目指せアマルフィ隊 3


アスラン・ザラ 3




8時。

オノゴロ島の都市部から丁度反対側にある離宮、その海岸の断崖に、今アマノトリフネという名の一隻の戦艦が停泊している。
アマノトリフネは第二護衛艦軍に所属し、オーブの医療の粋を集めた最新型の従軍医療専用艦である。
本来なら戦い後に活躍するこの船が、平時に動くのはあってはならないこと。だが、今回その無理を承知で押し通したのは、オーブ軍の准将という階級も持つカガリである。
彼女の目的はただ一つ。
アスランの手術だった。


「お前無茶苦茶だ。怒られただろ?」

真っ白なベッドに横たわりつつ、生真面目な青年は、伺うようにキラの気配を探る。

「平気。だって僕『あ、そう。じゃ私も無料奉仕は止める。私が前に開発した戦艦のセキュリティさ、腹立つから極悪ウイルスに変えておく』って言ったら、ウズミさまもすんなりお願い聞いてくれたもん♪」
「キィラぁぁぁ、それ脅迫じゃないか〜!!」
「えへへへへへ♪」

ぱふっと音をたてて、キラがアスランのベッドに突っ伏した。
そのままゴロゴロと、猫のように懐く彼女に、アスランは寝たまま両手を伸ばす。
目が見えない分、五感が研ぎ澄まされた彼は、易々とキラの柔らかなほっぺを捕らえることができた。
そのまま、両手で包み込むようにキラの顔に触れた。
指の腹を使い、彼女を探るようにすべらやかな頬を撫でる。

「もう直ぐ、俺はキラの顔を見ることができるんだ」
「……うん、そうだね、アスラン………」

なんだかキラの声が暗い。アスランは眉間に皺を寄せた。

「どうした? お前、元気ないが心配事でも?」

途端、キラが小さく噴出した。

「もう、アスランってばぁ。僕に気を配るより、自分を心配してよ」
「でも俺、今から全身麻酔されて寝てるだけだし。お前、なんか落ち込んでるだろ」
「当たり前だろ。僕、君が今から手術なのに、傍についててあげられないし」
「起きたときいてくれればいいさ。俺はその方が嬉しい」
「……そうなの?……」
「普通そうだろ。寝てる間のことなんか、俺知らないし」」
「……そうだね♪」


キラは心に自分なりの決着がついたのか、途端雰囲気が柔らかくなる。
アスランは喉を震わせて笑った。

「でもアスラン。僕、なるべく早く帰ってくるから」
「無理するな。俺は何処にもいかない」

ウズミ・ナラ・アスハの一人娘は、彼の後継者だ。いずれオーブを背負う統治者となる。
彼女は今日、父や他の王族達と一緒に、プラントが全世界に発する独立宣言を聞き、オーブの今後を話し合うために、父から首長官邸に呼び出されていたのだ。

「カガリ様、お急ぎください」
「……わかった……」

トダカ一佐に呼ばれ、名残惜しげな固い声の後、キラがアスランに抱きつき、そっと彼の頬にキスを落した。

「オーブの医師団は優秀だ。アスランは何も心配要らない」
「ああ」
「行って来る。戻ってきたらずっと一緒にいるから」

もう一度頬にキスを貰い、彼女の手がとうとう離れた。ぱたぱたと軽やかに去っていく靴音を寂しく感じながらも、アスランはただ、自分の手術が待ち遠しかった。

ようやく、目が見えるようになる。
やっと、キラの役に立てる。

もう、足手まといになんかならない。


☆☆

10時半。


緘口令が敷かれたザフト軍士官学校の特別室は、ただ今壊滅状態だった。

「貴様がついていながらアスラン、何をやっていたぁ馬鹿者!! キラ嬢は何処だ!!」
「それが判らないから、俺達はここにいるんじゃないか。お前、3歩歩いたら忘れる鳥頭か?」
「なにぃぃぃ!!」
「イザーク!! よせ!!」

