君のいない世界で 1.発覚
ゼルマンの命令を受けたジン二機は、火花を散らした機体を回収し、速やかにガモフに着艦した。
機体は格納庫に収容され、エアハッチが閉じると同時に、消化班が飛び出していく。
アスランは好奇心が抑えられず、空調ランプが安全を示すグリーンに点灯されると同時に格納庫に急いだ。彼より一つ上のイザークもそれは同じらしいが、わざわざアスランの体を押しのけて、先を急ごうとする様が大人気ない。
あのパイロットは一体誰なのだろう?
今思い出しても、体に奮えがくる。
あの戦闘は本当に凄まじかった。
動きのおかしな地球軍の艦隊が、核を搭載したメビウスの群れを所持していると判ったとき、アスランは母の安否をただ祈るしかできなかった。そんな不甲斐無い自分に、このモビルスーツは希望の光を与えたのだ。突如見慣れぬ機体が現れたかと思うと、卑劣な地球軍のメビウスと戦艦を次々と撃ち落していった。
たった一発でも核爆弾が落ちていたら、ユニウス7に住んでいた24万人の命は無かった。
それをたった一機で成し遂げた奇跡、目の当たりにした自分自身が信じられない。
この、見慣れぬ機体は一体何なのだろう?
誰がユニウス7を救ったのか?
消火活動が終わり、整備班がコックピットを手動でこじあける。
アスラン達は危険なため、回収したモビルスーツのそばに寄らせてもらえなかった。キャットウォークの通路から、ゼルマン艦長やアマルフィ議員達とともに、下を見下ろせる位置で屯うしかできない。
もどかしくも長い数分後、整備班がようやくコクピットの開示に成功した。
アスランは息を呑んで中のパイロットを待ちわびた。だが、中を確認した直後、待機していたジンのパイロット二人が銃を構えた。
一瞬で空気が緊迫する。
「どうしたミゲル、オロール?」
アスラン達の隣、ユーリ・アマルフィー議員とともにいたゼルマン艦長が、マイク越しに問う。すると、パイロットのうちの一人が大きくかぶりを振った。
≪艦長、未確認機の操縦者は、地球軍のパイロットスーツを着ております≫
途端クルー達に動揺が走った。
格納庫に、ライフル銃を構えた一般兵士達が、バラバラとなだれ込んでくる。
≪オロール、どいていろ≫
円陣を組んでコクピットの周辺を取り囲んだ兵士を背景に、蜂蜜色の髪のパイロットが、中腰になりながらゆっくりとコックピットに滑り込んでいく。
多分彼がミゲルの方だろう。
≪艦長、パイロットは気絶しております……え? ええええ!!≫
「どうしたミゲル?」
≪女性です!! このパイロット、いや、女性というより…少女です!! 13?14ぐらいかな? うわ、めっちゃ可愛い!! なんでこんな子があんな凄いパイロットなんて、嘘だ、俺、信じられない!!≫
軍人にあるまじき素っ頓狂なミゲルの絶叫をスルーし、重ねて艦長は問う。
「お前の憶測はいい。彼女がドッグ・タグを所持してないか調べろ」
≪は、はい!!≫
コックピットから、ポーンと地球軍のヘルメットが投げ出されて転がっていく。
≪だぁぁぁぁミゲル、お前どさくさまぎれて胸さわってんじゃねーよ!!≫
≪うるせーオロール、気が散るだろ!! ファスナーがみつからねーんだよ!!≫
ミゲルは余程動揺しているらしい。少女のパイロットスーツの襟元を緩めたいのか、通信機越しにゴソゴソと衣擦れの音が、艶めいて聞こえる。
