郭公の棲家 4
大きな取手付き紙袋に3つ分の服は、しめて15万プラントドルのお買い上げだ。
オーブの貨幣に換算して30万円、キラは電子マネーで簡単にチェックする。
「ありがとうございました〜♪」
耳に七つもピアスの穴を開けた、黒い光沢のある釦だらけの服の兄さんに愛想良く見送られ、キラもほくほくとハイネと一緒に店を出た。
こんなに沢山一気に買ったのは初めてだ。ちなみに荷物はキラが一つで、残りはハイネが持ってくれている。
「お子様が、ちょっと危ない世界に憧れちゃったか?」
紙袋の中身の多くは、ベルトが多く使われた、ヴィジュアル重視の服だ。どれもこれもが男物で、髪の色に合わせて色を選んだ為、どうしても黒や白、もしくは原色と、色目のはっきりした物が多い。
今朝着てきたフェミニンな服や、今着ているハイネがくれたトラディショナル系な、かっちりとしつつも上品なラベンダーホワイト色のドレススーツと比べたら、確かに真逆なチョイスだろう。
「オーブだと、いつもこんなだったよ。大体僕、スカートよりズボンの方が好きなんだから、いいじゃない」
ぷっくりほっぺを膨らませる、キラは表情がコロコロ変わる。
作り物でない素直な感情を顔に出し、しかも甘え上手な小動物系だ。
ガモフでも、彼女を構っていると心が癒されると、多くの軍人に大層好評だったが、勿論キラはそんなことは知らない。
そして、ここにいるハイネも例外ではなかった。
彼はにやにや笑いながら、手ぶらな右手でキラの頭をぽしぽし撫でた。
「ふーん、お前の言う普段着がこれなら、なんかマジで俺の後輩と気が合いそう。そいつさ、軍服着用時は真面目そうに見えるのに、普段着だとがらりと雰囲気変わるの。士官学校時代、寮の廊下でそいつが腕にブレスレットをジャラジャラつけた上、ピアスに指輪とか光物もギラギラつけて、ズタボロに自分で引き裂いたTシャツに黒レザーの上下着てさ、硬い鋲と鎖だらけの黒ブーツ履いて闊歩してたの見たとき、俺、腰抜かしそうに驚いたもんな。うわっ、何こいつって。キラもそのクチ?」
「……そこまでぶっ飛んでないよ〜。そりゃ、カッコイイ服は好きだけど……」
「おいキラ、そっち行くなって。パーキングは向こうだ」
反対方向へ歩き出したキラを、ハイネがこらこらと襟首を引っつかむ。
最初、ハイネはキラの買い物の為に、ホテルから徒歩で行けるディッセンベル市のブティクが立ち並ぶエリアに連れていってくれた。だが、ブランド物や高級服ばかり取り揃えた店に、当然キラの求めるカジュアル服はない。
それでハイネが自分のエレカを出して、ちょっと郊外にある若者が多く集まるエリアに行ってくれたのだが、これが彼の髪の色と同じ、目に眩いオレンジ色だった。
同じ色を好む人は、性格も似るという。
エレカを見た瞬間、キラはハイネがミゲルにそっくりだと納得した。
そしたら後は懐き街道一直線だ。今はもう、副官のミゲルにゴロゴロ甘えるように、ハイネにもペロリと我が侭が飛び出している。
襟首を捕まれたキラは、上目遣いでハイネを眺め、あっちあっちと指差した。
彼女がうっとりと憧れの視線を向けた先には、きらびやかなネオンが眩しいアミューズメント・パーク……いわゆるゲーム・センターがある。
「あのねあのね、僕シューティングゲームが見たい!! プラントだとさ、オーブになかったのも一杯あるでしょ♪♪」
目を輝かせて、そのまま吸い込まれていきそうな勢いのキラだったが、襟首を離したハイネに、容赦なく頭を一発小突かれる。
「お前な、買った服を俺に持たせたまま遊ぶ気?」
「……うっ………ゴメン……」
ジロリとキラを見おろした彼は、やがて意地悪く口の端を歪めて笑った。
「荷物をエレカに積んできてやる。先行ってろ、な」
「うわぁいvv ハイネ大好き♪♪」
キラはたちまち両手を上げて、バンザイした。
「でもちょっとだけだぞ。まだ沢山買い物があるんだろ?」
「うんうん、ありがとうハイネ♪ じゃ、宜しく♪」
キラは自分の提げていた紙袋をハイネに託すと、ダッシュで駈け込んだ。
明日のお礼の先払いだと、気前良く自分の今日一日をキラにくれたハイネは、本当に頼れる存在だった。街に不案内な彼女にとって、彼は生きた案内地図だし、今やキラの大きな買い物籠となった、ツーシートのスポーツカーもありがたい。
だが……。
「さて、時間が無いからいくぞ!!」
リアルな対戦型シューティングゲームを、たった一回キラに負けただけで、ハイネはこきこき肩を鳴らし、ずんずんゲームセンターの外に出てしまった。
滞在時間は結局僅か10分で、勿論キラは遊び足りない。
「………もうハイネは〜〜〜、大人気ない……」
「ああ、何か言ったか? 置いてくぞ」
「……うわぁ!!……」
ぶすむくれたキラだったが、ここでハイネとはぐれたら土地勘のない彼女は地獄である。
「人ごみとか疲れてないか? エレカでもっと郊外に足伸ばしてのんびりお茶する?」
「ううん、ハイネがいいならさ、僕、初任給が出たんで、家族の皆やお世話になった人に、プレゼントを買いたい」
途端、ハイネはきょとんと目を見開いた。
「へぇ意外。俺、キラって学生だと思ってた。ふぅ〜ん、働いてるんだ。なぁ、何の仕事?」
(げっ!!)
