郭公の棲家 1
アマルフィ家の朝は遅いが、キラの腹時計は早い。
いつものようにお腹が賑やかにきゅーくるくると鳴り、キラはもぞもぞとベッドから身を起こした。
枕元の目覚まし時計に目をやれば、デジタルの数字がジャスト7時になったところだった。流石ガモフで規則正しい幼馴染のダミーに鍛えられただけあり、我ながら正確である。
自画自賛しながら、鳴り始めた目覚ましのスイッチをオフにする。その際、サイドボードに置いてあるオレンジ色の平べったいA4サイズのファイルを見つけてしまい、キラは嫌そうに目を眇めた。
ファイルは休日前にミゲルから渡されていたもので、アマルフィ隊に追加配属可能な赤服のパイロットリストだ。
『結構優秀なヤツが揃ってる。隊長が希望するなら、誰でも引き抜けるぜ♪』
ミゲルにそう言われても、キラはザフトのパイロットなど誰が誰だかわからない。
それに何よりも腹が立つことに、赤服増員が決まった途端、オロールがガモフ所属から外されてしまったのだ。
彼が緑の制服だったことと、ミゲル程優秀なパイロットでなかったこと。それを理由にザフトの女神になったキラの隊に相応しくないと判断されたのだが、そう上層部から一方的に人事異動を突きつけられても、はいそうですかとキラは従えない。
キラ自身、アスランとイザークの徹底ガードがあったため、オロールとあまり話もできなかったが、朴訥で真面目な良い人だと信頼した人物だ。だから彼女は『代わりのパイロットなど要らないから、彼を戻せ』と抗議もしたけれど、上層部は彼女の声を無視してしまった。
となると、結構頑固なキラである。
目茶目茶人事部が気に入らなくなってしまった。
大体キラは半年後、自分の隊にアスランとイザークとディアッカを呼ぶつもりだ。今欲張って人員を確保すれば、将来三人が卒業する時に、きっと隊の内部で反発が起きるだろう。
だから彼女はきっぱり『もう、面倒臭いから増員なんか要りません』と意思表示したのだ。
なのに、ミゲルは真っ向から反対した。
『パイロットは最低4人は必要だ。MSも4機あれば色んなフォーメーションが組めるからな。大体これから地球降下作戦があるのに、ザフトを背負って立つアマルフィ隊が、俺とあんた2人でどうやって任務をこなしていくんだよ。戦争を嘗めるな!!』
そうミゲルにしつこく言われても、キラ自身不幸なことに、アークエンジェル時代は戦略だの作戦だのは一切無縁の戦いだった。
ラウ・ル・クルーゼの隊から、必死で逃げてアラスカに向かうだけの日々、その何処に戦略的に有効な作戦だの、攻略方法の立案等があるという?
ラクスと合流した後だって、第三勢力を名乗っていたが、結局はテロリストの一員だ。やっぱり決まった作戦や戦略などなく、猪突猛進にミーティアを駆り、力技で破壊活動に専念していた気がしてならない。
(………僕、よくこんな行き当たりばったりで生き延びたよ………)
しばし遠い目をして30秒、キラはぽりぽりと頭をかき、やっぱりはふっとため息をついて、手に取ったファイルをポンとサイドボードに戻した。
新メンバー候補60人のプロフィールなんて、全く見る気もしない。締め切りは明日だか、どうせ自分は休日だ。知らぬ存ぜぬで乗り切ろうと、結構嘗めたことを思いつきほくそえむ。
キラは嫌なことは後回しにする性格だ。それも「アスランが必ず手伝ってくれるから♪」という、子供の頃からの根強い信頼と依存に基づいた悪癖は、過酷な軍隊生活でもとうとう直らなかった。
「腹ごしらえ♪ 腹ごしらえ♪」
うきうきとサイドボードの引き出しを開け、ザフト軍本部の売店で、大量に買っておいたお菓子の中から、アーモンド入りのチョコレートバーを1本つかみ出す。ビニールパッケージを行儀悪く口で引き裂き、早速甘い塊をぽりぽり幸せにほお張る。
朝が遅いアマルフィ家では、朝食は大抵9〜10時。勿論すきっ腹を抱えることになるキラなので、菓子は大切な非常食である。
小腹が満たされた所で、ひらひらネグリジェを勢いよく脱ぎ、クローゼットを開ける。そこもうんざりするぐらいのレースの海だ。キラの髪に合わせてあるのか、ハンガーにかかった服は白が多い。
それでも一着ぐらいはまともな服はあるだろうと、吊るされたドレスの山を掻き分けるが、Tシャツやジーンズどころか、トレーナーやシャツ、スラックスもニットもない。
しつこく何度もハンガーを捲って調べてみたが、部屋着になりそうなものも一着も見当たらない。どれもこれも、着せ替え人形もかくやという少女趣味のドレスだらけだ。
キラはがっくりと肩を落とした。
(ねぇ、ロミナお義母さまの趣味って一体!?)
