目指せアマルフィ隊2

イザーク・ジュール5





ガモフでザフト兵が一人、反乱を起こそうとした地球軍の捕虜に射殺された。それが、あの戦艦の唯一の戦死者だった。
それがまさかフレイアの兄だったとは。


「ホープ勲章なんかいらない。捕虜なんて交換してくれなくていい。兄さんを返して、返せ!! 人殺し!!」


狂女と化したフレイアが、更に呆然自失しているキラに飛び掛る。
アスランが身を挺してキラを腕の中に抱き込むが、彼女の平拳がアスランを容赦なく殴る。


「……フレイア、止めろ……」

イザークは、ディアッカと二人がかりで彼女を羽交い絞めにした。怒鳴りつけるのではなく、気を落ち着かせようと諭すように、止めろと繰り返す。
先程の憤りはもはや無かった。心にあるのは、彼女に対する同情だけ。
ザフトを勝利に導いたガモフで、戦死者が自分の兄一人だけなんて、遺族なら確かに納得できまい。

「あのさ、普通なら捕虜捕まえてきた奴を責めるんじゃなくて、捕虜に銃を奪われたものの管理責任問わない?」

ディアッカの言い分は正しい。けれど、感情的になっている女には通用しまい。
事実、捕虜さえガモフに連れ込まなければ、反乱など起こるわけが無かったのだ。フレイアの憤りも理解できるから。

アスランの腕に抱きこまれていたキラが、呆然としてフレイアを見上げていた。
切れた唇を、アスランが甲斐甲斐しくハンカチで拭っているが、彼女の大きく見開かれたすみれ色の瞳に、じわりと涙が滲んでいる。


「私の兄さんを返して。返してよぉぉぉぉ!!」
「フレイア。いい加減にしろ!! デューンが死んだのは、アステールのせいじゃない。あいつの運が悪かっただけだ」
「ミゲル!!」

緑の軍服を着たハチミツ色の髪の青年が、真っ直ぐにフレイアの元に駆けてくる。
フレイアは、涙で濡れたきつい瞳で、ぎりぎりとミゲルを睨みつけた。

「貴方がそんなことを言うなんて、見損なったわミゲル!!」
「フレイア、落ち着け」
「私は何一つ間違ったことは言ってない。この女が手を抜かなかったら兄さんは殺されなかった!! そうでしょ!?」
「世界樹の攻防戦は、アステールがフリーダムに乗って参戦してくれなかったら、お前の兄どころかガモフが沈んでいたかもしれないし、軍ももっと被害が出ていた。だから彼女は功績を讃えられて、ネビュラ勲章を授与されるし、新隊も任されるんだろうが。
軍が認めた彼女のことを、気に入らないと罵るのなら、お前にザフトの席はない。
さっさと学校を辞めて家に帰り、デューンの代わりに親孝行してやれ」

フレイアの顔色が変わった。
彼女はイザークの手を振り払い、ミゲルに掴み掛かった。

「冗談じゃないわよ。私が兄さんの仇を取るんだから!!」
「なら口を慎め」
「嫌よ」
「じゃあお前は一体どうしたいんだ。はっきり言うが、アステールはお前に誹られるいわれはないし、彼女にお前が謝罪を求めるのも筋違いで、お前の罵りも罵倒も単なる八つ当たりだ。これ以上アステール・アマルフィに言いがかりをつけるのなら、俺は俺の権限で、お前を上官侮辱罪で謹慎させるぞ」
「私の何処がいいがかりよ」
「全部だフレイア。俺は今日からアマルフィ隊の副隊長で、彼女の旗艦はガモフになる。俺達が補佐する隊長を、真っ向から侮辱するお前を、許すわけにはいかないんだ。この大事な時に謹慎食らったら、お前、もう赤服は着れないと思え」
「………卑怯よ!!」