≪代われ、俺がやる。スーツ一着剥ぐのに、何ちんたらやってんだよ≫
≪だぁぁ、うざい。てめえこそどいてろ≫
どうやら力関係はミゲルの方が上のようだ。鈍い音が聞こえてきたことから、オロールの頭に鉄拳が一発叩き込まれた様子が伺える。
またしばらくゴソゴソと衣擦れの音だけが響いた。そのうち、ようやくファスナーを見つけられたのか、勢いの良い開く音が鳴る。
≪えっと、艦長、ありました。首にチェーンがあって、ドッグ・タグが……え、ええええええええ!! か、艦長!!≫
ミゲルの絶叫にスピーカーが反応し、格納庫全体にハウリングが起こる。
蝙蝠の発する超音波のような耳障りな高音に、流石のゼルマンも額に青筋を浮かべた。
「叫ばなくても聞こえている。今度は一体何だ?」
≪少女の所持するドッグ・タグの件ですが、ザフト軍のものです。しかも、国防委員会所属、特務隊の!!≫
特務隊は、ザフト軍でもエリート中のエリートが所属するトップガンの集まりだ。裏切った者など設立以来皆無だし、当然地球軍のパイロットが持っていていいものではない。
「ならばさっきの戦闘も納得できるな。彼女はきっと、連邦でスパイ活動か何かをしていたのだろう」
艦長の呟きに、アスランも納得した。
≪名前は、アスラン……≫
「え?」
聞き間違い…だと信じたかった。
アスランという名前は古代の使われなくなった言葉から引用された筈。耳慣れない言葉だし、アスラン自身、生まれて15年以来一度も自分と同じ名を持つ者と巡り会ったことはない。
なのにプラントで、しかもザフト軍に、自分と同じ名前を持つ少女がいるなんて、ありえない。
≪えっと……アスラン・ザラです。彼女の所持するドッグ・タグには、ザフト軍国防委員会所属、特務隊、アスラン・ザラと明記されておりますが……、これは一体どういうことでしょう?≫
アスランの目は点になった。
いつの間にか、皆の視線はアスランに注がれている。
だが、そんな物を言いたげな注目を集めたって、アスラン自身、身に覚えは皆無なのだ。
「どうしてそんなことになっているんですか!!」
アスランが逆切れを起こしても、当然返答はなかった。
≪とりあえず、今から彼女を医務室まで搬送します≫
コクピットから、ミゲルがお姫様抱きにして現れた人物は、遠目から見ても本当に華奢な体だった。ささやかな胸の膨らみに地球軍のパイロットスーツが痛々しく写る。くったり気絶した彼女を、待ち構えていた医療班が担架に乗せようと腕を伸ばすが、ミゲルは思いっきり首を横に振り、キャットウォークを駆け下りて、さっさと医務室へと向かってしまった。
ぬけがけ?
不謹慎だが、アスランの頭にそんな単語がよぎっていく。
「俺も医務室に行きます」
アスランは、そう一言告げると踵を返して通路を逆走した。
何故か彼女がとても気になるのだ。
どうして自分の名を刻んだドッグ・タグを持っていたのか。一体彼女はどこから来たのか。
謎はどんどん深まり、興味はますます募っていく。
格納庫の出口、自動扉が開くと同時に、アスランは駆け出した。
そのアスランを、またもやイザークが先を行こうと押しのけていく。
むかつく。
(なんなんだ、こいつはさっきから!!)
