目指せアマルフィ隊 3
アスラン・ザラ 1
「じゃ、キラ。昼に会場で」
「隊長、7時に起こしに来るから、少しでも体を休めておけよ」
扉がスライドして閉まる。と同時に、電子施錠が掛かる音がした。
外から鍵をかけられたのは明白で、随分自分は信用がないなと、キラは一つ欠伸をこぼした。
(二人とも…気苦労でハゲても知らないから……)
キラの脳内で、後頭部にカッパのような大きな丸ハゲを作られた二人の人物の名は、アスラン・ザラとミゲル・アイマンという。二人は今までキラに恥をかかせたくない一心で、無償で彼女に軍人の心構えと作法をしこんでくれたのだ。
本当に生真面目な二人には脱帽する。
いくら、今日の式典がキラの隊長デビューでも、彼女はアスランやミゲルが心配する程、自分の一挙一動に、皆の注目が集まるなんて思っていない。
だって、今日の式典でとうとうプラントは、公式に地球に対して独立を宣言するのだ。
全面戦争が始まる今、一人の隊長任命など単なる些事だ。
それにしても、随分過去に戻ってしまった。
キラがなし崩しにヘリオポリスで戦争に巻き込まれたのは、血のバレンタインから11ヶ月目の事。なのに今度は開戦前から戦いに加担している。あの時と違うのは、自分は地球軍でなく、ザフト側の人間になったことだろう。
この歴史の巨大なうねりの中、フリーダムという現時点で存在する筈のないオーパーツを乗り、参戦する自分自身、この世にいるべきでない人間なのかもしれない。
でも、『アスラン』を今度こそ守りたいから。
『アスラン』と、アスランが大切に思うプラントを、守りたいと思うから。
自分が守れなかった皆を、今度こそ助けるチャンスが与えられたのだと信じたい。
ヘリオポリス、オーブ難民を乗せたシャトルとエルちゃん、ゲリラ活動していた明けの砂漠の皆、アイシャさん、ニコル君、トール……フレイ―――――。
「そういえば、フレイアさんとフレイって、滅茶苦茶似てた。親戚かな?」
キラは睡魔に負けそうだった目をくしくし擦って、左手首に巻いた腕時計の文字盤を見た。
時刻は4時半。
日の出の予定は5時半だ。プラントに朝が来るまで一時間もある。
キラが今いるザフト軍士官学校の特別室は、イザーク達生徒の一般寮と異なり、一流ホテルのように豪奢な作りになっている。
きちんとメイクされたベッドはふかふかと厚みがあり、このままダイビングして眠ることができたらどんなに気持ちいいだろう?
だがキラは、欠伸をかみ殺して誘惑を撥ね退け、よろよろと壁際に設えてある通信機器に手を伸ばした。
今が非常識な時刻なのは承知している。でも、なりふり構っていられない。
うろ覚えだった養父への直通ナンバーを打ち込み、お願いだから出て……と、縋る思いで祈るように指を組む。
5回程呼び出しのコールを響かせた後、あっさりとユーリは画面上に現れた。
彼は整備士が着る作業用のツナギ姿で、湯気一つ無いマグカップを持ちつつ、整備場の夜食の定番…サンドイッチをぱくついていた所だった。
彼は口に入っていた塊をもぐもぐ咀嚼し、コーヒーで無理やり流し込むと、首を傾げながらキラを覗き込んでくる。
≪おやおや、可愛いねキラちゃん≫
キラは、自分のレースをふんだんに使った服を見おろし、苦笑を浮かべた。
自分自身、私服は濃淡のはっきりとしたものか、ベルトを多様した男ものばかりを好んでいたから、改めて言われると、何故か仮装をしている気分になる。
≪あ、いや、揶揄した訳ではない。ちゃんと似合ってるよ。流石ロミナが見立てただけある、うん≫
自分も疲れているのだろうに、苦笑いしたキラに気をつかってくれる。
穏やかなユーリに癒され、キラはほっこりとほころんだ。
「お義父さまこそ、まだ仕事ですか?」
≪うん、今のところ、これを完璧に整備できる人間は私だけだからね。地球軍の出方次第で、すぐにガモフは出撃命令が下るやもしれん。私は、残念ながら、今度はついていってやれないから≫
『これ』とはニュートロン・ジャマー・キャンセラー搭載機、フリーダムのことだ。ユーリの背後に丁度、キラの愛機にだろう、弾薬やその他の消耗品を積み込んだコンテナが、ノロノロと機械に牽引されて運ばれてくる。
フリーダムは現在も、ユーリ腹心の部下とガモフに所属の整備員、そしてユーリ個人が雇った研究室…ラボの職員だけの極秘重要機密になっている。