丸めた拳を勢い良くミゲルに叩き込もうとするが、錯乱した少女など、彼の敵ではない。
ミゲルは、易々とフレイアの手を後ろ手に捻り上げ、背後から肩を掴み、壁に押さえつけた。

「ミゲルの裏切り者!! 兄さんとあんなに仲よかった癖に……、どうして皆して、その女を庇うの? どうしてよぉぉぉ!!」

悔しさに号泣しだす女に、もうかける言葉もない。

「おいお前ら、フレイアをさっさと連れて行け」

ミゲルの命令に、成り行きを唖然と見ていた士官学校の生徒がわらわらと動く。フレイアは友人らしき五人によって、直ぐにこの部屋から連れ出された。

キラは、フレイアがいなくなった後も、アスランの腕の中で静かに涙を零していた。

「ほれ、隊長。泣いてたって何にもならねーんだぞ」

ぽしぽしと、ミゲルの大きな手が、キラの白銀の髪に落ちる。

「ミゲルはあの人の、死んじゃったお兄さんと、友達だったんだ……」
「ああ、デューン・ハートと俺は、同い年の同期で結構親しかったからな」
「僕のこと、憎くないの?」
「戦争なんだから、仕方が無いでしょ。大勝利でも、犠牲は必ず出る。フレイアだって、きっといつか判る」

「判らないよ、僕……。僕はあの人、フレイアの気持ちと同じだから」

「キラ嬢?」

「他に誰が助かったって意味はないんだ。自分にとって大切だった人が帰ってこなかったら……、仕方が無いだなんて、納得しろって言われたって、無理だよ……僕」

キラの目に溢れた涙が、静かに頬を伝って零れていく。

「……何千人の命を救ったって、かけがえのない一人の命を守れなかったら意味はない……だって、顔も知らないコーディネーターの命より、僕には彼が大切だった。彼が自爆して何万人の命を助けたって、僕は彼を誇れなかった。だって僕は『アスラン』を愛してた……、僕を置いて逝くなんて…信じられない」

焦点が合わない瞳は、一体今どこを見ているのだろう。
ぽつりと呟く姿も痛々しい。

「見知らぬ他の誰かが何人助かったって、戦争が終結したって、『アスラン』が死んでしまった世界は、僕にとって意味がなかった。勲章なんか貰ったって、英雄だって褒め称えられたって嬉しくもなんともない。彼が生きて、僕の元に帰ってきてくれなけりゃ………、生きる意味はなかったんだ」

ポロポロと、零れ落ちる雫に目を奪われる。
恋した男を想って一途に泣く、純粋な涙は美しかった。

「キラ嬢」

どうやって慰めればいい?
おずおずと手を差し伸べたが、その手は邪魔なデコの手により払い除けられた。

「『アスラン』」

そっと、彼の態度を嗜めるように、キラの白い手がアスランの右手に重ねられる。
けれど、そのまま彼女の手は、彼の手を離さない。まるで生きている温もりを確かめるように、愛しげに両手で包み込む。

イザークはキラの表情に息を呑んだ。
彼の右手を包み込むようにして胸に抱いた後、虚ろだった瞳に、突如意志の光が灯る。


「他の誰が泣こうが喚こうが、僕はもう二度と迷わない。僕は僕の大切なものを失いたくない。全てを守るなんて傲慢だしできっこないというのなら、僕は僕の守りたいものを守る。誰を泣かしたって誰に恨まれたって、僕はもう二度と『アスラン』を殺さないし殺させない、僕の邪魔をする奴は許さない。この手で何人殺したっていい。『アスラン』が助かるのなら。もう、僕は『アスラン』が死ぬ未来は嫌だ」


瞬間、彼の足元は崩壊した。
この憎しみを、どう表現すればいい?
己の心に住むたった一人の女性が、よりによって自分の目の前にいる男のみしか視野に入っていないと見せ付けられて、イザークの胃の腑は焼けるように煮えくり返り、目の前が赤く染まった。
アスランを、今この場で殺してやりたい。
ここまでキラに想われている男が、この世に存在するのが許せない。