アスランはイザーク・ジュールとは今まで殆ど交流がなかった。
アスラン自身、月のコペルニクスで13歳まで暮らしていたし、カレッジは同じらしかったが専攻分野が民俗学と機械工学と全く異なっていたため、今回ガモフで一緒に乗り合わせなければ、今後も顔を合わせる機会は無かっただろう。
アスランも、顔に似合わず負けず嫌いである。
ついつい、歩み足が速くなりイザークを追い抜く。すると、彼も負けじと歩みが速くなる。不案内なガモフなのに、二人はいつの間にか全力で疾走していた。お互い、相手を追い抜こうと張り合っていたため、結局いらぬ運動を強いられることとなった。つまり、情けないことに道に迷ったのだ。
「貴様は馬鹿か!!」
「お前こそ、考えなしが!!」
最早イザークが一つ年上だという遠慮はどこかに吹き飛んでしまったようだ。お互い罵詈雑言をぶつけ合いながら、ようやく医務室にたどり着いた時、少女の手当ては既に終わっていた。
治療用の長衣一枚を身に着けた少女は、医務室の最奥にしつらえてあるベッドに仰臥し、沢山の点滴を腕にうけている。
アスランは、そんな痛々しい様子で横たわる少女の顔を見るなり、立ちすくんだ。
その幼さが残り、整った容貌は、彼の良く知る人物に酷似していたのだ。
信じられなかった。
「キラ? まさか、キラ・ヤマト? 本当に!!」
「彼女は貴様の知人か?」
イザークが疑わしげに自分を見ている。
アスランは、己自身を納得させるように、ゆっくりと一つ頷いた。
「二年前に別れた、俺の大切な幼馴染だよ。家族ぐるみの付き合いで、6つの頃から、それこそ兄弟同然に育ってきた。でも…」
自分がコペルニクスを離れて一ヵ月後、大規模な爆破テロが起こった。
その時、彼女の名前は死亡リストにくっきりと明記されていた。懐かしいハルマ叔父様とカリダ叔母様と一緒に、彼女はブルーコスモスに殺された筈だったのに。
「どうして、キラが生きているんだ?」
触れたら消えてしまうのではないかと、そんな壊れ物を扱うかのように、ベッドに歩み寄ったアスランは、そっと彼女の頬に手の平で触れた。キラはやつれていたが、とても柔らかくて暖かかった。
懐かしい感触に、不覚にも涙が零れそうだった。
「夢じゃないんだ、キラ……。なぁお前、一体何があったんだよ?」
アスランが問いかけても、眠っているキラから答えが返ってくる筈もない。
「ザラさま。こちらに見覚えはありませんか?」
若い軍医が事務的な声で、鎖に通したプラチナの指輪を差し出してくる。上質で骨董的価値がありそうな由緒正しいリングだが、アスランに見覚えはなかった。だが、注意深く見てみると、指輪の裏側に何か文字が掘られているのが判る。柔らかい金属に刻まれ、ある程度の年月がたった文字は見づらかったが、確かにクラインと読めた。
プラントで、クラインと名がつく家系は一つだけしかない。
アスランの、名前だけの婚約者と定められた対の遺伝子を持つ歌姫だ。
その鎖には、軍人が必ず所持する小さな金属プレート……ドッグ・タグもついている。さっきミゲルというパイロットが絶叫したとおり、ザフト軍を示すマークの下に掘られた文字は≪国防委員会、特務隊所属 アスラン・ザラ≫とあった。
「貴様、いつから軍人になった?」
「俺は軍に入隊した覚えはない」
イザークに構わず、アスランは付添い用の丸椅子に腰を下ろすと、キラの短くなった髪を手に掬った。
アスランがかつて知っていた彼女の髪は、豊かに腰まで波打っていたのに。
「キラ。どうしてお前があんなものに乗っていた? お前、一体どんな怖い目にあってきたんだ? 俺の知らない所で、一体何が起こったんだ?」
唇をきゅっとかみ締める。キラの体は痩せ細り、点滴を受けるために袖が捲られた腕には青い打撲の痕や、痛々しいいくつもの古傷の跡が見えた。
腕だけでその様子なら、きっと全身にもあるだろう。
まるで歴戦の戦士のようだ。女の子で東洋のきめ細かな象牙色の肌なのに、そんなものを沢山つくるなんて。
