郭公の棲家  3







ユーリ・アマルフィが市長を務めるマイウス市は、プラントで唯一のモビルスーツ量産工場を有している。

今までの戦場は宇宙のみ。だがこれから地球降下作戦が始まる。
マイウス市の工場は現在、ディン、グゥン、ザウート、バクゥ等、地上作戦に少しでも適したモビルスーツを、より多く生産ラインにのせる為にフル稼動だ。

だが、最高評議会議員であるユーリ・アマルフィのラボは、議員の仕事に差し支えないように、ディセンベル市にも置いてある。
ザフト軍にとって初めての地球降下作戦……赤道付近にある南アフリカのビクトリア宇宙港を制圧する『第一次ビクトリア攻防戦』を目前に控え、プラント最高のモビルスーツ開発者であるユーリ・アマルフィに対し、議会が彼に託した任務は、4月までに白きアテナが乗りこなす『フリーダム』レベルの機体を、新たに設計し量産ラインにのせることだった。

研究一筋のメカオタク、ユーリ自身にすら『無謀』と即断、一蹴されたこの任務は、やっぱり進み具合が芳しくなく、4月初旬のヴィクトリア戦決行まで最早カウントダウンだというのに、プロトタイプ機らしきものができたとの報告もない。
いくら完璧な作戦を練り上げたとしても、満足にモビルスーツを配備できなければ、人、物的資源を遥かに凌駕しているナチュラル相手に戦争などできる筈がない。

最高評議会議長のシーゲル・クラインと国防委員長のパトリック・ザラが、開発の進み具合を知るために、こそこそ抜き打ちでユーリのラボへと訪問したのは当然だろう。


「ああ、案内は必要ない」


二人は、勿論面会のアポがなくても顔パスだ。
受付でユーリが居ることだけ確認した後、パトリックはシーゲルと共に、勝手知ったる彼の研究室に、ずかずかと入りこんだ。
だが、彼はユーリの設計室に入った途端、背筋に冷たいものが走った。

あらゆるモビルスーツの多岐に渡る模型だらけの部屋の最奥で、ユーリが頭を抱えながらパソコンの画面を食い入るように見つめていた。
彼の目は血走っており、二人が入ってきたことにも全く気づいていない。
室内はとても明るいというのに、彼の顔色は土気色で尋常ではなく、二人は、別に示し合わせてもいなかったのに、思わず「大丈夫かね!!」「何か不幸でもあったのか!!」と、思わず駆け寄ってしまった程だ。


二人に気づいたユーリは、びくっと怯えた小動物のように肩を震わせて硬直した。
だから、彼は画面を閉じる暇もなかった。


「どうした?」

心配事は、原因を取り除かねば意味がない。
ユーリを、彼の肩に手を置いたシーゲルに任せ、パトリックは、ユーリが机で開いていたノートパソコンの画面を覗き込んだ。
そこに、彼が驚愕した何かがあると思っての行動だったが、パトリックは目で文字を追いかけ始めた直後、今度はみるみる自分の顔から血の気が引いた。

「……こ、これはどうしたのだユーリ!! 一体お前はどこで手に入れたのだ!!」





【CE70年 3月8日 ヴィクトリア第一次攻防戦の失敗】

原因は地上戦力の支援無しの降下作戦だった為、ザフト軍は敗退。
この教訓を踏まえ、議会で3月15日にオペレーション・ウロボロスが立案、可決される。

・ 地上における軍事拠点の確保
・ 宇宙港、マスドライバー基地制圧に伴う、地球連合軍の地上封じ込め
・ ニュートロン・ジャマーの徹底散布

【CE70年 4月1日 オペレーション・ウロボロスの発動】

【CE70年 4月2日 カーペンタリア制圧戦】

4月2日、親プラント国家『大洋州連合』地区の湾『カーペンタリア』に軌道上から基地を分割投下させ、48時間で基地を建設する
その後、地球軍が侵攻してくるが、ザフトはこれを撃破。以後カーペンタリアはザフトの一大軍事拠点になる。

