郭公の棲家 5
とっぷりと日も暮れ、人工の星々が空に綺麗に瞬きだしてから数時間後、夜目にも映えるオレンジ色の鮮やかなエレカがアーシス地区のメイン通りに停まった。
ここは、デッセンベル市でも有名な、各市長や財界人達の別宅が乱立している高級住宅街だ。
20時半ともなると、辺りはもう人通りが皆無になる。
後部のトランクに放り込んだ荷物の山を、キラは器用に全部を両手にぶら下げ、送ってくれたハイネにペコリと頭を下げた。
「ありがとう。後は歩いていくから」
「待て待て、お前ふらついてるぞ」
大量の荷物を抱えるキラに、運転席からいつの間にか降りたハイネが、キラの負担を減らそうと手を伸ばしてくる。
「ここまで来たら一緒だろ? ドアまでエスコートするって」
自宅まで荷物を持ってくれるつもりらしいが、ザフトレッドな彼をアマルフィ家に連れていけば、一発でキラの正体がバレてしまう。
「駄目だよ。ハイネを家まで連れてったら、お義父さまとお義母さまがびっくりしちゃう。だからここで大丈夫、ね」
「あ〜……、じゃ、ほれ。持てるか?」
すかさず、彼が一抱えできるぐらい大きな真っ白い長方形の箱を、キラに寄越した。
見た目よりも軽く、気をつけて歩けば落とさなくて済みそうだ。
「何これ、人形?」
「違う。明日お前に着てもらう服」
いつの間に…と、驚くと、ハイネは人の悪い笑みを浮かべた。
「お前を俺ん所と先方の親達に紹介するんだから当然っしょ? ホントはウチのホテルで飾り付けたいところだけれど、明日もキラのお袋さんの楽しみ取っちまったらさ、可哀想だろ?」
今朝メイド5人がかりで遊ばれた経緯は言った。でも、てっきり聞き流していると思っていたのに、覚えていたのは凄い。
「ハイネって、結構人に気を使うんだ」
「ほっとけ、ホテルの職業病だ。それより俺はどこに迎えに来ればいい?」
キラはしばし考え込んだ。
アマルフィ家は論外だし、土地勘のないキラでは、ディッセンベル市の名所がよく判らない。
「あ、じゃあ僕ハイネの部屋へ行きます。今日のあのホテルに住んでいるんですよね?」
「……しまったな〜〜。お前、くれぐれも俺の寝込み襲うなよ」
「……はい? 寝込み? 襲う? 何時?……」
ほえほえと首を傾げたお子様に、ハイネはがっくりと肩を落とした。
「………なんでもない、お前に大人のジョークかました俺が間違ってた。……16時にな……」
何だかよく判らないが、キラはこくこく頷いた。
「じゃ、明日は頼むぜ」
「うん、おやすみぃ♪」
キラはばいばいと手を振り、ハイネのエレカが豆粒程度まで遠くなるのを見送った。それから、大きな紙袋の手提げをもう一度、キラの手首に鈴生り状態に引っ掛けて、箱を落とさないようによろよろと歩いた。
念を入れ、彼と別れた場所から自宅まで800メートルの距離を残したのは、やりすぎたかも。しかも、セキュリティ万全の門扉から玄関までは、更に500メートルもある。
よれよれと門扉に辿りついたキラは、荷物を地面に置くと、呼び鈴を押した。
「アステールです。ただいま戻りました」
門扉がゆるゆると開く前に、遠くの玄関扉が開き、勢い良く二人の人影が飛び出してきた。
レンガで舗装された中央道を、カラコロと甲高く音をたて、突っ走ってくるイザークとニコルに、キラの目は点になった。
何故なら彼らはともに藍色に染めた小紋の浴衣を着て、それぞれの首に……イザークはひょっとこ、ニコルはお多福のお面をぶらさげていた。履いているのは下駄で、ご丁寧にも帯を巻いた腹の部分に、色鮮やかな金魚の絵が描かれた団扇が差し込まれている。
「姉さま遅いです!! 心配したじゃないですか!!」
「貸せ。俺が運んでやる」
イザークが、キラの右手から荷物を奪い取った。ありがたいけれど、どうして彼がここにいるのだろう? アカデミーの門限は、休日問わずで17時の筈だ。
それにニコルだ。彼はキラから左手側の荷物を持ってくれたが、昨夜と比べて急にげっそりやつれてしまったように見える。
優しい彼はきっと、昨夜のロミナ&キラ相手の喧嘩に、心を痛めてしまったのだろう。
自分も意地をはり、ニコルがザフトに入るのを諦めるまで口を利かないと宣言したが、こんな痛々しい彼を無視することなんて、とてもできない。
