目指せアマルフィ隊 





ザフト軍の花形職業はと問われれば、殆どの者がモビルスーツのパイロットと即答するだろう。
敵陣に攻撃をしかける即戦力、また自分の所属する戦艦を守れるこの頼もしい人型の機体は、たとえ凡庸型のザクであろうと、厳しい訓練を耐え、技術を習得した者しか乗りこなせないのが常識だ。
パイロットになれた時点で十分エリートと誇っていいが、更に絞り込まれた士官学校の成績トップ10人にしか着ることの許されない赤い軍服、それは皆の憧れの的だ。

また、自身が配属されるのなら何処がいいと問われれば、皆間違いなく有名な勝てる隊の名を挙げるだろう。
故国を、各々の大切な人を守りたいと、いくら崇高な志を掲げたって死んでしまえば何も成し遂げられる訳がない。
生きていなければ意味がないのだ。
生き延びるには、いい上官に恵まれねばならない。
いい上官というのは、勝利を勝ち取り、自分達を無事家族の元に戻してくれる人のことをいう。

今ザフト軍に、ある噂が流れている。
ユニウス7を救い、世界樹攻防戦ではケタ違いな働きを見せた『白きアテナ』こと、アステール・アマルフィが新隊を結成するというのだ。

ザフトに彗星のごとく現れた女神の正体が、マイウス市市長の実の隠されたご令嬢だったことも驚きだが、17歳のうら若き乙女がプラントを守るべく、ザフト軍志願を拒み続けた父親から開発途中のモビルスーツを無断でかっぱらい、戦に参戦した逸話だけでも既に伝説だ。
容貌は、ラクス・クラインに勝るとも劣らない美少女だという。
また僅か1歳の頃にテロに襲われた恐怖から、今まで親元からも離れ、市囲に紛れて育てられたという。輝かしい武勲をたてても驕る事なく、全ての発表は父親に譲り、一度もマスコミに姿を現したことのない令嬢は、とても謙虚で控えめな性格だと推測できよう。


いまだ未公開の最新鋭のモビルスーツを搭載した部隊、そこに配属されるパイロットは皆赤服で、戦艦も最新型のナスカ級が与えられると聞く。
もしその話が本当なら、ザフト軍の最精鋭の部隊となることは確実だ。
この隊に配属されれば、自分の未来は明るい。


――――目指せアマルフィ隊――――


それはザフトの軍人だけでなく、白きアテナの逸話に憧れ、ザフトへの志願を決めた少年達も同様だった。





第一話   ニコル・アマルフィ






3月1日、アマルフィ家のニコルは14回目の誕生日を迎えた。

例年通りなら、マイウス市主催で彼の誕生日会を兼ねたピアノコンサートが行われるのだが、今回ニコルはあっさりと中止を決めた。
表向きの理由は、最前線で戦う市長とザフト軍兵士に気遣ってだが、本音は自分のコンサートなのに、一番聴いて欲しい人がいなかったから。

キラ・ヤマト

ニコル自身、この世界では既に死んでいるヤマトの姫君が、一年後の世界から時空を超えてやってきたと聞いたときは我が耳を疑った。なんせ二年前、キラ・ヤマトの両親は、娘とザラ家のアスランの結納式に、血縁者であるアマルフィ夫妻を仲人にと頼んできたのだから。
ニコル自身、ロミナに幼い頃から物語のようにして聞かされていた、日本の伝統を頑なに守るヤマトの姫君にとても興味があったし、その彼女に会えるのをとても楽しみに思っていた。
なのにその二日後、一家全員がブルーコスモスのテロで殺されてしまった。その知らせを聞いたロミナは、泣き崩れて臥せってしまったし、ニコル自身も憧れていた東洋の姫君に永遠に会えなくなってしまったのがとても残念に思えた。

その姫君とまた会えるなんて。
恋人と死別した悲劇を乗り越え、戦場に自分から旅立った勇気も尊敬に値するし、特異な過去と名前が知られれば命を狙われる事情から、彼女の過去を隠さねばならないことも理解している。
母ロミナが、わが子アステール・アマルフィの名前を与えても良いと認めたおかげで、そんな憧れの彼女がニコルの姉になるのだ。


