目指せアマルフィ隊 3


アスラン・ザラ 5





ぬくぬくと暖かい掛け布団は、とても良いシトラスの匂いがする。
やっぱりアマルフィ家の布団は、気持ちがいいなと思いつつ、耳にざわざわと喧騒が聞こえたキラは、寝るのを諦めて大きく息を吸い、拳を丸め、猫のように思いっきり伸びをした。


「…う…、…なんだろう……」


手の甲でくしくしと、半開きの目を擦る。

勲章授与式にて、最初の授与者であるアステールがぶっ倒れた。そして、勲章を授与する筈のシーゲル・クラインもぶっ倒された。
場内は騒然となるのは当たり前。
だが眠っていたキラには知るよしも無い。


「ようやくお目覚めだね、姫君」
「……はい?」

キラは寝転んだまま、腰に響く美声の主を仰ぎ見た。男は狭い座席なのに頬杖をつき足を組み、人の悪そうな笑みを浮かべてキラを眺めている。仕立ての良い藤色のスーツに身を包み、カガリを彷彿させる琥珀色の目が印象的だ。豊かな黒髪がうねっていて、思わず『ワカメが食べたい…』と、キラは無礼にもオーブの伝統料理、味噌汁に思いを馳せた。


「……あの、貴方は誰ですか?……」
「その前に、どいてあげてくれないか? 可哀想に、レイは君の枕を5時間近く勤め上げたのだからね」
「え? レイ?」

キラはこくりと息を呑み、真下を見下ろした。
自分がぬくぬく包まっているベージュの薄い上掛けは、どっからどう見ても男物のトレンチコートだ。枕にしているのは誰かの膝で、白を基調とした品の良いスーツが、無残にもあちこち皺が寄り型崩れしている。

キラは恐る恐る見上げると、そこにはキラより1つか2つ年下らしい、金色のサラサラした髪が印象的な美貌の少年が、困ったように小首を傾げていた。

(あれ、この子……なんか見たことあるような……)

寝ぼけた頭は働かない。うんうん唸ってみたけれど駄目。
物思いに耽りだしたキラは、黒髪の青年の咳払いで、自分の頭が少年の膝に乗っていると気づき、瞬時に頬が赤くなる。

「う…わあああああ!!」

キラは大慌てでとび起きた。……つもりだった。
だが、体を変に曲げた体勢で寝転がっていた為、レイの膝に手を置いて身を起こした途端、肘の関節がカクンと勝手に曲がった。

「きゃあ!!」
「危ない!!」

勢い良く顔面から床に転がりそうになった彼女を、レイが咄嗟に腕に掬い抱き上げて止めた。

「大丈夫か?」
「……は、はい……。ありがとう……」

自分の顔を覗き込んでくる彼の瞳、透き通った空色は何故か綺麗なのに悲しい。やっぱりこの印象的な瞳はどっかで見た覚えがある。それもそんなに昔でない最近に。
(何処だっただろう?)
キラはますます考え込む。

「……そうか、良かった……」

ほうっと息を吐きがてら、レイが吐露した低く落ち着いた声に、心臓がとくんと高鳴る。
彼の声も、絶対何処かで聞いた事がある。
何か大変なことを忘れているような気がして落ち着かない。不安がひたひたと押し寄せ、心臓がますます早鐘を打つ。

「…ねえ、レイ君と僕、どこかで会ったことない?」
「え?」

本当なら、彼の腕を放すべきなのだろうが、キラはレイの両腕を掴んだままもう一度、食い入るように、彼の顔を見つめた。
白磁の肌に金色の長い髪、そしてブルーアイズ。コーディネーターだから美しいのは判るが、色の組み合わせが典型的なアングロサクソンだ。ナチュラルの特権階級に多い風貌だと、思った途端、これ以上深入りするなと言わんばかりに、キラの胸がズクリと痛んだ。


「おやおや。君までそんなに見つめると、レイの顔にも穴が開きそうだな」
「え? うわぁ!!」

自分を助けてくれた少年に、抱きついたままぼーっと恩人の顔を眺める変な女。傍から見たら怪しすぎる。ましてや初対面かもしれない人を、ぶしつけにじろじろ見るだけでも失礼極まりない。恥の上塗り重ね塗りに、ますますキラの頬は火照る。

