アナザーで会いましょう



14.月の裏側 1






≪よぉロイ、お前幼な妻貰ったんだってな〜♪≫

という威勢の良い声にキラがびっくりして振り向けば、ロイ・マスタング大佐が速攻で叩きつけるように受話器を切っていた。
再び、ロイの執務机では、レトロな黒電話が賑やかにベルを鳴らす。

むっつり口を引き結び、再び彼が受話器を取れば、耳に押し当てる間もなかった。

≪相手はたった17歳だって〜♪ 俺と同じ年の癖に、むっつりロリコンが。このこのこのこの〜♪≫

再び、ロイが手を翻し、哀れな受話器は再び叩きつけられるようにして切られている。
しつこく再びベルが鳴れば、大佐は直ぐに持ち上げ、間髪入れずに叩きつける。
かかってきては、また切って……。
かかってきては、また切って……と、電話を挟んだ攻防戦は、あうんの呼吸で続けられ、まるで月のウサギ二匹が杵と臼を前に、ぺったんぺったんと餅付きしているようで微笑ましい。

「……ひゃのひひょう♪(楽しそう)……」
「キラ、スプーンを咥えたまましゃべるな。ハボの馬鹿がうつるぞ」
「ひでぇよブレダ!!」

咥えタバコがトレードマークなハボックと、同期のブレダがたちまち足で蹴りあいを始める。見掛け同様実働的で銃撃戦OKなハボックと異なり、ブレダは頭脳で大佐を支える幕僚だ。でこぼこコンビは仲良しで、彼らの喧嘩は子犬のじゃれあいのようなもので微笑ましい。
いつも通りほのぼの賑やかな執務室で、キラはハボック達の土産である4個目のラムレーズンアイスをほお張りながら、一番物知りなファルマン准尉を見上げてみた。
口にある、冷たい塊を急いで飲み込もうと格闘していると、優しい彼は察してくれたのか、頭をぽしぽし撫でながら微笑んだ。
けれど不幸な事に、彼は糸目なので見た感じは変わらない。

「ああ、多分明日いらっしゃるマース・ヒューズ中佐だよ。セントラルの軍法会議所の責任者だ」

キラの顔面から、すうっと血の気が引く。
軍法会議所とは、アメストリア公国で起こった事件や法廷記録や軍記録や資料を一手に集め、記録を編纂し、纏め上げる機関である。
だが、その他にも軍人の汚職を取り締まる、内部監査機関でもあった。

「ええ、嘘嘘嘘!! だって、あんなに楽しく遊んでて…」

キラが慌てるのは理由がある。ロイの私設秘書となってここ一ヶ月の間、彼女が暴いた東方司令部の不正や賄賂や汚職の総金額は、なんと億を越えていた。
キラとしては、『帳簿づけに便利だから』と、普通にパソコン入力して、金額と辻褄が合わないものを不思議に思ってひょいひょい抜き出してみただけの感覚だったのだが、あまりに巨額に膨らんだため、東方司令部の管理責任問題に発展していると聞く。
そして、この東方司令部の実質責任者は、ロイ・マスタング大佐だ。

「監査にくるってことですか? 大変じゃないですか!!」

青い顔でうろうろするキラだが、皆は平然とアイスをほお張っている。

「いや、はかどる事務作業が評判良くて、見に来るだけだから」
「そうそう。そんな堅苦しく考えることはないよ。とても気さくな方だし、大佐とは士官学校時代からの同期で親友だ。ブレダ少尉とハボック少尉みたいなものだから」

キラがそうっとロイを伺えば、彼は呼び出しに根負けしたのか、ふて腐れつつ頬杖をつき、受話器を耳から遠く離して聞いている。

≪グレイシアもますます女っぷりに磨きがかかってさ、女神っちゅーのはきっと、彼女の事を言うんだよなぁ。外に出すのが心配で心配で、あ〜、俺はなんでここにいるんだ!! 早く家にかえりたいぜ。それにうちのエリシアちゃんだってな〜、『パパだいちゅき』って、俺の後をちょこちょこくっついてきて離れないの。一緒にお風呂なんか入っちゃうと、もうはしゃぎまくりでなぁ〜♪ なのに今朝、『明日は出張で行なくなるよ』って言ったばかりにさ、大きなお目目を涙でいっぱいにして『パパ行っちゃうの? やだやだやだぁ〜』って、すがり付いてきて。くぅぅぅぅぅ。泣けるだろ、な、な?≫

