アナザーで会いましょう


10.甦り 2





最後に肌に触れた時、その冷たさに身震いがした。
吐息がじきに止まると思わしき紫色の唇は、薄く開いていて、その口元にローズは迷わず己を重ねた。
物語のような、愛の奇跡なんて期待していない。
だから、持てる自分の知識全てと、家に代々伝わる奇跡の石を使って、エリキシル剤を錬成した。
薬を錬成した代償で、左足は太ももから持っていかれたが、後悔などなかった。
口に含んだ赤い液体を、余さず彼に与えたくて、首を持ち上げて喉に流し込んだ。
その結果がこれ。


口移しで飲ませた折、口腔に残ってしまった薬のせいかは知らないが……その日からローズの身体の成長は止まった。
そして、あの人は今ここに――――――――――。



暖かい肩、身体越しに伝わる鼓動、彼はここに生きている。
ローズはこみ上げてくる嗚咽を堪え、悲痛な絶望に焼ける喉をふり絞った。

「………やめて………よ……」
「何? 姫さん♪」

自分を肩に担ぎ、平然と屋根を飛んで逃げる男の能天気な声に、ローズは涙で曇った目を擦った。

「………エンヴィー、その姿はやめて………」
「キールだろ。今は」
「違うわ」
「違わない。ちゃんと心がここにある」

にぃっと自分の胸を叩きながら、小柄な少年がほくそえむ。

「冷たいねぇ。お帰りっていってくれないの?」
「キールは死んだわ」
「アイシテルって言ってくれないの?」
「貴方はキールじゃない」
「酷いな。ローズが俺をこんな身体にしちゃったんじゃないか? 償ってくれるよね? ねぇ、一生かけてさ♪」

ぴしりと彼女の表情が強張った。

「キールの姿をとらないで。わたくしは不愉快よエンヴィー」
「ええ〜? だって姫さん、こっちの方が好きでしょ?……おうわっ!!」

ローズは己の左足に刻んだ練成陣に指を触れると、足首の鎧部分を死神の持つ鎌のように鋭く変えた。
彼の肩を両手で引っつかみ、右膝を背の窪みに押し当て、勢いよくエンヴィーの腰を狙って回し蹴る。
彼は肘でローズを軽く振り払い、易々と左足首を片手で持つ。
屋根の上で掴まれれば、彼女はまるで逆さまになった人形だ。グレゴリー・カフェのレースたっぷりの制服が、まるでチューリップの花弁のようにローズの上半身に纏いつき、下半身は下着が露わになっている。

「放しなさい、エンヴィー!!」
「あっぶねー。おいおい、愛しい男でもばっさり? おとなしい顔してて、相変わらずきっつい女だねぇ、お前」
「誰が貴方なんかを!!」
「そんなつれないこと言うなよ。俺は姫さんの性格も才能も、もう滅茶苦茶愛しちゃってんだけどな〜♪」
「迷惑……、よ!!」

手に嵌めていた腕輪に刻んだ練成陣に指で触れ、細い剣の刃を延ばす。
視界を覆った己のスカートごと、勘を頼りに横に切り裂くが、その手首も軽々とエンヴィーに掴まれる。
「……ほんと怖いねぇ、黙ってれば美人さんなのにな。まぁ、俺の言うがままの女なんて、面白くもなんともないし」
エンヴィーは右手で腕輪を砕いて粉々にした後、ローズを逆さにしたまま、左足首を両手で掴みなおした。

「だからこれも俺の愛故だ。俺に嫌われてるなんて、寂しい勘違いはするなよな♪」
彼は今にも鼻歌を歌いそうな口調で、ばっきりとローズの機械鎧を引き千切って捨てた。

「ぎゃああああああああ!!」

鎧と繋がれた神経が纏めて切れた激痛は、麻酔無しで歯を全部引っこ抜かれるようなものだ。流石のローズも、苦痛に耐え切れずに獣じみた絶叫をあげ、そのままことりと気を失った。

☆彡

糸が切れた人形のように、ぐったりとエンヴィーの腕に納まった体を、彼は満足げに抱えなおすと、お姫様抱きにしてそのまま屋根を飛び降りた。

彼の向かう先は地下水道だった。イーストシティの地下を、網の目のように隅々と張り巡らされたこの水路は、迷路のような通路を熟知すれば、街の何処にでも神出鬼没で逃げられる。
マンホールの蓋を持ち上げてずらすと、彼はするりと身を滑り込ませた。
その後を、気配を殺したレイが、ひたひたと追いかけているのも勿論承知だ。

(だってさ、生きの良い【石の材料】は、何人あったっていいもんね♪)

