アナザーで会いましょう
13.事件の終焉
「それじゃアンジェ、後のことは頼むぞ。くれぐれも皆に、暴走はするなと言いくるめてくれ」
「ええ、行ってらっしゃい♪ 気をつけてね〜♪」
ハイネは早朝、レイとローズを連れ、アンジェにほえほえと見送られながら店を出た。
今日も一日、大層慌しいスケジュールとなるだろう。ガイが来るのがいつかは知らないが、成すべきことは山程ある。
結局、グレゴリー・パブは全員で引き払い、代わりに新たな3件の店はアンネ・ローズ嬢を経営者にたて、再出発をはかることとなった。
この件は、ハクロ将軍にも一枚噛んでもらった。
いかにガイがこのシェル街ででかい顔ができるヤクザだとしても、軍人政権のこのアメストリア公国で、大総統の側近な将軍の庇護下にある店にたかる事はできまい。
3人が向かったのは、役所の派出所だ。
8時ジャストに受付が開くと同時に、『ローズ・カフェ』の商標登録、土地登記と経営者の手続きをし、整えてあった書類を提出した後、そのまま3人はとことこと隣の軍の派出所に出頭した。
たとえ悪党でも、民間人が殺せば殺人者になる。
ハイネとレイは即座に逮捕され、牢獄へと繋がれ、ローズも事情徴収でそのまま拘束だ。軍人達は現場検証の為、野犬が住み着き誰も近寄らない街外れの倉庫に向かったが、ハイネの供述通り、綺麗に急所のみを貫かれた18人の死体を発見した。
だが、その他にも幾多のミイラも見つかった。
また、竜巻に遭遇したようにメチャメチャ荒らされた内部から、実験器具の破片と錬金術師が使う練成陣が書かれた用紙がいくつか押収されれば、この地で錬金術師絡みの生体実験が行われていたと、勘繰られても不思議ではあるまい。
だが、ローズは『浚われただけで、何も判りません』と、エンヴィーの件は一切口にせず、ハイネとレイも『俺達がやりました』と言うわりに、提示したシリンダー式の回転銃では、明らかに銃創が異なる。その銃では額に弾を食らえば、丸く穿かれる程度で済まない。おでこから後頭部まで衝撃で吹っ飛ぶから、死体の顔の面積が1/3は抉られている筈だ。
武器もまともに提示する事ができなければ、殺人疑惑は自然、助け出された唯一の生存者『錬金術師、アンネ・ローズ=シュルツ嬢』に向くのは当然というもの。
だが、彼女は国有数の名家シュルツ家の現女当主で、彼女の昨年死去した祖父は4代前にこの国の大総統の地位にいた人物で、かなりの名君だった。古参の軍人にとって、崇拝にあたる家柄である。
こんな僻地で、しかも更に左遷された者達が集う派出所では、深く追求できる軍人はなかった。
☆彡
「あんの若作りの童顔、ロリコン変態大佐めぇぇぇぇぇぇ!! 勘付いてたな〜〜!! 何がキラに残酷な現場を見せたくないだ? 騙しやがってぇぇぇぇぇ!!」
担当者から、電話で語られなかった裏事情を聞いた後、叫んだハボックを誰が責められよう? 今、派出所内に流れるムードは、この事件は『闇に葬れ』『俺の所に持ってくるな』『俺は知らん』『無視だ無視』と示唆している。
下手に騒ぎを大きくすれば、事件担当者は睨まれて左遷どころか、上層部から抹殺も起こりうる。将来大総統の地位を狙う大佐なら、関わってたまるかと言うのが本音だろう。
「はぁ〜。僕達貧乏くじですか」
フュリー伍長も、眼鏡を治しつつがっくりと項垂れている。
「で、その『自称殺人者』な人の良いお坊ちゃん達はどこにいる? ったく、直ぐばれるような嘘つくアホどもが。フュリー伍長、ぎゅうぎゅうに締め上げてやれ」
「やれって…少尉、僕がですか!!」
「当然だろ、他に誰がいる? 俺は我が身が可愛い」
「卑怯者〜!!」
ハボックは咥えていたタバコに火をつけ、横で頭を掻き毟っている伍長の背を、『頑張れよ♪』と激励で叩いた。
だが、脳裏では……、この事件が終わりなことは判っている。形式だけ調書を取り、人助けで18人殺した少年二人は過剰防衛で厳重注意の後、無罪放免となるだろう。
ハボックとフュリーが、『やっぱりこいつら怪しいぞ!!』と、ゴネなければだが。
「まぁ、19歳の兄はともかく、弟は14歳ですからね。早く行ってあげましょう。今頃恐ろしさに震えて、泣いちゃってるかもしれませんし」