これで休日一日目の目標は決定した。
カジュアル服を買いに行こう。
昨日ガモフから降りがてら、ユーリがキラに【アステール・アマルフィ】名義の電子マネーカードをくれたのだ。それには嬉しいことに、ザフト軍から支給された給料が入っていた。地球軍時代もあわせて軍人生活を1年近く勤めてきたが、キラにとって初任給だ。
自分で自由に使える軍資金はできた。だが、買い物に着ていく服がない。
ドレスを着るぐらいなら、軍服の方がマシかな?…とも思ったが、確か記念にととっておいた筈の、緑の軍服が消えている。残りは例の隊長服のみで、街中に行くのに白い軍服など、目立って仕方ないので却下した。
(ううう、ニコルから服を借りておけば良かった)
ふと可愛い義弟の顔が脳裏に横切ったが、彼とは昨日の夕食時、初めて姉弟喧嘩をやらかし、以来一言も口を聞いてくれない。
かなり気まずいが、キラから折れる気は全くない。
かといって、またメイドの服をこっそり拝借すれば…メイドさん達が迷惑するだろうし。
(アスラン休みかな?)
頼れる幼馴染もどきの顔を思い浮かべたが、ラクスに遠慮すると決めたばかりだ。やっぱり彼を誘うことはできない。
キラはとうとう諦めた。重いため息を一つつくと、自棄になってクローゼットの中をさばくり、一番華美でなさげなドレスをひっつかんだ。
体にフィットしたノースリーブの上着、けれど背中に10も小さなボタンがあり、しかも首を一巻きした後に後ろで大きなリボン一つくくって背中に流す。腰はパニエを履いたようにふわりと大きく膨らむ癖に、足首でぎゅっと引き絞ったバルーン型のドレスだ。これがズボンならピエロみたいで可愛いのにと、不謹慎なことをついつい思う。
なんにせよ、こんなドレスはキラが今まで一度も着たことがないものだ。着方に首をかしげながら、せっせと身につけてみたが、鏡で映して見ても、服だけ浮いてる気がする。
自分に合っているととても思えないので、結構不安になる。
キラだって一応は女の子だし、これでも服の着こなしには一応気を遣っている。
ちょっとかかとが高い白いミュールを履き、手首に巻けるタイプの小さめの鞄を選ぶ。小道具を合わせたら、なんとか見られる服になった気がする。ハンカチとカード、それに口寂しい時用にと、一口キャンディを3つ放り込み、キラはほっこりとほころんだ。
「ま、これでいいか♪」
意気揚々と出かけようと、ドアを出た直後だった。ばったりと通りがかったメイド頭のメアリーと目が合ったのは。
彼女は使用人だが、オーブからわざわざロミナに付いて来た人で、義母の親友で腹心の女性だ。
ヤバイ!! と、亀のように首を竦ませ、部屋に逃げ帰ろうとしたが駄目だった。ドアが閉じる前に、隙間にガッと足を挟んで彼女が阻む。メアリーは凍りついたように固まったキラの全身を、くまなくザッと目を走らせた後、みるみるうちに眉間に皺を寄せた。
「アステールお嬢様。コーディネートが全くなっておりません!!」
メアリーはパンパンと、フラメンコダンサーのように響き渡るように手を鳴らした。
どういう風に躾けられているか知らないが、たちまちわらわらと、アン、マリア、ヘザー、ペギー・スーという名の若いメイド四人が現れる。
(ひぃぃぃぃぃ!!)