キラはニコルのふわふわな頭をぽしぽしと撫で、彼の頬に『ただいま』と、優しいキスを落とした。
一人で辿る筈だった500メートルの長旅も、カラコロと鳴る下駄の音を聞きながら、三人で歩けばすぐである。
キラは自分を挟むように両側を歩く二人を、目を細めてしみじみ見つめた。
「………へぇ、プラントにも縁日があるんだ。懐かしいなぁ〜」
「………縁日だと?……」
「え、違うの? ……ああ、仮装パーティーね、楽しかった?」
何故か、イザークの目つきがギンッと鋭くなる。
でも、ニコルが人好きのする和やかな微笑みを浮かべているので、キラは大事ではないのだろうと勝手に判断をした。
「姉さまの目から見て、僕たち自然に見えますか?」
「うん。これで綿飴とラムネと風船ヨーヨーを持っていたら完璧だね」
「ですって、良かったですねイザーク。民俗文化を学んでいる方が、あんまり間違った格好したら、恥ずかしいですもんね♪」
「……貴様……知ってて……」
イザークの目つきが更に険しくなる。何か地雷を踏んでしまったのかと、一人あわあわ慌てるキラを余所に、満面の笑みを濃くしたニコルが、左の親指で刀の鍔を弾き、刀身をほんのちょっと覗かせた。
(ニコル、君は何故日本刀を持ってるの?)
キラは突っ込みを入れたかったが、じりじりと睨み合う二人に、これ以上深く知るのも怖い。
でも、後一押しで喧嘩に発展しそうな気配は判ったので、玄関に辿りついた彼女は、すぐに自分が抱えていた白い箱をその辺に置き、ニコルに持って貰った紙袋を一つ取ると、ゴソゴソとさばくりだす。
こうなったら最終手段。
キラは、緑のリボンでラッピングした小箱を取り出した。
「はい、ニコル。喧嘩はちょっと休戦ね。いつも優しくしてくれてありがとう」
「……え?……」
そして、もう一度かさこそと袋を探し、今度は氷青のリボンでラッピングした小箱を取り出した。
「はい、イザークも。いつも本当にありがとね」
いきなりプレゼントを貰った二人は、揃って首を傾げている。
「………これは一体? 何かの記念日か?………」
「うん、僕にとってはね。昨日実はお義父さまから初任給貰ったの。初めて自分で働いて得たお金だから、いつもお世話になっている人皆に、何か贈り物したくて……えへへ♪」
照れつつもにっこりとほころぶキラに、ついついイザークも笑みを浮かべる。
「イザーク、そういえば門限はいいの?」
「今日は土曜日だからな。寮には明日の17時までに帰宅すればいい」
本当はウソだ。
エザリア経由で手を回してもらい、特別に外泊届をもぎ取ったのだ。
(誰がここまできて、キラ嬢に婚約の話を告げずに帰れるものか!!)
イザークは、ジュール家に生まれた自分の立場を十分理解している。
自分が特別な子供であり、家名を汚さない立派な跡取だと証明し、母の自慢であるからこそ、時には親の権限を使い、自分に有益な利便を図ることは当たり前だと思っていた。
だが、騙されやすいキラは、イザークの自信たっぷりな物の言い方に、疑いもせずにほっこりと喜んだ。
「うわぁい、なら夜一杯おしゃべりできるね♪」
「ああ、是非。おれは今日キラ嬢に大切な話があるのだが」
「長くなる? なんなら僕の部屋に泊まる?」
イザークはごくりと喉を鳴らした。そう、今日は彼女が自分との婚約を了承するまで、とことん話をするつもりだ。プラントに住む以上、婚姻統制法に従うのはコーディネーターの義務だ。例えキラだとて、不本意な婚約かもしれないが、上流階級に属す人間に我侭は許されない。
それに、彼女を幸せにする自信は自分にはある。
無邪気なキラのことだから、誘っている自覚はないだろう。だが、これから婚約する自分達なのだからと、イザークはやっぱり期待してしまう。
「駄目ですキラ姉さま。嫁入り前の淑女がはしたない。イザーク、貴方はちょっとこっちに……」
ニコルがぎゅっとイザークの耳を掴み、ずるずると玄関に飾ってあった巨大な天使のオブジェ影に体を隠す。
≪何だ貴様!!≫
キラの目がなくなった途端、ニコルの表情が悪鬼に豹変した。
≪いいから、姉さまの部屋に泊まったりしたら、僕、今後一切アドバイザーを降りますし、アスランに言いつけますからね≫
