君のいない世界で 3.キラ
「コペルニクスの病院に、死亡診断書の記録が残っていた。そこから秘密裏に転送させたDNA鑑定資料と照らし合わせてみた結果、その少女は間違いなく、キラ・ヤマトだと確認された」
タッド・エルスマンの言葉に、アスランは嬉しかった。
キラが生きていた。本当に生きていたんだと。
月で死んだ『キラ・ヤマト』の
レノアとアスランの良く知る「キラ・ヤマト」であることも確認されたのだと。
信じていた自分が道化だ。
アスランは狭い医務室に泊り込みながら、ずっとキラに付き添っていた。レノアがいくら交代を促したって、このポジションは誰にも譲るつもりはないのだと、彼女が目覚める時を、わくわくしながら待ち続けていた。
彼女が目覚めたのは、ユニウス7にたどり着いてから3日後の夜のことだった。
一端シャワーでも浴びてこようかと、丸椅子から立ち上がりかけた時、紫水晶のような綺麗な瞳がぼうっと自分を見ているのに気がついたのだ。
その瞬間、アスランは不覚にも涙ぐみそうになった。
「キラ? 気分はどう?」
「……、アス……。嘘…生きてる!!」
キラは、自分の顔を覗きこんでいるアスランを見るや、バネのように飛び起きた。
「アスラン!!」
「こら、無茶するな。って、………うわぁ!!」
キラを抱きしめるつもりで両手を広げたのに…。彼女は拳を丸めていきなり、ボディブロー、ボディブロー、ボディブロー!!!!――――――と、三連発もみぞおちにかましやがったのだ!!
「キぃラぁぁぁぁぁぁぁぁ、お前、どうして!?」
「それはこっちの台詞だ、馬鹿!!」
「うわぁ!!」
今度は、顔をくしゃくしゃにして、弾丸が飛びついてくる。
ベッドの上から思いっきり飛びかかられたのだ。背もたれもない丸椅子は派手な音を立てて転がり、アスランも巻き沿いを食った。咄嗟なことに、後頭部を守る暇もない。
ひっぱられた点滴のボトルがぼとぼとと床に落ちる。
腕に巻かれた管に、血液が逆流して赤くなる。アスランですらギョットする光景に、軍医と医務室のスタッフが青くなって駆け寄ってくきた。
「僕をこんなに心配させて!! 自爆なんて、君は僕を殺しかけたんだぞ!! 君がいなくなったら、僕は生きていけないのに。君は……、アス、アスゥ………」
胸にすがりついてえくえく泣きじゃくる。
だが、アスランにはとんと記憶にない。どうやら何か誤解があるらしい。
だって、自分もキラがずっと死んだって聞かされていた。
そう思えば、一方的に殴られて詰られているのは不公平だと思う。
「俺だって、お前が死んだって聞かされて、ずっと悲しかった」
口を尖らせる。
「二年間だぞ。お前、直ぐにプラントに来るって言ったくせに」
キラも直ぐにぷくっと頬を膨らませた。
「仕方ないだろ、父さんも母さんもナチュラルなんだから。大体、僕らのディッセンベル市の移住を却下したのって、パトリック叔父様じゃないか」
「はぁ? 父上が認めないわけないだろが。仲良しなのに」
「…誰と誰が?」
「決まってるだろ、ハルマ叔父様と俺の父」
「嘘だ。叔父様は僕を嫌ってたから。僕みたいな第一世代のコーディネーターを、アスランに近づけるものかって」
「それこそ嘘だ。父上とハルマ叔父様は、酒の飲み友達で親友だった」
やはり、何か誤解があったようだ。
