アナザーで会いましょう
2.アナザーワールドへようこそ
キラの前を、白光と緑光がめまぐるしく横切っていく。
見慣れている筈のフリーダムのコクピットは、水の中のように揺らめいて、油断すれば彼女自身も川の流れに身を奪われるみたく、この場から引き離されそうだ。
人の座席に偉そうに座っている彼は、一見、どこにでもいる若者同様、真っ白いドレスシャツに、黒いチノパンというありふれた姿だった。だが、その身をミゲルに勝るとも劣らない程、ブレスレット、ネックレス、チョーカー、ピアス等、深緑色した宝石をふんだんに使ったアクセサリーで飾っている。
キラは飛ばされそうになりながらも、操縦桿にしがみつき、青紫色の珍しい髪を持つ男を睨みつけた。
「一体、君は僕のフリーダムに何をしたの?」
秀麗で壮絶な美貌が、やっと興味深そうにキラを見おろしてきた。
彼の鋭利な蒼い瞳は吸い込まれそうに美しく、視線が絡み合った途端、キラは彼から目が離せなくなった。
例えるのなら、蛇に睨まれた蛙というところか。
服を着ているのに、まるで丸裸になった気分だ。彼に観察されると、心の中も全て見透かされているように思えてならない。
「へぇ、君は自分の身がどうなるかの心配より、この機械の方が大切なんだ」
「……うう、命も心配だけど、それも大事なの。僕のフリーダムは、軽々しく他人に渡せる剣じゃない……!!」
これは核を搭載したモビルスーツ、下手な操作で爆発したら最後、兄弟機ジャスティスのように、瞬時にキラやガモフ諸共、幾多の命を奪ってしまうだろう。
それに、この機体は今のザフトにとって、戦局を左右する大事なもの。
ここで失うわけにはいかない。
「ねぇ出てってよ。僕のフリーダムに触らないで」
「おやおや君、この状況でそういう事をいうのかい? まぁ、そんな周りを読めないお馬鹿は、個人的に結構好きなんだけどね」
青年はゆったりとした構えを崩さず、皮肉に口元を歪めて笑った。
「でも、君の意には添えない。これは僕が借りていくよ」
「勝手なことを言わないで!!」
思わず、拳を振り上げて青年の顔を狙うが、彼は華奢なくせに嫌に場慣れした風情で、楽々キラの右拳を頬に当たる直前に、己の左手で防いだ。
「人の話は最後まで聞いた方が身のためだよ。僕は一応、使い終わったら、これを君に返すつもりだけど」
「駄目だって、これは……大切な機体なんだ」
キラは手足をパタつかせて暴れたが、やはり彼はキラの蹴りを飄々とかわし、びくともしない。だが、そのうちまるで蚊に狙われたアスランのように、彼は不快げに眉を顰めた。
「あんたさ、これ以上くだらないことで煩わせるのなら、僕の気が変わるかもしれないことを忠告しておく」
(僕ってば虫扱い?)
キラの呼び方が『君』から『あんた』に変わった瞬間、彼を取り巻く雰囲気が激変した。
これ以上、彼の機嫌を損ねたら最後、そのまま瞬時に殺されそうな殺意をびしびし感じる。
幾多の戦いを潜り抜けてきた、キラの本能が警告する。
こいつは、マジでヤバイ人だ。
キラはこくりと息を呑み、子供に言い聞かせるようにゆっくりと言葉を選んだ。
「貴方はフリーダムをどうする気なの?」
「このロボットを壊すつもりはない。ただ、このコンパクトに纏まった核エネルギーが要るんだ。異世界への扉を開く為に……僕は、今すぐ自分の宇宙に帰らなくちゃならないから」
キラは目をしばしば瞬かせた。
今、この男は何を言った?
異世界の扉? 自分の宇宙に帰る?
