アナザーで会いましょう
5.ハイネとレイの事情
白々と夜が明けてから3時間後、お日様が程よく天高くなった頃、ようやくハイネは己のお目がねに適った、待望の大きな街を見つけた。
「レイ、レイ……、起きろ……」
「……ん……」
例え列車の屋根によじ登り、そのままままゆらゆら揺られてきたのだとしても無銭乗車だ。このまま駅までのこのこ乗っていけば、着いた時点で監獄行きだろう。
何としてでも、人目につく前に降りねばならない。
ハイネは車両の窪みから這い出ると、ゆっくりと車両の端まで移動した。
点検用の金属製の梯子を伝い、ぐらぐらと足場の悪い繋ぎ目に足を乗せ、彼の後から降りてきたレイを、片腕でしっかりと抱きとめる。
「俺に掴まれ、準備はいいか?」
「……了解した………」
「よし、……行くぞ!!」
ハイネは汽車が駅に停車する為に減速し、かつ緩やかなカーブに差し掛かった隙を狙い、レイを両腕に抱きこんで飛び降りた。
春の柔らかな草が青々と茂る土手は、最適なクッションだ。丸めた背中から落ち、そのままゴロゴロと転がって勢いついたスピードを殺す。
時速25キロぐらいに減っていたとはいえ、二人分の重みで落ちればかなり痛い
「いててて……。レイ……、お前は大丈夫か……?」
ハイネは寝転がったままレイの体を手離すと、自分の手足と体のあちこちを折り曲げてみた。捻った時、右肩に疼痛が走る。簡単な応急処置は、軍の必須科目だ。
手で触診してみるが、骨に異常はなく、背中の打ち身も2〜3日で治ると踏む。
ハイネはほっと息をついた。
(……俺、コーディネーターで良かった……)
多分ナチュラルだとこうはいかない。
頑丈な体よ、ありがとうと思いつつ、頭を振って身を起こせば、ハイネよりもダメージが少ない筈なレイは、とっくの昔に身を起こし、彼の隣で背を向けたまま、両足を伸ばし、ティディ・ベアのように俯いて座っている。
「レイ、動けるようなら行くぞ」
呼びかけても返事がない。ハイネは首を傾げた。
そう言えばさっきも言葉が返ってこなかった気がする。
レイは表情が乏しいが、礼儀知らずではない。基本的に、悪ふざけを仕掛けられない限り、知人を無視する行為はしない筈だ。
だが、彼の怖い所は、この無表情だ。
例え骨折していても、彼は顔に痛みを表すことができないらしい。なので、彼の体調は周りで気をつけてやらなければならない。
「おい、どうした?」
彼の金色の髪に手を乗せ、くしゃくしゃと撫でてやると、振り返った彼は、途方に暮れた面持ちでハイネを見上げた。
その目には涙が溜まり、ぽろぽろと零れている。
レイの涙を初めて見たハイネは、当然驚愕して硬直した。
「…お、おい。どこが痛いんだ? 大丈夫か?」
「……これ、変になってる……」
レイが手の中に包み込んでいたものを差し出した途端、ハイネの眉がぴくりと跳ね上がった。
「てめぇか!! がめていた奴は!!」
思わず拳を握って、盛大にしばく。
レイの手には、2週間前のラスティ歓迎会の折、てっきりアマルフィ議員に没収されたと思っていた『キラのネグリジェ』を激写したハイネのカメラが、無残にも割れ臨終を迎えていた。
☆彡
「……キラとお揃いだったのに……、『セクシー』だったのに……」
レイは壊れて画像を映さなくなったカメラを、しつこく何度も眺めながら、ぐすぐすと鼻を啜っている。喜怒哀楽が極端に少ない彼だが、『キラ』のビーバー寝巻きは余程お気に入りだったのだろう。
人の感性は十人十色とは、よく言ったものだ。
彼の間違っているであろう、『セクシー』の定義を是非聞いてみたい気がしたが、傷心の傷口を抉るような真似もできず、ハイネはぽしぽしとレイの頭を撫で続けた。
「ああ、もう…泣くなって。外が多少壊れたって、中身が無事ならなんとでもなるから」
「直せるのか?」
「部品があればな」
実は、ハイネはあまり、機械工作は得意でない。
けれど、これでレイの涙が乾くなら、多少の嘘も許されるだろう。
