姫と王子の休日 3
「俺、機械弄りにはかなり自信がある。微力だけど協力させてくれ」
「え?」
「駄目でもともとだと思って僕達に見せて。それとも参加者登録されてなかったら駄目? 影にこっそり隠れていれば大丈夫だと思うけれど」
突然の申し出は、当たり前だが怪訝下に壁を作られた。
「僕たち春からヘリオポリスの学生だし、僕はモルゲンレーテから名指しで仕事を頼まれるレベルのフリープログラマーなの。で、アスは13歳の時、このマイクロユニットを製作してるし」
「え、マジ!!」
トリィはさくっと無視されたが、天下の国営企業『モルゲンレーテ』の名前は、良い印籠になったようだ。
憧れの企業から仕事を請け負っていると豪語したキラの前に、トールが挑むようにノートパソコンを開いて突きつけた。
だがキラは、涼しい顔でパソコンとロボットの背中のコントロールボックスを接続し、先に入っていたデーターをさくっと全消去、そして再びインストールを開始する。
既存のデーターがあって、たかだか3メートル程度のロボット1台分の情報量を入れなおすなど、彼女なら朝飯前だ。
目で追うのも困難な流れる指さばきで入力が終われば、今度はエラーを検索にかけ、故障場所の一覧をディスプレイ表示する。
「アス、全部で8箇所だよ。システムのバグチェックと動作確認の時間を差っぴいて、残り40分で修理を終えないとアウトだからね」
「判った。パーツはいくらでも貰えるんだろ? 君達はケーブルを頼む」
「それじゃ、僕はこのまま、動かしやすいようにプログラムを弄っておくね」
微調整の為、システム改竄に乗り出したキラの好きにさせつつ、アスランは図面片手にワゴンのエレカ内に身を潜め、工具キットを勝手に開け、数本のドライバーを引っつかんだ。多分一番面倒くさいのは、自分が銃で弾いた円錐形のアンテナだ。
機械のパーツがいくらあっても、システムとユニットを滑らかに連動させるのは、技術者の腕。キラが完璧に仕事をこなすなら、自分だって負けていられない。
機能さえまともなら、外装の形に拘る必要もない。
多少いびつになっても、取り付けてしまえば大丈夫だろう。
「よし、ラスト一時間、とにかくやれるだけやってみようぜ」
キラとアスランの勢いに後押しされたのか、ムードメーカーなトールの掛け声に学生3人もわらわらと作業を再開した。
そしてきっちり一時間後、デブリ駆除ロボットは見事に完成し、主催者の示した基準を満たしたトール達ヘリオポリスの学生メンバーは、無事ボランティア船の乗船許可証を手に入れたのだ。
★★★
皆の合格を見届けた後、アスランはキラを連れて静かに公園を離れ、ホテルへと向かった。
途中からの参加でも、物を作り上げるのは楽しかった。
「ねえキラ、俺達将来どんな職につくかは判らないけど、できれば皆に喜ばれ、尚且つ人の為になるような機械に携わる仕事がいいと思わない?」
今まで自分がクローンだといじけて拗ね、終いには突発で自殺騒動まで起こした彼である。漠然とした希望でも、抱けば立派に未来への第一歩だ。
夢が広がり、キラと過ごす穏やかな生活を想い描くと、アスランの胸もほっこり暖かくなる。
だがそんな楽しい空想も、分かち合いたい愛しい人が話に乗ってくれなければつまらないものだ。
いつもはキラの方が饒舌なのに、アスランの横で無言のまま項垂れている。
「どうした、キラ?」
通りがかった自動販売機で、彼女の好きなホットココアを購入すると、手渡してベンチに座らせた。
「お前、何落ち込んでるんだ?」
「あ、判る?」
「当たり前だろ」
短い付き合いだが、キラは結構顔に表情が出る。
まるで雨に濡れたマネキンのように、泣きそうな顔で強張っていれば、気になるのは当たり前だ。
自分用にも砂糖控えめのホットコーヒーを買い、プルトップを開ける。
アスランが飲み始めるのを見て、キラものろのろと自分も習った。
暫く無言で放っておくと、暖かくて甘いものを飲み、心が少し落ち着いたのか、キラの重い口が緩む。
「ねえ知ってる? デブリが原因の事故でさ、毎年推定1万人以上の人が宇宙で亡くなっているんだって」
「多いな」
「これでも氷山の一角だよ。シャトル事故だけの数字だけだもん。ジャンク屋とか表に出ない輸送屋とか海賊とか、記録に残らない人達の事故だってあるし、それに今は戦争やってるし」