【CE70年 4月17日 第一次ヤキン・ドゥーエ攻防戦】

連合軍第5、6艦隊が、プラント本国攻撃を目指してプトレマイオスから侵攻。
資源衛星ヤキン・ドゥーエにて、ザフト軍はこれと衝突。




―――――今日はCE70年、3月27日である。
多少、日付の食い違いはあれど、大きな見出しと色々な覚書が打ち込まれている、これらの年表は全て、今後起こる、プラントと地球連合軍との戦争の記録だ。

同じく顔面蒼白となったシーゲルも、パトリック同様、食い入るように画面の年表を読み耽るのに参戦した。記録はCE71年、9月27日のジェネシス発動とパトリック・ザラ、アスラン・ザラ死亡(?)で終わっている。

明らかにこれは、未来からやってきたキラが、自分の為に綴った覚書だと推測できた。
プラントの未来を決定づけ、今後の戦局を示す貴重な…ある意味予言の書と言って差し支えないだろう。


「これを読んだものは?」
「……今の所、私とお二方だけです……」
「君はこれをどうやって、キラ嬢に書かせたのだ?」

パトリックとシーゲルに両方から攻められ、興奮する二人と違い、相変わらず顔色の優れないユーリは、緩慢に首を横に振った。

「彼女が日記に、自分の知っているプラントが辿った悲惨な未来を、覚えている限り綴っていたのはガモフに乗艦していた頃から知っておりました。勿論、個人の私的な情報なので、押収してこっそり読もうなど、考えてもいなかった。でも、昨夜キラは、私の息子……ニコルが戦死するからと、彼のザフト入軍に泣きながら反対しました。私は評議会議員の一員です。ザラ、エルスマン、ジュールが息子をザフトに送り込むのに、アマルフィ家が出さない訳にはいかない。
だから、何とかニコルの未来を変える方法はないかと思って、つい……キラの部屋から彼女の日記を、コピーしてきたのです」


ユーリが告げた言葉の通り【CE71年.4月15日。 オーブ海域にて、ニコル・アマルフィ戦死】とある。


プログラミングの天才キラが、徹底的にブロックをかけたディスクとて、ブロックごとコピーしてしまえば、ユーリとてプラントでは最高のMS開発者だ。ラボのコンピューターはプラントでも最高のものを使っている。
時間をかけさえすれば、小さいディスクにかけられた強固なプロテクトはなんとでもなる。
情報を盗むようなマネをしたが、家族のことだと言い聞かせ、後ろめたさを払拭し、ラボの機械を駆使して、キラのディスクからトラップを排除し開いたのだ。

飛び出してきたものは、確かにどれもこれもプラントの今後にとって重大な内容ばかり。
当たり前だ。未来に何が起こるか知っていれば、戦局は変わる。
無駄な犠牲を払わずとも、プラントはこの戦争に勝てるかもしれない。


「でかした、ユーリ・アマルフィ!!」
「これは、プラントの未来にとって、モビルスーツの開発の遅れすら取り戻せる、貴重な情報だぞ!!」


浮かれる二人の議員と異なり、家族愛の権化のとも言えるユーリ・アマルフィは、それどころではなかった。


3月22日の、プラント独立宣言の記念式典の日、レイ・ザ・バレルという少年と会った夜、キラが書き綴った日記から、しつこく気になる個所をもう一度拾い出す。


【何が最高のコーディネーター? 最高のコーディネーターって何? 何故僕を、コーディネーターにしたの? ずっと僕は恨んでいた。でも、今なら判る。あの男は、ただ作れるという証明をしたかったんだ。この僕だって同じ、単なる実験動物だ】
【命は作り出すものではなくて、生まれいづるもの。なのに志を取り違えた者はもう医師の資格などない。僕は確かに化け物かも知れない。だったら作ったこの男は何? フランケンシュタインは怪物だった、だが作ったフランケンシュタイン博士はどうなの? どちらが罪深いかと問われれば、僕は自信を持って『ユーレン・ヒビキ、貴様だ』と断罪する】
【一体どれだけ多くの人命を実験に使ったの?どれだけの人をあいつは不幸にしたの?】
【………彼はブルーコスモスではなく、コーディネーターにこそ断罪されるべきだった。………僕は、ユーレン・ヒビキを生涯許さない………】




(あの男は一体、何をしでかしたのだ?)



