郭公の棲家 6







「父の名代で参りました。本日はおめでとうございます」
「ようこそいらっしゃいました」


ファンの誰からも『天使』と称される穏やかな笑みを浮かべ、ニコルはヴェステンフルスの当主、オーギュストと直々に握手をかわした。

ここはディッセンベル市中央に構えられた、ヴェステンフルス家の本館だ。婚約披露パーティーは、個人宅とは思えない規模で、立食形式で盛大に執り行われている。
だが、今日の主役である二人のうちミーアの姿はあるが、ハイネらしき男の姿はない。

「あの、ご子息は今日?」
「……実は、軍関係の急な仕事で到着が遅れておりまして、誠に申し訳ございません……」
「ああ、このご時世ですから仕方がありませんね」

巧い言い訳だ。地球連邦軍と開戦した今、最悪ハイネがパーティーをすっぽかしたとしても、赤を纏っている軍人の彼の事、後でいくらでも理由を捏造できる。
だが、ニコルはキラが今日、ロミナの指示の元、アマルフィ家の女性総動員で、美しく飾りたてられた姿を目の当たりにしている。
ハイネが来ない筈はない。


「アマルフィさま。わざわざのお越し、ありがとうございました」

本日の主役、ミーア・キャンベルはまるで花嫁を思わせるような、真っ白のドレスを身に纏っていた。彼女の周りに集う彼女の祖父と母、そしてヴェステンフルス家の当主夫人と六歳ぐらいの少年も、皆愛想良くニコルに挨拶を向ける。

今はほのぼのとした雰囲気に包まれているが、この後どう鬼に変わるのだろう?
笑顔を彼らにばら撒きながら、ニコルは密かに決意を固める。


(………キラを傷つけたら許さない………)


―――――決戦の火蓋は切られた――――――




ニコルは煩く纏わりつくオーギュストの手から逃れ、なるべく人目につかない壁際から、広々とした会場をぐるりと見渡した。

流石名士の仲間入りを狙う、ヴェステンフルス家のパーティーだ。
招待客は300から400人規模、ニコルも知る著名人も大勢いる。料理もプラントで一流のホテル業を営むだけあり、珍しい食材をふんだんに使用し贅を凝らしている。酒やワインも味の劣るプラント産ではなく、どういうルートで仕入れたのかは不明だが、全て途絶えた筈の地球からの輸入品だ。


(……ホントに、どうしてキラ姉さまは……)


ニコルは、顔も知らないハイネとかいう男の心情は知らない。けれど、キラは間違いなく、そいつに利用されていると断言できる。

政府に認められた『対の遺伝子』の婚約パーティーを、ぶっ壊すべく乗り込んでくるキラは、プラントにおいては非常識極まりないイレギュラーであり、『気に食わないならこの国から出て行け』と、どれだけ皆に攻撃されても文句の言えない立場だ。

そんな自分に不利な役割を、たかだか一日優しくして貰ったからって、何故背負い込むのだ、あのお人好しは?

行動が予測不可能な最愛の姉を、彼女があまり傷つかず、かつアステール・アマルフィだと悟られないうちに、強制的に回収するのが今日の目的だが、つくづく準備期間が皆無だったことが悔やまれる。

夜の間、ニコルの部屋でイザークと二人、頑張って策を練ったけれど、結局有効な手だては何も思い浮かばなかった。
ちなみにイザークは、心を思いっきり残しながらも『スマン、後で結果を教えてくれ!!』と、ニコルに頼み込んで士官学校へと逆戻りした。いかにエザリア・ジュールの息子でも、半年後に赤を纏う予定ならば、軍の規律を破り、二日続けての門限無視は不可能だったのだ。

ニコル自身、孤軍奮闘は心細かったが、アスランに協力を求めるという選択肢は除外した。
あのデコはキラ至上主義、そしてキラは、頭はいい筈なのに天然ボケ。
単品でも一筋縄ではいかない二人が、揃って暴走すれば最後、話が更にややこしくなるのは目に見えている。

それぐらいなら、キラという一人のトラブルメーカーを、一人で捕獲に走った方がまだマシだ。
そんなニコルの思惑も、運命は嘲笑うかのように翻弄してくれる。


「あれ、ニコル。珍しいな、一人か?」
(ひぃぃぃぃぃぃ!!)


