君のいない世界で     05. 驚愕





「キラ、一口でもいいから、食べて」
「キラ、着替えをここに置いておくよ」
「キラ、船を降りるよ。支度して」




ボーっとした視界の前に、アスランもどきが何度も横切っていく。
キラはベッドの上で壁にもたれて膝を抱え、顔をうつ伏せていた。

彼が心配してくれているのは判っていたけれど、今は何もかも面倒くさくて、口も利くのもおっくうだ。



一体、なんのために、自分は今まで戦ってきたのだろう?
守りたかったのに。
フレイを、ヘリオポリスの民間人を、ウスミ様とオーブを、アスランを。
なのに、自分が守りたいと願った命全てが、この手の中から擦り抜けていった。
それどころか、今まで自分住んでいた世界からも弾かれて、今のキラには何にも残っていない。


――――――知れば全てのものが望むだろう、君のようになりたいと。それ故、存在することが許されない―――――――


ラウ・ル・クルーゼの呪詛のような言葉が、頭の中でぐるぐる駆け回っている。

自分のようになりたいなどとは、笑わせてくれる。
自分の大切なものが一つも守れなくて、何が完全なコーディネーター?
存在が許されないというのなら、キラの放逐を決めたのは誰?
どうして自分はこの世界に来たの?
アスランのいない世界に。



――――――もう、なにもかもどうでもいい―――――




突然、キラの腕をアスランもどきがひっ掴んだ。


「お前の気持ちはわかるけど、本当にもう時間がないんだ」

力に任せて引っ張られて身を起こせば、すかさずレノアがキラの体に大きめのバスローブを巻きつけた。瞬く間にバスローブの紐でくるりと体を一巻きされる。
「キラちゃん、ゴメンネ」
「母上、せーの」
情けない簀巻き状態になったキラを、アスランとレノアは二人がかりで肩と足を持ち上げる。

(僕、まるで死体袋に入っているみたい)

そんな不謹慎なことを思っていたキラは、自分を荷物のように担ぎあげた二人が、そのまま小さな細い扉を潜るのを見て目が点になった。

(ちょ…、ちょっと、レノアさん、アスラン?)

キラの背筋に冷たいものが走った。
まさか、こんな情けない格好のままこの船を降りるのだろうか?
レノアはともかく、日ごろまともに見えるアスランは、ぷっつんきてぶっ飛べば、突拍子もないことをしでかす。
それは、六歳からずっと一緒だったキラが一番良く知っている。
誰がなんと言おうと、彼だけは絶対怒らせてはならないのに、自分はずっと今まで無視してきたような気がする。

――――――やばいかも――――

キラが運ばれた先は、予想と違って医務室にしつらえてある簡易バスだった。
狭くて浅い風呂桶には、なみなみとお湯が張ってある。

(い、いやぁぁぁぁぁ、馬鹿アスゥ!!)

キラはじたばたともがいたけれど、全てが遅かった。
アスランとレノアにより、彼女は無情にも頭から風呂桶に突っ込まれたのだ。




―――――何なの一体、君は!!―――――――


顔を上げて叫ぼうにも、アスランが、頭を押さえつけてる。
キラが頭を振り乱して抗議しても、口から吐き出すぶくぶくとした息にまじって、自分自身、何を言っているのかわからない。
苦しい。鼻に暖かいお湯が入って痛い。
目が熱くなって涙が滲んできた頃、アスランがようやく押さえつけていた頭を解放してくれた。


「ゲホッ、……何するの……ガホッ!!」
ザブン

顔を水面から上げ、やっとの思いで一呼吸したのに、またアスランが水面に頭を押し付ける。
手足はバスローブで戒められていて動かせないから、芋虫のように体をくねらせてもがくだけ。


ゲボッ、ガボッゲボッ…


もがいてもがいてもがいて、息が続かなくなった頃に、ようやくキラは開放された。
目からぼろぼろ涙が出る。一体こいつは何を考えているんだ。
確かに彼をずっと無視したけれど、だからってこの仕打ちはあんまりではないか?