「ほれ、お前もさっぱりしろ」
公共の噴水を拝借し、ハイネはさっさと顔を洗った。
コンクリートが緑の藻に覆われた水は、かろうじて透明さが残っていた。レイは汚い水にしばし無言で向き合っていたけれど、やがてハイネを見習って、大人しく両手で水をすくった。
春のぽかぽかした陽気にあわせ、煤で汚れた軍服の上着を脱ぎ、裏返しにして腰に巻く。
軍支給の水色のTシャツ姿になり、手櫛で髪を整えれば、ようやく人前に出られる程度の身なりになった。
「さてと、次は金だな」
ハイネは噴水の縁に腰を下ろし、ズボンのポケットに手を突っ込むと、己の手持ちアイテムを調べた。
携帯電話、レーザーの小銃、財布代わりのカード入れ、軍用のナイフと万能ナイフ、筆記具と濡れたハンカチ。
「……ったく、こういう時、電子マネーなんて役にたたねぇっつーの」
「……軍人さん達、どうしたんだい?……」
手提げ籠に、4種類ものイチゴを山盛りにした恰幅のいい50ぐらいのおばさんが、気さくに話しかけてきた。
「赤の軍服なんて初めて見たよ、何か事件かい?」
「嫌、俺達軍人じゃないんだ。単に兄弟で、お揃いの服なだけ♪」
ハイネはにっこり愛想良く笑いながら、内心舌打ちした。
(…ちっ……、早急に着替えといた方がいいな……)
目立たない為、都会だが、繁華街から少し外れた下町を選んだつもりだったのに、このイチゴ売りのおばさんは軍服を見慣れているっぽい。
「それにしちゃ、随分薄汚れちゃってるみたいだけど……、ねぇ、何かあったんだろ?」
彼女は、跳ねている短い茶色の髪と、同色の目をキラキラさせて、ハイネににじり寄る。
「あんた、ほれぼれするぐらいいい男だね〜♪ おばさん力になるよ〜♪ この辺じゃ顔だし、軍人にも知り合いいるし」
(……はは〜ん、このババア……)
ハイネは5つの頃からホテルで働いていた。ホテルマンは、客が何も言わなくても、意向を察知できなければ一流ではない。
14年も研鑽を積んだのだ。ハイネにかかれば、人が何を望んでいるのか、大抵は筒抜けだ。
見かけだけなら、ハイネもレイも、一目で良い所のボンボンだと判る。ハイネはともかく、レイは明らかに子供だ。おそらく、賊か強盗に襲われた二人を軍に連れて行き、ハイネ達の親から保護した謝礼を貰おうとする魂胆だろう。
「なぁお姉さん、そのイチゴ、一袋いくら?」
「え…? あ、ああ……、200センズだけど」
(センズ? 知らねーぜそんな貨幣。え〜っと、200センズが2アースダラーか。似た単位の金あったよな……、そうそうオーブ円だ。200センズなら200円、これならわかりやすい)
貨幣価値を頭に叩き込むと、ハイネはにっこり笑って、胸のドックタグを引っ張り出した。
「美人なお姉さん。後でそれ籠ごと買うからさ、これを適正に換金できるところ知らない?」
紛れも無い金の輝きを目に留め、彼女の目も見開かれた。
少なくともアマルフィ隊のパイロットは、全員ドックタグのチェーンに、純金を使うことが義務付けられている。
≪何かあった時、換金できる貴金属は必要なの!!≫
レイとともに、地球に1ヶ月も孤立無縁な島流しにあったキラ故に、涙目になって物資補給課に叫ぶ姿には妙な迫力と説得力があったが、地球で通用する貴金属は、宇宙にぽっかりと浮かんでいるプラントでは更に希少価値である。当然ZAFT軍がガモフのクルー全員に支給してくれる筈はない。
実際、ハイネとミゲルは≪そんなマヌケはてめぇらだけだ≫と思っていた。
だが、意見を受け入れられなかったキラの背中に哀愁が漂っていたことと、軍支給のちゃちな安っぽい金属は趣味じゃなかったので、結局全メンバーは自費で取り替えたのだ。
それが今、実際役立っているから大したものである。
すると、レイはごそごそと脱いだ赤服を捲って、バタフライナイフを取り出した。
「ハイネ、これもある」
実用的な軍用ナイフでは、二束三文にしかならないだろうと思ったが、彼はいきなりポケット付近の裏地に刃をあてがった。
