君のいない世界で     04.アスラン





≪トリィ……、トリィ、トリィ?≫


緑色の鳥はぱたぱたと機械の翼をせわしなく動かし、遠慮なく砂浜にうつぶせになって倒れていた少年の肩をゲシゲシと踏みまくっている。
ときおり、早く起きろといわんばかりに、頬もつっつき、白い髪もひっぱり、何よりもむごいのは、機械の羽でびしばしと引っぱたかれていることだろうか。


キラは信じられなかった。
泣けば金色のコンタクトが剥がれてしまうと判っていても、涙が止め処もなく零れていく。


≪追加プログラムって、お前なぁ≫
≪題して、『ご主人さま、あえて嬉しい♪』さ、鳥の求愛ダンスみたいで可愛いでしょ♪≫

アスランは眉間に皺を寄せ、ため息をついていた。


≪どこが。それって踏まれて叩かれるのは俺だけじゃないか≫
≪そうだよ。だって、トリィを作ってくれたのって、アスランじゃないか≫
≪本当にこんなソフトを組み込むのか?≫
≪うん。こうすればアスランと会えた時、いつでも君ってわかるじゃん≫

貰ったトリィに、その日のうちにアスランのDNA情報を組みこませたのは、キラにある計画があったから。
作り主に激しく懐く仕種をプログラムしておけば、きっとこっそり会いにいった時に驚かすことができるから!!と。

その計画は結局叶うことはなかったが、こんな立場になってから、会いたくて堪らなかったかつての恋人と本当に再会する日が来るなんて。



「――――――アスラン!!―――――」


キラは緑のドレスが汚れるのも構わず、砂浜に膝をつくと、気絶しているザフト軍のパイロットスーツを身に着けていた少年を抱きしめた。

その拍子に、しゃらんと何かが鳴った。アスランの襟元から鎖に通した小さな金属のプレートが露になっている。
キラの背後にずっと付き従っていたトダカ一佐の、こくりと息を呑む音が耳に届く。


「トダカさん、彼を宮殿に運びます。彼は僕の幼馴染なんです、ザフトだからって…どうか見捨てないで」
彼はキラの護衛も兼ねてくれる心優しい人だけれど、オーヴは地球軍にもザフトにも協力はしないと発表したばかりだ。しかも、彼はプラントの国防委員長に就任した、パトリック・ザラの一人息子。
いつまでも隠し通せるとは思わない。さっさと手当てをし、父が気づいて外交の駒に使おうとする前に、彼をプラントに逃がしたい。


「いえ、カガリ様、怪我人を見捨てるとかのご心配は不必要です。ただ、私が言いたかったのはこちらのことです」
トダカ一佐は、膝をついてキラの横に屈みこむと、アスランの襟首にある鎖をひっぱった。
キラの前に、銀色の、指を二本揃えた程度の大きさの、平べったい金属プレートが差し出される。

「カガリ様、これはドッグ・タグと言って、軍人がもし己が死亡した時に、身元が確認できるように必ず持たされるものです。ご覧ください」

トダカ一佐が指で示したプレートには、地球連邦軍 第八艦隊所属の「キラ・ヤマト少尉」と綴られていた。

「どうして僕の名前が……!!」


キラはぎょっとしてプレートを握り締め、周囲を見回した。
幸い、ここにいるのはキラとトダカの二人だけ。
不安げに彼を見上げると、トダカはキラを安心させるかのように、ポシッと頭をかき撫でてくれた。

「カガリ様、それは私がお預かりいたします。それから、後のことはウスミ様と相談の上、取り計らいますので、姫は急ぎ宮殿へお戻りください」
彼は軍人、きっと、キラがどんなに頼んでも、ウスミに全て報告してしまうだろう。
時間が惜しい。宇宙にさえ出してしまえば、後はアスランが自力でなんとかするだろうから、皆に気づかれる前に、シャトルもこっそり用意しなきゃならないし。
「彼も一緒でいいでしょ?」
「ええ。今から私がお運びいたします、さぁ、参りましょう」


ほっとしたキラは、アスランをトダカに預け、彼の早歩きに置いていかれないように必死で岩石混じりの砂浜を歩いた。


でも、どうしてアスランがここに漂流したのだろう?
それに、ザフト軍のパイロットスーツを着ているなんて。彼はいつから軍人になったのか?
そして、あのドッグ・タグ、地球連邦軍第八艦隊所属の少尉なんて、一体どいつがあんなタチの悪いものをこしらえたというのだ?