「え、父さんと叔父様、面識あったっけ?」
「おいおい、月のコペルニクスの生活はなんだったんだよ。俺達の家、隣同士だっただろ?」
「うん。僕の部屋は二階で。窓開けたらアスの部屋が目の前だった♪」
「お前カリダ叔母様に叱られると、よく屋根伝いに俺の部屋に忍び込んできただろ」
「うん、アスランはいつも僕が泣き止むまで慰めてくれたね。一緒に寝てくれたし♪」
「あーあ、もう食い違いがあるぞ。毎回お前が泣きつかれて寝ちゃった頃を見計らって、父上がウキウキとお前をお姫様抱きにしてお隣に運んだんだろうが。俺はいつも朝までこのままでいいって言ってるのに、『年端もいかないレディとはいえ、異性と同じベッドに寝かせるわけにはいかない』って。クソ爺が」
「?」
キラが首を傾げている。
どうやら、パトリック自らが、キラを隣に届けていたことは知らなかったようだ。
「まぁ母上に言わせると、父上の目当ては、お前を送りついでに叔父様秘蔵の米で作ったお酒を飲むことだったらしいけれど。なんていったっけ、大吟醸とかいうオーヴ独特のお酒。水みたいなの。飾らなくて良い友人だったって、今でも言ってる。ナチュラルだコーディネーターだって関係なく、父上と叔父様は本当に仲良かったよ」
そもそも父が今のようなナチュラル排斥派になったのは、ブルーコスモスのテロのせいでハルマを失った悲しみが大きいのかもしれない。父がプラントのザラ家の当主だと知っても、何も態度が変わらなかったのは、アスランの知る限りハルマ・ヤマトだけだった。
なのにキラは本当に首を傾げている。
「もしかして、覚えてない?」
「うん。僕、パトリックさんには会ったこと無い」
「そんなこと言うなよ。父上が知ったら号泣するぞ」
「嘘だぁ」
うん。するだろ。マジで。
そうアスランは内心断言した。
どうしてキラが好かれていないなんて勘違いするか知らないが、パトリックは本当にキラを溺愛していたのだ。初対面でも物怖じせずに、よじよじ膝の上によじ登ってべったり抱きついて眠ってしまった6歳のキラを、将来自分の娘にしたいなどと口走るぐらいに。
10歳になったときには、日々愛らしくなっていくキラを、幼年学校で他の男に奪われることを心配し、勝手に俺とキラが婚約をしたと、自分が市長を務めるディセンベル市の広報に載せようとし、ヤマト夫妻とレノアに蹴り飛ばされていたぐらいにキラ馬鹿だった。
「もう少し、感動の再会を見守っていてあげたかったんだが、そろそろいいかね?」
飄々とした仕種で、白衣を着たタッド・エルスマン議員がキラの体をやさしく抱き上げた。
腕に突き刺さっていた点滴の長い管が赤くなっている。血液が逆流してしまったのだ。
他に倒れた黄色の点滴袋が散乱している。自分に飛びついた時に倒してしまったのだろう、サイド・ボードに置かれてたプラスチックの水差しが転がり、床もベッドのシーツも水浸しだ。
「あれぇ…、うわぁぁぁぁ!!」
ごめんなさい、と、顔を真っ赤にして項垂れ、あたふたと焦って医局の人が持ってきたモップを受け取ろうとじたばたもがきだす。こういう人に気を使う所がキラらしい。
「馬鹿キラ、お前は何もしなくていいから寝てろ」
「でも」
うるうると涙ぐんだおねだり目に、アスランは頭が痛かった。こんなところで発揮してどうするというのだ?
