郭公の棲家 2







「おーおー、年とりゃみんな真っ白なのにな〜」


ハイネはホテル付属のオープンカフェのパラソルの下、エスプレッソを片手に、街を行き交う若者の姿に目を眇めた。休日の朝ぐらい、嫌なことなど忘れて、優雅に朝食を楽しむ筈だったのに、眩い真っ白の髪ばかりが目に付き、正直気持ちが休まらない。


ザフトを勝利に導いた女神を真似、若者は先を争って髪を染める。
今、プラントは空前絶後の『白きアテナ』ブームだ。
パソコンのニュースを拾っても、どこもかしくもアステールの話題だらけで嫌になる。


ハイネは先日行われた式典の、アステール・アマルフィに思いを馳せた。
えらく可愛らしい隊長さんが誕生だが、ハイネに言わせれば、あれは最高の茶番劇だろう。
たった1時間半も立っていられない程、虚弱で華奢な少女が、なんでプラントの危機に立ち上がり、モビルスーツを駆って戦場に身を投じることができる?
モビルスーツは、そんな簡単に動かせるものではない。
ハイネはザフトの軍人ではあるが、今回の女神誕生は、最高評議会か国防委員会の詐欺だと思っている。

父親の開発したモビルスーツの性能がいいと言っても限度もあろう。アステール嬢の異様な戦功はありえない。なのにそんな『英雄』の偶像に踊らされた民衆はどうだ?

ザフトへの志願兵は日に日に増し、士官学校に入校するのも、有力なコネがなければ1ヶ月の順番待ちだ。あちらこちらで臨時の学校が作られているが、入校が待ちきれず、野戦任官する者も続出していると聞く。
戦争バンザイな風潮は、肯定派の思うツボである。

しかも彼女たっての希望で、自分が弟のように可愛がっていた後輩、ミゲル・アイマンが副隊長になったと聞き、ハイネのむかつき度は更に増した。
ミゲルは真っ直ぐで気のいい青年だ。
内々の噂でも、アマルフィのお守りを押し付けられてからは、胃薬を毎日大量に飲み、形相も悪鬼のように変わってきたと聞く。詐欺の片棒を担がされ、今頃どんなに心を痛めているのだろう。このまま精神を病んで、自滅してしまうのではないかと心配になる。

世界樹の攻防戦の大勝利に気を良くしたザフトは、一気に攻めに出るだろう。今軍隊は大規模な人事異動が行われている。
長い休暇はそのためだ。
ハイネも10日間休暇を貰っている。正直言って必要なかったが。


今は一時的な大勝利に酔いしれているから、民衆も気づいていないが、いくらコーディネーターが優秀でも、プラントと地球軍との争いが長引けば長引く程、数で圧倒的にナチュラルに劣るザフトの方が不利なのだ。

今後、戦局が優勢で被害が少ないうちに、敵国と停戦に持ち込み、条約を優位に纏め上げて欲しい。でないとプラントは滅びる。
それはすなわち、ハイネの最も大切な者が、戦火に飲まれてしまうということ。


「……ちっ、くだらねーこと考えてたら、メシが不味い………」


胃がぎゅっと痛くなり、ハイネはフォークを皿に置いた。
テーブルの上には、クロワッサンにミルクロールに胚芽パンなど5種も乗ったパン籠があり、卵を6つぐらい使った巨大チーズオムレツに、カップになみなみと注がれたコーンクリームのポタージュスープ、キャロットグラッセと温野菜のサラダ、南国果物のフレッシュジュース、それにヨーグルトとアイスの盛り合わせと、カシスプディング、チョコレートケーキ、チーズムースのプチケーキ、そしてポットごと持ち込まれたコーヒーがある。

いくら彼が食欲旺盛な青年でも、朝からきついボリュームだ。別にここがハイネの所有しているホテルだから、従業員達がオーナーに特別サービスしているという訳ではなく、訪れる客全てに同じものが振舞われている。
つい先日まで、プラント全土に蔓延した食料不足が嘘みたいに思えた。
どうやらユニウス市に作られた7〜12の農業コロニーは、順調に食料を供給しつづけているらしい。

ならばプラントは、地球からの食料輸入に頼らずとも、立派に自給自足の生活ができると証明できたのだろう。
後は地球側の問題だ。
いつまでも寄生虫のように、プラントから安易にエネルギー資源を搾取することを考えずに、独自の努力で賄ってくれれば、こんな戦争なんかしなくて済むものの。


