目指せアマルフィー隊 2  

イザーク・ジュール 1





―――――――ジャスティス、シグナルロスト――――――――――


エターナルに繋がる回線から、ラクスの慟哭を耐えた硬い声が流れてきた時、イザークの目の前が暗くなった。

眼下に広がる戦場は、ジェネシスの破壊と同時に停滞し始めていた。
どちらの軍も盟主を失い命令系統が麻痺した今、互いに銃を向け合ったとて馬鹿な消耗戦になるのは目に見えている。
戦場から狂気が去って、兵士各々が理性を取り戻した今、なし崩しに終戦へと向かうことは確定だ。

なのに、こんな最後の土壇場で、よりにもよってジャスティスがシグナルロスト?
イザークの腸が煮えくり返り、血が逆流する。

「そんな馬鹿な話があるものか!! アスランが死ぬ筈ない!!」
「おい、イザーク!! ミリィに乱暴は…」
「うるさい!!」

イザークは制止するディアッカをはらいのけ、CICの女から勝手にヘッドホンを奪い、エターナルへと回線を繋げた。
途端彼の耳元に、ラクスとは違う別な女のすすり泣く声が聞こえてきた。

≪ラクス、アスランが…アスランが………、ジェネシスを止めようとして私の目の前で自爆した。私はキラになんて言えばいい?≫

瞬時にイザークの顔から血の気が引く。あの巨大兵器を止めた光は、ジャスティスの核だったのだ。
会話がもれ聞こえたのか、横に立つディアッカもみるみる蒼白になった。

「あのデコが、キラはどうするんだよ」
「キラ? キラとは誰だ?」

イザークにとって、耳慣れぬ人名だった。
「アスランの恋人だ」
「なに? あいつの婚約者はラクス・クラインだろう?」
「違うって。ラクスは名前だけの婚約者。キラはマジな本命中の本命。二人はガキの頃からの幼馴染だったんだとさ」
「なんだと!! そんな存在がいるくせに、婚約を承諾するとは腰抜けめ!!」



――――カガリ、キラもですわ。アスランに少し遅れて、今シグナルロストしました。――――
≪!!≫
―――――お二人は、もう…ずっと一緒ですわ……―――――
≪キラァァァァ≫



奪われたヘッドホンの代わりにと、ミリィと呼ばれたCICを担当しているオペレーターの女が、クサナギと回線を繋げたのか、ブリッジにカガリ・ユラ・アスハらしき女の泣き叫ぶ声が飛び交った。

「そんな、キラぁ……、うそよ!!」

途端、女がディアッカに抱きついて号泣しだす。

「キラもなんて、できすぎだぜあいつら」

ディアッカも少女の肩を抱き、沈鬱な面持ちで歯を食いしばった。前々から女に甘い男だったが、自分の彼女でもないのにアスランの女を惜しむとは珍しい。
イザークは首を傾げた。
ふと、違和感を感じたのだ。
今ラクス嬢はシグナルロストとか言っていなかったか?
ということは。

「ディアッカ、キラという女も、まさかモビルスーツのパイロットだったのか?」
「何を今更」

と、いいつつ、ディアッカも首を傾げる。

「ああ、そういやお前、直で会ったことなかったもんな。キラはフリーダムのパイロットだよ。お前もメンデルで声は聞いただろ?」

――――僕とアスランのようにはなって欲しくないから――――――

通信機越しでそう言っていた、澄んだ綺麗な声が耳に残っている。
戦場にはそぐわない、優しい雰囲気だった。なんとなくニコルの奏でるピアノに似て、安心した。

「お前にもかなり因縁があった娘だ。ほら、その顔の傷、キラはストライクのパイロットだよ」
「な、なにぃ!!」

イザークは今度こそ呆然自失した。
ストライクがキラとかいう女? だが、あれはアスランが仕留めたのではなかったのか?
なのに二人は幼馴染の恋人で、ならば愛し合っている二人が互いを知ってて殺し合い、そして今また一緒にくたばったというのか?
自分をあれだけ翻弄した女が、面識もないままくたばるなんて。
死ンデシマッタ? ソンナ筈ハナイ。キラガ死ヌ筈ハナイ。絶対ニナイ。


「ディアッカ!! 一体どういうことなんだ!!」


訳がわからない憤りを、そのままディアッカの襟首を捕まえて揺さぶった。
自分でも一体何に対して怒っているのかわからない。だが、今は胸が焼ける程痛くて眦が熱くなる。
ウソダ…、キラガ死ヌ筈ハナイ。絶対ニナイ。

まるで心の中に、もう一人の自分がいるみたいだ。
自分の中にいるそいつが、キラとかいう女の死を認めず、憤り、慟哭している。
イザークは暴走する感情そのままに、緩めていたパイロットスーツの襟元を締めた。


「ストライクがやすやすとくたばるわけがない……」
「イザーク?」
「ディアッカ、まだそうと決まったわけではないのだろう。大体こんな混戦の真っ只中だ、誤報という可能性だってある!!」

