綺麗な恋じゃなくても 6







パンドラの箱の底にはね、希望が入っていたんだって。
なら彼が望む通り、嘘偽りで固めてきた現実を、全部綺麗に白状したら?
幼子を殺して、バラして、恋しい男の体に移植した、こんな酷い女でもアスランはきっと許してくれる。
けど、僕を責めない代わりに、彼はきっと自分を更に追い詰める。


――――――僕らの希望は何処にあるの?――――――


☆彡


「姫様、瞼を冷やしましょう」

こんな泣きはらした顔では、父の主催する晩餐会に差し障る。
キラはしゃくりあげながら、マーナがくれた柔らかな濡れタオルに目頭を押さえた。
目がさっきからゴロゴロ痛いと思ったら、薄い琥珀のコンタクトがタオルの中に埋まっていた。
どうせ直しても滴り落ちる涙に混じり、落っこちるのがオチならば、もう嵌めなおすのも何もかも面倒くさい。


『お前の人生だ。いいように他人に利用されて朽ちるがいい。ではまたな【人形姫】』
ギナに蔑まれた言葉が胸に刺さる。
彼の言う通りだ。

自分が望んだのはたった一つの恋だけ。彼が自分を愛してくれたら、どんな理不尽な結婚も役割も、我慢できる筈だったのに、気がつけばアスランには『さよならだな』と言われ、崖っぷちだ。
愛さえあれば、どんな嘘も合わない辻褄も、見て見ぬ振りして許して貰えるなんて、何を都合のいい事を期待していたのか?
現実はどうだ、信用を失い、本当の事を話したのに嘘だと断罪された今、彼は逃げる気満々で、自分に繋ぎとめておく手段が判らない。

「………僕は……、アスランまで諦めて、あやつり人形の姫でいなきゃならないって事?………」

父の決める国の都合に振り回され、皆の望むように『カガリ』を生きた、この2年の間に一体自分の手の平に何が残った?

心許せる友もいない。
縋れる家族もいない。
自分本来の戸籍もなく、国籍もなく、いる筈なのに、存在しない人間。
謂わば『キラ・ヤマト』の記憶を持った、単なるゴーストではないか。

「こんな苦しい思いを今後も続けるならいっそ、僕もう父さんと母さんの元に行きたい。もう嫌だよこんな人生、僕は……」

―――――死ニタイ―――――

幸せになれと…育ててくれた両親が、心の底から望んでくれたから、生きてきた。
自分の人生に幕を降ろしたくなる誘惑に耐えてきた。

「……疲れたよ、僕もう……、こんな人生嫌だ………」

ソファに突っ伏し声を殺して泣くキラの耳に、濁ってぼやけた金属の音が響いた。
見ると、『大きな古時計』の歌に出てきそうな壁に掛けられたレトロな柱時計が、ほのぼの振り子を揺らしつつ、無情にも18時を告げるアラームを鳴らしている。
疑う余地もなくアスランの作品だ。目の見えない彼を介護していた頃、懐かしく歌っていたら、彼が『いつか作ってやる』と約束してくれて、先日マーナの連絡では、暇つぶしに1日で組み立ててくれたと言っていたではないか。


「姫様、申し訳ありませんが、時間です」
もう戻らないと、示唆するトダカの面持ちは痛ましげだ。
だがこんな気持ちで、気色悪いユウナ達セイラン一族を招いた晩餐になど、出たくない。

「……嫌だ、もう僕をほっといて……」
「……お気持ちは判りますが、なりません……」
「嫌…、嫌だってば……、嫌だぁ……」
壊れたオルゴールのように、キラは泣きながら首を横に振り続けた。
もう限界だ。
そんなキラを、マーナがふくよかな腕に抱きこみ、覆って隠すようにすっぽりと包み込んだ。

