アナザーで会いましょう
3. ここはどこ?
倒壊したヴェルマー氏の館から助け出された少女は、軍医が手荒に一通り診察してもしぶとく起きず、夜になっても眠り続けている。
夜勤以外のものは殆ど帰ってしまった軍本部では、大佐の執務室も今は少女を含めて三人しかいない。
少女が起きるまでの間、手持ちぶたさただからと、嫌な書類に目を通し始めて早8時間。明日の分どころか5日後期日のものまで終了し、机の上にあるのは残す所50枚となり、欠伸混じりに仕事しているロイの前で、昼間の事件の担当となったハボック少尉が、調書片手にソファーで気持ちよさげに爆睡中な少女の頬を、つんつんとつついた。
「うわ〜すべすべ。赤ちゃんみたいな肌。ねぇ大佐、この子のことは本当に調書に書かなくていいんすか? 彼女も一応人質の一人っすよね?」
ヘビースモーカーなハボックが、少女に気を使ってか、咥えているタバコに火をつけないことは褒めてやろう。だが、ほんのりと赤く頬を染め、無抵抗な少女に触れる手つきにいやらしさを感じるのは、絶対にロイの気のせいではない。
「少々訳ありなのだ。通行人Aでもなんでもいいから、とにかく巻き込まれた民間人の一人として処理しろ」
ロイは握っていたペンを置くと、軍服のポケットから発火布の手袋を取り出し、いそいそと装着して微笑する。
途端、『孤独な独身23歳』ことハボックは、ふるふると首を横に振りつつ、慌てて自分の机へと駆け戻った。
(全く、これだから振られまくっている男はがっついててイカン。いくら美少女でも、12〜3歳では犯罪だぞ。こんな子供に手を出されては、私の管理能力が疑われる)
自分がことごとくハボックの惚れた女を横取りしているなどとはつゆ知らず、ロイはいまいましげに冷めたコーヒーを一気に煽った。
時計を見れば既に21時を過ぎている。珍しく勤勉に働いている上司に気を利かせ、自主的に夜食の買出しに出たホークアイ中尉は、いまだ戻ってこない。
すきっ腹は気分がささくれ立つものだ。ロイは空腹を飲み物で誤魔化すために、暖かいお代わりを注ぐためにと席を立った。
給湯室に向かう途中、自然と書類の山の横、自分の広い机の上に順序良く並べられた少女の荷物に視線が行く。
それらは平たい大きな箱と小さな箱のような機械が一つずつに、折りたたまれた手の平に納まる機械が一つ、銃によく似たものが一つ、クリップに閉じられた書類は束になっており、そして丸くて薄い変な硬い板が数枚あった。
書類に書き連ねてある数式や図面は、この国でも最高峰の科学者…国家錬金術師である自分でも、殆ど読解不可能だ。
大小の機械も、ロイが見たこともないものだらけで、どれもこれもが興味をそそる。
(この眠り姫は、どうしたものか?)
未知なる学問はやはり心が躍る。
ただ奇妙な魔導士から預かった少女だ。口惜しいが、あの狂人から言われた通りに保護しなければ、のちのち何をされるかわかったものではないという怖さもある。
ソファーに横たわる少女は素直そうな顔立ちだし、服装もまともだ。
だが見かけが良くても、不遜な青年と同じぐらい我侭な俺様だったら?
目が覚めてくれなければ、今後が何も決まらないし、ロイの知的好奇心も満たされない。だが、今日は正直余計な騒動で疲れてもいる。これ以上の面倒は勘弁して欲しいと願うのなら、少女はこのまま寝かせておき、全ては明日考えた方が良いかもしれない。
「………胃薬が欲しくなってきた………」
「はははは、大佐も早く署名しないと、中尉の銃で餌食ですもんね」
(………私の今日の分の仕事は、とうの昔に片付いている………!!)
お前と一緒にするなと、ロイの眉間の皺がより一層深まった。一呼吸後、彼は邪悪な笑みを浮かべ、大人気なくも八つ当たりで、パチリと指を鳴らした。
☆彡☆彡
頭上で誰かが茶色い雄たけびをあげ、走っていく。
それに体が、なんかあちこちズキズキと痛い。
キラはふにゃっと身じろぎをし、丸めた手でくしくしと目を擦った。
むくりと起き上がった彼女の目の前に、鮮やかな薄い瑠璃色を下地に、金を主体にして描かれた獅子の旗が飛び込んでくる。
壁一面を、贅沢に使って飾ってあって圧倒される。勿論、キラにこんな旗は見覚えがない。
「………きれい……、何かのお祭りだっけ?」
「それは軍旗だ。気づいたか?」
振り向くと、一番窓際の広い机には、旗と同じ色の軍服を着た黒髪の青年が座っていた。
そしてもう一人、何故か涙目になっている金髪で背の高い青年が、唇すれすれの短いタバコを咥えたまま、器用に口をあけてキラを見る。
「あの〜ここは…どこでしょうか?」
「……うわ〜、メッチャ綺麗な子。……なんていうか、作り物?みたいで……、か〜わいい〜…♪」
無遠慮な、『作り物』という言葉に、キラの胸がずきっとくる。
更に失礼なことに、黒髪の青年が俯いた彼女につかつかと歩み寄り、顎に手をかけ、唐突にぐいっと仰向けに上向かせた。彼は断りも無くじろじろと観察するように、キラの顔を隅々まで見おろしている。
「ほぅ、瞳は煌くような深い紫水晶か。肌はホクロどころかシミ一つ無い。錬金術を学んだものとして言うが、確かにこの少女の美しさは普通ではありえないな」
「はぁ?」
(錬金術??? それって、何も無い所から金を作ろう♪っていう、ありえない信仰だよね??)