「伍長は夢見すぎだぜ。今日日のガキは逞しいさ、大将達を見ろ」
12で国家錬金術師の資格を取り、現在15になったエドワードは、自他とも認める元気者だ。国中旅をして賢者の石を捜す彼らは、下手したら半年も顔を見せないこともザラである。
「世間一般の常識を考えてください。彼らは規格外ですよ、一緒にしたらこの子も気の毒です」
「ははは、それもそうだな」
「……容疑者は此方です」
軽く談笑を楽しんでいたハボックは、担当官が指差した方向を見た瞬間、口がだらしなく開いた。
火がついたままのタバコが床に落ち、慌てたフュリーがブーツの底でぱたぱたと踏む。
「おい、なんだありゃ?」
犯人の身柄を拘束している筈の牢屋に続くドアの前は、長蛇の列だった。
「2人への面会人です」
「はぁ?」
「皆さん順番です。押さないでください……っとと……」
年若い軍服の青年が、間違えてハボックに配った番号札は、151番だった。
「おい、何をやってんだお前ら。仕事は?」
彼はそれを突っ返しながら、列を掻き分けて牢獄へ向かう。
「……次、62番目の方どうぞ……」
艶めいた低めの美声に目を向ければ、鉄格子前で、椅子に座っている黒髪の少女が、番号札を受け取りながら20代の茶色い髪の青年を通している。
鉄格子の中では、オレンジ色の派手な髪の青年が、コンクリートで打ちっぱなしな床に胡坐をかき、ガリガリ頭を掻きながら書類を読み耽っている。
「えーと、あんたはウェイター志望か。ん〜……酒場経験者っつってもな〜〜、今うちが欲しいのは、料理運ぶ奴じゃなくて作る奴なの。ちょっとしたメシとか、コーヒー入れるのが得意とか特技はない? なら、はっきり言うけど採用は難しいぜ……」
ハボックの眉間に、みるみる皺が寄る。
(おいおい、鉄格子越に店の従業員の採用面接? ふざけてんのかこいつらは?)
≪あの黒髪の方が、ハクロ将軍の義妹さんです≫
ハボックは怒りに震えながら、自分に小声で耳うちした軍人の耳たぶを引っつかんだ。
≪おい、お前も何を好き放題させてんだ?」
ハイネは入ってきた軍人3人をさっくりと無視し、面会者と2分程度言葉を交わした後、読み終えた履歴書を、『ほれっ』と背後のレイに手渡した。
「結果は1週間以内に手紙で連絡する。今日はわざわざありがとな、気をつけて帰ってくれ」
多分彼がレイだろう……、金髪の少年は、ハイネから渡された書類を『保留』と大きく書かれた箱の中に、無言でぽいっと入れる。
「よし、次」
「次じゃねーぞこら、何をやってんだぁ、お前?」
「見ての通り、仕事で〜す♪」
ハイネはにかっと人好きのする良い笑顔で、ぴらぴらとハボックに向かって手を振った。
仕種はとてもふてぶてしい。
何故か憎めないのはきっと、彼の醸し出す懐っこい雰囲気だろう。
「軍人を嘗め腐るな。自粛して出てからにしろ」
「ん〜…、そうしたいんだけどさ、俺達今日、店退去で切羽詰ってんの。面接する場所もねーし、時間もねーし。哀れだと思って、見逃してくんない?」
ぱちんと両手を合わせて、ふかぶかとお辞儀を寄越す。
それなりに下出に出てくれれば、人情家なハボックである。彼の言い分を聞こうかな? という雰囲気にもなってくる。
「なんだ、お前たち夜逃げか?」
「人聞きの悪い。前のオーナーが昨日、悪い奴に店巻き上げられたんだよ。で、今日もう立ち退きだ」
シェル街は軍人の介入も少なく、治安はかなり悪い。
ヤクザ者が威張り歩く原因の一端は軍人にもある為、途端ハボックも少し後ろめたくなる。
「…そりゃ、災難だったな?」
「ああ、支店3つに従業員振り分けて、早々に店開いて食い扶持確保しつつ、でっかい本店も確保したいから物件も捜したいだろ? 後、来月更にイーストシティに6軒、それからセントラルにも支店を5軒出すことになったから、その従業員の面接とか仕入れとか、その他諸々の雑務もある。酒のレシピ仕込んで、マネージャー育てて、改装の材料買わなきゃならねーし、時間なんていくらあったってたりねーの、OK?」
「ああ、言い分はわかった」
「なら、仕事戻っていいだろ? ローズ、次〜!!」
「却下だ!! 同情した俺が馬鹿だった」
こいつは一体、どういう神経をしているんだ?