だが、キラに右手を捕らわれたアスランは、彼女の好きにさせつつも、皮肉に口を歪めて苦笑している。

「キラ、お前はもう少し人目を気にしろ。俺は一応婚約者持ちだし、お前の『アスラン』と俺をごっちゃにした奴が、勘違い光線を振りまいている。まぁそんな所がキラらしいんだけれど♪」

途端、キラもぷくっと頬を膨らませる。

「いいの。もどきは黙って守られてろ。君、戦場にのこのこ出てきたら絶交するからね」
「煩いダミー。式典が終わったら、俺は絶対ザフトに戻ってやる」
「くるな。君の席はもうガモフにはない」
「お前の事情なんて知るか。俺は赤貰ってどっかの戦艦に配属されるよ」
「ふざけるな。だったら絶対ガモフに呼ぶから、僕から離れるな。守るから、絶対に」
「まぁ、好きにしろ♪」
「ふん♪」

口調は辛らつなのに、アスランとキラの表情は晴れ晴れとしている。
ディアッカが交互に二人を見た。

「何、『アスラン』って、別人のことぉ? おいおい、お前ら恋人どうしじゃなかったの? 」

「誰が?」
「冗談」

二人同時に完全拒否している。
途端、ディアッカはニコニコとっても良い笑顔で、ポンっとイザークの肩を叩き、彼の耳に口を寄せた。

「良かったな、イザーク」
「何がだ」

この場でボソボソ、ナイショ話を仕掛けてくる彼が鬱陶しい。

「だから白きアテナ。今フリーじゃん。死んだんだろ? あの子の大事な『アスラン』は」
「はぁ? 貴様の目は節穴か」

あんな仲睦まじく、気心知れているのに?
今、自分は見せ付けられた嫉妬で、気が狂いそうになっているのに?

「はぁ、これだから純情一筋できた男は。どっから見ても恋愛しましょうちぃぱっぱな雰囲気じゃないじゃん。ザラ議員の息子は、死んじまった恋人の身代わりなんだろ。友情よりは親しいけど…、って言うよりも親しい身内、嫌兄弟だぜ、ありゃ」 
「うう、嘘だ」
「信じろって、今後の協力者だぜ、俺は♪」

確かに自分は人と付き合うより本を好んだ為、恋愛経験は皆無だ。逆にディアッカは今まで豊富に遊んでいる。

「という訳で♪」

ディアッカは、にかっと笑って大きな手のひらを差し出してきた。

「お前の親父秘蔵の、ブルゴーニュ産赤ワイン1本で手を打ってやる」
「貴様!! あれは母上の許可がなければ……」

故人となったエリック・ジュールは、考古学者であると同時に、有名な酒のコレクターでもあった。地球にちょくちょく降り、人好きのする性格のお陰か、旅の行く先々で色んな酒を手にし、土産で持ち帰った彼のコレクションは、どれも貴重な銘酒である。

「いいじゃん、俺だって樽でよこせなんて無茶言ってないし。明日お前は勲章貰うんだろ。ザフト仕官学校入校のお祝いにって、エザリア様に強請ればなんとかなるでしょ♪」
「ううううううう」

自分が奥手であることは、重々承知している。
そして、アステール・アマルフィとなったキラは、明日の式典を境に、マスメディアに映像が解禁となる。白きアテナはザフトの女神だ、ライバルはますます増える筈。
協力者は欲しい。
ディアッカは軽そうに見えるが、人情味のある義理堅い男だ。これ以上の味方はいないだろう。
イザークは、ディアッカの手の平に、丸めた拳を軽く叩き込んだ。
幼馴染な二人だけに通じる、契約締結の合図である。