逃げようとする間もなく、キラはクローゼットの真横にあるドレッサーに、五人に囲まれるようにして押さえつけられるように座らされた。
「はい、どちらが宜しいでしょうか?」
ペギー・スーがごてごてと造花と鳥の羽と宝石の原石で飾られた小さな白い帽子と、総レースでタックをたっぷりと取った、童話に出てくるアリスが持っていたような日傘を差し出す。
正直に、どちらも嫌だと言ったら最後だ。彼女に泣かれるよりはと諦め、キラは迷ったけれど、買い物後の手荷物を考え、邪魔にならない帽子を指差した。
途端にヘザーとペギー・スーが手に大きなブラシを持ち、二人がかりでキラの髪を梳かし始める。
帽子を被りやすい髪型にするんだな…と思いつつ、頭が痛くなる結い髪は勘弁してと、口に出さないがこっそり思った。
続いて、マリアがレースの長手袋を押し付けてくる。
腕の付け根まで楽に伸ばせるそれを、しぶしぶながらしっかり装着すると、それだけでももう勘弁なのに、更にイヤリングや指輪がずらりと並べられる。
「アクセサリーは落としそうだからいいです!! お化粧も結構ですってば!!」
「あら、この服装ではスッピンの方が変ですわ」
アンに問答無用で、ファンデーションを塗りたくられる。仕上げにパウダーをパタパタ叩かれ咽こんだが、休む暇なく髪も綺麗に整えてグロスで固められ、小さな帽子を斜めに被せられ、ピンで纏められる。
「角度は崩さないでくださいませ」
「俯かない」
「笑顔を絶やさずに、けっして頭を掻いてはなりません」
「手袋で顔をこすらない。ファンデーションがついたレース程、みっともないものはありません」
皆口々にアドバイスをくれるが、キラは正直泣きたい気分だった。
女性のドレスアップは拷問だ。カガリがマーナさんから逃げ回っていた時、腹を抱えて笑って見ていたけれど、今ならあの日の自分に蹴りを入れ、姉に詫びを入れれるだろう。
「まぁお嬢様、これはいけませんわ」
物思いに耽っていて、足を隠すのを忘れた。生足にミュールを履いていたのがバレたのだ。どうせドレスの裾は踝までありのだから、ストッキングなんてごめんこうむると思ったキラが甘かった。
足を四人がかりで掴まれ、即座に爪にホワイトパールのペディギュアを塗りたくられる。
とどめに体全体にフレグランスのミストを浴びせられ、キラは本気で咽こんだ。
それに目に入ったオーデコロンのアルコールが染みて、滅茶苦茶痛い。
気分は殺虫剤を振り掛けられ、息絶え絶えになったゴキブリだ。
(……もうヤダ。勘弁して……)
俯いたキラの頭上で、シャッターを切る音が聞こえた。
その段階で、キラはようやく自分がからかわれていたことに気がついたのだ。
「もぅぅぅ、皆ったら僕で遊んでたなぁ〜!!」
「ええ、お綺麗ですよお嬢様♪ アマルフィ家の姫君なのですから、それなりな格好をなさってくださいませ。奥様が大層喜びます♪」
悪びれもせず、満面の笑みを浮かべてメアリーがカメラを向ける。他の四人も同様だ。キラはなし崩しに、四人に囲まれたまま記念撮影となる。
キラは正直自分のことには鈍い。鈍いけれど、第一世代のコーディネーターだから、ナチュラルとコーディネーターの両方に心を砕く日常から、自分自身の置かれた立場や期待される役割を、自然に分析する習慣ができてしまっている。
クローゼットの中にあったドレスの山。カジュアルな普段着が一枚も無い異常さ。
キラが貰った『名前』同様、これらは全て、キラのために新たに購入されたものではなく、きっと失われた『アステール』のための物だったのだ。