ってか、まだいけしゃあしゃあとここで働く気か?
ハボックは、自分をここに連れてきた軍人の胸倉を引っつかんだ。
「お前ら何故あれを許しているんだ!!」
「だって、出頭直前にハクロ将軍の直電話がかかってきたんです。『釈放まで、できる限り便宜を図り、彼らの仕事に支障をきたしてはならぬ』と。俺達どうして逆らえますか?」
ハボックの目は、更に点になった。
ハクロ将軍は、保身にかけてはかなり用心深い。もし身内が罪に問われるような事になり、罪状酌量の便宜を図るようにと懇願したとしても、権力と経歴に傷をつけることを恐れて無視するタイプである。
それがこんなに明け透けに力添えするなんて、普通ならありえない。
「そこのお坊ちゃま方、伺いたいんデスガ、そんなに将軍と懇意にされていらっしゃるのですか?」
「いいや、会った事も無いよ、俺」
床に散らばった書類をかき集めつつ、ようやく面接続行は諦めたのか、ハイネはハボックに目を向けてきた。
明らかに育ちの良さを伺わせる、綺麗な男だった。
「お前、どんな手品使ったんだ?」
「ん? ただ『後2〜3年後には、このシェル街から生まれた『ローズ・カフェ』が、アメストリア公国中に広まります!! この事業に力を貸してくださった方々は、この荒廃した国で、再開発の遅れている街に活力を与え、多くの貧困層を救った篤志家として、末永く大いに感謝され、讃えられることでしょう』って吹き込んだだけだぜ」
それが計画通りにいくのなら、功名心の高いハクロ将軍には良い話だろう。だが、本店も乗っ取られたこいつらに、明日はあるのか? っていうか、信じたのか? あの将軍が!?
「凄い自信だな。お前さ、店がポシャるとか、考がえねーわけ?」
「楽勝、だって俺の本業は土地転がしだし」
「はぁ? お前、単なる酒場の雇われオーナーだろ?」
「ああ、酒場経営もやるけど、俺の本領発揮は不動産屋さ」
ハボックはハイネの過去を知らない。
チェーンホテルの経営に、実際不動産転がしは欠かせないのだ。
確かに立地条件の良い場所に建てもするが、発展しそうな未開発な物件を購入し、その土地を担保に融資を借りてホテルを建てるのもオーナーの仕事だ。
寂れて安かった土地も、開発が進んで住民が集まれば地価は上がる。それを叩き売って莫大な利益を作るのも、そのままホテルを運営するのも、ハイネ自身が決めてきた。
だが、そんなハイネの過去の実績を知るよしもないハボックには、目の前のハイネがもうペテン師にしか見えないのも当たり前だ。
「軍人さん達、薄給でひぃひぃしてるなら今のうち俺に投資しときな。株券は一枚10000センズ、今日から予約中だぜ」
「はぁ? お前店盗られた分際で馬鹿か!? そんなもん、誰が買うんだ?」
「そうか? 売り出しは来週頭で50000枚。ただし、ハクロ将軍が現在20000枚予約済みで、俺とレイとローズとアンジェとマーゴットさんの5人で各5000枚ずつ保有する。今年の配当は年10パーセントを目標にガンガンいくぜ〜♪」
「マジ?」
世の中なんか狂ってる。
ありえないと思いつつ、ハボックはハイネが吐露した言葉を脳裏で反芻してみた。
ハクロ将軍は、2億センズの投資となるが、年間2000万センズの収入が見込め、株価も上る楽しみもある。あのズル賢く用心深い男が、それだけ大金を弾むなんて……余計に信じられない。
ちなみにハボックの手取りは月27万センズ。ボーナスや勤務超過手当てをかき集めたとて、年収400万センズでぎりぎりだろう。
日々命の危険に曝されている割に、薄給もいいところである。
なのに目の前の少年は、人様の金とはいえ、口先だけで2億5千万センズをかき集め、本当に株の配当が年10パーセント達成できるのなら、働かなくてもハボックの年収を凌駕する500.万センズが受け取れる。
また、それだけ毎年収入を確保してくれる株券なら、人気を呼んで高騰も期待できる。
1枚1万センズで買った代物が、2万、3万…もしくは10倍20倍に膨らむこともありうるのだ。
(こいつ、どういう男だ?)