2月22日の世界樹の攻防戦は、ザフトの圧勝で戦いを終えた。
軍を勝利に導いた少女『白きアテナ』は、功績が讃えられ、ネビュラ勲章が授与されることも決まっている。
なのに、いまだ彼女はメディアに出て名を売るどころか、ガモフから一切出てこなくて、姿を現さない。驕らずでしゃばりもしないその姿勢に、ザフト軍の中でもアステールは謙虚で慎ましやかという美徳を兼ね揃えている美少女だと有名になっている。

ニコルにとって、キラというまだ見ぬ肉親は、もはや存在全てが嬉しい誇りだった。
自分の誕生日から遅れること二十日後、キラことアステール・アマルフィと、ユーリ・アマルフィの乗るガモフが、22日の式典に出席するためにプラントに一時帰還した。

とうとうニコルは憧れの姫君に会うことができたのだが――――――
憧れていた姫君は、ニコルの想像以上に儚かった。


「初めまして。僕、ニコル・アマルフィです」


なんせ、居間に入ってきたキラはニコルが想像していた以上に、細くてたおやかな少女だったのだ。
こんな肢体でモビルスーツのパイロットが務まるのかと、そう思う程痛々しく痩せている。ニコルと初対面なら殆どの者が見せる媚やへつらいを浮かべて握手を求めるどころか、悲しげな透き通った微笑みで「ニコル君!!」と、抱きしめてきた。

普通なら初めて会った人間に対し、この行為は非常に馴れ馴れしいと思うところだろう。
だが、ぎゅっと抱きしめる彼女の腕の力はとても強くて、また抱き返したら細い腰が折れてしまいそうで怖い。
(あううう、キラさん……)
どうしていいかわからず、目で父と母に助けを求めるが、頼りにならない両親は、視線で≪そのまま動くな≫と訴えてくる始末だ。
(なんで!?)
その理由は直ぐにわかった。自分の肩口、キラが顔を埋めているあたりがじんわり熱くなってきたのを感じ、ニコルは咄嗟に彼女の背に両腕を回した。

キラの小さな肩が、嗚咽を堪えて震えている。
彼女は自分に抱きついたまま、声を殺して泣いていたのだ。

「あ、あの……、キラ姉さま、どうかなさったんですか?」

ぽしっぽしっと、あやすように背中を撫でると、キラの震えがますます酷くなる。

「ごめんなさい、ごめんなさい……えっく、……ごめんなさい……、僕が……ひいっく……ころ……えっく…、し……、…ニコル君……、う……、えっえっ………、ごめんなさい……」

言葉をつむぐごとにしゃくりあげ、涙が止まらないことを必死になって謝る彼女に、段々とニコル自身が切なくなってしまった。

ニコルの腕の中にすっぽり納まった少女の髪は白い。これは地毛でなく、彼女のいた世界で恋人だったアスラン・ザラを亡くした戦闘のショックだと聞く。コーディネーターが、心理的ショックで白髪になった前例は片手に足りる程しかない。それだけニコルの想像もつかないぐらい酷い戦場で、彼女はずっと戦ってきたのだ。
このキラは、ディアッカ・エルスマンとも知己で、ラクス・クラインとも親友だったそうだ。
なら、アスランとラクスとも交流のある自分とも、知り合いの可能性が高い。
嫌、こんな風に自分に縋り付いた途端に泣き出すぐらいだから、きっとこの人にとってニコルという人物は、なにかしら心の支えだったのだろう。

なんといっても自分は、プラントで唯一の彼女の血縁者だし、自分に会えたことで、彼女の張り詰めていた緊張の糸が切れ、堪えていた涙が止まらなくなってしまったのかと思うと、誇らしくもあり嬉しかった。




結局、夕食を共にとることもなく、泣きつかれて眠ってしまった彼女を、ベッドに運んで寝かせたのは自分だ。それを見ていた父母は、これからも彼女の支えになって欲しいとニコルに望み、彼は承諾した。



泣かせたくない。
笑っていてほしい、守ってあげたいと。
ニコルは母以外の女性に対し、初めてそう思った。



☆☆


3月21日、午前10時。
上流階級の朝は遅い。


「奥さま、どうかこの方をお止めください!!」


滅多に動じないアマルフィ家の老執事ヨハンが、一人のメイドの腕を掴んで入ってきた瞬間、母と一緒に朝食後の紅茶をすすっていたニコルは、嚥下しかけていた液体を逆流させて咽込んだ。

(貴方一体何をやっているんですか――――!!)


