君のいない世界で 2.オーヴにて
流れるように軽快な音とともに、誰も使えない独特のコンピューター言語が綴られていく。
オノゴロ島の海辺にぽつんと建っている離宮、その小さな宮殿の管理を任されているウスミ・ナラ・アスハの一人娘…カガリは、緑の長いドレスに身を包み、執務室の机でパソコンを操っていた。
開け放たれた大きな窓から、緩やかな潮風が舞い込んでくる。
姫の周囲を緑色の機械鳥が戯れて飛び、時折彼女の肩に止まって翼を休める。首を傾げて≪トリィ≫と鳴く仕種もとても愛らしい。
名のある博士でもない僅か15歳になったばかりの少女が、その繊細な指でキーボードを叩き、軍事用のプロテクトプログラムをますます強固なものへと変えているなんて。
目の当たりにしているトダカ一佐自身、改めてナチュラルがコーディネーターを怖れるわけを実感する。
だが、オーヴは絶対に地球連邦軍とプラントとの戦争に巻き込まれるわけにはいかない。
先日、連邦軍がプラントに開戦を宣告した。オーブ政府は直ぐに軍事産業の輸出を全面禁止にし、どちらの陣営にも就かないことを明確に宣言した。
今は軍事的には事実上の鎖国である。
だが、それも仕方が無いことだとトダカは思った。
何故なら。オーブは、ナチュラルもコーディネーターが共存する、数少ない国家なのだから。
「終わりました、トダカさん」
いつの間にか、姫の手は止まっていた。
華奢な両手に添えられ、緑色の薄いディスクが差し出される。
椅子から立ち上がり、柔らかに微笑んで渡されたそれは、オーヴ首長国連邦の旗艦、タケミカヅチに使われる予定のプログラムだった。
トダカ一佐は最大の敬意を持って、目の前の優しすぎる少女に一礼した。
「ありがとうございます、『カガリ様』」
『カガリ』は、相変わらず優しい微笑みを浮かべていた。
誰もが安心するような大人びた微笑を。
一年半前、事故死したカガリ姫の身代わりとなった妹君は、いつの間にこんな少女に似つかわしくない表情を身に着けたのだろう?
ここに連れて来られた当時は、カガリと呼ばれる度に泣きそうになっていた。元から素直な性格だったのだろう、隠し事ができず、「僕はカガリじゃない!!」と、顔に心の内が全て出ていた。それが次第に諦めの苦笑に変わり、今では故人となった本物のカガリ姫以上に、何処に出しても恥ずかしくない立派な姫になってしまった。
「キラ様は今、お幸せですか?」
ノートパソコンを片付けていた姫の手がピタリと止まる。
「トダカさん。ここは離宮だからいいけれど、私がカガリの身代わりだってこと、知っているのは本当に僅かな人達だけだから」
暗に人の耳に気をつけてと、困って首を傾げる姿は、彼女がいつも肩に乗せて連れ歩いている機械の鳥の仕種と同じだ。
優秀なのに、その優秀さを皆の前に披露することもできず、コーディネーターなのに、病弱なふりして離宮に隠れている。
本当に惜しいと思う。
「自由にして差し上げることができたら、貴方はきっと、何にだってなれたものを」
「でも、カガリが僕のせいで死んでしまったことは事実だから」
それは違うと、トダカは思っていたが口にしなかった。
お転婆な姫君が、自分に双子の妹がいると知って出向かない筈がなかったのだ。
カガリは無断でオーブを飛び出して月のコペルニクス市に赴き、ヤマト家を訪問したのだ。当然、カガリは仰天したハルマとカリダに捕まり、即行でオーヴ行きのシャトルに放り込もうと、月の宇宙港へ連れていかれた。
不運にも、それが命取りになるとも知らず。
結局三人はテロにあい、爆死した。
孤児となったキラは、ウスミ・ナラ・アスハに保護され、今はカガリ姫となって生きている。
そして、今後もずっとカガリ姫として生き続けるのだ。
カガリ姫は、ウスミ・ナラ・アスハの跡取り姫なのだから。
「あ、トリィ!?」
突然、滅多に声を荒げない姫が、慌てて窓に飛びついた。
振り向いたトダカの前で、緑の鳥は、姫の華奢な両手をすり抜け、大空へと舞う。
「うそ!! ちょっと、待ってトリィ!!」
「危ない!! カガリ様!!」
トダカが咄嗟に姫の腰を抱きとめなければ、彼女はそのまま窓から転落してしまっただろう。姫の執務室は、崖を利用して建っている離宮の一番景色のいい場所にある。いかにコーディネーターとはいえ、崖から海に転落して、無事でいられるとは思えない。
「トリィ!! 何処にいくの、トリィ!!」
さっきまでの物静かさが嘘のように、姫が暴れている。
「嫌!! 僕から離れないで、トリィ!!」
「姫、落ち着いて。機械の鳥ですから、故障することだってありえます」
「トリィは大切な人がくれた、大事なものなんだ!!」
「判ってます。判ってますから、落ち着いて。ちゃんと見つけてさしあげますから。迷子にならないように、発信機だってついているでしょう」
「でも、海に落ちたら……」
もう既に姫の両目は潤んでいる。涙ぐめば、金色のカラーコンタクトが流れてしまうことも忘れている。
トダカは、そんな決められたプログラムどおりにしか動かない機械の鳥に対する姫の執着が哀れに思った。
「トダカさん、早くトリィを探しにいこう」
「ええ、行きましょう」
姫に急かされ、トダカは連れてきた部下を全員引き連れて海岸に飛び出した。
そして10分後、彼らはトリィの舞い降りていた先……砂浜に横たわるとんでもない物を発見することになる。
ザフトのパイロットスーツを身に着けている、白髪の少年を。
05.07.12.
…み、短い。
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