いつもの無表情に、ほんの少し口元に笑みを作り、宵闇色の髪を綺麗にセットしたアスランが、シャンパングラスを片手に手を振っている。

正直、今彼と会うぐらいなら、魑魅魍魎の百鬼夜行と遭遇した方が、遥かに精神衛生上宜しかった。
ニコルは背筋をざわざわ這う、冷たい悪寒をぐっと耐え、にこやかな外面を保持して、歩み寄ってきたアスランを迎えた。


「貴方がどうして『こんな』パーティーに?」
「そういうニコルこそ、『名前』を使われると判ってるだろ?」

なんで来た? との無言の批判に、ニコルはお互い様じゃないかと口を尖らせた。
ちなみに最高評議会議員は、誰一人このパーティーに姿を見せていない。だが、ロミナが『任せて』と自信たっぷりに手を挙げた様子からすれば、ヴェステンフルス家は12人全員に招待状をバラ撒いていたらしい。


実際、アマルフィ家の御曹司が来たということで、ニコルは到着直後に大層当主自ら歓迎を受けた。
当たり前だ。上流階級でも名家の仲間入りを狙う彼にとって、アマルフィ家が自分のパーティに出たという実績は、大きな武器だ。
今後ヴェステンフルス家とアマルフィ家が懇意にしていると、思わせぶりな大ウソをつかれそうな気がする。
だがアスランがここにいるのなら、それはザラ家も同じではないか?


「ああ、平気だ。俺はラクスの付き添いだから、こちらの人達にも、あまり騒ぐなと言い含めてある」


老獪な中年が、普通に言って聞くようなタマか?
ありえない。
(……アスラン、貴方絶対何かしでかしましたね!!……)


周囲の誰もが褒め称える、ザラ家の御曹司が黒いのは……同属の勘でニコルは知っている。
だが話す気がない彼に、理由を促しても無駄だ。口を割る筈がない。何を仕掛けたのか興味を持ちつつも、ニコルは首を傾げた。


「ラクスは?」
「ああ、そこに置いてきた」

アスランはちょいちょいと、一際目立つ上座にいる群れを指差した。

「私、ずうっとラクス様の大ファンだったんです。お友達になってくださったら嬉しいですわぁ!!」

メディアに映らない日は無いのに、社交界には殆ど顔を出さないと有名な本物のラクス・クラインの登場に、今日の主役は、既に誰だか判らなくなってしまっている。
上品なペールピンクのドレスを着た彼女に、ミーアが己の所有物だと言わんばかりに、べったり腕にしがみついて離れない。

いくら前々から大ファンだといって、初対面であの馴れ馴れしさはいただけないだろう。
大体最高評議会議長の愛娘…ラクスは、アイドルでもあるが、政治的にはシーゲルを補佐する、プラントのファースト・レディも同然だ。

ウワサでは、ミーアを生んだ母親……キャンベル夫人は、自分の腹を痛めて生まれた子が、遺伝子の権威だった博士の血を持ちながらも、コーディネートが失敗した娘を不憫に思い、溺愛していると聞く。祖父も同様だから、ミーアが我が侭なのは家庭環境のせいだろう。

家族の中でお姫様扱いでも、外の世界まで同じな筈がない。
ましてやこれから、パーティークラッシュが起こるのに。

ニコルはアスランをこっそり横目で見た。


(この男、もうどうしようか? いっそ、キラ姉さまが怪我したとかなんとか言って、ここから出した方がいいかも……) 


パーティーは既に始まっている。キラも何時ハイネと登場するか判らない。
アスランは、キラ姉が絡めば馬鹿になるということを、ニコルは彼に無理やり女装させられた件で、身を持って体験している。

ニコルはごそごそとスラックスのポケットをまさぐり、携帯電話をつかみ出した。
イザークに頼めば、彼は自称『キラの婚約者』だ。嘘の電話ぐらい協力してくれるだろう。

(……あ、そういえば……昨日……)