【キラ・ヤマト】

この名は既に、オーヴにとっては禁忌、永遠に抹殺したものだ。
何故彼がこんなものを持っている? 
キラはちらりとトダカにお姫様抱きされている少年に目を向けた。
塩水でぐっしょりと濡れた髪が、太陽の光に透け、淡く輝いている。
とても艶やかな濃紺色だったのに、キラの良く知る色はすっかりと損なわれてしまった。



――――コーディネーターなのに、髪が真っ白になるなんて。一体、彼に何があったの?――――





☆ ☆

それは二年前のこと。


「キラも直ぐ、プラントに来るだろ?」


月の都市コペルニクス、学校帰りの桜吹雪の舞い散る中、ドキドキと顔を赤らめつつトリィを差し出したアスランに、キラは幸せそうに微笑んだ。

そもそもの話は一昨日の夜まで遡る。
アスラン達がプラントに帰ると決まった日、ハルマとカリダはザラ一家を晩餐に招いた。だが、そのお別れ会を行った酒の席で、例のごとく、酔ったパトリック・ザラがキラに抱きつき、『キラちゃんを、是非うちの息子の嫁にくれ!!』と暴れだしたのだ。
いつもなら、そんなキラ馬鹿ぶりを発揮する父親を、母と二人がかりでしばき倒すアスランだったが、その日は違った。
彼までもが父親の尻馬に乗っかり、にっこり黒さを滲ませた笑顔全開で『叔父さん、俺はキラを絶対に幸せにします!! 大切にします!!だから安心して俺にキラをくださいね。 駄目とおっしゃるのなら誘拐してでも連れて行きます!!』などと、今までの信頼関係を木っ端微塵にするような暴言を吐きだしたのだ。


「よくぞ言った、見直したぞ馬鹿息子♪」
「父上、人に馬鹿という暇あったら、とっとと父上専属のSPを回してください。大事なキラを、どんな妨害があっても、無事連れ帰らなければならないでしょ」
「ちょっと、待って!! アスランもパトリック叔父様も酔ってるでしょ!! レノア叔母様、二人がおかしいから止めて!!」
「ごめんねキラちゃん、叔母さんも貴方にお義母さまと呼ばれたいの!!」
「そんなぁ!?」


ザラ親子揃っての形相に狂気を見たのか、はたまたここで誘拐されたらプラントに行けないナチュラルな我が身を省みたのかは定かではないが、ハルマ・ヤマトはキラ本人が希望するなら、自分達も準備が整い次第にプラントへ移住すると、泣く泣く許可を出したのだ。


あの夜の返事はここですると約束した。
桜の花びらの舞う中で、じっとキラの言葉を待つアスランは、いつになく真剣かつ不安げで、いつも何事にも動じないのに、その仕種がとても可愛いと思ったことは内緒だ。
自分自身、タチが悪いなと思いつつも、こんな心もとない表情を浮かべるアスランが見ることができたのだ。彼が自分のことを本当に好きなんだと思うと、キラは嬉しくて顔が緩みっぱなしになる。
勿論、返事は決まっていた。
キラだってアスランと離れるなんて絶対嫌だ。いらえなどあろうはずもない。