キラとしては、歴史の彼方に廃れたインチキ学問を『学んだ』と豪語する、この青年の方が珍獣に見える。
が、今は様子が掴めないので、首を傾げながらも黙っていることに決めた。
「人間は、顔を真ん中で半分にぶった切るとすると、普通なら右側と左側には若干違いがあるものだ。半分は男顔、逆なら女顔というようにな。だが、ハボック、この少女は完璧に左右が一致している」
ハボックと呼ばれた金髪の青年が、上向きに顎を捕まれたキラの顔を、しげしげと覗き込んでくる。
雑学としては面白い話だと思う。キラも、もしここがガモフだったら、早速「わぁい〜♪」と定規を振り回し、ハイネやミゲル達の顔にピタリと当て、片っ端から己の目で確かめて回っただろう。
けれど、今引き合いに出されているのは自分だ。
「いきなり何なんですか、あなた方は」
当然面白くなくて、キラは男の手を振り払い、ぷっくりとほっぺを膨らませた。
「君はホムンクルスか?」
「何ですか、それ?」
「人工的に、人の手で造られた生命体って意味だ。知らないのならそれでいい」
キラはますます気分を害した。
コーディネーターは、確かに人の手で人工的に作られた種族だろう。だが、悪気はないとは言え、初対面の人に触れて欲しい話題ではない。
「君は一体何者だ?」
「そういう貴方は? それにここは一体どこですか?」
「私はロイ・マスタング。アメストリア公国の軍人で、階級は大佐。ここの東方司令部のナンバー2だが、実務上では責任者だ。そして君が今いるのは私の執務室。他に何か質問は?」
キラはしばし遠い目になり、やがて大きくため息をついた。
「……僕ってさ、一体今までどんな悪さをしたっていうの?……」
「はぁ?」
キラから意味不明の質問を貰った大佐は、怪訝気に彼女を見おろしている。だが、キラはそれどころではない。
だって【目を開けたら知らない場所でした】なんて。
一度目は平行世界で、二度目は本当に異世界。
今度こそ、キラを知っている人が一人もいなさそうな雰囲気に、がくんとこのままソファーに寝転がり、めえめえと泣いてしまいたいぐらいショックである。
「君の名は?」
大佐はキラに、放心する余裕も与えてくれる気はないらしい。
心を落ち着け状況を判断するためにも、今は正直一人にして欲しいのに。
「一応『アスラン・ザラ』と『アステール・アマルフィ』の名前は調べたが、この国に該当者はいなかった」
ちゃらっとソファー前のローテーブルに放り出されたのは、キラがいつも首にかけているドッグ・タグとラクスの指輪だ。
「いつの間に!!」
キラは飛び掛かるようにしてその金鎖に手を伸ばすが、寸前でロイの手に奪い取られた。
彼女のドッグ・タグは2枚ある。
一つは大切な恋人がくれた物。もう一つは皆を守りたいと願い、ZAFTに志願したときに作って貰ったもの。
じたばたと暴れるキラの両手を、軽々と片手で押さえつけたロイは、冷ややかに小さなプレートを読み上げた。
「アステール・アマルフィ。ZAFT軍所属、アマルフィ隊隊長。アスラン・ザラ、ZAFT軍特務隊FAITH所属。どちらの名前も軍人だな……、君の名はどっちだ? ZAFTとは何処の国の軍だ?」
「嘘でしょ大佐、この子が軍属?」
眼を見開いて驚いたのは一瞬、ハボックの下がり気味の目が細く眇められ、そのまま彼は腰の拳銃を引き抜いて構えた。
ロイが最初からキラに厳しかったのは、このせいだったのだ
理性では相手の事情を理解できたが、キラの感情はそれどころではない。
「返して!! 返してよ、僕のアスランを返して!!」
手首を振りほどくと、諦めずにしつこく、パタパタとロイが取り上げた金鎖に手を伸ばし続ける。
泣き虫な彼女の目にはもう、涙がじわりと滲み出ている。
「余程大切なものらしいな」
「……当たり前だ!! それは僕の愛した人の、唯一の形見だ!!………返せ!!」
怒鳴った途端、ぽろぽろと涙が勢いよく零れ落ちた。
「……それを失ったらもう、僕には何にも残って無いんだ。アスランが僕に残してくれた、たった一つの物……。返してよ………」
えくえくとすすり泣きながら、手を伸ばし続けると、彼女の大切な鎖が急に眼前に突きつけられる。
キラは直ぐにそれをひったくった。
小さなプレートを確認すれば、それは紛れもなくアスランのものだ。アスラン・ザラの名前を指で辿った後、キラはほっと息を一つつくと、愛しげに涙で濡れた頬で擦り、プレートを両手で持って唇を落とした。
彼女のアスランが最期にくれた言葉……ブラックボックスに録音された彼の肉声は、フリーダムごと、セイランとかいう変な人が持っていってしまった。
再び住んでいた世界から弾かれた彼女にとって、これがたった一つ手元に残った、自分の本当の世界の縁(よすが)である。
キラは泣き濡れた顔をゴシゴシ擦ると、無くさないうちに、いそいそとペンダントを元通りに首にかけた。
「………後確認できた名前は、『キラ』『ミゲル』『ラスティ』の三つ、まぁ私はどれでもいいが、君はどれだ?……」
急に、ロイの口調が優しくなる。
どうしてだろうと首を傾げると、彼はキラの目の前に、小さな緑の玉を差し出した。
「君の服のポケットに入っていた」
アスランから貰ったミニハロが、電源を落とされたまま紙の切れ端を口に咥えていた。
【キラちゃんへのお使いメモ♪