携帯で思い出したが、昨夜キラは確かアスランに通信を入れた筈だ。
もしかしたら……。

一縷の望みに縋り、ニコルはおずおずとアスランを上目遣いに見上げた。


「あの〜、アスラン。貴方は昨日、キラ姉様から色々と聞いてますか?」
「ああ、当たり前だろ」

あっさりと頷かれ、正直ニコル拍子抜けした。

「内緒にしていたらどうしようかと思った」
「ははは、馬鹿だな。キラが俺に秘密を作る訳ないだろ」
「ええ、そうですよね。良かった♪」

抜けているキラも、流石に今日のことは、アスランにバレたら血の雨が降ると理解していたのだ。アスランがこの会場にラクスと一緒に訪れたのは、きっと彼もキラのことが心配だったのだ。
現金なもので、ニコルの張り詰めていた空気が、ぷしゅぅと抜けた。
自分は一人ではない。三人がかりでキラを捕獲するのなら楽勝だ。


「ニコルは何を貰ったんだ? あいつが初任給で買ったプレゼント」
「えへへ。緑色の小さなフレグランスでした」

たちまち、和やかな雰囲気で、会話が滑り出す。

「森の香りで僕のイメージにぴったりって♪ 実は今日もつけてますよ」
「へぇ、さっぱりしてる。キラの好きな香りだね」
「イザークは金属でできた青色のしおりを貰ってました。彼、紙でできた本を好んで読むから、重宝するって喜んでましたよ」
「ああ、昨日偶然来てたみたいだね。運の良い奴だ」
「アスランは何だったんですか? 姉さま、随分大きなものを、大事そうに両手で抱えていましたけれど」
「さあね、俺のは明日、アマルフィ家にお邪魔して、直接キラから貰うことになってるんだ。通信機越しに大きなリボンを見せびらかしながらさ、あいつ『アスランにぴったりなの頑張って選んだんだから、期待してて♪』って。秘密を黙っていられないから口がむずむずしてたよ。全くキラは子供だから」
「楽しみですね♪」
「ああ♪」

珍しく、にこにこ上機嫌なアスランだった。キラの話になると、彼はポーカーフェイスが面白い程崩れてしまう。


「でも、姉さまの騙されやすさって、昔からだったんですか?」
「そうだよ。あいつは人を疑うっていうことを知らないからね。実際俺は子供の時から物凄く苦労してるし。幼年学校時代なんか、絶対俺と一緒に帰るから待っててと念を押してても、よこしまな級友達の『旨いんだぜ〜』っていう新製品のお菓子たった一口に釣られ、ほこほこ下校時に付いていきそうになってたし。おかげで俺はいつもポケットに菓子を詰め込んで、餌付けしてなきゃならなかった」

ニコルの脳裏に、口を開けているちびキラと、焦りながらチョコレートの包み紙を剥いているちびアスランの姿が、簡単に描けてしまう。

「あははははは、姉さまらしい。それで……、それで食べ物ごときでいつも……騙されるんですね」
「子供の時の習慣は、大人になってもそう変わらないみたいだね」

朗らかに笑うアスランに釣られ、笑っていたニコルだったが、……段々と物悲しくなってきた。つまり、キラが食べ物に弱い娘に育ってしまったのは、完璧アスランが甘やかしたせいだと判ったからだ。

「姉さまがあんなに奢りに引っかかるのは、アスランの躾のせいだったんですね」

ため息混じりにポツリと呟くと、さらに悲しさは増した。心優しいのは美徳だが、お人好しは褒め称えられるどころか、馬鹿にされ、軽く見られる要因だ。
アマルフィ家の姫君となったキラだが、このペースでは今後も駄菓子ごときで、何処の誰に利用されるかわかったものじゃない。
自分の大切な姉が、自分の目の届かない所で軽んじられる腹立だしさを思うと、悔し涙が零れそうだ。実際じんわりと目じりに涙が滲んできて、ニコルはぐしっと服の袖で瞼を拭った。

「貴方はどうして笑っていられるんですか? どうして姉さまを止めてくれなかったんですか?」
「え?」

急に豹変したニコルのきつい口調に、アスランが首を傾げている。

「これから姉さまがどんな目に合うのか、知ってて貴方は笑っていられるんですか?」
「…………???………」
「黙ってないで、なんとか言ったらどうですか? 最低ですよ、アスラン!!」

つい、感情的になってしまったニコルだ。
彼がアスランに対して怒りをぶつけたのは、事実やつあたりの言いがかりだ。
キラの幼馴染はアスランだが、今目の前にいるアスランとは違い、死んでしまった方だ。彼に責任はない。
だけど、キラを楽々御せる彼ならば、昨夜のうちに、ハイネの偽婚約者役を務めるという暴挙を、説得して断らせるように仕向けることもできた筈だ。
なのに能天気に笑っているなんて。
『何を考えてるんだ、このデコっ禿げ』と、多くの面前で罵声を浴びせるのを踏みとどまった自分を、誉め称えたい気分だ。