赤子だった自分の娘を失ったロミナは、もう居ない娘が諦めきれず、娘の成長に合わせて自分が着せたい服を買っていた。
だからこそ、主に勝るとも劣らないパワーで、メイド達もロミナが娘のために買い揃えた服を、せっせとキラに着せて飾りたがるのだ。自分達の女主人を喜ばせ、彼女の心を慰めるために。
そう悟ってしまったから、キラは何も言えなくなってしまった。
キラも、数日しか付き合いがないけれど、今では彼女を含めたここのアマルフィ家が、とても好きになっていたから。
「お嬢様、お出かけなさるのでしたら、是非奥様に一言伝言を残していってくださいませ。寂しがり屋なお方ですから」
促され、キラは快くメモをしたためた。
《お義母さまへ
ちょっと、買いたいものがあるので、ショッピング街に行ってきます。夕方には戻りますので、心配しないでください。
kira》
メモをメアリーに手渡せば、やっと彼女は無罪放免となった。
執事さんが呼んでくれた無人エレカに乗り込めた時、時刻は既に8時に近かった。
休みは今日から2週間。その間に一度、L4にあるメンデルに行きたいが、その他の休みは、あの優しく自分に居場所をくれた、新しい家族に孝行したいから。
ならば、時間は有効に使いたい。
―――――そしてキラが外出して2時間後――――
「今日はどの服を着せようかしら〜♪」
昨夜、ニコルと大喧嘩してしまったロミナは、頑張って早起きし、キラの部屋を訪ねた。
だが、いくら彼女にとって早起きといっても、時刻は既に9時である。
キラの部屋に踏み込んだ途端、ロミナの機嫌は急降下した。
メイド達によって遊びつくされ、写真まで取られた愛娘は、とっくに逃げ出した後で、いくらロミナにのみ置手紙があっても、彼女の寂しさを紛らわすものは何もない。
「キラちゃんの馬鹿ぁぁぁ、買い物なら、お義母さまも連れてってよ〜〜〜!! メアリーも皆もずるいわぁぁぁぁ!! 私だけ仲間外れにするなんて〜!!」
☆☆
外見を裏切らず、生真面目なイザーク・ジュールの朝は早い。
士官学校は一応週休2日制を採用している。だが、与えられた休みをそのまま己の休日に使うような自堕落な輩が、成績上位ベスト10に入ることはまずない。
イザークは、8時に訓練所の設備が開くと同時に、意気揚々とMSシュミレーション機を1台確保した。台数が30機と限られているこの機械は、人気が非常に高い上、早い者勝ちなのだ。
今日は休日だから、誰にも邪魔されずに一日みっちりとこの機械を独占し、自主トレに励む気満々だ。
「………俺まで巻き込むなぁぁぁ………」
自分の横の機械を確保できたディアッカが、まだブツブツと泣き言をほざいている。だが、多少強引にイザークが誘ったにしろ、最終的に自身のデートを諦めてここまでついてきたのは奴だ。自分が友情と遊びを天秤にかけ、自身が友情を選んだのだから、人のせいにするなと殴りたい。
だが、ここでディアッカを虐めて逃げられれば、二人で組むフォーメーションの訓練ができなくなる。イザークは珍しく慰めるように声をかけた。
「ディアッカ。半年後、赤服が俺達を待っているぞ♪」
だが、この合言葉で燃えるのは、イザークただ一人。
項垂れたディアッカは、主に叱られた犬のごとく、背中を丸めてしぶしぶとシュミレーション機に入り込む。
そんな時だった。
≪イザーク・ジュール、イザーク・ジュール、緊急の連絡が入っている。至急談話室に出頭しろ。繰り返す……≫