≪腰抜けなんぞ怖くはない。それに何がアドバイザーだ。結納の品候補のメデタイお面が、なぜ縁日の買い物と間違われるのだ?≫
≪そうですね、姉さま何勘違いしてるのかな〜?≫
≪貴様、確信犯だろが!!≫
キラに聞かれぬよう、ひそひそと声のトーンを落としての喧嘩は、ニコルが腰に日本刀を差している以上、手ぶらなイザークの方が不利だ。
それを十分理解している腹黒綿飴頭は、憎らしいことにイザークがまくし立てても、顔が涼しい。
≪言いがかりですか? 嫌ですね≫
≪卑怯だぞ、貴様≫
≪ふん、そっちがその気なら、僕だって呪っちゃいますよ。牛の刻参りなんて楽しそうだと思いませんか?≫
牛の刻参りとは………深夜二時以降に、幽霊が着ているような白装束の着物を着て、神を祭ってありげな山林を裸足で徘徊しつつ、額に三本の灯したろうそくをたて、五寸釘と金づちで、恨みを込めて『キェェェェェェ!!』という、奇声とともに、わら人形をひたすら打つ、見た目も振る舞いも賑やかな有名な伝統的呪術だ。
途端、イザークはがしっと、ニコルの腕を引っつかんだ。
≪何時呪うんだ? 今日だろうな? 何処でやる? ああ、今後の資料用に映像とっていいか? 是非とも俺に見せてくれ!!≫
≪はぁ?≫
きらきらと、目を輝かせているイザークが、別の意味で不気味だ。
今度はニコルがじりじりと後退する。
≪仕度が大変なら、任せろ。今夜俺自ら手伝ってやるとも!!≫
≪……イザーク……、貴方って人は……≫
馬鹿につける薬はないと言うべきか、それとも研究熱心な青年と褒め称えるべきか。
ニコルはちょっぴり遠い目になり、ふぅとため息をついた。
だが、顔をあげて再びイザークを見る彼の表情は澄みきっており、憑き物が落ちたように素直である。
今度は、ニコルの豹変ぶりに、イザークの方が戸惑い出す。
≪何だ?≫
≪………いえ、早く戦争が終わって、イザークがカレッジに戻れるといいなって思って。貴方なら絶対に素晴らしい学者になれると思います。その時は、僕が母様から聞いた伝承や文化全部、今度こそ正しく貴方に教えますからね≫
≪何だかよく判らんが……まぁ、それは感謝する……≫
イザークとニコルが、芽生えたばかりの不思議な友情を育んでいる間、珍しく、ご機嫌ナナメなロミナが、メイド頭のメアリーと一緒に、とことことやってきた。
「キラちゃん。たまのお休みだからといって、年頃の淑女が供も連れず、一人で夜遅くまでのお買い物は感心しません。今度は絶対にお母さまが同行しますから、いいですね?」
本来、家の女主人が玄関先までやってくることは無い。来客の出迎えは使用人の仕事で、対応してメイドにでも間違われれば恥をかき、社交界でも馬鹿にされる。
しかし、キラが帰ってきたのに、いつまで経っても自分の元に現れないため、ロミナは心配で様子を見に来たようだ。
そんな彼女に、キラは無邪気に深緑色のリボンのついた小箱を取り出した。
「はい、お義母さま。非常にささやかな物ですが……幸運をお祈りしつつ選んでみました」
その後、いつも世話してくれるメアリー、ヘザー、アン、等のメイドさん達や執事へも、キラは順番に配りまくった。アマルフィ家に何人使用人がいるのか把握してないので、余分に沢山買ってきたつもりだったが、紙袋が次々空になり、正直足りるかと冷や冷やしたが……なんとか間に合ったようだ。
「キラちゃん。とても可愛いわ。ありがとう」
何時の間にか、プレゼントの箱を開けたロミナが、四葉のクローバーのブローチを襟首に留めていた。
ロミナの髪の色にぴったりあっていたのを確認し、キラはほっこり笑みを零し、エメラルドに似た人造輝石を使っているそれに手を伸ばした。
石部分が実は蓋で、ぱちんと音をたてて開ければ、中に小さな時計も組み込まれている。
「お義母さまが庭にいらっしゃる時、使っていただけたらと思って」
手芸の他、庭弄りも趣味なロミナだ。外で土仕事をする時、腕時計は結構邪魔になる。
これもハイネを悩ませて、苦労して探した一品だった。
「それからお義母さま、僕、これで……おめかしして欲しいのですが」
はいっと、キラはハイネから貰った白い大きな箱を手渡した。