あの心優しいキラが、ここまで呪詛する『ユーレン・ヒビキ』。
それは、自分がかつて信頼し、最高の医師と認め、自分の第1子アステールのコーディネートを託した医師の名前だ。

もともとブルーコスモスによるアステールの誘拐は、コーディネーターを憎悪し、皆殺しを心情とする他のテロの事件と比較しても、類を見ない程ありえないことだった。
自分が最高評議会の一員だったから、何かの取引材料に利用するために、娘は狙われたのだと、ユーリは今までそう思って自分を責め、妻に申し訳なく思ってきた。だが?


ユーリの手のひらにはじっとりと嫌な汗が流れていく。
あの男は、アステールを常々『最高のコーディネーターにする』と口走っていた。
万全の体制で、我が子にコーディネートを施してくれるのだと思っていたが、それが違っていたら?
アステールが失われたのは、もしやこの男のせいかもしれない。


(……ユーレン、貴様私のアステールに何をした……?)


キラの知らぬ場所で、静かに狂気の焔が燻り始めていた。




☆☆☆



キラは、バスローブ一枚というあられもない姿なのを忘れ、目の前でふかぶかと頭を下げるオレンジ色の髪の青年を、まじまじと眺めた。


「……こ、恋人の代わりって、僕が?……」
「そう♪ 一日だけで良いからさ。宜しく♪」


キラは慌ててふるふると首を横に振った。
彼女は人一倍、繊細な恋愛感情の機微に鈍い自覚がある。つまり感覚がお子様だ。
そんな自分に相手がアスランならいざ知らず、周囲を納得させるような恋人役は絶対無理だ。

「バレるよ。嘘は止めよう!!」
「そこを何とか。キラはお嬢で美少女だし、オーブから来たばっかりなら、知り合いは少ねーだろ。日がないからもう、他を探すアテがない。俺、キラにしか頼めない」

再びぱちんと手を合わせ、彼は再び頭を深く下げた。
礼儀正しくきちんと頼まれれば、根はお人好しなキラだ。
油断したら最後、このままハイネに押し切られそうな勢いを感じる。

「大体明日だけ凌いだって意味ないでしょ。今後どうするんですか?」
「ああ大丈夫大丈夫。誤魔化せりゃ、俺が当分戻ってこれない。なんてったって俺、ザフトの軍人だからさ」

キラはぴたっと硬直した。

「ホテルのオーナーさんがなんでわざわざ?」

目の前にいるハイネは、オフホワイトの仕立ての良いスーツに、黄色のドレスシャツを着こなしていて、大層お洒落だ。
服が汚れてしまったキラへの対処の仕方とか、ミーアが泣いて暴れてもあしらい方があっさりして上手かったことから、なんとなく言い方が悪いが遊び人なイメージがあったのだ。

「意外?」

キラはこくんと頷く。だって軍隊は規律の塊。目の前にいる、気ままそうなハイネには窮屈だろう。
ハイネはくつくつ喉を鳴らして笑った。

「金やホテル持ってたって、プラントに核ミサイル一つ落ちたら最後だろが。俺達コーディネーターはここ意外棲む所がないし。やっぱ、自分の国は自分で守らないと駄目っしょ?」

軽めの口調だし笑っていたが、彼の翡翠色の瞳は信念の強い光を感じる。


「これでも俺、モビルスーツ乗りなんだ。ちなみに制服の色は赤♪ キラは知らないだろうが、ザフトレッドは凄いんだぞ」


ハイネは落し所を間違えた。軍人だということには感心したキラだが、モビルスーツパイロットでは逆効果である。
今後、何処で会うか判らない恐怖に戦き、たちまち彼女の顔色が青ざめる。


「だからさ、キラにも迷惑はかからねーよ。明日だけ乗りきってくれれば俺、後は地球にいっちまうから。そのまま自然消滅してくれて構わない」

ニュートロン・ジャマーが撃ち込み終わった後、軍の編成が終了すれば、ヴィクトリア降下作戦が行われる。そしてその失敗の直ぐ後に、オペレーション・ウロボロスが開始されるのが史実だ。
これは地球連邦軍のマスドライバーを占領下に置き、ナチュラルを地球に封じ込める作戦。マスドライバーの設備は、打ち上げの関係上……何故か赤道付近に密集している。
なので全てをザフト軍が占拠できたあかつきには、ぐるっと地球を一周しているので、こんな名前がつけられている。