ハイネは口直しに、優雅にエスプレッソに口をつける。
その最中、出たくない機械音が耳に飛び込んできた。
携帯の呼び出し音に眉を顰め、即座にスラックスのポケットに手を突っ込み、引っ張り出す。
画面を見れば、嫌な女からの電話だった。
ハイネは忌々しげに髪を掻き毟り、即座にコールを消す。


「お前の相手なんて、していられるかっつーの」


続けさま、しつこく着信音が鳴る。今度はメールで、家の義母からだった。
『今日中に戻ってきなさい』との命令に、やっぱり無視して電源を完全に落とす。


食欲もとうになくした彼は、無造作にナプキンを掴み、口を拭う。
殆ど手付かずのプレートを残し、勢い良く立ち上がる。

その時だった。

「ひゃあああああうぅぅぅぅぅぅ!!」

頭上に鈍い痛みとともに、お間抜けなか細い声が遠ざかる。
気が立っていたとはいえ、ろくに周囲を見なかったために、丁度通りがかった子にヘッド・バッドをかましてしまったようだ。

ふわふわした白薔薇姫もかくやなドレスを身に纏った少女は、身をよじりながら、のけぞって倒れた。素直に床に転がればよかったものの、なにもハイネが食べ残した朝食にダイビングをかまさなくてもよいものを!!

「お前の運動神経、どーなってんだこらぁ!!」

真っ白な髪とドレスに、ドルチェのチョコレート・クリーム、それにコーヒー、ポタージュが三色に染まり、もう見るも無残な有様である。
身につけているものは全部、手縫いの一点ものっぽい。潰れてしまった帽子も、何かのファッション雑誌で見た、どこかのクチュリエが発表した今期の新作だ。服に着られているような違和感がないところを見ると、日常的に贅沢が許される、生粋のお嬢様だろう。

だが鈍すぎる。
本当にこれがコーディネーターか?

ハイネの怒鳴り声にびっくりしたのだろう。見開かれた紫水晶の瞳が、みるみるうちに潤みだす。


「頼むから泣くな〜〜!!」


わらわらとホテルの従業員が走ってくる。また、朝食を楽しんでいる客からも注目の的だ。
名前のみのオーナーとはいえ、客に無礼を働いては、ホテルの使用人に示しがつくまい。
これ以上注目を集めて淑女に恥をかかせる訳にはいかず、ハイネは自分のコートで汚れた彼女を包み込むと、お姫様抱きにして抱え上げた。


「あ……、あの〜……」
「まずは汚れた服をなんとかしないとな」

ハイネはロビーを横切りながら叫んだ。


「おい、俺の部屋を開けろ」


両手が塞がっている彼に気遣い、支配人が直ぐに鍵を持って追いかけてくる。
だが、彼は強引に鍵だけ受け取ると、1階に隣接したブティクに顎をしゃくった。


「先に救急箱を用意してくれ。それから適当に彼女の服を見繕って持ってきて。サイズは上から……78、56、82…ぐらいでいいか」
途端、腕の中の少女が、手足をパタつかせて暴れた。

「……バストは80!! 80あるもん!!」
(嘘つけ)

どう見ても貧乳、見栄をはっても仕方ないと思うのだが、2pは重大事らしい。
ハイネはうんざりしつつも「それで頼む」と支配人を行かせ、エレベーターに乗り込み、最上階へのボタンを押した。



☆☆


AM 9:30。

アマルフィ家にしては珍しく早い時間だが、空気を和らげる存在を欠いた朝食の席に、会話はない。

キラは、服を買いに逃走中し、置いていかれたロミナはぷんぷんに怒っていた。
ニコルも昨夜の喧嘩を続行中で、むっすりと口を引き結び、一言も口を聞かない。
ユーリはシクシクと痛くなる胃を抱えつつ、厨房に無理を言って作ってもらった特別メニュー……、米を水で煮、塩と葱と卵で味を調えたおかゆを、もそもそとスプーンですくっている。

(神よ、私が一体何をしたというのだ!!)