「トダカ殿、姫様は急病です。お帰り下さい」
いつもふわふわとした彼女とは思えない程、マーナの声は尖っている。
「ですが、会食を欠席すれば、セイラン一家は姫様の結婚相手はアズラエル氏だと勘違いし、徒党を組んでまたいらぬ騒動を起こします」
先日から煽られ続けているTV報道は、頭の痛い問題だ。
だがマーナはキラを奪われまいと、ますます抱きしめる腕に力をいれてくる。


「それがどうしました? マーナは姫様の乳母です。お加減が悪いのに、公務にお出しする訳にはまいりません」
「姿を10分見せるだけで構いません、ですから……」
「なりません、いくらウズミ様が国家元首でも、床に伏せた病人を引きずり出すのは不可能でしょう」
「……マーナ殿まで、大人気ない……」
「大人気なくて結構、私はもう、カガリ様の二の舞はゴメンです!!」


突然の絶叫に、キラは息を呑んで頭上を見上げた。
榛色したマーナの目が吊り上り、形相が般若に変っている。


「私のカガリ様は、幼い頃からアスハ家の為に、ユウナさまに嫁ぐと定められておりました。あの方とて、御自分の運命を受け入れたのは13の時。為政者の教育を受けられた方とてそれだけ葛藤がおありだった。ならばこちらの姫様は? 心の拠り所を失って、生きていけるとお思いですか? アスラン殿の処遇が落ち着かない限り、姫様の心が休まりません」
「だが今アスラン君に余裕があるのか? 心を閉ざした者を、無理に追いつめれば彼も共倒れだ。彼に無駄に拒絶されれば、姫様の心の傷とて深くなる一方だ」
「せめて今宵は、ここでじっくりご療養いただきます」
「……なりません。晩餐会出席は、ウズミさまの命令です……」
「姫様の心を、壊してしまうおつもりか?」
「…私は軍人なのです…」
「闇雲に上の命令に従うだけなら、子供の使いと同じではありませんか?」
「今仮病を使い、逃げても何の解決にもなりませんと申し上げているのです」
「自分の足場を固める事が『逃げ』ですか?」
「マーナ殿、後で、よりお辛い立場に立つのは姫様なんですよ!!」

自分を間に挟み、怒鳴りあう二人の表情は険しい。
だが、今キラの心には、じんわりと暖かいものが広がっていった。

ちゃんと、キラの事を思ってくれる人が、ここにいる。
例えウズミの前では何の力になれないとしても、彼らのできる範囲で考えていてくれていた。
キラは涙を拭うと、マーナのふくよかな体から這い出した。

「……二人とも、それぞれありがとうございます……。だから喧嘩しないで……」


アスランがラクスと婚約し、彼に助けてもらえるという願いが打ち砕かれた後、自分は今まで全てにおいて諦めきっていた。『明確な願い』を口に出したのは、白い髪のアスランに、移植手術をと望んだその時だけ。
あの時、トダカはキラのハッキングした僅かな情報を手がかりに、パーツ捜しに動いてくれた。
マーナだって、白いアスランを保護してからずっと、親身になって世話してくれた。

だから、望みはきちんと自分が口にしなくては。
キラを気にかけている二人だって、混乱したまま動けない。

「僕は、許される範囲でいいから、幸せになりたい」

死者には戸籍も、国籍もない。現実に今キラが、ウズミに逆らって生きるのは不可能だ。
夫が宛がわれるまで、時間は残り僅かだ。絶望して嘆いている暇なんてない。

「だから……、二人とも助けてください。僕はどうしても、あのアスランを失いたくない。どれだけ嘘を吹き込んでもいい、彼を逃がしたくない。その代わり絶対僕はアスランを幸せにするから。あのアスランがいれば、僕だって幸せになれるから」