・70年代もののウィスキー 最低でも5000プラントドル。(by ミゲル)
・ゴディバのウィスキーボンボン詰め合わせか、リキュール酒をミゲルと同額希望(by ラスティ)
忘れんなよ〜!!】
ハロの間抜けな顔が、微笑ましい。
「……二人ともいつの間に……」
「では、消去法でいくと、君はどうやら『キラ』か」
書類の処理を手伝ってもらっているから、仕方がないのだが、部下にパシリにされ、しかもキラの奢りを催促するメモを、1から説明するのはかなり恥ずかしい。またアステールだとここで言えば、ZAFTの隊長がどうのこうので、きっとまた話がややこしくなる。
折角民間人だと誤解されたようだし、キラは久しぶりに使い慣れた名前を名乗ることにした。
「キラです。キラ・ヤマトと言います」
「そうか。キラ嬢で、いいのだな?」
「はい」
「それではキラ、君の今までのことと今後の話をしよう。まずはこれで顔を拭きたまえ」
やはり急に優しくなったロイは、キラにハンカチを貸してくれた後、自分もハボックとともに真向かいに腰を下ろした。
「君の母国は何処だ? 一応調べてみたが、ZAFTという軍隊は、この近隣の諸国には存在しない」
当然だろう。ここはキラの世界ではない。
「君も身元がわかりそうなものは、何一つ所持していない。服装から、富層階級の令嬢だと推測したが、財布すらなかった。よって家出か、決めつけたくはないが、売春を生業にしている娘かとも疑ったが、女医の診察では君は処女、また背中に15個もある飾りボタンは、全て本物の真珠だと鑑定された。
粒の大きさは14ミリ、海のないアメストリアでは、これ一粒で家が一軒建つ程の財産だ。
それを洋服に無造作にボタンで使っているのだから、君は富める階層出身者だと確信した」
「え、これ本真珠なの? うわ〜知らなかった」
キラはしげしげと背中を見た。
中央を縦に走っているから、ボタンを良く見ることはできなかったが……今のロイの説明から、この世界には真珠を養殖する技術がないらしい。
(ラッキー♪ お義母さま、ありがとう♪)
取り合えず、金さえ作れれば見知らぬ土地でもなんとかなるということは、先日レイと二人で迷子になった、地球での放浪生活で身に染みている。
「……ただ今戻りました。あら、目覚めたのね……」
ノックとともに開かれたドアから、肩ぐらいある金髪をバレッタで纏め上げた、凛々しい女性が入ってきた。
彼女は大きなお盆を持っていて、その上には暖かい人数分のコーヒーと、大皿に山と盛り付けられたサンドイッチがあり、キラは途端に目を輝かせる。
「うわ〜♪ 野菜だぁぁぁ♪ 久しぶりぃ〜♪♪」
食べていい、食べていい??と上目で訴えると、女性は微苦笑を浮かべつつ、こっくりと頷いた。
勿論キラは遠慮なく、真っ先に野菜サンドを引っつかみ、大きな口でぱくついた。久々の生野菜、それも新鮮なレタスの嬉しい歯ごたえに、さっきまで泣いていた癖に笑みが浮かぶ。トマトの果肉を噛みしめると、汁が薄いパンから零れていく。白いドレスに汚してはならぬと、咄嗟にロイから借りたハンカチで拭う。
「あ、ごめんなさい。後で洗って返します」
といいつつも、口の咀嚼のスピードは全く衰えていない。まるで欠食児童のような勢いに、ロイとハボックが唖然と目を見張る。
「…君は、日常的に贅沢を許される立場なのではないのか?…」
「う〜ん、……自業自得の諸事情で、おやつ抜き、しかもビスケットみたいな非常食しかない船に乗ってたんで……」
「何、キラちゃんってば、やっぱり家出少女?」
やはり急に気安くなったハボックが、サンドイッチを齧りつつ、話を振ってくる。
キラはふるふる首を横に振った。
「違います。っていうか、逆に僕、お義父さまとお義母さまの所に向かう途中で……」
急に、再びロイの眉間に皺が寄った。
「さっきから君は自分のことを『僕』と言うが、まさか、君も男なのか??」
「はぁ、ロイさんって乱視ですか?」
「失敬だな君は」
(……どっちが……)
口にほお張ったパンを、急いでコーヒーで流し込み、キラはぷくっとほっぺを膨らませた。
「だってこんなぴらぴらドレスを着ているのに、僕、男に間違われたの初めてだもん」
「大佐、いくらキラちゃんが許容範囲外の子供だからって、確かに男はないでしょうが」
ハボックにまで窘められて、今度はロイがむっすりと口をへの字に歪める。
その横でキラに食べ物をくれた綺麗なお姉さんが、くすっと笑みを零した。
「ホークアイ中尉、どうしたんすか?」
「いえ、大佐は昼間、とても綺麗な人に見惚れたのだけれど、その人が男だったから……、ね」
語尾を濁し、後は察しろと口を閉ざす。
キラはこの人は綺麗なだけでなく、賢い人だと確信した。
「えーっと、僕の家系は成人するまで男女区別なく育てられるので、女でも男と同じように育つんです。実際僕の双子の姉…かも知れないカガリなんて、言動も行動も男勝りだったし」
「……かもしれないって、キラちゃん?……」
「複雑な家なんです。気にしないでください」
「ふむ、確かに君の年頃なら、まだ子供だな。なのに『愛した人の形見』か。少女といえども女は侮れんということか」
キラは再びぷっくりと頬を膨らませた。
「僕、今17ですよ」
「…なに?…14ぐらいではないのかね?……」