キラは墓穴を掘ったことを悟った。ここで、ハイネと同じ軍人だと言ったらきっと、どの隊に所属しているのか、しつこく聞かれそうだ。
「…え……え〜っと……、…お義父さまのお手伝いで…………、プログラムを少々……」
(……だよね? 職場同じだし。フリーダムのOSは僕が弄くってるし……)
これ以上詮索しないでと、何気に遠い目をしたキラを、ハイネが横目で見ている。
やがて彼は、にやにや意地悪く口の端を歪めて笑った。
「まぁ深くは聞かねーけど、世の中のサラリーマンが聞いたら怒りそうな額貰ってるのは確かかな?」
「ううううう……うん。多分ね………」
キラはプラントの平均的なサラリーの相場は知らない。
『お義父さま、ザフトの軍人ってこんな高給取りなの!!』
ガモフでの1ヶ月は、緑の服着たただのパイロットの筈なのに、父親から手渡された電子マネーの金額は、グレードの高いエレカが一台、余裕で買える金額だった。
キラがあまりに驚いたからか、ユーリには豪快に笑われてしまった。
『君の撃墜手当てと勲章授与賞与が加算された結果だよ。君が稼いだお金だから、自由に使いなさい』
(無理ですお義父さま。僕は庶民なんで、どう使っていいか解りません)
今日は特別に散財したが、今後はずっと戦艦暮らしの身だ。それにもし元の世界に戻れるのなら、買ったものは全て意味ないゴミになるし、電子マネーの残高も、キラには一生おろせない貯金になるだろう。
実際、後はささやかに、生活必需品、おやつ、それにゲームソフト代だけあれば十分なのだ。
「ならさ、品数の揃った所でいいな。俺のオススメはあそこだ」
ハイネが指差したのは、15階建ての大きな百貨店だった。
看板で謳っている、テナントの総数は2100店。勿論、キラにいらえはない。
皆へのプレゼントを物色しつつ、楽しく歩き回っていたキラは、六階でちょっと懐かしいものを見つけた。
「ハイネ、僕あれ見たい!!」
キラがハイネの手を引き、まっしぐらに飛び込んだのはペット・ロボの店だ。
アスランから貰った大切なトリィは、エターナルに置いてきてしまった。ここの世界のもどきから、手のひらサイズのミニハロを貰ったけれど、やっぱりいつも肩に停まっていた重みがないのは寂しい。
(……勿論、トリィより大事なものはないけど、似た色のがあれば買っちゃお……)
鳥を沢山集めたコーナーで、キラはぐるっと翡翠色を探した。
だが、キラの願い虚しく、おデブで恰幅の良い、トリィとは似ても似つかない子しかいない。
(……う……、これはこれで………迫力があっていいかも……)
しげしげ両手にとって眺めていると、キラの背後にいたハイネが、深くため息をついた。
「お前さぁ、俺の後輩と似た嗜好っての訂正な。実はもの凄く趣味悪かっただろう?」
「はぁ?」
「よりによって郭公を手に取るなんて。やめとけ、そいつ可愛くねぇから」
振りかえってハイネを見上げると、彼はとても渋い顔をしていた。
キラはますます首を傾げる。
「ねぇ、ハイネって鳥マニア?」
「違う」
「え、だって名前知ってるし」
「単にこの世で一番そのずうずうしい鳥が嫌いなだけだ」
「……郭公ってどんな鳥なの?……」
ハイネは再び深くため息をついた。
最初は大げさな……と思っていたキラだったが、彼の眉間の皺が倍増してるし、冗談抜きで生理的に受け付けないらしい。
「郭公はさ、子育てしないんだ。別種の鳥の巣に、自分の卵を一つ産みつけて逃げちまう。
親じゃない鳥に卵を温めてもらって孵った郭公の雛は、その鳥が本当に産んだ卵を全部巣から放り出して殺し、赤の他人な親鳥に養ってもらって一人前になるんだぜ」
「ざ……残酷だね……」
キラはそんな鳥がいることすら知らなかったが、聞けば素直にずうずうしい鳥だとインプットされる。
ハイネには、キラの心中が読めたのだろう。自分に賛同した彼女に、にやりと悪い笑みを向ける。
