アナザーで会いましょう
13-1 笑っておかえり
新緑が青々とした枝葉を揺らし、程よい木陰を提供する5月は、居眠りに絶好の季候だ。ましてや2週間後には梅雨入りとあっては、昼の休憩時には、惰眠を楽しむ大佐がキラを抱えて外へ逃亡するのは至極当然、当たり前の習慣だ。
だが、軍旗の隣にある柱時計が示す時間は、既に12時45分を指している。なのにキラは自分に宛がわれた机に突っ伏し、コロコロコロコロコロと身悶えていた。
「あらキラちゃん、大佐は?」
「…リザさぁん……」
中尉は今日、朝からロイの用事で隣町へ直行していたため知らないのだ。相談したほうがいいのかな…と、キラがぐるぐる考えていると、昼食を終えたハボックやブレダ、ファルマン、フュリー…いつもの4人組も戻ってきてしまった。
普段どおりならば、キラは笑って皆に『おかえりなさ〜い♪』と出迎え、ぱたぱたと給湯室にコーヒーを入れに行くのだが、今日はとてもそんな気力がない。
「……おかえり……なさい………」
そのうちじんわりと涙が滲んできて、彼女は慌てて組んでいた腕に目頭を押さえた。
ハボックが、紫煙を燻らせているにも関わらず、キラに近づきわっしわっしと頭をかき撫でてくれた。ロイが決めた司令部規則『キラの肺にタバコの煙を入れたら燃やす』におもいっきり抵触する行為だというのに、チャレンジャーな奴である。
「大佐は弁当食った?」
キラは突っ伏したままふるふると首を横に振った。
「そっか。元気出せな、これやるから」
目を擦り顔を上げれば、ハボックはポケットから板チョコレートを取り出し、キラに握らせてくれた。ファルマン准尉はキャンディー一袋、ブレダはチョコチップが入っているクッキー1箱で、フュリー伍長はマシュマロ一包みを彼女の机に次々と積む。
そんな男どもの献上品を全部蹴散らし、リザはキラの頭を優しく抱きしめてくれた。
「力になるから、何があったのかしら?」
キラはしゃくりあげながら、中尉のふくよかな胸にしがみついた。
「リザさん、僕どうしよう。ロイさんに嫌われちゃった」
「大丈夫だって。ガタガタ抜かすなら、いっそ俺と暮らそう…はうう!!」
ハボックが右向う脛を抱え、ウサギのように飛び跳ねている。どうやらリザの蹴りが、キラの見えない所で決まったらしい。
彼女は優しく目を和ませ、キラの頭を撫でてくれた。
「あの大佐に限って、キラちゃんを嫌うなどありえないわ。今だって……」
「でもでも、休憩時間になった途端、ロイさん1人でランチに行っちゃったもん」
「あの人がキラちゃんのお弁当を食べないですって? それは天変地異の前触れかも」
「……やっぱり……、怒ってるんだ……」
もともと東洋系の風貌を持つロイだが、キラの作る『和食』は大層口に合ったらしく、彼女がこの地に飛ばされて以来、彼は3度3度きちんと食べ、時には夜食やおやつまで所望する程だ。
「じゃあさ、僕が大佐の分のお弁当を食べてあげるから…ぐはっ!!」
フュリーの提案は、ブレダのボディーブローで封じられた。
「キラちゃんの芸術的な家庭料理に舌鼓を打てる羨ましい環境にあって、それを1食たりとも放棄するなんてありえませんからね」
博識なファルマンの言葉は誇張ではない。キラが気合を入れて作ったお弁当など、まるで一枚の絵画のように美しい彩りだ。
キラの母、カリダはプロ顔負けの料理上手だったし、キラも将来は『アスランのお嫁さん』という夢があった。
『男は、胃袋で釣りなさい』という母の教育もあり、キラは懐石や割烹とまではいかなくても、それに準ずる見た目も美しい『和食』を、みっちりと仕込まれていたのだ。
また、この国の夜はとても暇だ。
なんせこの世界にはテレビがなく、ラジオはあっても昼間のみで、しかも『軍部からのお知らせ』とか、宗教放送とかで面白くない。一緒に暮らしている大佐は、錬金術の研究がある為、部屋に篭りきりで邪魔はできず、映像に慣れ親しんでいる自分には、本を読む趣味もない。
また、自分の食べたいオーブ料理は誰も作ってくれないし、売ってもない。となると、食い意地がはり、暇なキラの情熱が、全て『料理』に向くのは当然だった。
「ねぇキラちゃん、もしかして貴方ご飯食べて無い?」