「そうそう、おじさんも片付けが済むまでキラちゃんにはじっとしてて欲しいなぁ」
タッドはにこにこ笑って、キラを医務室唯一の長椅子に下ろし、直ぐに彼女の腕からチューブを取り外した。
「あ、痛っ!!」
「我慢してね。針の先が曲がっちゃったから入れなおすの。君は三日も寝てたんだよ。急にまもなご飯を食べられる体じゃないから…これは必要。OK?」
タッドがさくさくキラの腕から針を引き抜いていく。長い10pが合計五本、こんなにも彼女の腕に埋まっていたのかと思う反面、可哀想だと思うけれど、点滴していることも忘れて彼に飛びついて泣きじゃくったのだ。腕に刺さった針が、おかしな方向に飛んだのは自業自得というもの。
真新しい針が腕に充てられた時、キラは走る痛みに備えてぎゅっと身を強張らせていた。注射を怖がるのも相変わらずで、アスランは彼女を安心させようと、優しくキラの肩を支えた。
「症状は全身打撲。あと、あばら骨が二本ひび。そんな体でよくモビルスーツを動かせたね。軍医が感心してたよ」
「あの、あなたはどなたですか?」
「ん? 私はまぁ、今後君の主治医になるもの…かな。タッド・エルスマンだ。宜しく」
キラは何か引っかかるものがあったようだ。
ちょっこりかわいらしく首を傾げている。
「エルスマンって……、もしかして、タッドさんはディアッカ・エルスマンをご存知ですか?」
タッドはにこにこ笑って、ぽしっと、大きな手で彼女の頭を撫でた。
「ほう、うれしいなぁ。私の自慢の息子を知っているのかね?」
キラの顔がぱっと輝いた。
「ああ、やっぱり!! 雰囲気が似てたんです!! 彼、生きてますよ。今はラクスとカガリと一緒にいます」
「私の息子が生きてたとは?」
「だからディアッカ、地球でMIAになったじゃないですか。ずっとアークエンジェルで捕虜になってたんです。でも、彼、僕らと一緒に戦ってくれて。オーヴを守ってくれようとして」
「そんな男前なことをする奴だったかな、私の息子は?」
「ディアッカはいい人です。本当に、僕にもお兄さんみたいに優しかったです。でも、親友のイザークさんっていう人とも戦うことになっちゃって」
(……キラ?)
アスランには、キラが何を言っているのか全く判らない。
タッド・エルスマンは何か含むことがあるようだ。人好きのする柔和な笑顔で、キラの話しをうまく誘導して聞いている。
アスランの心に、さっきからずっとあった警報が鳴り出している。
しゃべるなと。
馬鹿なキラ。
お人好しのキラ。
人を信じすぎるなって、何度言ったら理解できるのだろう。優しい顔したおじさんに、お菓子を貰ってもついていくなって、あれほど昔から言い聞かせている筈なのに!!
「それで、ジェネシスって機械は、破壊されたのですか?」
「ああ、アスラン君のおかげでね。君達は立派だった」
やさしく響くテノールが、呪詛のようだ。俺はジェネシスなんて知らない。
そう言おうとした時、キラの目から勢いよく涙がボロボロと零れだした。
「だって、アスラン……、自爆した……。僕を置いて…生きろって。馬鹿、どうしてそんな酷いことをいうのさ。アスッ……、アスラン!!」
激しくしゃくりあげ、彼女は再びアスランにしがみついてきた。
憎らしいことに、キラの目線が消えた途端、タッド・エルスマンの顔から柔和な仮面が消えた。彼は研究者のような顔つきを現し、まるでキラをモルモットのように観察している。
もう、キラにこれ以上しゃべらせるわけにはいかない。
「キラ、キラ。あんまり泣いてばかりいると、綺麗なアメジストの目が溶けちゃうよ。いい子だから、少し眠ろう。俺がついててあげるから」
「眠りたくない。夢だったら嫌だもん」
アスランは問答無用でキラを抱き上げ、整え終わったばかりのベッドに横たえ、上掛けをすっぽりと被せて押さえつけた。
するとキラは、慌てて顔だけにょきっと出てくると、縋る様にアスランを見上げてくる。
行かないで離さないで置いていかないでと、物をいいたげに訴えてくる、潤んだ瞳に胸が熱くなる。
ほら、こんな風に仕種一つで、キラのことならなんだって判る。
二年ぶりに会っても、キラは昔と全く変わっていない。
「やっぱり、キラの目は綺麗だね。俺の一番好きなアメジストだ。そんなに熱っぽく見つめられると、そのまま食べちゃいたいぐらい可愛い」
純情なキラの頬は、瞬時に真っ赤になった。
「うるさい馬鹿。うれし泣きだよ。こんなに僕に心配かけて。アスラン…の馬鹿。身勝手、自分勝手。一生根に持ってやる。僕を置いて自爆したこと………、君が、いなくなるって……、僕……」
涙が再び勢いよく何粒も滑り落ちていく。溜まらずに、頬に手を添えれば、そのアスランの手にキラが自分のを重ねてくる。
どんな形でもいいから、繋がっていたいのだと。そんな儚い意思表示に胸が詰まる。
甘えんぼのキラだ。
俺のキラだ。
「約束して。もう二度とおいていかないって」
アスランの口がきゅっとかみ締められた。
「それは、俺の台詞だぞ」
テロで死んだと聞かされて、どれほど泣いたか。
キラがいない世界を受け入れるまで、半年呆けていたと聞いている。その間のことは、アスラン自身に記憶はない。
あまりに辛かったのだ。
キラがいないと認めるのが、どうしても。
こくりと喉が鳴る。
これはキラなのに。
自分が抱きしめているのは、キラ…だよな?