さくっと突き刺し、指3本分の穴を開ける。
そこから、美しい輝きを放つ塊がいくつも転がり出てきた。
「……どうしたんだ、それ?………」
「メンデルでギルに作ってもらったものだ。キラが言ったとおり、何があっても困らないように換金できるものを服に縫い付けておいた。キラはいつも正しい」
きっぱり言い切るレイは、ちょっぴり誇らしげだ。
(嫌、その思い込みは勘違いだろ)
キラの教えを忠実に守り、人造とは思えない精巧な研磨した輝石を6つも縫い付けてあったのは、確かに大したものである。
だが、キラの言うことを全て聞いていたら、出来上がるのは癒しキャラ、『天然ボケなお気楽食いしん坊』だろう。
女の子なら、『即お持ち帰りしたい可愛さ』だと笑って許されるが、男では騙されやすくて危なすぎる。
「お前は、偉いよレイ。でもなぁ、お兄さんはちょっとお前の将来が心配だ」
ハイネはレイから石を纏めて受け取ると、改めて果物売りのおばさんを見上げた。ハイネは顔に出さなかったが、粒の大きな宝石を見た彼女は、欲望でギラギラと顔つきまで変わっている。
(……さて、どう料理しようかな、この人?……)
「都心まで出ないとダメかな?」
「いいや、私は『情報通』で知られたマーゴットおばさんだよ。どーんと任せなって」
ふくふくとした拳を丸め、己の肉付きの良い胸元を、小気味良く叩いた。
「紹介料に1分貰うからね」
「こらこら、誰が全部叩き売るっつった? とりあえず、このルビー1個で十分だろ?」
途端、目に見えてマーゴットの機嫌が悪くなった。
「その代わり、売りさばいた代金から1割払う。あんたのイチゴ売りで、日当がいくらになるのかは知らねーけれど、まっとうな価格でこれが売れれば、あんたの手取りで30万はあるぜ」
「そんな価値あるの?」
「当然だろ?大きさは30カラットもある、色も最高級のピジョン・ブラッドだ。正規で購入すれば1000万は硬いぜ」
質草価格は市場の40〜5パーセント。どれぐらい値段を吊り上げられるかは、交渉する人間次第である。
「…ってことは、300万で売れる店に連れて行けということだね…」
「そうそう、宜しくな♪」
彼女は根っからの商売人らしい。利益になると判った途端、またまた愛想が良くなった。
話が早くて助かると思ったハイネは、やっぱりこの界隈を嘗めてかかっていたのかもしれない。
それからが大変だった。
日中の日差しに誤魔化され、ハイネも歩いてようやく気がついたのだが、このシェル地区は、夜に賑やかになる生粋の繁華街だった。嫌な予感をしつつもマーゴットに紹介された宝石店は、やっぱり生粋のヤクザが経営する店で、石の値段はたったの3万しか提示せず、しかも売却を断ると腕に物を言わせて殴りかかってくる有様だった。
丁重に拳をくれてやり、また店にたむろって居た6人のゴロツキ達も、即座に叩きのめして床に捨てた。争いごとは極力避けねばならないが、馬鹿は別だ。それにハイネはこの地に長居する気はない。
悠々と引取った後、何故かちょこちょことマーゴットもついて来る。
追っ払おうかと思ったが、ハイネは基本的に女性には手を上げない主義だ。「他の店も知っているから」と、必死で売り込む彼女の言葉に辟易しつつも、道案内が欲しかったので受け入れた結果、更に彼らは同じ思いを8軒も繰り返すハメとなった。
ようやく価格と折り合いがついたのは3時間後。飛び込みで入った都心に続く大通りの一角にある、老舗で小奇麗な宝石商の店だった。
「譲渡契約書の控えが欲しい、それと『高額動産を譲渡する場合の税制上の負担金』はそっちで持ってくれ。あんたたち、仕入れ価格の半分以下でこれを手に入るんだから、損はないだろ?」
言葉が通じるのでもしやと思ったが、ありがたいことに使用文字も英語だった。
相手の差し出す書類の仕様を熟読し、書面で交わす契約というものが有効にこの世界でも通用することを確信すれば、プラントではホテル王なハイネだ。