「キラは土色の髪だったんだ。アメジストの瞳と、凄くしっくり似合ってて、綺麗で……。桜がの花びらが舞い散る中、俺は彼女に聞いたんだ。お前も直ぐにプラントへ来るだろって。キラは本当に虫も殺せない優しい子だったんだ。モビルスーツになんかに乗れる奴じゃない。彼女は軍人になんて向いてない筈なのに……」
人前だというのに、いつの間にかアスランの目に、涙がこみ上げてきた。
「どうしてこんなことに。キラ……」
キラの短くなった髪の色は、老婆のように真っ白になっていた。
☆☆
一方、格納庫にとり残されたゼルマンとユーリは、ますます混乱していた。
まず、戦艦に取り込んだ機体が問題だった。
ザフト製なのはいいが、ZGMF−X104 フリーダムと名づけられたモビルスーツの製造者は、ユーリ・アマルフィとなっていたのだ。勿論、今ここにいるユーリに、全く身に覚えはない。
しかもこの機体の製造年は、コズミックイラ71と表示された。
そんな馬鹿なことがあるものかと思いつつ、機体のOSをガモフのメインコンピューターと連結して全データーを吸い出し解析してみれば、なんとこの機械はニュートロン・ジャマー・キャンセラーが搭載されているし。
核が使用されたモビルスーツなど、前例がない。
フリーダムの戦闘記録も驚異的だったが、なによりも驚愕したのがコクピットから回収されたボイスレコーターだった。
ザフト軍きっての名将と名高いラウ・ル・クルーゼらしき男が、憎悪と怨嗟を吐き散らしながら世界の終焉と滅亡を望んでいるし、パイロットの少女が、泣き叫びながらアスラン・ザラを呼びつつ、そのクルーゼを殺している。
まだ図面を引かれた段階の筈の最終兵器『ジェネシス』が実存し、その発射を食い止めるため、アスラン・ザラが核で自爆しているのだ。
彼の最期の通信の直後、生々しい少女の絶叫が胸を打つ。
とても作り話とは思えない。何よりも、この今のザフトにありえない機体が、ユニウス7を救ったことは事実なのだから。
「本当に、この機体は一年後から来たというのか? 私は、この手で核エネルギーを搭載したモビルスーツを作るというのか?」
「アマルフィ議員、私も、これらの記録を一体どうすれば宜しいのですか?」
ボイスレコーダーとフリーダムの解析記録は、既に軍事機密として封印した。
ゼルマン艦長の顔は蒼白だ。無理もない。ユーリ自身、この悲惨すぎる内容に、鳥肌がたっているのだ。
地球連邦軍との戦争は、開戦してしまった。
だがこれが未来だというのなら!! プラントは、地球は、一体どうなってしまうのだろう。
当たり前のようにジェネシスや核を撃ち合う未来など、待っているのは人類の滅亡だけだ。
「議会に提示し、皆の指示を仰ぐより術はあるまい。だが」
これを果たして公表していいものだろうか?
プラント最高評議会は12人のメンバーで構成されているが、そんな少ない人数でも既に二つに割れているのだ。パトリック・ザラをはじめとする戦争肯定派と、シーゲル・クライン評議会議長をはじめとする穏健派との対立は、日に日に深まっている。
ユーリ・アマルフィーは、今までそのどちらにも属さない中立派だった。穏健派も肯定派もどちらの言い分も正しいと思うし、どちらかを除外するという考え方が好きになれない。
なのに今度の事件だ。
地球軍は恥も外聞もなく、ユニウス7に核爆弾を撃ち込もうとしたのだ。彼らは今後も本気でプラントを滅ぼすつもりで襲ってくるだろう。パトリック・ザラ達が世論を煽らなくても、プラントの民衆が今回の核攻撃を知ったら、一気に戦争肯定に傾くだろう。
「とりあえず、医務室に運び込まれた少女の話を聞いてから考えたい。情報をもっと集めてから判断したとて遅くはないだろう」
「ですが、もう直ぐユニウス7に到着しますが」
ゼルマン艦長の懸念も判る。
あの地には今、パトリック・ザラの妻レノアが。戦争肯定派のエザレア・ジュール議員とタッド・エルスマン議員がいる。
最早戦争肯定派に、隠し通すことは不可能だろう。
今後のことを考えると、ユーリ自身も言葉に詰まった。
05.07.11
あれ? キラ子が起きないΣ( ̄ロ ̄lll) ガビーン
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