「でも、僕の国では13歳から成人で、結婚も許されます。実際、僕のアスランが婚約したのは14歳の時だったし」
「へぇ、キラちゃんの国って何処なの?」
「プラントです」
ハボックがこっくりと首を横に傾げた。
「それ、何処にある国?」
「宇宙ですよ」
「ウチュウって?」
「空よりももっともっと遠い場所にあって、星が一杯ある真空の世界です。地区を言えというなら、地球よりも月寄りで、ラグランジュポイント5です。ああ、デブリベルトの近くって言った方がよかったかな?」
急に、不気味な沈黙が室内に浸透するが、キラだけはしつこくパンに噛り付いた。
食べられる時にしっかり栄養を取らなければ、いざという時に動けなくなる。
キラがいじましい食欲を披露しているのと逆に、最早食べることも忘れたハボックが、救いを求めるようにロイを見おろしている。
「大佐ぁ〜、俺、キラちゃんが言ったこと、殆ど理解できないんですが……、大佐と中尉は判りました?」
「この世界に、月付近で暮らせる者は確実にいないことだけは理解しているが。キラ、君は一体何者だ?」
「ロイさんこそ、アメストリアはどこにあるんですか? 地球?」
それに今度はロイが首を傾げる。
「チキュウというのが惑星の呼び名なのは推測できるが、残念ながらこの世界での名前はアースだ」
「……やっぱりね。色々類似点一杯あったけれど、僕の世界に錬金術ってなかったから、もしかしてって思ったけれど……、僕、また飛ばされたんだ」
流石に二回目だと冷静に対処できる。
キラは深くため息をついた。
「またということは、君には前科があるということか」
キラはこっくりと頷いた。
大佐は理解力が早くて助かる。
だが、彼らは軍人。ZAFTの兵器のことは、用心した方がいい。空にロケットすら飛ばす技術もないようだが、兵器はどう応用が利くか判りかねる。それに、初対面のこの人達を、いくらご飯をくれたからと言って、信じていいものか判断もつかないし。
「僕、どうやらこの世界の人間じゃありません」
「その根拠は証明できるか? 勿論、君の作り話ではないとね」
ZAFT軍が大らか過ぎて、普通の軍人さんは、面倒な理屈と手続きが大好きだということを忘れていた。
「僕、宇宙で暮らしてましたから。ここが地表で、しかもしらない名前の国にいるのなら、そう考えざるをえません……って、言っても多分判らないと思うから」
よいしょと立ち上がると、キラはホークアイ中尉が持ってきてくれたサンドイッチのトレイを一端空いているソファーに置き、ロイの机の上から、大きい方のノートパソコンを取って戻ってきた。
画面を開いて電源を入れる。
一番興味深く覗き込んできたのは、ロイだった。とても好奇心旺盛な人なのだろう。
箱のような機械の蓋に、突然キラとアスランのツーショット写真が浮かび上がったのを見て、三人の表情が唖然と強張る。
キラはキィボードを叩いて、パソコンに落としておいた、フリーダムから見たプラントの風景の映像を呼び出した。
「これが、僕が住んでいたプラントです」
口で説明するより、実際見た方が早い。
17インチもの大きな画面一杯に、宇宙空間が広がり、二つの円錐を組み合した砂時計のような建造物が、群れをなしている姿は圧巻だ。
「この一つの砂時計に似た建造物の中に、平均25万人もの人々が暮らしています。プラントの人口は今現在、約3600万人です」
「…アメストリア公国の総人口全て合わせても、1000万人とはいないだろう……。そんな大勢の人間が、どうして空の星々の中に浮かんだ金属の塊の世界で暮らしているのだ?」
あわあわと慌てたのはハボックだった。
「冷静に突っ込まないでくださいよ大佐、ありえないでしょ!! なんで鉄の塊が、なんで空に浮くの?」
ホークアイ中尉も、無言で手に持っていたコーヒーをかたかたと震わせている。
目がわくわくと輝いているのは、やはりロイ一人だけだ。
「キラ、これは空気や重力はどうしているのだ?」
キラはきょろきょろと周囲を見回し、部屋の隅に掃除用の空のバケツをみつけた。
とてとてとそれを手に持つと、窓においてあった花瓶から水仙の花を抜き取り、水をありがたく拝借する。
「えーと、ハボック少尉は、これひっくり返したらどうなると思いますか?」
「水はこぼれる、当然だろ」
「そう、僕らの足元に向かって重力はありますからね。でもこうすると?」
キラはせーのと勢いをつけて、バケツを思いっきり振り上げて、肩をくるりと一回転させる。
つられてくるりと回転したバケツは、頭上で逆さまになった筈なのに、水は実際一滴も零れなかった。
「遠心力で、バケツの底に重力を作ってみました。今のと同じように、この筒がくるくると回って重力をつくり、人々はその中で暮らすことができます。だから、プラントの住人である僕が、今地表にいること事態がおかしいんです」
人間、自分の理解の範疇を超える話を聞いてしまったら、まず心を落ち着けようとするものだ。
ハボックは無意識のうちにタバコに火をつけ、中尉は何故かがさごそと腰をまさぐり、小銃を取り出している。もし、少しでもパソコンがおかしな画面を見せたら最後、ズドンと一発、鉛弾は発射されるだろう。
(うううう、美人な中尉さん、気持ちはわかるけれど、僕のパソ壊さないで!!)