キラは勿論ミゲルと一緒に、ヴィクトリアの降下作戦から参戦する筈だった。
ガモフは宇宙船なので、クルーの殆どは残留なのが救いだが、史実で失敗すると判っている作戦に、参戦するのは正直怖い。
養父にさりげなく相談してみるつもりだが、もし間に合わなかったら―――――。
フリーダム一機でどこまでできるかは判らないが、ザフトの兵士を守るために、キラは奮闘するつもりだった。


でもこの口調だと、ハイネもヴィクトリア降下作戦に、参戦するかもしれない。
聞いてみたいが、そんなことをすれば、キラ自身も軍関係者だとばれてしまう。
じぃ〜と物を言いたげに、顔を凝視しだしたキラに対し、ハイネは興味を引くことに成功したと勘違いしたのか、ほっこりと人好きする顔を更に綻ばせた。


「キラはオーブから来たばかりだから知らねーかもしれないけれど、プラントにはさ、最悪の悪法……婚姻統制法ってやつがあるんだ」
「……僕、名前だけなら聞いたことがあるよ……」

かつて、アークエンジェルで保護したラクスから、アスランが彼女と対の遺伝子で、14の時に、国の命令で婚約していたことは聞いていた。

「キラはいくつ?」
「え……と、17歳」

だな。CE71の9月27日から飛んできたのだ。
誕生日はとっくに過ぎている筈。

「なんだ。俺の一個下か。なら、キラにもいつ婚約者が宛がわれてもおかしくないな」
ギクッと背筋が凍った。
「い、嫌だ!! 絶対断るもん!!」
「嫌でもプラントでの決まりでしょ。出生率アップに期待できそうな対の遺伝子がもし見つかれば最後、本人の意思なんて関係なく即婚約だ。プラントに住む以上は仕方ねーよ」

キラは人の悪い笑みを浮かべてる男を、きつく睨みつけた。

「もう、矛盾があるよ。ハイネはミーアさんとの婚約を断る気満々の癖に!!」
「その代わりペナルティも凄いぜ。だって統制法で定められた婚約者を断るんだ。国の政策に逆らって純愛を貫こうとするのなら、統制法に従って自分の意志を曲げて結婚したカップルに悪いだろが。だから法に逆らった奴は本当に好きなやつとは結婚できない。愛した相手も一生愛人扱いで、国は内縁の妻どころか何一つ保証してくれない。
そんな男の愛人になってくれるような女は、随分な物好きだろうよ」

それでバルトフェルドさんとアイシャさんは、ずっと愛人関係でいたんだ。
キラが殺してしまった砂漠で会った艶やかな女性は、バルトフェルドの傍らにあり、誇らしげに寄り添っていた。
あんなに好きあっていたのに、国に認めて貰えず結婚できなかったなんて。
キラの胸がズキリと痛んだ。


「で、話は戻るけれど……さっきの奴、ミーア・キャンベルっていうのが、国がわざわざ俺に定めてくれた婚約者なんだ。正直に言って、あの顔見てどう思った? 美形が揃っているコーディネーターの中でさ、ありえねーぐらい人目を引くブスだと思わなかった?」

今、この男を拳で殴りつけても、世の中の女性達は文句言わないだろう。
キラも確かに彼女を初めてみた見た時、そばかすが印象的で特徴のない顔だと思った。
だが、人間は顔じゃない。心だ!!

「彼女の顔はナチュラルの祖父そっくりで、おかげで彼女は自分がコーディネートに失敗したと思い込んでる物凄い容姿コンプレックスなわけ。俺と婚約が決まった時、彼女が言った台詞、聞いてくれよ。『私達の子は、絶対に容姿重視にしましょう』だってさ。てめえの面が気に食わなければ、今から整形してくればいいだろが。なのに未来に生まれてくる子供に、今から命かけちゃってる。俺としちゃさ…そんな思い込みの激しい子、もう白けるしかないだろが……あ、ミルクいるか?」

ハイネは笑い飛ばしながら適当にテーブルに茶器を並べ、勝手にキラの分までコーヒーを入れ始める。
キラは話が長くなりそうな気配を感じ、一度握った拳をにぎゅにぎゅと解き、バスローブの上に更に一枚厚手のガウンをしっかり羽織った。