それではまるで、この男はこの世界の住人ではないと言っているようではないか。
「……貴方は、一体何者……?」
「僕はセイラン。生物学上に分類すると人間で、職業は芸術家。でも、今は不老不死の魔導士。ああ、変な皇帝が治めている宇宙では、『魔王』って名称も貰ってたっけ」
宇宙にコロニーが乱立し、化学兵器を駆使して戦争しているこのコズミック・イラの時代に、妄想を逞しく擽る『魔導士』なる職業などない。ましてや、自分自身を『魔王』と呼ぶなど、こいつは一体どういう神経を持っているのだろう。
不気味になったキラは、彼に引っつかまれた手を取り戻そうともがいたが、華奢に見える外見とは裏腹に、彼の腕は万力のように彼女の手首を締め付ける。
「……じ、実は貴方……、精神異常者さんですか?……」
「何気に失礼だね、君は。まぁいい、面倒だけれど、天然ボケなお子様は、僕にとっては保護対象だ。自分の培った性格を、大いに幸運だと感謝するんだね」
「幸運って誰が…天然ボケなお子様だ!!」
キラの抗議などどこ吹く風で、セイランはにっこり皮肉な笑みを浮かべ、ぱちりと指を鳴らした。
途端彼の手首にあるプレスレットから、深緑色の石が一つ、粉々に砕け散る。
蝶が撒き散らす燐粉のように、細かな粒となった煌く緑粉を浴びた瞬間、キラの体に押しつぶされそうな負荷がかかる。
彼女は美貌の魔導士に抱きかかえられた。
あがらいながらも意識が保てず、ブラックアウトする寸前……何故か、キラはハイネとレイが自分を呼ぶ声を聞いた気がした。
☆彡
アーモンドの木が薄紅色の花を開く春。
季節上、お腹が満たされた昼下がりは、温かな陽だまりに包まれ、ぬくぬくと惰眠をむさぼりたくなるものだ。
「なのに、何故私がこんな面倒なことを?」
アメストリア公国の5大都市の一つ、イーストシティ。そこを管轄する国営軍の施設の名前は東方司令部という。
その支部の実権を握るロイ・マスタング大佐は、部下二人の手によりお気に入りの昼寝場所から叩き起こされ、軍用車に問答無用で放り込まれたのだ。
仕事をさぼっていた分際で、後部座席を一人で占領し、眉間に皺を寄せ不機嫌を隠さない。
東洋の血を引くことが一目で判る黒髪、黒い目に象牙色の肌を持つ彼は、とても齢29歳とは思えない童顔だ。
彼は本来、人に命令できる立場なのだが、助手席に座っている彼の優秀な部下……リザ・ホークアイ中尉が、ロイの眉間にぴたりと照準を合わせて拳銃を向けている。
今の状態で、彼女を振り切って逃亡を図れば、即座に中尉の手により銃弾で蜂の巣にされるだろう。
「この度占拠されたのは、武器商人ヴェルマー氏の本宅です。密集した街中で、しかも倉庫が地下にあるため、建物内の武器は豊富です。人質は6名で全員女性です。速やかな対応が求められております」
「たかだか強盗犯に、東方司令部の人員総動員で対応に当たるとは、情けない」
ヴェルマーのことを、ロイはよく知っていた。
軍に武器を卸しているから、軍の高官とも交流が深い。だが、他国にも同じ武器を密輸しているという黒い噂もてんこ盛りだ。
大体、彼は武器売買で潤った潤沢な富で、自宅に私設の警護団を抱えている筈だった。にも関わらず、強盗に屋敷を占拠されるなど、明らかに人に言えない後ろ暗い交流がらみのトラブルだろう。
「身から出た錆なのだから、放っておけばよかろう」
「そういうわけにもいきません。軍の実働部隊にも、少なからず被害が出ております」
「ほぅ、そんな射撃の名手がいるのか。いっそ、軍にスカウトしようか?」
「建物を強固な要塞に変え、広範囲に砲弾を飛ばしております。街にもかなり被害が出ており、民間の死傷者は既に20人を超えました」
途端、今まで人を小馬鹿にしくさった面持ちだった、ロイの目が眇められた。
「………相手は錬金術師なのだな?………」
「……はい……」
ならば、普通の軍人も手こずるのも頷ける。
数年前、この国には大規模な内乱が起こった。