キラはリザの腕の中でこっくりと首を一つ縦に振った。
彼女は変な所で気を使う。消えたロイを待たずに、自分だけ食事にありつくなどありえない。
けれど、キラが食べるのが大好きな事は、周知の事実だ。昼食抜きでひもじくない筈がない。
「それで、皆がせっせと貴方にお菓子を置いたのね。ちょっと待ってて」
リザがため息混じりに給湯室に消えた。2分後、戻ってきた彼女の左右の手には、キラの好きなココアが入ったカップと、自分のコーヒーがあった。
「あの、中尉…僕達の分は?」
「伍長、何のために手足があるのかしら?」
「あ、ごめんなさい、直ぐに入れます…」
立ち上がりかけたキラだったが、リザに肩を掴まれる。
「休憩時間中くらい、お茶汲みは放棄なさい」
リザがクッキーの箱を掴み、勝手に開封する。一番腹持ちが良さそうなものを選んだのは明白だ。大きなチョコチップ入りクッキーが一枚、キラの口に放りこまれる。
黙々と咀嚼し、飲み物を啜れば、また新たにクッキーが差し出される。
皆が自分を心配してくれる気持ちが嬉しくて、キラは再びほろりと涙を零した。
どうしてこんな事になってしまったのだろう?
それは丁度2時間前のことだった。
キラの仕事は事務作業だけの筈だった。けれど、彼女は皆の役に立てるのが嬉しいと思っている。
今日も清書する書類が途切れた途端、早速固く絞った雑巾をひっつかみ、皆の机の上を水ぶきを始めた。
「そんなに張り切って働かなくてもいいんだぜ。でないと俺が居たたまれなくなる」
「いいんです。僕が好きでやっているんですから」
ハボックが書類を纏めて持ち上げてくれる。彼は1日2箱もタバコを吸う為、書類も机も灰だらけだ。
「でもさーキラっち。大佐の家は広いから、掃除は大変だろう?」
「所がですね、開かずの間だらけなんですよ。だってロイさんの私室と僕のの2部屋でしょ、後台所とかの水周りしか使ってないから滅茶苦茶楽なんです♪ 『大佐』になると、軍も宿舎を奮発してくれるみたいですが、ホント2人で住むのが勿体無いです」
キラは心の底から思っていた。なんせ、ロイの館は部屋数が30近くもあった。
「キラっち、ありゃ大佐個人の持ち家だぜ」
「え? じゃあ、ロイさんはもともとイーストシティ出身なんですか?」
『20代で大佐になった』『田舎に似つかわしくない程精錬されている』と、仲良くなった受付のお姉さん達が噂してたから、キラも彼がセントラル出身だと思っていた。
「士官学校は中央で寮生活だからな。それに現在『左遷』されてここにいるのは確かだし」
ロイ・マスタング大佐には政敵が多い。全国に国家錬金術師は250名いる筈なのに、ここイーストシティに配属されているのが、大佐ただ1人という異例さを見れば、鈍いキラとて彼が中枢から目の敵にされているのは判る。
ハボックのを拭き終え、キラはてけてけと大佐の机に移動する。
皆よりも二倍は広いが、ここもかなり秘境の地だった。左上の一角は、未処理の書類や資料が崩れそうなまでに積み重なり、細々とした筆記具が散乱し、大佐専用の黒電話の隣に、写真立てが3つも転がっている。
一つはロイと幕僚5人の集合写真だった。
もう一つはとても親しげな友人とのツーショットだ。
だが、3つ目の木目の重厚なフレームのは……何故か『ケビン・フューチャー一家』と、手書きの文字しか見えない。どうやら写真が裏返しに入っているようだ。
(…入れ間違いかな?…)
キラはホコリがうっすら積もったフレームを、軽く雑巾で拭いた。
「ねぇジャンさん。なら、ロイさんのご家族の方は、どちらにお住まいなんですか?」
邪魔な乱雑な書類のタワーを「よいしょ♪」と持ち上げた瞬間、肘が当たって、重厚なフレームに納まっていた写真立てが床にダイビングする。
「みぎゃあああああ!!」
この世界に『プラスチック』なるものはない。木とガラスでできたフレームは、無残にも割れてしまった。
「おおやったか。大丈夫かキラっち……」
いつも優しいハボックが、真っ先に声をかけてくれるが、キラが壊したものを見た瞬間、動きが止まった。
明らかに青ざめてまじまじと目を剥いて壊れた写真立てを見おろしている。
(うわぁぁぁぁぁぁぁぁ、どうしよう〜!!)
