郭公の棲家 8









今まで沢山、僕の周りにはウソがあった。
父ハルマと母カリダ、二人の優しいウソ一杯の愛情に包まれて育てられたから、彼らを本当の親と信じ、今僕の存在がある。


『最高のコーディネーター』それって何?
僕は唯一の人工子宮の成功例で、ブルーコスモス最大の標的。
だから何? 僕は単なる実験動物なんでしょ?


本当は僕にもよく判らない。だって何処に証拠がある?
僕とカガリが双子でユーレンの子供だなんてさ。
親って、愛情を注いで育ててくれた人のことを言わない?
単に精子を提供しただけなら、親じゃない。少なくとも妻の腹の中から自分の子供になる受精卵を取り出し、実験材料にするような男を、僕は親なんて認めない。


僕とカガリは双子、でも僕らを愛して育ててくれた親はそれぞれ違う。
僕らも郭公の雛だ。でも幸せな棲家だった―――――――――――。



☆☆☆


今、ハイネの部屋にはピンと張り詰めた緊張が漂っている。
キラはいつもほえほえと長閑だが、無表情になった彼女は、静かだが危うい狂気が滲み出ていた。


「嘘が全て悪いなんて思わない。君にだって守りたいものがあるだろうし、僕だってそうだ。生まれてから今まで、精錬潔白だなんてうそぶく奴の方が信じられない。でもね、君と僕は出会ってから、まだたった二日だよ? ミーアさんは君の幼馴染で、君に恋してる。君の弟は生まれたばかりの赤子じゃないし、君はミーアさんの手紙を後生大事にしまっている。君は僕にどれだけ嘘をついた? それに僕を利用したよね。だったら僕は、君に納得のいく説明を貰ってもいい筈だ。っていうか、聞くまで僕だって引けないだろ普通」



キラはもともと、自分の興味のあることに対しては、好奇心がすこぶる旺盛だ。でなければ、凄腕に属するハッキング技術が身につく筈がない。
例えここでハイネに追い出されても、キラはパソコンを駆使し、勝手にプラントのデーターベースをひっくり返して、自分の満足のいく答えを探しだすことは可能だ。
だがその時は、興味ない秘密も調べていく上で、沢山知ってしまうことになる。それこそ、人の人生を破滅に導くような秘密も多々握れることもだ。

でも、キラは二日間、ハイネを信頼していた。
自分が信じて協力した人なのだから、最後まで好ましい人だと思って別れたい。
こんな形で、自分の信用を裏切って欲しくない。
それが、キラの気持ちだった。


無言で見つめて数十秒後、とうとうハイネが大きくため息をついた。


「………お前アスラン・ザラの親友だもんな………。あーあ、俺ってついてないの。面倒なの引っ掛けちまった……」
「誤魔化すな」
「今更そんなことはしない。お前こそ、このまま俺がお前を部屋から放り出したら、今のこと、アスラン・ザラにチクるだろ?」

(誰がするか、見くびるな)

よっぽどそう怒鳴りたかったが、雰囲気的にアスランが何かのプレッシャーになっているようなので、キラは唇を引き結び、彼を睨みつける。

「僕、確かに騙されやすいけれど、騙されたと知ったのに、そのままポイされる程お人好しじゃないもん」
「なら、あいつに絶対ヴェステンフルス家とキャンベル家のスキャンダル、リークさせないってキラが約束してくれ。お前なら義理堅そうだ」


キラは再びこっくりと頷いた。
何のことか全く判らないが、後でアスランに聞けばいい。


「じゃ、仕切りなおすか。キラ、救急具を片付けろ」


ハイネはソファーから立ちあがると、クローゼットを開けてキラがひん剥いた素肌に、クリーニングしたての白いシルクシャツを軽く羽織った。次にホテルがあらかじめ用意していたワゴンから、背の高いグラスを取りだし、氷を入れ、黄色い液体を注ぐ。

