アナザーで会いましょう



11.甦り 3





ローズが恋したキールは、執事の息子だった。
幼い頃から錬金術に夢中になり、国家錬金術師を目指して学習に励む彼女にとって、物心ついた時からいつも一緒だった彼は、唯一接することができた異性の友人だったかもしれない。

≪キールはずうっと、わたくしと一緒にいてくれなくては嫌!!≫

幼い独占欲で彼から進学の機会を奪い、たった15だというのに執事見習いとして館に縛り付けた。キールとて沢山の夢があっただろうに、ローズの我侭を笑って受け入れてくれた。

≪でもね、ローズと僕のことは、旦那様達にはナイショだよ≫

伯爵家の娘とその使用人の恋なんて、当時存命だった両親に知られれば最後、キールの一家はこの家から追い出されただろう。
それに下手したら回状も回り、アメストリア公国では、彼ら一族はどこにも勤められなくなる恐れもあった。
ローズが、大切に秘めて恋を育ててきたのは当たり前だ。

その彼が、領地の視察に同行中、内乱の暴徒に巻き込まれた父を庇って銃で撃たれた。
館に戻った車から降りた時はもう虫の息で、ローズは躊躇わずに、家宝の【赤い石】を持ち出してエリキシル剤を錬成したのだ。
だが、己の片足を失い作り上げたその液薬は、キールを小指の爪程度の小さな禍々しい石に変えてしまった。

それが、伝説の【賢者の石】と呼ばれるものだと知ったのは、エンヴィーにキールが変化した石を食べられてからのこと。
彼女が左足を引き換えに作り上げたエリキシル剤は、人を治す万能薬ではなく【賢者の石】そのものに変える代物だった。


☆彡



レーザー銃はレトロな鉛弾と異なり、脳漿を弾けさせることはない。
眉間を撃ち抜かれた少年は、額に丸く穿かれた焼き跡を残し、そのまま綺麗な顔で絶命する筈だった。
普通ならば。

人肉と骨を焼く嫌な匂いが部屋に充満する中、エンヴィーは上半身を傾がせたものの、倒れる事はなく、ゆらりと身を起こす。
顔を上げた少年は、にやりと不気味に微笑んだ。

「……ちっ、なんなんだあいつ?………」

彼の焼けた額は見る間に肉が盛り上がり、映画の巻き戻しを眺めているかのように、傷が消えていく。
アンジェが治癒を施す時のような、光を集める等のパフォーマンスは一切ない。
ハイネの背筋が凍りついた。

「なぁローズ、どうなってんの、こいつ?」

エンヴィーは、癇に障る音を立て、喉を鳴らして笑っている。

「……色男さん、いきなり酷いんじゃないの。あんたのせいで、俺1回死んじゃったじゃないのさ、……おうわっ!!」

今度はレイが、無表情のまま何度もトリガーを引く。
この世界に普及している銃と違い、ザフト軍支給のレーザー銃はサイレンサー付の無音だ。
容赦なく眉間、喉、心臓と……、まるで射撃のお手本のように急所を撃ち抜かれているというのに、やはり少年は倒れなかった。
血は焼かれて蒸発するために飛び散らず、穴だけがどんどん増える体はまるでゾンビだ。

「……ちょっ……っと、止めろっ……って、おい………!!」
(……もぐら叩きかよ?……)

彼が何か言いかけてるようだが、甦る度にまた弾かれるから、全くわからない。
かといってレイに攻撃の手を緩めるように指示も出せない。こんなヤバイ奴は、係わり合いにならないのがベストだ。

「悪いな。苦しいかもしれないけど、辛抱してくれ」

ハイネは練成陣の中に座り込んでいたローズを抱き上げると、左肩に荷物のように担ぎ上げた。
うつ伏せになる為ローズには辛い体制だが、右手に銃を握っているので仕方がない。

「レイ、ここは引くぞ!!」

レーザー銃のエネルギーが残っているうちに、せめて車まで逃げたい。
いかにコーディネーターでも、あんな化け物相手にアーミーナイフ1本でまともに戦えるとはとても思えない。

