目指せアマルフィ隊 2
イザーク・ジュール2
ガモフの展望室で、ふよふよ漂いながら宇宙を見るのがキラのお気に入りだ。丸くなって眠っている時もあるが、大抵は物思いに耽っている。
イザークも、普段キラがここにいる時は、声をかけるのを遠慮するが今日は別だ。しかもいつも彼女に貼りついている邪魔なデコもいなくて、すっかりとご満悦になる。
「キラ嬢。初戦を飾ったガモフのクルー全員に、食堂のコックがごほうびだそうだ」
貰ったりんごを一つ、キラに向かって軽く投げると、彼女はきゃああああ♪と歓声をあげた。
農業プラントが生産を頑張ったおかげで、慢性的な食糧難に陥りつつあったプラントの食状態はようやく潤い始めた。とはいえ、軍艦の食事情はいまだわびしい。
原因は、ザフトが戦う兵士を飢えさせぬようにと、保存食を大量に備蓄していたからだ。このご時世、食べ飽きたから捨てるなどの暴挙は論外、よって買い込んだ食料を消費しなければ次ぎは入荷するはずもなく、結果、軍人たちのメインの食事は、クッキーみたいな硬いパンと、お湯で溶かした固形スープばかりだ。
そんな環境では、新鮮な果物も最高の贅沢品となる。
目を輝かせたキラは、両手で真っ赤なりんごを持ち、ハムスターのようにシャクシャクと齧りだした。
「うう、おいしい♪ 僕幸せ〜♪ 届けてくれてありがとうイザーク♪」
日頃はこのようにほんわかしている彼女だが、一度モビルスーツに搭乗すると戦女神となる。
敵艦隊を一方的に制圧する様は、まるでゲームの画面を見ているようで現実味を帯びない。普通ならばどんな戦場でも命の保証はなく、死の恐怖に不安がつのる筈なのに、彼女がいる限り安心だと、そんな絶対の信頼を持ってしまう。
だから、イザークは今、自分がとても歯がゆくて情けなかった。
「俺は、少しでもキラ嬢の心の慰めに、なっているのだろうか?」
「うん? 当然だよ♪ 僕、イザークがいてくれて嬉しいもん。同年代の友達って話しやすいし、プラントは初めてだから、色々教えてもらえるし♪」
素直なキラは、表情が全部顔に出る。
そんな裏表のない彼女の前だから、イザークも自然くつろげ、心が温まる。
「そうか、キラ嬢はオーブ出身だったな。ナチュラルだらけの環境では、さぞかし住み心地も悪かっただろう。気の毒に」
イザークも自分のりんごをしゃくりと齧り、宇宙をぼーっと眺めだす。ふと、視線を感じて振り向くと、いつの間に食べ終わったのか、キラが上目遣いでこちらをじぃ〜っと見ていた。
10センチも身長差があり、心奪われた異性からそんな可愛い目線を向けられれば十分凶器だ。純真なイザークの頬もうっすらと染まった。
「キ…、キラ嬢、ど、……どうかしたのか?」
「んー、そうだ、プラントに攻めてきたナチュラル10人が目の前にいます。貴方ならどうしますか? はい、イザーク答えて」
「殺す」
拍子抜けする色気のない質問に対し、即答してみた。途端、キラの大きな紫色の瞳が、こぼれんばかりにまんまるくなる。
「か、過激だね」
「そうか? プラントに住むコーディネーターなら、大概俺と同じ意見だろう」
なんせ地球軍は特権階級にいるナチュラル……、ブルーコスモスの手先である。
コーディネーターを地球から追い出し、コロニーで危険な資源発掘作業に従事させ、同胞が汗水たらして作った豊富な宇宙資源を一方的に搾取しつづけた癖に、自分たちが勝手に決めたノルマが達成できないからといって、農作物の輸出を禁止し飢えさせた卑劣さは許しがたい。
また、同胞を餓死させぬように、プラントが一致団結して自給自足を目指し、ユニウス7のような農業コロニーを作れば、それを破壊しようと核を撃ち込んでくる。
キラが間に合わなかったら、イザークはたった一人の家族を失っていたのだ。
民間人しかいないコロニーに、平気で核攻撃をしかけてくる、そんな蛮族、殺して何が悪い。
「僕は、できれば殺したくない。殺さなくて済むのなら、殺さない道を選びたい」