癇癪持ちのイザークが、手当たり次第に物を投げつけてくる。だが、そんなものに当たるアスランではない。
ひょいひょい避けるから、ますます部屋が壊れていく。壁にかけられた鏡は割れ、割れて倒れた花瓶に踏みにじられた花が毛足の長い絨毯を汚し、中身が入ったままのコーヒーカップも床に叩きつけられ、見事な茶色の模様を描いている。
「やっぱり鳥頭じゃないか」
ザフトの軍の施設だということを、すっかり忘れている男に憐憫と侮蔑の目を向ける。
「後、きちんと掃除しておけよ」
と、冷静な突っ込みを入れるから、ますます銀髪コケシのボルテージは跳ね上がり、暴れぶりの危険度も、メーターをとっくに振りちぎり加速の一途を辿っている。

「アスラァァァン!!」
「イザーク、よせって!!」

ディアッカが身を挺してイザークを押さえつけているが、いまだ少年の体は体格差がない。現段階では部屋から凶暴化した彼をつまみ出せるような、実力行使は望めない。

(この時間のない時に)

ガモフでは、アスランとイザークが喧嘩を始めた時、暴走を止めるのはキラかミゲルの役目だった。
だがここにキラはおらず、またいつもなら兄貴分の大らかな性格で、年下の面倒見の良い蜂蜜色の髪の青年は、現在涙目になりつつ、窓辺の大きなビロードのカーテンの中に逃げ込んでいた。3メートル近くある上品な青のベルベットで体を覆い、じりじりと近づきつつあるアスランに対し、顔だけ出して必死で首を横に振っている。

「こっちへ来るなっつってんだろがよ〜。おいイザークとそこの!! お前ら早くアスランを止めてくれ!!」
「何を今更、往生際が悪い」
「うるせぇ」
「お前はキラの副官だろ? 無駄な抵抗は止めろ」
「そんなの知るか!! 俺、これでも入隊前は、そこそこ売れてるロック歌手だったんだぞ!! バレルって、絶対無理!!」
「ならファンサービスだと思って、やれ」

アスランは一つため息をつくと同時に、いきなり目の前の青年の向う脛を蹴り上げた。
その肉の薄く骨の触れる場所は、いかに鍛え抜かれた軍人でも急所だ。流石のミゲルでも痛さに悲鳴をあげ、条件反射で前のめりになり、両手で右足を抱え込む。
体を覆っていたカーテンが簡単に外れ、布地がなくなったミゲルは、見るも無残な姿だった。

「なんだそれは!!」
「うわぁ、気色悪ぃ!!」

哀れなミゲルに対し、イザークとディアッカが悲鳴じみた罵声を浴びせた。
キラの副官は今、上半身を裸に剥かれた上、腰に医療用のコルセットを巻かれてぎりぎりと絞り上げて細腰を作り、パット入りのブラジャーを巻かれている。
アスランは痛がるミゲルの右腕を掴み、後ろ手に捻り上げた。壁に彼の体を押し付け、足で彼の背中をドンと蹴り、そのまま押さえて動きを完全に封じ込める。

「仕方ないだろ。もう時間がない」

重低音のアスランの声に、今までかしましかった二人がぴたりと口を噤んだ。

ザラ邸を飛び出たアスランは、パトリックの権限をフルに活用してキラを探した。だが、例えディッセンベル市の警備機構に彼女の写真をばら撒き、最優先で探すように命じたとしても、ただでさえ今日は見物客や賓客が訪れ、人口を3倍の75万人に増やしたコロニーである。軍と協力して警備やテロ対策に走り回っている彼らでは、いくら市長パトリック直々の命令だったとしても、たった二時間でコロニー内から一人の少女を捕獲するまでには至らなかったのだ。

ザラ家直属のSPも動員して、ディッセンベルの繁華街に派遣している。
また、コロニー内全ての道路を網羅している道路管制塔も掌握したから、彼女が後一回でもエレカに乗ってくれれば直ぐにお縄にできる。


「ふざけろ手前、俺に女装癖はねぇぞ!! お前かイザークがやれ!!」
「キラ同様、今俺とイザークの知名度が跳ね上がってるのは知ってるだろ。ディアッカの肌は変装に向かない」
「ぎゃあああ!!!」

背中の窪みに足をかけたまま、アスランは仕上げにと、コルセットの紐をぎりぎりと力いっぱい引き絞った。
ミゲルは圧迫感に口をあけ、金魚が水際でやるように、パクパクと酸素を取り込んでいる。
容赦の無いアスランの仕種を、最早ディアッカとイザークも止めなかった。