印象深いさらさらの白髪、美しい透き通った紫の瞳、華奢な肢体を包み隠すモスグリーンのメイド服を身に纏い、あーあ見つかっちゃったと気まずく視線を逸らしているのは、見間違えようもなく姉のキラだ。

昨夜たった一回会ったばかりでニコルの心を奪った少女が、何故メイドになっているのだ?
父のユーリ同様、朝食の時間になっても姿を見せなかったから、てっきりまだ疲れて眠っていると思っていたのに!!

「キラ姉さまは、一体何をしたかったのですか?」

頭から怒鳴りつけるのは簡単だが、人から信頼を得たいと思うのなら逆効果である。ニコルはキラのことが理解したかったから、まず、行動の理由をやんわり問いただす。
彼女は頬を染め、言いにくそうに俯いている。

「誰も怒ったりしませんよ。でも、言ってくださらなかったら、僕達、会ったばかりの姉さまのこと、全然わからないですよね」

じぃ〜っとみつめていると、彼女も上目遣いで見つめ返してくる。
すかさずニコッと微笑んで先を促すと、ようやく叱られることはないとわかってくれたのか、キラの重い口が開いた。

「ううう……、そのさ……、僕って今、お金ないでしょ……。だから働きたかったの……」

戦闘中、機体一つでこの世界に吹っ飛んできたキラは、当然財布など身の回りの品を持ち合わせているはずもない。
だが、世界樹の攻防戦にて敵モビルアーマーをことごとく撃墜したザフトのエースに、きちんと給料や報奨金は支払われる筈である。

「何か欲しいものがあったのですか?」
「…う、うん……」
「いくらあれば足りますか?」
「えっとその…、ニコル君……、金額じゃなくて、その……」

もじもじと要領が掴めない話し方に、彼女の性格からして、そうとう言いにくい話らしい。
ニコルは気を利かせることにした。
「まぁ女性ですから、特有の用品とか、化粧品とか、戦艦の中では賄えないものも多々ありますね」
「あ、そうよね。明日は式典もあることですし。気がつかなくってごめんなさいねキラちゃん。後で私と一緒にお買い物に行きましょう♪」
「いえ、そういうのではないんです。僕、化粧品はまったく使いませんし、欲しかったのはお金じゃなくて…その…」
彼女を着せ替え人形にするつもりだった、ロミナの形の良い眉尻が跳ね上がった。
「駄目よキラちゃん、女の子なら装わなければ」
「母さま、話がずれてます」
ニコルは邪魔な母を封じて、にっこりとキラを見上げた。ちなみに、彼の背後にはおどろおどろしい黒いオーラがたっぷり立ち込めている。
「まさかキラ姉さま、このアマルフィ家に世話になるのが心苦しいなんて考えましたか? だからメイドの仕事をやりたいなんて、馬鹿なことをおっしゃるのでしたら、僕本当に怒っちゃいますよ?」
「キラちゃん、なんて水臭い。私達はもう家族なのに!!」
「いえ、ニコル君もロミナお母さまも落ち着いて。そういう訳ではなくて」
キラがニコルの黒い微笑みとロミナの青ざめた顔に驚き、ぶんぶんと首を横に振る。
「その…、僕、朝、今夜は家族だけでニコル君の誕生日パーティーをするってメイドさんに聞いたんだけれど、何もあげるものないし、プレゼントも買えないから……」


よって、考えたキラは軍勤務で疲れた体にムチ打って早起きし、どこかから勝手に拝借したメイドの制服を着用した上、厨房に「すいません、僕頑張ってお手伝いしますから、後でクッキーの材料と隅っこの調理場を使わせてください」と声をかけたらしい。

