アナザーで会いましょう


13-2 約束はいらない 前編




「ねぇハイネ、レイの顎が尖ってきたんだけど?」

アンジェは、いつもほえほえ笑っているが時折鋭い。昼の休憩時間に突入した途端、同じく食事していた彼の手首を引っつかみ、問答無用で鼻の頭を指で弾く。
ちなみにこれをペットにやると、大層痛がられて嫌われる。ハイネは咄嗟に手でガードを固めた。

「こら、俺はワンコじゃねーぞ」
「なら教えて? どうして、あの子は何も食べないのかしら? 貴方より休憩に入った時間は先だったわよね?」

散らかったテーブルの上には、従業員の名札が置かれたランチがある。レイのプレートは手付かずのまま放置されていた。

「しらねーよ、ダイエットでもしてんじゃねーの? ほっときなって、レイだってもう14なんだから」
「なら貴方達、どうして口きかないの?」
「う、うるせぇな」
「虐めたでしょ?」
「決め付けるなよな、単なる兄弟喧嘩だ」

アンジェの春の陽だまりのような笑顔は凍りつき、纏わり付く気配も一転した。雪の女王の到来に、ハイネの内心はヤバかった。
彼女は母性本能が強く、幼子には特別優しい。プラントでは14は大人なんだと言っても聞く耳はない。

「いけないお兄ちゃんね。レイを放置しちゃ駄目なのよ」

言質を取られた今、言葉を重ねてもはぐらかせないだろう。気まずくて目を反らせたくても、翡翠色の据わった瞳がハイネを射て離させない。
『毛むくじゃらの獣より高い知性があるのなら、とっとと吐きやがれ』と態度が雄弁に物語る。

(勘弁してくれ)

アンジェに『人の喧嘩に口は出すな!!』と、一蹴するのは簡単だが、彼女のほえほえとした癒しの雰囲気は、老若男女問わず絶大な人気を誇っており、店内への波及効果も壮絶だ。もしぽろりと泣かれたら最後、間違いなく暴動が起き、この店のアンジェのファン客と従業員全員に、ハイネが文字通りリンチに合う。
この店の看板娘に、ハイネは早々と白旗を掲げた。

「レイはさ、俺の苦労を判ってない。つーか、理解できないんだ」

アンジェは椅子を手繰り寄せ、ハイネの横に腰を降ろすと、練成陣を描いた紙の上に水の入ったマグカップを二つ置き、えいっとお湯を沸かした。長話どんと来い♪という意思表示だ。

「バターと砂糖はいる?」
「少量な」

紅茶の芳ばしい香りは、ささくれだった神経を柔らかくする効果がある。ハイネはアンジェから渡された、取っ手の無いカップを包み込むように両手に持ち、息を吹きかけて表面に浮かぶ茶葉をカップの縁へと追いやって啜った。
チベットだか何処かの国の、茶葉を直接カップに入れ、飲む際に吹きながら啜る形式と同じバター茶は、まろやかで独特の風味があって面白い。

「俺、かなり人のあしらいは上手いっつー自負あるけどさ、レイだけはマジで予測がつかねーんだ」

ついつい初っ端から愚痴が飛び出してしまうが、アンジェなら、懺悔すれば何でも許してくれそうな気がして、口の滑りも良好だ。

「実際、俺だってなんでレイが物食わなくなっちまったんだか、とんと見当がつかねーんだ。さっきだってさ、シフト弄って、レイと昼の休憩が2人きりになるように細工した時、ちゃんと俺の方から話しかけたさ」


≪俺に対して言いたいことがあるのなら言え。気に入らない所は直す、だから食ってくれ、な?≫


机に両手をついて頭も下げた。ハイネが必死の形相で懇願したというのに、レイの無表情は全く変わらず、ぼーっと死んだ魚の目のように濁った目で、ただ両手に持つデジカメを眺めているだけ。
画像は彼お気に入りの、ビーバー姿のキラだ。

≪共同生活には歩み寄りも大事だぜ? いい子だから、身体壊したらキラが泣くぞ、な?≫
≪……判らない……≫
≪何が判らないんだ?≫
≪………どうしたら食べれるのか、判らない………≫
≪はあ?≫
≪……キラ……≫