ハボックが横目でちらりと隣を見ると、機械や数字に強いフュリー伍長など、もうウズウズと指折り数えて、自分の貯金金額と、銀行でつけて貰える利息と、今の話を比較している。
「ハイネ、予約の残りは後130枚で終わりよ」
「え、それっぽっち? マジかよローズ?」
寡黙なローズがこっくり頷くと、途端、牢屋前の廊下から、大ブーイングが巻き起こった。
どうやら株券の予約に来ていた面々も並んでいたらしい。
「おい、ハイネ!! そりゃねーだろが!!」
その中で、一際野太い声に振り返ると、金髪でガタイの良い強面な男がいた。
「なんだガイ、いたのか?」
「店子が18人ぶっ殺して捕まったって聞きゃ、面ぐらい拝みに来るだろが。おい、そんな旨味のある話、なんで俺を混ぜない? 株券俺にも都合しろ」
「やなこった。てめーがセコい手で本店乗っ取ってくれたおかげで、俺達これから引越しで大迷惑だ」
「引っ越さなくても店はこのまま貸してやる。だから見返りに俺にも寄越せ。どうせ…それも狙ってたんだろ、てめぇは?」
ハイネは口元にうっすらと笑みを履いた。
「ヤクザ家業でも、軍人は怖いと見える」
「ふん。喧嘩して勝てねえ相手に、吹っ掛けるのは馬鹿のやることだ」
「違いない。契約書は? 今日が更新日だったな?」
「持ってきてる。お前の言った通り、本店の収益から2割でいいぜ」
ガイは、いそいそと懐から書類を取り出し、ペンまで添えてハイネに手渡す。
ハボックの会話に割り込み、始まった2人の取引に、彼は怒っていいのかほっとけばいいのか判らず、ただ呆れるばかりだ。
ハイネは、ガイが寄越した書類を一通り眺めると、にっこり笑って突き返した。
「アメストリア公国の、法律に定められた不動産の賃借基準によると、あの店規模なら家賃月40万が妥当だってな。うちもこれからは株式会社だ。あんまり巨額をあんたに貢ぐと、賄賂と間違われて経営者なローズがお縄だ。大株主のハクロ将軍にも多大な迷惑がかかる。そこんとこ、よ〜く踏まえて更新に望みたい」
「……てめぇ……」
「月額固定で60万。これ以上は出せない」
しばし無言で睨みあっていた二人だが、ハイネが「その代わり株券3000枚、あんたの分キープしてあるが、いらねーのか?」の一言に、ガイがいそいそと手元の書類を縦に引き裂いた。
大総統の側近が庇護する人間に、街のヤクザは敵いっこないのは明白だ。
それに1枚10000センズの株券を3000枚も貰えるのなら文句もあるまい。ハイネの店が流行れば流行るほど、株券の値段はつり上がり、自分の懐は自然暖かくなる。
(こいつ、マジでどういう男だ?)