キラは勿論知らないブランドだが、ロミナには馴染みのもののようだ。
フリルやレースは一切ない。肩は丸出しで胸元から始まるマーメイドラインのシンプルなドレスは、膝上の部分だけタックをふんだんに取り入れ、優美なレイアーで一部の布だけを踝まで流している。色目は初々しい濃い目のクリーム色で、キラの紫の瞳ととても相性の良い色だ。ロミナが体に当てたのを見れば、歩く事に、足元だけまるで波でできた泡の渦が纏わりつくように布が揺れる。そんな変わった意匠は、大人びていながらも遊び心満載な、ハイネらしいチョイスだと感心する。
「素敵。そうね、キラちゃんはもう軍人さんですもの、もう少し大人びた服も着てみたいわね」
キラで遊べると判った途端、ロミナは気色を浮かべて大はしゃぎである。
帰宅した直後の不機嫌さが嘘のようで、キラは早まったかも……と、かえって心配になってくる。
だが、オブジェの陰に行ってしまった二人は、もっと深刻だ。
キラの方から着飾って欲しいなんて、普通ならありえない。
それにニコルとイザークは人一倍勘が良い。彼らは嫌な予感が頭に横切っていた。
「明日、ちょっとデートしてきます」
「まぁ誰と?」
「今日なりゆきで会った人と」
≪ちょっと待てキラ嬢、貴方には俺という存在がぁぁぁ!!≫
≪落ち着いてイザーク!!≫
飛び出そうとするイザークを、ニコルが慌てて飛びかかって羽交い締めにする。
そこにおずおずともう一つの爆弾、メアリーがためらいがちに口を開いた。
「奥様まことに僭越ですが、お嬢様の服……、朝私達がお着せしたものとかけ離れているのですが……」
キラが一人で買い物にいったのなら、気に入って買った服をそのまま着て戻っても不思議ではない。だが、男と会っていて着替えているのなら別だ。
ロミナもピシリと顔が強張りだした。だが、おボケなキラは周囲の空気を全く読まず、ごそごそと別の紙袋を漁っている。
「あ…えっと。ごめんなさいお義母さま。僕、これ駄目にしちゃったかも……」
おずおずと紙袋の中から、マリア・ブランシュホテルでクリーニングして貰った服が入った袋を差し出した。
彼女は上目遣いで、びくびくと困り顔を浮かべている。
だが、悩んで欲しいのは服が着れなくなるかもという心配ではなく、男と一緒だったのに、キラの着ていた服がクリーニングに出されたということだ。
自称、キラの婚約者を名のる銀髪コケシの目がきらめいた。
誰からもキラの弟と認められている、腹黒綿飴頭も同様だ。
「ねぇ、その素敵なラベンダーホワイトのスーツは、キラちゃんが自分で買ったの?」
「いいえ、これもハイネがくれました」
ぺろりと言った瞬間、ロミナ以下皆の顔が青ざめる。
「そう、ハイネさんとおっしゃる方……」
ロミナの顔がますます引きつるが、鈍いキラは自分が手に持つクリーニングの終わったドレスに目線を落とし、どうしようどうしようと涙目になっている。
「その親切な人はどんな方?」
「生え際が危なそうだけど、いい人です」
≪アスランみたいなこし抜けなのだな!!≫
≪……一体どういう耳しているんですか、イザーク…≫
≪なら、オヤジか!!≫
≪あ、でもありえます。キラ姉さまって、うちの父さまにも凄くよく懐いているし≫
≪………年上趣味なら、同年代の俺は許容範囲だな。ふふふ……≫
≪……一度、三途の河を直に見てきますか? イザーク……≫
「成り行きで、普通なら踏み込めないお家の事情を知ってしまって、随分と困ってた様子なんで……、僕ハイネを助けたいんです」
キラはかさこそと、別れ際にハイネから貰った封筒を、正直に差し出した。
「それに今日、ハイネには随分とお世話になったし。ねぇお義母さま、マリア・ブランシュホテルって知ってます?」
「そりゃ勿論知ってますけれど」
「そのオーナーさんがハイネなんですけれど、意に添わない婚約を物凄く嫌がっていて、僕、明日一日だけ恋人のふりをすることになりました。なので、綺麗に着飾ってください」
無地だけど淡いクリーム色の上品な封筒から、ロミナは綺麗に中身を取り出す。
中には、二つ折された厚いカードが入っていた。
ハイネ・ヴェステンフルスと、ミーア・キャンベルの婚約披露宴。
