目指せアマルフィ隊 3


アスラン・ザラ 4





15時ともなると、式典はそろそろ終盤だ。

≪武器と食料の作成を禁止し、エネルギー資源のノルマを課し、それが達成できなければ、≪飢えろ≫と食料の輸出が途絶えた。我々は飢えたくなくて、必死で農業プラントを作ったが、≪けしからん≫とユニウス7に核攻撃だ。それも阻止すれば≪歯向かった≫と、艦隊を用いて軍事攻撃である。このような生活の何処に安らぎの日々がある? 我々は一体なんだ? 奴隷か? エネルギーを作り出す家畜か? いいや、我々は人間だ。決してナチュラルに隷属すべき者ではなく、権利を守られるべき≪人≫なのだ!!≫


壇上でザラ国防委員長が拳を握り、熱のこもった演説をしている。後半の独立宣誓の盛り上がりに向かい、今後も声のボルテージはどんどん上がっていくことだろう。
ナチュラルに隷属してきた屈辱は、コーディネーターの歴史そのものだ。優れているのに一握りの特権階級に一方的に搾取されつづけ、誇りと尊厳を傷つけられた。その怒りと憎しみは深い。

強硬派パトリック・ザラの演説は、かなりの共感を呼ぶだろう。例え戦争になったとしても、圧倒的に数が多いナチュラル相手でも戦えるのだと、先日世界樹の攻防戦で、ザフトが大勝利を収めたことで実証された。

その攻防戦で、優秀な戦功をあげた者達は今、最高評議会議員達とともに壇上、もしくは会場の最前列に集められている。

中でも、父アマルフィ議員の横に立つ、アステールは注目の的だった。小柄な体に、着慣れず肩が余る癖に胸がきつそうな白い隊長服、またプラチナブロンドの髪に目深に被った真新しい帽子が妙に初々しい。きっと不安なのだろう。彼女は式典が始まってからずっと、父の腕に自分の手を絡め、心もとなげにしがみついている。

軍人としてあるまじき行為だが、咎める者は一人もいなかった。
それどころか大多数の者は、かえってハラハラと彼女の体が揺らぐ度に心臓を躍らせている。
アステールが、テロの後遺症で病弱だということは、ザフトどころかプラントの民衆でも熟知している。しかしモビルスーツを誰よりも上手く操れる彼女が、たった二時間の式典にすら耐えきれない程、虚弱体質だとは思わなかっただろう。
式典は、全世界に生中継されている。今、ザフトのアテナに壇上で倒れられるのは非常に困る。


そんな軍人や議員、または中継スタッフ達の祈るような視線を一身に浴びながら、アステール嬢に扮装したニコルは、気力と怒りで頑張っていた。


(くだらないことをくっちゃべってないで、とっとと僕を座らせろ〜〜〜!!)


式典には演説がつきものだが、とにかく長い!!
壇上で父の横に立ち、既に1時間半以上にもなる。ニコルはもう、息絶え絶えだった。


鍛え抜かれたザフトの軍人は、体が資本だ。例え1日立っていても差し障りはあるまい。
だが民間人で、コルセットで締め付けられているニコルには辛い拷問だった。
ライトアップされた舞台は照明が熱く、まるで真夏の炎天下にビニール製の雨ガッパを着用しているようかのように蒸れてて暑い。母ロミナが嬉々として化粧を厚く塗りたくってくれたおかげで、顔色だけは鮮やかであるが、汗がべったりでむず痒い。
せめてまともに息できれば良かったのだが、コルセットと胸パッドに腰と胸をきゅうきゅう締め付けられ、ままならない身だ。貧血で目の前もチカチカ火花が散り、体は平衡感覚を失ってふらふらと揺れ、ユーリが腕を掴んでくれなければ、とっくにぱったりと倒れていただろう。


(せめて、背後にある椅子に座れたら)


ニコルは式典開始から、僅か5分でおさらばした自分の座席を、未練たっぷりにじと目で睨む。
どうせ座ることができないのなら、こんなトコに置いておくなと暴れたい!!