服装のみっともなさは尊大な態度で押し切り、侮られることもなく、レイの石を勿体つけて売ることに成功した。
こうしてレイの30カラットの人造ルビー1つを換金し、2人はこの国でも1年は暮らしていけるだけの金を手に入れることができたのだ。
☆彡
「ほい、サンキューな、マーゴットさん」
彼女と出会った噴水に縁に腰を下ろし、ハイネが約束の30万の他に籠イチゴ代として2万を渡すと、彼女は恰幅の良い肩を竦めてため息を吐いた。
「あたしが紹介した店で売った訳じゃなかった」
「でも、あんたの顔を潰したことになるんだろ?」
「まぁね。商売するミカジメ料は払ってるけどね」
「ならとっとけ。絡まれた時に、差し出すモノは持ってた方がいいだろう」
厄介な事に関わっちまったと、気鬱そうに項垂れながらも、ポケットに紙幣をねじ込む彼女に、ぽしっとハイネは肩を叩いた。彼女の心情はきっと、ヤクザを叩きのめしたハイネとレイに罵倒を浴びせたいが、返り討ちにあって殴られるのが関の山だから、大人しくしている……と、いうことだろう。
それにこのまま家に戻ったらきっと、カモろうとした二人に殴られた腹いせに、ヤクザの怒りの矛先が、マーゴットに向くのは判りきっている。
だから彼女はどこまでも、ぐずぐずとハイネ達にくっついているのだ。
だが、街の掟はそこの住民が決めることで、余所者なハイネが関わることではない。
自分達の目的は、この街で暮らすことではない。元の世界に戻る方法を探し、もしかして一緒に飛ばされてきたかもしれない、大事な自分達の隊長…キラを見つけることだ。
「じゃ、用事は済んだんだろ。もう行きなよ」
「……う…うん、……」
そういいつつも、彼女は全然立とうとしない。
悪の片棒を担いでる割に、妙に人好きのするおばちゃんだ。どんくささといい、情けない目に縋るように見られれば、捨てられたワンコを見てる気がしてきて、このまま見離したら最後、夢見が悪くなりそうだ。
ハイネは、自分の左隣に座るレイを見た。彼は無表情で、マーゴットから買ったイチゴを、しみじみとほお張っている。
キラ絡みでない話題では、例え自分の衣食住のことでも、相談相手にならないだろう。見知らぬ世界では、生活するにも情報が必要だ。
マーゴットをそのアドバイザーに使うのは、今一頼りないが、この界隈に長く住んでいる分、行き当たりばったりで学ぶよりはマシかもしれない。
(ま、仕方ねーか。どうせ行く当てもないし、腹括るか)
「なぁ、マーゴットさん。あんたん家って下宿ある?」
「……え?……」
「無ければ隣でもどこでも良いから、あんたん家の近くで俺達が住めるとこ紹介してくれ。俺達腕っ節は強いから、一ヶ月もボコり続ければ、変な連中も懲りて手出しはして来なくなるだろう。どの道ホテル探すつもりだったからさ、風呂があって寝られるなら何処でもいい」
にこっと安心させるように微笑んでやれば、彼女のふくよかな顔がほっこりとほころんだ。
どんな顔でも、笑うとそれなりに可愛いい。
「あるよ、ちょっと偏屈な親父がやってるけれど、とびっきりの安い宿を紹介するよ♪ 紹介料はタダでいい♪」
(ったりめーだ。こちとら今からボランティアやるんだぞ)
そう内心で毒づきながらも、ハイネは当然、顔は愛想の良い笑顔を浮かべた。
☆彡
「マーゴットは、果物屋だとばっかり思ってたんだけど、違うのか?」
「レイ、私は朝に市場で新鮮なのを買って、街で小分けして売っているんだよ」
「…売るのは果物じゃなくて、引っ掛けたカモでしょが…」
「ハイネ。この街で賢く生きていくには、人を出し抜くしかないんだよ」
「レイ、こういう大人にはなっちゃいけないぜ」
「……了解した……」
「随分な言い草だね、あんた達は!!」
ハイネとレイに対して心を入れ替えたマーゴットは、率先して良心的な服屋や、歯ブラシや石鹸等を扱う細々した雑貨に案内してくれた。
大きな鞄を購入し、荷物も詰め、体裁だけ旅行客に成りすました彼らは、マーゴットの隣家にある、二階建ての酒場へと案内された。