「ア〜ス〜ラン♪」
彼の顔をじっと覗きこみ、こっくりと頷く。
その瞬間、キラは彼に勢い良く抱きしめられたのだ。


「キラァ〜、俺、絶対にお前を大切にする♪」
「あはは、ありがと♪ でも、気が早いよアスラン♪ 僕ら移住するのって、多分三年後だから♪」
途端、幸せの絶頂にいたはずの少年の顔は、みるみる血の気を失っていった。
「はあっ? なんだよそれ!!」
「母さんが言うにはね、僕の花嫁衣裳、大急ぎで作ったって、それぐらい時間かかるんだって」
「待て!! どうして衣装一つに三年もかかるんだ!!」
「かかるでしょ。ヤマト家の正式な花嫁衣裳は、平安時代の十二単だもん。ただでさえ着物作る職人さんなんて少ないのに、帯とか着物の彩色も刺繍も仕立ても全て、全部手作業でやってもらうって。髪に飾る花簪も、帯を止める飾りも、扇も全部金細工の手作り品予定だし。それに結婚式は自分の髪で結うから、かもじ(つけ毛)も使うけれど、僕の髪もう少し伸ばさないとね、だから最低三年♪」

「嘘だろ〜〜〜〜」
「ホントホント。まぁ、そんな訳だから、父さん母さんの我侭につきあってあげて」
アスランは目を見開いて固まっていた。
無理もない。自分だって正直、そんな仰々しい仕度はいらないから、今すぐにでもアスランと一緒にプラントに行きたいぐらいだ。なのに三年も離れなくてはならないなんて、寂しすぎる。


「ウエディングドレスも勿論着たいから、そっちはレノア叔母様とアスランが選んでね♪」
でも、十二単でお嫁入りなんて、多分プラント初だろう。きっと目立つだろうなと、キラは一人ごちた。

ヤマト家は、名前を見れば判るとおり、今やオーヴに吸収されて久しい東洋の神秘の国『日本(倭国)』の皇族の血を引く家柄だった。元々家系図を遡れば2000年は楽々遡れる歴史ある血筋で、今はただの庶民だが、当の昔に廃れた筈の日本の文化と伝統を、今も大切に守っている。

ハルマに涙ぐまれながら…『私達が折角苦労して育てた娘を、アスラン君とはいえ男に浚っていかれるんだぞ。究極の自己満足だろうが構わん。私達がキラのことを本当に愛していたんだと、ザラ親子やプラントの連中に見せつけるためにも、もう二度とこの世に出ないような衣装を作って、キラを三国一の花嫁にするんだ!!』と言われれば、キラだってこくこく頷くしかない。

また、カリダにも…『いずれはキラをアスラン君の所に嫁がせる覚悟はできていたんだけれど、いくらなんでも13歳は早すぎるわよ。成人する18歳まで待ちなさいなんて、野暮はいわないから、せめてあなたの花嫁修業が終わる三年ぐらいは、この家に居て頂戴』と泣かれれば、やはりキラはこくこく頷くしかない。



「でもね、三年間ずっと離れているわけじゃないからね。まず、結納の準備が整ったら、一度家族三人でディッセンベル市に行くみたい」
「え、何? 結納って?」
「僕も詳しくは知らないんだけれど、君のところで言う、婚約のこと…かな? 色々作法があるみたいだから、今度アスラン達が着る和服と、父さんと母さんの結納式の時の映像を編集した学習ディスクを送るよ、頑張って覚えてね♪」


アスランは不服そうに口を尖らせた。

「結納にくるんだったら、そのまま俺の家に住めばいい。普通、花嫁修業って言ったら、嫁ぎ先でやるんじゃないのか?」
「怒らないでよ。ほら、言ったでしょ。僕の花嫁衣裳を作るって。職人さんは皆ナチュラルなんだから、プラントに連れて行けないでしょ」

アスランはむっすりと、まだ膨れている。

「アスランが皆に自慢できるぐらい、とびっきり綺麗になっていくから。それから、君の進学するカレッジが長い休みになった時は必ずアスランの家に泊まりに行くし、クリスマスもバレンタインデーも君の誕生日も、絶対アスランのところにかけつける。だから、僕が行くまで、プラントで待ってて」

約束…と、ほっぺにキスをすると、アスランは漸く表情を和らげた。


けれど、その時交わした約束は、結局一つも叶うことはなかったのだ。



アスランがプラントに旅立っていって一月後、突如、月のコペルニクス市に元気娘が一人出没した。
彼女がキラの未来を変えてしまったのは、運命の悪戯としか言いようが無い。