イザークは、己を呼ぶ館内放送に忌々しく舌打ちした。
起動したばかりのシュミレート機に、一応自分のIDを打ち込んで使用権を主張した後、渋々と席を立つ。出鼻を挫かれ恨めしく思ったが、教官からの呼び出しに逆らうのは、軍では厳罰ものである。
「ディアッカ、俺が戻るまで、機械を死守しろ!!」
「へいへい、できる限り頑張るわ。いってらっしゃい〜♪」
かといってシュミレート機に打ち込んだIDも、使われないまま20分も経てば、自動的にIDは抹消され、誰でも使用可能となるのが決まり事だ。最悪ディアッカが唾つけた機械を交互に使用すればいいのだが、それでも今日一日に立てたスケジュールが崩れるので面白くない。
(一体何処の誰だ!! もし変な連絡を寄越したせいで、誰かに奪われたら、どう責任を取るつもりだ!!)
どんなに無様でもみっともなくても、赤服を身に纏い、キラを守れるぐらいの実力が身につくのなら、今のイザークには己を高めるための努力は惜しまない。
廊下をまっしぐらに走り、辿り着いた談話室。
個人のブースに通されて、モニターを覗けば、画面一杯に広がる顔は、見慣れた自分の母エザリアだった。
イザークは、怒鳴りつけられない相手に内心舌打ちしたが、躾けられていたのでうやうやしく頭を下げる。
「母上、おはようございます。何かありましたか?」
≪イザークに聞いておきたいと思って。貴方は『婚姻統制法』の『対の遺伝子の特例』を知っているわよね?≫
イザークは途端顔が引きつった。
常々一卵性の似たもの親子といわれた自分と母である。伊達に、母子家庭を16年も続けてきた訳ではない。エザリアの行動は大体読める。
「まさか、俺にもまた『対の遺伝子』が、見つかったのですか?」
プラントは、数年前からとても厄介な法律が施行されている。
『婚姻統制法』
出生率が低下し、次の世代を受け継ぐ子供が激減したこのご時世、個人の感情など一切排除し、少しでも次世代に繋ぐ命を生み出そうと、国を挙げて踏み切った結婚に対する制限法だ。
子供が望めないカップルは、どんなに愛し合っても結婚できない。
出生率が高い配偶者を、国が斡旋するからその中から選ぶ……等々。
出生率が90パーセント以上という格別に高い数値を表したものは、『対の遺伝子を持つ者』と呼ばれ、相手を選ぶ猶予も与えられないまま、見つかった途端年齢を問わずに速攻婚約、そして余程の理由がない限り、結婚は義務付けとなり、その後も政策の立派な広告塔として扱われる。
アスランとラクスはその最たるものである。
実は、イザークにもそういった相手が生まれながらにいた。
僅か0歳で自分の婚約者と定められたのは、テロで亡くなった方のアステール・アマルフィだ。
物心つかないうちに婚約し、また自覚の持てない1歳で相手を失ったイザークだったが、アマルフィ家が娘の死亡を全く認めず、ずっと行方不明扱いしていたからこそ、彼に新たな婚約者が宛がわれることはなかった。
だからイザークも、自分には関係のない話だと、ずっと高を括っていたのだ。
今までは。
ジュール議員は、最高評議会のスポークスマンを務めている。
その息子なら、嫌でもマスメディアに露出率が高い。ましてやホープ勲章を貰った直後だ。最高評議会が、イザークにも婚約者が宛がわれてもおかしくない年頃であることを思い出し、アスランとは違ったもう一つの広告塔にしようと、動き出す気持ちもわからないでもない。
≪実は対の遺伝子ほどじゃないけれど、貴方と86%という高い相性のお嬢さんがいて……≫
「お断りいたします」