「……ニコル、すまないが全く話が見えない。キラ、もしやまた何かやったのか?」

今度はニコルが吃驚した。

「だって、さっき貴方…『聞いてる』って」
「初任給で贈り物を買った話の事だと思ったんだ。……どうやら違うらしいな?」

今度はアスランの目が剣呑になる。
地雷を踏んだと気づいたが遅い、寒いものを感じ、ニコルの顔色も変わる。


「ニコル」
「はい……」

人に命令しなれている、プラントの王子の口調はブリザード同様に冷たい。
ニコルはぎゅっと目を瞑った。
恐ろしくて、アスランの顔がマトモに見られない。

「言え。キラは今から『どんな目にあう』予定だ?」
(帰りたい!! 家に帰して!! 今直ぐ僕を逃がして!!)

ニコルは涙目になった。


そんな局地的にプチ戦争が勃発し、ニコルをどん底の恐怖に落としている時に、和やかムードが漂っていた会場が、にわかに騒がしくなった。
遅れていた今日の主役、ハイネがとうとう姿を現したのだ。
目立つオレンジ色の髪を綺麗に梳かしつけ、色鮮やかなクリームイエローのスーツを身に纏う彼は、気品のある顔立ちに柔和な笑みを浮かべている。
ニコルは彼を目にしたのは初めてだったが、ウワサ通り、なかなかの美丈夫だ。

彼は、華奢な女性の手を取りつつ、広い自分の背中に庇いながら、真っ直ぐに自分の両親とキャンベル家の面々の前に立った。
女性は言うまでもなく、ニコルが今日、笑顔で送り出したキラだ。
彼女は昨日ハイネに貰ったドレスを身につけ、またロミナが実家の母から受け継いだ、トパーズとパールの豪奢でオーブ風のネックレスで細い首を飾っている。社交界ではまだ無名だが、美しく品のあるヤマトの姫君は、ハイネの隣にただ立っているだけでも存在感があり、目を奪われる程美しい。

ラクスにへばりついていたミーアの顔つきが、憎々しげに豹変する。ラクスも一瞬目を丸くして驚いたが、直ぐにいつもの冷静さを取り戻した。
ハイネはミーアを歯牙にもかけず、キラの細い肩を抱き、挑むように自分の父親を睨みつける。


「俺はミーアとは結婚できない。ここに俺が愛している人がいる」


浮名を流しまくったプレイボーイが、今更恋人発言をしても、社交界の面々は、誰も信じないだろう。だが、めでたい婚約パーティーが、一転修羅場となるスキャンダルは、今後面白い社交界のゴシップとなる。
会場は物音一つ立たぬぐらい静まり返った。皆の耳は一言も聞き逃すまいと、固唾を呑んでハイネ達に注目している。

ニコルはあわあわとアスランとハイネを交互に見た。
幸い、アスランは皆が知ることになるスキャンダルに興味ないらしく、そろそろ帰れるかな〜と、自分の腕時計を見ていて、まだキラに気づいていない。
どうかこのままアスランが帰るまで待ってくれと、ニコルは一瞬、ありえない望みをかけた。

そんな彼の願い虚しく、ハイネはよく通る声で、堂々と口火を切る。

「俺はここにいるキラ以外、愛する気はない!!」
(馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!!)

耳慣れた名前に、アスランの顔が瞬時に強張った
ニコルが遮る暇なく、振りかえったアスランが見たものは、ハイネが衆人環視の前で腕に抱きとめる、着飾ったキラの姿だった。

「…キ……」

まさに怒声を発する直前だったアスランを、ニコルは力ずくで口を塞ぎ、カーテンの陰に引っ張り込んだ。昨日のイザークに引き続き、今日も肉体労働か……と、ふと虚しさが頭に過ぎったが仕方がない。
彼は暴れるアスランの動きを封じるべく、ますます力を込めた。


≪…離せニコル!!≫
≪駄目です落ち着いて。これは演技、演技なんです!!≫
≪……何でキラが?……≫
≪姉さまがお人好しなのが全部いけないんです!!≫
≪………また騙されたのか、あいつは!!……≫