ハイネの言い分も正しく聞こえる。
確かに互いの人柄をよく知る前に、子供子供と勢い良く騒ぎ立てられれば、腰が引けても仕方あるまい。


「プラントもさ、正直間違っていると思わねーか? いくら第三世代が生まれないからって、子孫を残せる確率の高い配偶者を、遺伝子データーに基づいて、国が勝手に決めてあてがうってなんて。
そんなに子供が欲しいのなら、いっそ俺達第二世代に精子と卵子だけ提供させて、人工授精で子供作って、国が面倒みやがれって俺思うのよね。
だって不自然じゃねーの?
本当に愛しあっている人間がいたって、子供できる確率低いから諦めろって、そんな風に人の純愛踏みにじってくれる法律ってどうよ? とんでもねーって思わない?」

キラもついついこくこく頷く。
自分もかつてアークエンジェルで、ラクスがアスランの婚約者だって聞かされた時、正直助けるんじゃなかったって後悔した。
後で彼女が名のみの婚約者だって聞いたからまだ救われたけれど、あの時は泣き叫びたかったし、心が千切れそうなぐらい痛かったのだ。

「ハイネさんは好きな人がいるんですか?」
「ああいるぜ、片想いだけどな。今の所、報われる気配はまったくなくて、でも恋って簡単に諦めきれるもんじゃねーし」

ヴェステンフルス家は、プラントでも名家だそうだ。国の中枢に入り込んでいる以上、国政に逆らうなどありえないらしい。キャンベル家もミーアが跡取りだ。子供に自分の夢を託す気満々の彼女は、自分の相手が、顔の綺麗なハイネで十分満足している。
彼の意志など無視して、婚約どころか一気に結婚までこぎつけ、早く子作りしたいと躍起になっているぐらいだから恐怖も増す。

けれど、ハイネに恋人がいて、今後も誰とも結婚する意志がないとアピールすれば?
子供が早く欲しいミーアは、一生婚約者のままほっておかれるより、別の結婚できる候補者を見つけ直すかもしれない。

「ミーアの幸せの為にも、俺も自分の幸福の為にも、どうしてもこの婚約は阻止したいんだ。だからキラ……、ほんとにお前にしか頼めない!!」

キラは、がしっとハイネに捕まれた手に、自らもう一方の手を重ねた。

「僕で良かったら協力します!! だって、二人の幸せを考えたら…ハイネのこの婚約、何一ついいことないもん!!」

キラの言葉に、見る見るハイネの顔が輝いた。
たちまち、お互い握り合った手を、ぶんぶん縦に振りまくる。

「ありがとう!! お前イイヤツだなvv お礼はするぜ。なんなら俺のホテルのスイート無料宿泊券1ヶ月分とか、後、系列の店の物…ドレスでも宝石でも、何でも好きなの持ってっていぜ♪♪」
「いいよ。僕、帰る家はあるし、ドレスも本当は趣味じゃないんだ。もともと今日は、楽に着れる普段着買いに来たんだし。あ、だったらジーパンとか、スニーカーとか、ティーシャツとか売ってる店教えて。それでチャラね♪」
「………無欲な奴………」

ハイネはしばらくあっけに取られていたが、やがて爆笑した。

「お前やっぱり変わってるな。もう数年して磨いたらきっといい女になると思うが……このお子様」
「なんだよ」

キラはぷっくりと頬を膨らませた。
そういう素直な仕種が小動物を彷彿させ、甘え上手と言われる所以なのだが…勿論本人は気づいていない。

「ああ、ふぐになるな。判った。俺、今日キラにディッセンベル市を案内してやるからさ、お前さっさと着替えて来い。朝食食いはぐれただろ。とびっきり美味いランチ奢ってやるからさ」
「きゃあああああ♪♪」

食い物に釣られたキラは、脱兎のごとく着替えの置いてあるバスルームへ飛び込んだ。


☆☆☆



(俺は一体、何をしているのだ??)