ニコルは頭痛がした。
一般家庭では、母のお手伝いをして金銭を得たりするらしいが、ここはアマルフィ家だ。プラントでも12人しかいない最高評議会議員の家で、マイウス市で最も格式が高い市長宅なのに。
そのアマルフィ家の令嬢となったキラが、自宅とはいえ他のメイドに混じり、猛然と皿を洗い出したなんて。そんな天然ボケぶりはツワモノだと感心するし、自分に手作りプレゼントを贈ろうとしてくれたその気持ちも嬉しく思うけれど、この館に勤める誰もが憧れ、昨夜は歓呼で迎え入れたザフトの英雄、『白いアテナ』を一使用人のように厨房で働かせるなんてできる訳もない。料理長が泣く泣くヨハンに通報した気持ちもとてもよくわかる。

「キラ姉さま、その気持ちだけで十分です」
「そうよキラちゃん。あなたの役割は他にあるの。だから、使用人の仕事を取り上げてはいけません。さあ、お母さまが手伝いますから、着替えに行きましょうね♪」

「え、あ、あの〜、僕、一人で大丈夫ですから…」
「いいのいいの♪ 嬉しいわ〜。やっぱり女の子は飾りがいがあるから♪」

ロミナの弾んだ声、そして逃がすものかとがっしり腕を捕らえ、足取りも軽やかにキラを連れて行こうとする姿を見れば、今から彼女が着せ替え人形になることは必須。
キラが顔を引きつらせ、あうあうと目で助けを求めているのがわかるが、ニコルは両手をぱちんと合わせ、日本式になむなむと拝んだ。

(ごめんなさいキラ姉さま。助けられません。僕、とばっちりは嫌です)

ここで彼女に救いの手を差し伸べたら最後、ニコルまでとっ捕まって女装させられてしまう。ロミナはずっと女の子を欲しがっていたし、キラも謙虚で可愛らしく、ばっちり母の好みのタイプだ。きっとキラを猫可愛がりするだろう。

そんな時だった。
ノックの後、メイド頭のメアリーが、顔を覗かせた。
「アステールお嬢様にご来客です」
「え?」
「ザラ家のアスラン様です。客間にお通ししておりますが、いかがいたしますか?」
「助かった!! 直ぐ行きます!!」

素直なキラは、「わーい」と駆け出した。
メイド服のままで。
虚を突かれたにニコルだったが、キラが部屋から飛び出た瞬間、顔からすうっと血の気が引く。


「ニコル!!」
「わかってます母さま!!」


切羽づまった母の悲鳴に後押しされ、ニコルはダッシュでキラを追いかけた。
ザラ家の御曹司に、預かってるキラ嬢に使用人の真似をさせていると誤解されれば、アマルフィ家の威信が失墜する!!


「待って、キラ姉さま!!」


が、タッチの差で間に合わなかった。
無情にも自動扉は開いてしまい、キラがソファーに座っていたアスランに、タックルかます勢いで飛びついていく。

「アス、おはよー♪」
「あれ、キラ何そのかっこ?」
「えへへ、お手伝い。そのかわりに後で材料貰ってクッキー作ろうと思って。ニコル君への誕生日プレゼントね」
「そう、頑張れよ」


ぽしっと頭を撫でられて、キラはにこにこ笑っている。


ニコルはこけた。
流石アスラン、鉄面皮の貴公子は動じないというか、幼馴染でキラのことは知り尽くしているだけあるというか。
意外にも、アスランの感覚も庶民派だった。





その後、結局キラはロミナとメアリーに引きずっていかれ、強制的に着替えさせられた。
白い髪は丁寧にくし削られたた後、黄色の細いリボンで纏め上げられ、美しい紫の瞳にあわせ、白地に淡い黄色と紫の小花が散りばめられたレースだらけのフェミニンなふわふわワンピースを着て再び現れたキラは、そうとう遊ばれたのだろう、笑顔がかなり強張っていた。
ロミナの見立てたゴスロリ風のふりふり服は、キラの均整の取れた肢体を見事に覆い隠してしまった。ニコルは勿体無いと思いつつも、キラの性格と見事にマッチしていて非常に可愛らしく思う。