俺のキラの筈なのに、嫌な予感がぬぐえない。
さっきの会話から、ところどころにズレがある。一つずつ確認していけば、この嫌な不安は拭われるのだろうか?
このキラ、俺のキラだよな?
俺の知っている、キラだよな?
自分でも把握していないこの不安、言うに言えないことをどうやって彼女に問いただそううかと、そんなふうに思い巡らす彼の仕種に、キラも気づき、不安げに見上げてきた。
「どうしたのアスラン? 何かあった?」
「…別に、なんでもないさ」
「僕ら、一体何年の付き合いだと思っているの? アスランのことならなんだって判るよ。また、胸にモヤモヤしたもの溜め込んでいるでしょ」
へむっと鼻を摘ままれる。
自分を見上げるキラの顔は、ぷっくり膨れてハムスターの頬袋だ。
「話して。力になれなくても、何かしたい。君のためなら」
「そろそろ潮時かな」
タッド・エルスマンの溜息が合図となった。
シュンと音を立てて、医務局の扉が開いた。
怪訝気に目を向けると、医務室に五人の人物が入ってきたところだった。
先頭からエザレア・ジュール議員とイザーク、続いてユーリ・アマルフィ議員とガモフのゼルマン艦長だ。背が高く、恰幅の良いゼルマンの後ろにいるのは母のレノアだろう。
「誰?」
キラはゼルマンの軍服を見て顔を曇らせた。
黒い服に、襟首にあるザフトのマーク。地球軍のパイロットスーツを着ていたキラは、やはり、こちらの軍ではなかったということか。
「ザフト…ってことは、僕、もしかして捕虜?」
「違う、キラ。そうじゃない。お前を捕虜になんてするわけないだろう」
例え地球軍に所属していたって、彼女はユニウス7を救った英雄なのだから。
「彼らはプラントの最高評議会の議員だよ。マティウス市の市長エザレア・ジュール女史、マイウス市の市長ユーリ・アマルフィー氏、それからこの方も…フェブラリウス市の市長タッド・エルスマン氏もそうだ」
「どうして、僕なんかのところに、プラントの最高評議会の議員さんが、こんなに来るの?」
「君が起きたから呼んだんだけれどね」
優しくタッドに言われ、キラはますます困惑する。
「僕が目覚めたことで医師が呼ぶのなら…、ねぇそうだ、カガリ来てない? ラクスだって」
(カガリって誰だ?)
「アスラン、ラクスとカガリは何処? クサナギやエターナルは? キサカさんやバルトフェルドさんは? アークエンジェルの皆は無事? ディアッカとミリィは? ムウさんやマリューさんは?」
そういえばこいつ、クラインと名前の彫られた指輪を持っていたっけ。
となると、ラクスといえば、あのラクスかも。
キラは、俺が彼女と婚約させられたことを知っているのだろうか?