春の息吹を感じるぬくぬくとした暖かい昼下がり、ディッセンベル市にある、アマルフィ家の別宅を訪れたイザークは、首を傾げながらも正座を強いられていた。

ディアッカとキラへのプレゼント選びに意気揚々と出かけたのは良かったが、彼のおめがねに適う桜の枝がなかなか手に入らず、結局昼食をとった後の訪問となった。

スタートが出遅れた為、肝心要のキラは既に外出中。
また、ユーリ・アマルフィ氏も急な仕事の為、休日返上でラボに出かけてしまったらしい。
来た意味がなかったと気落ちしたイザークに、当主代理としてニコルが応対してきたのだが、何故か彼はそのまま部屋を横切り、中庭に出て、真っ赤な敷物と紙でできた日傘の前に、「どうぞ、お座りください♪」と、誘われたのだ。

座れと言われても、椅子どころか座布団もない。
戸惑うイザークに対し、ニコルは「僕、野だての準備がありますから、少しお待ちを♪ あ、靴は脱いでくださいね♪」と言い残し、消えてしまった。


民族学に造詣の深いイザークである。
『野だて=外で飲む伝統的なヤマトのお茶』なのは、知識では知っている。だが、作法など知らない。

ニコルがいない隙を狙い、速攻日舞が趣味なディアッカの携帯を鳴らしたが、デート中らしきあいつは『正座して、ニコルがたてたお茶を飲んで、菓子をほお張って、最後に『結構なお手前でした』とか言って、頭下げて終わり』と、超簡単なレクチャーを一方的に授けて通信は途絶えた。
その後はいくら呼び出しても、電源が入っていないためにかからない。


(ディアッカめ、帰ったら絶対に殴ってやる!!)


今、イザークの傍らには、ディアッカと一緒に選んだ桜の枝の花束と、有名菓子店のチョコレートケーキの小箱がある。
真夏ではないし、傘の影に入れてあるから大丈夫だと思うが、チョコレートは日に曝されていい菓子ではない。
アマルフィ家の使用人に託したいが、誰も来ないまま10分になる。
足も痺れてきたし、野だての準備にどれぐらいかかるか知らないが、イザークのあまり辛抱強くない忍耐が、そろそろぶち切れそうだ。


「お待たせいたしました」


着心地のよさそうな藍色の着物を着、日本刀と小刀を小脇にさしたニコルが、背後に怪しい黒装束の男達…『黒子』達を従え、しずしずとやってきた。
黒子達は、草履を脱いで敷物の上に上がったニコルが、イザークの前にきちんと正座すると、持ってきた釜や茶器、抹茶を入れるなつめ、混ぜ合わせる茶せん、紫色の布の袱紗等の道具を綺麗に並べ、二人の前に、和菓子を盛り付けた菓子皿を置いて、あっという間に消えていった。

またもや、キラへの手荷物を預け損ねた。
イザークは大きくため息をつき、目の前の忌々しい綿飴頭を睨んだ。


「……何故、急に野だてなのだ?……」
「ええ、今日は天気もいいですしね〜♪ 外でお茶をたてると気持ちいいんです」


茶しゃく二杯分の抹茶と、重そうな平たい茶器に1/4のお湯を入れ、ニコルはしゃかしゃかと軽快な音を立て、茶せんで混ぜ合わせる。
鼻を擽るお茶の良い香りに、少しだけ怒りを忘れそうになる。

だが、勿論ディアッカではないイザークは、お茶の作法はわからない。
ミゲルに腹黒綿飴頭と揶揄されたニコルは、イザークは勿論浅い付き合いしかなかったが、先日のキラの身代わり事件の折り、彼が時折零す言動の所々に黒いものを感じたのも事実だ。よって、今回はあからさまに『恥をかかしてやれ』という悪意を、イザークは感じていた。


「歓迎…という雰囲気ではないな?」
「そんなことないですよ♪」


さらりとかわされ、イザークは腹を括った。
絶対こいつは、何か黒いものを腹に隠している。


「ユーリ・アマルフィ議員はいつお戻りになる?」
「さあ、僕は知りません。でも、本人の頑張り次第だと思います♪」


会話に微妙なズレがある気がするのは、けしてイザークの勘違いではない筈だ。
はいっと、ニコルは立て終わったお茶を、イザークの前にコトリと置いた。
自分の分も、一緒に立てていたのか、両手で茶器を持ち上げ、彼は慣れた様子で抹茶を一口啜り、唇を湿らせる。