如何わしい界隈の片隅にぽつんと立つ店はどこか寂れていて、あきらかに流行っていなさそうだ。主人は年齢が50代、しかも体重が120キロありそうな、強面で胡散臭げな男だった。
「1泊1人2万センズ、メシ代は別だ」
「ちょっとマーゴットさん、こいつふっかけすぎじゃねーの? いくら温厚な俺でも、大概にしとかなきゃ、いい加減キレるぜ」
ハイネが呆れ顔で灰色の髪の主を指させば、途端彼女はふるふると首を横に振った。
「グレゴリー、すまないがこの子達は『カモ』じゃない。とりあえず1ヶ月下宿だ。10万センズでいいね?」
「じゃ、お前に紹介料は払わなくていいな。兄さん達、うちは前払いだ」
ぬっと大きな手の平を差し出され、ハイネは紙幣を10枚手渡した。
案内された2階は、同じ作りの部屋が4つあった。
「あんた達はここを使ってくれ。広いから二人で1室でいいだろ」
各部屋とも風呂が完備なのはありがたいが、大きめの汚いベッドに、ハイネは眉を顰めた。
ここは、あきらかに酒に酔っ払った男女が、連れ込みに使っていた部屋だろう。しかも掃除は行き届いていないし、ベッドも黴臭くてすえた匂いがし、汗が黄ばんで薄汚れている。
期待はしてなかったが、こんな所に純朴なレイに寝かせられる筈がない。
ハイネは懐から1万センズ紙幣を10枚取り出した。
「マーゴットさん、寝具売ってる店に使いを送って、俺とレイの分の新しいシーツと布団買っておいてくれる? 割高でもいいから配達で」
寝るのは無理でも、まず風呂を浴びたい。
砂でざらざらした体を清めれば、イライラした気持ちも少しは和らぐだろう。
怒りで爆発しない前に、うざい二人を外に出し、ハイネはレイを風呂場に放り込むと、さっさと汚いベッドの布団を剥ぎ取った。
シーツを引き裂いてロープにし、一くくりにして部屋の片隅に蹴り転がす。
それが終われば荷解きだ。さっき買っておいた服を備え付けのクローゼットに仕舞い、雑貨とタオルを棚に置く。
それから勝手に廊下の道具入れから取ってきたモップで、床のホコリを拭い取っていると、頭を洗い終え、ホコホコと湯気が立つレイが、風呂からあがってきた。
「ちゃんと髪乾かせよ」
彼と交代していそいそと入浴すれば、流石連れ込み宿なだけあり、風呂は快適だった。
広い湯船に手足を伸ばし、砂だらけの髪を洗えば、ハイネのささくれつつあった気持ちも安らいでくるから不思議なものだ。体をすっきり清めた後、買った服に着替えれば、今度はきちんとした食事が欲しくなる。
時計を見れば時刻は16時を回っていた。
ハイネが飛んだのが昨日の17時だから、まともな食事は丸一日していないことになる。
「……あのオヤジも、なんか胡散臭いんだよなぁ……」
酒場が開くには早い時間だし、作ってもらうのがダメなら外に行こうかと思いつつ、ドライヤーもない世界では、濡れた髪は自然乾燥で乾かすしかない。
カシカシとタオルで拭きながら階下に降りれば、カウンターにマーゴットとグレゴリーが座っていた。
彼女はコーヒーだが、彼の顔は赤く、明らかに手酌で酒をかっくらっている。
「おっさん、今から飲んでて店大丈夫なのかよ?」
「店なんぞ休業だ。俺は怪我人なんだぁ!!」
彼は自慢げに、ぶらぶらと握力のない左手を見せた。どうやら利き腕を怪我している為、酒場も開けずのんべんだらりと宿場をやっていると言いたいらしい。
ホコリが積もった店内を見渡し、この休業が随分と長い期間なのは確信した。
きっとマーゴットと組み、強面の外見で、カモを脅して宿代を毟り取っていた。それが当たって美味しい思いをしてしまったから、地道に働いて稼ぐことを忘れてしまったのだ。
「調理場を使うのなら、一回3000センズ払いな。当然材料費は別だ」
「…グレゴリー、ちょっといい加減にお止め。あの兄さんは見かけより怖いよ…」
こざっぱりして復活した気分が、またまた萎えてくる。こういちいち、何でもかんでも料金を請求されれば、露骨過ぎて嫌になる。