息も絶え絶えなキラは、えくえくしゃくりあげながらバスタブの縁に顎をかけた。涙目のまま顔を上げれば、爽やかに笑うアスランが、タオルでごしごしキラの顔を拭いた。


「お前、ようやく目が覚めたみたいだね」
「君は、ひいっく、えっえっ……、最低だよ〜〜!!」

酷い。酷すぎる。

「何を考えてるんだ、このデコッパゲ!?」
「そういうお前こそ、こんなにもがけるのに自殺図るな」
「誰が自殺なんてするか!!」
「ほー、俺がわざわざ運んでやった食事、一切手をつけなかったのは何処の誰だっけ? 丸2日合計6食。餓死したかったら他所でやれよ」

アスランが、チューブタイプのゼリー飲料にストローを差し込む。
そして、湯船の中にいるままのキラは、口に無理矢理咥えさせられる。

「飲め。飲まないと出してやらないからな」

アスランの口元は笑っているが、目はマジだった。
「俺に言わせれば、お前の方がまだ幸せなんだぞ」
何がだ。
と、一瞬頭をよぎったが、たとえもどきな別人アスランでも、彼のベースはキラの愛した本物とほぼ同じ。ならば、子供の頃から付き合いがあるアスランだ。彼の言いたいことは直ぐにわかった。

―――――オ前ハ俺ヨリ幸セナンダゾ―――――――

どこが?
大切に思ったもの全て守れず、愛したアスランに自爆され、自分一人だけ何故だか違う世界に吹っ飛んできたキラの何を見て、このアスランは幸せだと言うのだろう?
ムカついた腹いせに、咥えたストローを吐き出してしまいたかったが、ここで逆らったらまた虐められることはわかりきっている。再び湯船に顔を押し付けられ、痛く苦しい思いをするのも御免だ。

キラは仕方が無く、アスランの言うとおりにふて腐れてストローを啜った。
口の中に爽やかな甘いレモン風味が広がる。
一口飲めば、お腹が空いていたことを思い出したのか、喉が勝手に嚥下する。
気持ちと裏腹に、瞬く間に飲み干してしまった。恥ずかしくなりふて腐れてうつむくキラの口から、アスランがチューブを取り上げた。

「いい子だ。もう1本飲むか?」
ついこっくり頷いたキラに、アスランが頭をぽしぽし撫でてくれる。

再びゼリー飲料のチューブにストローが差し込まれる。
口を塞がれる前にと、キラはさっき引っかかっていたことを口にのせた。

「ねぇ、アスは僕のどこを見て、自分よりも幸せだといえるの?」

睨むが彼は動じなかった。

「ああ、お前は俺より幸せだ。だって、『俺のキラ』は確実に死んでしまったけれど、お前の『アスラン』は、まだ死んだって決まったわけじゃないだろ」
「え?」

アスランは苦笑した。

「確認したか、お前?」
「……うっ……」

キラは唇を尖らせた。

「できるような状態じゃなかったもん、だって、僕……、気がついたらこっちの世界にいたし」
「なら、案外元の世界に戻ったら、お前のアスラン、生きてるかもな」
「………え?………」
「お前、早とちりだし。よかったじゃないか、希望あって。俺には何にも残されてないんだぞ」
「うううう」
「ほら、わかったらしっかりしろ。俺だったら、誤解でキラ自身の中で殺された挙句、キラがそのせいで気狂って死にそうになってるのを見たら、泣くぞ。確実に」
「……むぅ……」

ぷっくりほっぺを膨らませると、アスランは声を上げて笑った。

「元気でお前のアスランの元に帰ってやれよ。会える希望があるうちは、あきらめなくてもいいんだから」
「……アスラン……」
「帰る方法は俺も探してやる。お前は俺のキラじゃないけれど、キラだから。友人としてこの世界に来たお前は俺が守るよ。キラのしでかした騒動の後始末は、いつも俺の役目だったろ? だから、別の世界で待つ俺のためにも、無事でいてやれ。な」


もどきは優しかった。
まるでアスラン本人みたいだ。
似てるのに、本物そっくりなのに違う。
複雑な気分だが、アスランがいてくれると思うと、どんな厄介な立場に身をおこうと、大丈夫だと本能的に思えてくるから不思議だ。