≪イザーク、話ぐらいは……≫
「いえ、自分にはもう、心に決めた人がいますから」
≪あら、母は知っているわよ≫
「判っているならもういいでしょう? 俺は用事がありますので、これで失礼します」
イザークは通信機の回線を落そうと、壁の計器に手を伸ばした。
≪………わかったわ。頑固なあなたは一度言い出したら聞かないのだから≫
はふっと画面の向こうでこれ見よがしにため息を大きくつき、エザリアは意地悪く笑った。
≪では、残念だけれどユーリ・アマルフィには、お断りの手紙を出しておくわ≫
「………待ってくださいっ!!」
プライドも何もかもかなぐり捨てた、素晴らしい変わり身の早さだったと言える。
だが、今のイザークにはどうでもいい。アマルフィ家の娘は一人だけ。
棚からぼた餅のような幸運に驚きつつ、ついつい期待に目が輝く。
「母上、俺の婚約者は、アステール・アマルフィ嬢なのですか!!」
画面の向こうで、エザリアは悪戯が成功したような子供のように、得意げに目を細めた。
≪当たり前でしょ。貴方達は生まれた時からの許婚者ですもの♪♪≫
たちまち、イザークの頭の中でウエディング・ベルが鳴り響く。
ビバ法律!!
ありがとう、婚姻統制法!!
さらばだアスラン・ザラ!!
「母上!!」
今度はイザークの方が、通信機モニターに、前のめりになってまくし立てる。
「挙式はいつにしましょう!! 明日ですか、来週ですか!!」
今度はエザリア・ジュールの笑顔が凍りついた。
最高評議会は、未来より偶然このプラントに救世主のごとく現れたキラに対し、言葉は悪いがなんとしてでも戦争終結まで、この世界に縛り付けてでも居て欲しかった。
ただ、彼女は多くは語らなかったが、国籍は中立だったオーブだし、地球連合軍の捕虜を大量に捕獲した件から省みても、敵国にも心をかけている節が丸わかりだ。
ナチュラルを殺したくないとする心は清い。
地球軍を敵に回したくないとする心情もわかる。
だが、それではプラントも困るのだ。
キラは、アスラン・ザラに対する執着心が強いが、政治家パトリックの息子は世を判っている。
彼は、世論を敵に回してラクス・クラインを退け、キラを望むような愚を犯さなかった。今後もプラントの国民が愛してやまない歌姫を切り捨て、キラを娶る事はないだろう。
だからいつか、ラクスと結婚するアスランと、キラの絆が切れてしまう。そうなる前に、プラントへ留めておく新たな楔が必要だと判断されたのだ。
「アステール・アマルフィのことを愛し、彼女とそれなりの身分のつりあう男は我が息子を除いて他にあるまい。それにもともとアステール・アマルフィは生まれながらにイザーク・ジュールの対の遺伝子を持つ許婚であった!! 行方不明だった彼女が『戻って』きて、再びイザークと婚約を交わすことに、一体なんの不都合があるというのだ!!」
銀髪のキラことアステール・アマルフィはプラントの英雄である。
そんな彼女は、正統な婚約者が望まれている。
戦闘以外は純真で、頼りなげな少女に変な虫がつくよりは、さっさと虫除けに相手をつけるべきだとエザリアが強烈にねじ込んだ結果、評議会の重い腰はようやく動いたのだ。
「あくまでアステールが望むなら、イザーク・ジュールとの婚約を認める」という条件付きであったが。
☆☆
「……お流石です、母上♪……」
イザークの素直な賞賛に、息子溺愛のエザリアは得意げに微笑んだ。
≪苦労したけれど、母は頑張りました。さあ、口説く名目はできたのですから、イザーク、貴方もしっかりと手に入れなさい。ザラになど負けてはなりません≫