「まぁ、自分の棲家に卵産み付けられてさ、雛が孵ったって喜んで、てめぇの子でもないのに必死に育ててる鳥の脳味噌ってどうよって思うけれどさ。俺達コーディネーターも、遺伝子いじくって親の夢託されて、親と似ても似つかぬ別人な顔貌じゃん。案外、あっちこっちで郭公の雛もどきがいるかもな」
「ハイネ、それ笑えない冗談!!」
あまりに黒い例え話に、キラの顔もぴしっと強張る。
だって、自分はかつて、ハルマとカリダの実の娘だと信じて疑わなかった。
コーディネーターだから、両親二人と顔が似てなくても、父母の好みに組み合わされたのだろうと思い、気にもしなかったのに……。
キラはきゅっと唇を引き結んだ。
「………僕もこれ、嫌いになった……」
ほっぺを膨らませつつ、棚にちょっこりと戻す。
トリィもどきは欲しかったが、郭公はいらない。
キラは大きく息を吐き、気持ちを切り替えた。
「んー……そうだ、僕、アスランに何買おう。悩むぅ〜〜!!」
トリィで思い出したが、彼はもう直ぐ仕官学校に入ってしまい、ますます会えなくなる。
ラクスに悪いから、あんまり立派なものは選べないが、どうせなら実用的で日々使って貰えるものをあげたい。
「何キラ。お前いっちょまえに彼氏持ち?」
「ううん。アスランは幼馴染の親友。っていうか、弟♪ だって五ヶ月僕の方がお姉さんだもん♪」
胸を張って言いきったキラだったが、ハイネは何故か首を傾げた。
「だって男だろ? 異性で親友はありえないんじゃないの?」
「ううん、僕らに限っては大丈夫。だって、アスランとは6歳から姉弟みたいに一緒に育ってたんだよ。彼の両親は忙しかったから、いつも僕の家にお泊まりしてたし、勿論お風呂も寝るベッドも同じだった」
「ほー、いつまで?」
「ほえ?」
「だから風呂とベッド」
「13までだけど?」
おボケなキラは、さらりと白状した。
もし、アスランがプラントに帰らなければ、記録はもっと伸びていた気がする。
「はぁ!? 13歳は成人だぞ。その年まで一緒って、お前や相手の親、何考えてんだ!?」
キラはぷっくりとほっぺを膨らませた。
「オーブは20歳で大人なの。13なんて、まだ子供だもん!!」
「そうか。俺、お前が変に子供じみていた理由、今になって解ったぜ」
「ハイネ、それ失礼」
拗ねて上目遣いに睨むと、ハイネは豪快に笑った。
「まぁ、幼馴染がいるっていいことだよな」
「うん。でも僕の方がお姉さんだって言っても、『キラは頼りないから、お前のお守りは俺の仕事だ』って、保護者気取ってるんだよ。酷いでしょ?」
「まぁ、キラは確かに…ふわふわしてて危なっかしいから」
「なんだよそれ〜〜!!」
「いいじゃねーか。そいつお前のこと、それだけ理解してくれているんだろ? 羨ましいぜ」
「……ハイネはいないの? そういう友達?」
「俺は、面倒くさがりやだから重たい関係は勘弁だな。実際今、浅くて広い付き合いしかしてねーし」
そう言う彼の横顔は、なんとなく寂しげだった。
「んー、でも俺マジでそろそろ親友作っとかねーとな。軍人だからさ、いつ何があるか判らないじゃん。俺の遺品を処分してくれる奴が欲しいしさ」
不吉な物の言い方に、キラの眉間に皺が寄る。
「ハイネ〜〜。オーブには『言霊』って言葉があるんだけれど、口にした言葉には意志が篭るから、変なこと口走ると実現しちゃうんだって。だから叶えたい夢とか希望はどんどん発していいけれど、悪いことは絶対言わないの。大体、ハイネに万一のことがあったら、家族が悲しむでしょ?」
キラが口を尖らせてまくし立てても、彼はゆるく首を横に振る。
「俺が死んでも、家族はきっと誰も悲しがらないぜ」
「そんなことない」
「あるさ、俺がなんで一人ホテル暮らししてると思ってんの。家に帰ってまで会いたいと思う奴がいないからだぜ」
ハイネはにやっと笑った。
「俺が去年ザフトの士官学校を卒業して、初めて戦場に向かう日の朝、親父は俺にこう言ったぜ。『お前など早く死ね、二度とこの家に戻ってくるな』ってさ。実際それ以来二度と家には戻ってないし」
そんなことをさらりと言われ、キラはなんと返事を返せば良い?