「似合うな、五歳児みたいで」
「ほっといてよアス、君だって服音痴じゃないか」


確かにニコルの目から見ても、今日のアスランの格好……目にまばゆい黄色のインナーに、真っ赤の原色ジャケットは変だ。アスランとは、夜会やラクスのコンサート以外で、滅多に会わないから、フォーマルでない私服姿は初めてかもしれない。

「二人とも、僕のいない間何してたの?」
「ん、ガモフでの思い出話を少しね」
「民間人なのに前線に行くなんて無謀ですよね。でも平気だったなんてアスランは言うし」
「キラが守ってくれてたからね」
「当たり前だろ。約束したんだから」

キラはぷっくり膨れたのもつかの間、手際良く新たに紅茶を三人分入れると、物珍しげにアスランとニコルが開いているパソコンを覗き込んでくる。
丁度卓上で自分達が開いて見ていたのは、今現在の世界情勢の地図だ。
戦争の早期終結を願っているのは、誰もが同じ。プラントに住むコーディネーターの望みは不公平な貿易の撤廃と、農作物と武器を自由に作る権利の獲得、植民地扱いからの脱却、それらは決して大それた望みではない筈だ。

「キラ、ニコルもお前と一緒の中立派なんだよ」
「え、ホントに?」
「ええ。父と母に影響されたってのもありますが、力がなければ何も守れないと思いますし、かといって、自分から戦争したいとは思いません。だから、自国を守るのに父さまが武器開発するのは賛成してます」
「オーブ寄りだね」
キラはじっと画面を見つめている。
「なんとかオノゴロ島に行けないかな。会いたい人がいるんだ」
「無理だな、オーブは鎖国を決めた。戦争が終わるまで、地球連邦軍もザフトも国に入国できない」
「せめて辺境の島だったら、こっそり入り込むことも可能でしたでしょうけれど」

画面をクリックし、オーブ連合首長国の領域だけを赤く染めて示す。太平洋全部をほぼ掌握する国、一つ一つの島は小さくても、広大な海を支配地としたかの国は強力だ。あの国がもし、中立ではなくプラントに味方してくれれば、もしかしたら戦争なんて起こらなかったかもしれないのに。
途端、キラの大きな目が見開かれて固まった。

「うわ〜、こっちのオーブって僕の世界とかなり違う〜」
「へぇ、どこが?」
「ん、第一アジア連邦が領土じゃないよ。赤道連合だって独立しているし。だからオーストラリア大陸付近のここまで、海域も五分の一程度だって」
「嘘だろ、オーブなのにヤマト国が入ってないのか、なんで!? 」
「僕も信じられません。それじゃオーブ、凄く小さな国になっちゃうじゃないですか」
「そんなこと、僕知らないよ。やっぱりここ、僕のいた世界と少しずれてるね。面白いな〜♪」

(ずれているのは貴方も同じです)

アスランの横に座ったかと思うと、彼の膝に手をついて身を乗り出し、食い入るように画面を見だしたキラの姿に、ニコルは思わずため息とともに目を覆った。
キラの好きにさせているアスランもアスランだと思うけれど、ニコルの目から見て、二人には幼馴染以上のものを勘繰りたくなる程自然だった。
お互いにお互いの恋人をなくした二人。しかも姿も性格も見分けがつかないぐらい似通っているらしい。
ならば二人を再びくっつけてしまえばいいと、ザラ夫妻は思っているらしいが、息子であるアスラン自身が、ラクスとの婚約を破棄するつもりはないと断言している。

「キラ姉さまって、本当にアスランと仲良しですね」

キラの今後のためを思い、やんわりと親しすぎる態度を窘めたつもりだった。
なのにキラは一瞬、キョトンと小首を傾げて振り向いた後、くすくす笑ってニコルに飛び掛ってきた。
「うわぁぁぁぁ」
ぎゅっと抱きしめられ。ニコルはあたふたと慌てる。
「ごめんね、僕、ニコル君のこと大好きだよ」
「別に仲間はずれにしたつもりはないから。すまないニコル、寂しかったね」


(違うぅぅぅぅ!! 誤解だこの天然ボケカップルが!!)