これで話が通じてしまうのは、幼馴染の苦労を重ねてきた所以だろうか?
だがこれで、アスランの目はますます据わった。
今にも射殺さんばかりに冷たく眇められた眼差しは、真っ直ぐハイネに向けられている。

絶体絶命だった。


☆☆☆


「どこの馬の骨だ、そいつは?」
自分の面子を潰された、オーギュスト・ヴェステンフルスが早速怒声を浴びせてくる。
だが、ハイネは父を嘲笑った。

「見て判らないか? この美しい象牙色の肌に高貴な紫の瞳。キラはオーブ首長家縁の姫君だぜ。お忍び旅行でプラントにやってきた彼女と俺は、マリア・ブランシェホテルで恋に落ちたんだ、な?」

先日、鎖国を決めたオーブから来た王族と聞き、周囲の好奇心はにわかに活気付く。
キラはハイネの腕の中で、小さくため息をついた。

(もう、ペテン師め。誰が姫だよまったく。僕、カガリ・ユラ・アスハの親戚って言っただけなのに)

この場でキラの名は公表しても、ヤマト姓は絶対に言わないという約束と引き換えに、このカードを手渡したのだが、ハイネが『やったぜ、『ローマの休日』が地でできるじゃん。そういうのって、受けるんだよね〜暇人どもにはさ』と、呟いた理由が、やっと今になって判ったのだ。


【ローマの休日】をキラは知らなかったが、ハイネの話によると、異国から訪問した王女様が、脱走をかまして新聞記者と出会い、旅行客と偽って恋する1週間だけの儚く美しい愛を描いた古典的映画だとか。

また十数年前、現在ロミナを名乗っている、旧名『ヒスイ姫』とユーリ・アマルフィの駆け落ち事件も、社交界では記憶に新しい。
国も財産も婚約者も親も国民も全て捨てて純愛を貫いたロミナは、一時プラントの社交界では、おとぎばなしから抜け出したような、ドラマティックな姫君として称えられたそうだ。
そんな、ロミナの故郷であるオーブから、また新たなロマンスが生まれそうな気配に、嫌でも皆の期待は高まっていく。

逆にそれは、今この場でハイネが連れてきたキラをこき下ろす人間が、面子を潰されたヴェステンフルス家とキャンベル家のみになった証拠だった。
ただ皆もこのスキャンダルの結末を知りたいので、目を爛々と輝かせて、相変わらず事のなりゆきを、固唾を飲んで見守っているが、事実、今キラを見る周囲の視線は和らぎ、彼女を温かく受け入れる雰囲気に豹変している。

(まぁいいか、僕嘘言ってないもん。それにこれから暫く地球勤務になるし)

今さえ凌げれば、後はなんとかなるだろうと、嫌なことは後回しにする、キラの悪い癖がまたにょきにょきと出る。
そんなのほほんなキラと対照的に、ハイネは相変わらず、父親のみを睨みつけており、ミーアを含めたその他には無視を決め込んでいる。
気配り上手な彼らしくない仕草に、彼を昨日知ったばかりのキラ自身、ハイネがどれだけこの婚約を不本意に思っているのか、ありありと判る。

大々的な婚約パーティーを行い、ハイネとミーアを上流階級にお披露目し、後は結婚式を待つばかりだった筈なのに、それが一転この不始末。
大恥をかかされたヴェステンフルスとキャンベル家の人々は、憎悪の目を一斉にキラに向けた。

(……うわぁ、怖ぁ……)

一瞬怯んだキラは、自然ぎゅっとハイネにしがみつくと、顔をぽすんと埋めてしまった。直ぐにハイネが労わりに満ちた優しい手で、ぽしぽしとキラの背を撫でてくれる。
覚悟していた針のムシロだ。ハイネの境遇に同情し、勇んで乗り込んできたけれど、これだけ悪意ある視線を直に浴びれば、キラは挫けそうになる。

(でも、こんなの……、モビルスーツに最初に乗った恐怖に比べたら!!……)
殺される訳じゃない。命がかかっている訳じゃない。
「……ごめん、もう大丈夫だから……」

キラは腹を括ってハイネの腕から逃れ、彼に寄り添うように俯いて立つ。
その仕草は控えめで、自己主張の激しいプラント社会においては、恐ろしさに震えつつも、異国の地で、ハイネとの愛情のみを守るため、彼の傍らにあろうとする、頼りなげで可憐な姫君の姿に映る。

