勝手にやってろ 前編
「……もう、僕達終わりだね……」
いつも突拍子も無いキラだが、ロイは愛妻の可愛らしい口から飛び出た言葉にフリーズした。
「ロイさんが信じられない」
紫水晶を溶かしたような大きな瞳から、涙がいくつも滴り落ちる。
静かに声を殺して泣くキラに、ロイは慌てて駆け寄り、彼女の細い肩を抱きしめた。
「待て、私が一体何をしたというのだ?」
「とぼけないで、これは何?」
もし突きつけられたのが、口紅がついたシャツとかだったら、キラと結婚して以来、疚しい女遊びなど一つも行った事がない彼は、胸を張って≪君の誤解だ≫と断言できただろう。
だが、彼女のちいさな手に掲げられていたのは、キラの大好物なローズ・カフェのチョコレートアイスの空カップ。
先程、彼が昼食後のおやつに平らげた残骸だ。
「1人で食べたでしょ? 僕にナイショでこっそり自分だけ、僕に一口も分けてくれずに一人だけ幸せになって………、信じられない!!」
「はぁ?」
脱力し床に懐きたくなったが、呆けている場合ではない。
ここで返答をミスしたら最後だ。
フリーダムというわけの判らない未知のモビルスーツを乗り回す暴走娘は、文字通り何処に吹っ飛んで行くか判らなくて、どんな理不尽な暴言を吐かれても、取り返しがつかなくなる前に、被害は最小限で食い止めねばならない。
「落ち着け。君も欲しかったのなら、100でも200でも、好きなだけ買って来なさい」
財布ごと彼女に差し出そうと懐に手を入れるが、キラは狂ったようにふるふると首を横に振る。
「そういう問題じゃない。僕は思いやりがないっていっているんだ。夫婦って一体何なの?ロイさんは僕の事愛してなかったんだ」
「何故アイスごときでそうなる?」
「実家に帰ります。じゃあね」
「こら、早まるな」
「離婚してやるぅぅぅぅぅ!! ハイネと再婚してやるぅぅぅ!!」
「待て!!」
ロイの手からするりと抜け出し、キラは脱兎で泣きながらてけてけ逃げて行く。
こんな馬鹿馬鹿しい事で、兄や憎い恋敵の元に駆け込まれたら冗談ではない。
腕を伸ばして追いすがるが、流石スーパーコーディネーター。
錬金術師でも常人のロイでは、全力疾走で突っ走る彼女に追いつけない。
「待てキラぁぁぁ!!」
「うわあぁぁぁ!?」
怒鳴った彼は、自分の目の前の書類の山に気がついた。
どうやら自分は昼休みに喰い膨れた後、机に突っ伏して寝ていたらしい。
ハボックとリザと3人で和気藹々とレアチーズケーキをつついていたキラは、びっくりまんまるな目で振り返った姿で固まっている。
やがて切り分けてあったロイのぶんのケーキとコーヒーをお盆に載せ、きょとんと首を傾げて差し出してきた。
「凄い声で怒鳴っていましたけど、一体何の夢を見ていたんですか?」
「嫌、気にしないでくれたまえ」
たった一口アイスを分けてやらなかったばかりに離婚を突きつけられた夢を見たなんて、こんな情けない事言えるか。
ちょっと考えれば、いくら食い意地がはったキラでもこんな馬鹿を言う筈がない。
夢の中だから仕方がないと思いつつ、不思議に思わなかった自分にも腹立つし、夢で良かったともほっとする。
だが、ロイはついつい受け取った皿から、ケーキに大きくフォークを入れ、一口分切り取ると、そのままキラの口へと差し出した。
「え?」
「毒見っすか?」
笑うハボックを焼き殺したいが、さくっと無視する。
「レアチーズケーキも君の好物だろう?」
キラの分の皿の上は既に空だった。箱に残っているのは3つ、今留守にしているロイの幕僚達の数と合うから、彼らのものだろう。
首を傾げていたキラは、えへっと顔をほころばせると、遠慮なく食らいついてきた。
もくもくと咀嚼して飲み込むのを見届けた後、更にもう一口分フォークにつきたてて差し出す。
「いいですよ、ロイさんの分が無くなっちゃう」
