスティは、たまたまキラに用事があってこの部屋にやってきて、見てはならない修羅場を知った為、口封じの意味も含め、無理やり共犯者の憂き目にあったのだ。
でも、今更言い訳だが、キラは本当に知らなかったのだ。
白服がパイロットを束ねる隊長服ではなく、艦隊司令の役職を示す制服だったなんて。

キラの元に回ってきた、決裁を求める書類は多岐に渡っていた。
軍人達が生きていく上必要不可欠な食料や水を始め、弾薬、医療品、制服などの衣類、リネンや毛布などの備品、エネルギーの補給とて、キラの署名が入った申請書が無ければ、ガモフには螺子1本たりとも入荷することはない。
また逆に、廃棄ゴミの処分や出荷等、ガモフから出すものには、キラの許可がいるのだ。それが例え、何時爆発するかわからないような不発弾でもだ。そんなものをガモフの格納庫に保管しながら、宇宙を運行するのは、恐怖以外のなにものでもない。
また、ガモフに配属されたクルー達のシフト表も、休暇申請も、退役、部署移動申請も、キラの署名なくては承認されたことにはならない。

そんな大切な書類の山を、知らぬこととはいえ読むのが面倒だからとほったらかし、ひたすら義父に頼まれたプログラミングをほいほい引き受けたキラは確かに考えなしだ。事実今、この部屋に滞っている書類のせいで、ガモフは内部から崩壊寸前である。

いくらキラやミゲル達が優秀なパイロットでも、弾薬無しでどうやって戦えという?
大体ユニウス7が助かり、食糧事情も上向きで、プラントに再び飽食の時代が来つつあるというのに、何が悲しくてガモフのクルーだけ餓死の恐怖に見舞われねばならない?
この頃食堂からおやつが消えたのを、キラ自身『戦争中だから、仕方ないよね』と、寂しく愚痴っていただけに、それがこんなアホな理由だったと知った今、ラスティに言われるまでもなく、さぼっていた自分自身に蹴りを入れてやりたい。

≪キラ、キラァ……、ヨクヤッタ♪ ヨクヤッタ♪……お仕事終了、お仕事終了、アソボー……♪≫

アスランお手製…手の平サイズの翡翠色したミニハロが、お気楽にも17時を知らせながら、ぽーんとキラの執務机に飛び乗ってきた。
確かにシフト表によると、今から15時間、キラは楽しい自由時間だ。
夕食を取り、お風呂に入り、適当に自由時間を過ごした後、すこやかな8時間の睡眠が約束されている筈。
だが、この状況で二人に仕事を押し付け、『じゃあ、後は宜しく♪』とばっくれたとあっては……いくらキラに甘いミゲルとラスティでも、きっと瞬時に殺意が芽生えるだろう。


パコパコパコパコ
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勿論、キラはミニハロの電源を落とした後、席も立つことなく、引き続きキーボードを叩き続けた。
一刻も早く、義父から頼まれた超特急のOSを仕上げ、憐れな二人に合流して書類を片付けねばならない。
そんな修羅場な彼女のパソコンに、緊急通信のランプが赤く点灯した。

(……誰だろって……、うわぁ、義父さま!!……)

締め切りは確かに昨日の14時だった。でも、キラなりに頑張ったのだ、できてないものは仕方がない。
ビクビクしながら通信の回路を開くと、17インチの画面一杯に、義母のロミナのほんわかした笑顔がアップでうつっている。

≪キラちゃ〜ん、元気ぃ?≫

無邪気にぶんぶんと手を振る彼女の横で、義父のユーリもにこやかに微笑んでいる。

≪キラちゃん、お疲れ様。確か今から休憩だったね? ちょっとこっちに出てこれるかい。ロミナが差し入れを持ってきたのでね≫

何故義父が、キラのスケジュールを知っているのだろう?

≪ペルセフォーネの新作チーズムースケーキよ。お母様、待ってるから〜♪≫

確かにガモフは、今からディッセンベルのコロニー郡に接近する。
この戦艦は、食料と水を積み込むためにユニウス12まで突っ走るのだ。寄ろうと思えばついでにディセンベル市にある、父のラボに行ける。
だが、滅多に家に帰れない娘会いたさに、新作ケーキ片手にコイコイ手招きする義母……これでいいのかザフト軍?
義母に可愛がられている自覚があるだけに、無碍に断るのも忍びない。
キラは恐る恐る顔を上げ、ディスプレイの向こうにいる己の副官と新人パイロットの様子を伺った。
果たして、ペンを必死で走らせながらも会話に聞き耳を立てていた二人は、ギンギンに目を光らせ、キラをじっと睨んでいる。
キラはダラダラと冷や汗を流した。

「あ、あの…お義母さま、僕、やっぱり仲間に示しがつかないから……」
≪いいから来なさい、理由なんて私がいくらでも捏造してあげるさ♪ ん〜と……あ、そうそう君に頼んでおいたOSの納入日は昨日だったね。できているまででいいから持ってきなさい。ノートパソコンごとなら直ぐ来れるだろう?≫