まるで自分は、お姉ちゃんを捕られてしまって寂しがっている駄々っ子じゃないか。
不貞腐れて口を尖らせると、キラが蕩けそうに笑ってぽしぽし頭を撫でてくるし。
幼馴染件隣人で、物心つく前から姉弟同然の育ち方をすれば、こんな風に思考も似てくるのかと、諦めと悟りを開いた頃、アスランがごそごそと革の鞄から綺麗にラッピングされた書類サイズの薄い箱を取り出した。

「あ、そうだニコルこれ…、ラクスと俺から。遅くなったけれど誕生日おめでとう」

ぽんっと無造作に渡され、何だろうと首を傾げて包装を解けば、中からは古めかしいボロボロの譜面が出てくる。特殊ラミネートでコーティングは施してあるが、指で触れればカサカサ繊維の割れる音がする。
骨董品っぽい。擦れた読みにくい文字を辿れば、バッハと読める。
「え、これって」
「うん、ラクスがいうには原版。実際本人が書いた古美術書だって」

「こんな貴重なものを!!」

(何故指紋つけまくりで、剥き出しのまま箱に詰めて持ってくるんですか、あなたという人はぁぁぁぁぁぁ!!)


ニコルの頬は、興奮で赤くなる。
勿論、嬉しさよりも怒りの方が遥かに上だが、長年培われた猫かぶりを総動員して、見事に表に出さなかった自分の理性を褒めてやりたいぐらいだ。アスランがパトリック・ザラの息子でなければ、速攻この家から叩き出してたぐらい、この芸術と歴史への冒涜に怒り心頭に達している。

「君、ディスクデビューもしただろ。そのお祝いも兼ねてね」
「ありがとうございます!! 今度、是非ラクスと二人でコンサートを聴きに来てください」

早く、この譜面をきちんと美術品保管場所に連れて行ってあげたい。
嫌、空気に触れた時点で紙の風化は始まっているだろう。早く自分を解放して欲しい。
怒りと焦りプルプル身が震え、じんわり涙がこみ上げてくるが、勘違いしたボケナス二人は、嬉しそうにニコルを見下ろし、うんうん笑っている。

「そんなに喜んでくれると、ラクスもきっと嬉しく思うよ。必ず二人で聞きに行くから。ああ、でも、また寝ちゃったらゴメン」
「またって?」
つい、視線が冷たくなる。失言に気づき、アスランが明らかにうろたえだす。
「ああああああ、えーっと、その〜」
「アス、いい曲聴くと寝ちゃうもんね」
「こらキラ、バラすな」

アスランの丸めた拳が飛び、キラが笑いながらひらりとかわしている。
あのアスラン・ザラがうろたえているのもはじめて見たし、こんな風に笑って小突きあいする光景など、今までの彼しかしらないものなら目を疑うだろう。

「それから、これはキラにだ」
鞄から手のひらサイズの小さな翡翠色のハロが飛び出してくる。
耳をパタパタと動かし、キラの手の中に納まる。
≪ハロハロ、ハロキラ♪ オマエモナー≫
「可愛い♪」
「これなら、ポケットに収まるだろ。言葉も、根気よく教えればしゃべるようになるから、戦艦での暇つぶしに」
「ありがとう。トリィと同じ色だね」
アスランは肩を竦めた。
「悪い、流石にもう一度あれを作る気はなれなかった」
「いいよ、わかってるから。トリィは君のキラだけのために作ったんだろ」
「うん」


ああ、だからなのかと、理解した途端、ニコルは、二人がまったく恋人同士に見えなくなった。
二人は仲良しでとてもしっくりくるけれど、アスランは白いキラと死んでしまった自分のキラを、きっちり分けて扱っている。
それは白いキラも同じだ。
だから今の二人の関係は、例えるのなら家族。仲の良い姉弟となる。
途端、何故かアスランがキラにひっついているのが面白くなくなった。今までは平気だったのに、胸がむかむかしてきたのだ。

(でも僕だって、もうキラの弟なんだから)

すりっと、アスランとキラの間に割り込むようにしてニコルは姉に抱きついた。
またまた省けにしてしまったことに気がついてくれたのか、キラもニコルを抱きしめ返し、ぽしぽし頭を撫でてきてくれる。