「キラ嬢、ならば我々は、ずっと隷属を受け入れるのか? 人格を否定され、空の化け物と見下され、そんな我らと対等に付き合おうともしない奴らに、いくら情けをかけたって、また戦場に舞い戻って我々の仲間を殺すぞ」
だから先程の初戦、ミゲルやオロールのジンが、地球軍のモビルアーマーに止めを刺そうとしたとき、キラが片っ端から邪魔して兵士を捕虜にしていった事は、イザーク的には大層不満だったのだ。
「イザーク、僕は第一世代のコーディネーターだよ。両親も友人も、アスランの一家以外は殆どナチュラルだったけれど、皆、本当に優しい人達だった」
「生憎、俺の周囲には良いナチュラルなどいない」
「イザークのおじい様やおばあ様は? エザリア様や君に優しくなかったの?」
優しい穏やかな声音で尋ねられれば、自然と自分が幼い頃に亡くなった二人をついつい思い出す。
祖父母はとても優しかった。それに貴族でありながら、ブルーコスモスの奴らのように排他的な思想にかぶれず、子供の可能性を延ばすため、生まれる我が子をコーディネーターにした。
結局それが仇となり、親戚や貴族の友人連中から爪弾きにされたが、エザリアを大切にしつづけた二人は、娘の身が横行しだしたテロにより、危なくなると察知するや、さっさとプラント建設に全私財を投じ、潔くコロニーに永住を決めてしまった。
母が恋して連れてきた男が、何の地位もない平民出の考古学者でも、娘が望むならと婿に迎えたし、孫のイザークも溺愛してくれた。
ゆるぎない信念を持ち、家族に愛情を注いだ素晴らしい祖父母だったと思う。
「キラ嬢。俺の尊敬する祖父母と、地球軍に汲みする卑怯なナチュラルとなどと同列に扱わないでいただきたい。貴方でなければ怒っていた」
「ふふ、じゃ、いいナチュラルもいるってことを、イザークは知っているんだよね。良かった♪」
「うっ!!」
墓穴を掘ってしまった。
キラは人の顔を眺めてにこにこ笑っている。
「ナチュラルにもいい人は一杯いるし、きっと地球軍の中にもやむなく命令に従っていて、心では泣いている人もいると思う」
「ありえんな。心で泣いたって非道を止める行動に移せないなら卑怯者だ。実際、奴らは民間人しかいなかったユニウス7に核を撃った。そんな者達のどこに良心がある?」
「イザーク、相手を信じなかったら信じてもらえないよ。だから僕は信じ続ける。今度こそ、プラントは多くの犠牲を払わずに、ナチュラルと対等の独立国家になるんだ。賛同してくれる人はきっといる。戦いなんて誰も望んでいないって信じている。だから僕は頑張れるんだ」
キラの目には迷いはなかった。
食べ終わったりんごの芯を、ポケットに入っていたティッシュでくるりと包み、「じゃ、僕、フリーダムの整備があるから、ごちそうさまねイザーク」と、床を蹴る。
彼女の背中はピンと伸び、顔つきまで凛々しく変貌し、先程までの柔らかさは消し飛んだ。
イザークは、正直そんな正論は、単なるキラの理想だと思っていた。
だが彼女は誰に詰られても不殺を貫いた。戦いが終わってみれば捕虜獲得数はザフト史上初で、彼女を手伝ったガモフの乗組員全員、ホープ勲章が与えられることにもなった。
自分の理想のために驀進する彼女は美しかった。
だからイザークも、ぎこちない操縦で見苦しく無様にジンを動かすしかできなくても、彼女の助けになることが誇らしく、喜びとなった。
戦いが終わる頃、イザークの心はもうキラしか見えなくなっていた。
☆☆
士官学校の寮は、手狭だが個室が与えられている。
机とベッドの他には小さな本棚とクローゼット、そしてシャワースペースのみ。戦艦の居住区を意識して作られているので、ガモフで一月暮らしたイザークには、直ぐに馴染めそうだ。
彼は早速クローゼットを開け、着替えと本しか入っていないスーツケースを放り込むと、直ぐに紺色の制服に着替えた。今着てきた緑の軍服は、もう二度と着るつもりもないものだが、キラ嬢と共に戦った証だから、大切な記念にとハンガーに吊るして飾っておく。
「ディアッカ、直ぐに校内を案内してくれ。早々にカリキュラムを組んで、自主トレーニングに入りたい」