ハボックの理解の範疇を超えている。
派出所の面々が、ハイネ達を政府高官の子息かと疑っている理由がよくわかった。こんなふてぶてしい考え方、思いつくのは普通の労働者ではない。
「お前らもういいわ。帰れ」
ハボックは苦笑いを浮かべつつ、新たなタバコを咥えて火をつけた。
「お前みたいなタヌキ、事情聴取したってどうせ嘘だらけだろう」
「あ、ひでぇ。人を勝手に決め付けるなよ」
そう言いつつも、鉄格子のオレンジ頭は、悪戯が成功した子供のように、にやりと笑った。
そんな無邪気さも憎めない。
ハボックも結局、面白い者が大好きだ。この妙に肝の据わっているハイネに好感を持ってしまったようだ。
「いいんですか、少尉? 僕達報告書を書かなきゃ……」
「いいっていいって。当たり触りのないこと書いて、出しとけ」
「じゃせめて僕が、簡単に車の中で取り調べます」
「おい」
「では、これから2人を解放しますので、皆さんはお帰り下さい♪」
それから急に積極的になった伍長が、はきはきと順番待ちの面会人を追い出し、ハイネ達三人を軍用車の後部座席に積み込んだ。
店まで送ってやるのだろう、随分と親切なこったとハボックは思ったが、フュリー伍長は運転席に納まった途端『株券の残り130枚全部、僕買いますんで予約お願いします!!』と言い切った瞬間、ハボックは拳で部下の頭を殴りつけてしまった。
「アホか、このちゃっかりもん!!」
「だって金利10パーセントなら、銀行に預けておくより断然得ですよ!!」
「軍務中だぞ。ったく、公私混同しやがって」
ハイネもやっばりとても陽気な男だった。ゲラゲラ腹抱えて笑った後、「はいよ。んじゃ手続きすっから店まで寄ってくれ」と、自分から気さくに声をかけてくるから、やはり接客業的に手馴れている。
だがハボックも、内心は純粋に興味があった。
妙に存在感のあるこの男が、心血注いで手がけた店を見てみたいと思ったのだ。
そして彼は、来て良かったとしみじみ喜びを噛み締めた。
何故ならこの店には――――。
「お帰りなさ〜い♪♪」!
レースたっぷりのミニスカートに、ロングブーツの金髪ふわふわな愛らしい美少女を筆頭に、見目麗しく、胸元がふくよかなウェイトレス達が満載だ。
いつもむさ苦しい軍服の男ばかりを見ている自分にとり、心和む目の保養である。
「なぁハイネ、お前俺にさっき、本店は今日引越しってぼやいてなかったっけ?」
「ああ、あれか。んなもんガイに聞かせる『ふかし』に決まってるだろ。ハクロのおっさんがバックについてて、何で売り上げ見込める店から出て行かなきゃならねーんだ?」
(こいつ、やっぱりペテン師じゃねーか!!)
「じゃ、書類用意してくるから、適当にその辺座ってて。おーい、この人達にコーヒー!!」
ハイネが二階へと階段を上がっていった途端、ハボックが、この店一番の可愛い子と目をつけた金髪ちゃんが、一抱えある大きな箱を持って、とてとてと駆け寄ってきた。
「あのね、これはお礼なの♪ アンジェ特性『ラムレーズンアイス』よ。三人を送ってくれてありがとうなの♪」
ほわほわとした舌っ足らずなしゃべり方も、また可愛い。
鼻の下を延ばしつつ、中を見れば、紙製の小さなカップが縦に3つ、横に4つ、3段重ねで合計36個も入っている。
「こんなに沢山ありがたいけど、本部まで15キロあるし……、戻るまでに溶けちまうだろうな……」
気持ちだけ受け取っておくよ…と、言いかけたハボックに気づかず、アンジェはにっこりと笑った。
「あのね、空気の1/6は二酸化炭素なの」
ポケットから取り出した紙をいそいそとテーブルに広げると、彼女は箱を置いてぱんっと両手をつく。
淡い光が去った後、箱の中にはドライアイスがぎっしりと詰まっていた。
ハボックは、目を見張った。
(……へぇ、この子も錬金術師なんだ……)
錬金術は店の経費節減に大いに役に立つ。
この国の人口は1000万人、なのに国家錬金術師は250名しかいない。
在野にいる術者の正確な数は判らないが、1万人に1人、いるかいないかの確率だ。