「でもゴメンネ。誕生日プレゼント、準備できてなくて」
「いいんですよ。キラ姉さまの気持ちだけで十分ですし、こんな素敵な姉は何処にもいません。僕、明日がとっても楽しみですv」


明日の3月22日、プラントの最高評議会は正式に地球連邦軍に対し、独立宣言を行う。その時にキラはフリーダムのパイロット『アステール・アマルフィ』としてマスコミに初めて顔を出すのだ。そのお披露目を明日に控え、ニコルは早くこの自慢の姉を皆に見せびらかしたくて仕方がなく思っている。

「キラの名前がアステールに変わるのか。なんか、しっくりこないっていうか」
「そう? 僕は気に入ってるよ。アスの名前にも似てるし」
「アステールは、≪星≫を意味しているんですよ。キラ姉さまの名も綺羅星から取ったって伺ってますし。呼び方は、親しい人達なら今まで通りですから心配なさらないでください。母はオーブ出身ですから、姉さまにキラと渾名をつけてもおかしくないですもの、ね」
「そういえば、俺の『アスラン』も星って意味だよ。どこの言葉か知らないが」
「うわ〜星だらけ、偶然とは思えないね」


アステールは、ニコルが物心つかないぐらい昔に誘拐され、その犯人が乗り込んだシャトルが不運にもテロに合って爆散した。そのシャトルには偶然にもイザーク・ジュールの父も乗り合わせていたため、プラントをあげて徹底的に捜索は行われたが、生存者は絶望だった。ロミナは幼い娘の死を認められず、いまだ行方不明扱いで死亡届は出していない。
その戸籍をキラが貰ったのだ。

キラはあちらの世界では、ザフトでも有名な英雄の癖に、実はブルーコスモスと通じていた裏切り者に命を狙われていたという。ニコルはまだ、そいつが一体どんな人物かを教えてもらっていないが、キラの元いた世界では、自分の出生を恨み、逆恨みで全世界を滅ぼそうと暗躍し、実際人類は死滅しかけたというのだ。

彼女の髪が真っ白になったのも、そいつと死闘し、直後にアスランが世界を救うために自爆したからだという。
自分と数年しか年の違わない少女が、背負ってきた戦いの凄まじさは、きっと、自分の想像を遥かに超えるぐらい悲惨なものなのだろう。

この人を、守りたい。
もう二度と泣かせないように守ってあげたい。
どこかで泣くぐらいなら、また自分の胸で泣いて欲しい。
昨日のように。


(って、ちょっと……、僕、今何を考えて……)

ニコルの頬がかぁっと熱くなる。彼は慌ててキラの腕からするりと逃れた。

「ちょっと失礼しますね。頂いた楽譜を、保管庫にしまってきます」

ニコルはアスランから貰ったプレゼントを箱に戻し、ぺこりと一礼して廊下に駆け出した。
なんで急に火照ったのだろう。それに、今まで平気だったのに、急にキラを見てるとドキドキするようになるなんて。

ニコルはきゅっと唇を引き結んだ。
家族も友人も皆、自分がこのままピアニストを続けると思っているけれど、実はザフトの志願書を手元に取り寄せている。
明日の式典が終わったら、荷物を纏めて直ぐにディッセンベル市へ行き、士官学校へ入寮するつもりだ。
ディアッカとイザーク、それにラスティがザフトに志願した以上、自分もアマルフィ家の息子だ。父の立場を省みて、自分もザフトに入るのは義務だと思っていた。
今までは。


(立派な成績を納め、きっとアマルフィ隊にはいって、姉さまを守る。そう言ったら、キラ……姉さまは喜んでくれますか?)


いつの間にか、姉と呼ぶことにも抵抗を感じ始めている。
自分の急激に変化している心に愕然となる。
そんなニコルの傍を、蜂蜜色の短い髪を振り乱し、ザフトの軍服を着た青年が、どだだだだと地響きをあげて、駆けぬけていく。

(な、なんだぁ?)