ディアッカと取引を纏めている間に、あっちも今後が話し合われたようだ。

「じゃ、俺達はこれで行く。イザーク、また明日な」
「キラ嬢はこれからどちらに?」
「今日は同じ構内にいるよ。今から明日の式典訓練だって」

心底嫌そうに、項垂れているキラが可愛い。
そんな態度のキラの横で、ミゲルはガシガシ頭を掻き毟った。

「今から敬礼のやり方からレクチャーだぜ、全く、軍人の心構えもできてないし、軍規も一通り頭に叩き込まなきゃ駄目、でも白服着るんだよなぁ隊長は」
「うっ」
「アマルフィ隊のデビューなんだから、あんまり俺達に恥かかせんじゃねーぞ」
「ううううっ」

イザークも、キラはそういう堅苦しい事が、一切受け付けないことを聞いていた。

「……間に合うのか?……」
「間に合わすしかねーだろ。そのためにアスラン・ザラまで引っ張ってきたんだ。キラの恥は隊も連帯責任だ。俺だって、アマルフィ隊の初仕事が、隊長共々始末書なんてかっこ悪い真似はゴメンだぜ」

「その前にミゲル、キラの顔を何とかしないと。氷か冷却シートって貰えますか?  このままほっといたら、多分明日の朝は頬が腫れて人相変わりますよ」
「げっ、そりゃまずい。取ってくるけど時間無いから、俺が戻るまでにこれ見ておけ」

ぴらっと、数枚のレポート用紙が手渡される。ダッシュで消えたミゲルに、キラはひらひら手を振って見送った後、いそいそと用紙を捲りだす。
明日の行程予定表と、式典会場の座席表だ。

イザークは士官学校の生徒になったが、ホープ勲章が授与されるので、ガモフのクルーと同じく会場の最前列に席が設けてあった。また、イザークの隣はアスランで、思わず「嫌がらせか?」と、互いが呟いた。

「まぁ、お前らは民間人と生徒なんだし、妥当じゃん。えーっと、姫さんは何処かな?」

笑いを隠さず、ディアッカが陽気にキラの名前を探している。

「おお、あった。アステール・アマルフィは……、流石♪ 壇上でザラ国防委員長の後ろか♪」

だが、キラはまたもや涙目になっていた。
まぁ、5万人が一堂に集まる会場で、最初から最後まで壇上にいるのは、奥ゆかしいキラが臆しても無理は無い。

「大丈夫だ。キラ嬢の右隣はお父上だろう?」
「で……、でも、このラウ・ル・クルーゼって…、あの、仮面の…」

イザークは、ザフトのトップガンである、ラウ・ル・クルーゼの怪しい風貌を思い出した。
昨年、顔に消すことのできない傷を負い、軍務中でも仮面の着用が認められたのだが、目鼻をきっちり隠す、昔の貴族が仮面舞踏会に使うようなアレは、歴史に慣れ親しんだ自分なら馴染みがあるが、見慣れないキラには確かに怖いだろう。

「キラ、クルーゼさんは怖くないから」
「アスラン、知ってるの?」
「ああ、彼は父の有能な部下だよ。俺も数回一緒に食事をしたことがあるし、つかみ所が無い人だけど、父はかなり頼りにしている」

アスランは、キラを安心させるように優しい笑顔を浮かべた。
面白くない。

「式典はほんの二時間で終わる、だから大丈夫だ」

イザークは、拳をきつく握り締めた。
誰よりもキラに頼りにされる存在は、いつかこの自分がなってみせる。
アスランなどに、負けはしない。



☆ ☆



息苦しい。遠くで誰かが囁いている。
喉に手を宛がうが、やはり息が吸えなかった。

まるで水中をもがいているようで、耳を打つ鼓動の音も弱弱しい。


野太い男の声だ。耳障りで気に入らない。

「…………う〜ん、焼け焦げてドックタグがよく読めないのですが、シャニ……、なんとか。階級は少尉ですね」

自分の名前だ。
それで気づいた。
さっきから、この耳障りな音を発する奴らは、自分のことを話題にしているらしい。
うざい。
だるい。
眠い。
苦しいし、もうほっといて欲しい。
なのに耳障りな騒音は、なかなか止まない。