そんな案内状を手渡されれば、当然ロミナの顔がすうっと白くなる。
「……ねぇキラちゃん、貴方デートって言ったけれど、相手の方はなんておっしゃってたの? 私、どう考えても、婚約パーティーする会場へ貴方が殴りこみをかけるようにしか思えないのだけれど」
「え、嘘!! なんで?」
暗に利用されたのでは、と、匂わすロミナだが、キラも慌てて義母が開いた招待状を覗き込む。しばし書かれている文字を追いかけていたが、文面を理解したのか、彼女の顔からも、すうっと表情が消滅する。
しばらく涙目になっていたキラは、口元もあうあうさせていたが、数十秒うな垂れた後、頭を起こした。顔をあげた彼女の目は据わっている。どうやら腹を括ったらしい。
「………今日服貰っちゃったし、お昼も奢ってもらったし、色々よくしてもらったから。僕、やっぱり約束したのに裏切れません……」
≪俺が全部利子つけて叩き返して来てやる!! ハイネ・ヴェステンフルスだな!!≫
じたばた暴れるイザークの口を封じつつ、ニコルが再びひしっと羽交い締めにする。
≪今姉さまを怒鳴っては駄目です。怒るのなら全部吐かせてから!! でないと、状況説明も中途半端なまま、会話が終わってしまいます!! 情報は多い方がいいでしょ? ハイネとか言う人に、天誅を食らわすのにもね≫
流石ニコル、腹黒い発言だが尤もだ。
彼の提案は理に適っており、賛同したイザークは押し黙るしかない。
キラと会い、彼女と接するようになってから、色々と忍耐を試されている気がする。これが大人になるということかと、イザークはしばし遠い目になった。
そしてロミナも、流石ニコルの母である。
ほえほえした外見で動揺した心中を誤魔化し、やんわりとキラから話を引き出すべく、人好きのする笑顔を浮かべる。
「一体どういう経緯で、こんな高価な服をいただいたのかしら?」
「僕、ハイネとぶつかって、彼が食べ残した朝食にダイビングしちゃったんです。それでホテルのシャワー借りたんですが、その時これ差し入れてくれて……、ティーシャツとジーンズで良かったんですが、男に恥をかかせるなと押し切られて貰っちゃいました♪」
男にシャワーまで借りたのか、このお子様は!!
年頃の娘にあるまじき暴挙に、イザークとニコル以下、この場にいた面々全ての顔は更に引きつった。
だが、キラの母になると決めたロミナは強かった。彼女はポーカーフェイスを崩さないまま、うんうんと穏やかにキラの言い分を聞いた。
「キラちゃん、オーブは20歳でやっと大人だから仕方ないけれど、プラントでは13歳でもう成人なの。貴方の無邪気さは愛らしいと思うけれど、人の目もあるから、あんまり男の方を信用しては駄目よ、ね」
キラはきょとんとしたけれど、こくこく神妙に頷いた。
どれだけ理解しているのか、かなり怪しいが。
ちなみに巨大なオブジェの影に隠れている二人は、揃って頭を抱えていた。
≪キラ嬢!! いい加減人を疑うことを覚えろ!!≫
≪駄目です!! 姉さまはやっぱり一人にしてはいけない!!≫
「で、キラちゃんはどうしてハイネさんを助けたいと思ったの?」
キラはロミナの誘導に疑問を感じないまま、今日の経緯を、熱を込めて語りだした。
ハイネの部屋でばったり出くわしたミーアのこと。そして、婚姻統制法という最低の悪法を。
タイミングの悪すぎる話題に、イザークの胸にズドンと楔が打ち込まれる。
「僕はオーブ出身だから余計にそう思うのかもしれませんが、いくら国の方針だからって酷すぎます。子供が生まれる確率が高いからと言って、ただそれだけのために愛もないのに結婚するなんて間違ってる。
そんな夫婦が幸せになれるなんてとても思えない。だから僕は、ハイネに協力するんです。絶対に明日の婚約をぶっ潰してやる!!」
「キラちゃんの意気込みは、とってもよく解ったわ。そうよね、やっぱり好きな人の所にお嫁に行きたいって思うのは、女の子の特権ですものね」
キラは燃えていた。ごうごうに燃えていた。そしてロミナ自身も、親に無理やり決められた結婚を蹴り飛ばし、ユーリと駆け落ちしてプラントに来た前科持ちだ。
母と娘の心は今、一つになった。
