目指せアマルフィ隊 3


アスラン・ザラ 2





8時。

ディッセンベル市に本宅を構える、ザラ家の朝は早い。

夫人のレノアはキャベツ栽培の研究に情熱を傾けており、毎朝5時に起き、朝食前に一仕事を終えるのが日課だ。多忙な国防委員長のパトリックも、ディッセンベル市長の役目もあるため、やはり朝は5時起きだ。
そんな勤勉な両親の元では、一人息子とて惰眠を貪れる筈もない。アスランはキラのしごきを終え、ほぼ徹夜状態で戻ってきたのだが、少し仮眠して風呂を浴び、着替え終わると、疲れ一つ見せずに朝食の席についていた。

今日は珍しく三人が揃ったので、レノアの希望か、庭のテラスに設えてある小さな丸いテーブルで、親子三人、慎ましやかに朝食をとる。
ディッセンベル市の今日の天候は、式典の日にふさわしく、春の陽気につつまれた快晴だ。
視界を染める緑の若葉が目に眩い。なのに、穏やかな気候と裏腹に、ここの席に会話はなかった。

アスランは黙々とフォークとナイフを駆使して、自分の前に置かれたフレンチトーストを片付けつつ、脳内で式典会場に辿り着くまで、エレカの中で後どれぐらい眠れるか、時間を計算する。
そんな自分に、さっきから父母両方が、何か言いたげな落ち着かない目線を向けている。
正直、煩わしい。
彼らが自分に何を望んでいるのかは判っている。

2年前、月に居た頃と全てが違う。
あの頃はこんな風にザラ一家が三人揃えば、テラスだろうが室内だろうが、食事時には必ず笑い声が上がったものだ。

研究所に詰めっぱなしのため、運動不足による体重が気になりだしたレノアのコーヒーカップに、アスランが角砂糖を一つ多めに入れて鉄拳を頭に貰ったり、キラとカリダ特製の自家製ブルーベリージャム、その最後の一さじを誰が食べるかで、アスランとパトリックが真剣に取っ組み合いの喧嘩をして、レノアにぱっくり食べられて悲鳴をあげたり…等、とても最高評議会議員宅とは思えない程、馬鹿馬鹿しくも楽しい争いが繰り広げられたものだ。

そんな懐かしい日々は、もう二度と戻ってこない。
ヤマト一家をテロで失ってからは。
だが――――――。

半熟卵をスプーンでつついていたパトリックは、物を言いたげなレノアの視線に促され、コホンと一つ咳払いをした。

「アスラン、お前に相談があるのだが」
「なにか?」
「お前、ラクス嬢と婚約を解消して、アステール嬢と名前だけでも婚約する気はないか?」
「くだらない」

アスランはその後、何事もなかったようにフレンチトーストをナイフで切り取り食べる。無表情のまま、視線も合わさず、機械のように黙々と、とりつく隙も与えない。
母が前々から冗談ぽく打診をしていたから、そろそろくるなという予感があったが、自分があのキラと婚約するなんて、天地がひっくり返ってもありえないだろうに。

目の端に写るパトリックは、スプーンを握り締めたまま、困り顔でレノアに助けを求めている。
だが、いつも優しい母も、今日ばかりは真剣な眼差しで父を睨んでいる。ドカッと鈍い音と同時に、パトリックの上半身が前かがみに倒れてきたところを見ると、母がテーブルの下で、ヒールで国防委員長の向う脛を蹴りつけたのだ。

哀れパトリックは、涙目になりつつも、もう一度コホンと喉を整えた。

「お前は、イザーク・ジュールと故アステール・アマルフィ嬢が、対の遺伝子を持っていたことは知っているか?」
「はい」
「生まれながらの婚約者だったのだよ」
「らしいですね」
「エザリアから『アマルフィ嬢は、もともと息子イザークの許婚だ。二人の婚約発表は、婚姻統制法の良い広告塔にもなる。なによりもキラ嬢に余計な虫をつけるよりは、社会的に婚約者をあてがってしまう方がよい』と、話がでているのだ」
「それで?」
「確かにジュール家は名家だし、イザーク君の性格は君も知っていよう。彼に望まれての婚約ともなれば、身寄りが殆どいないキラくんにとって、プラントで良い後ろ盾を得ると思う。また、プラントの婚姻統制法も推進してきた我が身では、一個人の感情で反対するのもままなるまい。だが私は、キラくんを他家にやりたくないのだ。できるならこの家に……、ハルマとカリダの愛児を迎えて、彼らの代わりに溺愛したい……」