「ローズ、奴の弱点は?」
「……あ、アンジェよ!!……」
「はぁ?」

ハイネの脳裏に、ほえほえっとした能天気な天使の姿が浮かぶ。

「エンヴィーは何故か彼女の傍に寄れないの。彼女の『癒し』の光が駄目みたい。だからほら……、私ずっと酒場で無事だったでしょ?」

狼男に銀の弾丸、吸血鬼に十字架とニンニク、訳判らないエンヴィーにアンジェ?
ビバ天然。
だが……魔よけは現在酒場にいる。

「早く言え!! 置いてきちまっただろーが!!」

特攻で、単身来てしまった自分が憎い。

「ローズ、目ぇつむってろ!!」

ハイネは怒声と同時に、軍用ナイフ片手にエンヴィーに襲い掛かった。
いかにエンヴィーが強烈な化け物といっても、再生している間は微動だにできないただの死体である。
逃げる時間を稼ぎたいのなら、徹底的に身体をバラさねばならない。プラスチック・爆弾かバズーカーかミサイルが切実に欲しいが、無いものを強請る暇はない。
だが、刃渡りたったの20センチのナイフでは、切りつけることはできても手足を分断することは不可能だった。
ハイネは返り血で汚れた自分に舌打ちすると、結局レーザー銃に武器を取替え、トリガーを弾いた。
だが、こんな攻撃では堂々巡りだし、エネルギーが尽きればTHE ENDだ。

「ローズ、錬金術で爆弾は作れるか?」
彼女は一瞬考え込んだが、直ぐに首を横に振った。

「無理よ、手元に材料がないわ。硫黄と鉄と……」
誰が火薬を作れといった? 
「あのなぁ、今吸ってる空気の6分の1は水素だろが。酸素と水素に分離して、火種加えるだけで爆ぜるだろ?」
「……えーと、えーと……、でも練成陣を何処かに書かないと……、チョークが……、いいえ、せめてペンと紙……」

(………駄目だ、融通がきかねぇ……)

どんな便利な秘術でも、気軽に使いこなせなければ万能ではない。
エンヴィーがアンジェを苦手というのがどこまでホントだか怪しいが、例え迷信でも今は縋りたい。それに、店まで逃げれれば人目もある。
彼が今まで噂にならなかったのなら、面倒を避けて生きてきた筈だ。
寂れた繁華街でも、不死身の化け物が出たと噂になれば、軍は民の安全を確保するため、退治に動く。
エンヴィーとて我が身が可愛ければ、自分から目立つ行動はとれないに違いない。

「レイ、来い!!」

じりじりと、銃の届く限界まで歩を進めた後、ハイネはレイを先に逃がしてから、扉を潜って廊下に飛び出した。

「真っ直ぐ行け。突き当たりの階段を駆け上がれ」

つい今しがた来たばかりの道だ。迷うことなくまっしぐらに階段を目指してつっ走る。

「…ローズを捉えろ、逃がすな…!!」

背後から聞こえるエンヴィーの怒声に、身が竦む。
奴が身体の再生を終える前に、とっととここから逃げ切る予定だったのに伏兵?

(……冗談きついぜ……)

せめてはったりであって欲しいとハイネは願ったが、彼の期待を裏切り、階段付近の影から、ゆらゆらと生気の欠けた大男の群れが、のっそりと姿を現した。
暑苦しい肉壁は、前方を塞ぐ障害物も同然。

「……ちぃ……、仕方ねぇ。殺るぞレイ!!……」

たった14歳の子供に、生身の人殺しなどさせたくは無かったが、ここで自分達が殺される訳にはいかない。
レイも普段、不殺を貫くキラを母のように慕い、彼女に嫌われることを恐れて同じ戦い方を好むが、上官命令なら素直に従う子だ。エンヴィーのような化け物ならまだしも、一般人を殺すのは躊躇いも残るだろう。だが、今は生への執着が無くては身の破滅だ。

「いいか、俺達は絶対に生きてキラに会うんだ。俺達が死んだらキラが悲しむ。邪魔する奴は殺せ!!」
「……、了解した!!」

返事を皮切りに、レイの動きも変わった。
二人は同時に蠢く大男達に銃口を向けると、躊躇うことなく心臓、喉元、それに頭部を撃ち抜いた。
幸い、誰もが螺子を巻いた人形のように空ろな動作だ。洗脳、もしくは薬物中毒なのは確実だろう。折角機械鎧の腕をつけていても、馬鹿の一つ覚えのようにローズめがけて腕を伸ばしてくる。
音のない銃のトリガーを一つ弾く事に、蠢く巨躯が一つ……、また一つと床に倒れて動かなくなる。まるで自分は大量虐殺者だ。
それでも手加減する余裕などどこにもなかった。
人垣程度の邪魔者でも、とっとと排除して逃げねば、不死の化け物が追ってくる。


「なんなんだこいつら? おい、死にたいのかてめぇらは? 頼むから引いてくれ!!」
「……無理よ。【エリキシル剤】と【賢者の石】を作る材料に、意志なんてないわ……」