この険悪な空気の最中、ユーリはもう一つ、今から爆弾発言をせねばならない。



アマルフィ家は現在、『ニコル VS ロミナ&キラ』で冷戦に突入している。理由はニコルが昨夜、士官学校への入学を表明したのだ。

「アスラン、イザーク、ディアッカ。最高評議会の議員の息子たちがことごとく参戦しているのに、アマルフィ家もいかない訳にはいかないでしょ!!」

父親の立場を考えた孝行息子の提案に、ユーリはニコルを誇りに思った。それに一人娘を既に亡くし、息子を溺愛しているロミナが反対するのは予想していたが、彼女とてユーリの妻。最高評議会議員の家族である以上、理屈を説けば説得は容易の筈だ。

なのに、ここでキラがまさかの反対をしたのだ。

「アマルフィ家からは、僕が出てる。だから君は来なくて大丈夫だって!!」
「そんなつもりで、私達はキラを引き取ったわけではない」
「とにかくニコル君はダメ!! 駄目なんです!!」

まるで人が変わったように、彼女は半狂乱になって『駄目』と喚き続ける。
キラの剣幕にタジタジとなりつつも、根は頑固なニコルだ。
彼とて男の意地がある。


「理由を言ってください。イザーク、ディアッカがよくてどうして僕は駄目なんですか? 僕だって姉さまの隊に入りたい。アマルフィ隊で姉さまを守りたい。それがどうしていけないんですか!!」
「言えるわけないじゃないか!!」


キラはそう叫んだ後、ニコルを胸に抱きしめて号泣してしまった。
まるで初めてこの家に着た時、ボロボロになって泣いてしまった時と同じようにだ。
数日一緒に暮らし、彼女の真っ直ぐで素直な性格を把握した今、勘の良いニコルのこと、それで彼も判ってしまった。

「……僕、死んだ?……」

キラの喉がヒィと鳴り、泣き声が途切れた。
かたかたと震え始めた彼女の体を、ニコルは逃さないように、腕に力を入れて抱きしめる。


「姉さま、だから…反対するの? 僕、死んだの? 本当に?……」
「………君は、アスランを庇って地球で。まだ15だったのに………」


戦慄く唇で、静かに涙を零しながら……そんな風に己の未来を示されれば、ニコルも当然顔が紙のように白くなる。

「でも、姉さまが来て、未来が変わりだしているのでしょう? 僕はキラ姉さまを守りたいんです!!」
「駄目ったら駄目!!」
「駄目よぉニコル〜〜!!」

キラの反対側で、ロミナまでがニコルを抱きしめて号泣する。
誰が15で息子が死んでしまうかもと聞かされて、戦地に送れる母親がいる?
ロミナが大反対したのは当然だったが、二人がどれだけ泣いていくなと願っても、ニコルの意志は変わらなくて………。

ユーリの立場では、息子をザフト軍に差し出さないわけにはいかず、結局一夜明けた今も、冷戦は続いている。

ニコルは入学届けに親のサインを貰えるまで、口を聞かないと宣言したため一言もしゃべらないし、ロミナもニコルが諦めるまで同様だ。

そんな最中に、評議会のこのしうち。
キラが今いないのは、返ってチャンスなのかもしれないが、ユーリは二人にどう言って説明しようかずっと悩んでいた。

評議会の決定で、キラに婚約者が宛がわれることになったのだと言ったら最後、ロミナにも息子にも、極悪非道人のレッテルを貼られるのは目に見えている。
キラがどんなに『アスラン』を愛していたかを、自分はガモフの中でずっと見てきた筈だったのに。

恋人が、世界を救うために自爆して、そのショックで彼女は髪の色を失った。
しかも自分のいた世界からも弾き飛ばされ、帰る術も無い彼女は、自分の身に起こった悲劇を乗り越え、自分の恋人にそっくりな男と、プラントを守るために戦場へと旅立った。

そんな、美しく悲しい彼女に感動したからこそ、ロミナもニコルも涙を流し、キラを自分達の家族に、養女に迎えたというのに……婚約者を宛がえとは!!