「おい、お前がキラか!! うわぁ、やっぱり私と似てるな。お前がプラントにいる奴に嫁ぐって聞いて慌てて来たんだぞ」

玄関先でいきなり、見ず知らずの少女に抱きつかれてキラは固まった。
少女とわかったのは、真っ赤な七分袖のTシャツを着た少女の胸に、かすかな膨らみが見て取れたからだ。そうでなければ、カーキ色のチノパンに、深めのハンティングキャップに短くカットされた金色の髪を押し込み、小さなリュックサックを背負っている彼女を、キラは完璧男と間違えて、悲鳴を上げただろう。

「あの、貴方はどちら様ですか?」
「私はカガリだ。ハルマ叔父様とカリダ叔母様にそう伝えてくれればわかる。二、三日泊まったらおとなしく帰るから、そう気をつかわなくていいぞ」

そう言って、彼女はわっしわっしと、キラの髪をぐしゃぐしゃにかき撫で、さっさと靴を脱いで上がりこんできたのだ。
靴で家の中に入ってこないのは、ヤマト家の風習を熟知している者だけだ。
キラは彼女が親戚の人だと確信した。カガリは自分と髪と目の色こそ違うが、顔立ちはそっくりだったし、初対面なのに何故か憎めない。

居間に通して緑茶を勧めれば、カガリは屈託なく笑った。
お盆を持ったままのキラを引き寄せ、ソファーに頭から突っ込んだ彼女を、カガリはぎゅっと抱きしめてきた。

「ちょっと、いきなり何するんですか、貴方は!!」
「煩いな。今私は、感動を噛みしめているんだ。邪魔をするな」
「はぁ?」

話が見えない。

「私はキラにずっと会いたかった。お前が月にいるって、子供の時から知っていた。いつかは会えるって信じてたけど、お前がプラントに行ってしまえば、もう二度と会う機会はない。だから、私はこの最後のチャンスを絶対逃したくなかった」
「……はぁ……、そうなんですか。でも僕、お嫁に行くのって三年後なんですけど……」

といっているのに、人の話を聞いていない少女は、ますますキラを抱きしめる腕に力を込めた。

「私は、ずっとお前に会いたかった。本当に会いたかった。やっと夢が叶ったんだな」

やっぱり、話が良く判らない。
どうして彼女はこんなにキラのことを執着するのだろう?

「お前は、政略結婚じゃなくて、本当に好きな奴に嫁ぐんだよな」

当たり前だった。由緒正しい家柄だって、何十年か前には没落して庶民になったヤマト家の自分に、政略結婚なんて話が回ってくるわけないじゃないか…、という言葉をぐっと飲み込み、キラはやっぱり意味不明なカガリの話を反芻した。

「えーっと、じゃあ、カガリさんは好きな人の所に嫁げないってこと?」
「お前、なかなかイイ勘してるな。まあ、私には生まれながら定められた婚約者がいる。けれどお前は気にする必要はない。それが私の役目なんだ。私は国と結婚しているようなものだから」

ますます訳が判らなくなってきた。

「そんな風に言われれば、気にするなといわれたって、普通気になるでしょうが」
「いいか、お前は絶対に幸せになれよ。約束だ」
「だから、貴方は一体何なんですか?」

人の話を聞かないのは、やっぱり遺伝かも。
キラがあっけに取られて硬直している間、買い物袋を提げたカリダが居間に入ってきた。

「ただいまキラ、玄関に靴があったけれどお友達? なら、冷蔵庫に桜餅があるから、出してお食べなさい。今果物も……」

カリダの手から、イチゴの入ったパックが滑り落ちた。


「カガリさま!! どうしてここに!!」
「母さん、この人誰?」



それが、キラにとって、双子の姉との最初で最後の遭遇だった。
帰宅したハルマは、即座にカリダと一緒になって、せめて一晩泊まらせろとくずるカガリを力ずくでエレカに放りこみ、宇宙港へと行ってしまった。
「彼女を地球に帰したら、理由を説明するから」と、そう言っていたのに。
結局、そのまま両親も帰ってこなかった。
三人とも、シャトルの待ち時間中に、ブルーコスモスのテロに合い爆殺されたのだ。