「ほれ、パイナップルジュース。飲めるか?」
「ありがとう」

といいつつも、キラは受け取ったグラスにふんふんと小鼻を動かして、匂いを嗅ぐ。
そんな彼女の頭に、「酒なんて入ってねー」と、ぺしっとハイネが軽く小突いた。

ハイネは自分用にスコッチの瓶と氷をテーブルに置くと、さっきと同じようになみなみと注いだグラスを煽っていた。ブランデーと同じ色なので、キラには区別がつかないが、どちらもアルコール度数が高いのは確かだ。
もうキラは止めなかった。なんとなく、ハイネが酔いたいのに酔えないんだと思ったから。


「なぁキラ……、ミーアの外見、お前正直どう思った? 美形揃いのコーディネーターなのに、ソバカスだらけでえらくぶっさいくと思わなかった?」

それ以前に、キラは彼女の睨んだ顔と泣き喚いている顔しか知らない。笑顔は3割増で人を美人に見せ、泣き顔怒り顔は美貌を半減させるという。
返答に困りつつも、キラは当たり障りのない話を引っ張った。

「……ハイネ言ってたね。あの人、お爺さんにそっくりなんだって……」
「そう。だからミーアはコーディネートに失敗して、容姿はナチュラルのように自然に組みあがっちまった結果だって言われている。コーディネーターの権威の娘の癖にって、世間はミーアを笑い者にし、キャンベル家は親の不始末を詫びるつもりか、娘を不憫に思って学校にも行かせず館から出さずに溺愛した。だからミーアは、世間を知らねーまま成長しちまった」


キラの真横、深々とソファに沈みながら、ハイネは皮肉に口を歪めて笑った。相変わらず酒を飲むペースは速く、また一杯分グラスの中身が消える。
キラも手持ちぶたさなので、ついグラスに口つける。ストローのないジュースをちびちびと舐めるごとに、グラスの中の氷がカラリと鳴り、静かな室内に浸透する。


「俺の父母は政略結婚でさ、物心ついた頃から両親は不仲だった。父は外に何人も愛人がいて放蕩三昧、母は寂しさを紛らわすかのように、自分の名前がついた系列ホテルをプラント中に建て、仕事に熱中した」



≪将来、これは皆ハイネにあげるから≫



ハイネは5つの頃から母マリアに連れられ、将来自分の物になるホテルの経営を学ばせる為と、年がら年中プラント中を飛び回っていた。

キャンベル博士は、物静かで無口な割に存在感のある人だった。彼は当時、少子化が進むプラントに婚姻統制法を提唱した直後で、無名の学者から一躍遺伝子学の権威として頭角を現し、学会に引っ張りだこ状態だった。
彼は自分の定宿に、マリア・ブランシェホテルを贔屓にしていたから、ハイネも自然と何度も顔を合わせる彼を、ホテルの上客だと認識していた。

ある日博士は、家に引きこもりがちの6歳の娘を、伴ってホテルに泊まった。
この建物内ならミーアはお客様だ。ホテルの従業員に守られ大切にされ、悪意の目は薄い。だが、学会へ行く父を見送ってしまえば、ホテルに一人残される子供は退屈になる。

マリアと博士は古い友人らしく、9歳のハイネは母に命じられて、一日彼女の面倒を見ることになった。

ミーアは、綺麗でしかも年の近いハイネを一目で気に入ったようだ。でも、ハイネは直ぐにミーアが疎ましくなった。
なんせ彼女は我が侭で、最初からお姫様を気取り、屋上から靴をポンと落し、ハイネに何度も靴を探しに行かせ、自分に膝まづいて履かせた。髪を丁寧に梳かさせた後、『頭に飾る花が欲しいから摘んで来て』など、下らない用事を作っては無駄に彼を一日中こき使った。