イザークは勝手に国際救難チャンネルに周波数を合わせ、オペレーター用のヘッドホンをかけた。

「聞こえているかジュール隊!! これよりジャスティスとフリーダムの探索を開始する。こんな簡単にアスランとストライクが死んでたまるか!! 草の根分けても探し出せ!!」
「イザーク!!」
「忘れたか。腰抜けは一度自爆したが帰ってきた。ストライクだってそうだ。だったら俺は、あいつらが死んだという確たる証拠が無い限り諦めない!!」

イザークの眦に張り付いていた涙の雫が飛び散る。

「どんなに愚かしい希望に縋ろうと、何もせずにただ嘆いているだけより断然マシだ。俺は行く。お前は勝手に腑抜けていろ!!」

生きてる。あいつらは絶対!!必ず見つけてやる。
ソウダ行ケ、必ズ生キテル。キラガ死ヌ筈ナイ!!

「待てよイザーク、俺も行く!! 艦長、予備のアストレイか何かあるか?」
「なら俺のデュエルに乗せてやる、来い!!」


アイリーン・カナーバの終戦宣言が、全周波に乗り宇宙に流されている。彼女の声が耳に届く中、イザークは、ディアッカの体を押し込み、己もデュエルのコックピットに体を滑り込ませた。


☆☆☆


眦が熱い。そして、力を込めて拳を握り締めていたのか、指先がしびれて強張っていた。
イザークは、流れ出た自分の涙で目が覚めた。
窓の外を見ると、ディッセンベルのコロニー群が見える。シャトルはもう間もなくザフト軍士官学校のあるディッセンベル1の宇宙港に到着するだろう。時刻はもう直ぐ13時。彼は腕時計で時刻を確認し、慌てて椅子に備え付けてある小物入れを開け、中から熱く蒸されたお絞りを1本取り出した。

夢を見て泣くなど、普通ならば己の不甲斐無さにもっと憤慨していただろう。だが、これが敬愛するキラ嬢のことだったから、イザークも我慢ができた。
もしあれが現実だったとしたら、自分はきっと人前でも声を上げて泣いていた。よりによってこの世で今一番自分が尊敬する女性……キラ嬢が死んでしまう夢を見るとは縁起でもない。
逆にキラ嬢の戦死を聞いても泣きもせず、憎いアスランの身を案じていた夢の中の自分に、ふつふつとした怒りを覚える程だ。

熱く蒸れたタオルで目を覆い、涙の跡をぬぐい取る。
使い終わったタオルを置き、イザークは小さなトランク一つを手に持ち立ち上がった。
タラップを降りると、待合コーナーの人ごみの中、見慣れた金髪で長身の少年に目が行く。かねてからの約束通り、ディアッカが迎えに来てくれたのだ。
浅黒い健康的な肌に、士官学校の落ち着いた制服、紺色の上下は悲しいほど似合わない。

「よぉ  待ってたぜ〜♪」
がしっと、気安くイザークの首にホールドをかけてくる。イザークに対し、こんな風にじゃれてくるのは、幼馴染の彼だけだ。
「なぁ、アステール・アマルフィって、どんな娘? 俺は超絶美人なお姉さまを期待しているんだけどな」
「鼻の下のばすな、愚か者」
彼もついつい、ディアッカの鳩尾に、軽く拳を叩き込む。
気心が知れているだけに、こいつの女癖の悪さは理解している。
「あの方を、邪な目で見ることは俺が許さん。外見も非常に綺麗な方だが、何よりも心が健気で美しい。もし、彼女を汚すような不埒な輩がいれば、この俺が自ら成敗してくれるわ」
「…はぁ? なに、イザークったらマジになっちゃった訳?」
途端、頬が真っ赤になる。
こういう時、我ながら、直ぐに顔に出る性格は変えたいと思う。
ディアッカは、そんな自分をまじまじと見下ろし、やがて喉をくつくつ鳴らして皮肉に笑った。

「OK、なら俺はそのお姫様に手は出しません。その代わりに聞かせろよ、お前の武勇伝。今学校でもすっげー噂になってるぜ。あのアステール・アマルフィとともに野戦任官でガモフに所属し、世界樹の攻防戦に参戦したイザーク・ジュール、ホープ勲章の英雄どのが士官学校に入るってな♪」

途端、今までイザークの美貌に視線が行っても、平凡な緑の軍服に何の関心も寄せなかった周囲がざわめいた。
そして本物のイザーク・ジュールを一目見ようと、みるみる彼の周囲に人垣ができる。


【イザーク・ジュールとアスラン・ザラ】

この両名は最高評議会議員の息子だ。もともとイザークはエザリアが溺愛する息子としてマスメディアへの露出率も高かったし、アスランもラクス嬢と正式に婚約を発表した時、彼の顔と名前はプラント中に広まった。そんな恵まれた環境にいた二人が、アステール・アマルフィとともに過酷なザフト軍に志願し、世界樹の攻防戦で素晴らしい戦功をたてたため、三人は一躍英雄となっていたのだ。

