アナザーで会いましょう
16. 月の裏側 3
「では、……行きます!!」
キラは唇をきゅっと引き結び、ファルマン准尉に付き添われ、東方司令部の2階廊下を、一歩、また一歩と、息を殺して踏みしめる。
周囲はヒューズ中佐の厳命により、通行人はおろか、誰一人覗き見ることも許されていない。もし間違って来ようものなら最後、夏のボーナスを0にされた挙句、アームストロング少佐から熱烈な暑苦しい抱擁とキスを与えると通達が徹底的になされている今、あえて禁を犯すチャレンジャーはいまい。
(くそっ、ヒューズめ……、完全に遊んでやがる!!)
ストッパー役のホークアイ中尉が居なかったのも、ロイにとって不運だったと言えよう。
彼がいくら親友に罵声を浴びせたくても、後ろ手を括られ、椅子に縛り付けられた挙句、猿轡を咬まされた今はどうする事もできない。
手に汗を握る中佐と少佐が見守る中、キラの歩みが止まった。一歩前に右足を出して固まる彼女の体が震えだし、ロイ自身も背にいつものように負荷を感じる。
彼は咄嗟に息を止め、腹に力を入れ来るべく衝撃に耐えた。
「ひゃううう〜〜!!」
短い距離のためか、キラの体はまるでゴムがついているかのようにぐんと引っ張られ、天井スレスレに盛大に空を舞う。
「おおおおお!!」
「…ふぐっ!!」
バチィィィィィンと、大きな音をたて、ロイはキラに蹴られて前のめりに沈んだ。
今回椅子の背もたれがあったせいか、ロイの後頭部にキラのブーツが直撃だ。
「お見事!! ほんとにレディ・ファーストだな。キラちゃん大丈夫か?」
自分を覗き込みつつ、パチパチと手を叩くヒューズに、ロイは涙目で恨みがましい目を向けた。
「貴様、私が禿げたらどうする気だ!!」
「安心しろ。軍の経費でカツラ代は出してやる」
巻尺で廊下を計ったファルマンが、「15メートルです」と告げる。
仰向けに倒れていたキラは、ヒューズの手を借り起き上がると、うるうる目を潤ませてバンザイした。
「やったー♪ それだけ距離があれば…、僕、軍のトイレに1人で入れます!!」
確かに女子トイレの個室の前と、少し離れた廊下で待つのでは雲泥の差だ。
思っていたより長めな猶予に、ロイもひとまず安堵する。ならばお風呂もゆったり大丈夫だろう。
「良かったなぁキラちゃん。俺も親友を性犯罪者にしなくて嬉しい!!」
「ありがとうございます♪ 中佐のおっしゃる通り、きちんと測ってよかったです♪」
ヒューズと2人、手と手を取り合い、跳ねて喜ぶキラはどっからどう見てもお子様だ。
目尻がさがった中佐は、もう完全にキラを娘エリシアと同列に扱っている。いわば三歳児だ。
(17歳のレディが、これでいいのだろうか?)
あの幼さは微笑ましいが、彼女の将来を思うとロイの胸に不安が広がる。今の所、セイランの怪しい魔法で目を離す心配は絶対にないが、もしキラを野放しにできたとしたら、お世辞にも治安がいいとは言えないアメストリス国だ。速攻騙され、人攫いに連れて行かれそうで怖い。
キラを預かった以上保護者は自分。
頭が痛いが、元の世界に戻すまで、責任持って年頃の淑女教育を考えるべきだろう。
「大佐殿、大丈夫ですか?」
象のように大柄でも、実は小鳥のように繊細で優しいアームストロング少佐が、痛ましげに椅子ごとロイを抱き起こし、猿轡を外してくれた。
「ありがとう少佐」
「おいおい解くなよ、まだこれ試してないだろうが」
目隠し用の布に耳栓、これ見よがしに手の平で遊ぶヒューズに、堪忍袋の緒がぶち切れる。
「ヒューズ、貴様私で遊ぶな!!」
今のロイは怒髪天をついても、憐れ手首を背もたれの後ろで一抱えに施錠され、ロープで椅子に縛りつけられており、身動きが取れない状態だ。
手袋を嵌めていない今は、焔を出す事もできず、性犯罪者に間違われる前に、まるで凶悪犯扱いだ。
これ以上ふざければ燃やされる潮時を感じたのか、豪快に笑いながら中佐がようやくロイの戒めを解く。
「お疲れ。お前も日替わりで距離が違うのも大変だな。今日さえ無事乗り切れば、明日はなんとかなると思って、頑張れ」
「ったく、お調子者が。キラ、朝のコーヒーを入れてくれ」
「はーい♪ じゃあ皆さん、司令室に移動してくださいね♪ 今日もばっちりおやつ付ですよ♪」
「ファルマン准尉。廊下通行禁止解除を全館に放送してくれ」