軍は力づくで反乱を起こしたイシュヴァールの民を制圧したが、その時投入されたのが、【人間兵器】【軍の狗】と呼ばれる国家錬金術師である。
彼らは、軍に命じられるまま、女子供の容赦もなく、叛徒に虐殺の限りを尽くしたのだ。
一人で戦局を左右する人間兵器として扱われた錬金術師は、彼らの職業の理念…『大衆の為とあれ』に著しく反する。また人道的にも己の研究の成果が、人殺しに使われたのだ。戦後、心を病み軍籍を離れる優秀な錬金術師は続出した。
この国中の治安は乱れたままなのに、軍の為に働ける実力を持つ、有能な錬金術師は常に不足しており、各地にスカウトが走る程だ。
そして、治安が乱れた世の中では、結局、一番被害を被るのは、弱者の立場にいる民間人だ。
「それから大佐、人質のうち二人は、ヴェルマー氏の娘、22歳のキャスリーン嬢、その妹、20歳のフランシーヌ嬢です」
「ほう」
どちらも、イーストシティでは評判な、ブルネットの理知的な美女だ。
流石、ロイの下で長年仕えてきた中尉は、女タラシな上司の嗜好をよく掴んでいる。優秀な彼女の手の上で転がされている気もするが、助けるのがむさいおっさんと美女では、俄然やる気が違ってくる。
「相手の要求は、現金2億センズ、食料、それと車2台……」
「いい、どうせ飲む気はないのだろう?」
リザ・ホークアイ中尉の言葉を片手で遮り、ロイは車から颯爽と降りた。
街の目印にもなっていた、金にあかせて建てた優美な乳白色の館は、不恰好にもテラスが歪にせり上がり、厚くなったその外壁に、黒く巨大な砲台と銃が埋め込まれていた。そのずらりと並んだ30以上の銃口は、青色の軍服の群れに照準をあてている。
軍人達が鉄製の盾を各々抱え、即席で作ったバリケードごときでは、犯人達が無邪気に放つ銃弾すら、まともに防ぐことは難しい。
しかも人質の命がかかっているため、相手からの攻撃はないと知っているからこそ、奴らもやりたい放題である。
今、東方司令部に所属し、軍務についている錬金術師はロイ一人だ。彼の直配下の少年は、どこにいるか判らない風来坊だし、今から他都市の援軍は期待できない。
人質は無事救出できて当たり前。しくじれば、責任者は降格か更に僻地に左遷。
司令部の高官は結構大変なのだ。
「超過手当てぐらいつくのだろうな?」
ロイは身に纏っている蒼い軍服のポケットから、白い手袋を取り出した。
それは特殊な発火を促す布でできており、手の甲の部分には、赤色で幾多の図形と文字、そして火トカゲが描かれている。
彼が『焔』を自在に操る所以だった。
「ホークアイ中尉は私とともに潜入する、ついて来い」
「は!!」
「ハボック少尉はこのまま派手に陽動を続けろと伝えてくれ。そして、バルコニーの砲台に焔が上ったら、一斉に突入開始」
「イェッサー!!」
敬礼後、軍人達がバリケードを作った場所に加わる為、ここまで車を運転してきた背の高い金髪の男が、ライフル銃を片手に向かう。
それを見届ける間もなく、ロイと中尉は身を屈めて建物の裏面に回りこんだ。
ポケットから白いチョークを取り出すと、ロイは壁に練成陣を描いていく。
丸の中に幾何学模様と文字……一般人では訳のわからないこの模様も、一つ一つに意味がある。
手早く書き終えたロイは、早速両手を壁に押し当てた。
途端、彼が書いた白線に沿って白光が灯り、煉瓦でできた壁が砂となり溶け、破壊音も何もなく、人が余裕で潜れる穴が開く。
たまたま、その部屋に居合わせた犯行グループの一員らしき男が、目を剥いて腰をまさぐる。
「何だお前は!!」
「…邪魔だ…」
一言宣言した後、ロイは右手の指を鳴らした。その音が火種だ。
手袋の甲部分に描かれた火トカゲの錬成陣が反応し、彼の望むまま、焔の柱があちこちに発生する。
銃を抜く間も与えられなかった男達の、人肉を焼く嫌な匂いが周囲に漂い、あちこちで消し炭となった死体が跡形もなく崩れ落ちる。人を焼き尽くした炎は、そのままカーペットに飛び火し、みるみる豪奢なつくりの部屋を焦がしていく。