静かに健気に咲く小さな花は愛らしい。
だが、そんなちっぽけな存在は、簡単に摘み取れると侮られるもの。

「異国の女に、プラントの何が判る!! 婚姻統制法は国の政策だ。何も理解できぬお前など、とっととオーブに帰れ!!」

ミーアの傍らで、今まで静かだったキャンベル家の当主が、キラに杖を振り上げた。

「キラは何も悪くない。惚れたのは俺だ」

老人の振りまわす棒ごとき、ハイネが取り上げるのは造作もないことだ。
彼はため息混じりに杖を投げ捨て、侮蔑に満ちた目で父を睨んだ。

「あんたが後妻を迎えた時から、この家はもう俺の寛げる所じゃなくなったんだ。もう二度と帰るつもりもなかったここにわざわざやってきて、恋人も今紹介して、ミーアと結婚する意志はねぇってはっきり言った。もういいだろ、一応義理は果たしたんだから。二度とそこの頭悪い女を、俺につきまとわせんじゃねぇ」

「………何が義理よ……、勝手なことを!!……」
「ミーア!!」
「あんたのせいよ!!」

激怒したミーアが母の制止を振り切り、キラにワイングラスを次々と投げつけた。
ハイネが直ぐに自分の体で、キラを覆い庇ってくれたが、二人揃ってどんどん赤く汚れていく。それがますます彼女の怒りに拍車をかける。

「あんたが現れなかったら、ハイネはこんなにならなかった。あんたのせいで、私の幸せはメチャメチャよ!! 何がオーブの姫よ、アバズレの分際で。私の目は誤魔化せないんだから。あんたがそのお粗末な体で、ハイネをベッドに誘惑したんでしょう、この売女!!」
「ミーア!!」

目にアルコールが入り、痛みで瞑ったキラに、飛びかかってきたミーアが平手打ちする。
直ぐにハイネが暴れるミーアを取り押さえるが、目の見えていないキラに、ミーアの蹴りが綺麗に腹に決まった。

「………う……ケホッ………ゲホッ……」

ヒールの部分をもろに食らい、流石のキラもお腹を押さえながら蹲った。
これが地雷になるとも知らずに。


「黙れ女、その汚い口をいい加減に閉じろ!!」
(……げ…!!……)」

低重音の不気味な声が響く。キラが滲んだ涙で目を擦って顔を上げれば、怒髪天をついたアスランが、こちらに一直線に駆け寄ってくるのが見えた。

「さっきから黙って見ていれば、大体誰が貴様の恋人だ。お前程度の分際で、よくも純真なキラを誑かしやがって!!」
「アスラン、嘘!! ちょっと!!」

アスランはそのまま、しゃがみ込んだままだったキラの襟首を、猫の子を掴むように持つと、自分の背後に彼女の体を追いやった。その後、ミーアの腕を捻ったまま驚きで固まっているハイネから、女を無理やり引き剥がしてミーアを横に突き飛ばすと、そのままハイネの襟首を引き寄せ、彼の頬に拳を勢い良く食らわした。

ハイネの長身が、綺麗に弧を描いて仰向けに吹っ飛んでいく。
テーブルの一つをまき沿いに、彼は床に倒れ伏した。

ザラ家の御曹司のいきなりの暴挙に、周囲が悲鳴を上げる。
キラは何が何だかわからなかったが、倒れたハイネに駆け寄って、更に蹴りを浴びせている幼馴染の背後に、慌てて覆い被さるようにしがみ付いた。


「やめてアスラン!! ストップ、落ち着いて!!」
「煩いキラ、邪魔をするな!! こいつは絶対に殺す!!」
「駄目だって、アスラン。物騒な真似は止めて。ねぇ君、僕のお願い聞けないの? 暫く口きかないよ?」
「……ニコル、ラクス。この馬鹿をそっちで押さえつけておけ!!」
「はい」


黙々とアスランの命令に従うラクスはともかく、あわあわと慌てながら駆け寄ってくる弟の姿に、キラは目を点にして立ち竦んだ。



「なんで君までここにいるのぉぉぉぉ!!」



06.07.01




うううう、月を跨いでしまいました。敗因は昨日ね(しょぼん)
次で最終話ですが、どんな長さになることやら(乾笑)
さあ、頑張るぞ〜!! ( ̄― ̄)θ☆( ++) 


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