「イェ・サー」
駆け出すファルマンと別れ、傷む手首を擦りながら執務室の扉を潜る。
ヒューズといると、軍務を忘れてついつい学生時代に戻った気分になる。
「そういや、お前の副官は今日も休みか? リザちゃん昨日も姿が見えなかったが」
「まさか、彼女はブレダと一緒にリゼンプールだ。『鋼の』に会いにな」
うっすらと微笑むと、逆にヒューズの笑みは消えた。
自分の執務席に腰を降ろし、キラが元気に給湯室へと走っていくのを見送った後、ロイは引きずってきた椅子に中佐を座らせ、冷ややかに見上げた。
「『鋼の』が、セントラルで手の平に刺青をした錬金術師と一戦まみえたとか。」
ヒューズが渋い顔で視線を反らすが、ロイは逃がす気は無かった。
「そいつは人間を爆弾に変えるらしい。機械鎧で『鋼の』は幸いだった。腕がもげただけで済んだのだからな。だが、『鋼の』の後見人は私だ。何故報告が何もなかった? 昨夜とて時間は随分とあった筈だが」
ヒューズが知らせを寄越さなかった理由は明白だ。軍の電話には盗聴器がつけられているし、おそらくロイの自宅も同様だ。手紙も公共機関の配達だと、何処で誰に読まれるか判ったものではない。
だが1日待ったのだ。
彼はロイに内緒で、事を片付けようとしていた。それが一番許せない。
「お前さんは上だけを見てろ。雑事は俺の仕事だ」
「なら、言い方を変えよう。何故『紅蓮の錬金術師』が、のうのうと自由に生きてる? あいつは内乱後に、軍務違反で死刑になったのではなかったのか?」
イシュヴァールで、上官を爆弾に変えた上、爆死させた現行犯で捕まったのだ。軍に属した人間なら、即刻銃殺刑な罪状だ。
「うちの公式記録では、『紅蓮の錬金術師』こと、ゾルフ・キンブリーは、5年前に死刑執行されて、死亡したことになっている」
「なら、『鋼の』と戦ったのは誰だ? 亡霊とでもいうつもりか?」
「軍の裏事情はお前も知っているだろが。優秀な錬金術師は、イシュヴァールで人間兵器扱いに耐えられずに退役し、軍は万年人手不足だ。現状、内乱が何時起こるか不明とくれば、使える者なら殺さずにと、上層部の誰かが欲張って生かしておいても不思議じゃねえ」
「………それで逃がしていれば、世話はない………」
ヒューズの襟首を引っつかみ、手繰り寄せる。
「奴はどこだ?」
「調査中だ」
「調べ上げた範囲でいい、私に教えろ」
ぎりぎりと締め付けても、ヒューズは無表情でロイを見下ろしたままだ。
「熱くなってるお前に誰が吐くか。キンブリーを擁護している黒幕がはっきりするまで、俺は一言もしゃべる気はない。内部監査は俺の管轄だ、守秘する権利は俺にある」
「……ヒューズ、貴様なら私の無念さが判るだろう?……」
「お前の経歴に、傷を付ける訳にはいかないんだ。たとえ死刑囚相手でも、上を狙う軍人が、私怨で人殺しなんて最悪だ。奴は絶対に軍法で裁く」
長い付き合いだ。
ヒューズが駄目と言ったら、どんなに脅し、痛めつけても無駄だ。
ロイは、溜息交じりに息を吐くと、渋々彼を解放した。
「ハイマンス・ブレダ少尉……、確か昨年の士官学校トップの卒業生だったな……」
「それが?」
「副官と、お前の幕僚の中でも一番の頭脳派を、リゼンプールに向かわせたのはその為か。全く、少ない有能な部下を勿体無い使い方するなよ。お前はただでさえ敵が多いのにな」
「ふん」
ヒューズは乱れた軍服の襟を整えると、不思議そうにきょろきょろと周囲を見回した。
「そういえば、咥えタバコのノッポと、丸めがねのチビはどうした? 昨日はいたよな?」
「ああ、二人は犬と遊んでいる」
「はあっ?」
「あううう、ブラハ、駄目だって!!」
キラの慌てた声にヒューズが振り返ると、丁度給湯室からお盆を抱えて戻ったキラに、黒いつぶらな目が可愛い中型犬が、しっぽふりふり纏わりついている。
リザ・ホークアイの愛犬、ブラックハヤテ号だ。
リザが居ないお留守番時、誰が餌やおやつをくれるか、犬の頭は明白だ。
キラの後をちょこちょこついて回り、おねだりする姿は微笑ましい。
「本当に東方司令部は長閑だよな。何処の犬と戯れてんだ? こいつとか言ったら、絞めるぞ俺は」
「心配するな。ちゃんと迷い犬の捕獲さ」
「おいおい、そんな仕事ぶりで、お前何時セントラルに戻ってこれるんだ」