母の大切な客の娘だと思ったから我慢したが、内心は当然腸が煮え繰り返っていた。今までハイネは人にちやほやされることはあっても、自分が使用人の真似をしたことなど一度もなかったからだ。
やっと苦痛な隷属が終わったのは、20時過ぎ。
学会から帰ってきた博士に彼女を返し、ホッと一息ついた時だった。ミーアがぱっとハイネの腕にしがみ付いたのは。
彼女はお気に入りの玩具に執着するように、ハイネと一緒に寝ると駄々をこねた。彼をずっと傍に置きたがり、終いには自宅に連れて帰ると暴れて大泣きした。


それから、博士はハイネの迷惑など素知らぬ顔で、マリア・ブランシェホテルに泊まるごとに、娘を連れて来るようになった。娘に甘すぎるキャンベル家には、ミーアのおねだりを拒絶する大人が誰もいなかったのだ。

ミーアの目当ては勿論ハイネだから、彼は月に2〜3回の頻度で母に命じられ、我が侭娘のお守りをする羽目になった。
当時、ハイネはホテルから幼年学校に通っていた為、ミーアも遊べる時間を多く取ろうと週末を狙って来る始末。友人との約束はミーアのせいでいつもキャンセルさせられ、母にもう嫌だとそうとう訴えたが、言っても無駄だった。

≪ホテル業はサービス業。どんな嫌な客であろうと、ホテルに泊まる以上はお客様。お客様をもてなすのは、ホテルの人間の仕事なのよ。これは貴方が将来受け継ぐもの。我が侭は許しません≫


「何が『許しません』だよ。あいつらを許さないのは俺の方だ」

憎々しげに、ハイネは己の手に持つグラスを揺らした。
カラリカラリと涼しげで澄んだ音が耳に届くが、今の彼には清涼剤の代わりにもなりはしない。

「俺とミーアがかくれんぼしてた時の話だ。母の部屋のクローゼットに隠れてた時、俺の母親とキャンベル博士が入ってきた……」

≪……いい口実ね。あの子達が仲良ければ、貴方堂々と来れるものね……≫

「二人がソファーで乳繰りだしちまってさ。11歳のガキでも結構強烈だぜ。咄嗟に息を殺して出口を探しても何処にも出て行けないし、自分の母親の艶声なんてさ……正直キラだって耳にしたくないだろ?」


昔、博士と添い遂げられなかったから、子供達が将来結婚してくれたら嬉しいと…。睦言で自分の夢を託す身勝手な母。
親の決めた結婚が嫌で、博士と駆け落ちまでした癖に……土壇場で怖気づいて恋人見捨て、家の為だと理由をつけて他の男に嫁ぎ、立派に不幸になって、博士が有名になった途端に貴方と結婚していれば良かったなどとほざく女を、ハイネは子供心に、どうして博士が自分を裏切った女を許し、不倫関係を結んだのか理解できなかった。


けれど、ホテルの清掃係りだった女の密告で、オーギュスト・ヴェステンフルスに密通がばれ、馬鹿にされたとホテルに踏み込んできた。ハイネは怒り狂う父から母を守ろうと、偶然部屋に居合わせた。

上昇志向が強く、政界に食い込み、権力者の仲間入りを果たした夫と、学会の権威となったが静かで頼りなげな博士を比較した結果、土壇場でまたもや怖気づいた母は、再び別れ話を博士に切り出した。その時、博士は気が狂ったようにけたたましく笑った。

≪……マリアはもう僕と一生離れられない繋がりがある。だって、ミーアは君の娘だ……≫


キラはこくりと息を呑んだ。

「じゃ、ミーアさんって……ハイネの妹?………」

ハイネもグラスを傾けて氷を鳴らした。

「半分だけな。博士は子供を作るとき、妻の卵子を俺の母のとすり替えたんだ。そんでコーディネートで外見を徹底的に祖父似に変え、遺伝子もキャンベルの色を濃く残した。下手な検査ではばれない程度に、ミーアは散々弄くられて生まれたらしい」