「はい!!」
今日は土曜日。オフは幸い2日間もある。これを見越しての早くからの通信だったのかと、イザークは母の愛情に感謝感激だ。
「今からすぐに、アマルフィ家に行ってきます!!」
≪私もユーリに貴方が行くことを伝えておきます。けれどイザーク、先方も休日なのですから、朝はゆっくりとしたいもの。時間をわきまえて、できるのなら10時以降に訪問なさい≫
「はい!!」
談話室を辞した後、イザークは弾む足取りで場所取りを押し付けたディアッカの元に戻った。
「ディアッカ、すまないが俺は今から出かける。最高評議会の決定で、俺とアステール・アマルフィ嬢との婚約が決定した。今すぐ挨拶に行かねばならん」
「はぁ!!」
「シュミレーションはまた後日、じゃあな」
走り去ろうとしたイザークの襟首を、ディアッカが猫のように引っつかんでくる。
「おい待てよ!! お前俺のデートの予定つぶしやがった癖に、自分はちゃっかりとキラの所にいくってか?」
「俺は今メチャメチャ忙しい。早速指輪を買わねば…」
「待てって!!」
ディアッカは拳骨でイザークの頭を軽く叩く。
「んなもんキラが受取る訳ねぇだろ。ただでさえ恋人に死なれてすぐの娘なんだぞ。本当に最高評議会が決めたのか? キラがいいって言ったらの条件つきとかじゃねーの?」
「……うう……そうだが……、だが、ここで一気に…だな」
ディアッカが大仰に肩を竦め、ぽしぽしと肩を叩いた。
「……イザ、お前のいつもの乗りで追い掛け回したら、どんな毛の生えた心臓を持っている女でも、逃げるぞ普通。悪いことは言わないから、今は落ち着いて、まずはいい友達やりながら距離を詰めていけ」
思わず破壊衝動に駆られる暴言があったが、女扱いに長けたディアッカの言葉は信頼に値する。
「キラの好きなお菓子は?」
「チョコレート」
「好きな花は?」
「桜」
「…なら、花屋に手配して、早咲きのを持ってくのがいいか…」
ディアッカはぽりぽりと頭を掻いた。
「よし、今から花屋に行ってこい。桜の枝を和紙に包んで貰って、美味いチョコレートケーキで釣れ」
「おい、女性には普通貴金属とか服とかじゃないのか?」
ディアッカは、チッチッチと人差し指を横に振った。
「お前、ガモフでしっかりキラを観察したんだろ? 彼女がアスランから貰って喜んでいたものは何?」
「…チョコレートやキャンディ、それから手の平サイズのペットロボ……」
「なら判るだろ、キラは例えるのなら幼年学校のお子ちゃまと一緒なの。お前の女性基準はエザリアさまだろ。二人を一緒に考えちゃ駄目っしょ?」
イザークは思わずこくこくと頷いてしまった。
こういう時、やっぱりディアッカは頼りになる。
「キラは今どこ?」
「ディッセンベル市にあるアマルフィ家の別宅にいる筈だ」
「よっしゃ、イザ、頑張れよ!!」
ディアッカがいい笑顔で、激励するかのように、イザークの肩をポンと叩く。
その手首をイザークは鷲掴みにした。
「馬鹿者、貴様も品物選びに付き合え!!」
「嫌、だって俺……今ならデート間に合うから…………」
「後にしろ!! 用が済んだら帰してやる」
「ひぇぇぇぇぇ!!」
イザークは、問答無用でディアッカを無人エレカに蹴りこみ、街へ買い物に向かった。
既にキラが逃走した後とは知らずに。
06.05.30
いかん、ハイネがメインなのに、まだ出てこないΣ( ̄ロ ̄lll) ガビーン
NEXT
SEED部屋に戻る
ホームに戻る