「……父さま……、僕もう駄目です……」


掠れた声で自己主張してみる。気分は最早病人のうわ言だ。

(キラ姉さまが女言葉でなくて良かった)


自分を『僕』と言うのは、キラと一緒。
そんな些細なことを、朦朧とした頭でも考えられるなら、まだ大丈夫かもしれない。そう自分自身を誤魔化してみたが、それで気持ち悪さまでは拭えない。
何度も唾を飲み込み、吐き気を我慢する。
ニコルは苦しさにじわりと涙を浮かべた。


「耐えてくれ。泣いたら化粧とカラーコンタクトが流れる」

(心配するところはそこですか!!) 

キラを逃がした諸悪の根源の分際で、息子を女装させて彼女の身代わりをさせた父親を怒鳴ることもできない。ニコルはますます眦を吊り上げる。

「…父さま、この……落とし前は、……後で」

息も絶え絶えで物騒な台詞を吐く。
お前はどこでそんな言葉を習ったのだと、突っ込みたいだろう父親は、今の息子を窘めるのは哀れと思ったのか、気まずげに更に項垂れてしまった。

(ふん、海よりも深く反省しろ)

白銀のカツラで蒸れた頭を掻き毟りたい。
コルセットで締め付けられた部分も痒い。汗も気持ち悪い。
不快なこと全部我慢して、ニコルはそっと腕時計を見た。
この、ザラ国防委員長の演説が終わったら、やっと勲章授与式になる。
そしたら……貰った順から椅子に座れる。座れればなんとかなる。

(……ううう、あと少しだ、頑張れ僕……)


姉の名誉と自分のグランドピアノのために、彼なりに必死だった。

☆☆

父の政治宣伝を兼ねた長い演説がようやく終わり、壇上が勲章授与のセッティングに慌しくなる。

まずはネビュラ勲章が6人、続いてホープ勲章が183人。
民間人なのに野戦任官した最高評議会議員の子息は、政治的に宣伝力を持つ。座席の順番からみても、ガモフのクルーを差し置いて、最初にホープ勲章を貰うのはアスランとイザークだろう。

「おい、あいつ大丈夫か?」
「さあな。だが、頑張って貰うしかないだろ」

イザークに言われずとも、アスランも壇上のニコルが気がかりでならなかった。ユーリが支えているからかろうじて立っていられるが、それでもふらふらと頭が泳いでいる。
流石親戚、カツラを被せて厚く化粧を施しただけなのに、見てくれだけはキラに瓜二つだ。もし彼がしくじれば、それはキラの恥になる。だがそれよりも、気になるのは防弾ベストだ。
この会場内に、キラの命を狙う奴がいる。ならばキラは逃げて正解だ。
身代わりのニコルには悪いが、アスラン的には今、彼が襲われてくれればありがたい。
アスランの立ち位置は舞台真下の最前列、壇上のニコルとは、歩いて20歩の距離だ。
何かあったら駆けつけることができる。
当然、ニコルを撃った奴をこの手で殺すことも可能だ。


「うう、頑張れ…隊長〜〜!!」

イザークの横はゼルマン艦長だが、その後ろはミゲル・アイマンだ。彼は酷使した胃が痛むのだろう。準備の喧騒と艦長の広い肩に隠れて、ぽりぽりと胃薬を飴玉のように貪り食っている。

「ミゲル、何か食わんと、かえって胃が荒れるぞ」

外見の冷たさと裏腹に、意外と世話焼きなイザークが、こっそりと後ろ手に一口チョコレートを一掴み差し入れしている。イザークがポケットに菓子なんて、あまりの似合わなさにアスランは小首を傾げたが、それはミゲルも同じらしい。

「何、これどうしたの?」
「う……」
「……ははぁ〜ん、もしかして、隊長の餌付け用?」
「う、煩い。嫌なら食うな」
「あははは、貰う貰う♪ 嫌、いい所に目ぇつけたな、イザーク♪ 隊長を釣るには菓子が一番だもんな」


(……後でキラに、知ってる奴からも餌を貰うなと躾けなければ。しかしあいつめ、一体何処に雲隠れした?)