「真空の世界でも、圧力の負荷に耐えうる金属で囲ってしまい、空気や水、その他の生活必要エネルギーを満たせば生存は可能か…嫌、となると温度差の問題はどうなる……? 理論的には…ううむ…」
「大佐、そろそろ夜も更けてきましたし、彼女の今後をどうするか決めないと」
ロイはまだ色々と聞きたそうだったが、中尉の意見に沿い、話を先に進めることにしたようだ。
「君が別の世界の人間であるのはとりあえず納得したとする。では、あの魔導士と君のつながりはなんなのだ?」
「…は? 魔導士って???」
そんな職業、やはり錬金術師と同様に、キラの世界には存在しない。
「青紫色の髪をして、緑色の宝石を全身に飾っていた奴だ」
「あ、セイランさんのこと?」
そんな名前だったな〜と口に出した途端、ロイがキラの両肩をがしっと引っつかんだ。
「彼は一体何者だ? 君とはどういった関係だ? 君の仲間なのか?」
キラは力いっぱい首をぶんぶんと横に振った。
「とんでもない。あんなはた迷惑な人、僕だって初対面です」
「だが彼は、君を私に預ける際、『傷つけたら殺す』とまで脅した」
「うわ〜大佐相手に脅した? そんな命知らずな人間、何で燃やさなかったんすか?」
「私だって、命は惜しいぞ。あれは快楽殺人者の目だ」
背の高いノッポさんが、咥えていたタバコの灰をとポトリと落とし、慌てて証拠隠滅で、ぱたぱたと靴底で踏む。
そこに中尉が無言で雑巾を手渡した。
「……はい……」
誰よりも長身なのに、身を屈めて床掃除。
この場の力関係が一目で判る。
(この人、ミゲルみたいだ)
アマルフィ隊の副隊長でありながら、緑の制服のまま、誰よりも雑用を押し付けられている癒しキャラだ。キラはそっと、甲斐甲斐しくて、あんまり報われることの少ない彼を偲び、目頭を押さえた。
「で、彼は一体何をしたんですか?」
「富豪の館と、強盗立てこもり犯人達を一瞬で塵にした。君と私と中尉、そして人質の6人のみは無傷のままでな」
「は?」
「……じゃあ、あれは犯人の自爆じゃなくて……、なら俺が今まで書いていた報告書って……全くの無駄?」
自分の机の上の調書に視線を向け、遠い目になっている、気の毒なハボックはともかく、キラは、真っ青な顔で、ぶんぶん首を横に振った。
「そんなこと、人間にできる筈ないでしょう」
「嫌、理論的には可能なんだが、彼は練成陣無しでそれを成し遂げたというのが問題で……」
(また何か、宇宙語が飛び交ってるよ〜!!)
もし、ここにキラのアスランが居たら、「お前達、何処の異次元から言葉を持ってきた!!」と、目を剥いて怒ってくれるだろう。
「ロイさんロイさん、練成って何? 可能って? 本当に人間がそんなこと、できるんですか?」
「当たり前だ。優秀な錬金術師ならな」
ロイは力強く断言した。
途端、キラの背筋が凍り、冷や汗がダラダラと流れてくる。
(うわ〜…、目が逝っちゃっているよこの人)
キラの常識では、錬金術なんて、インチキかまやかしか迷信の類である。
歴史を振り返って見ても、ただの鉄や無価値の鉱物を、純金に変えることができると信じて、一体幾多の学者が、無駄に生涯と大金を投じたことか?