≪……残念でした。世の中そんなに甘くないわよ?……≫

突然、エンヴィーの脳裏にほえほえとした声が響いた。
歩みを止め周囲を見回すが、聞こえてくるのは水音と自分の息遣いのみ。
エンヴィーはこくりと息を呑んだ。
エンヴィーの脳裏に、優しくほえほえとした外見と雰囲気を纏った、金髪の少女の姿が勝手に浮かび上がる。
彼女は乱雑な部屋にいて、エンヴィーが身体を貫いた男が横たわるベッド脇で、ちょっこり椅子に腰掛けていた。

≪あのね、私が守護すると決めた人達に悪さするとね、もれなくとっても怖い思いをするから駄目なのよ。良い子だからレイにローズを返しなさい。今なら見逃してあげるから≫

ほんわかとした優しい口調だが、言っている内容はもろ脅迫だ。
ローズにつかず離れず付き添い、彼が手出しできぬように結界まで張っていた不気味な存在、それが遠くにいつつも直接話しかけてくるなんて、そんな力は錬金術では説明がつかない。
彼女は一体、どういう女なんだ?

(……へぇ、お前に何ができるっていうの?……)

遠隔地にいても話しかけられるならば、攻撃だってできるかもしれない。
だが、はったりの可能性が高いのも事実だ。
大体、エンヴィーを今どうにかできるのなら、この一ヶ月の間に何度だって攻撃できた筈だ。だが、あの女は結界を張り巡らせるだけに留め、一度だって彼に傷を負わせたことはない。

≪んーとね、私が本当に怒っちゃったり泣いちゃったりすると、嫉妬深くて意地悪な魔導士がしかけた【おしおきくん】が勝手に成敗にいくの≫

(お前はまともに話もできないのか?)

彼女の話は理解したくない。大体、何が【おしおきくん】だ。
もともと、エンヴィーは嘗めた口を聞く子供じみた女は好みではないし、人間の分際で自分に脅した段階で殺してもあきたらない。

≪あのね、【おしおきくん】はセイランの生霊みたいなものだから容赦ないわよ。プロメテウスさんと同じになることは覚悟してね、うふ♪≫

(―――――セイランの生霊ってなんだ!! プロメテウスとはなんだ!!――――――)

セイランはともかく、プロメテウスとは大神ゼウスの命令に背き、人間に勝手に火を与えたために、罰として鎖に繋がれ毎日心臓を鳥に食われている、死んでも死んでも生き返る、不幸な神様の名前だ。
勿論異世界の神話など、エンヴィーは知るよしもない。

脳裏で絶叫している彼に構わず、ガキ臭い少女からの一方的な通信は途絶えた。
そして、彼は彼女の忠告をすっぱりと無視し、そのまま地下水路から行ける彼の隠れ家へとひた走った。


☆彡


狭い街を、夜道だというのにライトもつけず、四輪の車がゆるゆると走る。
そんな無謀な運転を易々こなすのは、夜目にも鮮やかなオレンジ色の髪の男だ。
ハイネはハンドルを握りつつ、アンジェから受け取ったコンパクトに視線を注いでいる。

先程、ローズを示す光が止まったが、今レイを示す光もようやく寄り添うように停止した。
二人が合流できた地点は、どうやらここで間違いないらしい。
ハイネは音も無く車を目立たない壁脇に停めると、猫のように気配なく飛び降り、目前の巨大な倉庫をじっと見据えた。
高い塀に囲まれてそびえ立つ、赤い煉瓦作りの建物には、めぼしい明かりも街灯もない。
月の光だけが頼りと、ハイネは目を眇めて周囲を見回した。

(……こりゃ……、どんな化け物が出てくることやら……)

着地した際、自分の革靴が踏みしめたのは、風化した動物の骨だ。かさついた音を立てて砕けた骨は、降り積もった雪に足跡をつけた時と同じ感触だが、味わう気分は真逆で、不気味なだけ。
それがあちこちに転がっていて、まるで骨の野原である。
野犬か猫が共食いでもしたのか?
ハイネの疑念を裏付けるかのように、錆びたコンテナの成れの果てが、積み木みたく重なったまま野ざらしで放置されているが、そのかさねの隙間から、赤く光る獣の視線をいくつか見つけた。

(俺は餌じゃねぇっつーの)

倉庫が4階建ての建物に匹敵するぐらい大きなものであるにも関わらず、現役で活躍しているとはとても思えないのはこの所以だ。
威嚇する姿の見えない獣達を睨みかえしながら、ハイネは腰のホルダーから銃を引き抜いた。

馴れた手つきでオートロックを外せば、手の中の銃が振動し、エネルギーの循環を開始する。出し惜しみして全く使ってなかったから、1戦闘分なら余裕な筈だ。
暗がりから、大きな獣が牙をむき出しにして跳ねた。
ハイネは躊躇わずに引き金を弾いた。

眉間を撃ち抜いた赤い閃光に炙られ、一瞬、2メートル近くの巨躯がくっきりと目に浮かぶ。
その身体は虎だった。頭は獅子で、背にコウモリの羽を生やしている。
(……おいおい……)