全て博士の復讐だった。
自分を裏切ったマリアに打撃を与える、その為だけに、彼はミーアを『作った』のだから。


知らなければ、ハイネはミーアをずっと『うざい奴』と思って邪険にできただろう。
でも、ガキの癖に大人に囲まれてホテルで暮らしていた彼は、人よりませており、見た目よりも遥かに中身は成熟していた。
父と母の仲が不仲だろうが、母がキャンベル博士と不倫に走ろうがどうでも良かったけれど、ミーアの……自分の『妹』だった少女が、親のエゴでワザと不細工な容姿に作られた件は、ハイネの義憤をかき立てるのには十分な理由だ。


≪てめぇら自己満足も大概にしやがれ!!≫


「親の都合で、世間に失敗作なんて囁かれて、人に笑われるからと子供を館に隔離して、外に出さずに閉じ込めた。何も知らないミーアに外は怖い所だよと教え、家の中ではお姫様のように扱い、彼女の世界も視野もワザと狭くした。子供に親は選べない。でも、そんな育てられ方をしたら、あいつの将来はどうなる? ガキだった俺でも判るさ、一人じゃ生きていけない」


ミーアは我が侭だけど、自分の妹……身内だ。
赤の他人なら許せないことでも、不憫な妹なら可愛く思う。
それから、ハイネとミーアの関係は変わった。

ホテルに来るミーアに卑屈な絶対服従は止め、ミーアをできるだけ外に連れ歩いた。人目を気にしなくても楽しい場所はあると教え、外見なんて気にするのは一部の人間だけなのだと、彼女に判って欲しいとハイネは努力したつもりだ。

だが部外者で、ましてや子供の自分にできることは少ない。周囲もハイネがせいぜいミーアの兄貴分を気取っているとしか見ていなかった。

ヴェステンフルスの父は、冷え切った母との関係を修復する気はなかった。それに、自分を裏切った女の子供を跡取にするのが悔しかったのだろう。堂々と愛人との間に跡取息子を作った。
母も、ハイネとホテルのみを生きがいにし、もう家に戻ることなく働き続けた。

翌年、キャンベル博士が事故死してからは、ミーアはますますハイネに執着するようになる。学校にも行かず、年中暇だから、一人でホテルに泊まりに来ては、ハイネに纏わりつくし、キャンベル家も黙認してた。
マリアも、彼女が自分達の犠牲者で罪の証だと思うから、多少の我が侭は目をつぶった。
このホテルはもう、ミーアが気楽に過ごせる第二の家だった。


二人の関係が終わったのは、13歳となり、成人したミーアが婚姻統制法で定められたルールに従い、遺伝子データーを国に登録して3日後のこと。

ハイネはカレッジに通う傍ら、ホテルの支配人業を勉強していた。多忙な彼に例えミーアとはいえ構ってやる余裕はなく、レトロな手紙のやり取りや通信のみで連絡を取り合っていた時、彼女は急に現れた。

≪ハイネハイネ聞いて♪ 私、『対の遺伝子』が見つかったの!! うふふふ♪≫

勝手知ったるホテルの支配人室に飛び込んできた彼女は、いつになく嬉しげで、抱き付いてくるミーアの浮かれように戸惑ったものの、妹のそんな姿にハイネは目を細めた。
彼女の精神は幼く、保護者が必要なのは明白だ。婚姻統制法は、今のプラントでは絶対の法律だし、自由に恋愛できない時代ならばこそ、少しでもミーア自身が気に入った男の元に嫁げるのは嬉しかった。


≪ほー、そうかそうか。お前面食いだしな、そんなにイイ男が釣れたのか?≫
≪勿論よ!! これ以上の相手はいないわ。だって、ミーアの婚約者はハイネだもん♪≫

当時ハイネは16歳。ミーアは13歳。
無邪気に笑う妹に、ゾッとした。


「だって、ありえないだろ普通。半分だけっつっても『兄と妹』だぜ? それが数千万人いるコーディネーターの中から、なんで『対の遺伝子』の相手に選ばれなきゃならない? これこそが博士の『本当の復讐』だ。母に捨てられたあいつが、俺の『対の遺伝子』を作り、婚姻統制法を強引に定めたのは、裏切った母に対する憎悪故だ。キラ、信じられるか? 一人の男の憎しみが、プラントの社会を変えちまったんだぜ?」