だが、家が火事になろうがお構いなしにロイは走った。
潜入後は時間が命だ。
速やかに人質を救出せねば、追い詰められて錯乱した犯人に殺されてしまう恐れがある。
三階建てで、部屋数が50もある建物は広い。
長い廊下に躍り出た二人に、散弾銃の弾が向かってくる。
振り向けば、廊下の遥か端に立つ人数は5人。大柄な男4人が、華奢で子供のように小さな老人を守りつつ囲み、男たち各々が一斉に銃をぶっぱなす。
咄嗟に、ロイは指を鳴らして炎を繰り出した。
5人を焼き尽くす筈の焔は、身をかがめて両手を床についた老人の手によって阻まれた。
男は、咄嗟に床から黒光りする鋼鉄と土混じりの壁を生やしたのだ。
奴が錬金術師だった。しかも、火を阻みやすい鉱石系の術使いとみた。
「ちぃ!!」
ロイは、中尉の腕を掴み、咄嗟に真横の部屋に飛び込んだ。
扉越しに見れば、豊富な銃による弾丸が、雨あられと向かってきている。
まともに相手をするにはリスクが高い。ここは床に穴を開けて階下に逃れ、下から攻撃を仕掛けた方が早いかもしれない。
「中尉、一度立て直すぞ」
その時だった。
「ねぇ、君って偉い人?」
この緊急事態に、なんとテンポの狂う呼びかけだろう。
だが、低めで艶のある掠れた声に、ロイの体がぞくっと疼いた。
上品でかぐわしい沙ナツメの香りが鼻腔を擽る。
袖を引かれ、振り向けば……そこにいるのはやはり、すらりと背の高い美しい女だった。
青紫色した不思議な色合いの長い髪に、シンプルな白シャツに黒のチノパン。だが、全身を、深緑色の宝石を大量にちりばめた貴金属で飾っていて、それがまたとてもよく似合っている。
女性を数多見慣れているロイだが、それでも今までお目にかかったことがないぐらい、信じられない美女だ。
彼女は、口紅も引いていないのに、くっきり鮮やかなざくろ色の唇を弓形に吊り上げ、ロイよりほんの少し低い身長で、傲慢にロイを見上げた。
「君がここで、一番偉い人なの?」
「そうだが」
確かに自分は東方司令部の司令官。
軍人政権であるアメストリア公国だ。東の街イーストシティで、1、2を争うぐらい責任ある立場なのは自負している。
美女はほっこりと顔を綻ばせた。
「良かった。じゃ、この子を預かって。僕には大切な用事があって、この子のいた場所を『探して帰す』時間も暇もない」
「……何? 君達は人質ではないのか?……」
『僕』という名称、そして白い首に目をやれば、しっかりと喉仏を見つけてしまった。
29年間生きてきて、今まで会った誰よりも美しいと思ったからこそ、目の前の麗人が男だとわかった途端、ロイはすこぶるむかついた。
大体、彼はどう多く見ても22歳ぐらいだろう。民間人で、しかも自分より年下な男に、『君』呼ばわりなど……、大佐という地位ある自分に対し、失礼にも程がある。
「大佐、火が近づいてきます!!」
銃で敵四人と応戦していたホークアイ中尉が、引き金を引きながらせっぱづまった声で叫ぶ。
火足が思ったより早かったようだ。館を焼く焔が、ちらちらと廊下を赤く炙っている。
銃弾飛び交う廊下にこのまま出ていくこともままならず、かといって放っておけば人質はおろか自分達もこの部屋で蒸し焼きになるだろう。
だが、こんな状態にも関わらず、場の読めない男は、涼しい顔のままほいっと少女を差し出してきた。
その少女も、ロイが今まで見たことがないぐらい、とても整った顔立ちをしていた。
白薔薇姫もかくやというぐらい、高価そうなレースだらけのドレスに身を包む、愛らしい美少女だ。
年は14ぐらい…後、4〜5年も経てば、絶世の美女になりそうな、楽しみなつくりである。
貴族か富層階級、また有力者の令嬢っぽい。
中央に食い込み、いずれ大総統の地位を狙う男にとって、権力者の令嬢を保護し、その親の覚えめでたくなるのは都合がいいのは確かである。
軍は迷子を預かる義務がある。
それに、こんな所で晒し者にすれば、いつ流れ弾に当たるやもしれず、危険きわまりない。