彼はそれから一言も口を開かず、一方的に話しかけるハイネを無視した。その癖、己の昼の休憩時間が終われば何事もなかったように店に戻るのだ。ハイネの辛抱強い堪忍袋がぶち切れた瞬間だった。


「俺の問題かこれ? 無視食らってんのは俺だぜ。こっちだって色々店のこととか忙しいのにさ、もうどうしようもないじゃん。あいつの拗ねに付き合ってる程暇じゃねーって、俺が怒ったって無理ないっしょ?」
「じゃ、喧嘩の発端はどうなの? きっかけはきっと、一昨日よね?」
「……う……」

バター茶をくぴっと啜るアンジェは、にこにこ笑っているが容赦もない。喧嘩になれば誰だって『俺は悪くない、あいつが悪い』と訴えるものだが、彼女はハイネの感情に同調せず、彼を落ち着かせるために言葉を振ってくる。

「もしかして、あの日からレイってば断食?」
「……うううう………」
「幼児虐待よね、それって」

気まずい。

「ハイネってば、知ってて放置してた訳?」
「……うううう……」
「『放任主義』って便利な言葉だけど、親は子供が何しても、責任が取れるからこそ認められる教育方針よね。あいつを信頼してたっていう言い訳もナシよ」

今更話せる雰囲気じゃなかったって言っても、そんな弁解は受け付けても貰えまい。

「あのね、私はハイネだけを責めるつもりはないから」
「……嘘付け……」
「皆だって二人が心配なのよ。レイがおかしくなった原因を一緒に考えるから、思い出して見て、ね?」

アンジェが背後を振り返り、こいこいと手招きする。
途端、ドアの影から、ちらちらとこの店独特の、鮮やかな黄緑の制服が駆け抜けていく。多分皆も聞き耳を立てていたのだろう。

「あれぇ?」
「ったりめーだろ、普通盗み聞きがバレれば逃げるだろ。やらしいし」
「あうっ」

(こいつ、ホント要領悪いんだよな。憎めないけど)

馬鹿正直に皆の存在を暴露した彼女の運命は兎も角、ハイネとレイの喧嘩は店の皆にも大層心配をかけていたらしい。

(早い所、仲直りしなきゃなんねーよな。あ〜あ……)

ハイネはがりがりと頭を掻き毟ると、ため息混じりに3日前を反芻した。




――――――それは忘れもしない5月18日の朝のこと――――――



「レ〜イ♪ おら、9時すぎだぞレイ!!」


ハイネに毛布ごと背を蹴られた上、容赦なく上掛けを剥ぎ取られた彼は、ボーッと身を起こした途端、フクロウのように首だけ動かし、周囲をくまなく見回した。

「………あれ、シンは?………」
「シン?」
「シン・アスカ」
「ああ、オーブの子か」

確かキラと地球に落ちた時、彼が得た初めての友の名だ。いつか戦争が終わったら、キラと一緒にオーブを訪ねる約束をしたって聞いている。
ハイネはレイの、縺れた金髪頭をぽしぽしと撫でまくった。

「いい夢見れたか?」

レイはやっと眠りと現実の区別がついたのか、にこっと笑みを浮かべてこっくり頷いた。キラがいる時のように全開の笑みは程遠いが、この頃ハイネにも『上官だから』という対応ではなく、ちゃんと慕ってくれていそうなちょっとした雰囲気の変化が見られる。懐かれれば兄気肌なハイネだ、純粋に嬉しいし、レイが可愛くて仕方が無い。

「そうかそうか。ならシャワー浴びてすっきりしてこい。朝飯食ったら、いいものやるぜ♪」
「……いいもの?……」
「そうそう、来週にはここに来て1ヶ月になる。そろそろお前も慣れたろうしな♪」

レイは小首を傾げて壁を見た。
「…今日は5月……18日!!……」
この国のカレンダーを見て日付を確認した途端、レイはいきなりベッドから飛び降り、裸足のままぱたぱたと、部屋から駆け出した。