勿論ユーリは将来、フリーダムの量産、またジャスティス等の兄弟機の開発を視野に入れているが、世界樹の攻防戦でもずっとキラの仕事を軽減しようと、率先してフリーダムのメンテナンスを最優先で行ってくれた事、そしてプラントの最高評議会で唯一、オーブ寄りの考え方を意思表示し続けたのを目の当たりにしてきた今、キラはユーリのことを、マードック軍曹と同じぐらい、懐いて信頼している。
「お仕事の邪魔をしてごめんなさい。でも、僕もどうしたらいいか判らなくて。誰にも相談できないし、もうお義父さまにお願いするしかなくて……」
言葉を濁すキラに、ユーリは怪訝気に眉を顰めた。
≪何か困ったことがあったのかい?≫
「はい」
キラはかさこそと、膨らんだスカートのポケットから、折りたたまれた紙を取り出した。
それは昼間、モビルスーツのシュミレーションルームで、ミゲルから貰った式典の座席表だ。
「見てください。僕の真後ろ、よりによってラウ・ル・クルーゼなんです」
キラは、ばっとよく見えるように両手で開き、モニターに勢いよく突き出した。
紙を持つ手が震え、かさかさと乾いた音をたてる。
「あれだけ僕を恨んで憎んでた人なのに、僕、どうしてその人の真ん前に座らなきゃならないんですか? 背中に一発、銃で撃たれたら終わりじゃないですか。二時間もいつ殺されるか判らずに、ビクビク脅えているのなんて嫌です。だから僕逃げますね。後のフォローお願いします」
≪ちょ、ちょっと待て!!≫
「待てません。時間がないんです。それともお義父さま、僕とラウ・ル・クルーゼの席、う〜んと引き離してくれるんですか? それができるのなら僕、防弾チョッキ着て頑張ってみますけど」
当日に座席変更など、まずできまい。
キラの集中が著しく欠け、アスランとミゲルの特訓が長引いた原因はこれだ。誰が殺されるかもしれないと自覚してて、無防備に敵の前に座る馬鹿がいる?
あのブラックボックスは、ユーリとキラとゼルマンの三人で、クルーゼとのやり取り部分だけを厳重にロックして封印した。
だからアスランは、キラの抱えている事情を知らない。ミゲルも知らない。
二人には、キラがザフトを裏切り、ブルーコスモスと通じている誰かに命を狙われているとしか伝えていない。
人一人を拘束するためには、憶測だけでは駄目なのだ。
敵と通じたという、確たる証拠がいる。ラウ・ル・クルーゼを捕らえたいのなら、彼がブルーコスモスと通じたという、実証が欲しいのだ。
だが、この世界はキラの知る世界と若干ずれがある。
もしかして、ここのクルーゼも、キラが知るような怨嗟に満ちた人ではないかもしれない。殺されるかもしれないという恐怖は、彼女の杞憂で終わるかもしれない。
だが、ここのクルーゼがいい人だという確証もないのだ。
目標ができた今、キラはいくら勝算が高くても、危険なロシアン・ルーレットに自分の命をかける気はない。自爆した自分のアスランが本当に死んでしまったのか、それとも生きているのか、現実をこの目で確めるため、彼女は何が何でも生き延びて、元の世界に戻らねばならないのだから。
だがザフトの英雄、『白きアテナ』ことアステール・アマルフィが、式典をボイコットして雲隠れともなれば、養父とガモフの皆にも迷惑がかかる。
だからキラは、一言養父に『僕逃げますね』と断りを入れたのだ。
「お義父さま、僕はまだ死ねないんです。向こうの世界に、きっと皆が待っててくれてるから」
キラは涙目で縋りついたが、ユーリも画面の向こう側で、瞬時に血の気が引いてしまったようだ。
彼はしばし眉間に皺を寄せて考え込んでいたが、やがて諦めたように一つため息をつく。
≪わかった、逃げなさい。君の安全が一番大切だ。誰だって居ない人間を式典会場に引きずり出すなんて無理だからね。後はなんとでもなる≫
「ありがとうお義父さま!!」
≪だが、式典が終わるまで、誰にも見つからないように、隠れることができるのかい? ミゲル君もアスラン君も、並大抵の男ではないぞ≫
キラはこくりと息を呑んだ。
ミゲルは兎も角、アスランは切れたら怖い。何をしでかすか本気で想像がつかない。
それに後でどれだけお仕置きされるかと思うと、気分はますますブルーになる。
彼だって、今の事情を説明すればきっと理解してくれると思うけれど、キラが絡めばあのアスランは、異常な程馬鹿になる。それはここ一月、ガモフでの共同生活中に身に染みて体験した。
ここのアスランは、キラの世界のアスランと比べてかなり直情的で子供っぽい。1年の開きがあるから仕方が無いと思ったこともあったけれど、それだけとは思えない程、キラに対して執着を見せる。