流石、妻にデロデロ甘いユーリである。
いくらついでの用事と判っていても、軍のモビルスーツ開発における最高責任者に仕事を命じられれば、軍人であるキラに拒否はできない。
キラはがっくり項垂れると、通話を終え、パソコンの電源を落とした。
そして、必死で顔に笑顔を貼り付け、少しでも可愛らしく見えるように、ちょっこりと小首を傾げながら上目遣いに二人を見上げてみた。

「えっと〜えっと〜、ミゲル、ラスティ、差し入れ何がイイカナ? 僕さ、二人に好きなもの奢るから………、えへへへへ〜♪」

無邪気を装ったキラに対し、ゆら〜りと、二人が幽鬼のように立ち上がった。


☆ 彡


「あれキラ、出るの?」
「……うん……」

格納庫に、よれよれと足取りも怪しく現れたキラに向かって、ハイネがひらひらと手を振ってくる。
彼はレイに譲る予定なジンの足元におり、MSと繋いだコンピューターに色々数値を入力していたようだ。きっと、この隊最年少の少年が使いやすいように、OSのカスタマイズを手伝っていたのだろう。
シフトによると、ハイネはキラと一緒に17時で休憩時間に突入している筈だ。
やっぱり兄貴肌で面倒見がいい彼らしい。

「……なんかさ、お前ボロボロじゃねーの? 大丈夫か?」

疲れた風情のキラが心配だったのか、歩み寄ってきた彼が、ポンッと、いつものように頭をくしゃくしゃと掻き撫でる。その瞬間、キラはふぎゃあ!!と涙目になった。

「あれ、キラ、頭でもぶった?」
「……ううう……、ちょっと〜……」

キラはさっきミゲルとラスティから、それぞれ頭に強烈な拳骨を食らったのだ。
その後、土下座せん勢いで謝り倒し、高級酒をそれぞれ一本ずつ奢る約束をし、やっと二人から養父母達の元に行く許可を貰った。
あの恐ろしい部屋に篭っていたからこそ、この開放感溢れる格納庫も、爽やかに笑っているハイネも眩しく見える。

「でもさ、そんな格好ってことは、親父さん達からの呼び出しか?」

彼はにんまり含みのある笑みを零すと、キラの頭上から足元までジロジロと視線を走らせた。
今、彼女はフェミニンな、白レースぴらぴらの三段重ねドレススーツに、ラスティの手で綺麗にピンクメインに化粧を施され、同色の細いリボンをいくつも腕や手首に首、そして髪に巻かれている。
ロミナの嗜好を如実に掴んだコーディネートだろう。
ただ、17インチものでっかいディスプレイ画面を持つノートパソを持参する為、巨大なトートバックが雰囲気をぶち壊しているが、これも軍人故仕方あるまい。


「うん、ペルセフォーネの新作チーズムースケーキ受け取りついでに、お義父さまにお届け物。母様が20個予約しておいてくれたみたいで♪」
「ほ〜お前、仕事よりケーキの方がメインか」
「……はうっ!!……」

しまったと口を噤んだがもう遅い。
ハイネはにまにま笑ってキラを見おろしている。

「まぁあそこはさ、ディッセンベル市で一番と言われるパティシエが作るケーキだもんな。菓子限定で食い意地のはった『いやしん坊』なら、絶対いくっきゃないよな」
「うううううう!!」
「いいっていいって、食えるうちに食いたいもん食っておけ。俺達軍人なんて、いつくたばるかわからないんだからさ。キラみたいにやることきちんとやっていれば、暇な時に何してたって、俺達は誰も文句はいわねーよ」

彼に悪気はない。ないが、書類を溜めに溜めてラスティに『無能!!』 と断罪された今、ハイネの言葉はキラの胸にぐさぐさ来る。
一通りからかって満足したのか、ハイネはくつくつ喉を鳴らし、ポシポシとキラの髪を軽く撫でた。

「まぁキラらしいけど。でさ、お前マジでそれでいくのか?」
「いいじゃん、フリーダムは僕の『私物』なんだから」
「けどさ、一応行軍中で宇宙勤務時にさ、買い食いでモビルスーツ出すか普通?」

自らザフトに入隊した彼女だが、フリーダムはキラが元いた世界から持ってきたオーパーツだ。例え誰であっても、この機体を自分が使用することに、異議を唱えさせたりしない。
だが、この普通でない上司が好きなハイネも、結局キラに甘いのだ。

「ま、気をつけて行って来いよ。宇宙は何が起こるかわかんねーからな」
「うん、2〜3時間経ったら帰ってくるから、皆で僕の執務室でお茶しようね♪ ミゲルとラスティも待ってるから」
「んー、やつらも結構食い意地が張った甘党だからな。逆に分け前が減るから来るなとか言いそうじゃねぇの?」
「ううん、熱烈に大歓迎間違いなし。やっぱり美味しいものは皆で食べた方が嬉しいよ、きっと来てね♪」