「……え?……」

ハイネは虚を付かれたが、慌ててダッシュで彼を追いかけた。
レイは昨夜夜勤務だったが、店は8時からカフェでオープンしている。
寝巻き、しかも裸足で階段を降り、店内を突っ走るレイの姿に、客も、アンジェをはじめとした店員達、それにマーゴットやローズ達の目がまん丸だ。

「マーゴット・ママ、ご飯早く!!」

カウンターに腰を降ろし、身体を揺らして催促する。滅多に自己主張しないレイが、珍しいこともあるものだ…と、そう思っているだろうアンジェが、にこっと笑ってむにゅっと両方のほっぺたを引っ張った。

「着替えていらっしゃい」
「いい、時間が惜しい」
「駄目なのよ。レイ、お行儀が悪いでしょ?」

レイがふくれっ面をしたが、にこにこ笑って『駄目』を繰り返すアンジェと、一向にご飯をくれないマーゴットのコンボには勝てまい。

「意地悪するならいらない。ハイネ!! いいものとは何だ!!」
「おぅわ!!」
「くれ!!」

やってきたハイネの胸に抱きついて、せがむ姿はまさに犬。
「お前、キャラが違うぞ!! おちつけ、レイ!!」
ハイネが慌てて彼を引き離そうとしても、人の目など構っていられるかとますます力一杯しがみつかれる。

「ハイネ、貴方一体何を言ったの?」

問い詰めてきたのはローズだが、アンジェとマーゴットの目はきつく眇められ『こいつはまた純真なレイを騙して』と疑っているのは明白だ。

「嫌、メシ食い終わったらさ、いいものをやるって言っただけだぜ」
「レイ、朝ごはんを食べないと駄目なのよ。貴方は14歳でまだ育ち盛りなんでしょ? 栄養をしっかり取らないとね、背が伸びなくなっちゃうかもしれないわよ?」

アンジェに優しく諭され、レイもしぶしぶとハイネの傍から離れる。

「それは困る。次にシンと会った時、俺は奴より長身を保ちたい」
「じゃ、大きくなるためにも、きちんとしていらっしゃい♪」
「……1分で戻る」

ふくれっ面で、彼は再びダッシュで2階に駆け上がっていった。数秒後、彼は、Tシャツを腕に引っ掛け、ズボンのボタンとベルトを締めながら、勢い良く階段を降りてきた。
美しい少年が、パジャマで徘徊するのも難ありだが、上半身すっ裸で疾走するのは、もっとヤバイ。
従業員の、ハイネを見る目は更にとがった。

熱々のパンケーキを、満足に咀嚼しないまま流し込む。喉に詰まって蜂蜜入りホットミルクを慌ててがぶ飲みするから、舌は焼けどするわ、変な所に入って咽て咳き込むわで、食事風景も目が離せない。
人の感情の機微に敏感なハイネである。
『可愛いレイちゃんをこんなに期待させて、裏切ったら…殺す!!』等、皆の無言のプレッシャーも強烈だ。

(大丈夫か、俺?)

段々と顔から血の気が引いていくハイネと、周囲が殺伐とした雰囲気になっているのも知らず、レイは皆の注目の中、朝食を全部食べ終えた。
「ごちそうさま」
ぱちんと手の平を合わせ、なむなむと拝むのは、キラから教わったオーブの風習だ。

「ハイネ、いいものとはなんだ?」

目をキラキラ輝かせ、両手を突き出して待っている。

突き刺さる視線の最中、ハイネはごくりと生唾を飲み込み、意を決し巨大な紙袋取り出した。レイは受け取った途端、即座にカウンター机にひっくり返して広げた。

「……なんだこれは?………」

レイが一つ一つ手に取る度、眉間の皺がどんどん深くなる。
中に入っていたのは改造した燕尾服、シルクハット、そして両手で抱えられるぐらいでっかい金色の時計だ。
服の下半身は下膨れた白いウサギの着ぐるみで、ご丁寧にも足の裏は肉丘が縫い付けられ、床で滑らないように工夫も施されている。ウサギ耳のカチューシャは、垂れ耳と直立の2パターンあり、その日の気分で取り替え可能だ。