キラはその後直ぐに、カガリを追いかけて月に来た守り役のキサカ一佐に保護され、三人の遺体と一緒にオーヴ軍の戦艦で本国へと連れて行かれた。
そこで、キラは初めて本当の父親に、ウスミ・ナラ・アスハと会ったのだ。


一体何処で歯車が狂ってしまったのだろう?
オーヴは、アスハ家の唯一の跡取り姫を失うわけにはいかなかった。
だから、月の宇宙港で死んだのは、キラ・ヤマトとコペルニクスのデーターを改ざんしたのだ。
そしてオーヴの跡取り姫は、当然プラントに嫁げる筈がない。


両親も死に、双子の姉も死に、今まで住んで居たコペルニクス市から浚われ、見ず知らずの国、見知らぬ離宮に押し込められた。宮殿の内外は警護とうそぶく監視人のオーヴ軍人に隙間なく見張られ、逃げ出すことも叶わない。
キラ・ヤマトの人生は終わった。彼女はカガリの役割を強要されたのだ。
もう二度とアスランとも会えない。
そう現実を突きつけられた僅か13歳の少女に、一体何ができたのだろう?


その日からカガリ様と呼ばれ、姫の役割を叩き込まれて生きてきた。
いつかアスラン達が助けに来てくれると、そんな儚い希望に縋ってかろうじて生き続けてきたのだ。
だが彼は去年、シーゲル・クラインの一人娘、ラクスというアイドルと婚約を交わした。プラントの象徴となった二人が、仲睦まじく微笑み会っている姿がマスコミを賑わせる。


助ケテ助ケテ助ケテと、ずっと祈っていたのに。
アスランはもう二度と来てくれない。
キラを待っててくれない。


―――――いいか、お前は絶対に幸せになれよ。約束だ―――――

カガリがそう力強く抱きしめてくれた、あの時の笑顔がよぎる。

―――――究極の自己満足だろうが構わん。私達がキラのことを本当に愛していたんだと、ザラ親子やプラントの連中に見せつけるためにも、もう二度とこの世に出ないような衣装を作って、キラを三国一の花嫁にするんだ!!――――――――


―――――アスラン君に、いつかは持っていかれる覚悟はできていたけれど、せめてあなたの花嫁修業が終わる三年ぐらいは、この家に居て頂戴――――――――

ハルマとカリダの涙ぐんだ顔もよぎっていく。


みんな、自分の幸せを願ってくれた。キラの幸せを願って死んでいった。
なのにアスランは!!
キラを忘れて、あの妖精みたいな人と……幸せになってしまう。


ごめんなさい。皆、応援してくれたのに。
もう、僕、駄目―――――!!

絶望が、キラに諦めることを憶えさせた。
自らは何も希望せず、ただ、周囲の期待にのみ応える姫君になった。


――――――その日を最後に、キラはカガリになった―――――――








カガリになりきるつもりだった。
オーヴの次期首長として、18になったら、カガリの生まれながらの許婚者と結婚する予定だし、プラントと地球連合軍とが開戦した今、自国を守るためならどんどん武器開発にも協力していくつもりだ。


なのに、何故今頃になってアスランは現れるのだろう?
何もかも諦めた今になって。
しかも、ザフトの軍人なんかになって。

キラの心をかき乱して!!



☆☆



ウスミ・ナラ・アスハが、トダカ一佐を連れキラの住む離宮を訪れたのは、アスランを救助した三日後だった。


マーナに指示して女官全て人払いし、キラは執務室のソファーに腰を下ろした二人に対し、自分手ずから紅茶を入れた。話の内容はわかっている。きっと、キラの大切なアスランのこと。
彼が国防委員長の子息だと、もうとっくにばれているだろう。父は一体、どんなふうに政治に利用するつもりなのか?