どんどん続く奥さん自慢に娘自慢、その勢いは留まることを知らずヒートアップする一方だ。それを黙って聞いているロイは、眉間にくっきり縦皺を浮かべ、下唇を噛み締め、まるで修行僧のような面持ちだ。


≪そんなかわゆいエリシアちゃんに寂しい思いをさせて、お前の所へ泊まりに行くんだが、全然恩に感じなくていいぞ〜♪ 共働きなキラちゃんの手料理食べたいとか、夜食のちょ〜っしたとつまみとかを要求したりとか、お一つお注ぎいたしましょうか、きゃっ♪な〜んてサービスとか、そんな気は全然使わなくていいから♪……≫

ガシャンと電話を叩き切る。
再び電話がかかって来るが、ロイは放置したままむっすり膨れ、いそいそと黒いコートを羽織る。

「街の視察に行く。付き合ってられるか」

キラはアイスクリームカップに蓋をぺこっと被せると、『キラの食べかけ♪』と走り書きし、いそいそと給湯室の簡易冷蔵庫に仕舞いに走った。
そして、ぱたぱたと戻ってきた彼女は、白いコートを抱えつつ、ポケットから黄色いお財布を掴み出して開いく。
見ると千センズ札が4枚、1万センズ札が2枚ある。

「うん、銀行によらなくても大丈夫そう」
「…キラ、何のつもりだ?」
「明日いらっしゃるんですから買出しに♪ だって、とびっきりのお夕飯を作らないと♪」

ロイの眉が跳ね上がっているのを承知で、キラはにこにこと言葉を続ける。

「お酒のおつまみなら、すっきり豪華にお刺身とかがいいですよね。新鮮な川魚あるかな? それより醤油か。うーん……後、チーズの春巻きとか、鶏肉のから揚げ、ポテトフライとか。ロイさん、何かリクエストあります?」
「私は街の見回りと言った筈だが」
「はい、だから僕もついていきます。だって今日は80メートルしか離れていられないし」
えへっと微笑んでみたが、ロイの顔がますます険しくなる。
そして、彼は睨みつつ、凄惨に口元を歪めて笑った。

「ほー、キラは本当に『荷物持ち確保〜♪』とか、思わなかったのだな?」

えへえへえへえへえへえへ〜♪と笑ってみたが、笑顔が強張り、段々と冷や汗が落ちてくる。

「ごめんなさい!!」

キラは根性なしだった。ぱちりと両手を重ねてぺこりと項垂れた彼女の頭を、ロイが軽く小突いた。だがその直後、顔を上げたキラの目の前で、一発の銃弾がロイの頬スレスレを駆け抜けていく。

「大佐、まだ今日のノルマが終わっておりませんが」

銃口を向けつつ、ゆるりと歩み寄ってくるリザ・ホークアイ中尉の左腕には、50枚ほど新たな書類の束が抱えられている。
顔面蒼白でじりじりと後退するロイの頬に、冷や汗が一筋流れるのが見えた。
「まて、話せば判る」
嫌、無駄だろう。
先程キラがアイスにつられて飛び出してきた折、彼女から手酷い折檻を受けてまだ15分とたっていない。大佐は再び中尉の浴びせる銃弾の餌食となるのは確定だ。

「……ロイさん、懲りない人ですね………」
「キラっち、それ禁句だぞ」

そう窘めるハボックの顔は、ザマアミロと晴れ晴れしている。
キラはちょっこりと小首を傾げた。
けたたましく鳴り響く電話の件もあるし、お出かけはきっと、後1時間は延期だろう。

(でも、あのロイさんの親友って、どんな人なんだろう?)