たちまち、3人の視線はナイフのように鋭くなった。

「いやさ…、カフェの雰囲気はさ、俺の国の子供向け話『不思議な国のアリス』に合わせたじゃん。せっかくウェイトレスが『アリス』の格好で、男達は帽子屋だろ。ここまで凝ったらさ、お茶会の時間に遅れそうな、あわて者の時計ウサギがいるかな〜って。ほらほら、レイなら可愛いだろ? 俺のセンス間違ってないだろ? な?」

デザインからハイネが起こし、街の仕立て屋にこっそり注文した特注品だ。レイはガモフでビーバーの着ぐるみパジャマを着て寝てるぐらいだし、喜んでくれたらいいな♪ という期待も…実は多大にあった。
1人、自画自賛に浸ってはしゃぐ彼だが、重い雰囲気を変えるパワーはない。

「これの何処がいいものだ?」

当事者のレイにばっさりと断罪され、ハイネはめげそうになった。
普通に考えれば、誰が14にもなって、ウサ耳つけて店内を走れと言われて喜ぶだろう? レイの嗜好を知らない3人は侮蔑の目をハイネに向け、レイとて能面に逆戻りだ。
さっき全身で喜びをあらわしていただけに、余計に居たたまれない気持ちになる。

「…貴方が着れば?……」
ローズが冷たい。
「さあさあレイ、こんな馬鹿な兄ちゃんはほっといて、新作のキウイアイスを試食しようね?」 
「そうそう、私も今朝、ピーチヨーグルトムースを試しに作ってみたの。一緒に食べようね♪」

マーゴットとアンジェが菓子で釣ろうと特攻をかけるが、空腹時ならいざ知らず、ただでさえ期待を裏切られた彼に、なんの効果もない。


「ハイネ、俺達は何時旅に出るのだ?」
「おお?」
機嫌が悪くなった途端、痛い話題を振ってくる。

「おいおい、いくら俺のプレゼントが気にいらなかったからってさ、話をすり代えるなよな」
諭しても、レイの睨みは揺るがなかった。

「確かお前は、少しここの世界を見て、それからキラを捜しに行こうと約束した筈だ。俺は、お前のいう『少し』が何日に値するかは判らなかったが、もう俺達がここに来て三週間だ。俺は十分待ったつもりだが? それとも世間一般の常識を見て、『少しの間』は、もっと長いのか?」
「いや、それは……」
「ならば、そろそろ約束を果たしてくれても良い筈だ。違うか?」

ハイネの旗色が悪くなり、周囲も困惑顔となる。
レイの言い分は理に適うが、この店のオーナーのグレゴリーは尊大で、酒びたりな上金銭管理もだらしがなく、人の上に立てる器ではない。今ハイネが消えたら、店の舵取りが誰もいなくなり、皆が路頭に迷うのは確定だ。

「いい子だからもうちょっと待て、な? レイ?」
「もうちょっととはどのぐらいだ? 3日か? 5日か?」

レイはくるっとローズに向く。この店で、一番この国の常識を知っているのは彼女だ。

「『ちょっと待つ』とは、普通どれぐらいの期間だ?」
「レイ、ハイネはね、貴方のお姉さまを捜しに行く準備が整うまで待って欲しいっていっているのよ」
「それはいつだ?」
「レイ」
「何時まで俺は待ったら、キラを捜しにいけるんだ?」

大人の事情という細やかな機微に、頭が良くても心が幼いレイには判る筈もない。
これが普通の男なら、ウザイと拳でぶん殴れば済む。
自我が芽生えたばかりの、いわば2歳児並の精神しか持ち合わせていない彼に拳を振るえば、その瞬間ハイネは人間ではなくなる。

「まだ断定はできないんだ。闇雲に捜し歩いたってみつかりゃしねーし。俺だって色々方法は考えてるけどさ、それにも用意がある」
「何時なら整うんだ?」
「待てって、俺達には店の仕事もあるだろ?」
「俺は赤服で、仕事はキラを守り彼女の為に戦うことだ。今の業務は仕事とは言わない」
「……レイ、それマズイって……」