イザークもニコルを見ながら真似て口に含んでみた。結局民族オタクな彼は、好奇心が旺盛なのだ。
香りが高く、甘い苦味のある液体は、イザークの好みにヒットしたらしい。
柔らかな餅を人形のように形作った一口サイズの和菓子も、純粋に旨いと感じた。


「俺は、議員とキラ嬢の帰宅を待たせてもらいたい。構わないだろう?」
「ええ、姉さまは買い物が済めば戻ってくると思います。でも、父は……」

にやりと、彼の土色の瞳が、挑戦的に光る。

「銀髪コケシと僕の最愛の姉さまの婚約を解消するまで、アマルフィ家は一致団結して家長追放を可決しました。民主主義って本当にすばらしいですね♪」

イザークも、薄氷色の目を思いっきり眇めて睨みつける。

「……コケシとは、俺のことか?」
「他に誰が居ます?」

にっこりと、顔は笑っているのに目は笑っていないニコルが不気味だ。

黒い着物に、顔にも覆面をした忍者のような『黒子』達が、いつの間にかイザークが食べて空にした菓子の皿に、ぽいっとお代わりを盛り付ける。今度は目に美しい淡雪とレモンの寒天らしい。
無言でわらわらと世話を焼いてくれる彼らは、ああいう怪しい服でいる以上、見えないものとして扱えということなのだろうと、イザークもあえて無視していたが、物言いたげな彼らから『帰れ帰れ』と無言の圧力も伺える。

多少の脅しに臆するイザークではない。
ないが、勘が人一倍鋭いイザークである。今日のニコルを含め、使用人達の気迫に尋常でないものを感じる。


「姉さまは貴方になど任せられません」
「ふん、俺だって後に引けるか。大体、アマルフィ家は評議会の決定に逆らうのか?」
「評議会が許そうが、ヤマトの姫君に対する無礼は、この僕が許しません!!」


ニコルはいきなり片膝を立て、すらりと腰から日本刀を抜き、そのままどかっと真っ赤な敷物の上に突き立てた。
研ぎ澄まされた真剣の刃に、武器もないイザークは一瞬怯む。


「『下手打った人』、つまり不始末、無作法をやらかした人は、腹を切ったり指を詰めるのがヤマトにおける正しい礼儀作法とか。イザーク、そんな粗末な菓子と花を持って「婚約」と堂々と乗りこんでくるなど、貴方は一体どういう神経しているんですか? 僕の姉を軽んじたこと。自分の不手際を反省し、今すぐこの場で小指詰めやがれ!!」
「はぁ!?」


ニコルの知識は間違っている。ヤマトの皇族は任侠の人ではない。
だが、不幸にもイザークの専攻は民族学だった。
あやふやに学んでしまった知識の中に、下手を打ったら切腹、もしくは指を詰めるという一文を、彼は何かの歴史の本で読んでしまっていたのだ。
ここに間違いを訂正できるキラがいなかったことも、また不幸だったといえよう。

だが、イザークはディアッカの薦めに従って、婚約の挨拶にチョコレートケーキと桜の枝を持ってきただけである。
一体、何がニコルの言う無作法に値するのか、全然わからなかった。


「別に僕は切腹でも構わないのですよ? 男の意地をかけるなら、麻酔無しで腹を横3本掻っ捌くのが最上級とか。医者を横に待機させてあげますから、チャレンジしてみます? 助かるといいですね〜♪」

首を刎ねてとどめを刺す、介錯人の存在を知らない、ニコルの間違った知識は素晴らしいと褒めるべきか?
武士道における、切腹の意味を知っていたイザークは、こくりと息を呑んで、汗をかいた手の平をぎゅっと握りこんだ。

「……俺はジュール家の人間だ。それなりにヨーロッパでは歴史のある貴族の家柄だぞ。ニコル、一度冷静になって聞きたいが、俺は一体何をしたというのだ? 俺にはお前の言う無作法の意味がわからん」

途端、ニコルは侮蔑混じりに鼻を鳴らした。

「家系を辿れば2000年。ヤマトの皇族は……地球上、最後の皇帝の血筋です。ヨーロッパの王族貴族はせいぜい4〜500年。歴史の重みを考えてください。
既に存在するだけで天然記念物、かつ重要文化財の塊とも言える、ヤマト家最後の姫君をお嫁に貰おうとする人が、そんな心構えで差し上げられますか。キラ姫を嫁に欲しいと望むのなら、まず婚約ではなく『結納式』でしょう」