まぁ20世紀の初頭まで、交霊術とて科学の一分野とみなされており、あのウラニウムやポロニウムを発見し、ノーベル化学賞を受賞したキュリー夫人とて一時期、夫ともども数回交霊会に参加し、勉強を行っていたという実話もあるぐらいだ。
どんな頭の良い人でも、信じるものは自由だ。
いくらキラでも、人の嗜好にケチはつけない。
かつてキラは、アスランがいくつラクスにハロを量産してあげても、それをワンパターンなどと馬鹿にしたことは一度もなかった。
それにアスランだって幼少時代、キラが沢山のダミーやトラップが仕掛けてあるコンピューターにハッキングし、ばれればブタ箱に数十年間入らねばならないような悪戯に熱中してスリルを大いに味わっていても、『捕まって、ハルマ小父様とカリダ小母様迷惑かけるなよ』と言ったきり、キラの遊びを止めなかった。
「で、君と彼との関係は、一体何なのだ?」
「え〜っと、一言で言うと『誘拐犯のドロボー』」
ロイの目は点になった。
キラはパソコンの画面を畳みつつ、大きくため息を吐いた。
「彼は僕のフリーダムを盗もうとして、それを止めようとした僕まで連れてきちゃったの」
「……中尉、私は匙を投げたくなったのだが……」
「いけません。彼女を預かったのは大佐なんですから、最後まできちんと面倒をみなくては」
そういいつつも、理知的な中尉も困惑顔だ。
「キラ、そのフリーダムとはなんだ?」
「僕が親友から託されたものです。僕の大切な守るべきもの。半永久的に活動するエネルギーを持った、宇宙を自由に走る移動道具……かな?」
ちゃらっともう一度、ドッグ・タグのついた金鎖をつかみ出す。
アスランのプレートと重なり、親友ラクスから借りた指輪がかちりと鳴った。
この指輪も、キラの自戒だ。
いつも身に着けることにより、あの機体を必ず自分が守ると誓ったことを、思い出すために。
また、じわりと涙が滲んでくる。こんな泣き虫な自分が嫌になる。
「……ごめんね。フリーダムを守れなくて……」
(ラクス………、ゴメン……)
「あ〜っつーことは」
ハボック少尉がぼりぼりと、短い金髪を掻きながら、大きく紫煙を吐く。
「『大佐は誘拐犯を見ておきながら、みすみす見逃し、しかも彼が浚ってきた女の子を預かってしまった』ってことっすね。調書にはそう書き加えてもいいっすか?」
「書くな馬鹿者!!」
「っていう訳だから、大佐が責任もってキラちゃんを保護するから、泣かなくていいんだよ〜。この人童顔だけど、もう29歳の頼れるおっさんだし。いっそお父さんと呼ぶ?」
「おい、ハボック。貴様、本当に消し炭になりたいか?」
「遠慮しておきます。だってキラちゃんが泣いちゃうし」
ねっ♪ とウインクされて、キラは涙を拭ってこくこく頷いた。
「見た目はハボックさんと同じなのに、29歳なんて…。うわぁ、僕もよく子供に間違われるから、凄く嬉しいかも♪ お父さん…いい響き♪」
「……キラっち、そうくるか……、ひでぇ……」
「ハボック、貴様ぁ〜〜〜」
ロイが何故か手袋を嵌めた右手を高々と上げると、少尉が両手を目の前に突き出し、涙目でぶんぶん横に振っている。
キラが首を横に傾げていると、一番冷静そうな中尉が、ため息交じりにガシャコンと銃創を補填し、銃口を二人に向けた。
「大佐、少尉、おふざけは大概に」
最強なのはきっと、このカッコイイお姉さまだろう。
それを証拠にロイとハボックは、二人同時に両手を挙げ、こくこくと首を縦に振っている。
「あの蒼い髪の男は、私に君を『預かれ』といった。ならば、私の元に迎えに来る気はある筈だ、……保証はないが」
キラも意識を失う前に、あのぶっ飛んだ人とのやりとりを反芻し……眉間に皺を寄せた。
できれば彼を信じたい。他に手段がないのだから。
キラはなんとしてでも、元の世界に返らねばならない。
今後も激化する、地球連邦軍との戦いに……キラのフリーダムは欠かせない。
今の所、帰る手立ても行き場もないのなら、蒼い髪の不思議な男が来るまで、彼が自分を預けたロイの元にいた方が確実だろう。
「お世話になります」
キラは身を正し、ぺこりと頭を下げた。
☆彡
サンドイッチを食べ尽くした後、キラを今後何処に泊めるかという話になった。
時刻は既に22時。ロイは独身だが大佐の階級にあり、彼の持ち家は錬金術の研究の為、無駄に広く、部屋数は20以上もある。
「ロイさんの所で構わないです。僕、お掃除とか料理できますし」
「キラちゃん、大佐は名うての女たらしなんだよ〜」
「ええ!!」
「私に幼児趣味はない!!」
「17歳とわかった今、童顔でもキラちゃんの貞操が危険ですわね」
「……中尉まで……」
かくんとロイが項垂れた。
「とりあえず、行き場が決まるまでは私が預かります。私は射撃には自信ありますし、家にはブラックハヤテ号という、体重20キロはある大きな黒い犬がいますし」
今度はキラが項垂れた。
「僕って、実は危険人物なんですかぁ???」
「うふふ、とりあえずはね。私もキラちゃんは可愛らしい子だと思うけれど、これでも軍人なの。初対面でしかも異世界から来た未知の存在に対して、心を開ける人って稀ではなくて?」
といいながらも、キラの髪を撫でてくれる彼女の手つきは優しい。