アスランは大きく息をつき、フォークを置いて、コーヒーを口にする。
パトリックのキラ馬鹿ぶりは尋常じゃないが、それはアスランとて同じこと。恋人に死なれ、住んでいた世界からも、たった一人で飛ばされて来たキラが、新参者のイザークになどなびく筈ないのだ。なのにキラの心が得られないからと言って、親まで巻き込み、屁理屈で婚約にこぎつけようとする根性も気に食わない。

「仕方ありませんね」
「じゃあ…♪」

パトリックとレノアの顔が、瞬時に希望に輝く。

「俺が今日この手でイザークを殺す。キラにはもう迷惑はかけない。大丈夫、ばれるようなへまはやりませんから、父上も母上もご安心ください」

二人の顔から、みるみる血の気が引く。

「アスラン!! お前が一言『うん』といえば、済む話だろう!?」
「将来俺が最高評議会の議長になるのなら、平議員のアマルフィの養女と現議長のクラインの娘、どちらを娶るかは明白でしょう。俺は約束された地位を、みすみす棒に振る馬鹿じゃない」
「アスラン。そんな打算はキラちゃんが悲しむわ。貴方だって、未来からきたキラちゃんのこと、大切に思っているのでしょう?」
「当たり前です」

アスランは唇を引き結び、重々しく頷いた。

「俺にとってあのキラは、今この世で一番大切な存在です」
「なら守ってあげなさい」
「母上に言われるまでもない、キラのお守りは俺の役目です」



―――――だって、何万の人を助けたって意味はない――――――
―――――他の誰を助けたって、彼が僕の元に帰ってきてくれなければ、意味はないんだ――――――


昨夜の、あのキラの言葉。
今も思い出すだけで、胸に熱い痛みと歓喜がこみ上げてくる。

あの時、キラを腕に抱きつつ彼女の慟哭を聞いた時、ただ嬉しかった。
キラがそこまで自分のことを、真実愛していてくれたのだと再確認できたのだから。


「あいつは俺に、俺のキラを、思い出させてくれる貴重な存在です。彼女と会うたび、俺は本当ならキラと過ごせた筈の失われた時間も、ずっとキラに気が狂うほど愛されていたのだと教えられる。彼女に会うたび、俺は失ったキラへの愛しさが、どんどん募っていく」

だからこそ、許せない。
自分から、キラを奪った何もかもが。
自分と婚約した直後に殺されてしまったキラが哀れで悲しくて愛しくて切なくて、テロが憎くて、ナチュラルが憎くて爆発しそうだ。

「俺はザラの血とクラインの婿という立場をうまく使って、必ず最高評議会議長の座を手に入れます。俺のキラを殺したブルーコスモスを、必ずこの手で滅ぼしてやる」
「アスラン」
「でも、その前に戦争を終わらせます。この式典が片付いたら、俺はザフトに、キラの元に戻りますよ。父上、もしも俺の邪魔をなさるようでしたら、いくら父上といえど許しませんよ?」

口の端を歪め、うっすらと笑みを浮かべるアスランは、キラの知らない顔だろう。
息子の狂気を目の当たりにし、パトリックとレノアの表情も悲しげに強張る。

「アスラン、お前のような若造に、一体何ができる?」
「コンピューター社会って本当に便利ですよね。こんな俺でも簡単なハッキングはできますよ。ボタン操作の誤作動ひとつで、平気で核ミサイルやコロニーが、地球に雨あられとなって落ちていく。一度試してみますか?」

パトリックは、憤怒に顔を赤くし、テーブルを叩いた。

「そんなお前だから、私は貴様を軍に置いておけないのだ」
「いけませんね父上。子供の将来をねじ曲げては」
「アスラン。キラちゃんが今の貴方を見てどんなに悲しむと思うの? いいえ、ラクスさんだって、貴方は将来不幸にしてしまうのよ!!」

「他人のことなんか知りません」
「アスラン!!」

アスランは目の前の二人を煩そうに睨みつけた。
親なのに、何故自分の気持ちを理解してくれない? 
大体二人とも憎くはないのか? それぞれの親友を殺されて。
それに自分達の娘になる筈だった少女が死んだのに、そのダミーを息子に嫁に貰えなど、よくその口で言えたものだ!!