「ご、ごめんね。どきます。僕、直ぐ離れます……」
「あ、ああ……」
「ふふふ。私はお互い様だと思うが。ねぇレイ?」 
「ギル!!」

どうやら『ギル』と言う名の人の悪そうな青年は、人をオモチャにして遊ぶ癖があるらしい。黒髪の青年に思わせぶりに揶揄られ、少年の顔まで赤くなる。

「何がお互い様なんです?」
「姫君は四時間以上も爆睡していたんだ。だからレイもたっぷり君の寝顔を堪能した訳だ。おあいこだろ?」

キラは一瞬で血の気が引いた。
常識で考えたって、ありえないだろう普通。
見ず知らずの女が、ずうずうしくも自分の膝にコロンと寝転がっているのに、四時間以上も寝かせてくれる人間が何処にいる?
おあいこどころか、ますます少年に申し訳なくて、キラは泣きたくなった。


「ご、ごめんねレイ君!!」

コックピットで寝なれていたため、変な体制でも熟睡可能だった自分自身が憎い。
じわりと涙を浮かべて平謝るキラに対し、レイは顔を赤らめたまま、ふるふると首を横に振った。

「気にするな。ギルは口が悪い」

きっと内心は一杯呆れているだろうに、レイは焦るキラに対し、諭すように優しい言葉をかけてくれる。何ていい子なんだろう。
いや、いい子というよりかなりのお人よしだ。

「ごめん、本当にごめん。ねぇ、レイ君膝しびれてない?」
「気にしないでいいと言っている。さぁ、式典は終わったようだから、そろそろ行った方がいい」

といった直後、座っているレイの右膝を、ギルが左足で軽く蹴った。

「………くぅぅ………!!」
「レイ君?」

キラの目の前で、彼はあっけなく前屈みになり、全身をブルブルと震わせた。

「……ギル、よくも………」
「嫌、やせ我慢は体に悪いなと思ってね♪」

やっぱり痺れていたのだ。なのにキラに心配かけぬように無表情を作って。
キラはますます申し訳なさに涙目になった。

「うわぁぁぁん、ホントごめんねぇ〜〜!!」

おとなしい年下の子への定番の謝り方……キラは立ち上がると前屈みになったレイの頭をぎゅっと抱きしめて撫でまくった。
母の温もりを知らぬ子に、このスキンシップは強烈だ。勿論レイは、キラの胸の中で呆然と凍り付く。
これが懐かれる決定打となるなんて、今の余裕のないキラも知るよしもない。

「あはははは!!」

爆笑し始めた人の悪い男を蹴ってやりたいと思いつつ、痺れを堪えているのか、身を強張らせて固まっているレイに対し、キラはどうしていいか判らないまま、ずっとレイの頭を撫でまくった。


「き……、気にするな。もう俺は……大丈夫だから……」
「本当に大丈夫だから、………いいんだ、貴方が休めたのなら、それで……」


動けないのに気遣ってくれる、本当に何ていい子なんだろう?
キラはどんどん自分が情けなくなった。

周囲を見渡せば、来客はどんどん退場ゲートに向かっている。次々と空いていく座席に、式典も本当に終わってしまった雰囲気っぽい。皆の晴れ姿を見るために、わざわざ家族席に紛れ込んでいたのに、人様に迷惑かけただけなんて一体自分は何をやっている?


「レイ君みたいに親切な人、僕、会えて嬉しかった」
「……俺はレイ・ザ・バレルと言う……」
「ありがとう、レイ君♪」

抱きしめていた頭を外し、にこっと微笑むと、レイは顔を真っ赤にしたまま、何か言いたげに口ごもった。余程内気で奥ゆかしい子なのだろう。
キラは促すように、ますますにっこりと微笑んだ。
まるで笑顔の睨めっこだ。キラがにこにこ笑っていると、次第に彼もためらいがちだが、おずおず微笑んでみせてくれた。
無表情だった顔が、少し笑っただけなのに凄く可愛い。

「レイ君って、笑うと可愛い♪」

たちまちほんのり赤かった顔色が、唐辛子色になる。
ギルさんの気持ちが少しわかった。レイは、ついからかいたくなる面白い子だ。


(やっぱりこの子、どっかで会ったような気がする)