ニコルが振り返ると、その青年は迷うことなく、今彼が出てきたばかりの客間に飛び込んだ。



「きぃらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「え、ミゲルさんどうしたの?」
「どうしたのじゃねーよ。あんた、何かお忘れじゃあ・り・ま・せ・ん・か!?」

結局戻ってしまったニコルだが、ソファーでは、ぎらぎら怒りを隠さない軍人がキラの襟首を掴んでいる。
アスランが横に立っていて、キラが殴られることはないとは思うけれど、ニコルとしては面白かろう筈もない。

(こいつ、キラに疵つけたら、殺すからな)

特大の猫の皮を被って殺気を隠し、ニコルはおずおずと声をかける。

「あの、姉さま、その方は一体?」
「あ、うん。彼はミゲル・アイマンさん。一応僕の副隊長さんになってくれる予定だけれど…」
「隊長、明日は一体なんの日でしたっけ?」
「あう〜、えーとプラントの独立宣言およびネビュラ勲章の授与式」
「だな。で、そのリハーサルはいつ?」
「えー、そんなのあるの? 僕、聞いてないよぉ」
「ざけんな、俺は確かに伝えた。しらばっくれんじゃねー!!」
そんなとっぽいキラの態度に、とうとうミゲルはブチ切れた。

「あんたが作法も立ち居振る舞いも完璧にできるっていうのなら、誰もこんなセッティングなんてしやしねーよ。戦艦の中だって、後で後でと全部先送りにしやがってた癖に、俺が休暇つぶして士官学校の特別寮を手配したって、ばっくれて家に帰っちまった挙句、リハまでさぼりやがって。聞き流しやがったなこらぁ!!」
「落ち着いてください。そりゃ、貴方の好意を踏みにじった姉さまに問題あると思いますけれど、今は怒ったって仕方ないでしょう」
「ニコル君、優しい♪」
「うるせー、そこの綿飴頭、キラを甘やかすんじゃねー!!」

初対面でこの暴言、ミゲルがキラの副官になるのでなければ、速攻簀巻きにしてどこかの川に捨ててくるものを。
今日は朝から色々忍耐を試されている気がする。
ニコルが怒りを我慢しているのとは逆に、ミゲルはますますエスカレートする。

「あんたがいくら俺の隊長に就任するからって、今はまだ俺のほうが先輩ザフトだ。あんたな、教育を任されている俺の面子を潰すな!!」

今まであっけにとられていたアスランが、ようやく復活した。

「キィーラ、お前、今まで何やってたんだよ。ああもう!!」
「え、アスランは関係ないじゃん」
「馬鹿、お前だけの問題じゃない。お前が明日恥かけば、その映像が全プラントに流れるんだぞ。アマルフィ家だって面目丸潰れだ。自覚しろ!!」

彼は逃げ出そうとしたキラの襟首をむずとつかみ、がっしりと羽交い絞めにする。

「ミゲル、こいつに何を仕込むんですか? 私も手伝います、キラの扱いは慣れてるし」
「アス、僕は犬か!!」
「うう、ありがたいけれど、お前軍属じゃねーし」
「国防委員長の息子ならザフト施設内にだって入れます。今から父に許可もらいますから」
「できるか?」
「ええ、私の父は立派にキラ馬鹿ですから。彼女が明日恥ずかしい思いをするぐらいなら、逆に逃げないように見張っていろと言いますよ」
「そうか、助かる。んじゃまぁ、士官学校の特別寮に行くぞ。エアカーは玄関につけてある」
「了解」

そのまま、キラはアスランの肩に荷物のように担ぎ上げられ、連行されていってしまった。
ニコルは額を押さえた。

キラ姉様は、あまりに頼りなさすぎる。

(式典、明日、本当に大丈夫なんでしょうか?)



05.08.14




白アスラン編を書きかけていたら、先にプラントを進めなければ話にならないことに気づき、慌ててウチコしました( ̄― ̄)θ☆( ++) 

初対面のキラが、ニコルに抱きついて泣くのは……、自分が殺してしまった彼への謝罪です。ニコルは勘違いしているから当然気づいていませんが( ̄ ̄▽ ̄ ̄) ニコッ

白キラのプラントの日常生活紹介、全三話です。次は誰の視点にしようかな〜♪

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