キラの心が決まった瞬間、宮殿が揺れた。

「…地震?……」
「「姫様!!」」

横にいたマーナとトダカが、それぞれキラを腕に抱きこみ、ソファとテーブルの隙間の床に身を隠す。
直後、更なる大きな振動がキラを襲った。

耳をうつ幾多の轟音と、身体を突き抜けて走る振動、陶器の茶器が滑って床に落ち、マーナの肩越しに見える頭上のシャンデリアが振り子のように激しく揺れている。

「何なの一体??」

トダカが、険しい目で窓を指差した。
市街地を見おろせば、鮮やかな夕焼け空に不気味な黒煙が十数本、もうもうと立ち込めている。

「…爆弾ですね…。1つを取り上げれば小規模なものかと思われますが……」

あまりにも数が多く、しかも同時に発生した。
犯行は計画的で、統制が取れている。
となると、単なる愉快犯や、軍の事故ではなく、訓練されたテロの犯行が推測される。
キラですら、瞬時に誰の犯行か思い当たってしまった。

「ブルー・コスモス!?  でも、何のために??」
「姫様、そう見せかけた別な組織の可能性もあります。為政者の娘ならば、憶測で決め付けるのは危険です」
「マーナ殿の言う通りです」

トダカがポケットから携帯を取り出した。
緊急の連絡が入ったのだろう。言葉少なげに2つ頷くと電話を切り、険しい面持ちでキラを見る。

「首長官邸にも爆弾テロが起こった様子です。今夜の晩餐は中止、姫様は宮殿から迎えの部隊が到着するまでこの宮から離れないように待機です」

何処で誰に狙われるか、判らないという事だろう。


キラの脳裏に、嫌な予感が過ぎった。
アズラエルがどんな男か訳判らないが、14も年下の結婚相手が愛人を囲っていると知れば、面白くないに決まってる。


「アスランも連れて行きます」

これがブルーコスモスの攻撃なら、アスランが危ない!!
必要最小限の人員しかいないここ宮殿では、狙われたらひとたまりもない。
そう閃いたキラの考えを裏付けるように、再び大きな揺さぶりが来る。
床に投げ出されるように倒れたキラは、我が目を疑った。
何故なら、今度の爆発は近いなんてもんじゃない。隣室の寝室に続く扉が、木っ端微塵に吹っ飛んでいる。


「アスラン? アスラン!?」
「姫様!!」

キラは慌てて身を起こし、黒煙と火の粉が舞う、どす黒い虚に駆け寄った。


「アスラン!!」


寝室に飛び込めば、彼は幽鬼のような面持ちで、項垂れてベッドに腰を降ろしていた。
もしかして、具合が悪いのだろうか?
こんな時に!!

「お願い立って、早く逃げるよ!!」

両腕を引っ張り、無理やり立たせて腕を右肩に回す。肩を貸して歩を進めて数歩歩いた時、アスランが、キラの腕を捻って外し、彼女の足を払った。

(……え……?)

最初、仰向けに転んだキラは、何が起こったか判らなかった。
尾てい骨をしたたか打ち、痛むお尻を擦りながら身を起こせば、白髪を振り乱しながら彼は脱兎で部屋の外に駆け出した。

「アスラン!! 何処に行くの、待って!!」

キラは慌てて追いかけるが、長いドレスとヒールに足を取られ、つんのめって滑る。
とにかく走り辛い。
靴を脱ぎ、裸足で廊下に踊り出れば、アスランの姿は遥か向こうだった。


「アスラン…、アスラン、待って!!・・・…」

さっき彼は「さよならだな」と言った。
嫌な予感にキラの身は震える。

まさか、彼は本当にここから逃げるつもりなのだろうか?
嫌だ。
もう二度と、アスランと離れたくない。

「アスラン、待って……、待ってよ!!」

滲む涙を手で擦りながら、キラが必死で叫んでいるのに、彼は振り返りもしなかった。
しかもキラの目の前で、彼は黒塗りのエレカに飛び乗り、急発進で飛び出してしまった。
自分達が乗ってきた車だ。

「どうして鍵が!!」
キラが呆けていたのは一瞬だけ。


彼は僕のだ!! 僕だけのアスランだ!!
絶対に逃がさない。

「トダカさん、別のエレカを早く!!」



07.05.05




書いてて非常に辛い回でした。
次回も暗いです。

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