アスランはため息とともにポケットを弄った。携帯をつかみ出し、そっとメールを確認する。
式典は終盤だというのに、とうとうザラ家のSPから連絡は入らなかった。
ディッセンベル市の役所も同様、市内全域の道路を網羅する道路管制塔からの報告もない。一体、キラは何処に消えたのだろう?
どこかのカフェでこの中継を見ててくれればまだいいが、あいつのことだ。ここまで目撃情報がないと、睡魔に負けてとんでもない所で転がっていそうな気がして怖い。
携帯を閉じ、ポケットに突っ込む。
その時、携帯が変に当たったのか、ニコルから預かっていたミニハロの電源が入ってしまった。

「うわっ!!」

アスランのポケットから、もぞもぞと這い出た翡翠色の手の平サイズのハロは、ポーンと高く飛び上がった。
そして、目をチカチカと光らせると、≪ハロハロ♪ ハロアス、ハロ〜♪≫と、嬉しげにアスランの足元を跳ねまくる。

「おい、止めろアスラン」

イザークが目を吊り上げて怒るが、アスランはそれ所ではない。

「ハロ、近くにいるのか?」
「はあ?」

ミニハロは、アスランの手の平に飛び乗り、肯定するようにコロコロ転がる。それだけ確認すれば十分だ。アスランは満足げに爪でハロの電源を落してポケットに突っ込む。

「……どういうことだ?……」

一応、艦長とミゲル以外のガモフクルーの手前、キラが替え玉と暴露する訳にもいかず、イザークも物言いたげに口ごもる。
機嫌の良くなったアスランは、まあこのぐらいならばと口元を綻ばせた。


「あいつ、この会場内にいるらしい。全く心配させやがって……」
「…そうか、良かった…。無事なのだな、あの方は」


もう直ぐ式典が終わる。そしたら彼女をとっ捕まえて、防弾ベストが必要な≪何≫があったか洗いざらい白状させる。二度と、自分の知らない所で≪キラ≫を失うのは嫌だ。


≪アステール・アマルフィ。世界樹の攻防戦時において、地球軍のモビルアーマー320機を撃ち落し、戦艦52隻を航行不能に追い込んだ功績を讃え、ここに勲章を授与する≫


いつの間にか壇上では、ニコルがシーゲル・クラインに呼ばれていた。ユーリに背をやんわりと押され、彼はしぶしぶと父の腕を放し、一歩前に足を踏み出す。
だが、途端によろけてへたり込んだ。

「……ニ…、アステール!!」

ユーリが慌てて座り込んだニコルの腕を掴む。

「……う……」
「さあ、頑張って」

なんとか壇上まで行かなくてはならないが、彼は俯きながらふるふると首を横に振る。

「父さま、……僕もう駄目です。苦しい……」

高性能の集音機が、要らぬニコルの呟きまで拾ってしまう。余程苦しいのだろう。か細く掠れた声が、いっそ哀れだ。

「さあ、頑張って。アステール」
「…えっえっ……ひいっく……えっえっ……」

父に抱き起こされ、奥ゆかしく支えられつつ、すすり泣きながら息も絶え絶えに歩き出した華奢な少女の姿に、最初は呆然としていた観衆も、今は固唾を呑んで見守りだす。最高評議会の思惑通り、何不自由なく育てられてきた議員の子息達が、率先して屈強な兵士に混じり戦争に参加したことを印象付ける作戦は大成功である。
アスランの背後にいた兵士などは、拳を握り締めて「頑張れ頑張れ」と囁いている。けれどそれは多分、彼を見守る殆どの兵士も同じ筈。
嫌、彼らだけではない。
壇上にいた議長のシーゲル・クラインも、スポークスマンのエザリアも、国防委員長、パトリック・ザラも、「後ちょっとだ!!」「頑張れ!!」と、心を一つにして力瘤を握っている。