「俺のキラは死んだ。ハルマ小父様もカリダ小母様も殺された。俺の幸せはあの日、永久に失われてしまった。俺は俺のキラを殺した奴らが憎い!! 俺の幸せを奪った奴らが憎い。キラの仇を取るためだけじゃない。俺は俺の憎しみを晴らすために復讐するんです。この目標があったからこそ、俺は今もここで生きてる!!」


ブルーコスモスを憎むこと、権力を手に入れてキラの仇を討つこと。
この目標がなかったら、アスランはとっくの昔に自害していた。
あの少女がどれだけアスランにとって大切だったか、その目で見てきた癖に、どうして判らないのだ?

「6歳の時、俺は父上のせいでテロに合って死に掛けた。俺は父上を憎んでいたし、仕事ばかりの母上も嫌いだった。そりゃそうだろう。ザラの名前のせいで下半身と両手がなくなって、俺は寝たきりのダルマだ。なのにあんたたちは家にも戻ってこない。そのうち月に荷物のように送られてしまった自分自身も大嫌いだった。いっそ死にたいと何度思ったか。そんな誰からも邪魔者扱いされた俺を、唯一傍にいてくれたのがキラだ。俺のドナーを見つける為、オーブの王族に働きかけて五体満足な体をくれたのだってヤマト一家だった。俺にはキラだけだった。キラしかいらなかったのに……!!」

胸にこみ上げてくるのは狂気。
無表情を装い、何事にも動じない仮面を貼り付けておきながら、実は見えない所で、いまだ心は血を流している。
息子に負い目があり、彼の心をいまだに救うこともできない両親は、痛ましげに我が子を眺めてくる。
レノアの双眸から、涙がこみ上げる。
パトリックも、ただ唇をかみ締める。

そんな時だった。
人払いしてある筈の庭に、なにやら争う声が聞こえてきたのは。


「困ります。アポイントも無しでは…」
「火急の用だって、いってんだろーが!! ……アスラン!!」

執事の静止を振り切り、許可も取らず、ハチミツ色の髪を振り乱した、緑のよれよれの軍服を着た青年が飛び込んでくる。
ザフト軍士官学校はディッセンベル市にある。
だから、早朝に彼がここに現れてもおかしくはないが。


「どうしたんですか、ミゲル?」

一応先輩ザフトである。礼儀上、即座に敬語を使う。
だが、国防委員長とその夫人を目の前にしていても、血走った目をしたミゲルは、敬礼を取るのも忘れて、アスランに掴みかかってきた。

「なぁお前、隊長をしらねえか!!」
「はあ!?」
「何処でもいいから、行きそうな場所!!」

いきなり何を言い出すのだこの男は?
ぽかんと口をあけ、呆けて見上げると、ミゲルがアスランの両肩を掴み、ガクガクと揺さぶり始める。

「俺とミゲルの二人で、しっかり特別室に押し込んだだろう? 部屋にロックもかけたし、鍵はお前が持っていた筈。起こしにいくまで逃げられる訳がない」
「…うううう、理屈だとそうなんだけど……」
「それとも、ザフト士官学校のセキュリティは、キラが手ぶらで突破できる程ちゃちなのか?」

最早敬語も忘れてタメ口をきく。
焦燥し、アスランの無礼に気づいていないミゲルが、ポケットからしわくちゃのメモ用紙を差し出した。

「これ、使った形跡のないベッドに置かれてて」

それは丸っこい、キラの文字で走り書きされた置手紙だった。


【アスランとミゲルさんへ。

僕、やっぱり勲章を貰うに値しないから、辞退します。迷惑かけてごめん。式典終わったら、もどりますから捜さないで。  


by Kira】


「隊長、フレイアの件をかなり気にしてたから、それが原因かと思うんだけど……」


アスランは、多分ミゲルがやったように、置手紙をくしゃりと握り締めた。

「あの馬鹿、逃げたのか!? 俺達の昨日の苦労はなんだったんだ!!」
「お前はまだいいさ!! 俺なんて始末書確定じゃねーか!! 一枚につき、給料一ヶ月、1割カットなんだぞ〜〜〜!!」
「そんなことより、キラの評判が落ちる。捜せ!! 式典までに何としてでも捕まえろ!!」

頭を掻き毟ってへたりこんだミゲルに蹴りを入れつつ、アスランはすぐにキラが持っている筈の携帯を鳴らした。だが、何度コールしても出てくれない。
電源を落してあるか、もしくは携帯をどこかに置き去りにしているか。
嫌、確信犯的な逃走なのだ。持ち歩いていない可能性が高い。
土地勘のないキラが潜みそうな場所を、脳裏でピックアップする。