「結納式? 何だそれは??」
ニコルはますます眦を吊り上げ、イザークを睨みつけた。


「2年前、13歳のアスランですら正式に和装の着物を着た上、両親と揃って我がアマルフィ家に赴き、結納の式のため、僕の両親に仲人を請い願いました。
その時だって、故人となったキラ・ヤマト姫の婚儀は3年後……、十二単で嫁がれるから、御支度が整うまで最低そのぐらいの年月がかかるとのお話でした。
なのに貴方は何ですか。
菓子と花だけ持って何が「婚約のお礼」ですか? 正式な仲人も立てず、結納のお道具もなく、ほえほえとアマルフィ家にやってくる。猫の子を貰うのと訳が違うんですよ。
うちの『ヤマトの姫君』を、軽んじるのも大概にしろ!!」


イザークはカルチャーショックを受けた。
仰々しい言葉の羅列にも驚いたが、自分が13歳のアスランにできたことが、全くできていなかったということ。
そして、自分が恋した唯一の女性が、血統的にもそんなに高貴な方だったのかという純粋な喜びにだ。


「貴方は本当に民俗学を学んでいたのですか!!」
ふんっと鼻を鳴らし、小馬鹿にするニコルの仕草は、暗に「出直して来やがれ」の気迫満々だ。


ニコルの狙いは、小難しい言葉を羅列してイザークを煙に巻き、今後も面倒なヤマトのお嫁入り行事を逐一掘り起こし、その都度「貴方はこんなことも知らないんですか?」と、小姑のようにチクチクいびり倒し、短気なイザークを逆切れさせ、自分から破談に持っていこうとする狡賢い作戦だった。

だが、民俗学を専攻し、今も終戦後には学者を目指そうとする青年にとって……文献でしか知らない『十二単』に身を包み、現実にお嫁入りする『ヤマトの姫君』は、まさに生きている宝石そのもの。
今後起こりうるどんな面倒な行事も、それは古式豊かなもの全てを愛するイザークの探求心に火をつけるようなものである。

「ニコル!! 俺が間違っていた。ヤマトの姫君を嫁に貰うのに、確かに俺は無作法だった。貴様が怒って当然だ!!」
「はい!?」

ニコルの腕をがしっと掴んだイザークは、憧れが最高潮に高まり、目をキラキラと輝かせ、興奮で息が荒い。


「ニコル教えてくれ!! 結納とはなんだ!! 式は当然神前式だな。神楽も俺は見れるのか? それに平安時代の十二単……素晴らしい!! 俺は俺自身のこの手で、文献でしか知らないヤマトの結婚式を再現できるのか!!」
「い、イザーク…!!」
「まずは結納式だな。それはどうするのだ? 何を用意するのだ? 仲人の他に何がいる?」
「ひ…引き出物とか、後メデタイ日取りとか……」
「仲人を立てると言ったな、どういう縁のものに頼むのだ? 神父みたいなものか? 俺も振袖を着るのか?」
「お前が着るなぁ!! 振袖は未婚の女性しか駄目!!」

(この民族オタク!!)

ニコルは完璧に作戦ミスを悟ったが、暴走したイザークを止めることのできるディアッカは、ここにいない。

「よしニコル、今日から貴様を俺の師匠に任命してやる。今後三年間でやるしきたり全てを俺に教えろ!! まずは着物を買いに行くぞ!!」
「ひぃぃぃぃぃぃ!!」


キラの全く預かり知らぬ所で、笑える修羅場はスタートした。



06.06.20





我ながらアホだ(笑)遊びすぎました!!
イザークとニコルの掛け合い漫才、物凄く好きなんですvv
(黒子は歌舞伎などの舞台で、役者が忘れてしまった台詞をこっそりと教えたりする縁の下の力持ちさんです。勿論野だてに連れ歩くことはありません。ニコルが間違った知識のまま、使用人を教育してしまったということで( ̄― ̄)θ☆( ++) )

全5話…終わるのか?
既にあやしい(じぃぃぃ)


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