涙目であたふたと屈みこむが、ガラスが割れ、木の枠も外れ、中身が床にばら撒かれている。
普通写真立てには1枚しか納めないと思うのだが、何故か大佐はここにぎっしりと写真を詰め込んでいたようだ。
鋭いガラスの破片に埋まった紙を、キラは慌ててかき集めた。
「……痛っ……!!」
細かな破片が、彼女の手をさっくりと傷つける。そして、真っ赤な血が古い写真に色を写した。
「うわぁぁぁ!!」
キラは慌てて汚してしまった紙をチェックしたが、それは写真でなく古い葉書だった。
紙の経年が判る程、水分が抜け繊維が少なくなったそれは、キラの血液をとてもよく吸ってくれた。
一端染み込んだ赤みは取れる筈もない。キラは涙目になって用紙をまじまじと見た。
【ロイ、元気か? 死にかけたが俺は不死身だ、サラバ!!】
豪快な文字とともに、でかでかとサソリのイラストが入っている。とても大人が書いたとは思えないが、差出人の名前は『ケビン・フューチャー』とある。
「………暗号?………」
葉書はもう一枚あった。
【ロイ、この世に二つと無い宝を発見。連れて帰るから、俺の部屋を綺麗に開けておけ】
やはり大胆な紙面一杯の文字が、差出人の性格を物語っている。キラの予想だと、とても大らかな人物だと思う。その葉書の下にあったのは赤茶けたモノクロ写真だった。
ぼさぼさな箒のような髪を腰まで伸ばした長身の青年が、長い髪の美しい女性と、嬉しげに寄り添っている。
「へぇ、この人がフューチャーさんかな?」
そして次の写真にキラは目をまん丸にさせた。
赤子を抱くその奥さんと、ロイをがっちりホールドしている箒頭の人が写っていたのだが、青年に抱えられたロイはあどけなく笑っていた。キラと同じぐらいかそれよりも下ぐらいの年齢で、4人の背後に写っている家は、紛れもなく今自分がロイと暮らしている館だった。
「ロイさんか〜わいい♪ もしかしてこの人、お兄さんかな?」
だとしたら苗字が違うことも気づかずに、キラは次の写真を捲った。今度は真新しそうな軍服を纏ったロイと、彼の帽子を被って、嬉しげに笑う少女が……。
「キラ、キラっち……」
「ほぇ?」
ハボックに突付かれ、ほややんと頭上を見ると、そこには口を一文字に引き結んだロイが、冷ややかに見おろしていた。
「……あ……」
ロイは戸惑うキラに構わず、無造作に彼女の右手をやんわりと掴みあげた。
人差し指の腹から中指にかけて、ざっくりと剃刀のように切れていたようだ。水仕事をしていて、手先が冷たかったから痛みはあまり感じていなかったが、血も止まる気配はない。
「ガラスの破片は傷口に入ると酷いぞ。救急箱は何処だ?」
フュリー伍長が直ぐに抱えて駆け寄ってくる。
ロイはピンセットで脱脂綿をつまみ、消毒液を浸す。そして意地悪く口の端で笑い、べったりとキラの傷口に押し付けてきた。
「ふみぃぃぃ」
「おや、何処の猫かな?」
じわじわと傷口から泡がでる。乾いたコットンですかさす拭ってくれるが、それもまたぐりぐりと力強い。
「痛いですロイさん」
キラは涙目になりつつ、ちらりとテーブルに放り投げられた写真に目を走らせる。出血した手で見入っていた為、葉書どころか被害は写真にもで及んでいたようだ。年季の入った印画紙も、繊維がもせてて液体の染み込みがすこぶる良い。
キラはそろ〜っと写真に付いた血のシミを指で擦るが、今更消えるはずもなく悲しくなる。
「これ……、ロイさんの大切なものですよね。僕、汚しちゃって……、ホントごめんなさい」
「故意でないのだから、気にしなくていい」
「ご家族の方ですか?……」