まるで13歳の時、月のヘリオポリスで別れた時と変わっていないのだ。
あの頃はお互いが無二の親友で、姉弟で、恋人で、二人でいられれば他の友人は一人も要らないと思えるぐらい、彼の傍は居心地が良かった。
キラは、今のアスランに対して恋慕はない。それは彼も同じだ。
だが彼は、『キラの親友』の座を脅かす恐れのあるものに対し、全く容赦がない。
イザークがキラと友好を深めるために近寄ろうものなら、牙を剥いて撃退していた。
キラに興味を示したガモフのクルーが、彼女を食事に誘おうものなら、必ず義父を連れて食堂に姿を現し相席を求め、『キラにちょっかいかけたら次の人事で移動は確定』と、根暗くちくちくとユーリの口から言葉を引き出していた。
もし、彼女の命を狙っている奴が、ラウ・ル・クルーゼだとバレれば最後、アスランが真っ向から銃を握り締めて走っていきそうで怖い。それに比べ、ラウ・ル・クルーゼは、パトリック・ザラの懐刀だと聞いた。今日ネビュラ勲章も貰うし、新型戦艦の隊長になるとも聞く。
キラが訴えれば、あのアスランはきっと何があってもキラの味方になってくれるだろう。でも、それが危険なのだ。あの狡猾なクルーゼが、自分の存在を脅かすようになったアスランを、黙って見逃しておくとは思えない。
だから、今はクルーゼの事は心の中にしまっておき、キラは彼と接触を避け、こっそり逃げるのが一番良いと判断したのだ。
≪隠れ場所か……、そうだなぁ。なんだったら、私のラボに来るかい?≫
養父の魅力的な申し出に、キラはしばし考えた。
だが、雲隠れする自分を、アスランはきっと血眼になって探すだろう。
キラが今現在プラントで頼れるのは、アマルフィ一家とザラ家のアスランとレノアのみ。義父の仕事場など、真っ先に捜索の手が伸びる。いくらキラがツナギ姿で作業員に紛れ込んだとしても、直ぐに見つかり特大の雷も落ちそうだ。
キラは諦めて、ふるふると首を横に振った。
「街に出て、カフェかどこかに入って、テレビモニターでガモフの皆が勲章貰うのを見てます」
≪そうか、くれぐれも気をつけて≫
「はい、じゃ、後のことはお願いしますね、お義父さま」
キラは、心晴れ晴れとモニター通信を切ると、眠気を一気に覚ますために、大急ぎでシャワー・ルームへと飛び込んだ。
アスランもどきに、5歳児のようだといわれたふりふりのレースの服も、結構役に立つものだ。
軍隊の中ではふざけた格好でも、街中ならばおかしくない。逆に式典当日に、軍服で街を徘徊する方が変である。
簡単に汗を流し、濡れた髪をドライヤーで乾かすと、さくさく櫛を入れる。
ロミナが手づから編んでくれたように、髪を綺麗にリボンで編みこみ、整えることはできなかったが、オーガンジーの大きなリボンを一つ、チョーカー風に首に巻きつけて、蝶々がとまっているかのように、側面で縛る。
士官学校は、軍の施設だ。夜間は生徒が逃亡して、街に遊びに出かけないように、セキュリティも万全である。
だが、キラは電子鍵の裏をかくのは得意だった。とっとと電子手帳サイズの簡易パソコンを鍵につなげ、鍵消滅のダミーデーターを流せば、IDを照合しなくとも、まんまと外へ逃げだせる。
心配ごとが一つ減った途端、安心したのか現金なもので、キラのお腹がくーるくるくると、か細く鳴って空腹を主張する。
キラはてへっとほころんだ。
「そう言えば僕、昨日一日、ろくに食べてなかったね」
腕に巻いた時計を確認したら、もう5時近い。
アスランが『士官学校でもジュースぐらい買えるように』と、文無しで連れてこられたキラに貸してくれた小銭入れを確認すれば、35プラントドル50セントもある。
オーブの貨幣に換算すると、7500円ってとこか。流石金持ち。これで安いビジネスホテルにも泊まれる♪
「朝ごはん食べてから、どっかで仮眠取ろう…♪」
キラの姿は街のカフェへと消えていった。
06.05.03
あう。今から月猫と深夜の徘徊(別名、ストレス発散)に行ってきます。
なので半分だけUP。一話を半分に切ったのでオチがない( ̄― ̄)θ☆( ++)
後半は、帰ってきてから推敲します( ̄― ̄)θ☆( ++)
06.05.04
誤字脱字を変えていくうちに、多々付け足しておりました( ̄― ̄)θ☆( ++)。大部変わってます。読み直すことをオススメしますm(__)m
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