持っている奴からは『たかれ』というのがミエミエだ。
どういう奴なのかと思いつつ、この男に前払いで1ヶ月分の金を払ったことを後悔した。素直に言い値を払えばますますつけ上がる。
ハイネは厨房にずかずか入ると、目ぼしい材料を物色した。玉葱とトマトと挽肉、卵、小麦粉、バターと塩コショウと砂糖、赤ワイン、それからマーゴットから買ったイチゴ籠を引っ張り出す。
「オムレツとスープと生パスタ作る。それとイチゴジャムな。材料と光熱費込み、えーと、マーゴットさんの分も入れ、3人で1500センズだ。文句あるならさっき渡した金も回収して余所に行く」
「ダメだ。それはお前の都合だろが。俺のやり方が気に食わないのなら、損料で倍額払って出て行くんだな」
ガタイの良い男の癖に、ちまちまゴチャゴチャといい加減ウザい。
「大概にしておかねーと、殺すぜおっさん」
顎を軽く張り飛ばせば、120キロを超える巨躯が壁際まで吹っ飛んでいく。
ハイネを優男と侮っていた男は、酒の酔いとは違う憤怒に満ちた顔を上げたが、こんな鈍い男に反撃の隙なぞ、与える筈もなかった。
ハイネは足音もなく歩み寄り、銃口を奴の口の中につっこむ。
壁を背に、喉の奥を鋼の棒で突付かれれば、えづいた彼は吐き気が抑えられない。俯きたくても銃がつっかえてて身を折れず、こみ上げた自分のゲロで窒息死寸前だ。涙目で苦しげにもがく男の力が弱まってきた頃を見計らい、ハイネは突っ込んでいた銃口を引き抜いた。
「……ゲホッ………、ゴホッ……、グェッ……」
「グレゴリー!!」
巨躯を丸め、蹲って吐き続ける彼に目もくれず、ハイネは汚れた愛銃を簡単に洗うと、カウンターにかかっていたタオルで適当に拭う。
「あ、大丈夫大丈夫。俺、野郎には厳しいけど、基本的に女の人には優しいから」
脅えつつ、男を介抱するマーゴットと目がかっちり合ってしまったので、ハイネはぴらぴらと手を振っておいた。
「何の音だ?」
ぽてぽてと階段を降りてきたレイに、ハイネはほれと紙幣を一枚手渡した。
「3軒隣にパン屋あったろ。メシ作っててやるから、食いたいもの適当に買って来い。4人分な」
1人増えたのは、グレゴリーの分だ。
締めてボスが誰か認めさせた後は、優しくする。それが男社会で、上手くやっていくコツだ。
「……了解した……」
レイは無表情のまま外に行った。
そして五分後に帰ってきた時には、大きな紙袋に数種類のパンを抱えてきた。
「おい、そんなに沢山どうするんだ?」
「……戦利品だ。これはいらなかった……」
渡した紙幣をそのまま返した彼の右手の甲には、何故か赤いものがこびりついていた。
レイに怪我した様子は見られないから、明らかに返り血だろう。
彼を子供と侮って、金を巻き上げようとした奴がいたのだろうか? ザフトレッドに馬鹿な真似をするものだ。
「きちんと手を洗えよ」
「了解した」
レイがやはり無表情のまま、手を洗いにぽてぽてと歩き出すと、遠くでグレゴリーの巨躯がガタガタと震えているのが見えた。きっと、ハイネに続いてレイも、彼の中で危険人物だと認識されたのだろう。
なんとなく、この界隈での付き合い方が、解った気がする。要は『強いものには巻かれ、弱者から剥ぎ取れ』だ。
腕っ節が物を言う非常に判りやすい世界だが、なんでも素直に信じてしまう、レイの教育にはすこぶる悪い。
適度に繁盛し、適度にいかがわしい店が立ち並ぶ界隈に、ハイネ達と同レベルな、まっとうな考え方をする人種を探すのは難しいのかもしれない。マシな場所に引っ越す事を、真剣に考えた方が良さそうだ。
(……けど、まともな所っつったら、俺達に戸籍とかいるよな、きっと……)
レイの石を売った時に交わした書類を見れば、『高額動産譲渡にかかる税金』の一文があった。税金の徴収がきちんとした国なら、戸籍にも厳しい。なぜなら国家予算とは税金収入で賄われ、それらの殆どは、戸籍に名前が載ってる人間から搾取していくのだから。
(この国って一体何処なんだ?)