ロイは懐かしげに4人が揃って写っている写真を選んで取り出した。
「そうだな、彼らは私の家族も同然だ。ケビン・フューチャーは私の父の弟子だったのだが、父が死去した後、私の義父と師を兼ね、育ててくれた恩人だ」
「え、この方随分と若く見えますが」
「この時彼は36歳だぞ」
「うそだぁ、22〜3にしか見えない!!」
「まぁ否定はしない。彼は無邪気さとこの顔で、一回りも年下の女性を捕まえたのだからな。ほら、クレアはこの時20歳だ。マリーベルは生まれたばかりで、私は当時14歳だった」
(うわ〜、じゃ、レイやニコルと同じ年なんだ)
東洋人は幼く見えるというけれど、ロイにも当てはまっていたようだ。彼の身長は140センチぐらいで、まるで12ぐらいにしか思えなかった。
「ロイさんて、小さかったんですね」
「ああ、否定はしないな。私の背が伸びたのは16になってからだ」
「で、皆さんは今どちらに? この写真に写っている家、ロイさんが今住んでる所ですよね………」
と口にしたキラだったが、ロイの背後でブレダ、フェルマン、フュリーが3人揃って手で大きくバツを作り、ぶんぶん首を横に振りたくっている。
(……あうううう、どうしよう……)
疑問に思ったことは、【聞けば一時の恥、聞かねば一生の恥】と古いことわざは言う。
だが、そんな素直な態度は、時と場合によっては、『場の読めない無作法者』のレッテルを貼られることになるのだと、キラはしみじみ体感した。
一度口にしたNGワードは、もう取り返しがつかない。
「このイーストシティから、南東の方向に列車に揺られていくと、イシュヴァールという地がある。ケビンの奥方はその地出身でな」
ロイは自嘲気味に目を伏せた。
「そこで一家揃って眠っている」
「……眠ってるって…?」
「7年前その地に内乱が起こってな、巻き込まれたのだ」
それが意味するのは、墓に葬られているということだ。
キラの顔面から、速やかに血の気が引いていく。
「ごめんなさいロイさん、僕って、本当にデリカシーなくて……」
「気にするな、この国は戦が絶えん。何処にでもある話だ」
「でも、大佐は写真飾るの好きですからね。書類だらけで置き場が無くても、写真立てを強引にのせているのにも問題があるかと思いますよ」
フュリーが捨て身の助け舟を出してくれたが、ロイの眉間の縦皺が増えただけだった。
「失いたくない者、守りたい者を目に触れる所に置くのは私の自戒だ。逆に失った者、守れなかった者は流石に飾るのは忍びないが、いつでも手に取れる場所にあれば、それも私の自戒となる」
不精で散らかしているのではなく、ちゃんと理由があったのだ。
そんな大事なものを汚してしまったことに、キラはますます申し訳なく思う。
ロイは包帯を巻き終わると、血の染みた写真に手に伸ばした。
「だが、人の葉書を勝手に見るのは、あまり褒められたことではないな。今後注意するように」
「ごめんなさい。もうしません」
幼い頃からアスランに、悪いことをしたら、直ぐに謝れと躾けられている彼女は素直だった。ふかぶかと項垂れた彼女に対し、ロイはくしゃりと頭を撫でてくれたが、顔を上げたキラは絶句した。
大佐は優しく微笑んでくれていた。けれど、今キラに向けているのは、いつもの皮肉な斜に構えた、やんちゃな子供のようなものではなく、貼り付けたような笑顔の仮面で、視線は思いっきり外れている。
「……そうか、今日は五月か……ふむ……」
そしてそれから彼は壊れたフレームと写真を纏め、この部屋からそそくさと去ったのだが、そのまま昼のランチタイムとなっても、彼は戻ってくることはなかった。
