綺麗な恋じゃなくても 4
「あああ、俺のお楽しみのサラミ、さきイカ、燻製……、お前、何て事しやがった!!」
部屋に散乱する食い散らかされたつまみの残骸を更にぶん投げ、ムウは空になった酒瓶を振り回して仁王立ちしている。
そんな大人気なさに、ムルタは呆れ混じりだ。
「庶民の味ごときでゴタゴタと」
「うるせーブルジョワ!! オーブの大吟醸は高いんだよ!!」
「僕の記憶違いでなければ、フラガ家は富豪の筈ですが」
「んなもん過去の話だ。今はしがない雇われ人だよ」
「悪い、俺、ホント腹へってたんで。がっついて食ってたら喉つまっちゃって、それで……」
「余計悪いぜ、水代わりかよ勿体無い」
一瓶1万の酒を空にされ、憤慨しているフラガと異なり、酒臭い少年は酔いの欠片も見せずに、気まずそうに途方に暮れている。
ムルタは、ムウの前で正座し、神妙に項垂れている少年から取り上げた薄い財布を開いた。
「おやおや、残金…256オーブ円……」
アースダラーに換算すれば2ドルぐらいだろう。紙幣が一枚もない財布では、この船で水一杯すら買えまい。
ムルタは小銭をテーブルに放ると、お気に入りのソファーで足を組み、結局自分で入れざるをえなかった紅茶を啜り、ため息混じりに残りのカードを引っ張り出した。
予想通り、乗船チケットは無い。
「密航したんですか。それにどうやってこの部屋に?」
「客の荷物が入ったコンテナに紛れて、手頃な大きさのケースに適当に入ったんだよ。そしたらここに運び込まれてさ」
少年が偶然選んだのが、ムルタの物だったと言う訳か。
強運な子供だ。船でも特上の客の私物ならば、物品チェックなど無くて当たり前。
彼の薄汚れ具合から、この船が出港して丸2日、風呂に入っていないだろう事も予想がつく。
「シン・アスカ、14歳。オーブのモルゲンレーテカレッジ付属のハイスクール2年生、へえ、ここでスキップなんて君、見かけによらず、随分と優秀なんですね」
モルゲンレーテは国営の企業だ。その会社が出資して設立した学校なら、目的はオーブの将来を担う優秀な技術者や官僚候補を育成である。
入学できれば、余程ヘマをしない限り一生安泰。とあれば、倍率は募集人数に対して70倍と酷い。
そんな優秀な人材が集められた学校で、更に3年も飛び級できるなら大したものである。
いつもならこんな煩わしいコソ泥など、さっさと秘書に警察を呼ばせ、引き渡して終わりなのだが、船の退屈に飽き飽きしかけていたムルタには、良い気晴らしだ。
「どうして将来のエリート技術者さんが、無謀な密航したんですか? いくら未青年でも学校にばれたら、貴方退学でしょ?」
シンはますます項垂れた。
と、思いきや、いきなり両手をついて、ふかぶかと頭を下げ、額を絨毯に擦り付ける。
俗に言う『土下座』だ。
「俺、学校が負担してくれる費用でサンフランシスコのハイスクールに交換留学中だったんだ。けど妹が…俺の妹、マユっていうんだけど………、入院した。マユは俺に会いたがってるのに、親は帰ってくるなって旅費送ってくれねーし、微々たる小遣いじゃチケットも買えない。金は働いて返すから、俺をこのままオーブまで乗せてってくれ!!」
「それは僕に、君の乗船代を払えって事ですか?」
「たかる訳じゃない、貸して欲しいって言ってるんだ」
「ブタ箱から親に連絡しろ」
突き放すムウをさっくり無視し、シンは顔を上げ、ムルタに縋りついた。
「ホントはこの船でボーイかなんかで働かせて欲しいけど、俺…14歳だし。この船、やたらと格式高そうで無理だろきっと」
確かに上流階級御用達の船が、法律に違反し、あえて未成年を雇うことは無い。
己を知っているのは美徳だが、やはり子供だ。世間知らずの無知は怖い。
「お前ホント図々しいな。盗みに入った部屋の人間に、80万も貸せなんて良く言える」
「なんだよその80万って」
最初から棘がありまくりなフラガの馬鹿にしくさった口調に、どうやら短気らしいシンの赤い目が眇められる。
「この船のオーブまで片道1人分の船代ですよ。まあ部屋のチャージ料も最低ランクのものも入ってますが」
「はぁ? なんでそんな高いの??」
「シャトルのファーストクラスだって同程度だろが」
「マジかよ?」
「お前だって、貨物かどっかのビジネス船に潜り込んでりゃ職にありつけたかも知れないが、ご愁傷さん。恨むなら自分の短慮を呪えよ」
「待て!!」
シンの静止も聞かず、ムウが彼の首根っこを掴み上げた。食い物の恨みは恐ろしいと言うが、彼は船員経由で警察に突き出す気満々らしい。
ムルタはため息交じりに口を開いた。
「いいでしょうムウ、船員を呼びなさい。暇つぶしに僕がこの子を雇います」
「おい」
「ホントか!!」
「ええ、こんな浅慮で子供の将来が潰れるのも馬鹿馬鹿しい。船代とその間の食と寝る場所は提供しますから、君は到着までは僕の小間使いです。この恩を一生忘れるんじゃないですよ」
「はい!! ありがとうございます!!」
「おい、アズラ……、兄貴」
「僕はアズ・ラ・フラガ、彼は弟のムウ、しがないM&Aの仕掛け人です」
「カッコイイですね」
シンは多分根っこから純朴な少年なのだろう。自分が好意を持つ相手には、素直に尊敬の眼差しを向けてくる。
警戒心の無さと、翳りの無い瞳、きっと愛情深い家庭に育ったのだろう。
その信頼が崩壊し、顔が苦悩に歪み、絶望のどん底に陥った時、彼はどんな表情を浮かべるのか?