父に支えられつつ、議長の前にやっとの思いで辿り着いた少女に対し、早速会場は割れんばかりの拍手が巻き起こった。
温厚なシーゲルが、いそいそと勲章を手にとり、彼女の胸にピンを刺す。
瞬間、ぷしゅう…と、空気が抜ける音がした。
何?と、少女は自分の胸を見た。シーゲルも同様だ。
豊満な胸だったのが一転、片乳だけペタンコになっている。
パットがつぶれ、上げ底の乳だったのがモロバレだ。

「い……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

ニコルは自分の体を隠しながらしゃがみこんだ。
だが、大声で叫んだため、そのまま貧血を起こしたのだろう。
彼は緊張の糸がぷつっと切れ、そのまま気絶した。

「……アステール!!」
「おい、大丈夫か!!」

近場にいたアスランとイザークは、即座に壇上に昇り駆け寄った。
防弾チョッキを着こんで式典に臨んだのだ。もしかして、自分に見えなかっただけで、誰かに撃たれたのかもしれないと思ったのだ。

ザフトの白きアテナが倒れ、場内は大混乱となった。
何が何だか訳が判らない、シーゲルはオロオロうろたえて立ち竦んでいる。

「お父さま、何て破廉恥なことを!!」
「………私は何も……!!」

マスコミの前で初めて怒気を発したラクス・クラインが、自分の持つピンクのハロを、シーゲルめがけてぶん投げた。それは綺麗に父の後頭部に直撃し、哀れな議長は床に沈んだ。

シーゲル・クライン。娘に痴漢と決め付けられ、それが全世界に広まった瞬間、彼の来期の議長就任は絶望となった。



☆☆


同時刻、オーブの首相官邸に集まった五氏族や首脳陣は、気絶したアステールを、興味深く見ていた。


「あんな脆弱そうな少女が、白きアテナか」
「テロの後遺症で、体があまり丈夫ではなかったそうだが、それであの戦功は不自然ではないか」
「テロか。ブルーコスモスは、今後どう出るか」


カガリに扮したキラは、叔父達の話などに耳も貸さず、食い入るように画面を見ていた。

画面の中では今、アスランがアステールに駆け寄り、自分の上着を彼女に被せて包んだ所だった。彼は人目を考えたのか、直ぐに彼女をお姫様のように抱き起こす。弱いものに優しい彼は相変わらずで、別れた時と何も変わっていない。

≪ラクス!!≫
≪アスラン、こちらへ≫
≪ああ、急ぐぞ≫

ピンクの妖精、ラクス・クライン嬢。アスランと対の遺伝子を持つ彼女は、言葉少ない彼の意を汲み、きっとアステール嬢を休ませてあげられる部屋へと彼を案内するのだろう。
大混乱となった壇上にて、人ごみを掻き分けながらアステールを連れて走る二人を見て、キラは唇をかみ締めた。

アスランを、睦まじく支える女なんて、見たくない。
悔しくて胸が焼けるような嫉妬で、目頭がじんわりと熱くなる。
泣くな。
もう、自分は彼を忘れると決めたんだ。


今離宮では、白い髪のアスランの手術が執り行われている。


この式典が終わり、くだらない叔父達の寄り合いを我慢すれば、直ぐに離宮に戻れる。
アマノトリフネを動かした以上、手術だって、失敗なんてありえない。


「アスラン…」

キラは、過去を吹っ切るように、愛しい男の名を唱えながらぎゅっと目を瞑った。
今のキラにとって、アスランは彼だ。真っ白な髪の彼だけ。
キラだけを慕う、天からの授かり物。時を越えてやってきた彼こそが、自分だけのアスラン・ザラ。


キラは、画面からアスランとラクスが消えてなくなるまで、ずっと目を閉じ、拳を握り続けた。
泣くのは後だ。後で良い。


早く、アスランの元に戻りたい―――――――




06.05.15




一気にラストまで書き上げたかったのですが、あまりに長くなったので諦めました( ̄― ̄)θ☆( ++) 
今回も遊んだな〜。シリアスが続くと、ギャグ路線に脱線する。悪癖ですな〜( ̄ ̄▽ ̄ ̄) ニコッ
次回、レイVSアスです。1回ぐらい、かっこよく終わってくれ(涙)


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