イザークは、今度は本気でディアッカの鳩尾に一発くれてやると、スーツケースを片手に足早でロビーを横切った。そして無人エレカにとっとと乗り込み、クレジットカードを差し込んで、素早く士官学校のアドレスを入力する。

「おい、待てよ!!」

エレカが動き出す直前、慌てて追いかけてきたディアッカが、ぎりぎり間に合って乗り込んだ。

「ひでぇイザーク、折角迎えに来たのに、置いていくなんて」
「当たり前だ馬鹿もの。貴様よくも俺に恥をかかせたな」
「はぁ? 何で恥な訳? お前英雄じゃん」
「違う!!」
イザークはディアッカを睨みつけ、ぎりぎりと歯ぎしりした。
「俺の功績など何もない。全ては、『キラ嬢』が望んだことだ」

ガモフに乗り込んだ自分達二人は、後々『民間人は戦闘行為を行えば罪に問われる』というコルシカ条約に抵触しないように、形だけの志願兵となり戦場に赴く筈だった。
だが、キラが決して敵を殺さなかったから。

優しすぎる彼女は、敵のモビルアーマーの武器や動力部のみしか狙わなかった。戦艦も走行不能に追い込むに留めた。
だからイザーク達は、ガモフの乗組員達と一緒になって、必死で次々と捕虜になる、ナチュラル達の身柄拘束に走り回ることになったのだ。
その慌しさときたら、きっと世の中のジャンク屋の比ではなかったと思う。
モビルスーツなど動かしたこともないアスランとイザークですら、人手が足りないというただそれだけの理由で、キラ嬢から簡単なレクチャーを受けた後、余ったジンに蹴りこまれ、ひたすら武器をもがれ動力部を破壊されたモビルアーマーのコクピットを拾い捲ったのだ。

モビルアーマーのパイロットだけでも300名以上もいた。それに加え次々に掌握した戦艦の乗組員が増えていく。
イザークは、2800人目をリストアップした段階で、数えるのを放棄した。
なんせガモフの乗組員で総勢150名以上もいるのだ。キラ嬢が掌握した戦艦の数は52隻もある。地球軍が一隻にどれだけの人員を積み込んでいたかは知らないが、単純に計算したって7800名だ。
勿論ガモフだけではさばけないから、途中でユウキ隊とか別の隊が応援に来たけれど、無駄に数の多い捕虜達は、身の程もわきまえずに、愚かにも脱走を企てたり反乱を起こしたりしてイザーク達を煩わせた。
また、同胞を射殺して逃走しようとしたナチュラルもいたが、憤るガモフの面々に対し、それでもキラ嬢は絶対に捕虜を処分したり、手荒には扱うことは許さなかったのだ。

「あのね、君達がナチュラル一人助けるごとに、コーディネーターも一人救われるんだよ。だってそうでしょ? この捕虜になった地球軍の人達と、地球軍の捕虜になった僕らの同胞は、交渉次第で交換してもらえるじゃない。ね、これって凄いことだよ。今イザークの持ってるリストが2800人ってことは、僕らは2800人のナチュラルの命を助けたんだ。なら2800人のコーディネーターがプラントに帰れるね。僕らはナチュラルとコーディネーター、合わせて5600人も救ったんだ。皆凄いよ♪ ね♪」


この捕虜獲得の功績が認められ、ガモフの乗組員全員に『多くの人に希望を与えた兵士』に与えられるホープ勲章が授与されると決まった時、キラはとても嬉しそうにバンザイしていたけれど、イザークは不満だった。
もっと、キラの役に立ちたかったのだ。
モビルスーツをぎこちなく操り、ナチュラルの捕虜というゴミを拾う仕事ではなく、ミゲルのようにキラの傍らにあり、彼女を守るナイトになりたかったのだ。



イザークとディアッカが乗ったエレカは、スムーズに士官学校の門をくぐった。

白いアテナの逸話に憧れ、ザフトに入隊するものが後を絶たない今、トップ10までしか纏えない真紅の軍服は非常に競争率が高いだろう。
だが――――――

「今度、ここから出るときは、赤服だ」
「何、お前も狙ってるわけ、パイロット?」
「当然」


そうでなければ、わざわざあの人と共に戦えるガモフを降り、士官学校に入りなおした自分が馬鹿である。

「俺はアマルフィ隊に入る。そして、あの人を必ず守って見せる」


イザークは拳を握り締めた。








06.02.19




月猫〜♪ 金曜日の御礼を兼ねて、頑張りましたvv
でも時間切れで前編です( ̄― ̄)θ☆( ++)  後半はまた後で( ̄― ̄)θ☆( ++) ( ̄― ̄)θ☆( ++) 

アスラン激ラブな月姉には、イザーク視点はちと辛いかも。
次、ニコルの章でアスランに担がれていったキラを含めた3人が合流します。


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