キラは今日の式典に絶対必要だ。だが、キラの特殊な事情を省みると、彼女を知らない奴に、代役など任せられない。

ミゲルのような体格の良い男が、キラに化けて式典に出席すると聞けば、イザークも通常なら『何をとち狂っているんだ貴様!!』と、喚き散らしていただろう。
だが『代役は? それともお前、ミゲルに代わるか?』と切り返されると知っているから、イザークですら押し黙るしかない。
誰がプラントどころか全世界に放映が決まっている独立宣言の式典に、女装して出席したいと思うか。


「イザーク、そのインナーを取って」
「あ、ああ」

コルセットの紐を、口と片手で器用にきつく結ぶ。イザークが珍しく、素直に衣装用クローゼットから、ザフト軍支給の真新しい水色のシャツを投げて寄越す。
アスランは口と片手を使って包装紙を破る。急に協力的になった銀髪コケシに対し、罵声を浴びせつつもミゲルは壁に虚しく懐きながら、嫌々と首を横に振っている。
傍から見れば、結構倒錯的な姿だろう。
性別さえあっていればだが。

「なんで俺、憧れの隊長服を、女装して着なければならないんだよぉ〜〜〜」

本当に涙ぐみだしたミゲルを見て、イザークは哀れに感じたのだろう、同情で眉を八の字に寄せている。だが、アスランは冷酷に徹底していた。

「キラが欠席するよりマシだ。仕方がない」

何しろ本気で時間がない。
着替えさせた後は、初雪のように光沢の美しい白のかつらを深めに被せて瞳を隠し、化粧も施さなくてはならない。
やることは多々あるのに、11時半にはここを出なくてはいけない。


その時、ドアの向こうから可愛らしく「入りますよ」と声がかかる。

スライドしてドアが開くと同時に、ピンク色の丸い球体が、≪マイド、マイド♪≫と、飛び跳ねてアスランに向かってきた。その後ろからしずしずと入ってきたのは、プラント中に知らぬものはいないとされる、妖精のような歌姫、ラクス・クラインだ。
彼女はミントグリーンの体にピッタリとした衣装に身を包み、長い髪を二つに分けて高く結い上げ、ドレスと同色の髪留めで纏めている。

「こんにちはアスラン」

角ばった箱を両手に持参しつつ、ラクスが小さく首をかしげながら微笑んだ。

「楽しげなお声が、廊下まで響いてましたわ。はい、頼まれていたお化粧道具をお持ちしました」
「ああ、すまないな、ラクス」

まるで時が止まったかのようだ。
平然としているのはアスランのみで、他の3人は硬直して動けなかった。
無理もない。

プラントで一番人気のある歌姫は、マスメディアの露出率は高いが私生活は謎だ。幼年時代を月ですごしたアスランとて、彼女と婚約するまで一度も会ったことはなかった。だがイザークやディアッカも、プラントにたった12人しかいない評議会議員を親に持つ子供でありながらも、おそらく彼女と直に会ったのは初めてだろう。


凍り付いてしまった三人を溶かしたのは、もう一組の来訪者だった。


「おはようございますキラ姉さま♪ 会場までご一緒しま……」

そう、喜び勇んで駆け込んできたニコルと、少し遅れて入ってきたアマルフィ夫妻は、特別寮の悲惨な有様に、驚愕して硬直した。
無理もない。これが普通の反応だろう。
イザークが暴れたせいで、あちらこちら粉々に砕けた調度品、そして胸にパッドをつけさせられ、コルセットで締め上げられたザフトの軍人。
今も全く動じずに、笑みを浮かべて立っていられる、ラクスの心臓は大したものである。

「な、何やっているんですか、アスラン!! キラ姉さまは!?」


「……おい、そこに俺より適任者がいるじゃねーか!!」
「え?」

ミゲルのギンッときつい視線を浴び、ニコルは怯んだ。

「あ、なーる程。親戚だしな」
「背もキラ嬢に近い。ミゲルより見栄えもいいだろう」
「ああ、使える」

イザークとディアッカ、ついでにアスランの呟きに、場の読めていないロミナは、小首をかしげて夫を見る。
だが、ミゲルとニコルを交互に見たユーリ・アマルフィは、流石最高評議会議員の一人だ。キラの逃走を察したのだろう。