オーヴは今でこそ軍事大国と煽てられているが、所詮領土の狭い小国だ。地球連邦軍に本気でかかってこられれば、鎖国など一瞬で崩れる。
それこそ、ザラ家の子息を差し出すぐらい、オーヴを守るためなら喜んでそうするだろう。
アスランは利用させない。
政治の駒に使われる前に、なんとしてでもプラントへと逃がしてみせる。


「あの者の様子はどうかね?」

来た。

キラは唇を舐め、注意深く言葉を選ぶ。

「私がつきっきりで看護しましたが、一向に目覚める気配はありません」

「彼は、お前の幼馴染だと聞いたが」
「はい、月の幼年学校にいたころからの友人です」
「アスラン・ザラ君、だったかな。キラ・ヤマト嬢の婚約者は」
「そうですが」
「彼は本当に『アスラン・ザラ君』なのかね?」

ザラというファミリーネームは珍しい。しかもアスランという名前も変わっている。
しらじらしいと思いながら、キラは無表情を作った。

「父上は何をおっしゃりたいのですか? 彼がプラントのパトリック・ザラ国防委員長の子息かどうかを、私に聞いているのですか?」

「カガリ、お前にはオーヴの犠牲を強いていること、本当に済まないと思っている。だが、今はそう突っかかってくれるな。これから話すことは重大なことなのだ」
「伺いましょう」

とんっと、ウスミは小さな黒い箱をテーブルに置いた。大きさは日常使う辞書程度しかないそれは、一見ただの物入れかと思う。だが、キラはモビルスーツの開発も手がけている。それが何か直ぐわかった。

「父様、そのブラックボックスがどうかしたのですか?」
「昨日、この島の浅瀬でモビルスーツのコックピットの残骸が発見された。それは核の熱でドロドロに溶けていたよ。ボイスレコーターが生き残っていたのはまさに奇跡だった」

核という不吉な言葉にキラは眉を顰めた。
先日のバレンタインデーの日、地球連合軍が非道にも、ただの農業プラントに核攻撃を強行した事件は記憶にも新しい。
実際、プラント側の新型モビルスーツでの防衛が成功し、奇跡的に未遂で終わったと報告が来ているが、キラ自身今でも、女子供を含む民間人しかいなかったコロニーに、あえて攻撃を加えた地球軍の卑劣さに心底憤っていた。


ウスミは再生のスイッチを押した。

≪――――キラ、お前を愛している。だからお前は生きろ――――≫

突然流れ出した言葉に、キラは目をみはった。


≪アスランのいない世界で、僕が生きてても意味がない!! 僕を置いていかないで。アスラン、アスラン……、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!≫


気が狂ったように泣き喚く声が耳から離れない。
キラは信じられなかった。
アスラン、キラと互いを呼び合う二人は、自分とアスランにそっくりな声だ。
でも、キラはこんな会話をアスランとしたことはない。


「父様、これは一体?」
「過去、ハルマ・ヤマトがお前とアスラン君の結婚が決まったと私に報告を寄越した時、ハルマはお前が将来アスラン君との子を授かるように、万全の体制を敷くつもりだったのだろうな。アスラン君のDNAデーターも寄越し、遺伝子をコーディネートする際、失敗の確率のメディカル・チェックを頼んできたのだよ。その時のデーターが宮殿に残っていた。
オーヴの医師団はデーターを照合してみた結果、彼をアスラン・ザラ本人と確定した」
キラはまだいぶかしんでいる。
「コックピットを解体して調べたが、彼が乗っていた機体の製造年は、コズミックイラ71となっていた」
「え?」




――――キラ、お前を愛している――――

そう、切なく絶叫したアスラン。

――――死んじゃ嫌だぁ――――

そう、泣き叫んでいたキラ・ヤマト。



ジェネシスという、地球に住む全ての命を奪う兵器を止めるため、アスランは自爆する道を選んだのだという。それを止めようとして叶わなかったキラの痛々しい絶叫が延々と耳に残る。


「場所は多分宇宙だろう。それに、キラ・ヤマトのドッグタグの件もある。もし彼が本当に一年後の世界から来たというのなら、私は彼らが体験した未来が知りたい」
「知ってどうするおつもりか?」
「無論、今後の国政に役立てるつもりだ」


キラは唇をかみ締めた。
例えあの白い髪のアスランが、時空を超えてやってきたとしても、未来を変えてしまえば彼が帰れなくなる可能性がある。
そんな可哀想なことを、アスランにどうして強いることができる?