キラは笑顔で誤魔化しながら、見えないコウモリの羽根と悪魔の尻尾をぶんぶん振りたくった。
そりゃミゲルとラスティは涙を流して喜ぶだろう。あの執務室の惨状では、口の堅い署名書きの増援は、喉から手が出る程欲しい筈だ。
だが、キラの思惑など知らないハイネは、にこやかに笑っている。

「はいはい、じゃ、俺はとっておきのアールグレーを持参してくよ」

アイスにしても美味い、ちょっとほろ苦い紅茶は、しっとりと甘いチーズムースに合うだろう。それにハイネはお茶を入れるのが抜群に美味いのだ。

「うわ〜い、流石ハイネ♪」

人員確保決定の嬉しさのあまり、思わず彼の腰に抱きついて、ゴロゴロに懐いてしまう。すると、いつの間にかジンのコックピットにいた筈のレイが、無表情のままわたわたと、キラとハイネの間を引き剥がし、彼女の腕にしがみついてきた。

「キラ、荷物持ちで俺も行く」

上目遣いで可愛く強請られれば、レイにめろめろ甘いキラである。
思わずこっくりと頷きそうになったが、その前にハイネが即座にレイの首根っこを引っつかんだ。

「駄〜目。犬っころとキラを二人で出しても、お前はお目付け役にもならねーだろが。ほれ、さっさとカスタマイズの続きをしろ。キラが帰ってきたら早速茶会に行くんだろ? それまでに片付けちまおうぜ」
「あはは、レイ、頑張ってね〜♪」

レイの縋りつくような純真な眼差しを振り切って、キラは慌ててフリーダムへと、履きなれないピンヒールで床を蹴った。
無重力空間は、こういう時には楽だ。
楽々コックピットに辿り着くと、キラはいそいそと手動でハッチを開いた。

そしてフリーダムに乗り込もうとキラが鞄を放り込んだ時、ぱしっと、誰かが彼女のトートバックを受け止めた。
途端、キラは顔を強張らせた。
人の気配を感じ、こくりと息を呑んでシートに目をむければ……、そこには不思議な青紫色の髪を肩で切りそろえた美しい青年が、キラを無視したまま引っ張り出した操縦用のキーボードを使い、黙々と何かを入力している。

「……貴方誰? やめてよ、僕のフリーダムで何してるの!!……」

ぱたぱたと体をまさぐるが、勿論私服では銃を携帯していない。
となると、もう実力行使しかない。

「出てって、僕のフリーダムに触るな!!」

キラは青年を排除するべく、無謀にも手ぶらでコックピットに飛び込んだ。

「どうしたキラ!!」

異変に気づき、すぐさまハイネとレイが銃を引き抜き、キラの元へと飛んでくる。
だが、二人は間に合わなかった。


「きゃああああああああ!!」
「「キラ!!」」

突然起こった白緑色の閃光に、目を奪われた格納庫の面々は、顔を覆って防御せざるをえなかった。
眩い光が収まり、再び視力が戻ってきたのはそれから2分後。
だがその時、格納庫には既に、叫び声をあげたキラも、フリーダムも、彼女を助けに向かったハイネとレイの姿はなかった。


この怪異に、ガモフの格納庫はパニックに陥った。
あるものは艦長のゼルマンの元へ、別の者は副官のミゲルを探しに向かい、後の者はおろおろとフリーダムの消えた場所を行ったり来たりと蠢くしかできなかった。


だからこの場に怪異が残した、不気味にフヨフヨ漂うもの……杖に絡みつく2匹の蛇の文様が刻まれた一枚のメダルに気がつくのは、ずっと後のことだった。



06.09.05




やっちまいました、『白キラ in 鋼の錬金術師』 〜( ̄― ̄)θ☆( ++) 
7月の下旬、月猫に例のごとく「鋼の錬金術師のテレビ、月〜金曜日まで毎日放映があるからさ、DVD焼いといて〜♪」と、頼まれたのが運のツキ。

どっぷり嵌ってしまいました、ええ、もうものの見事に( ̄― ̄)θ☆( ++) ( ̄― ̄)θ☆( ++) 

エドとアルフォンス(鎧の弟)が可愛くて、リザ・ホークアイ中尉のカッコよさに目が釘付けvv お人好しかつ兄貴肌で女運のないジャン・ハボック少尉といい、あのアームストロング少佐に大爆笑。

どうせ暫く帰ってこれないのならと、開き直って書いてしまいました。
ありえないパラレルなので、キラには『君のいない世界で』本編では結ばれる可能性のないキャラと、恋人にするつもりです。
話の都合上……白キラに一番近づくのは『雨の日は無能な方』になりますが、2番手がハイネ、3番手がレイ。そしてダークホースが……ごにょごにょ(謎)…。

白キラがアスラン以外とくっつくのは嫌だという方がいらっしゃるかもしれませんが、ハイネとレイに少しでも多く、白キラからの愛情を与えてください。
君のいない世界のアナザー・バージョンだと思って、笑って許していただけましたら幸いですm(__)m


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