「アス、ありがとう。本当に頼りにしてる。僕も、絶対に希望を捨てない」
帰ればきっと、アスランは生きている。
「僕のアスランに会うまで、僕も頑張るから」
「ああ、それでこそキラだ」
アスランがまたぽしぽしと頭を撫でてくれる。
気持ちいいけれど、暖かいお湯に長いこと漬かっていれば、段々とのぼせてしまう。

「アス、僕そろそろ出たい」
「はい、これを飲み終わったら、出してやるよ」

口に再びストローを突っ込まれる。
キラはありがたく吸い上げた。




ゼリー飲料でも、二本立て続けに飲めば、それなりの満腹感が得られる。
お腹が満たされると気持ちも落ち着くのか、キラには先程のような無気力さはない。
飲み終えると約束どおり、簀巻きに使われていたバスローブの紐の結び目が解かれる。
途端、体に巻きつけただけの大きな布が、たゆたゆとお湯の中にほどけていく。
その中身は白い寝巻き一枚のキラだった。軍お仕着せの綿の寝巻きは、お湯を程よく吸って、体があらわになるぐらい透けていた。

「あ、役得♪」
アスランの笑みを含んだ明るい声に、キラはハッと自分の姿に気がついた。

「…き、きゃあ……」
キラは真っ赤になってしゃがみこみ、背中を丸めて両手で自分の体を隠した。
「母上、後はお願いします」

アスランは、セミヌードを見たくせに、余裕でひらひらと手を振って風呂から出て行く。
キラの愛しているアスラン本人にだって見せたことないのに、もどきの分際で憎らしい。

「殴ってやる、馬鹿アスラン……。絶対にぶってやる……」
「はいはい、キラちゃん。でも、後でね」

レノアが乾いたバスタオルで、キラの頭をごしごし拭いてくれる。
差し出された籐で編んだバスケットの中には、紙袋が入っていた


なんだろうと思って、中身を取り出せば、シンプルな白地に淡く黄色と紫の大きな蘭の花を散らした品の良いワンピースがある。上着には丈の短い白のボレロがあり、ドレススーツなのだとわかった。靴も可愛いく透かし模様の花が掘り込まれている白と薄い黄色のハイヒールだ。
日頃男物ばかりを着てきた自分が、絶対選ばない組み合わせに眩暈がする。

「あの、この一式を選んだのは誰?」

少なくともアスランやレノアではないだろう。二人とも、キラの好みを知り尽くしている筈だ。

「実はね、イザーク君がユニウス7のブティクで、ワザワザ買ってきてくれたの。私服が一着もないのは気の毒だって。流石エザリアの息子は躾が行き届いているわね。うちの子とは大違い」

キラは痛む頭をほぐそうと、こめかみのツボをぐりぐり押した。
イザークって確か、ディアッカの親友で、デュエルのパイロットの名前じゃなかっただろうか? アレだけ執拗に「ストライィィィィク!!」と襲い掛かってきた血気盛んな人に、こんな高く上品な服を貰うのも変な気持ちだ。

御礼を言わなければならないけれど、13歳まで男同様に育った自分にドレススーツはきつい。本気で仮装しろといわれた気分だ。
本当に今からこの服を自分が着るのだろうか?
できればアスランの私服を借りて……、嫌、止めておこう、彼に私服のセンスはなかった。いくら惚れた自分の贔屓目を持ってしても、援護も弁解もできないぐらいにアスランは服に無頓着なのだ。
やっぱり諦めて、これを着るしかないみたい。

キラはワンピースを片手にため息をついた。じと目でちらりと紙袋を覗き込めば、更に信じられないものを見つけてしまった。
紙袋の中、服の下に一緒に入っていた総白レースの下着一式は一体?