「話すとお思いですか? 彼はザフト軍のパイロットスーツを着ていたのですよ」
「だが、今の彼に行き場はあるのかね。時空を飛んで一年前の世界に現れても、今この時代にはアスラン・ザラ本人がいる。元の時代に戻るにしろ、新しく戸籍を作って生活するにしろ、どちらも生活の基盤は必要で、私ならばオーヴの市民権を直ぐに与えることができる。彼にとって、悪い取引ではないはずだ」
「無駄です、父上。彼はまだ目覚めていません。彼が起きましたらご連絡いたしますので、今はどうぞお引取りください」

勿論、アスランが目覚めたら、父に連絡などせず、即座に逃がすつもりだ。
そんなキラの思考はもうとっくにばれているのだろう。

「カガリ、お前もオーヴの現実をわかっているのだろう?」

鎖国し、無関係な中立を内外に発表しているが、軍事大国なくせに土地も人も小国並みなオーヴである。力づくで攻め込まれればひとたまりも無い。
アスランが核を抱いたまま自爆せざるをえない未来を垣間見て、父が不安にかられるのも仕方が無いこと。
戦争は狂気を生む。長引けばきっと、両軍ともに自制心が段々とかけていく。
平気で核をという禁断の兵器に手を出した証拠もここに揃っている。
でも、そんなこと…あのアスランには関係ない。

「ウスミ様は僕の人生を捻じ曲げた上、僕の何よりも大切な人の未来も奪うおつもりなのですか!!」
「彼はお前の『アスラン君』かね? 違うであろう。別人なのだよ、彼は」
「それでも彼はアスランです!! 国の犠牲になるのは、僕一人で沢山だ!!」

絶叫したキラは、きつくウスミを睨みつけた。

「欲張らないでくださいね。もしあなたが彼に手を出せば……、この国は永久に「カガリ姫」を失いますよ」

口元を歪め、くつくつと喉を鳴らす。
今まで一度も使わなかった切り札を、今使わずにいつ使う?

「キラはどうせもう死んでいる人間なんでしょ。アスハ直系の姫もヤマト直系の姫も、既に僕一人だ。僕が自害したら、オーヴに巫女になれる女はいなくなる。貴方がどうやって、巫女姫なくしてオーヴの守り神達の怒りを静めるのかは知らないけれど、僕は黄泉の国でハルマ父さんとカリダ母さんと一緒に、楽しく見物しますね」

ウスミの顔は血の気を失い、土気色になっていた。

「カガリ!!」

「カガリ様!!」

ウスミの声を遮る怒声が響く。
恰幅のよい体で執務室に飛び込んできたのは、女官を束ねているマーナだった。

「カガリさま、急ぎお越しください。あの方がお目覚めになられました」
「チッ、馬鹿アス!!」

思わず舌打ちした。
どうして目覚めて欲しい時はさっぱりだったのに、こんな時に目覚めるんだ。

「ですが、様子がおかしいんです」

マーナは明らかにうろたえている。
キラの腕をひっぱり、転がるように廊下を突っ走る。
あの礼儀作法にうるさい彼女が、ウスミに挨拶もなく退出するなんて。走るキラも段々と嫌な予感に襲われていた。

「マーナ、アスランに何があったの?」
「どうぞ、ご自分の目で!!」

彼の部屋は、白衣を着た医師や看護婦達、それと女官達が走りながら出たり入ったりとせわしなく動いていた。

「吸引機、早く!!」
「詰まれば呼吸が止まる!!」

ただでさえ狭い部屋には、仰々しい医療用の簡易オペ機が運び込まれており、錆びた鉄のような匂いが部屋に充満していた。
キラは、急ぎ人ごみを掻き分けてアスランのベッドへ向かった。