地球や月、それにコロニー周辺にふよふよ浮いているゴミは、年々増加の一途を辿っている。
プラントと地球連邦が戦争を始めてしまった今、デブリはますます増えて環境を破壊するだろう。
「モビルスーツは、そんなデブリを駆除したり、宇宙でコロニーを作ったりする時、人が安全に作業できるように開発された物なんでしょ。なのに、いつの間にか戦争の道具に使われて、人を殺している。皆の幸せの為にと開発したものが悪用された時、アスランは責任を誰が取るべきだと思う?」
「それ、『鶏が先か、タマゴが先か』レベルだぞ。考えても見ろ、エレカが事故を起こした都度、設計した奴に責任を取れって詰るのか?」
ココアを静かに啜りながら、キラは遠い目を空に向けた。
「愚かな自己憐憫なんだろうね。でも、僕は今まで2年間、護衛艦軍提督だからって、トダカさんが持ってくる仕事を何も考えずにこなしていた。軍の仕事だもの、兵器関連のOSばかりだ。僕が今まで作った膨大なプログラムは、一体今頃どんな兵器に変わったんだろ?……そう思ったら、もの凄く怖くなった。トール達のように単位が欲しいとか、皆に喜ばれるデブリ駆除のボランティアに参加したいとか、そんな明確な意志も何も無く、軽い気持ちで作業をこなしていた。自分が情けなくなったし……、それにあいつだって……」
「このまま、ウズミ・ナラ・アスハが、お前を自由にしておくなんて、とても思えない……か?」
「うん」
泣きそうに顔を歪め、キラは無理やり笑みを浮かべた。
「ギナ兄さまのお蔭で、自由になれたって浮かれていたけどさ、僕はあまりにも軍事産業に関わりすぎた。オーブは技術で大国と渡り合っている。トダカさんが僕達のお目付け役で来るのって、ウズミさまの監視でしょ。なら目的なんて一つしかない。機会あれば、また僕を利用する気があるからなんだろうね」
「……キラ……」
ここは外だ。誰の耳があるか判らない。
アスランは周囲に目を走らせたが、幸い人の気配が無い事を確認し、ほっと息をつく。
だが、早々にホテルに戻した方がいい。
「『碧姫』さまのようにプラントに亡命してしまえば、あいつの呪縛から逃れられるかもしれないけど、僕は永遠に君といたいから、あの国に行く気はない。今回はギナ兄さまが防波堤になってくれたから、こうしてあいつから逃げて来られたけど、このままじゃ国の都合でいつかまた捕まって、利用されて朽ち果てる『人形姫』に逆戻りだってありうるでしょ」
「キラ、落ち着いて」
「ねえ、僕らはさっき会ったトール達と同い年だよね、だったらこれから自分達の為に、生きたっていいんだよね?」
「当たり前だ。いくら子供だって親が好きに利用していい筈ない。俺達はちゃんと自我を持った1人の人間だ。大体、自分が幸せになってもいいんだって、俺に教えてくれたのってキラじゃないか?」
肩を抱き寄せてぽしぽしと頭を撫でると、キラもおとなしくアスランの胸に頭を預けた。
2年の監禁生活から解放されたばかりで、急に同世代の人間と接触してしまったから、自分と彼らを比べて、あまりの違いにナーバスになってしまったらしい。
無邪気な学生と、一国の姫君では責任の重さや周囲の期待は全然違う。
比べる方が間違っているが、キラも2年前までは彼らと同じ庶民だったのだ。
ヤマト家の両親に甘え、無知で純粋だった頃の自分はもう二度と取り戻せない。
それが判っているから、余計に悲しいのだろう。
「アス、僕もね、将来は人の役に立って喜んで貰って、僕も嬉しくなるような仕事がしたいんだ。僕はもう、二度と自分で納得しないプログラムは作りたくないし、絶対にあいつにも利用されたくない。兵器なんて嫌だ。ねえ、アスは僕と一緒に戦ってくれる?」
「勿論だよ、キラ」
実の父親を『あいつ』と呼ぶキラが痛々しい。
キラ・ヤマトのIDは死亡扱いになり、どんな偽名を使おうと、彼女は一生カガリ・ユラ・アスハの名前がついて回る。
今、自分達はギナの庇護の下、諦めかけた恋を実らせて自由を手に入れたけれど、そのギナの命は後2年で尽きる。
しかも彼女は、ギナの寿命を知らないのだ。
2年後、サハク家の庇護を失う時、果たして自分はキラを守り、代表首長から逃げ延びる実力を身につけているだろうか?