「…すまない、ニコル…」
「はい?」

彼の一言は、親の承諾も同然。
アスランは、より良い素材の登場に、執着していたミゲルの体をなんなく離した。


「そこの綿飴、覚悟しろ!!」
「え?え? きゃあああああ!!」

昨日と異なり、怪しげな風貌に様変わりしたミゲルに飛び掛られ、流石のニコルも悲鳴を上げた。

「ちょっちょっと!!待ってください。アスラン、一体この変態は何なんですか!」
「キラが逃げた。式典も主役がいないんじゃ話しにならない。お前ならコンサートで舞台は慣れてるしな、代役も最適だろ」

アスランに冷たく決め付けられ、聡明なニコルも一気に血の気が引く。

「そんな、姉さまの身代わりなんて恐れ多い。僕には絶対無理です!!」

と言っているニコルの腕を捻り、ミゲルが問答無用で上着を剥ぎ取りにかかる。
が、ニコルとて馬鹿ではない。彼は涙目になりつつも、掴みかかったミゲルの腕に噛み付いた。戒めが外れた隙を狙い、ダッシュでその腕をかいくぐって逃走を図る。

「こら、逃げるな!!」

まっしぐらに、廊下に向かうニコルが聞き届ける筈もない。

「ラクス!!」
「はい」

アスランは、ラクスが差し出したピンクのハロを受け取ると、大きく振りかぶって彼めがけてぶん投げた。何でもそつなくこなす男は、コントロールも大層良い。丸く重たい機械の塊は、綺麗に放物線を描いてニコルの後頭部に程よくヒットした。
緑の頭が、そのまま前のめりに崩れ落ちる。

「かかれ!!」

ミゲルの号令に、イザークとディアッカは気絶しかけたニコルに襲い掛かった。


「貴方、これは一体?」
「う、うん」

目の前で、息子に非道な狼藉が働かれているというのに、アマルフィ家の家長は、狼狽する夫人の手を掴み、邪魔はさせぬと傍観者になった。
考えなしにキラに逃げろと言ったユーリは、心の中でそっと息子に対し手を合わせる。

所詮、ユーリはメカオタクの専門馬鹿。キラを逃がした後の事など、少しも考えていなかったのだ。

「……ニコル、式典が無事に済んだら、お前が欲しがっていたベーゼンドルフ社のグランドピアノを取り寄せてやるから」

オーブから直輸入しても、最低3億プラントドルはかかる高級品だ。
あまりに気前の良い夫の独り言に、長年連れ添ってきたロミナの勘は冴えた。彼女はみるみる楽しげな笑みを浮かべた。

「あらあら、キラちゃんを逃がしたのは貴方だったのね」
「うっ!!」

今度は息子も交えた殺気が五人分、一斉にユーリに向かって放たれる。

「父さま、どうゆうことですか!!」
「あ、うん、え……と、ロミナ……その……」
「でしょ。ユーリ?」

日頃ほんわかしているロミナであったが、嫁いでも神秘の国オーブの王族、嘘を見抜く力に優れている。
ユーリは逃れられないと腹をくくり、「すまん」と項垂れた。

「父さまぁぁぁぁぁ!!」

ニコルが絶叫し、怒り狂ってもがくが、イザーク、ディアッカ、ミゲル、アスランの腕からは逃れられる筈もない。
みるみるうちに上着が剥ぎ取られる。

「事情は後で伺います。じゃ、ラクス、支度ができたら呼ぶからあっちへ向いてて」
「はい」
「うふふ♪ 私も是非お手伝いするわ♪♪」

きゃぴきゃぴと、少年たちに混じり、息子の衣服を剥ぐ妻。惨すぎる。
ミゲルが使用した直後の生暖かなコルセットは、ニコルの華奢な腰に収まり、ぎゅうぎゅうと締め付けられている。パット入りのブラも、ディアッカが「もう少し足した方がいいか、貧乳より豊満の方が見栄えもいいし」の一言により、更に底上げされている。