「お前、ラクス・クラインを知っているのか?」
「なに言ってるの、アス。その冗談、笑えないよ。僕ら親友だし」
「親友って、いつの間に!!」
「アークエンジェルで会ったじゃないか。彼女が乗った避難用ポッド、僕が拾っちゃって助けたの。ラクスを迎えに来たのは君だろ。ま、いいか。ねぇ、それよりカガリ、騒いでない? 僕が起きなかった間、暴れてない?」
おい、また話が飛んでるし。キラはいつもこれだ。人の話を聞け。
「キラ、カガリって誰だ?」
「もう、アスラン。やっぱり頭ぶったんじゃない? カガリは僕の双子の姉」
「姉? お前にいたか?」
「いたよ、って……流石に、今はちょっと…、この話は後にしよう」
キラはちらちらメンバーを見る。評議会の議員をずっと無視したまま、延々痴話話をしていた失礼にようやく気づいたようだ。
既に気色ばんでいるイザークはともかく、他の大人達は優しく労わるようにキラに優しい。
そんな暖かな眼差しの中に、ようやく顔見知りを見つけたようだ。キラの顔が驚愕で固まった。
「レノア叔母様!! 嘘!!」
キラの双眸から、どっと涙が溢れてきた。
「キラちゃん」
パトリック・ザラの妻とはいえ、評議会議員でも軍人でもないレノアは、ずっとゼルマンの後ろに控えめに立っていたのだ。キラに呼ばれ、アスランに酷似した藍色の髪の女性が、穏やかに微笑みながらキラの元へとようやく走ってきた。
そのレノアに、キラは震えながら縋りつくようにしがみついた。
「レノア叔母様……、叔母様、叔母様、叔母様!!」
信じられない…と、何度も何度も呟いて、涙を流し続けて。
「叔母様どうして? だって、叔母様、ユニウス7で。血のバレンタインで亡くなった筈じゃ?」
「お前こそ、その冗談笑えないぞ」
実際、キラが助けなかったら、バレンタインの日に母は死んでいた。それどころか、この場にいるタッドもエザレアもこの世にはいなかった。
だが、母は痛ましそうにキラを抱きしめた。
「キラちゃん、落ち着いて聞いてね。今日はコズミックイラ70の2月17日なのよ」
「え?」
キラの顔からみるみる血の気が引いていく。
言われたことが信じられず、のろのろと首を傾げる。
「ここはガモフというザフトの戦艦の中だ。キラさん、貴方は一年前から時空を超えてきたと、我々は判断した」
嘘!!
のろのろと自分を見つめるキラは、亡霊を見たように顔が青ざめている。
彼女は震えながら俺を指差した。
「じゃ、ここにいるアスランは? アスランは?」
「アスランだけど、君の知っているアスランじゃないってことに、なるのかしら」
ひぃっと喉が鳴った。
目を見開き、がくがくと震え、頭を掻き毟る。
頭に巻かれていた包帯がほどけて、彼女の髪がぱらりと落ちてきた。
彼女はようやく気がついたようだ。
さらりと自分の肩に落ちた髪が目に入る。白い、老婆のように色のなくなった白髪を見つけ、キラの体が小刻みに震える。
「アス……アス、……嫌、アスラン……、アス……」
小さな悲鳴を断続的にあげ、何もかも拒絶するかのごとくに首を横に振り続ける。
「キラちゃん?」
「ああああああああああああああ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
「アスラン……アスラン……い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! アスラーン
!!」
キラの双眸から涙が盛り上がり、狂ったように絶叫する。
人が壊れていく瞬間を、大切な人が発狂していくのを、なす術もなくアスランは見守るしかできなかった。
「タッド、トランキライザーを!!」
「ううむ、あまり使いたくないがしかたがない。君達、彼女の動きを抑えて」
ユーリとゼルマンがキラを羽交い絞めにした。
精神を安定させらる注射を打つため、大の大人が三人がかりで押さえつける。針が折れるのをおそれてのことなのだろうが、動きを封じられたキラは凄い勢いで暴れている。
彼女の目にはもう何も映らなかった。
俺はここにいるのに!!