「レノア小母様、これ…、これも僕が着るの?」
「あら? ……まぁやだ!!」

レノアの驚きようから、彼女が犯人とは考えられない。
キラは怒りでぷるぷる身を震わせた。
大人びたブラとキャミと下着は許そう。だがこのレースのガーターベルトとストッキングは誰の趣味だ!?
いかにも≪脱がせて〜≫と自己主張をしている、えっちくて艶めいたこの二つを、キラは摘み上げて荒々しく紙袋の中に戻し、籐の籠にポンと放り投げた。

「……小母様……、軍用の、予備のストッキングってありませんか?……看護士さんか、ブリッジのオペレーターさんに聞いたら……、持ってるかも」
「え、ええ、そうよね。私、急いで聞いてくるから……」

もし、ガーターベルトもイザークとかいう奴が買ってきたのだというのなら、そのイザークとかいう人も、アスランもどきともどもぶん殴ろうと、キラは密かに拳を握り締めた。


「キラちゃん、お風呂から出て先に着替えててね。この船もうすぐ月に出航するの。だから私達はここで降りて、シャトルでマイウス市に行くのよ」


レノアがぱたぱたと風呂場から出て行く。ぱしゅっと扉が閉まった

瞬間、キラはこっくりと首を傾げた。
今彼女はなんていっていた?
この船が月にいく?
私達はここで降りて、シャトルでマイウス市って?
パトリック・ザラのディセンベル市じゃなくって、何故アマルフィ氏の市へ?

「えーっと、今日……、何日だっけ?」

ボケた頭をふるふる振る。
コーディネーターの頭は、よほどのことがない限り、一度覚えたことは忘れない。
血のバレンタインの後、ザフトと地球軍は確か地球と月の間……ラグランジュポイントの一つL1で戦闘の火蓋を切った筈だ。
だから、この戦艦が月にいくということは、間違いなく戦争にいくということで。

キラはこくりと息を飲んだ。
嫌な予感に、段々と身体がガタガタと震えてくる。
自分は一体何日呆けていた?
その間、ラクスから託されたあれはどうなった?

「僕のフリーダムは?」

システムにロックをかけた覚えはない。
それに、モビルスーツはシャトルに乗せられない。
キラは風呂から飛び出し、服を引っつかんだ。


「僕のフリーダムは何処? 何処にあるの!!」







出撃準備を整えるガモフの格納庫に、趣味の良いワンピーススーツ姿の少女がぺたぺたと駆け抜けていく。
短い白銀の髪を振り乱し、細く綺麗な生足を惜しげもなく晒し、両手で脱いだ靴を持ちながら、必死の形相で向かう先は、五日間で殆ど修復を終えている、時を越えてこの世界にやってきた己のモビルスーツの元だ。


今もその機体の足元には、クリップボードを片手に持つ幾多の整備士が群がっている。
かけられた架台、その上のコックピットの前に屯っているのは、プラント最高評議会議員の制服を着ているものが三人と、ゼルマン艦長、そして銀色の髪の少年だ。

開いているコクピットから、蜂蜜色の髪の青年が見える。
遠目で見ても、彼らが何をしているのかは直ぐに判った。

「いけそうか、ミゲル?」
ゼルマンに問われ、彼は大きく首を横に振った。
「全然駄目、俺にはきっついカスタマイズです。あの子、よくもまぁこんな化け物マシン操ってたなぁ」
おどけて両手を上に上げて降参を示した彼の目が、驚愕に固まる



「あれ? キラちゃん正気に戻ったの?」
「止めて!! その機体に触らないで!!」


架台を全速力で駆け上がってきたキラは、人ごみを割って入ってコックピットに飛び込んだ。






05.07.20.




アスネタで遊びすぎましたΣ( ̄ロ ̄lll) ガビーン。
長くなりすぎたので、話半分ですが一端切ります。

しかしイザーク王子は悲惨ですね。キラへ贈った服は彼の趣味ですが、下着はブティクの方に見繕ってくれと任せてます。結果、恋人に贈るものと間違えられたということで、あんな誤解を受ける羽目になりました。後でレノア経由で話しが伝わり、こっぴどくエザリアママンに怒られることでしょう。キラの頭の中では、今のところ変人ナンバー1ですね〜(* ̄∇ ̄*) 報われてない、グスグス (><。)。。

次回で本当に序章が終わります(←マテ( ̄― ̄)θ☆( ++) )

筋書きは打ち込み終わっているので、後は文章にするだけ(←オイ)
明日UP目指して頑張ります。




05.07.24.

6話に入れる筈だったエピソードがどうして入れられなくて、加筆修正しました。
体調ぼろぼろで、6話の修正終わってません。
ごめん〜グスグス (><。)。。





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