そんな酷いことを、何故自分が言わなければならない?
彼女に心にある傷口に、塩を塗りこむようなものだ。
それに、ほんの少し一緒に過ごしただけでも、あの子の馬鹿正直さと騙されやすさ、お人好しさを知ってしまった。
評議会の決定で婚約者があてがわれる事になったのだと言えば、葛藤はあるが心優しい子だ。最後には「ユーリさんにはお世話になっているから、広告塔ぐらいは引き受けなくちゃ」とか認めてしまうだろう。

自分は評議会の一員だし、議員である。駆け引きには長けている自信もある。
だから、誠実でお人好しな彼女を騙す行為には良心の呵責を感じるのだ。

なかなか言い出せないまま、すすっていたおかゆが残り少なくなってくる。
食事が終われば、喧嘩中のロミナとニコルだ。それぞれの部屋に引き上げてしまうだろう。
そろそろ、言わねばなるまい。
ユーリはため息をつくと、喉を潤そうと緑茶に手を伸ばした。


「……旦那さま、評議会特別回線より、緊急のお電話が入っておりますが……」


執事がうやうやしくモニター付ヴィジホンを、トレイに乗せて運んでくる。
評議会議員同士を結ぶ、直接回線は、議員である以上何よりも最優先で受け取るべき通信だ。なのでこの家のものは、確認もせずにユーリに直渡するのが習慣だった。

だが差し出された画面を見た瞬間、ユーリはこの規則を変えておけばよかったと、激しく後悔した。
通信の相手……、エザリアが意気ようようと口を開くのを、彼は止める間もなかった。


≪まずはアマルフィ嬢と我が息子イザークの、婚約のお礼を言う。ご挨拶を兼ね、今から私の愚息をそちらに伺わせる。ユーリ、評議会の決定、よもや逆らう事はないな?≫


周囲から突き刺さる視線があまりに酷く、ユーリは声を発することができなかった。モニターの向こうのエザリアも、思いっきり睨みを利かせている。
ここで逆らえば、即座にあの女は評議会に連絡を入れるだろう。
後の混雑を恐れ、コクコクとうなずき、適当に相槌を打って通信を切れば、今度は背に刺さる圧迫感に、寒気を覚えた。

筆頭はロミナとニコルだ。二人は犬に喧嘩を売る、毛を逆立てた猫のようにこちらを睨んでいる。
だが、周囲で成り行きを見ていた執事やメイド頭のメアリー、またその配下の少女達の視線も、瞬時に剣呑となる。

ユーリは最悪な方法でばれてしまったことを悟った。
広い額から、冷たい脂汗が滲み、べったりと滴り落ちる。


「どういうことなんですか!父上!!」
「どういうことなの!?あなた!!」


昨夜の喧嘩から、初めての家族の会話だ。だが喜べる訳が無い。
使用人達も、ロミナとニコルの背後に立ち、主である自分の弁解を、殺気を滲ませつつも聞き漏らすまいと、耳をダンボにしている。


だが、今のユーリに何が言えるだろう?


「わ、私だって反対したんだ。だが、評議会の決定で……」


それが家庭崩壊のカウントダウンとなった。
例え養女といえども自分の娘、それを守れないのなら父を名乗る資格などない。


「言い訳なんてみぐるしい!! 最低よあなた!!」
「コケシと姉さまの婚約を解消してくるまで、帰ってくるなぁぁぁぁぁ!!」


ユーリは即座に家から閉め出された。



☆☆☆



一方、キラはと言うと――――――。





(僕、なんでここにいるんだろう?)


バスタブに体をたゆたわせつつ、ボディソープでできた泡の中、キラはただ今洗濯中だ。
自分の体を洗うのもそっちのけで、汚れてしまったドレスをごしごし擦っているが、脂ぎった汚れはなかなか落ちず、シミになりそうで泣きたくなる。


必死に擦り続ける彼女に、とんとんと、ドア越しに軽快なノックの音がする。
スリガラスにうっすら透けて見える、オレンジ色の鮮やかな髪が印象的な青年だ。

「おーい、お嬢ちゃん。とりあえず着れそうな物、数点見繕ってもらった。ここに置いておくから好きに着ろ」

透かし模様のガラス扉が少し開き、がさがさと音を立てつつ、茶色の紙袋が4つも差し入れられる。
そのうちの一つがバランスを崩して倒れたけれど、中から大量にこぼれたアクセサリーと化粧品を見て、キラがカレッジ時代に使っていたリップクリームとは、桁違いの高級品だと推測される。

となると、彼女は即座にバスタブから飛び出て、4つの紙袋を丸ごとドアの外に追い返した。

「いいです、後で乾燥機を貸していただければ、服乾かしますって」
「何馬鹿なこと言ってるの? プレゼントするってば」
「駄目です!!」
「阿保か。女が男に恥かかせるなって」