何か今、ハイネの理解できない宇宙言葉が飛び交っていった。
ローズは荷物のように腹ばいで担がれて苦しいだろうに、哀れみの眼差しを屍予備軍に向けた。

「エリキシル剤は、人間を賢者の石に変えられる薬よ。でも、作るには肉体が必要だし、作ったとしても薬はせいぜい一口分、人間1人に含ませれば終わり。2人を潰しても、採れるのはせいぜい小指の爪程度の小さい石よ。エンヴィー達『ホムンクルス』は、『賢者の石』を核にして生きている。その石の力が尽きれば、彼とて死ぬ。だから己の生命を繋ぐ賢者の石を沢山欲しがるの」

何かローズがムツカシイ事言っている気がしたが、今のハイネにはそれどころではない。
全員殺し終わった彼は、ホルダーに銃をしまって右手を空けると、レイの腕を掴んでダッシュで階段を駆け上がった。

「個人の意志は薬で潰しているから。エリキシル剤で石に変えられるとね、その人の記憶も残ってしまう。それを食べて変な過去を貰うのが嫌だから、エンヴィーは材料の意識を徹底的に根絶するの。
でもね、【賢者の石】を完全に作れる錬金術師は皆無よ。わたくしは、エリキシル剤なら作れてしまったから。大切な人を失うのが嫌で、自然の摂理に反して延命の薬を望み、結果その人を消滅させてしまった。
ならば、その石を一生抱えて一人で生きようと思ったのに、石が抱えていたあの人の記憶ごと、彼に食べられて……。憎いあの男に懐かれるなんて……」


涙ぐみ、何か盛り上がって辛い話をしてくれているみたいだが、時と場所を選んで欲しい。
ハイネは正直、エンヴィーが背後から追いかけてくる気配に神経を尖らせていて、全く彼女の話を聞いていなかった。
倉庫から飛び出せば、今度は異形の化け物達とのご対面だ。
月明かりの元、車が置いてある門扉までの道を塞ぎ、獰猛なキメラ達がじりじりとこちらを伺っている。

ハイネは外付けの階段を駆け下りつつ、レイの腕を離して再び腰のホルダーから銃を抜いた。エネルギーのカートリッジの換えはない。結構使ったし、後どれぐらい持つか?

だが、彼らは一定の距離を保ったまま、3人に襲いかかろうとはしなかった。それどころか少しずつ遠ざかろうと、一歩ずつ後ずさる者までいる。
ハイネは深くため息をついた。獣達は敏感だ。おまけに尖ったハイネ自身の神経も警告している。
獣の世界は弱肉強食、彼らが怯えて警戒するのは、自分達の身に危険を及ぼす存在が来ることを知っているからで、その対象は勿論ハイネ達ではない。
かといって、その己達の恐怖の対象から買う怒りを恐れるのか、普通にハイネ達に道を通す気もないらしい。

振り向けば、外付け階段上、今自分達が潜ってきた小さな扉から、ずるずると黒い影が這い出てきた。中腰で、姿がさっきの少年よりも大きくなっているが、あの気配はエンヴィーに違いない。
異形の獣達が怯え、波が引くように闇の中に消えていく。
ハイネの背筋に震えが走った。
駄目かもしれない……と、この世界に来て初めて命を奪われる恐怖に晒された。

「……レイ、ローズを連れて、店までとにかく逃げろ……」
「ハイネは?」
「……時間を稼ぐ。後から行くから、な?……」

ぽしっと、金色の髪に手を置きくしゃりと撫でる。だが、無表情の少年は、無言で首を横に振った。

「キラが悲しむ」
「決め付けるな、馬鹿」
「あんな化け物から、一人でどうやって逃げるんだ?」

≪そうそう。身の程知らずは破滅するよ≫

涼やかで凛としたテノールの声が聞こえた瞬間、地面から針山のように突き出た土の槍が、鉄製の階段諸共、エンヴィーを串刺しにする。
四肢が裂け、血飛沫とともに容赦なく手足が宙に吹っ飛ぶ。

「なんだぁ?」
≪なんて陳腐な台詞だ。君には想像力の欠片もないのかい? ≫

うごうごと再生を始めるその身体を、今度は氷の柱が容赦なく貫く。

≪全く、そんなありきたりじゃ、君の感性の無さが疑われるよ≫

振り返ったハイネは、己の目が信じられなかった。

鬱陶しそうに肩に掛かる青紫色の髪をかきあげた青年は、ハイネが見たこともない程美しい男だった。だが、その身体は透きとおっており、しかもレイの丁度目線の当たりで宙に浮いていた。


06.11.30





眠い〜!!
直しは明日やります( ̄― ̄)θ☆( ++) 
おやすみぃぃぃぃ(⌒∇⌒)ノフリフリ




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