一人の男の憎しみが、世界を変えた例は……歴史には多々存在する。
有名なのは、ユダヤ人を虐殺したヒトラーだ。実話かどうかは知らないが、若かりし頃、ユダヤ人の女性に振られた彼は、生涯その人種を許さなかったという逸話が残っている。

またキラは、自分のいた世界を滅ぼしかけたラウ・ル・クルーゼが、己の理不尽な生命に憤り、世界を破滅させようと画策してきたのを見た。愛する妻を殺されたパトリック・ザラが、ナチュラルを恨み、殲滅しようと暴走した結果、発射されたジェネシスも見てきている。


「幼い頃からずっと好きだった男が対の遺伝子だったって、浮かれるミーアに周囲は諸手を挙げて彼女を祝福した。なんせ彼女は『婚姻統制法』を立案し、成立までこぎつけた立役者の一人娘だ。国政的に今後は広告塔になる存在に、こんなロマンチックなオプションがつけば、大衆はさぞかし喜ぶだろうな。国の中枢に入り込んだオーギュスト・ヴェステンフルスは、自分の妻がしでかした、この最悪なスキャンダルがリークすることを何よりも恐れ、母を激しく罵倒した。その結果……罪に耐えきれなくなって、マリアは自分だけさっさとエレカの暴走事故を装って自殺しやがった。我が親ながら、どこまで卑怯なんだか」


妹は何も知らないで俺と結婚する日を夢見ている。愛していると手紙が告げる。
だが、たった16の男に、何ができる? 
背負いきれない罪の重さに、ハイネ自身も崩壊だ。


「国の政策とはいえ、どうして妹と知ってて結ばれることができる? かと言って、ミーアに今さら妹だと言ってどうなる? 遺伝子の天才が執念で作り上げた『ミーア』は、国の機関でも『対の遺伝子』と認めても、『兄妹』とは測定できなかった。立証できる証拠はなく、狂ったサイエンティストはとっくに墓の下だ。キャンベル博士の妻なんて悲惨そのものじゃねーか。我が子だと信じて溺愛した娘が、別の女の子供なんて……ミーアの住める世界は、キャンベル家だけなのにさ」

だから、母の喪が明けて直ぐに、ハイネは士官学校に逃げたのだ。
漁色家とウワサされ、女遊びを派手に行い、徹底的にミーアを避けた。結婚前のマリッジブルーだと大目に見ていたキャンベル家だが、ハイネの放蕩が酷くなるにつれ、オーギュスト・ヴェステンフルスに散々『国の政策』を楯に取り、ミーアの婚約を繰り返し要求するようになった。


のらりくらりと引き延ばしたけれど、そろそろ限界。
切れた父親がハイネにこう告げた。



――――――キャンベル嬢との婚約後、お前の母の責任をとって、名誉のために死んでくれ――――――



「幸い、地球軍とも開戦したし、ザフトの軍人なら『戦死』する機会なんていくらでもあるだろうってさ。はははは………」

「……………笑ってる場合じゃないよ、なんなのそれ!?……実の息子でしょ? ハイネはザフトの軍人だよ? プラントと自分達を守ってくれてる息子に対して、いくらなんでも酷い………」

「あのな、国よりてめぇの立場の方が大事な人種なんていくらでもいるでしょ。事実、親父の言うように、俺がくたばれば全部丸く収まるだろ。ヴェステンフルス家にはもう一人息子がいるし、ミーアもいくら俺に執着したって、戦死しちまったら別の男に嫁ぐしかないっしょ?」