そう軽く言われても、駄目なものは駄目だ。
確かにテーブルに案内されている時、急に立ち上がった彼にヘッドバットを食らって口の中を切ったけれど、キラがテーブルのある方向に倒れたのは偶然で、青年ばかりに罪があるとは思えない。
なのに、ホテルでも特別室っぽい部屋のシャワーを借してくれるし、また服まで一揃えくれるとは。正直ここまで親切にされると、根は庶民なキラである。自分がずうずうしく思えて心配になってくる。


しばらくの間、薄く開いたドア越しに、4つの紙袋が何度も往復した。
キラは根っからの頑固者だが、相手の青年も、結構しつこい。


「あのさぁ、お嬢ちゃんには悪いんだけど、スリガラスだから……体型丸見えだぜ」
「きゃあ!!」

キラは慌てて泡だらけのバスタブに飛び込んだ。
ドア越しに、くつくつと喉を鳴らす笑い声が聞こえてくる。

「ついでに言うとその服さぁ、自分の手で洗っちまったら、クリーニングに出しても二度と着れないと思うぜ。オートクチュールの一点ものだろ?」


オートクチュールとは、工場を経由した既製品ではなく、有名なデザイナーが自らデザインした服を、お針子達がちくちく縫った服である。手間隙かかっているし、また値段もべらぼうに高い。
多分カガリが公式の場で着るようなドレスがそうだ。それを洗濯?
キラがしでかしたことを例えるのなら、成人式に着た振袖を、風呂場でごしごし洗うようなものだ。

無知とはいえ、あまりに無謀すぎた暴挙に蒼くなる。カリダ母さんなら、鉄拳制裁は間違いない。
キラはじわりと目に涙を浮かべた。
ロミナの大切な娘の服なのに、養母に一体なんて言えばいい?

キラは慌ててドレスを絞ると、ふるふると首を横に振った。


「じゃ、僕その服買いますから」
「いいって」
「でも、流石にただというわけにはいきません」
「大丈夫、これ俺の店のものだから、金かかってねーし」
「……」


結局青年の粘り勝ちだ。キラは風呂の栓を抜き、シャワーで泡を念入りに洗い流すと、バスローブを体に巻きつけ、ぽてぽてと風呂の扉前に置かれた4つの紙袋を覗いて見た。

おずおずと服を見ると、中に入っていたのはぴらぴらのドレスだった。
しかも袋ごとにコーディネートされていて4種類。キラはがっくりと肩を落とした。

(選んでもらって無理言いたくないけれど、ジーパンとかTシャツ貸して貰ったほうが良かったよ)

キラは一番手前の紙袋を手に取ると、残り三つを外に追い出した。

「残りはお返しいたします。ありがとうございました」

どの道、今日は服を買うために街に出てきたのだ。口ではお礼をいいつつも、紙袋から店の名前にチェックを入れている。だが≪voice≫という、どこにでもありそうな名前に、後で店に行ってお金を置いてくる気満々だったキラは、眉を顰めた。


「後でこのお店が何処にあるか教えてください」
「はぁ?」

ドア越しに素っ頓狂な声が響く。

「お前、マリア・ブランシェホテル系列のvoiceブランドしらねーの? 何処の田舎者だよ?」
プラントでは有名なものらしいが、生憎キラは他国人だ。

「すいません、最近オーブから来たから、プラントの流行に疎くて」
「……ん? 髪白くしてるくせにか?」
「はい?」
「……まぁ、いいか。俺も決め付けて悪かった。拗ねるな」


案外と素直な青年らしい。


「お前、移民?」

はっきりと聞きにくいことでもスバズバいう人だ。キラは自分が優柔不断だと自覚があるから、彼のような性格が羨ましく思える。

「お前じゃないです。僕はキラ。キラ・ヤマト」
そう言ってキラはあっ……と、口を噤んだ。でも、多分もう二度と会わない人だし、まあいいかと思い直す。

「移民とはちがいますけれど……ずっとオーブで暮らしてて、こっちへ帰ってきたから街も初めてで……」
「ふーん、俺はハイネ・ヴェステンフルス。堅苦しいのが嫌いだから、ハイネでいいぜ。それよりさぁ、キラ。お前朝食、食いはぐれたんじゃねーの?」

言われた途端、キラは空腹だったことを思い出した。
種類豊富のドルチェに惹かれ、このホテルのモーニングセットを食べに入ったのに、時刻はそろそろ10時になる。多分もう時間的に無理だろう。


「なんならルームサービス頼んでやるけど」
「外がいいです」


風呂まで借りておきながら言うことではないが、初対面の人と室内で食事は勘弁してほしい。

「なら、旨い飯屋に案内してやるよ。さっさと服を着てきな」
「ありがとう♪ その前に、ドライアー!! 髪、乾かさなきゃ!!」

バスタオルで頭をごしごし擦りつつ、キラは周囲をきょろきょろと見回した。
その時だった。
バターンと、荒々しくドアが開いたのは!!