そんな希少価値な存在を、店に3人も抱えていて、こける筈がない。
(あいつやっぱ、19歳の癖に末恐ろしい豪傑かもな)
ハボックは結局、フュリーが予約したいと望んだ半分の権利を巻き上げた。ハイネから65枚分の購入手続きを終えた後、恨みがましい目のフュリーに運転を任せ、アイスが溶けないうちにと即座に軍に戻った。
そして、喜ぶキラの姿を脳裏に描きながら、15キロ車を走らせて帰ってくれば、見慣れた雪のようなほわほわ頭は見当たらない。
時計を見れば15時だ。いつもならいそいそとコーヒーを入れてくれるブレイクタイムなのに、給湯室にも姿が見えない。
「あれ、キラっちは?」
「大佐が小脇に抱えて誘拐しました」
だからあの通り…と、糸目のファルマン准将がおずおずと指した事務机方向に目を向ければ、ガシャコンと、無言で銃弾をシリンダーに詰めるリザ・ホークアイ中尉の姿があった。
「…ああ、今日は確かあの2人、80メートルしか離れられないもんな……」
キラはとても真面目な少女だ。『皆さんにお世話になっているから』と、自分にできる仕事
を探しては、笑顔でちょこちょこと雑事に励んでくれる。
しかも、ロイが仕事に飽きてどこかに逃走しようものなら大変だ。キラは姉と慕うリザと二人、手を繋いでとてとて距離を取るのだ。ロイとキラが離れていられる限界距離を越えてしまえば、彼女は確実に大佐の所へ飛んでいける。ロイだって悲惨だ。二人にダブルで蹴りを貰う訳だから。
だが大佐とて知能犯、自分自身の身が可愛ければ、逃亡時にキラを連れて行くのは当たり前だ。
「キラがいないと、事務も片付かないからな。逃走するならいっそ一人でやれ」
ブレダの言葉にハボックは苦笑いを零した。残業がなかったら、今日にでもキラと大佐を積んで、車であの店に行ってみようかと思っていたのに、フュリーとハボックの机の上は、未処理の書類がこんもりと溜まっている。
また、大佐とキラのツーショットは、確かに癪に障る。
「ブレダ、そこの拡声器とって」
面倒ごとを騙されて押し付けられた恨みもあるし、ハボックは咥えていたタバコを灰皿に押し付けてもみ消すと、ブレダから受け取った物を片手に、窓を開け大きく息を吸った。
「キラぁぁぁぁぁ、メチャ美味しいラムレーズンのアイスが溶けるぞぉぉぉぉぉぉ!!」
「きゃうううううううう!! いやぁいやぁ、食べるぅぅぅぅ!!」
「コラ、キラ!!」
餌に釣られ、中庭の茂みの中から食い意地のはったハムスターが飛び出した。
膝枕させていたらしい大佐が、慌てて飛び起きて押さえ込みに入るが、所詮無駄な抵抗だ。
その場所をハボックの背後から確認し終え、銃を持った中尉が直ぐに駆け出していく。
ハボックとブレダはきっちり1分後、揃って耳を塞いだ。
銃の轟音が轟き、大佐の弁解らしき喚き声が聞こえる。
「仕事すっか?」
己の残業は、無能大佐の仕事能力にかかっているけれど、あの店にいつか大佐抜きでキラを連れて行ってやりたい。
もう直ぐアイスに目を輝かせたキラが、わくわくとやってくるだろう。
でも、血まなぐさく、裏取引満載の大人の汚い報告書は、綺麗なキラには見せたくないから。
ハボックは大佐が中尉に折檻を受けている間、書かねばならない提出書類とその資料を、自分の机の引き出しに放り込んだ。
06.12.03
はい、ニアミスです。ハイネ達とキラは、同じ街に住んでますが、互いが気づいてません。
情報の流通が少なく、徒歩メインの街で、誰が15キロも離れた所に住んでいる人の噂を聞くことがあるでしょうか?
(ちなみに馬車すらない時代、人々の交流範囲は自宅からせいぜい500メートルが平均だったそうです♪ そしてその範囲で生まれて、結婚して、子供を生み、墓場に入る…。ここまで生活範囲が狭ければ、余所者が排他されるのは仕方ないのかも(  ̄ ̄∇ ̄ ̄; )?)
ここまでが、実は六話目の予定でした( ̄― ̄)θ☆( ++)
20話完結…絶対無理です( ̄― ̄)θ☆( ++)
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