☆彡
「どうしようリザさん、僕、調子に乗りすぎちゃった……」
「……キラちゃん、そんなことないから……」
「だって、僕置いていかれたし」
「もし戻ってこなかったら、後でいつもの通りに追いかければいいから、ね」
大佐はいつも、執務時間に脱走をかます時は、キラを小脇に抱えて逃亡する。ちなみにリザが言う『いつもの』とは、二人で手と手を繋いで、とび蹴りがかませる所まで、走って距離をとることだ。今やらないのは、休憩時間だからである。
「僕、ロイさんに嫌われた」
「考えすぎだって。キラ、元気出せ」
カップを手に取り、ココアの匂いに浸る物憂げな表情に、いつもの小動物のような愛らしさが半減している。
うるうる目を濡らすキラの隙をつき、彼女に渡されたチョコチップクッキーをブレダがつまむ。それを目の端に捉えたリザは、ホルダーから揃って銃を抜き、ピタリと眉間に銃口を当てる。
「ロイさん、何処行っちゃったんだろ?」
「どっかで寝てるだけだろ、腹が減りゃ帰ってくるって」
「そうそう。意外とキラちゃんが気づかなかっただけで、裸のお姉さんのエロ絵とかがはさがっていたりして、気まずくて逃げたかもしれないよ」
「っていうか、もしかして隠し子の写真が混じっていたりして」
「ああ、1人か2人くらいはいそうだよな〜」
男4人揃えば、妄想はどんどん膨らんでいく。
尊敬できる上司であっても、気に入った女性を軒並み横取りされる、男の嫉妬は結構根深い。
あははははは〜と、豪快に笑い出す皆の声と同時に、昼の休憩時間終了のチャイムが鳴った。その途端、執務室の扉が勢い良く開く。
そこに立っていたのは、黒コートをはためかせ、上がった息を整えているロイだった。
「貴様ら、燃やすぞ」
男達を取り巻く空気が、瞬時に凍った。
彼はつかつかと大股でキラに歩み寄ると、背後と長いコートに隠していた真っ白い箱を、キラの机にぽんっとのせた。
「え?」
朱金色の大きなリボンがかけられたものは、どっから見てもプレゼントだった。キラが小首を傾げながら、そろりそろりと蓋を開けば、中に大きなチョコレート・ケーキが鎮座していた。しかもラウンド、そして無造作に黄色の蘭とカスミソウ、そしてピンクの薔薇の豪華な花束が、キラに手渡される。
「おめでとう、キラ」
とロイに言われても、彼女には何のことだかさっぱり判らなかった。
「え? 悪さしたのになんで? これって『正直に謝りました』で賞?」
「なに?」
「あ、それともどなたかから頂いたプレゼントですか? 駄目ですよロイさん、気持ちの篭ったものを横流ししちゃったら、その人に失礼だし、ばれたら泣いちゃいますよ」
そう提言したのに、何故かロイの眉間の皺がますます深くなる。
本気で首を傾げているキラに、彼は深くため息をついた。
「中尉、今日は5月18日ではなかったのか?」
「はい、そうですが」
「では、キラの生まれた日に間違いないのだな?」
「ええ。おめでとう、キラちゃん」
リザも、おもむろにポケットから小箱を取り出した。中に入っていたのは、紫色の腕時計だった。
「キラちゃんのいた時代から考えれば、螺子巻き式なんて、とても面倒なものかもしれないけど、いつか帰ってしまう貴方に、何か想い出に残るものをと思って」
キラはゆるゆるとロイとリザの顔を交互に見つめた。
「じゃ、ロイさんがさっき居なかったのって?」
「午後の執務時間前に戻らねば、君と中尉が飛び蹴りで追いかけてくるのだろう?」
「…はい……」
きっと、確実にそうした。中尉が戻ってきて、大佐をおめおめとサボらせる筈はない。かといって、キラを抱えていけば、サプライズプレゼントにはならなかっただろう。