彼女の目にはまったくうつっていない。
「どういうことなんですか、母上? 彼女は俺のキラじゃないの?」
自分が口に出した言葉にぞっとする。俺のキラじゃないって何?
時を越えてきたって何?
彼女は、俺のキラじゃないって何?
同じじゃないか。
キラなのに。
俺の知っているキラの筈なのに。
俺の知ってるキラって何?
やっぱりキラは死んでしまったの!!
☆☆
自分の身に起こったこと、自分の大切なアスランが、命と引き換えにして地球を守ったこと。
彼女の話と、フリーダムの戦闘記録、行動記録は一致した。
こんな非科学的なこと、信じたくはないが、もうタイムスリップとしかいいようがない。
「この世界のキラ・ヤマトは、二年前に亡くなっているんだ。俺が13歳の時、月で別れた直後に」
ハルマ・ヤマトもカリダ・ヤマトも、月で起こったテロで既に他界している。
そう語っても、今のキラは廃人だった。
こくりとも頷かず、ただ人形のようにそこにいるだけ。
――――――― 君のいない世界で、僕が生きてても意味がない。お願いだから僕を置いていかないで。愛してるんだ、アスラン!!――――――――
――――――いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!――――――――
ボイスレコーダーから発せられる、切ないキラの嘆きに胸が締め付けられる。
俺じゃない『アスラン』という存在に死なれ、俺の知らない『一年後の世界から来たキラ』の目は、もはや俺を写していなかった。
「ありがとう」
アスランは、レノアからブラックのコーヒーが入った紙コップを受け取った。
ガモフがユニウス7に到着してから、既に五日が経過している。
本来なら、こんな状態になったキラをユニウス7の一番大きな病院に運び込み、手厚い看護と精神検査を受けさせてやりたかったのだが、彼女の特殊な事情がそれを阻んだ。
未来から来た少女。
しかも、地球連邦軍と戦った、プラントの悲惨な戦争の未来を知った人。
非現実的な事情で、今目の前に存在する少女を、下手に人目に晒すことなどできない。ましてやユニウス7を救った英雄なのだ。既にプラントのマスコミは謎の機体について騒ぎ始め、政府の公式発表を心待ちに望んでいる。
幸い、タッド・エルスマン議員は、優秀な医師でプラントでも名を馳せている遺伝子学の権威だ。
ガモフのささやかな医療設備でも、彼女の怪我程度なら治療できる。
アスラン自身、ユーリ・アマルフィ議員にボイスレコーダーを聞かされるまで、彼女が『キラ』だと思っていた。信じきっていた。
なのに、別人だというのだ、彼女は。
アスラン――――と、血を吐くような絶叫。
そして絶望。
どれもが自分の辿った道だ。
あの日、二年前にキラを失った時から。
「母上、かつての俺もそうだったの?」
「ええ。今のキラちゃんみたいだったわ」
13歳の初夏、テロでキラを失った時、アスランは半年間廃人同様だった。
幼い恋で、恋人のキスしかしなかった、可愛い初恋だ。
本当にアスランはキラが好きだった。
彼女を失った世界に、何故自分が生きているのか判らなくなるほど。
「アスランなら、キラちゃんを支えてあげられるわね」
そう言って、泣き崩れる母を目の前に、アスランはこつんと自分のこめかみを指でほぐした。
何をどう支えろというのだ?
同じ痛みを持つものだから?
先日まで、キラが帰ってきたのだと。自分のキラが生きていたのだと。
信じていた道化な自分を、これ以上馬鹿にするつもりなのか?
ソックリなのに違ウ。
―――ソレデモヘイキ?
―――アイシテルといえる?
俺は、言える?
こんなにソックリなのに。
ソックリなのに違ウ。
何処が違ウのか判らない。
全く同ジに見えるのに違ウ。
―――ソレデモヘイキ?
―――アイシテルといえる?
――――――――俺は、言える?―――――――――
05.07.13
痛いです。心も体も( ̄― ̄)θ☆( ++)
BACK NEXT
SEED部屋にもどる
ホームに戻る