「ガモフかユーリ・アマルフィ氏のラボ、それからディッセンベル市のアマルフィ家の別宅、後は若者が集まりそうな近場の街か……ちっ、街だな。キラは馬鹿じゃない。あそこに紛れたら、ほぼ見つからないぞ」
「どうしよう、アスラン?」

アスランもいらついて髪をいじる。
どうやら二人とも共通の癖らしい。
キラが心配したカッパ禿げになる前に、髪の生え際が危ない。

アスランはしばらく思案にくれていたが、最後は髪を掻き毟った。

「キィラあぁぁ〜〜!! もう〜あいつは〜〜〜ぁ。いつもこれだ!!俺に面倒押し付けやがって!!」

バンっと、テーブルをぶったたく。

「もし、キラが俺のミニハロをポケットに入れていたら、追跡機能で分かる。アマルフィ家に連絡は? ザフトの仕官学校への緘口令は徹底した?」
「ああ、一応口止めはした」
「ならば俺達にできることは、キラが自主的に出頭してくるのを待つことと、キラが戻ってこなかった場合の代替案を考えることだろ。もう一度学校へ行くぞ。父上!母上! では、後ほど式場で!!


怒りの形相そのまま、アスランはミゲルの腕をひっつかみ、ダッシュで駆け出していった。

静寂を取り戻した食卓に、執事とレノアとともにぽつんと残されたパトリックは、呆然と息子を見送るしかできなかった。

「……私、あんなぼっちゃまを、久しぶりに見ました……」

今頃、館を突っ走って出かけていく息子の姿に、メイドたちもきっと、目が点になっているだろう。
パトリックは執事に手で下がるように指示し、再び妻と二人だけの時間を確保する。
話す内容は決まっている。あの未来から来た子のことだ。
トップシークレット扱いとなっている彼女のことを、館の執事とはいえ、おいそれと話していいことではない。

その僅かな時間に、レノアが手づから紅茶を入れてくれた。
眩い白磁の器に、琥珀色の水が美しい。
香りを楽しみながら、温かな紅茶を啜る。
心を落ち着けた後、パトリックは自分自身、噛みしめるように言葉を紡いだ。

「………レノア、さっきのは私の目の錯覚か? あのアスランが年相応に見えたのだが……」
「ええ、現実ですわ」
「そうか、それでお前はキラくんを、アスランにと望んだのか」
「例えそっくりな別人でも、あの子の病んだ心を動かしたのは彼女だけ。私達が2年かかってもできなかったことを、たった1ヶ月で。ねぇパトリック、私の希望は叶うかしら。あの子を、アスランを……キラちゃんはきっと救ってくれるって」

パトリックは苦笑した。

「もしアスランが、無事にキラくんを捕獲できたら、私も今日彼女に会えるのだな。そんなに似ているのか? あの子に」
「ふふ、せいぜい驚きなさいな。髪の色をのぞけば、そっくりよ」

楽しげに笑うレノア自身、キラに会うのを楽しみに思っている証拠だ。
パトリック自身、心の底から笑ったレノアを見るのは久しぶりだった。それもこれも、キラという、新しい風がプラントに吹いてきたから。

「なら私も希望が持てる」

プラントのために、ザラ家の家長として、いつかこの手で歪んだアスランを処分する時が来るかもしれないと、もう脅えずに済むのかもしれない。
ザラの名を持つものが、狂人では困る。ましてやあれは将来プラントの覇王を狙っている。上に立つものが愚かでは、国が滅びてしまう。
妻にも誰にもいえない言葉を、そっと心の中で呟き、パトリックはもう一口紅茶を啜った。


快晴の式典。地球からの隷属を断ち切る記念すべき日、ザラ家にとっても、新しい希望を見出した瞬間だった。



06.05.05




15歳のアスラン・ザラ、実は壊れておりました(苦笑)
所詮、パトリックの息子です。今はカガリとなっているキラとの出会い……過去話はまたおいおい(オイ( ̄― ̄)θ☆( ++) )

もし、ユニウス7でレノアが死んでいたら、この世界のザラ親子は二人して狂気の世界に突っ走っていたかもΣ( ̄ロ ̄lll) ガビーン
地獄絵図にならなくて、良かったと思ってます(汗)


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