「長い人生だ、少々の回り道は許されるだろうさ。2人にピッタリな仕事だろう」
「ジャンさんは兎も角、フュリー伍長さん、ワンコ大好きですもんね♪ はいどうぞ、和菓子です♪」
コーヒーと一緒に、謎の物体が盛られた小皿が渡される。今日の茶請けは黄色の粉と黒ずんだ小豆がまぶされた、一口サイズに千切って丸められたお餅らしい。
「僕特製の、黄な粉餅とあんころ餅です。さっぱり塩風味♪」
頬張ると、砂糖の甘さと塩の辛さの真逆な味わいが混じっていて面白い。
素朴だが上品で、ロイ的には好みな菓子だ。
「見た目は地味だが美味いな。材料は?」
「えへへ♪ 黄色の方は大豆の粉とパウダー状に擂った砂糖のミックスで、小豆は黒い豆を砂糖で煮たものです。お餅にまぶして出来上がり。仕上げにお塩をお好みで♪ 簡単でしょ?」
「ほうほう♪」
早速ヒューズは、愛する妻の為に、手帳にレシピをしたためる。
「今日も無事、何事もなく終わるといいですね〜♪」
幸せそうにほっこりと笑う、キラのほわほわ頭をくしゃりと撫で、ロイも優しく頷いた。
ほのぼのと皆でコーヒーを啜る中、放送を終え戻ってきたファルマンも参加したが、彼は、明るくハボック達を茶化したロイの言葉の裏をしっかり把握しており、1人複雑そうに眉を顰めている。
だが彼の心情は、糸目なためか、鈍いキラはともかくヒューズにも気づいて貰えなかった。
☆☆
「うう、すいません……、僕ちょっと……」
青い顔して口元を押さえ、脱兎で野外に駆け出すフュリー伍長を、誰が責められよう?
ハボックは額に滲む嫌な汗を拭いながら、こくりと喉を鳴らした。
東方司令本部から南に約25キロ、廃屋が多い閑散とした郊外にて、ぽつりと建っていた2階建ての民家は、正に地獄絵図と化していた。
一家7人全員、無残にも野犬に食い荒らされていたと連絡を受け、早朝から、30人の実動隊を率いて惨殺死体と御対面したハボックは、フュリーのように吐く事はなかったが、肉の腐った匂いと強烈な血臭に、脳が麻痺しそうなぐらい酩酊した。
推定死後2日。
第一発見者は、荷物の配達人だ。
「おいおい、勘弁してくれ。街中だぞ?」
タバコを吸いたいのを我慢し、7人分の食い散らかされた死体をパーツごとに区分しつつ、ボディバックに詰めながら簡単に検分する。
頭部が無く胸像のようになった女の胴体は、背から腹まで4本の爪痕で切り裂かれていた。ハボックの人より大きな手とあわせても、まだ1周りもでかいのだ。
こんな巨大な前足を持つものが、犬である筈がない。
「…熊…でしょうか…」
「鑑識に通さなきゃ詳しい事は判らんが、……冬じゃあるまいし……」
冬眠し損ねた間抜けなクマが、飢えて人里に降り、民家を襲った例はある。だが夏に向かい、山林に食料が豊富な季節に、野生動物があえて人間を襲い、喰らうなど考えられない。
「少尉、こっちの方に妙な音が!!」
呼ばれ、ハボックはライフルを引っつかんだ。
口元に人差し指を立て、沈黙を促す。目を瞑り耳を澄ますと、名も知らぬ兵の言うとおり、
隣家の廃屋の暗がりから、獰猛な唸り声を耳にする。
警戒し喉を震わせ唸る獣の声だ。
「捕獲班は網と麻酔銃の準備を。射殺班はライフル用意。ランプ急げ!!」
ハボックは、威嚇で一発銃弾を撃ち込んだ。
雷のように轟く音に、燻り出された獣が日の光の元に姿を現す。
それは、体長2メートル以上の化け物だった。
顔は獅子、なのに山羊の角を頭に生やし、足は虎、背にコウモリの羽を持ち、しかも明らかに人間の腕を口に咥えている。
こんな合成された生き物、自然界に存在する筈がない。
(キメラか…!!)
命令は捕獲、だが何処の錬金術師が作ったかは知らないが、人食い化け物相手に悠長な作戦なんて、下手すれば被害は味方にも及ぶ。
ハボックは躊躇わなかった。
「撃て!! 撃ち殺せ!!」
彼の号令で、ライフルが一斉に発射された。
07.07.14
お久しぶりのアナザーです。
7ヶ月ぶりなのねΣ( ̄ロ ̄lll) ガビーン
月猫が新婚旅行から帰ってくるまで、どこまで書けるか(滝汗)
再スタートこつこつ頑張ります♪( ̄― ̄)θ☆( ++)
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