綺麗な恋じゃなくても 3








『桜の木の下には死体が埋まっている』そう言ったのはどの詩人だったか?



波音に混じっても、低く地の底から響くような声に、キラの身体は強張った。

「誰だ!?」
「吼えずとも聞こえる。私はここだ、『キラ・ヤマト』」

海風に腐食した大理石は所々瓦解している。そんな崩れかけの階段を、靴音を高く鳴らし、腰まで届く漆黒の長い髪を風にたなびくに任せた190センチに近い長身が、ゆうるりと登ってくる。
一目見たら忘れられない、血を塗ったような毒々しい大きくて薄い唇が怖い。
オーブ五氏族のナンバー2、サハク家の双子のどちらかだ。

サハク家の双子は、姉が【ロンド・ミナ・サハク】、弟が【ロンド・ギナ・サハク】という。ファーストネームが同じなので紛らわしい事この上ないが、二人はともにコーディネーターで、容姿も思想も瓜二つ。
『ソウキス』と呼ばれるロボトミーされたコーディネーターを奴隷として使役し、気に食わなければゴミを捨てるように射殺して処分する、残酷で苛烈な性分だ。


「どうしてここに?」
「どこでも構わぬだろう【キラ・ヤマト】」


今更遅いが、こんな寂れた神殿に誰も来る筈ないとたかを括り、トダカに泣き言をほざいた自分の迂闊さが憎い。
鼓動が高鳴り、思考が上手く纏まらない。
「わ、私はカガリ……」
「お前が替え玉な事は、二年前から知ってる」
キラの焦りを無視し、彼はおもむろに彼女が供えた桜の枝全てを掴むと、海に投げ込んだ。

「何するの!!……」
「血を吸い上げ艶やかに開く華など供えられても、貴様の身勝手で殺されたクローンは喜ぶまい」
「……な、何のこと?……」
「先日、アマノトリフネで哀れな幼子をバラしただろう?」

キラの背筋が凍りついた。だってそれは、アスハ家最大の闇。

「どうして?」
「ハッキングはお前の専売特許ではない」

セキュリティは作り上げるより突破する方が簡単だ。いかにプログラミングの天才キラでも、誰にも破られないブロックを施すのは不可能だ。
ましてやサハクの双子は優秀で、かの家は代々オーブの防衛と武器開発の要である。
どうすればいい? よりによってウズミと一番敵対している政敵にバレるなんて。マスコミに公表されれば最後、人道に外れる行為は非難も免れまい。

「お前の態度次第だな」
「どんな『お願い』すれば、黙っていてくれるの?」
探りを入れるキラの言葉に、麗人は薄く口を弓形に吊り上げて喉を鳴らす。

「操り人形風情が何をできるという。それとも私に体を差し出すとでも?」
「え…!! やだっ……!!」
「カガリ様、こちらへ!!」


トダカがキラを背に庇い、銃を向ける。だが【カガリ】の護衛がサハク家の人間を撃ち殺せば、立派に為政者のスキャンダルだ。
今は只でさえ結婚騒動でマスメディアの渦中にある。騒ぎが大きくなれば、いつかは離宮に閉じ込めてあるアスランの耳に入る。
賢い彼なら己の疑問は探るだろう。本気になったアスランに、キラが秘密を隠し通せた試しはない。
クローンの事が知られれば最後、真面目なアスランだ。自分だけ幸せになる訳にはいかないとか言うに決まってる。すなわち恋の破滅となる。
サハクとて決して撃たれぬと知っているからこそ、人を小馬鹿にする薄笑いも崩さない。
現状では完全にキラの負けだ。

「どうすれば黙っててくれるの?」

キラの脳裏に過ぎるのは、恋しい彼の事だけ。
そんな必死さも、麗人はただあざ笑う。

「さあな、私の気分次第と言う事だ」
「ロンド!!」
「ギナだ」
「何が望みなの、ギナ?」

名を呼んだ途端、何となく……更に鼻で笑われた気がする。
無表情だから気のせいかもしれないが。


「……ロンド・ギナ・サハク……、貴方は『弟』の方?」
「そうだ」


彼は静かに歩み寄り、トダカの背に隠れたキラの肩を引いた。
「え?」
長身を前に屈めた彼が、防波堤から易々引っ張り出されたキラの顎を自分に向ける。

「むぐっ……!!」

信じられなかった。
冷たい指がキラの両頬を挟み、押し当てられた唇からぬめる舌が滑り込む。
今まで殆ど接点の無い男に、息も出来ない強さで口腔を舌で弄られるなんて。
苦しさとおぞましさに耐え切れず、キラは彼の厚い胸板を拳で力いっぱい殴りつけた。

「いきなり何なの!!」

アスランとだってかわしたことのないディープキスに、キラは憤死寸前だ。
滲んだ涙を腕で擦り、唇も手の甲で拭い睨みつけるが、ギナは顔は人の悪い笑みを張り付けたまま喉を鳴らしている。


「婚儀を結べばこの程度では済まないぞ。貴様は裸に剥かれ、ユウナかムルタのどちらかに、好き放題弄られる」
「……あ……」
「まあ私には関係ないが、お前の人生だ。いいように他人に利用されて朽ちるがいい。ではまたな【人形姫】」


ギナは鮮やかに身を翻し、腰まで伸びた艶やかな黒髪を揺らし、再び崩れ落ちかけた大理石の階段を降りていった。
彼が遠ざかると同時に、キラは膝の力がぬけ、くったりとその場にしゃがみ込んだ。

「どうしよう、僕……、とんでもない人に……」

子供のクローンを殺し恋しいアスランに組み込んだ事を、彼が黙っていてくれる保証は何処にも無い。

「…ウズミさまに判断を仰ぎましょう」
「やだ!!」

血を分けた娘を脅し、結婚を迫るような男など親じゃない。
あいつがキラの為に動くなど考えられないし、それどころか今回の醜聞を避ける為、生き証人なアスランを、さっさと処分するのがオチだ。