「任せなさい。私がばっちりとキラちゃんをドレスアップしてあげますから!!」
「ありがとうお義母さま!!」
「さあ、明日は朝から忙しいわよ〜〜。髪も綺麗に飾って、アクセサリーも揃えて……うふふふ、プラント一番の美人さんにならなくてはね」
「はい!!」
ロミナと二人、手と手をしっかりと取り合って、ぶんぶん振りたくる。
逆にイザークの表情は、彼の髪の色と同じぐらい蒼白になった。
そして、キラはハッと気がつきくるりんと振り向いた。
「そう言えば、イザークは僕に何の話があるんだっけ。ごめん、やっぱり早く寝なきゃならないみたいなんだけど……遅くなるのかな?」
ボケが一匹、悪気なく途方にくれている。
鬼だ。無邪気と言う名の天然は、時には最強の凶悪犯となる。
哀れなイザークは、言える訳がなかった。
「………実は、綺麗な早咲きの桜があったから、是非キラ嬢にと思って………」
「うわぁ、イザークありがとう」
「キラ姉さま。ほら、ここの花瓶に生けてあるのがそうですよ」
ニコルが玄関の壁にしつらえてある飾り棚を指し示す。
白磁の背の高い花瓶に、品良く飾られた蕾の沢山ついた可憐なピンクの花に、キラはうっとりと目を細めた。
「うふふ。僕、桜が一番好きなの。それで着物だったんだ。風流だね〜♪」
だが和みながら桜の花を眺めていたのは一瞬だった。キラはハッと自分の腕に巻いた時計を見る。
時刻はもう既に9時を回っている。
キラは再び紙袋の山に戻ると、かさこそとお目当ての物を探し出す。
「あ、僕ちょっと通信してくる。アスランもう直ぐ入校しちゃうから」
紙袋から取り出したのは、イザークの貰った小箱より、数十倍大きなプレゼントだ。
キラは大切そうに、その塊をぎゅっと抱え込む。
「……じゃあねイザーク、ゆっくりしてってね〜♪……」
イザークは今度こそ化石になった。
アスランへの贈り物を抱き締め、とてとてと消えるキラに、もうかける言葉も無い。
だが、最後までキラに婚約の話を切り出さなかったイザークは、この瞬間アマルフィ家にとって、真実の客となった。
ロミナを始め、使用人達一堂も、痛々しく、まるで哀れむかように、イザークに生暖かな眼差しを向けた。
「今夜は僕の部屋でお泊りして、色々お話しませんか。お酒も少しぐらいならありますよ」
ニコルとて、根は優しい少年だ。気の毒なイザークに、これ以上傷口に塩を塗りたくる趣味はない。
「だって、明日のハイネ・ヴェステンフルスの婚約パーティー……、貴方はどうあがいてもアカデミーに戻らなくちゃいけないんでしょう? キラ姉様が心無い人達にどんな風にいたぶられるか判らないのに、彼女が傷つけられると知っていて、のこのこ一人で差し出すほど、僕も貴方も間抜けではありませんよね?」
イザークは、ピクリと片眉を跳ね上げた。
「何か策があるのか?」
「それ以前の問題です。僕は会場にもぐり込めません。姉さまを庇うにも、何か仕掛けるのにも、まず僕が入る招待状が1通必要です」
「……そうか……、では、明日中に何処かで手配しないとならない訳だな……」
ヴェステンフルス家は上流階級でようやく名前が売れてきた家だとすると、ジュール家やアマルフィ家は名家の部類に属している。
よって、格上の家柄なニコルやイザークが欲しいと望めば、普通なら苦労もなく手に入る代物だ。だがそれも、日数があればの話だ。
流石に前日ともなると、時間的に厳しい。
どうしたものかと二人でうんうん唸っていると、目の端でパタパタと誰かが手を挙げている。
犯人は、三十路を超えてもいまだ子供っぽく、またこの頃キラに感化されつつある、ロミナだった。
「母さま?」
「招待状は心配しないでいいわ、お母さまに任せて。キラちゃんは真っ直ぐで良い子だけど、ちょっとボーっとしてお人良しすぎる所があるから、是非とも貴方が気をつけてあげて」
「はい」
その時、イザークの袂に入っていた携帯から、能天気なメールの着信音が鳴り響いた。
雰囲気をぶち壊した騒音を立てた元凶を、イザークは苦味虫をつぶした面持ちでつかみ出し、画面を覗き込んだ。
「……ディアッカか……」
昼間、イザークが一番彼の知識が必要な時に、携帯の電源を落として彼を拒絶した薄情者だ。しかも彼のアドバイスに従って、花とケーキを準備してくれば、肝心要のキラは、他の男から貰った服着てご満悦だった。