悪い趣味だ。
きれいな物を見ると、ついつい壊してしまいたくなる。
だが、今から向かう先は、自分のテリトリーではない。
「いえ、まっとうに働いている人の生活をメチャメチャに壊してしまう、社会的にも傍迷惑なビジネスです」
「そうなんだ」
「兄貴、デタラメいうんじゃねーつーの、てめぇこのクソガキ、お前も騙されてんじゃねー!!」
フラガ家は、投機で大金を掴んだ成り上がりの一族だ。間違ってはいない。
今は故人となった父親を、彼は学生時代から大層嫌っていた筈だ。その癖、他人に家業を馬鹿にされるのは悔しいと見える。
なかなか人の心は複雑だと1人ごち、ムルタはムウを無視し、飲み終えたティーカップをソーサーに戻すと、そのままシンに向かって差し出した。
「では早速、新しいお茶を入れてきてください。カウンターはあちらです」
「はい!!」
シンはカップを両手で受け取ると、まっしぐらに隣室に走っていった。
まるで犬だ。やはり根から素直な少年なのだろう。
彼らの会話が耳に入らない距離まで遠ざかったのを確認した途端、ムウは舌打ちして頭を掻き毟った。
「何考えてんだよ先輩、何で俺がこんな所で先輩のお守りをしてると思ってんだ? オーブにこっそり入る為だろ? これ以上の面倒は困る」
実はムルタとムウは、幼年期を同じイギリスの全寮制名門校で過ごした先輩後輩の間柄である。縁故や家柄重視の上流階級で、このような学閥は合理的な風習だ。
なぜなら幼年期に知り、ともに学び、培った人脈は強固な絆だ。成長して社会に出た時も、同じ学校を卒業した同族意識は強固な結束を生む。
「おやおやムウ、最前線から引き離したのを、まだ根に持っているんですか?」
「当たり前だ。世界樹で一体何人『白い魔女』にやられたと思ってる?その仇もうってないのに何で地上だよ」
「君が元気でやっているか、顔を見たかっただけ……って言ったら怒ります?」
「時と場合を選べよ。俺はエースパイロットだぜ? 俺を最大限に生かす場所は宇宙だろ。ザフトは着々と強力な兵器を開発し、戦局も刻々と変化してっているのに、ここで指銜えて見てろってか? ふざけろ」
「僕が今からお婿に入る先は何処です? そんなエースパイロットさんだから、操縦技術が必要なんでしょう? 何時までもお馬鹿さんな事を言っていると、このまま『ロドニアのラボ』に転属命令を出しますよ。勿論、パイロットとしてね」
途端、攻撃的だったムウの怒気が消えた。
彼とは長い付き合いだ。
ムルタのえげつなさは十分に熟知している筈。
命じられたって、おとなしく実験動物になるような男ではないから、きっと今は腹の中で損得勘定をしているのだろう。
まぁ、静かになればどっちでも構わないが。
「アズさん、お待たせしました♪」
元気印100%な少年が、満面の笑みを浮かべてお茶を運んでくる。
だが、テーブルに置いたのはムルタ1人ぶんの紅茶のみで、彼が右手に持つお盆はからっぽだ。
「…坊主、俺のは?…」
「え? 俺頼まれてたっけ?」
「普通相席者にも気を使うだろう!!」
「知るかよ。俺はおっさんに雇われたわけじゃねーもん」
「可愛くねえガキだな、お前」
ムルタの真上で、火花が散っている。
なんでこんな事位で、くだらない喧嘩ができるのだろう?
「ムウにアメリカン・コーヒーをお願いします。それからシン君も自分用に好きな物を入れてきなさい。ああ、でもお酒は駄目ですよ。お茶が済む頃には君の乗船手続きも終わってるでしょうから、僕と一緒に君の着替えを買いに行きましょうね。君はまず、お風呂にちゃんと入らないといけませんからね」
「はい、アズさん!!」
シンは目をキラキラさせ、また小走りで隣室に消えていった。
ムルタはむっすりふて腐れているムウの足を、革靴で踏んだ。
「いてっ、何しやがる!!」
「ほら、さっさと船員を呼んで、あの子の乗船手続きをなさい」
「はあ? さっきの話、本気だったのか」
「ええ、あの子は将来『僕の民』になる訳ですから、恩を売っとけばね。ささやかな美談に使えるかもしれないし、何らかの手駒になるかもしれませんし」
(っと言っても、本当は単なる暇つぶしなんですけどね。雑種の犬を手なずけるのも楽しいし、たきつけてムウとじゃれあうのを見ていてもいいし、飽きたら後腐れなく捨ててしまえるのもサイコーですし)
ムルタはソーサーを手に持ち、シンが入れた紅茶を一口啜った。
期待を裏切らず、それはムウが入れたものと同レベルの不味さだった。
07.04.01
折角シンが出てきたので、ちょっと補足のつもりが、キャラ説明のエピソードで、1話終わってしまったΣ( ̄ロ ̄lll) ガビーン
シンは素直なワンコです。早くキラと会わせたいvv
ムウさんのイメージはTV最初の頃の腹黒さんで、アズラエルは……ちょっと(?)変です。
世界が広いですよね。
オーブ編、書く事多すぎΣ( ̄ロ ̄lll) ガビーン
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