勝手にやってろ 後編
――――白状しないと、実家に帰らせていただきます――――
キラの一言にロイは折れた。
「情けないっすね。大佐、キラっちと結婚して以来、段々権威が無くなってきたって思うのは、俺だけっすか?……」
「うるさいハボック」
夫の見たあほらしい夢を白状させたキラは、当たり前だが目が点になった。
「ロイさんって可愛すぎます。僕って一体いくつの子供ですか?」
「……君に言われたくない、不愉快だ……」
むっすり膨れてそっぽ向かれてしまったが、そんな仕種も愛しいと感じる。
彼は、この世界では誰よりも科学的な錬金術師の職についている癖に、すこぶるロマンチストだとキラは思う。
昔イシュヴァールで体験した、凄惨な民族皆殺しに心を痛め、二度と自分自身が理不尽な命令を下されないようこの国で一番偉い大総統になり、ゆくゆくは軍を解体してしまおうなんて突拍子もない事を思いつき、夢を実現させるべく頑張っている姿は尊敬に値する。
キラはロイの頭をよしよしと撫でると、彼から貰った棒付き一口キャンディの包み紙を剥いて、彼の口に咥えさせた。
「………キラ………」
「えへへ♪ 正直者へのご褒美です。じゃあ書類溜まっているみたいですから、僕、今日少しお手伝いしていきますね♪」
虐めてしまったロイへの罪滅ぼしのつもりだったのに、何故かハボックが目を輝かせる。
「やったぁ♪ 俺さ、清書しなきゃならないのが一杯あって……いててっ!!」
「じゃキラちゃんは、来週末セントラルへ提出する予算書に、誰でも見やすい表をつけて頂戴。これよ、……少尉、今日中に出来ないのなら1人で残業なさい」
リザがハボックの耳朶を引っ張りつつ、イジケているロイの目の前の書類の山の中から、器用に黄色の封筒を引き抜いた。
ずしりと手に重い封筒を開いてみれば、数字がびっしり羅列しているA4サイズの紙が30枚ぐらいある。ざっと一通り目を通すが、数字を打ち込んで立体棒グラフに変換ぐらいで纏まると推測する。
「……多分3時間あればできると思います……」
「助かるわ。じゃ、コートかけてらっしゃい」
「……あう……」
手作りおやつを差し入れに来ただけで、直ぐに帰るつもりだった為、今のキラのいでたちは、軍用の黒コートをぴっちり着用したままになっている。
室内はストーブが焚かれていて、3時間もこの格好で仕事していたら、蒸れて汗をかく筈だ。
けど、今日はちょっとマズイかもしれない。
「……リザさん、僕どうしても脱がなくちゃ駄目?……」
気遣ってくれた優しい姉貴分に、上目遣いでお伺いを立ててみると、何故かハボックがかまぼこのような目で、にやにやと含み笑う。
「何、キラっちもしかして首筋にキスマーク?」
「ううん、違いますよ〜!! ただ、長居する気なかったから、この下は私服で……」
「ああ、構わない構わない。キラっち軍属じゃないし」
「ひゃあああああ!!」
「ハボック、貴様!!」
ロイが止める間もなく、面白がるハボックにコートを剥ぎ取られたのだが、途端、キラを見下ろす3人は、揃って絶句する。
「……もう、だから僕、嫌だったのに〜!!」
下に着込んでいたのは、ラスティがキラのためだけに作ってくれたオリジナルTシャツだった。
黒い生地に肩の部分はカットされ、袖とのつなぎ目は小さなベルト三本で纏められている。
前は右肩から下までざっくり切られたような斜めの朱が走り、一見本物と見間違うぐらい、リアルな血飛沫がプリントされている。
胸にはでかでかと金の飾り文字で『ドメスティック・バイオレンス』を表す≪DB≫の文字が禍々しい。
とてもロイには言えないが、『旦那にもし手を上げられたら返って来い』という、彼らしい揶揄が篭っているそうだ。
義母ロミナやレイやラウ、それにロイの好みがひらひらしたフェミニンな服だから、彼らがせっせと埋め尽くす、キラのクローゼットはゴスロリばかり。
なので、たまにはこんな超過激シャツも着たくなる。
実際キラはこれがお気に入りだ。
けれど、現在のアメストリスに、こんな生々しい生き血をプリントする技術は存在しない。こんなシャツで、軍の廊下をぺたぺた闊歩すれば、事件に間違われて取り押さえられるのがオチだろう。
しかもミニTなので臍は丸出しだ。
真冬では寒々しすぎ、室内でないと着られない。
「凄いセンスね」
「えへへ、ラスティが僕だけの為にデザインして手づから作ってくれた作品なんです。カッコイイでしょ?」
鈍いキラは気がつかなかったが、口から零れた男の名前にロイの機嫌は急降下した。
なんせ、脱がせたい女に洋服を贈るのは、男の常識。
ロイ自身、過去に散々目をつけた女を篭絡する時に使った手段だし、己の大事な妻が他の男から贈られた物を嬉々として着ていれば、焦りも生まれよう。
大概な事は『純真なキラだから、知らなかったのだろう』と鷹揚に構える事ができるロイだが、夢でキラの口から『離婚してやる!!』『ハイネと再婚してやる!!』と、喚かれた直後である。
年の差12は大きく、またキラの容姿は整いすぎている。
今はまだ幼い愛らしさとほのぼのするマヌケな性格で隠れてしまっているが、2年と経たないうちに際立った美貌は周知のものとなるだろう。
現在ですら、彼女と結婚しても狙う男はいくらでもいる。しかも彼女は異世界の住人だ。
いつ彼女がハイネや同世代の男に誑かされ、元の世界に連れて行かれるかビクビクしているのに、立派にキラ馬鹿な彼の嫉妬心が、メラメラと燃え上がるのは仕方が無かった。
「何だその『デブ』のマークは? 見苦しい。まあ君には似合いか、私と結婚してから随分貫禄もついた事だしな」
ひんやり尖ったロイの嫌味に、キラの笑みが強張った。
ロイ・マスタングは、実はとても皮肉屋な男である。
例えば彼の保護している鋼の錬金術師ことエドワード・エルリックは、背が12の頃から止まってしまった事を大層気にしていて、身長の話題が出れば必要以上に過敏に反応するのだが、ロイはそれを承知でいつも『豆』だの『小さすぎて姿が見えなかった』だの、事あるごとにからかっている。
頭の回転が速く、洞察力も優れているからこそ、瞬時に相手が気にしている事柄を一瞬で見抜き、冗談交じりにナイフのように突き立てるのだ。
だが、キラは今までこんなキツイ言葉を、ロイから向けられた事がなかったから。
「………ふぅぅ……」
見開いていた大きなすみれ色の瞳に、涙がこんもりと溜まりだす。
ロイに餌付けされた事も原因の一端かもしれないが、17〜18は少女から大人への2段目の変革期だ。
少女らしい体から、胸や尻に肉がつき、体つきも丸みを帯びるもの。
お年頃なキラも勿論例外ではなく、腹回りが気になり、真剣にダイエットを考えていた。
そんな時にこの暴言!!