特攻をかけてあえなく殺された化け物の身体に、周囲の獣達が襲い掛かる。
その身体つきは大小様々だったが、どれもこれもが異形だ。
血の匂いに釣られ、死肉を食らいに群がる獣の群れの隙を縫い、ハイネは脱兎で外付けの鉄階段を駆け上がると、倉庫2階の潜り戸の鍵を撃ち抜き、中に潜った。

人1人が潜れるちゃちな扉を背中で閉めると、そのまま持たれかけて重りにする。耳をそばだてて外の様子を伺えば、殺気は遠く、建物内に向かってくる気配はない。
ということは、この中に外の獣達が恐怖を抱く化け物がいる可能性が高いということだ。

(冗談じゃねぇぞ)

こんな所で、キラに会えないまま死ぬ訳にはいかない。
だが、レイを失うのもゴメンだ。
1人だけ逃げるという選択肢がないなら、このまま突き進むしかない。
ハイネは銃を構えつつ、手首の時計を見やった。
レイが居る所まで、距離は50メートルとなかった。



多々ある窓から差し込む錆白色の月光は、無機質なうちっぱなしのコンクリート廊下を更に寂しくみせる。
ハイネはひたひたと気配を殺し、己の影が長く伸びて敵に気取られぬよう、物陰から物陰へと、身を屈めて廊下を下りた。
二階から一階、一階から地下へと、階段を降りるたびに禍々しさが増して息苦しくなる。
月の光が届かなくなったフロアーは、仄かな赤い輝きが周囲を埋め尽くしていた。

途中、目を引く部屋を見つけた。
扉が取り払われたその室内には、8人は座れそうな大きな机に数多くの化学実験器具の山、そして紙に書きなぐった練成陣の束が乱雑に転がっていた。壁にしつらえてある棚には、大小さまざまな瓶に詰められた人間の血を薄めたような液体が、淡い朱光を放っており、しかも、心臓の音と同じリズムで発光の強弱が変わっている。
ご丁寧に奥まった部分に鉄格子のついた檻が見えたが、そこに干からびた人間のミイラが数体ある。

(…はぁ、俺の予感って結構当たるけどさ……、これってマジやばいかも……)

ホラームービーか、バイオレンスシュミレーションゲーム感覚で言えば、この液体の材料は人間の血…ってとこか。

(……どんな吸血鬼とご対面できるのやら……)

ゆっくりと廊下を進むハイネの耳に、聞きなれた少女の声が、微かに届いた。
通路の一番奥まった部分に、白い光が漏れている扉が見える。

≪……レイを、放して……、放しなさい、エンヴィー!!……≫

情緒教育も不完全なレイには、まだ策を弄する知恵はない。きっと正攻法で突っ込んでいって捕まったのだろう。まぁ生きているなら上々だ。
彼は改めて両手でレーザー銃を構えなおすと、慎重に歩みを進めた。

足のつま先でそっとドアをつついて隙間を作ると、易々と中を伺うことができた。
ライトの灯った300人でも宴会が十分できそうな広々とした室内の中央で、ローズはぺたりと腰を降ろしている。
彼女のロングブーツで隠れた機械鎧の左足は既に無く、座りこんだ床には赤黒い文様がいくつも描かれている。ハイネもこの世界に来て1月経つ、すっかり馴染みとなった錬成陣ぐらい判別はつく。
彼女の真正面で、15歳ぐらいの少年が、レイの背後から羽交い絞めにし、彼の喉元にナイフを突きつけている。

(ったく、レイの奴……、もうちぃとしごいてやらねーとな)

ハイネは眉を顰めた。
ザフトレッドがなんてザマだ。格闘技の師匠として、弟子が薄気味悪いガキに捕まっている図など、腹が立って見られたもんじゃない。

(ちきしょう、状況が読めねー。あの餓鬼、弾いてもいいのか?)

平和な酒場の兄ちゃんをやっていたが、腐っても軍人だ。虚勢か本気かの判断はつく。レイを捉えているエンヴィーとかいう少年は、隠しようの無い余裕と殺気を撒き散らし、ナイフを握っている。
下手に刺激したら、レイは間違いなく刺されるだろう。
見てくれ15の少年を殺すのは、やっぱりハイネでも少々躊躇う。しかもローズの知己っぽい。

(ああ……、どうすっかな? )

「だったら判るよね。助けたかったら、俺に【赤い石】を作ってよ♪」
「嫌よ」
「あ、そう。ならこいつとさっさとお別れを言いな」
「止めて!!」

(悪人決定だ!! ちきしょう!!)
「レイ、伏せろ!!」
ハイネは勢い良く扉を蹴りあけると、迷わずエンヴィーの眉間をレーザー銃で撃ちぬいた。







06.11.28




ここから、推敲できたものから片っ端から掲載してます。
後で書き直す可能性は特大( ̄― ̄)θ☆( ++) 
とんでもないスランプに突入しております。お見苦しい点はご容赦くださいませm(__)m



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