「今はとりあえず大佐の『保護観察扱い』という身分になるから。貴方がもう少しこの国に慣れて、一人でも大丈夫だと判断したら、その時は私達の目の届く所で一人暮らしなり、貴方のお仕事を探すなり、また考えましょう」
そうだった。
いつ、セイランが迎えに来てくれるのかはわからないが、その日まで生活するには費用がかかる。
いざという時には真珠のボタンを一つ売ればいいのだけれど、できればロミナのプレゼントは、無傷のまま持ち帰りたい。
リザ・ホークアイ中尉の仮住まいは、東方司令部から徒歩20分のアパートだという。
今夜は遅いから特別に…と、ハボックの運転する軍用車で送ってもらったが、信号機もなく、アスファルトで舗装すらされていないむき出しの道も、どれもこれもがキラには珍しいものだ。
大佐と少尉にぶんぶん手を振ってお見送りした後、中尉の家のドアを開ければ、大きな黒い犬が、お座りして待っていた。
「きゃうううう、可愛い♪♪」
キラは早速抱きつき、ほお擦りをかます。
とても人好きのする犬らしく、尻尾をふりたくりつつ顔を嘗めてくれれば、心寂しかったキラは、ますます嬉しくなった。
「さぁ、キラちゃん。今日は疲れたでしょ? 使い方を教えるから、先にお風呂に入りなさい」
「は〜い♪」
リザに優しく手招きされ、いそいそとお風呂場へ行く。
お湯を湯船から外に出してはいけないタイプだが、戦艦の中とは違い、手足をゆっくりと伸ばせそうなぐらい広いバスタブに、嬉しくてますますキラの目は細くなった。
だが、ぴらぴらドレスは、脱ぐのにとても時間がかかる。
しかもオートクチュールだから、皺にならないようにハンガーにかけねばならない。
ようやくドレスを脱ぎ終わって、ふと首を傾げる。
(ううっ、そう言えばクリーニングってないだろうし、どうやってこれ洗おう?)
自力で手洗いなんてとんでもない。いつかハイネの部屋でダメにした服と同じになってしまうではないか。そしてこの下着類も問題だ。
ラスティにあちこち飾ってもらったピンクのリボンを解きつつ、キラははふっとため息をついた。
この手の服に必需品な、レース一杯のパニエはともかく、腰のくびれを強調するコルセットは脱ぐのも一苦労だ。
なんせ後ろに12も細かな鍵ホックがあるのだ。あちこち打ち身で痛めた体に鞭を打ち、ようやく脱ぎ始めたまさにその時……、急に、がくんっと、キラの体が重くなった。
「え、え、え………」
「どうしたの? キラちゃん?」
軍服の上着を脱ぎ、白いシャツ姿となったリザが、キラのタオルと着替えを持って入ってきた。
「リザさん……なんか、僕の体が引っ張られてる……」
「え!?」
助けを求めるように、キラははしっとリザの手首をひっつかむ、その瞬間。
「「きゃあああああああ!!」」
二人の体は、次元の狭間に吹っ飛んだ。
☆彡
キラとホークアイ中尉を送り届けた後、ロイはハボックが運転する後部座席で、のんびりと街並みを眺めていた。
「異世界の住人か……。不思議なこともあるものだ」
「う〜、大佐はやっぱりそれを信じるんですよね」
「ああ。キラは未来から来たのかもと思ったが、彼女の知る歴史にアメストリアも錬金術も存在しないならば、異世界の方で間違いないだろう」
錬金術はなく、科学が発達した世界。
人が大地の引力から解き放たれ、星空の中で暮らしているなんて、ロイには結構なカルチャーショックだ。
「星は無数に輝いているというのに、我々はこの星の小さな大陸で、国の覇権を争っている。彼女の話を聞いていると、なんだか自分達が非常にちっぽけな存在になってしまうような錯覚に陥るさ」
「それだけ彼女のいる世界は、平和っつーことっすね。大体、あんな高級な真珠を飾りボタンに使うような服着てこの辺をのこのこ歩けば、直ぐに身包み剥がされるか、誘拐されてどっかに売り飛ばされるってのに。あのほえほえした世間知らずっぽいキラちゃんは、きっちり教育してあげないと……、かどわかされでもしそうで危ないですよ」
「ああ、だがそんな平和な彼女の世界にも、軍人がいるのだからな。世界は神秘に満ちていて、人はどこまでも罪深いということか」
あのうさんくさい魔導士はいただけないが、彼女との会話は、今後もいい刺激になりそうだ。
自分の研究にも、また今後のアメストリアの国政に役立つヒントがきっとあるだろう。
そう楽しく思案に耽っていたら、急にロイの体ががくんっと重くなった。
「ううううっ」
「大佐、一体どうしたんですか?」
「体が…、引っ張られるようだ……」
「え? 大丈夫っすか? 車、停めましょうか??」
ぐんっと、一段と何かにひっぱられる気がしたその時だった。
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁうぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「きゃあああああ!!」
「…ぐえっ!!」
「大佐ぁ!!」
ハボックが、咥えていたタバコを落としながら叫び、つい運転途中にも関わらずに振り返った。
そして、彼はまともに見てしまったのだ。
仰向けでのけぞって突き出しているキラの生乳を!!