何か間違っている。
ユーリは心の中で、そっと涙を拭いつつも、アスランが水色のインナーを目で探し始めた瞬間、おずおずと隠し持ってきたものをテーブルの上に置いた。

「アスラン君、すまんがこれもニコルに着せてやってくれ」

身につければそんなに重みを感じることはないが、手にずしりとくる。ユーリが差し出したのは、亜鉛を編みこんだ防弾チョッキだった。
レーザーにもちょっとだけ耐性がある程度の代物だが、ないよりはマシだ。これが必要ということは、キラの身が危なかったということを易々と伺える。

アスランの翡翠の目が、瞬時に眇められる。
それは、他の少年たちも同じ。

「アマルフィ議員。キラに一体何が起こっているんですか?」
「隊長が危険だと解釈していいんですね? なら、何故副官の私に、何の通達もなかったのですか?」
「キラ嬢は誰に狙われている?
「ここまできてだんまりはねぇんじゃねーの?」
「父さま。さっさと吐かないと、僕もう口ききませんよ」



脂汗がどんどん噴出す。
ユーリは、ますます窮地に陥った。




☆☆☆


10時半。


街のカフェでたっぷりと朝食を済ませたキラは、チョコレートバーを齧りながら、弾む足取りで式典会場の門を潜っていた。街に潜伏しているだろうというアスランの推測とは真逆で、しかも移動が金銭節約のため、エレカを使わず徒歩だったことが幸いしたのか、誰にも発見されなかった。
尤もリボンで編みこんだ髪をオーガンジーの花で飾った帽子の中に隠し、華やかなレースの服を着ている人物を、誰が軍人だと思うだろう?

渡された座席票を手にしたキラは、鼻歌混じりにまっしぐらに家族席に向かった。入場には、養父から貰っていたアマルフィ家の家紋入りカードを提示した。ばれるかな〜とちょっとドキドキしたけれど、最高評議会議員や政府高官、またザフトでも地位のある軍人に縁のある者は大勢いる。式典を数時間後に控えた会場は、ライブ前のホールよりはるかに混雑しており、受付も来客の武器所持チェックと席を振りわけるだけで精一杯だったようだ。

「え〜と、Bの12列178番……ここだ♪」

家族用にと用意された席は、一般席よりも前列に設けられていたが、それでも1万人は座れるスペースだ。前から12列目と、小柄なキラはちょっと見づらい位置かもしれないが、入れただけでもラッキーと、シャトルの座席程度しか幅のない椅子に、ちょっこりと座る。

本当は、カフェから街中のテレビモニターで見るつもりだった。
でも、ガモフの皆の晴れ舞台も直に見たかったし、なによりもこちらの世界のラウ・ル・クルーゼも実際に観察してみたいという好奇心のほうが勝った。
腕時計を確認すると、式典開始まで、まだ約3時間もある。
余裕を知った途端、みるみると眠気が襲ってきた。

「うーん、どうしよう?」

いままで気が張っていたし、何より鬼になったアスランとミゲルに徹夜でしごかれた疲れもある。

キラは目をくしくし擦ると、帽子を目深に被りなおし、「ちょっとだけだから……」と、自身に言い訳しつつも目を瞑った。


それから30分後―――――。




「ギル、俺はどうしたらいいんだろう?」



レイは困惑ぎみに、右隣に座る男に助けを求めた。
だが、人の悪い後見人は、面白そうに見てるだけ。
レイの左側の肩には今、隣の席の少女がずしりと持たれかかっている。
余程疲れているのだろう。帽子がいつの間にか転がって床に落ちているというのに、気がつかないで熟睡している。

さらけ出された顔はシミ一つない象牙色で、白銀の細い髪がサラサラと飾っている。紅玉を砕き塗り固めたような唇は潤い艶めいて、時折息を吐く事に少し開き、乳白色の並びの良い歯を覗かせる。
美形が多いと言われたコーディネーターでも、目を疑う程の美貌だ。

たが、何よりもレイを困惑させたのが、時折、彼女の頬を滑り落ちてくる涙である。
なんの夢を見てうなされているのかは知らないが、長い睫が震える度に雫が零れる。
彼女を起こせば恥をかかせる、だが、泣いている彼女をどう扱ったらいいかも判らない。レイは再び、上目遣いでギルバート・デュランダルを伺った。