あの電話での明るい口調から想像すると、キラの隊で言えば参謀のハイネという所か。
皆の雰囲気から心配することはないと思っても、知らない人の来訪は怖い。
特に、今までの1ヶ月が……キラなりに平和に暮らしてこれたから尚更だ。

キラはコートをぱさりと自分の座席にかけると、パソコンを開き、ハードから見せたくない情報を纏めてディスクに落とした。事務処理を見に来るのなら、この機器は欠かせない。キラの裏をかき、ここからデーターを引っ張り出せる人間などいる筈ないと知りつつも…、異世界では何があるか判らない。
用心に越したことはなかった。


そして、ロイを気持ち良く銃で嬲り、無事大佐を席に引き戻すことに成功した中尉は、そのまましつこく鳴り響く電話を前に、大佐へ銃を突きつけた。
彼は成すすべもなく、しぶしぶと受話器を持ち上げた。

「ヒューズ、いい加減にし………、『鋼の』か?」
再びロイの口調が変わった。
「お前達、今何処にいる?……無事なのか?」
キラがそうっと伺うと、ロイは手帳にペンを走らせ、声を潜めて数分会話を続けると、深いため息とともに受話器を置き、厳しい面持ちで立ち上がった。

「ホークアイ中尉、ブレダ少尉、来てくれ………」

彼は余程キラに聞かせたくない話があったのだろう。2人と一緒に廊下へ出てしまった。
そして、今まで和んでいた執務室の雰囲気もがらりと変わった。

「あの…、ハボック少尉。『鋼の』って……」
「ああ、エドワード・エルリックっていって、この国最年少の国家錬金術師だよ。銘は『鋼』、15歳の少年で、3年前から大佐が後見人になって面倒を見ている」

後見している子なら、さぞかし心配だろう。 
皆も随分と気になるみたいで、しきりに書類仕事を片付けつつ、3人が消えたドアを振り返る。キラもパソコンを弄りつつ、そわそわと皆を待つ。
長い30分が経過した後、戻ってきたのは大佐1人だった。

「中尉と少尉は、急遽リゼンプールに向かって貰うことになった。2週間程不在となるが、皆にはその間フォローを頼む」
「大将達に、何があったんですか?」
「ちょっと事故があったらしい。命に別状はないが詳しくはまだ……。私も行きたいのはやまやまだが、明日『監査』が来るから抜けられない、中尉に任せた」

昼間のハクロ将軍の義妹の時と違い、本当に表情に焦燥が見える。今すぐにでも駆けつけたいのに、できないもどかしさに身悶えするといった所か。
さっきから、キラの胸にちくちくと小さな針が突き刺さっている。

「それからキラ、いつも言うようだが、君のせいではない。全てはあの『セイラン』とかいう、胡散臭い自称魔導士のせいだ。君だって被害者なのだから、そんな悲しげにならないでくれ」

キラは慌ててペチペチと両頬を叩き、「はい」と、精一杯の笑顔を顔に貼り付けた。
ロイの行動が制限されるのは、キラと一定の距離を保つと、彼の元に飛んでいってしまう呪いみたいな魔術故だ。
彼に散々迷惑をかけているのに、これ以上心配をかけるのは駄目だ。
いつも笑顔で、少しでも皆の役にたって、お荷物だと思われないように努力しなきゃいけない。

「じゃ、気分転換にコーヒー入れてきますね。リザさんがいらっしゃらないからって、お仕事サボるのは駄目ですよ♪ でないと、僕お姉さまに告げ口しちゃいますから♪」

ロイは机の上に積み上げられた書類の山を見て、がっくりと肩を落とした。


☆彡


「…何故私がこんなことを……」
「しょうがないっすよ。大佐、今日はキラっちと80メートルしか離れていられないし」

ここぞとばかりに小麦粉や塩や大きな野菜と、重たい食材を買いに走るキラのお蔭で、ハボックとロイの両手はすっかりと紙袋で塞がっていた。
『街の見回りがてらに直帰する』とは、ヒューズののろけ電話から逃れるための、サボりの口実だった。にも関わらず、仕事を17時定刻まできっちりこなした上、キラの荷物持ちでは働きすぎた。