「では、これならいいか?」
机の引き出しを開け、非常食用の板チョコレートを取り出し包装紙を剥く。
「ほら、食べなさい」
「ロイさん?」
口に咥えさせて渡した後、今度はポケットをまさぐってキラへの餌付け用に入れてあるキャンディも引っつかむ。
「これも」
「ふ?」
「後、鞄にクッキーも残っていたな」
「ふぉ?」
「ああ、マシュマロもあった」
「ふぉいふぁん(ロイさん)?」
笑いたくば笑え。
捨てられる夢を見たぐらいで心の動揺を抑えきれないぐらい、ロイはキラにベタ惚れだ。
自分より12歳も年若く、異世界からの移住者な彼女の心は推し量れない。
彼女に駄菓子を贈る程度で、己の不安が払拭できるのなら安いものだ。
だがあれこれ押し付けられたキラは、突然の大盤振る舞いに喜ぶどころか眉間に皺を寄せて首を傾げている。
「ロイさん、何やらかしたんですか? 疚しい事をしたのならとっとと自首してください」
キラはのほほんとしているが、馬鹿ではない。
何の記念日でも無いのにお菓子を貢がれれば、いぶかしむのは当たり前。
返って墓穴を掘った事に気づいても、すでに遅い。
「僕だってエリシアちゃんにほっぺにチューぐらいなら怒りませんよ。そりゃ浮気されたら悲しくて泣いちゃいますが、素直に白状したら、おやつ1ヶ月分抜きぐらいで勘弁してあげます。で、いくつの子に手を出したんですか? 12歳? 14歳?」
「……キラ、君は一体私を何だと思っているのだ!!……」
☆☆
きゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅー!!
急ブレーキをかけると、軍用ジープのタイヤ音が周囲に響く。
ローズ・カフェの窓からハイネがこちらをびっくりした目で見ているが、構う事無くキラはえくえく泣きじゃくりながら、助手席のレトロな唐草模様の風呂敷包みを引っつかんだ。
大きな荷を背負い、後部座席に積んでいたボストンバック3つにも手を伸ばす。
「ふうぅぅ…えっえっ…、ひいっく…、ロイさんなんて…ロイさんなんて…」
涙で曇った視界は見づらく、大量の荷物はかさばり、また重い。
車から降りようともがいていると、いつの間にか来ていたハイネがバックを受け取り手伝ってくれた。
「おい、一体何処に夜逃げする気だ?」
「違うもん、僕家出だもん」
「キラ、もしや浮気されたのか?」
「違うよラウ兄さま、でも僕もうロイさんが信じられない。あの人デリカシーなさ過ぎる。酷い、酷すぎるよぉ〜!!」
「キラ、何が悲しい?」
心配げにとてとてやってきたウサギ姿のレイにしがみつき、キラは声をあげておいおいと泣きじゃくる。
そこに粉塵を撒き散らし、軍用ジープがまたしても爆走してくる。
ハンドルを握っているのは、確認するまでもなく、目が血走ったロイだ。
その後からもう一台、リザ・ホークアイが運転するジープが大佐を追いかけてくる。
「レイ、キラと一緒に店の中に入ってなさい」
「おーい、誰か塩を籠ごと持って来い。皆で疫病神めがけて全力で撒いとけ!!」
ラウは険しい目でキラを背に隠し、車を急停止させたロイを睨みつつ、拳を丸めた。
ハイネも愛用の銃を構え、徹底的に弄る構えだ。
「キラ待て、私が悪かった!!」
叫んでジープから飛び降りたロイめがけ、早速銃声が一発鳴り響く。
「帰れ女の敵!!」
「貴様私の妹に、何をやった!?」
ハイネの威嚇射撃に怯んだロイに、足音無く近付いたラウが遠慮なく顔面を殴り飛ばした。
07.11.24
突発ギャグです。
凄く馬鹿馬鹿しい話を書きたかったので( ̄― ̄)θ☆( ++)
しかしハイネ…、女の敵は君も一緒だよ(* ̄∇ ̄*)
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