何処に人の耳があるか判らない。軍人を匂わす発言は、一切禁止だと言った筈だ。
だが、窘められてもレイとて今更納まらない。

「ハイネこそキラを見捨てるのか? 俺達の大切なあの人を裏切るのか!!」
「ふざけんなよレイ!! 言うに事欠いて、てめぇ俺を見縊るのも大概にしとけよな。誰がキラを見捨てるか!!」

とうとうハイネの癇癪が炸裂した。
レイの焦燥は理解できるが、ハイネとてキラに参謀として抜擢された身だ。兄貴分の役目もあるし、アマルフィ隊に属している誇りもある。
プラントを守るスーパーエースを、コーディネーターの希望を、白きアテナを、なんでこの自分が切り捨てることがありえる?

「時期が来たらその時言う、ぐだぐだうざいことぬかさず、今は黙って働け!!」
「嫌だ。ハイネは嘘つきだ!!」
「うるせぇ、俺の言う事聞けねーなら、捜索隊から外すぞ!!」
「……くっ!!………」
「俺がキラを捜しに出かける間、お前は1人ここでお留守番だ。命令を聞けないような奴なんか、いらねーよ」
「……卑怯だ……」

悔しさに涙を滲ませ、血が上った赤ら顔を俯かせ、怒りに震える拳を硬く握り、唇を引き結ぶ。明確な言葉には出さなかったが、軍では上官に逆らうことは許されない。聡いレイならニュアンスで、上官反逆罪で隊から追放ぐらいは読み取っただろう。
我ながら卑怯な言い回しだとも思ったが、今レイに暴走されるのは困る。この子は世間を知らなさすぎて、正直キラより危ない。
心を鬼にして、ハイネは冷たく突き放した。

数秒後、顔を上げたレイの顔から、一切の表情が消えていた。

「……わかった……。命令なら仕方が無い。我慢する」

レイは、新しいユニホームを手に取ると、何事もなかったように2階へと消えていった。

ハイネは後味悪いと思いつつも、内心はうざい事が片付いた事にホッと胸を撫で下ろした。
彼には色々とやらなければならない仕事がある。
キラを捜すのに先立つものは必要だが、ハイネ達は戸籍もなければ収入も怪しい。行き当たりばったりで生活すれば、あっという間に蓄えは枯渇する。その後待っているのは生きるためだけに、ひたすら働く隷属的な生活だ。

だが、この店の規模を大きくして従業員を育て、チェーン店にしてしまえば? 後は余程のヘマをやらなければ、皆が勝手に稼いでくれるのだ。
半年身を粉にして働けば、株式会社設立までこぎつけられるだろう。今焦っては全ての計画が崩れる。急いて頓挫させたくないし、レイだってきっといつかは理解してくれると信じていた。

なのに、この朝の喧嘩がきっかけで、レイは一切食事を取らなくなった。
言葉も交わせないまま、今日も平行線街道を驀進している。
ハイネもほとほと弱りきっていた。


☆彡


「俺に対するあてつけでの絶食なら、まだ対応の仕方もあるさ。けどレイは生まれたての赤ん坊みたいな奴で、そんな嫌味なマネはできない。嘘をつけるほど心だって成長してないから、あいつが判らないって言うなら、本当だろう。そんなてめえ本人にも理解不能な感情を、俺に判れって言われても無茶だぜ。俺は精神カウンセラーじゃねーよ」

アンジェはバター茶をテーブルに置くと、籠から試作品の大きなチョコレートクッキーを一枚抜き出し両手に持つと、音を立てて頬張った。この子も仕種が結構ハムスターである。

「あのね、私の知識の先生であるルヴァっていう人が言っていたんだけど、『食事をするというのは、生きるために糧を得ることなんです。だから生きる希望を取り上げられた人間は、食を得たいという欲求を失ってしまうものなんですよ〜。つまり、生きるのを辞める事、緩慢な自殺ですね』って。これ、レイちゃんもそうなんじゃないの?」

突破口になりそうな話に、ハイネの耳はダンボになった。

「はぁ? いや、けど……ちょっと待ってくれよ。そんなことぐらいで自殺するか普通?」
「無意識って怖いじゃない。レイにとって、『キラお姉ちゃん』は大切な人だったんでしょ? 捜しにいくって希望を我慢して、生きる希望はなくなっちゃったってことじゃないのかしら?」
「ありえないって言いたいけど……、おい……」