「おいおい、イザーク。お前ガモフを降りたのだって昨日だろう? 長旅の疲れも残っているし、明日は式典だぜ。それが終わってからでいいんじゃないの? まず荷解きしろよ。俺、ドリンク貰ってくるからさ」
自分よりも二週間早く入寮した彼は、兄貴肌な性格も手伝って、妙に甲斐甲斐しい。
だが、イザークは被りを振り、さっさと廊下へ歩き出す。
「イザ、お前なにを焦っているんだ?」
早足で歩く彼に追いついたディアッカは、既に呆れ顔だ。
「単位を早く修得できれば、履修のスキップは可能だ。俺は一日でも早く赤を貰い、キラ嬢の元に戻りたい」
むっすりと口を引き結んだイザークは、早足で歩く途中、偶然にもガモフで自分が一番良く利用した施設を見つけた。
モビルスーツのシュミレーションルームだ。
明日のプラントの独立宣言を控え、今日士官学校は休校の筈。なのに広い部屋に30機しつらえてあるMSのシュミレート機は、今フル稼働で生徒が自習に使っている。
負けていられない。
ガモフのパイロットは今現在、キラ、ミゲル、オロールしかいない。キラがいくら圧倒的に強くても、戦力が乏しいのは明白だ。
キラが隊長となり、新隊が結成されるとなると、式典後の人事でパイロットの増員が予想される。
時間が経てば経つほど、彼女を守るナイトは確実に増え、士官学校を卒業したてのルーキーの出る幕はなくなるだろう。
自分の居場所が奪われていく前に、何としてでもガモフへ帰りたい。
「俺がこの手で彼女を守るんだ。この役目は誰にも譲りたくない」
「……おい、お前マジで惚れたの??……うわっ、天変地異の前触れ♪」
ディアッカの垂れ目が、ますますやに下がる。
「なぁ、アステールってさ、一体どういう娘? 可愛い? 綺麗? それとも色っぽい…はぐぅ!!」
いい笑顔で擦り寄ってきた親友の腹にきつい一発をお見舞いする。
「あの方を、邪な目で見ることは俺が許さんと言ったろ!!」
「だって気になるじゃん。イザの心を掴んだ娘って、俺初めて聞いたぜ。それがあの『白きアテナ』ともなるとさ、競争率高いだろうし、親友の恋は応援したいし、やっぱどんな娘か気になるだろ?」
「所詮、父親の最新型のモビルスーツを盗んだ犯罪者じゃない。素人でも操縦できるフリーダムを乗り回して英雄気取り、反吐がでるわ」
「何だと!!」
悪意に満ち満ちている声に、イザークの低い沸点が瞬時に臨界点を突破する。
振り返ると、燃えるような赤毛を腰まで伸ばした女が、憎悪に燃えたきつい目で、イザークを睨んでいた。
「お前、フレイア・ハート?」
どうやらディアッカの知己のようだ。紺色の服を着ている所を見ると、自分と同期になるかもしれない。
だが、キラに対する暴言は許しがたい。
「女、撤回しろ」
「ふん、本当のことじゃない」
「撤回しろと言っているのがわからんのか貴様ぁぁぁぁ!!」
「あ、やっぱりイザークだ♪」
入り口の自動ドアが開き、ぴょっこりと、白銀の遅れ毛を揺らした少女が首を覗かせ、やっほーと手を振る。
「イザークの声って、凄く通るから解りやすいね」
「単にヒステリーで声がでかいだけだよ。まぁ、防犯ベル程度には役に立つんじゃない?」
「…アスラン、なんでそうイザークにだけ黒いかな?」
真っ赤な趣味の悪い原色コート、そのポケットに、手を突っ込んだ宿敵などどうでもいい。
問題はキラだ。
白い髪は丁寧にくし削られた後、黄色の細いリボンとレースで花びらのように飾り立てられている。紫の瞳にあわせ、白地に淡い黄色と紫の小花が散りばめられたフェミニンなふわふわワンピース姿のキラは、どっから見ても成人前のお子様のようだ。
ここは一応ザフトの士官学校なのに、何故そんな私服姿で現れるのだ?
「あれが、アステール・アマルフィ? 嘘だろ?」
呆然自失したディアッカの呟きは、多分ここにいる全員の心の声だった。
06.02.26.
長い〜(  ̄ ̄∇ ̄ ̄; )。
しかも遊びすぎた。アホです。( ̄― ̄)θ☆( ++)
次でイザーク編は終わります。
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