くつくつ喉を鳴らしながら、ハイネは目を閉じながらごろりとキラの膝に寝転がった。
普通なら、馴れ馴れしいとしばく所だが、痛々しいハイネの顔に何も言えず、キラはぽしぽしと彼の頭をあやすように撫でた。


「なあキラ、コーディネーターって地球の引力に逆らって宇宙に上がった進化した種族なんだよな? なのになんで、旧社会の秩序にいまだに振り回されなきゃならないんだ?
それ程ヴェステンフルスって守らなきゃならない家名か? たかだか2世代の歴史じゃないのか、コーディネーターって。
まぁいいさ。俺にはもう関係ない。俺はこれから地球に降りるから、もう死ぬのを待つ人間に怖いものなんて何もない、そうだろ?」


苦しくてどうしようもなくて、ボロボロになったハイネに、キラはかける言葉もなかった。

楽しく日々を過ごしている人だと思っていたのに、実は気さくな人間を演じていただけ。
彼は愛情を取り違えた道化だ。このままでは彼の言う通り、最悪の末路しかない。


「…………俺、ちゃんと…いつか名誉の戦死ってやつをするから……、お前の棲家は必ず守ってやる。だからミーア、………俺を許してくれるか?…………」


ハイネが守りたかったのは…ミーアの棲家。

戦って努力すれば己の手で掴める未来ならば、ハイネは赤服を勝ち取った程の男だ。きっと何年かかっても、彼は全てを得ることができただろう。
でも、生まれつき組替えられた遺伝子だけは……どうしようもない。
一生墓場まで、彼はミーアの秘密を抱いていく。
もし、暴こうとする人がいるのなら、きっとハイネは人殺しも厭わないのだろう。

ミーアの居場所を奪わないように、苦しんで苦しんで、そして自分だけが悪者になって――――――


「………君は優しすぎたんだね………」

あやしている内に、彼は何時の間にか寝息を立てていた。
酒に潰れ、眠ってしまった彼を起こさないように膝を外すと、キラはベッドから持ってきた毛布で彼の体を覆った。





一人、とぼとぼとハイネの部屋を後にしたキラは、やるせなかった。


コーディネーターは親の夢を背負っている。
皆は我が子の可能性を伸ばしてあげたいと望み、大金を注ぎ込んで文字通りに作るのだ。
自然に反した存在でも、その根底に、親の愛情があるから許される行為だ。

けれど、一部の人間は違う。

親のエゴで作られてしまった、ミーア。
そしてその犠牲になったハイネ。
連鎖した不幸を断ち切る唯一の方法が、ハイネの死だけなんて……認められる筈がない。


(……そう言えば僕も、父さんと母さんの本当の子供じゃないかもしれないんだよね……)


宇宙でカガリに写真を見せられ、メンデルでクルーゼに一方的な現実をつきつけられ、その時自分がハルマとカリダの娘で無いと知った。
コーディネーターだから、父母両方と全く似てなくて当たり前だと思っていた。
正直、アスランの件や、この世界に吹っ飛んできたことなど、色々なゴタゴタで忘れたふりをしてきたけれど、本当は自分がハルマとカリダの実の娘ではないなんて認めたくない。

実の父親が我が子まで自分の実験に使ったという、その事実。
たまたま成功したからキラは生きていたが、死んでいた可能性の方が高いのだ。
そんな男から種を貰って生まれた自分が、どうしてそいつを親などと認められる?

まだ両親から真実を聞いていない。
それまで、心の折り合いなんて、絶対につけたくない。

ナチュラルは外見も遺伝する。親のパーツを何処かしら貰って似ているものだ。
だが、遺伝子どころか外見を見事に変えられるコーディネーターは、何を基準に我が子を判断するのか?

ぞくっと―――――キラは身震いがした。

ミーアのように国の機関でも判断できないぐらい遺伝子を弄られた子供がいた。ならば、プラント……嫌、世界のあちこちで、今も郭公の罪深いヒナが生み出されているのかもしれない。


子供は親を選べない。ましてや、コーディネーターはナチュラルより相当大きな可能性の器を与えられた種族だ。
『最高のコーディネーター』って何?
愛情でなくエゴで作り出された怪物に、心がないとでも思っているのか?