あうあうと焦りながら、少ない語嚢をかき集め、慰めの言葉を捜すが見つからない。
「……なんていうか、滅茶苦茶ヘビーな家庭だね……。凄いブラックジョーク………あはははは……」
「ふふ、お前可愛いな。話してるとホント癒されるぜ。俺の父親、俺の母が死んだ後直ぐに若い後妻貰ったんだけど、義弟が生まれちまったのさ。親父は後妻にメロメロで、彼女の望むままに全てをやりたくなった。でも、ヴェステンフルス家の長男は俺で、家の知名度を上げているマリア・ブランシュホテル系列の莫大な財産は、俺の実母の遺産なの。家督を継ぐ権利も財産の殆ど俺のもので、俺が生きている限り義弟の手に入るのは、後妻がてめぇで持ってきた持参金だけ。そりゃ俺疎まれるわな。良くある話っしょ?」
「うううううう」
ドラマとかでは確かに聞くが、継子の財産を狙う義母など、実物を耳にしたのは初めてだ。
マリア・ブランシュホテルは、ハイネの母親が個人で営んできた財産で、系列化して大きくしたもの全てをハイネが引き継いでいるらしい。
今の彼に帰る家庭はない。
しかも婚姻統制法で定められた婚約者であるミーアとも、心が通じず未来がない。
キラは改めてハイネに同情した。
「そう、眉毛を八の字にして俺を見上げるな。別に哀れんでくれなくていいから」
「ううううう」
「俺、家族運は全く無いけど、人一倍裕福だし、仕事も充実してる。顔も性格もいいから女にもてるし、外面いいからヤローにも慕われてるし」
「こらこら、自分で言うなってば」
「だからさ、採算とれてるだろ。俺、全部が全部良い目ばっか貰っちゃったら、バチ当たるぜ、な?」
ハイネはにっと笑い、大きな手でキラの髪をくしゃくしゃと撫でた。
「さぁ湿っぽい話は止めようぜ。お前さ、アスランって奴に何贈るんだ?」
途端キラはきょときょとと辺りを見回した。彼に使ってもらえる実用的な物が欲しいと思ったけれど、実際何も決めていない。
そんな彼女に、茶色くてふわふわで、尻尾が黒くてペタペタするものが、目にとまった。
キラは電子ペットの中から、ビーバーを両手にとり、にっこりと微笑んだ。
こんな小さな体で、川に大きなダムを作ってしまえるなんて素晴らしい。
器用な所がアスランにそっくりで、キラはすっかりご満悦だ。
「えーっとえーっと………、そうだ、ビーバーの着ぐるみパジャマにしよう。可愛い〜♪」
「………おい、そりゃいくらなんでも……気の毒じゃねーか?」
「……なんで?……」
「だってキラと幼馴染で五ヶ月違いだろ? 17歳の男だぜ。俺なら同情する」
顔を顰めたハイネに、キラは満面の笑みを浮かべた。
「大丈夫、アスランは可愛いから。ちっちゃい頃から、僕の母によく騙されて、女の子の服とか着せられてたし。キワモノ系は慣れてるよきっと」
キラに悪気はない。根っこから正直なだけだ。
だが天然は、時に非常に悪意を持つ。
ハイネの脳内で、『アスラン=キラに遊ばれまくっている不幸な奴』という、図式がきっちり生まれたのは仕方が無いことだ。
「……まぁ、お前がそこまで言うのなら……」
「宜しく〜♪」
そんなもん、どこで売ってんだ〜と、頭抱え出すハイネの手を無理に繋ぎ、キラはプレゼントGETに燃え、はりきって出発した。
06.06.28
眠いです。誤字脱字が怖い。
全7話になりますが、6月いっぱいでの完結を目指し、今日から毎日更新です。
月猫が、どれだけミカルのお尻を叩くかにかかってます。
がんばるね〜(涙)
BACK NEXT
SEED部屋に戻る
ホームに戻る