だが、この男は非常に胡散臭い。
そして、いくら綺麗でも、ロイは男には容赦はなかった。
「馬鹿者!! 時と場所を考えろ!!」
「それと、これはお礼の前払い♪」
男は皮肉に口元を歪めて微笑むと、少女を抱えたまま、ぱちりと指を鳴らした。
ロイと同じ仕種だが、練成反応は何一つ感じない。
ただ、彼の手首に嵌っていたブレスレットの深緑の石が数粒、一瞬で粉々に砕け散った。
直後、ロイの足元が砂地となって崩れた。
「な……!!」
まるで夢でも見ているように、巨大な館が粉塵となり消滅していく。
白煙に遮られた視界が納まった時、ロイが突入した建物があった場所は更地と化し、何もかもが消えうせていた。
己の目で見ても信じられなかった。
目の前で、錬成反応を何一つ感じず、建物が一瞬で砂に変わるなんて。
「……大佐……」
呆然と自分を見上げる中尉の足元に、肩を寄せ合って蹲る、足首と後ろ手に縛られた6人を見つけた。
彼女達は人質にされた女性達だろう。
人質達が明らかに生きていることに安堵したが、ロイはいぶかしげにきょろきょろと周囲を見回した。
だが、どこにも立てこもり犯達の姿はない。
「貴様、犯人はどこにやった?」
「さぁ、知らない」
「ふざけるな!!」
飄々とした謎の男は、涼しい顔して笑った。
「ふざけてなんかないさ。だって、僕にとってどうでもいい人間がさ、死んじゃった後どうなるかなんて、僕は興味ないよ」
「誰が死後の世界の話をした!! 私は、犯人はどこだと聞いているんだ」
「君の耳は節穴かい? 僕はさっき、死んだって言ったよね?」
この怒りのやり場を、どこにぶつけたらいい?
ロイは、ぶるぶる震える握りこぶしを、振り上げたくなる衝動を必死で堪えた。
「……何故貴様と話が通じないんだ?……」
「さあね、僕はあんたと違ってホモじゃないから、男の気持ちに鈍感なんだよ」
「決め付けるな、私はノーマルだ!!」
疲れる不毛な会話に眩暈がする。
ロイの疲労を余所に、憎たらしい男が、しれっと顎をしゃくる。
「ごちゃごちゃ煩いよあんた、さぁ、約束どおりとっととこの子受け取ってくれない?」
「断る!!」
途端、男の秀麗な美貌に、悪魔の毒々しさが加わった。
柘榴色の唇を、くっきり弓形に吊り上げ、彼はくつくつと喉を鳴らした。
それと同時に、ロイを取り巻く空気が重苦しくなった。ひしひしと全身に感じる『殺意』に、彼の全身から冷や汗が噴出してくる。
「僕から『御礼の前払い』を貰っておきながら、約束を反故にするなんてさ、君、勇気あるねぇ」
「…………」
誰がいつ『約束』した?
大体、何処が『御礼の前払い』だ?
さっきのデモンストレーションなど、明らかに自分の圧倒的な力を見せつける、嫌味な行いそのものだ。
だが、面と向かって言い放てば、ロイの末路は立てこもり犯人達と同じだろう。
誰だって自分の命は惜しい。ましてやロイには野望がある。
こんな狂人に付き合って、散らせる訳にはいかない。
「わかった、私が預かるから、早くその子を寄越せ」
「あ、そう。じゃあよろしく。ああこれ、この子の荷物だから渡してあげて。それと、もし僕が戻ってきた時、この子の身に何かあった場合、君、間違いなく殺すからしっかり面倒見てね」
いつもなら、自分に対して脅すような輩など、一瞬で消し炭に変えている。
だが、ロイは敵の実力を読めない愚か者ではなかったし、この男は本気でヤバいと、歴戦の本能が告げている。
ぬけぬけと彼は少女をロイに手渡すと、そのままひらりと宙に舞った。
人が簡単に空に浮かぶ姿に、目を丸くして見上げれば……男は右手で弧を描き、空に見たこともない巨大な魔法陣を描いた。
そして、白緑色の光を放つ、その中に身をすべりこませて消えてしまった。
やはり、練成反応は感じなかった。
空間を捻じ曲げてどこかに飛んだように思えたのに、そのエネルギーの負荷もわからない。
(どういうことだ? 彼は本当に錬金術師なのか?)