「ハイネ!! どうしてミーアからの電話を切るの!! 一体今日何回かけたと思っているの!!」

(げっ!!)

キラは瞬時に凍りついた。
当然だ。ホテルの部屋で、シャワーを浴びている女。いくらキラが恋愛に疎くても、今の状態では、彼女に申し開きもできないぐらい、誤解されても不思議ではない。

案の定、息を殺して身を竦ませた彼女の耳に、「なんなのこの服!!」という怒鳴り声とともに、キラに見繕ってくれた紙袋を蹴り飛ばしているのか、バッサバッサと袋が転がる音がする。

そして、バスルームのドアが、勢いよく蹴りあけられた。
仁王立ちしてキラをきつく睨みつけたのは、長い黒髪の少女だった。
そばかすだらけの顔は、どちらかというと目も鼻も口も、すべてが小粒で、いうなれば特徴のない凡庸な顔だ。
美形揃いのコーディネーターの中で、キラが今まで目にした少女に比べ、ひときわ容姿が劣っていることが印象的だ。


「なによ、なによこの女は――――――!! ハイネ、これ一体どういうこと!!」

(……あ、もう一つ特徴があった。彼女の声、なんかラクスに似てる……)

修羅場に巻き込まれているというのに、そんなことをぼんやりと考えられるキラは、かなりお間抜けさんだろう。
呆然としている彼女を指差し、ミーアはますますヒステリックに喚きだす。

開けはなたれた扉には、蹴られた紙袋の中身があちらこちらに散らばっている。
服や化粧品の他に下着類もあったらしく、ミーアが靴で踏みにじったと思わしき、ショーツの小さな布きれが、黒ずみ汚れて丸まっているのを見た瞬間、キラは誤解を解くのを放棄した。


「この、泥棒猫!! ハイネはミーアの婚約者なのに!!」

考え事に没頭していたキラに向かって、ミーアが腕を振り上げる。だが、それを取り押さえたのはハイネだった。


「俺がいつ承諾したよ、ふざけんな!!」
「国が決めたでしょ!! ミーアとハイネは、対の遺伝子なんだから!!」
「知らん」
「ハイネはミーアと結婚するの。ミーアだけのものなんだから!!」
「勝手に言ってろ」



手足をばたつかせて暴れる彼女を、ハイネは肩にひょいと担ぎ上げて、ドアを潜って出て行った。

「小父様とおじい様にいいつけてやるんだから!! 変な女をひっぱりこんでたって!!」
「しろよ。せいせいする」


廊下に出されても、少女の怒りに満ちた喚き声は相変わらず聞こえてくる。
キラはどうしていいか判らず、茫然自失で硬直していた。


やがて、彼女をエレベーターに叩き込んだのか、不機嫌そうなハイネが戻ってきた。
キラは廊下にのろのろと指さしながら、「今の……一体? いいの? 誤解解かなくて…?」と、小首を傾げる。

なのにハイネは。腕を組みつつじろじろとキラを見ている。
そしてポンと手の平を叩いた。

「そっか、オーブから来たばかりなら、知り合いは少ないだろう。なら…いけるかも!!」
「何ぶつぶつ言っているんです……?」

ハイネはがしっとキラの両肩を引っつかみ、目線を彼女に合わせた。
そして、彼女の目の高さに上半身を曲げ、両手でパチンと手を合わせる。


「なぁ、キラちゃん、ものは相談なんだけれど、明日俺の恋人役やってくんない?」
「はぁ!!」


それが、波乱の幕開け。



06.06.04




ハイネさんやっと登場です♪ v( ̄ ̄▽ ̄ ̄)
でも時間切れ。とほほですが、ミカル、昼から病院に収容されてきますね。

6月12日に退院してきますので、皆様それまでしばらくさようなら〜(⌒∇⌒)ノフリフリ


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