「アスランは? アスラン、どうしたの!!」

ベッドの枕元は、血だらけだった。
うつぶせになったアスランが、けほっと嫌な音を立てて咽こむごとに、かつて白かった枕とシーツに、新たな血を吐き散らしていく。

「アスラン!!」

医師達が彼を押さえつけ、横を向かせて彼の口に透明な呼吸器を取り付ける。
そして丸く抉られた口元の覆いに、長いタバコ程度の長さの金属を差し込み、彼の喉に溜まった血を吸い取った。

「どうして? どこか怪我でもあったの? 肋骨でも折れて肺に突き刺さったの? どうして彼、こんなに血を吐くの?」
「いえ、怪我は打ち身程度しかありません。カガリ様、彼に持病は?」
「ある筈ないよ、彼、コーディネーターだもん!!」

しかもアスランは第二世代のコーディネーターだ。遺伝子のコーディネートに失敗する可能性もある第一世代とは異なり、二世代に血を吐くような大病を患った事例はない筈だ。

呼吸がきちんとできるようになってからしばらく後、アスランの顔が穏やかになった。
ころりと仰向けに寝かせられた拍子に、彼の美しい翡翠色の目が、キラの方に向けられた。

「アスラン、大丈夫? どうしてこんなことに……」

彼はぼうっとキラを見ていた。
嫌、キラの方を眺めていただけ。彼の目の焦点は合っていなかった。

「………アスラン…、それが、俺の………名前なのか……?」
「アスラン?」
「……お前は誰?」

そして彼は、ぼうっとしながら、ぐるりと周囲を見回した。

「………どうしてこんなに暗いんだ? 何にも見えない…じゃないか……」
「……アスラン……、嘘でしょ……?」




彼の記憶は何もなかった。
キラのことも、モビルスーツのことも、ジェネシスも何も覚えていない。

それから直ぐに、医師団が彼を徹底的に検査した。その結果、彼の体から大量の放射能が検出され、明らかに核で被爆した患者と同じ症状……つまり、白血病と診断された。
彼の目も、おそらく…、核爆発時の眩い光によって角膜を傷つけてしまったのではないかと推測された。

目は角膜を移植すれば治る。白血病も、昔と違って今は不治の病ではない。無理をさせれば命の危険はあるが、安静にして根気よく投薬治療を続ければ、五年ぐらいできっと完治するだろう。
だが、彼の記憶は?
こればかりは、オーヴの医師団にもどうすることもできない。
キラにだって、どうすることもできない。

でも……。


「アスラン、君は大丈夫だから」

キラは看護用の椅子に腰を下ろし、アスランの傍に付き添っている。
今後しばらくの間、執務も食事も睡眠も、全てここで執り行うつもりだ。次に彼が不意に目覚めても、記憶のない彼を不安にさせたくない。

「君には僕がいるから。大丈夫、絶対に助けてみせる」

ベッドに横たわる白髪のアスランは、先程点滴に注入した睡眠導入剤が効いてよく眠っている。キラは愛しげに、何度も何度もアスランの髪を撫でた。

彼はウスミの言うとおり、確かにキラの婚約者だったアスランじゃない。けれど、それが一体どうした。一年前からタイムスリップしてきた彼も、確かにアスランなのだ。
どんなアスランでも、キラは彼を愛してる。
彼が弱っているのなら、治るまで見守るし、絶対に元気にしてあげたい。
誰にも邪魔させない。

「僕が守るよアスラン。君は僕が守る。だから、早く良くなって」


――――――絶対に、君を守る――――――


キラはこの日、初めてカガリ・ユラ・アスハに、ウスミ・ナラ・アスハの跡取り姫になってよかったと思った。

05.07.16.



なんちゅう長さやΣ( ̄ロ ̄lll) ガビーン。打ち込むだけで、三日もかかるとは!!

結局オリジナル設定導入。SEEDにおけるヤマト家は日本の皇族で巫女姫です(デタラメな捏造や〜)。今後書く予定の月姫シリーズの長編も、この設定生きてます。

でも、今回の『君のいない世界で』には妖怪も妖精も精霊も聖獣も出てきません( ̄ ̄▽ ̄ ̄) ニコッ。
次回で序章が終了です♪


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