反応なくては練成は行えない筈。
系統が異なるものだと思いたいのだが、ロイが今まで学んだ理論では、何も証明できない。
となると、思いつくのは魔法使いの類だが、そんなのがこの世に存在するのだろうか?
というか、彼は本当にこの世の存在か?
ロイは、こくりと息を呑み……少女を腕に抱いたまま、がさごそと預かったトートバッグの中身を覗いてみた。
果たしてそこには、ロイが見たこともない機械ばかりがざらざらでてきた。
バインダーで止められた書類は、何か巨大な建造物の設計図のようで、細かな数字がいくつも羅列しており、国家錬金術師を自負する自分でも、目にしたことが無い。
「……これは、大変なものを預かったかもしれない……」
☆彡
そしてその頃、魔導士セイランの定義で言う『己の保護対象外』の烙印を押された面々はというと―――――
「……ったく、何処だよここは……」
見渡す限りの砂地に目ぼしい木陰はなく、茹だるような暑さに、ハイネはがっくりと肩を落とした。
キラを助けようとしてフリーダムに向かった彼は、直後、視界を白と緑の眩い光に曝され、目を瞑った。それから後の記憶はないが、気がついたらレイと折り重なってここに倒れていたのだ。
豊かなオレンジ色の髪を掻き毟れば、手の平が砂まみれである。
軍服の中にも粒が入り込んでいて、汗に混じってへばりつき、体を動かすごとに皮膚を研磨されているみたいにザラつく。
まったく、気持ちが悪いったらありゃしない。
プラントに砂漠はない。人工的に作ったコロニーは限られた空間である。そんな貴重な場所に、人も住めぬような無駄を作る筈がない。
「なぁレイ、お前この前キラと二人で地球に行ったよな?」
彼は無表情のままこっくり頷いた。
「そん時さ、あんなの走ってたか?」
「嫌、初めて見る」
「…だろうな、俺もだ…」
ハイネが指差した先には、黒煙をあげて車輪を回し、騒々しいわりにゆっくり走る、石炭が燃料なレトロな乗り物……汽車が通過していった。
この天然資源が枯渇したコズミック・イラの時代に、あのような不経済な列車はありえない。
(……勘弁してくれ……)
さっきから、ハイネの脳裏に嫌な予感が横切っている。ここが、噂に聞くナチュラルが秘密裏に開拓している火星ならまだいい。だが、もし地球だった場合は、過去へ飛ばされた可能性も疑える。
とりあえず、今の状況を判断するにも情報が必要だ。
何よりもここに、あの白緑光の中心にいた、キラの姿がないのも心配だ。
「レイ、とりあえず街を探すぞ。キラを探さなくちゃならないだろ?」
彼を動かすには最強の呪文……キラの名前に、ぼーっと座り込んでいたレイが、すくっと立ち上がった。
流石彼女の犬っころだ。ハイネは労わるように、彼のくしゃくしゃにもつれた金色の髪を、ぽしぽしと軽く撫でた。
コーディネーターといえども、水無しで生きられるのは丸一日。こんな訳のわからない場所で、干からびて砂に埋もれてくたばるなど、冗談ではない。
(あ〜…、シャワー浴びてぇ……)
ハイネはレイとともに線路に沿って、汽車が走っていった方向に歩きだした。
06.09.08
今回登場の『魔導士セイラン』は、このサイトにあるアンジェのコーナー「セイランの部屋」にいる、「最強の恋人シリーズ」に出てくる奴です。(お話も少しリンクしております)
皮肉屋で、当サイト一番、超迷惑な俺様ですが、恋人のアンジェ至上主義で、恋に命捧げてます。よって、恋人に少しでも似ている天然ボケの少女は、見捨てることができなくて保護対象に(爆笑)
ハイネは、今の段階では異世界に来たかも…など、思いつきもしません。
彼とレイが、キラに会えるのは数話後。
二人とも、頑張って逞しく生き抜いてね〜(⌒∇⌒)ノフリフリ(←鬼)
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