「お〜キラちゃん、いいねぇ今日は大佐と一緒かい」
「はい、助かっちゃいました。しかも今日は少尉も一緒にご飯食べてってくれるんです♪」
「おお、それはよかったねぇ。いいトマトあるよ」
「じゃ、それ4つ♪」

キラが嬉しそうにあれこれと野菜を物色するのを見て、ロイは目を眇めて隣を見た。

「ほぉ、家主の許可は無しにか?」
「はは、ケチケチしないでください。明日中佐に出す料理を、試食してって頼まれたんっす」

きっと、それは口実だ。
キラはハボックを兄のように懐いている。
独身寮の賄いは安いが、お世辞にも美味とは言えない。かといって薄給な彼では、外食が続けば月末の財政はかなり苦しい。
家庭料理に飢えているハボックにとって、キラからのお誘いは願ったり叶ったりだろう。

「ほんと、キラっちだったら可愛いお嫁さんになるだろうな〜」
「貴様、何処を見ている?」

ハボックが目を細め、キラの短いスカートからすらりと伸びる生足に釘付けだと思うのは気のせいだろうか?
キラは良く気がつくし、家庭的で優しい子だ。
けっしてでしゃばらず、万事控えめで、言いたいこともぐっと飲み込み人に気をつかう。もっと自己主張できる性格だったら、破裂しそうになることもなかっただろう。

だからこそ、あの娘を自分の手元に、軍に置いておきたくない。
「……くそっ、あの魔術師め。さっさと迎えに来い……」
「ええ、大佐? キラっちを帰したいんですか?」
「当然だ。いつまでも私の元に置いておけるか。危なすぎる」
「…まさか、惚れましたか?…」
「違う」
「では、『出撃』ですか?」

紫煙を燻らせていたハボックの目が細くなる。


「大佐、鋼の大将の件、やばいんすか? リゼンプールは大将の故郷でしょ、何があったんすか? たしか大将、今イシュヴァール人の……」
「……まだ、答えられる状況ではない。明日ヒューズが来るのはそのためだ……」
「……イェッ・サー……」

「大佐ぁ〜!! 玉葱3つもおまけしてもらっちゃいました♪」
袋一杯の野菜を抱えたキラが、とてとてと戻ってくる。そしてぽしっとハボックに預けると、踵を返して今度は隣の魚屋に突進していく。


「おじさぁぁぁん、お刺身にしたいんで、とびっきり生きのいいのください♪」
「お? お刺身ってなんだぁ・」
「生魚の肉を、そのまま食べるんです。美味しいんですよ♪」

アメストリア公国では、生で魚を食べる習慣はない。しかも海がないので川魚が主流で数もない。
ロイとハボックも、今夜一体何を食べさせられるのだろうと、心なしか血の気が引く。

「………ああ、そうか、マリネでしょ?キラちゃん♪」
魚屋のおばさんが、きっちりとフォローを入れてくれてホッとする。生魚を酢と香辛料で漬け込めば、食中毒を起こすこともなかろう。

「お酢じゃなくてお醤油で。おっとっと……、大豆も買って行きますから、ロイさん錬成で作ってくださいね♪ あ、ついでだからお味噌も作ってもらおう♪」

『おしょうゆ』『おみそ』とは何だ???

「僕って食いしん坊だから、食べれる時の食事は妥協したくないんです♪ 第一折角遠くからいらっしゃる親友さんなんだから、美味しい変わった物を食べて貰いたいですよ♪」

調味料一つで、料理の味は大幅に変わる。
それに錬金術は、家庭の台所が発祥だ。

「いいでしょ、ロイさん。あ、後で大豆売ってる店探してみましょうね。できたら3`ぐらい欲しいですもの」

笑顔で強請るキラに誰が逆らえる? そして、キラの知る錬金術師はロイ1人。
今晩こき使われる事は決定した。



06.12.05







始まりましたロイ編です。
ハイネ達の事件直後からですので、時間的には判りやすいかと。
ハイネ合流まで一気に書きます、



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