困ったことに、思い当たる節だらけだ。
常々彼は『キラは俺の全てだ』と断言していた。
ガモフでも、レイはキラだけにべったり懐いていたし、たかだか捜しに行くのを我慢しろと言われただけで、今日で丸3日も断食している。

「私馬鹿だから、難しいことは全然わからないんだけれど、勘だけは凄いの。これだけは宇宙で1番だって自慢できるもん、うふ♪」
「すげー自信だな」
「うん」
「おいおい、そこまで威張るかよ、普通」

ハイネは知らないが、アンジェは理論も理屈も一切すっ飛ばし、直感だけを武器に、神鳥が守護する宇宙で、256代目の女王の座を得た女である。それにそのまま1000年以上、勘だけを頼りに宇宙の均衡も支えてきた実績もある。


ハイネはがりがりと頭を掻き、やがて深くため息を吐き出した。


「……でもさ、俺だって一生懸命だったんだぜ。レイだってずっと俺を見てきた筈なのに、切ないじゃねーか。俺1人悪者か?」
「子供の視野は狭いのよ。ハイネだって自分が4歳や5歳の子供だった時を覚えてるかしら? 自分自身のことと、親兄弟、友達、そんな小さな世界しか見えていなかったんじゃなかった?」
「う…、まぁそうだけどさ…」
「ハイネは一生懸命頑張ってるわ。私を含めた店の皆は、貴方を物凄く頼っているし、期待もしてて、感謝してる。でも、ハイネはレイの『お兄さん』でしょ?」 
「……ああ……」

キラが彼を『野戦任官』だと連れてきた時、隊に入れることを全員一致で止めた。全てに諦めきった無表情な子供など、足手まといになると判りきっていたからだ。
だが、彼は感情が欠落したまま成長した赤子だっただけだ。キラを母と勘違いし、彼女と共にいたいという望みしかなかった。

今でも、キラが子供を戦場へ連れて行く理由は不明だ。キラの性格を慮れば、口にはしないが、レイに何か特殊な理由があるのだろう。
だが、一度隊に入ったのなら仲間だ。

無事にもとの世界に戻るまで、ハイネは責任持ってレイを守ると決めたのだから。

「じゃ、これ持って行ってね♪」

アンジェが、中型バスケットを差し出した。中を開いて見ると、口に溶けて優しいブラマンジュと焼きプリンが2個ずつ、アップルパイ、それからシナモン紅茶の水筒だ。

「行きなさい。お互い間違っちゃったら『ごめん』って言えばいいの。勝手にしろとか、お互い拗ねてたらね、いつまで経っても平行線でしょ? 一杯お話して、お互い理解していらっしゃい。レイは外よ」
「はい?」
「気分転換していらっしゃいって、チーフの特権でお休みあげちゃった♪ てへ♪」
「って、あの姿でか!!」

今日のレイのいでたちは、垂れ耳帽子に黒のベストに胸元にリボンをつけ、下半身と手袋がもこもこのウサギだ。顔立ちが絶世の美少女で、生きたぬいぐるみのように愛らしい姿で近隣を徘徊すれば、どんないかがわしい店にお持ち帰りされるか判ったもんじゃない。

「レイをちゃんと連れ戻さなかったら、『おしおき』なんだから!!」
「うるせー、お前の攻撃なんて怖くねーよ、レイ、どこだぁぁぁぁぁ!!」

ハイネはドアを蹴破る勢いで飛び出していった。

≪…ふ〜ん、僕が怖く無いってさ。いい度胸だ。ぶちのめしていい?≫
「止めなさいって。もし追いかけなかったらって言ったでしょ」

アンジェが笑顔の裏側で、実は【おしおき君】発動スレスレまで怒っていたことを、気づかなかったハイネは、ある意味幸せだったかもしれない。



06.12.21




2つに分ける程の内容ではないのですが、ごめんなさい〜グスグス (><。)。。
できてる所までのUPです。
後推敲7ページ( ̄― ̄)θ☆( ++) 


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