この愛しい存在を、キラの幸せを、守ってやる事ができるのだろうか?
もう、海に飛び込んだ時のような、惨めで卑怯な自分は二度と嫌だ。
「俺はキラとずっと一緒に歩いていきたい。絶対俺達は幸せになるんだ」
「うん」
やっと彼女に笑顔が戻り、手に持っていたココアを勢い良く飲み干す。
「でも僕、君があんなに銃の扱いが上手なんて知らなかった。かっこよかったな♪ 僕、惚れ直しちゃったよ」
「実は俺もだ」
銃をまともに扱ったのは今日が初めてだし、機械の組み立てや工作も、すんなりと危なげなくやり遂げられた。
キラが忘れられないだけあって、『アスラン・ザラ』という男は、とても優れた男だったらしい。
だが、今は単なる【アスラン】のコピーでも、これから経験を重ねていけば、直ぐに別な男になれる筈だ。
それにオリジナルは愚かにも、こんな愛しい存在を忘れ、新たな婚約者を得た。
キラは自分のもの。
大事な彼女を、もう二度と誰かに奪われたくない。
……頑張らなければ……。
時間はあまりにも短すぎる。
「俺、今はヘタレだけど、必ずお前を幸せにできるような男になるからな。俺達は一緒に幸せになろう」
「うん……、うん、アスラン」
キラが腕を伸ばしてしがみついて来た。
それを優しく抱きしめながら優しく背中をぽしぽしとあやす。
暖かな温もり、この少女はアスランの幸福そのものだ。
絶対に失えない。失いたくない。
「僕さ、起きた時恋人に腕枕して貰って『お早う』ってキスするのが夢だったんだけど、まさか雲隠れされるとは思ってもみなかった」
「う」
「正直そ〜んなヘタレを捜して街を走り回ってた時、自分が情けなくて涙が出そうになっちゃったけど、今はもうどうでもいいやって感じ。僕、やっぱりアスランが大好き。君の傍にいると癒されるんだ。マヌケでヘタレで鈍くて純情な君が一番だよ♪」
「……お前、静かに怒ってる?……」
「ううん、褒めてる」
「どこがだよ。喧嘩売ってるだろが、もう」
破顔して楽しげに笑うキラに、明るさが戻って良かったと思う反面、このまま軽んじられては男の沽券に関わる。
アスランは、キラの指を絡めて手を繋ぎ、街を指差した。
「ねえキラ、コペルニクスの休日も2週間で終わりだし、やりたい事やらないと損だと思わない?」
「それってお誘い?」
「そう。記念すべき初デートだ」
「僕ら、初デートの前に初H済ましちゃってるんだよね。ねえ、滅多いないよね、こんな恋人」
「いいんだ。人は人、俺達は俺達だ」
「ふふ、もうホント僕のアスランはロマンチックじゃないんだから」
といいつつ、キラも楽しそうに笑った。
「僕ね、洋服が見たい。それから最新映画もチェックして、久しぶりにファーストフード食べたい!!」
ギナが見繕って持たせてくれた服は、いわばお育ちの良い淑女が切るドレスやスーツばかりだった。
だが、キラが目を輝かせて指差したのは、ごついシルバーアクセや鋲がギラギラ輝く、パンクロック系の服を扱う店だ。
ショーウインドウに飾られた服をうっとり見つめるキラには悪いが、アスランの好みから言って、許せるものではない。
「服は却下、沢山あるだろ。折角ギナがプレゼントしてくれたんだぞ、ちゃんと着なきゃ、彼に失礼だろう?」
「うーん、そっか、そうだね」
「じゃあまず地図か情報誌買って、ハンバーガーショップで映画の上映場所と時間をチェックして、見るものを選ぼう」
「はーい」
何となく、キラの扱いが判ってきた気がする。
素直な彼女は、理詰めで説得すれば、ほいほい騙されそうだ。
キラがはぐれないように繋いだ手をしっかり握りなおし、アスランは勢い良く街へと歩き出した。
08.04.01
大変お待たせして申し訳ございませんm(__)m
書いた気になって……忘れてました( ̄― ̄)θ☆( ++)
後1話(涙)
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