何もかも裏目に出て機嫌の悪いところに、そいつが明るく『へい、外泊おめでと〜♪ お姫さまの心はGETできたか〜♪』なんていう文面を送りつけてきたから、イザークも瞬時に怒りがMAXとなる。
「……ニコル、俺もちょっとディアッカと通信したいのだが、怒鳴って罵声を浴びせても支障ない部屋は借りられるか?」
「あ、僕の部屋でどうぞ。僕、ピアノ弾くから防音完備してますし、僕自身、全然雑音は気にしませんので♪」
その夜、ディアッカに『ヤツアタリ』も含まれる激怒の電話がかかることは確定した。
☆☆☆
三日後、仕官学校に入校するアスランは、部屋の整理が最後の追い込みに入っていた。
机とベッド、それにクローゼット一つしかない狭いアカデミーの寮では、必要最小限の持ち物しか持っていけない。だから寮に持ち込む荷物は既に簡単に纏まっている。
問題は、アスランの趣味……作りかけのマイクロユニットの山である。
一度アカデミーに入れば、半年の間はろくに家にも戻れない。だが作りかけの精密機械を半年も放置すれば、ただでさえ細かい部品ばかりの代物だ。錆びたり、パーツを紛失したりと、今後、トラブルになることは目に見えている。
なんせ、アスランの部屋に溜まるホコリを掃除する、メイド達はマイクロユニットに関心はない。掃除機が間違って落ちたネジを吸い込んでしまっても、彼女達には気づかないだろう。
だが、アスランの留守中に何かあれば、結局帰宅したときに騒動になるのは推測できる。
『入寮する前に、きちんと片付けていきなさい』
急遽、レノア命令で、アスランの私室の大掃除が決定したのだが、正直に言って、マイクロユニットは、作っている本人でしか、どの部品なのか判らない。
よって使用人達が、丸一日かけて、各小箱に作りかけの彼の作品を丁寧に片付けていっても、アスランの目から見たら粗雑でしかも部品をごちゃごちゃに混ぜ合わせてしまっているようにしか思えないらしい。
アスランの機嫌は悪くなる一方で、既に何度か冷たく怒られている使用人の何人かは、萎縮してしまい戦力にならない。
レノアも息子に命じた手前、メイド達と一緒に部屋の片付けを手伝っていたが、空気の悪い密室での作業は、疲れてしまう。
そんな何時破裂するかも判らない状態だった筈の息子が、30分程席を外して帰ってきたと思ったら、今度は鼻歌交じりである。
アスランの無表情か冷たい怒気しか知らないメイドなど、吃驚して作業する手が止まっている。
「……それで、キラちゃんからの通信はなんて?」
「俺が入校する前に、渡したいものがあるそうです。初任給を貰ったって浮かれてました。全く、自分のために使えばいいのに……あいつホント馬鹿だから」
そう言いながらも、アスランも余程嬉しかったのだろう。いつも無表情な顔が、にこにこと機嫌がいい。
「俺、あさっての午後、アマルフィ家に行ってきます。夕飯もキラと食べますから必要ありません」
「はいはい。行ってらっしゃい♪」
レノアが額の汗を拭いつつ、時計を確認すると、針は既に22時を超えていた。
片付け物も僅かになったし、夜も更けた。部屋にいた4人のメイドを下がらせると、レノアはベッドの上に広げてあった、しばらく使わない筈の礼服に手を出した。
息子の寝る場所を確保する為に、ここだけでも片付けようと思ったのだが、その手をアスランが止めた。
「そのスーツ、明日使いますので、しまうのは待ってください」
「あら、何かパーティーでも?」
途端、アスランは忌々しそうに顔を歪めた。
「対の遺伝子がらみの婚約パーティーです。花嫁になる娘がラクスの大ファンらしくて、『どうしてもお招きしたい』と、シーゲル様にねじ込んだとか。俺はラクスの添え物のパセリですよ」
アスランは、ラクスのエスコート役も、世間体を守るための仕事と割り切っている。だが、途端に機嫌がナナメになったアスランなのに、淡々としつつもジョークを飛ばしているなんて、『キラちゃん効果』はたいしたものだと、レノアもますますご機嫌になる。
「でも遺伝子絡みのパーティーなんて……、あら判ったわ。ヴェステンフルス家の婚約ね」