誰にも頼れない我が身を自覚し、キラは身を震わせ自らを抱きしめた。

「……アスラン……」

早く彼に会いたい。
会って力一杯抱きしめて貰いたい。
(僕、アスランにだけは、嫌われたくない)


怯えるキラは気がつかなかった。
先程、彼女が備えた桜の枝があった場所に、ギナが四本の白薔薇を静かに置いていった事を。



☆☆




米国ボストン

ここにはアズラエル家が経営する多国籍企業を、総括するオフィスビルがある。
その眺めの良い最上階がブルーコスモスの盟主、ムルタ・アズラエルの仕事部屋だ。

「ムルタは何処だ!!」

100畳は余裕である広々とした室内に、今紫色の唇をした顔色の悪い男が荒々しく踏み込む。
彼の従えた黒衣の護衛の山にも怯えることなく、躾けられた2人の秘書は静かに頭を垂れた。

「存じません、会長は3日前から長期の休暇に入りました」
「ロード・ジブリールが火急の用だと伝えろ!! 緊急通信ナンバーぐらいはあるだろう!!」
「申し訳ございませんが、お繋ぎできませんでした」

淡々と目の前で番号を打ち込み、見せられたモニターは暗いままだ。
本当に繋いだのかと疑いたいが、いかにジブリールでも、先日世界中に散布されたニュートロンジャマーのお蔭で、現在世界中の通信網はズタズタに分断されているのは知っている。
秘書を糾弾しても埒があかぬと、彼は忌々しげに舌打ちした。

「あの男!! 一体何を考えているのだ!!」

ジブリールが今握り締めているのは、プリントアウトされたオーブの機関紙だった。ムルタがアスハ家に婿養子に入ることを希望している事を、彼は今まで知らなかったのだ。
寝耳に水なありえない話に、事情説明を求めてコールしも返答はなく、本社を急襲すれば休暇中で不在だ。これで怒るなという方が無理だろう。


「こうなったらオーブで待ち伏せをする!! 首を洗って待っていろ!!」

嵐のように現れた男は周囲の迷惑も顧みず、再び同じように去っていった――――――


☆☆


「だってさ、あんたの幼馴染は相変わらず要領悪いね〜」

テーブルの体面にいたムウ・ラ・フラガが、ほいっと携帯を投げて寄越すが、ムルタ・アズラエルはさっくり無視して紅茶を啜った。
風の無い甲板で飲む、午後のアフタヌーン・ティーは気持ちがいいものだ。
豪華客船と銘打つだけあり、ゆとりある数多くのテーブルは人もまばらで、小声でしゃべればまず会話は聞き取れまい。
ぽっかりと抜けるように澄んだ空、それに南国に向かう海は穏やかで波間が眩い。
ぽかぽかと暖かい陽だまりで過ごす優雅な時間、常日頃多忙なムルタには、オーブまで行く片道10日間の旅は最高の贅沢だった。

「俺、あんたの護衛で秘書じゃないんだけど」
受け取って貰えなかったムウは、不貞腐れて床に落ちた携帯を拾った。
「おや? 私の旅のお供は【家族】の筈でしたが」
「だーっ、いちいち余計な突っ込み入れるんじゃないって。何処で誰が聞いているかわかんないでしょうが。俺としては早急に部屋に篭ってて欲しいんだけどさ? 面倒なのは困るしあんただって正体ばれると不味いだろ?」
「僕が出歩く羽目になったのも、君が入れるお茶が最低なせいでしょ。よって、どれ程苦労しようが当然の報いです。違いますか?」
「だから俺は軍人で、あんたの護衛だっつーの」
「アズ・ラ・フラガお兄様でしょ。お茶汲み一つできない役立たずは役立たずらしく、しっかり黙って僕に尽くしなさい」

偽名を使っての乗船とはいえ、ムルタはブルーコスモスの盟主、何処で何があるか判らない。よって、一等客が屯するカフェでも油断できないのが現状だ。
それにいくら優しい日差しでもムルタは色白、長時間光にさらされ、変な風に日焼けし、服の脱げないマヌケな体になるのもゴメン被る。

「アズ兄上、それでジブリール氏はどうするんだ? オーブに着いた途端に捕獲されてボストンに逆戻りなんて、笑えない冗談だぜ」
「心配は無用です。上手い具合に花火が上がれば、オーブの首脳陣も僕を蔑ろにはできませんですから」
「…【花火】ってもしかして……」
「はいはい、議論はここまで。今回はあんたの顔をたててやるよ」

ムルタは紅茶をしっかりと飲み干した後、恩着せがましく席を立った。
折角の気持ちいい船も、狭苦しい二人っきりの客室に戻れば只の密室、ゆったりできる贅沢な時間とて、暇を持て余せば瞬く間に退屈な苦刻に早代わりする。
ムルタは内心、大きく息を吐いた。
(さて、あんまり暇な時はムウをからかって遊ぶしか無さそうですね。)

ムルタが憂鬱にドアを開けば、何故か目の前のソファーに真っ黒の髪と赤い目を持つ少年が座っていた。
彼は足を折って身をこませ、この部屋の香り付け用に置かれた果物を盛った大皿を抱え込み、皮を剥いたバナナを銜えて硬直している。

「おや、君は一体何処のお猿さんですか?」
「じゃないだろ、どっから入りやがったこのコソ泥が!!」

ムウがすぐさま飛び掛り、少年の首根っこをとっ捕まえた。



07.03.30




何ヶ月ぶりかしら(滝汗)
とりあえず、書けているぶんだけ〜(号泣)


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