ロイもついいつもの癖で皮肉を口にしてしまったが、明らかにしまったと顔を強張らせ、青ざめた面持ちで口元に手を当てたが、一度飛び出した言葉は二度と取り消せない。
「酷い……、ロイさんなんて、大っ嫌い!!」
そして彼女は泣きながら脱兎で執務室を飛び出したのだ。
☆☆☆
―――――こいつら馬鹿か?―――――
自然、騒動の発端話を聞かざるをえなかった店のスタッフや客達の心情は、正にこの一言に尽きる。
その思いは同じだが、ラウもハイネも腕を組みながらにやりと不敵に笑った。
レイは話の意味を理解できているのかかなり怪しいが、キラにしがみつかれて、うっとり喜んでいる。
「それは酷い男だ。キラ、戻る必要はない。ここで私達とまた暮らそう」
「ああ、そんなデリカシーない野郎なんざ、離婚当たり前だよな」
「キラは俺達姉弟の絆は一生だといった。俺はずっとキラの傍にいたい」
「待て貴様ら!!」
ロイも必死だ。
多勢に無勢だが、ここで3人にキラが丸めこまれたら、益々取り戻すのが大変になる。
「キラ、私は君がタルでもボールでも愛している!!」
「酷い〜!! 僕、くびれまだあるもん!!」
更にわああああんと声をあげてなくキラを、幸せを噛み締めながらレイウサギが抱きしめている。
「違う、私は君がどんな容貌でも構わないと…」
「ほう、ロイ殿はうちのキラを醜女と言うか」
「ひっでー男、可哀想になぁキラ」
年の差12は大きなジェネレーション・ギャップがある。
くだらないとロイが吐き捨てるような事でも、年頃の娘には切実で、また優しいふりした腹黒い小舅2人は、確信犯で2人の仲が裂くように、言葉尻に揚げ足取って煽ってくる。
「「帰れロリコン!!」」
「キラを返せ!!」
嫌な客には塩!!
海が無いアメストリスでは、塩は貴重品。それを惜しげもなくロイに浴びせながら、ついでにびしばしとハイネとラウが拳を振り上げる。
だが、黙って殴られる程、ロイも柔な男ではない。
発火布の手袋を嵌め、徹底抗戦の構えを取ると、すかさずラウも練成陣を空中に描き出し、ハイネも銃をぶっ放す。
キラを挟んで笑えるデスマッチに突入した男達に、客もスタッフもやんやと喝采を送った。
☆☆☆
「あーあ、コントかよ?」
己が被害を受けない為、ジープに隠れて人外生物達の戯れを観戦していたハボックは、呆れながら咥えていたタバコに火をつけた。
様子を伺っていたリザも、重い溜息をつく。
「……今日提出の書類が、まだ山積みなのに………もう我慢できない。散れ戻すわ!!」
「まあまあ中尉、夫婦喧嘩は犬も食わないってことで。暖かく見守りましょうや」
「大佐という地位を持つ人間ともあろう人が、あれでは晒し者よ。軍の信用も失墜します」
「でも、キラっちを取り替えそうとしている大佐、めっちゃ良い顔してるって思いません?」
今までハボックも色んな女に惚れ、それを片っ端から上司に盗られてきたけれど、ロイはどの女とデートしても、いつもつまらなそうに、顔に仮面を貼り付けていた。
そんな彼が、あの子と接している時には、ポーカーフェイスを取り払っている。
女性にあそこまで情熱を傾けた彼を見たのは初めてだ。
キラと愉快な兄弟と恋敵。
あの4人と関わっている限り、ロイはキラとの結婚生活に倦怠期を迎える事は一生無縁だろう。
ハボックを無視し、腕をまくりながら仲裁に駆け込むリザを見送りつつ、彼はぷかりとタバコの煙を空に吐いた。
「勝手にやってろって……、なあ♪」
イーストシティは、今日も平和です。
Fin
クリスマスの後日談ですが、こっちが早く仕上がっちゃいました( ̄― ̄)θ☆( ++)
ロイキラ喧嘩のネタ提供は月猫姉さまですv 感謝(⌒∇⌒)ノフリフリ
白キラは癒しキャラなので、マスタング家の日常生活は、毎日笑い溢れて楽しいものでしょう(鬼)
笑っていただけたら幸いです(* ̄∇ ̄*)エヘヘ
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