「本来なら君はこの世界に存在しない人物だ。だが、きっかけが胡散臭い魔導士のせいだとしても、君は立派に私の幕僚の一員だ。ここにいる皆に、『おかえりなさい』と笑うその言葉が、この殺伐とした軍の中で、どれだけ嬉しいことか」
ぽしぽしと、優しく頭を撫でられ、キラの落ち込んでいた気持ちが霧散する。
「まぁ、コズミック・イラの世界からぶっ飛んできた時は9月だったとしてもだ、違和感があるやもしれないが、8ヶ月短縮したが、ここは18歳おめでとうということで……」
「待ってロイさん!! 僕だって年はあんまりとりたくないですよ〜!!」
笑うロイの背に、丸めた拳で叩けば『あーもっと右♪』と、自動肩叩き機の扱いで調節される。
じゃれだした2人を残し、何故かわらわらと男集団の姿が消えた。
「あれ? 皆さんどこに…?」
「多分、キラちゃんへのプレゼントを買いにいったんでしょう」
「はぁ?」
「私の配下の癖に不甲斐無い。これだからもてないのだ」
「さぼり癖のある上司を見習ってもらっては困ります」
「中尉、今日だけ大目にみてくれ」
「許可しましょう」
「キラ、私の弁当はまだ残ってるか?」
キラは慌ててこくこく頷いた。
「直ぐにお茶入れてきます!!」
「キラちゃん、慌てなくてもいいからゆっくりお弁当を持ってらっしゃい。貴方も食べ損ねたのでしょう?」
「君もまだだったのかね」
「そういう娘ですよ。可哀想に、大佐を怒らせたと勘違いして泣いてましたわ」
リザが優しく背を押してくれる。
キラは満面の笑みを浮かべて、ダッシュで給湯室へと走った。
☆彡
「ロイさぁん、お早うございます。起きて下さい、ロイさぁん」
翌朝、7時にキラはいつものように、とことことロイの私室に入った。
毎日夜遅くまで、熱心に研究している彼は、当然寝起きが滅茶苦茶悪い。
「今日はロイさんがお好きな中華粥ですよ。水吸いすぎると美味しくなくなっちゃうから」
カーテンをあければ、5月の夏に向かって熱くなりつつある日差しに、大佐は往生際が悪くも布団を頭から被り、徹底抗戦の構えだ。
クローゼットにかけなかった軍服の上着が、椅子の背もたれにかけてある。
キラは皺になったそれを苦笑交じりに手にとったが、その時、机に伏せられた写真立ての他に、壁に貼られた写真が増えていることを知った。
それは昨日の風景だった。東方司令部の皆と一緒に、目を細め、チョコレートケーキをほお張る自分の顔だ。
「…あは、いつの間に……」
自分としては、大口を開けている姿なんて、ちょっぴり恥ずかしい。けれど、自分の写真がロイのコレクションに、こっそり加わっている事は、心がちくちくとくすぐったい。
これらはロイの自戒だ。彼にとって大切なもの、必ず守るという証。
その無言の決意がとても嬉しい。
「ロイパパ、起きて下さい。朝ですよ〜♪」
キラは、じゃれるように、寝ている大佐の山めがけて抱きついた。
06.12.13
うわ〜、大遅刻。ってか、明日朝から試験だけど、大丈夫か私? ( ̄― ̄)θ☆( ++)
急く余り、本編に盛り込まなければなせないエピソードをごっそり忘れてましたので、その補完の短編です(号泣)
ロイは絶対イベント男だ(←決め付けている)
このまま突き進んでいっても、ロイがキラに惚れる理由が判らなくなりそうなので、ちょっと寄り道してみました。
次はハイネとレイのお話の予定です。後2話小話が続きます。
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