「……ああああああああ……」
ボリュームが乏しくでも、はちきれんばかりの10代の乳、しかも抜群のスタイルを持つ美少女が、あられもなく純白のレースふりふりショーツ一枚という状態で、大佐の背に仰向けに転がっている。
この世界にエロDVDどころかエロ本の類はない。あっても妄想を逞しくくすぐる、ぜんぜん似ていない、手書きの裸の絵ぐらいだろう。
よって上司に片想いな女性を取られまくり、ついでに残業まで押し付けられているハボックは、飄々としたポーズを気取っている割に、彼女居ない歴は爆裂更新中である。
そんな『犯りたい盛り23歳』な彼の前に、貧乳とはいえ年頃の美少女の裸がババーンと、現れた日には!!
視線がキラに釘付けのまま、鼻血がつぅーっと垂れていく。
「少尉、前!!」
中尉の怒声に、フロントに首を戻した彼は、目の前に煉瓦の壁が立ちはだかっているのに気づく。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ハンドルを切ったが、手遅れだった。
そして、車はいい音を思いっきりたて、ボンネットから建物の壁に突っ込んだのだ。
街中で、しかも珍しい車の事故に、わらわらと物見高い街の住民が…もとい、野次馬が駆け寄ってくる。
中尉は即座に上司の黒コートを毟り取り、キラの裸体をくるくると巻いた。
「…ふ……ふぇぇぇぇ……、えっえっえっ……」
正気に返ったキラは、あまりの羞恥に涙を浮かべてリザの胸に顔を埋めて泣きじゃくり、自業自得で顔面をしたたかハンドルにうちつけ、鼻血まみれになったハボックに同情の余地はない。
ロイは眩暈を起こして倒れたかった。
だが、自分は錬金術師で彼の上司。
ロイは、車と壁を錬金術で治しつつ、集まってきた野次馬に「我々は少女を保護したのだ!!」と体裁を繕ったが、少女はすっぱだかであり、別に顔に暴行を受けたとかの跡はなく……この事故でロイが車に少女を連れ込み、いかがわしい行為をしていたというロリコン疑惑が浸透した。
「私は無実だぁぁぁぁぁ!!」
そう叫んでも、日頃の行いが悪いのだから仕方あるまい。
軍人達にとって、長く疲れる一日は、いまだ終わりそうに無かった。
☆彡
ガタンゴトン…ガタンゴトン……
緩やかに走る列車に揺られ、肩にずっしりとかかっていた重みが外れる。
「……おっと……」
ハイネの肩で、寝ていたレイがずり落ちた。軽さに気づき、咄嗟に引っつかむと間に合ったようだ。気持ちよさげに眠る彼は、起きる気配はない。
いつの間にか、ハイネもうとうとと寝てしまったようだ。
汽車の歩みは遅かった。時速40キロというところだろう。どこまで運ばれていくかは知らないが、満天の星空を眺めつつ、車両の屋根の窪みに体を預け、揺られていくのは心地よい。
「無銭乗車っつーのが、ちょっと情けねーけどな」
たまに通るトンネルのお蔭で、二人はけっこう煤だらけである。ザフトの赤の軍服どころか、レイの可愛い顔も真っ黒になってて、かなり笑える。黒くなったほっぺを指で拭うが、彼がこのざまなら自分も同じだろう。
ハイネは苦笑した。
「ちぇっ、男前が台無しだぜ」
民家は古式豊かな煉瓦づくり。レトロな所では藁葺きの屋根。
森などの緑は豊富。山は少なく海はない。
アーモンドの花があちらこちらで咲いている。ハイネは樹木にはそう詳しくないが、食品の仕入れ関係から、大雑把な地理と特産品ぐらいは知識として叩き込んでいる。
(っていうと、気候は春か。ユーラシア大陸ならポルトガルやスペイン……ヨーロッパあたりならドイツ圏?)
プラントから出たことのないハイネだ。
当然地球は始めてである。
乗り込んでから随分と長い時間が経っている。長距離トロトロ走る列車。空に飛ぶ飛行機らしきものは一つとして見かけなかった。どころか四輪駆動の車も今まで1台もない。しかもいつかカレッジの教養…何かの民俗史のDVDで見た馬車すら見えない。
交通は汽車に頼りきりで、後は徒歩がメインという所か。
となると、なるべく都会に出ないとならない。うっかり閉鎖的な小さな村に立ち寄って、余所者は出ていけと邪険にされたら、きっと水すらありつけまい。
どの駅に運ばれていくかはわからないが、なるべく人の多いところがいい。
人の多いところなら、情報の他、生活様式も判る筈だから。
「………キラはどこだろうな?……」
無事ならいいが。
嫌、そもそも飛ばされてきたのがレイと自分二人だったら?
っていうか、こんな非現実的なことに、巻き込まれるなんて、今だ信じられない。
「あの食いしんぼ、ちゃんと食えてるといいけど」
キラ用の餌付けで、ポケットに一掴み入れておいた飴が役に立った。
寂しい夕食だが、甘味は高いカロリーを補給してくれる。
ハイネは眠気覚ましに薄荷味のを一つ口に放り込んだ。
喉を涼しくした後、彼はレイが転がり落ちないように、ますますきつく抱き寄せた。
うとうとと眠りたくなる誘惑を撥ね退け、彼は少しでも疲れた体が休まるように、手足を伸ばす。
彼の長い夜も、当分終わりそうになかった。
06.09.25
セイラン、やることが鬼です。
キラも、ハイネ達も、今後は色々問題ありまくりな生活です(笑)
BACK NEXT
SEED部屋に戻る
ホームに戻る