「しかし女? これがかね?」
「薬物実験のせいでホルモンバランスが狂ったのでしょう。コーディネーターを士官にしたてあげて人体実験とは、北大西洋もえげつない真似をするものだ」
「嫌、奴らは良い所に目をつけた。軍属なら何をしても命令で済む。非人道的だと騒がれずに堂々とな。我々ユーラシアも早速見習わねばならん。カナードの奴に、軍の認識番号を与えてやれ。階級は……少尉で構わん」

「では、ガルシア指令。こちらのザフトの兵士はいかがいたしますか?」

目がなかなかあけられないので見えないが、横のベッドに誰かが横たわっている気配がある。

「DNA鑑定の結果、彼女と彼は99.99パーセントの確率で姉弟です」


弟?
この自分に弟?

……弟って、なんだっけ?
クロトみたいな奴のことかな?

チンマクテウザイ、犬ッコロミタイナケタタマシイノト一緒ニスルンジャネェ。
ニコルハオ人ヨシナ天然ナンダゾ。

にこる?

知らない名前なのに、なんで自分は知っているんだろう?
心の中に、もう一人別の自分が住み着いているようだ。
息苦しかったが、うっすらと目を開けて横を見ると、呼吸器を当てた包帯ぐるぐる巻きの少年がいる。
クロトのようなオレンジの髪じゃなかったし、死に損ないなので弱々しい。
白銀の珍しい巻き毛が綺麗だと思った。

「…生かしてやれ。姉弟で人体実験ができる。軍に協力を申し出るコーディネーターは貴重なのだ…」

熊の咆哮のような豪快な笑い声、やっぱり騒音だ。
シャニは再び目を閉じた。

考えるのは苦手だ。難しいことは、オルガに任せておけばいい。
自分の鼓動が酷く耳に障る。

いっそ、こんな音、止まってしまえばいいのに。
そしたら、楽になる……かな?

…………ソンナワケネーダロ、シッカリシヤガレ俺!!




☆ ☆


無気力な自分に腹を立て、悔し涙で目が覚めた。


赤道に近い亜熱帯の島オノゴロ、戦火に焼かれた中央都市部から遙か遠く離れた海岸沿いの切り立った崖には、廃墟となった古城に並んで平屋の少し大きめの民家が一軒建っている。
見かけは普通の家だが、中に一歩入れば壁や棚一面に怪しげな石とか土偶とかがガラスケースに収まり、ゴロゴロ飾ってあって結構不気味だ。
いまや博物館なみに多くなった父親の発掘してきた遺跡の破片に囲まれる中、淡いオレンジ色のベッドで眠っていたアステールは、涙で滲んだ目を拳で拭った。

霊媒体質の彼女は、今までも向こうの世界をしばしば夢で『見て』いたが、もう一人の自分と夢でシンクロするのは初めてだ。
この世界のアステールが生きていたのにも驚いたが、よりによって性別と名前変えられて地球軍のパイロットになっていたなんて、プラントが必死で探しても見つからないわけだ。
別世界にこうして飛んでる自分が言う台詞ではないが、どこまでついていない女なのか。
まぁ、ブリッツで爆死した筈のニコルも助かっていたようだし、彼は曲がりなりにもエリートの証の赤服を貰ったぐらいだ。姉弟力を合わせて、自分の身は自分達で助けろと、心の中でエールだけ送ってやる。


(後で親父と『鯨石』見に行ってくるか。何か『呼びかけてくる』かもしれねーし)