「父上母上は、『勿論』欠席ですね」
ヴェステンフルスの現当主は、資産のある嫁を立て続けに二人貰い、ここ十数年で成り上がり、上流階級に食い込んできた男だ。プラント設立からの旧メンバーが多い、最高評議会議員達に近づこうとする態度がミエミエで、ザラ夫婦が呼ばれたのも、彼と権力者との交友関係をアピールしたいためだろう。
勿論、研究第一のレノアである。
そして、レノア溺愛のパトリックだ。
鬱陶しい集まりに最愛の妻を出す筈も無く、速攻、パトリックの秘書の手により招待状はダストボックスに放り込まれた。
「でも、貴方とラクスさんが出席なら、先方は、きっとザラとクライン家との繋がりを、大々的にアピールするわね」
「ははは、大丈夫ですよ。俺を利用しようなんて考えたら最後、これ公表してやりますって、もう先方には連絡済みですから」
アスランは爽やかな笑顔で、机の引き出しから一枚の紙を取り出した。
「マリア・ブランシュホテルの総裁だった故マリア・ヴェステンフルスの一人息子と、故キャンベル博士の一人娘、先日調べたら面白いことが判りましたんでね」
キャンベル博士は遺伝子学の権威で婚姻統制法を立案し、法案成立にこぎつけた立役者な男だった。中流階級出身だが、プラントの出生率後退に歯止めをかけた功績が称えられたおかげで、キャンベル家は今や結構な名士になっている。
「キャンベル博士の娘がヴェステンフルス家に嫁ぐなんて、何かの作為を感じるぐらい不思議な偶然ですね」
「何よアスラン?」
「マリアはヴェステンフルス家に嫁ぐ前、キャンベル博士と駆け落ちしているんです。でも、身分違いで結局怖気づいてしまって、そのまま二人は別れてしまった。なのに、その息子と娘が対の遺伝子なんて、物凄くロマンチックだと思いませんか?」
アスランの口調は楽しげだが、内容を聞いてレノアは凍りついた。
故人となった博士は遺伝子学の権威だった。そしてコーディネーターは遺伝子を弄くった人間だ。
悪意のある人間にちょっとこのスキャンダルを囁けば、『種は誰のか判らないね〜』と、悪意ある捏造など思いのままだ。ロマンチック所ではなく、とんでもないゴシップに発展する可能性が高い。
「俺は利用されるなんて真っ平なんです。手持ちカードは多い方がいいと思いませんか?」
「アスラン、貴方のその顔、絶対にキラちゃんに見せては駄目よ」
「当たり前です。鈍いキラに気づかれる程、俺は抜けてません」
育て方をどう間違えてしまったのだろう。
ため息を深く吐くレノアと反して、アスランは結構楽しげだ。
「あの『ハイネ・ヴェステンフルス』が婚約するとなると、今後社交界はディアッカの独壇場かな?」
「あちらこちらのお嬢さんと浮名を流していた方だから、皆様は大層嘆くわね」
「実際、奴が片付いて俺はせいせいしてますよ。あんな女癖の悪い男、ザフトレッドで有名なパイロットだし、俺の目の届かない所で純真なキラが会ったら最後、なんかコロリと騙されそうだと不安だったし。まぁ、キャンベル博士の娘と婚約するのなら、ハイネも立派な婚姻統制法の広告塔だな」
宣伝に使われるのなら、マスメディアの目がある。
上流階級で確固たる地位を維持したいのなら、スキャンダルはご法度だ。
「じゃ、母上ももうお休みください。俺は明後日のことがありますので、とっとと終わらせてしまいます」
アスランは、せっせと荷造りを続けた。
婚姻統制法の新たな広告塔に相応しい組み合わせ、その添え物で自分達の派遣が決まったパーティーなら、世間体を気にするアスランに、逃げるという選択肢はない。
でも、そんな退屈なパーティーを我慢すれば、その翌日はキラとゆっくり遊べるのだ。
その為には、無駄な雑事を残して、有意義な時間を潰すのはまっぴらだ。
(早くキラに会いたい)
鼻歌を歌いながら、アスランの片付けは深夜過ぎても続いた。
06.06.29
甘いぞ、アスラン。キラのお守りをする以上、君に平穏な日々は二度と来ない(爆)
本当はここまでが4話目でした。相変わらず話の長さが読めない奴です( ̄― ̄)θ☆( ++)
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