コーディネーターは、記憶力が抜群に良い。
一度覚えたことは忘れない筈だから、キラがそう思うのならきっと何処かで会っているのは確実だろう。
それがここの世界か、向こうの世界かは知らないが。


「あの……、貴方の名は?」

突然尋ねられ、キラは小首を傾げた。

「嫌、俺だけ名乗るのは…」

レイはもごもごと口ごもり、今度は項垂れてしまった。さっき物を言いたげだったのはこれだったのかと、キラは得心してほっこりほころんだ。
名前が知りたいと素直に言えばいいのに、言えない内気さがレイの性格なのだろう。
その、赤くなって俯く彼を、ギルという人は、やっぱりにまにま意地悪く笑って見ているし。
キラはぽしぽしとレイの頭を撫でた。

「僕はアステール・アマルフィだよ」
「……え?」
「おや?」

あっさり口にした途端、キラは自分の失言を悟った。
いくら式典が終わった雰囲気っぽいと言っても、自分は今日の勲章授与をエスケープした筈。

「……って言うのは、じ、冗談で……」

弁解も受け付けられず、ギルがキラの左手をさっと引っつかんだ。
手の平を、彼の指が辿って皮の厚い所を探ってる。グリップを握るマメの位置まで確認され、キラは背筋に寒いものを感じた。

「………ふむ。これは熟練パイロットの手だな。雪のような髪に紫水晶の瞳なら特徴も合う。なら、さっき壇上で倒れた英雄は………」
「え?」
倒れたって誰が?

「貴方が本当に『アステール。アマルフィ』?」
おずおずとレイに問われ、キラはギルに手を取られたまま、ぶんぶん首を横に振った。
「う、ううん。『キラ』だよ。僕は『キラ』♪」

てへっと笑って見せたが、やっぱりレイは怪訝そうな顔つきだ。

「アステール・アマルフィのあだ名は、確か『キラ』だったかな」
「何で貴方がそんなことを知っているんですか!!」

と、怒鳴った瞬間、キラは二度目の失言を悟った。

ギルはオモチャを見つけた子供のように、目をきらきらさせているし。
レイはますます、呆然とキラを見上げている。

(ど、どうしよう〜!!)

キラはたら〜りたらりと落ちる冷や汗を浮かべた。
そんな時だった。

「随分と楽しそうだな」
「ああ、ラウ。お帰り」

キラは、ギルが親しげに手を振る相手を見上げて硬直した。
だってありえない。なんでよりによって、こんなに広い家族席で、彼となんて会わなきゃならないのだ?
かつてのアスランと同じ、エースパイロットの証…赤服を身に纏った仮面の男が、貰ったばかりの勲章を胸に、口元に笑みを浮かべてレイの頭を撫でた。

「おや? レイは私にご褒美のキスをくれないのかね?」
「う、それは……」
「実は傑作な事に、彼は足が痺れててね、まだ立てないのだよ」

ギルがくつくつと笑い出す。
レイはムッとふて腐れるが、身を屈めたクルーゼに対し「おめでとう、ラウ」と、頬に軽いキスを贈る。

「………じ、じゃあ、僕はこれで……、ひゃう!!」

逃げたいのに、ギルが手を更にしっかりと握りやがって、離してくれない。
ぶんぶん手を振っても駄目だ。明らかに今後の顛末を面白がっている。

「で、こちらのお嬢さんは?」

仮面が一瞥した瞬間、キラはやっとレイが『似ている人』の顔を思い出した。


あの、メンデルの研究所――――― 
怪我したムウと一緒に、知った秘密―――――
怨嗟と憎悪。最高のコーディネーターという呪縛―――――
そして、仮面が外れ、一瞬だけ見たクルーゼの素顔――――――


キラは信じられず、ぼんやりと仮面を見上げた。全身もかたかたと震えが止まらない。
どこかで会ったことがあるかもどころじゃない。レイは、彼に似ていたのだ。声も顔も。


アルダ・フラガのクローンに―――――――


06.05.17



ゴメン、またもや切ります (><。)。。
レイが可愛くなって、延びました( ̄― ̄)θ☆( ++) 

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