なにか手がかりがつかめるかもしれない。
サイドボードに投げ出してあるディスク・プレイヤーに手だけを伸ばし、いつも聞いているデスメタルではなく、ニコル・アマルフィのピアノをかけようと、引き出しを開けてディスクを探す。
ものぐさにもぬくぬくした布団に横たわったまま手探りで探しているので、なかなかお目当てのものが見つからない。


「アステール、いい加減に起きろ!!」
エリック・ジュールの鋭い足蹴が背に決まる。

「うげっ!!」


腹ばいでベッドで寝ていたアステール・アマルフィは、咽こみながら起き上がった。
そして、すかさずひっつかんだ枕を投げつけた。
飄々とした養父は、人の悪い笑みを浮かべ、ふさがった両手も使わず軽やかに避ける。

「こら、パパに向かってお行儀悪い」
「うざい事するな」

アステールは、がしがし頭をかきながら胡坐をかく。

「ああああ、僕は悲しい」
「あん?」

養父は両手に一つずつ持っていたコーヒーカップをサイドボードに置くと、白銀の短い髪を振り、盛大によよよと泣き崩れる真似をする。

「僕が厳選して選び抜いた、最高級のナイトウェアなのに。どうして君はそういう格好をするのかな?」
「気にするな」

水色のレースひらひらネグリジェも、使用者がアステールでは、宝の持ち腐れである。
彼女は下着が見えようが構わずに、エリックを見上げた。

「『アッチ』、四人いったぜ」
「何が『見えた』のかい?」

エリックは早速、自らがオリジナルでブレンドしたコーヒーを、彼女に一つ手渡した。
アステールはどちらかといえば、刺激のある炭酸水を好んで飲むが、養父が自信をもって作った新作を、批評してやらなければ盛大に拗ねてしまう。

「んー、前にロウ達が保護したストライクのパイロットが見えた。後、ザラ議長の息子がオーブに保護されてたな。それから壊れてる俺が、瀕死のニコルと一緒に地球軍に保護されてた……」
「ふむふむ」

「俺と弟、そのまま軍属にして、薬物の人体実験するってさ。こえー」

カラガッシャーンと、エリックの手からマイカップが滑り落ちた。
養父お気に入りの虎柄だったが、アステール的には趣味が悪いので、割ってくれてありがとうな感じである。

「親父、後ちゃんと床掃除しておけよ」

エリックは、両手で髪をガシガシ掻き毟った。

「君はどうしてそんなに冷静なんだ。大事じゃないか!!」
「知るか。あんな無気力な俺。解剖でもなんでもされちまえ」
「おいおい、アステール」

その時、隣の部屋からアイリーン・カナーバの停戦宣言が流れてきた。
つけっぱなしのテレビから、戦争終局の放送が入る。

ザラ議長に与していた議員が全員拘束された……と、解説者がもののついでに語ってくれたが、アステールには十分だった。彼女は忌々しげに目を眇めた。

「強硬派は全員逮捕だって。父さんも馬鹿だね。中立のままいりゃ助かったのに」
「娘に続いて息子まで地球軍に殺されたと思えば当然だ。ユーリは家族を本当に愛してたからな」
「そういう親父はどうする? エザリア小母さん捕まっちゃったけど」
「生憎、この世界のエザリアは僕の妻じゃないんでね。僕の分身にお願いするよ」
「はっ。てめえの息子が配属されてきたっつーのに、愛人と一緒に出撃した馬鹿虎に、嫁助ける甲斐性があるわけねーだろ。丁度良い、通信機かせよ。今親子揃って宇宙にいるんだろ。俺、イザークに『てめぇの失踪した親父、エターナルにいるからボコってきやがれ』って、ちくってやる」


「こらこら、よしなさい。話がややこしくなる。アンディは記憶を失っていたんだぞ」
「今はあるだろ」

ラゴウが撃墜された後、彼は記憶を取り戻したが、もう後の祭りだった。
アンディはクライン派、エザリアはザラ派の広告塔で、しかも『エリック・ジュール』のみを一途に愛してきたエザリアと異なり、いくら記憶を失っていたとはいえ、愛人を囲っていた夫をエザリアは許せなかったのだ。