「寝辛そうだね。いっそ、レイの膝を貸してあげたらどうだい?」
「…………ギルなんか嫌いだ」

頬を膨らませてそっぽを向くと、耳に喉を鳴らす笑い声が聞こえてくる。
レイはますます、忌々しげに口を引き結んだ。




そして、さらに数分後―――――――。



不意に、レイの肩から重みが消えた。
そのまま少女の頭はズルズルと彼の細い胸を滑り落ち、すとんと膝に落ちた。

「……こんなことになるのなら……」

彼女と自分の席の間に、折りたたんであった肘掛を出しておかなかったことを後悔したがもう遅い。
より寝心地の良い場所を見つけた彼女は、嬉しげに安堵に満ちた息を吐く。
そして何かを探して彷徨っていた小さな手が、レイの手を捕まえる。

「う、うわっ!!」
「見つけた♪ えへへ♪……」

綺麗な鈴を転がしたように、幼げだが澄んだ美声だった。少女はレイの左手を大切そうに両手で包むと、それを自分の胸に抱きしめた。
暖かく柔らかな胸の温もりに、女性どころか母すら知らないレイの鼓動が踊りだす。
だが、彼女の顔つきが愛しげで幸せそうな笑みに変わった瞬間、レイは息を呑んだ。

「………う…そ、…………」

彼は女性のこんな表情など、一度も見たことがなかった。
自分は、科学者達が『作れる』と証明するためだけに生み出されたクローンだ。記憶にあるのは侮蔑に満ちた目か、動物を観察するような目だけ。
そんな自分に、愛しげな微笑みを見せる女性などいる筈もない。
なのに今ここにいる少女は、作り物の自分の手を握り、嫌悪に顔を歪めるどころか、蕩けそうな笑みを浮かべている。

信じられなかった。
ありえない筈だった。


「ふふ、まぁこういう場で始まる恋もある。頑張るんだよ、レイ」

一瞬、ギルバートが何を言ったのか、理解できなかった。
だが、彼の言葉を理解した途端、レイの頬は瞬時に赤く染まった。

「……ギル、からかわないで!!」


咄嗟に怒鳴ると、少女の眦がぴくりと動いた。
涙に濡れていた長いまつげが震え、美しい紫水晶のような瞳がうっすらと覗く。

(……あ……)



起きてしまった。
もうさっきのような笑みは、二度と見られない。
そう思うと彼の胸が軋んで痛む。
愛しげな寝顔を眺めることはできないのだと、そう頭に過ぎった瞬間、レイは知らずに少女に掴まれていた手を、力いっぱい握ってしまった。

「……大丈夫だよ、アス………」


ぽんぽんっと、レイが握り締めた手の甲を軽くあやしている内に、少女の瞼がとじられ、美しい瞳が消えた。
すうすうと穏やかな寝息が戻り、彼女の口元が再び愛しげに微笑む。


レイはほっと息をついた。
良かった。まだ眺めていられる。


「………おやおやレイ、いけないな。女性を驚かしては……」


ギルが人の悪い目線を向け、にまにま笑っているが、レイはもう後見人の挑発には乗らなかった。
一目きつく彼を睨んだ後、右手に持っていた自分の春用コートで、彼女の体をすっぽりと覆った。
肩が暖まり、少女の寝顔がますます嬉しげになる。
彼女が嬉しげに笑う度、何故かレイも嬉しくなる。
さっきまで、胸がきゅっと痛んでいたのに、こんどは春の陽だまりの中、ぬくぬくとお昼寝しているように、何故だか心が安らぎ温かくなる。



「ふふふ、レイは本当に優しいな。そんなに少女に優しいとは思わなかった」

レイは頬を染めたまま、軽くかぶりを振った。

「い、嫌これは…、寒そうだったし……」
「彼女が泣きやんでよかったね」
「……………違う………」


泣き止んで欲しかったのではない。ただ、笑っていてほしかった。
このまま、ずっと眠っていて欲しい。

レイは、自分の膝で幸せそうに眠る少女の顔を見つめ続けた。


06.05.10






……色々遊んでしまいました(乾いた笑い)ミゲルとニコルの災難は、全て黒アスランのせいです。
ミカルに石をぶつけないでください。逃走======@@@@@ \( > <)/


06.05.12 書き直しました。
…レイの描写がメモ時のままだった( ̄― ̄)θ☆( ++) 
全ては、寝ぼけながらウチコしていたミカルの責任です(土下座)





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