くたびれた酒場をぐるりと見渡せば、釘跡だらけでうちっぱなしの汚い板壁に、黄ばんだ大きな地図を見つけた。表題にはアメストリア公国とある。大陸続きでフランスに似た形だが、ハイネの記憶にそんな国はない。
「マーゴットさん、ここはアメストリアではどの辺になるんだ?」
「イーストシティの最南端だよ」
「ふーん、サンキュ」
ポケットをまさぐり携帯電話を開く。地図を一枚画像で撮り、ついでにとキラの番号にもかけてみるが、当たり前だが繋がらない。
「……ふーっ、仕方ねーか……」
この国の情報を集めるのなら、どこかに腰の据えられる基点を設ける必要がある。
ここの家主は信用できないし、環境も劣悪だが、1ヶ月猶予が与えられたと前向きに考えれば悪くはないだろう。
そう無理やり自分自身を納得させた、その時だった。
「……マーゴットはいるか!!……」
人相の悪いゴロツキご一行様が、沢山の応援と共に、酒場の扉を潜った。
総勢15人、その先頭の男を見た瞬間、ハイネはもう一つの厄介ごとを思い出した。
(……ああ、そういや、これも残ってたな……)
残っていたどころではなく、これがそもそもの発端だ。
質屋で自分達が丁重に拳でのした為、金も取れずに恥をかかされたゴロツキが、自分のプライドを守ろうとすると手段は一つ。
弱いマーゴットを締め上げて、それなりの損料を支払わせることだ。
「俺達はきちんと上納金を払って、あんた達に筋は通している筈だろう!!」
マーゴットに対しては、仲間意識があるのだろう。グレゴリーが敵わないと知りつつも、重い体を起こし、巨躯で彼女を背に庇っている。
その漢な心意気に免じ、ハイネはグレゴリーが殴られる前に、すんなりと助け舟を出した。
「おいおい、そこな兄さん達、用があるのは俺達にじゃねーの?」
ごろつき達が一斉にハイネに注目する。カウンターの中にいた彼は、人相悪い男達の熱い視線に、悪びれなくぴらぴらと手を振った。
いつの間にか、手を洗い終えたレイは、カウンターで黙々とイチゴを摘まんでいる。
怯えもしない、二人の嘗め腐った態度に、腕自慢の男達のボルテージが音速を超え、殺気が全身にと漲った。
「あんたら一体何をした? 俺の店で揉め事はお断りだぜ!!」
「……おいおい、そう来るか?……」
時よ戻れ。
奴を庇わず、数発殴らせてから声をかければ良かったと、そう思っても遅すぎる。
ハイネは大きくため息をつくと、ポケットから軍用のナイフを取り出し、鞘を抜き放った。
喧嘩は先手必勝、ついでに二度とオイタができないように、徹底的に嬲るのが基本。
「レイ、ミッション開始だ。ただし殺すなよ」
「了解した」
06.10.07
白キラが、レイと共に地球に島流しにあうお話は、2章1話目になります(そこでシンと友達になるので)。
長くなったのでぶっちぎりました。ハイネ達の過去編、次回も続きます(号泣)
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