「だからだよアステール、大人の事情も察してやれ。今更「俺が父親でした」なんて名乗れるんだ?」
「名乗る機会があるんだろ、いいじゃねーか。俺も親父も本当の家族は、この世のどこにもいないんだぜ。それどころか、あっちの俺達の家族は、俺達が生きているってこともしらないんだろ」
「アステール……」
「俺達帰ったって居場所あんの?」
「僕のエザリアはきっと待っていてくれている。待っていてくれなくても、生半可な男になんてあげないさ。それに、僕がまた口説けばいい。君の母上父上も、とても愛情深い人達だ。君が無事なら泣いて喜んでくれるよ」
「ふーん」


ずずっとコーヒーをすすってみると、口の中に甘い苦味が広がる。
すきっ腹にコーヒーは胃に染みるが、エリックがワクワクして持ってきた作品は美味だった。


「親父、四人この世界からあっちにいったってことは、『道』が四回開いたってことなんだぜ」

どんな周期があるかは知らない。けれど、15年間一度も開かなかった異世界の道が開いたということは、自分達もようやく帰れるチャンスがきたのかもしれない。

「あっち、血のバレンタインは起こらなかった。世界樹の攻防戦もザフトが大勝してた。違う歴史が始まる可能性があるんじゃねーの」
「時間の開きは一年か。ならエザリアが不幸になる前に間に合うかもしれない。僕は鯨石に先にいくから、アステールは昼食を食べてからのんびりおいで」

ぽしぽしと大きな手で髪を撫でられる。

「うざい、あっちいけ」

クッションをもう一つ投げつけると、エリックは笑いながら彼女の部屋から消えた。
アステールは、養父の入れてくれたコーヒーカップを片手に、自分の部屋の窓辺の椅子を引き寄せて、腰を下ろす。

崖に被さる波の音を聞き、窓からのんびりと見下ろす。
無言でコーヒーを啜っていると、うきうきと海岸に向かって走っていくエリックの姿を見つけた。
もし、元の世界に帰ることができたのなら、この、親父と二人っきりの生活は終わるのだ。

「………あんな朴念仁なじじいなんかより、もっといい男は一杯いるさ」

そう思うけれど、アステールの胸は何故か痛んだ。



Fin.


06.03.12




難産だったな〜、この話(号泣)

でも、白ニコルと白シャニ、カナード(名前だけだったけれど)、そしてアステール・アマルフィにエリック・ジュールがやっと出せましたvvvv 

白ニコルとアステール、特に好きですv アステールなんか、イザークの生まれたときからの許婚者だったりするし。なのにイザパパラブ( ̄― ̄)θ☆( ++)  うわっ、将来血を見そう。

彼らの活躍は三章からですが、ちゃんと生きているぞということを、頭の片隅に入れておいてくださいませ。でも、白ニコル、白シャニ、カナードは、今後人体実験の毎日ですか(ぶるぶる)。ファンの皆さんごめんなさいm(__)m

砂漠の虎さんが、イザーク・パパ……ミカルは最初、オリキャラかムウ・ラ・フラガを当てるつもりでしたが、月猫の要望です。
なので虎さん不在の白キラ達が今いる世界では、アイシャさんが隊長で、副官のダコスタ君とくっついてます(無謀)

そんな本編から取りこぼしたエピソードが溜まりだしてきました。番外のお話がいくつかあります。
月猫ぉ、メモ託していいカシラ?
早く本編書けと、逆にくすぐられそうです。
タタタタッッ≡≡≡≡≡ウリャθ ̄∇ ̄)θ☆スパパーン (ノ゚听)ノハウッ!

次回は白キラ、とうとうクルーゼと対面です♪


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