「やぁ、キラ」


ホテルのロビーについた途端、柱の影の目立たない位置に座っていたアスランが、心配そうに手を振って立ちあがった。
彼は礼服の上からコートを羽織ったままの姿で、キラは時計と彼を交互に見て目を剥いた。
だってもう11時を過ぎている。

「どうしてここに? それにラクスは?」
「ニコルに送ってもらったよ。それより……お前、大丈夫か?」

キラもコートを着ていたが、黄色のドレスは赤ワインの染みだらけで大層目立つ。そんな成りで一流ホテルのフロントをぽてぽて横切れば、人目も引きまくりだ。

「行こう。送ってやる」

キラはアスランに手を引かれ、そのままホテルのパーキングに停めてあったアスランのエレカの助手席に放り込まれた。

「うう、派手な赤だね」
「目立つ?」
「うん」

アスランは運転席に乗った後、ちょいちょいキラを招く。何だろう? と、首を傾げながら振り向くと、彼はいきなりキラの襟首に手を突っ込んできた。

「こらっ!! 何をする!!」
「回収。発信機兼盗聴機をちょっと……」
「はぁ? いつの間に!!」

アスランの手のひらに乗っていたのは、小さく丸い真珠のピンだった。

「お前とあの女を引き剥がした時だよ。真珠ならドレスの飾りボタンに見えるだろ。お前、何処にすっ飛んでいくか判らないし、この頃ミニハロもワザと部屋に置いてくるし」

悪びれることなく飄々と涼しい顔でのたまうアスランだったが、キラは聞き捨てならない単語に眉を顰めた。

「君さ、いつもそんなの持ち歩いてるの……『盗聴機』?」
「ああ、キラが式典脱走してくれた時からね。見た目も綺麗だし、それに役にたったろ?」
「……君、ハイネの独白を聞いてた?……」

じっと睨みながら見あげると、アスランは手を挙げて苦笑した。

「キラが嫌がるから、秘密は俺の心にしまっておくよ。それに、お前がドジ踏んでうっかり口滑らした時も、きちんとフォローもするって誓うし」
「もう、僕そんなに間抜けじゃない」
「はいはい。今日は頑張ったな、キラ……。もう泣いていいよ。ここは俺しかいないから」

そのまま抱き寄せられて胸に顔を押し当てられる。
それから、ぽしっと頭を撫でられて、その手が心地よくて……。


(……どうして、アスランには判っちゃうんだろ……)


唇を引き結んで、暫く頑張っていたが駄目だった。
甘やかしてくれるアスランの優しさが心に染み、ぽろぽろと大粒の涙が零れてくる。
堰が切れたように泣いて泣いて泣きじゃくりだしたキラを、アスランは笑って抱きしめてくれた上、ポンポンと背中をあやしてくれる。


―――僕も卑怯な郭公だ――――


自分は、ニコルを殺している。あの子の分身を殺している。
たとえ世界が違っても、ニコルをこの手で殺した罪は消えない。
なのに、そのことを言わず、アマルフィの巣でぬくぬくと愛されている。

それに、この『アスラン』だって。


ラクスを置いて、自分を追いかけてきてくれた。
彼の手はラクスの物なのに、今は嬉しいと感じてしまう。
もどきなのに、キラのアスランじゃないのに、独占してはいけないのに、甘えちゃ駄目なのに、今日だけ、今日だけだから……と。


悲しいハイネ、悲しいミーア、それにかこつけてアスランに甘える。なんて卑怯な自分。


(……君が優しすぎるからいけないんだ……)


一時の夢に酔いしれるように、キラはますます彼にしがみついて泣きじゃくった。




06.07.07




後日談が入らない( ̄― ̄)θ☆( ++) 
うぉぉぉぉ、もう一話あります!!

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