綺麗な恋じゃなくても 7







ギナが寄越したデーターが導いたのは、廃墟となった神殿跡だった。切り立った崖のてっぺんに位置した白いそれは、潮風に長年晒されてきた為、かろうじて残っていた円錐の太い柱も侵食し、穴が多数穿かれ、今にも崩れ落ちそうで見るからに危い。
だがアスランは、自動操縦で乗り付けたエレカが階下に止まるや外に飛び出し、白い髪を振り乱して全速力で駆け上がった。

彼の目指したのは、300メートル上った先にある、平たい石畳の祭壇だ。
天井もとっくの昔に崩れ落ち、空が見える吹き晒しのその上では、黒衣の青年が、長い漆黒の髪を潮風に弄られるに任せ、膝のノートパソコンを抱え、海側の反対にある、夕闇に染まりつつあるオーブの街を眺めていた。

彼の両脇には、執事が着るようなタキシード姿で、白髪の少年が二人佇んでいる。
年は若く、キラと同じ15ぐらいだ。彼らの顔はそっくり同じで、どうやら一卵性の双子らしい。彼らはアスランが姿を現しても、無表情なままで、目をくれる事すらなかった。
腰のホルダーに黒光りする銃が刺さっていることから、きっと護衛なのだろうが、まるでマネキンのように生命感がない。
そんな不気味な三人に会うのに、今アスランは何一つ武器を携帯してこなかった事に気がついた。尤も、あの軟禁生活で持ち出せるものは、キラの執務机に入っているペーパー・ナイフ程度だが、手ぶらよりはマシだろう。
だが、今となってはもう遅い。

「来たぞ、ロンド・ギナ・サハク」
「ギナと呼べ。フルネームは好かぬ」
彼はアスランを振り返る事無く、ゆうるりと右人指し指を、藍色に染まりつつある街に向けた。

「見るがいい。テロの花火が盛大に上がっている」
ギナが指で示した方向では、今も爆弾が生み出す焔が次々と生まれている。
「じゃあ、この事件はやっぱりブルーコスモスが?」
「今回は『いつでもお前達を殺せる』というアズラエルのデモンストレーションだろう。殺傷力が弱い規模の小さい爆弾を、セイラン家縁の工場や館、私有地を中心に、首長官邸やお前達のいた離宮、官公庁にばら撒いている。軍隊も有する国家の首都が、こんなに易々と他国の民間企業に蹂躙を許すとは、呆れる限りだ」
ギナは開いていたパソコンをアスランに向けた。
流石軍部の要、サハクの男だ。彼の膝で映し出されていたのは詳細な市街地の地図だった。オーブ軍のコンピューターと直結しているのか、爆音が轟く毎にリアルタイムで赤く点滅する箇所が増えていき、アスランが今、ザッと目を走らせただけでも、赤のマークは軽く50は超えている。

「酷い事をする」
「だが、地球連邦軍に言いがかりをつけられて攻め込まれるよりはマシだ。たかが一国の首脳陣が、脅し程度のテロに屈する。この情けなさが、永世中立国の現状だ」

「まるで他人事だな。サハク家の癖に」
「その通りだ。サハク家の当主は姉のミナで、私は彼女の影武者同然。まあこれでウズミがどう動こうが、キラの『婿』は決まったな。セイラン家もコーディネーター排斥派で連邦寄りだが、ユウナは小心者だ。キラを娶れば殺されると知った以上、とっとと身を引き逃げるだろう。後はお前だけだ」

ギナはアスランの神経を逆撫でするように、耳障りな音を立て、喉を鳴らした。
彼が自分を馬鹿にしているのは明白だ。好いた女が他の男に盗られていく姿を、指を咥えて見ているしかできないアスラン自身、己の不甲斐無さに情けない思いをしている今、彼の視界が瞬時に赤く染まり、目の前の男に八つ当たりめいた明確な殺意が芽生えたのは当然だった。

「黙れ、お前なんかに俺の悔しさが判るか!!」
「判らぬとも。与えられるのをただ待つ愚か者に、望む未来が何故手に入る? お前もキラも、一生来る事のない幸せな時間を夢に見て、飼い殺しのまま朽ちていく道を選んだのだ。望みが叶って良かったではないか」

彼は相変わらず喉を鳴らして笑っている。
アスランは怒りに震える拳を丸め、被りを振った。

「こんな苦しい今が嫌だから、俺はここに来たんだ。お前はここにくれば、俺の正体を教えてくれると言った。ギナ、約束通りに教えろ。俺は一体誰なんだ?」
「そんなに失われた過去は大事か?」
「当たり前だ。自分のアイデンティティだぞ。俺が存在して来た歴史だ。過去に積み重ねてきた生活があるから、今の俺があるのだろう? その失われた物を取り返そうとして何が悪い!!」

「なら、今のお前自身の気持ちはどうなのだ? お前はキラが愛しくないと?」

アスランは口を引き結んで被りを振った。
「お前は、恋人に愛を囁く同じ口で、平気で嘘をつく人間を信用できるのか?」
ギナは、更に喉を鳴らして笑った。
「そうか、お前は嘘つきが嫌いか」
「当たり前だろ、普通」

「国の都合で両親が死んだ直後に浚われ、コーディネーターなのに死んだナチュラルの姉の身代わりになれと、初めて会った遺伝子上の父に強要され、優秀なのに凡庸を装わされ、今また国の都合でブルーコスモスの盟主と婚姻を強要される少女を、お前は一方的に『悪い』と責めるのだな?」
「!!」
「メディアが騒いでいた。カガリの過去とキラの話は違うだろう。当たり前だ。彼女は生まれて直ぐにヤマト家に養女に出された姫で、カガリではない。彼女は紛れもなくアスラン・ザラの幼馴染で、13でその者と婚約し、16になったらプラントに嫁ぐ予定だった。だが、恋しい男はキラが死んだと信じ、他の女とめでたく昨年婚約した。親も亡くし、戸籍もなく、この世に存在しない事になった少女に何ができた? ましてや敵はウズミ・ナラ・アスハ、この国の国家元首だ。それでもキラが悪いのか? そんなキラをお前は責めるのか? 恋人を名乗るお前までが責めるのか?」
「言ってくれなきゃ判らないだろう? 俺は何も聞いていない、キラが…初めから正直に言ってくれれば、俺だって彼女を糾弾なんかしないさ!!」

キラが偽者の姫なのは、うすうす気づいていたのと予想通りだったので、やっぱりと納得した。
だが自分は? プラントのザラ国防委員長の息子が行方不明ならば、マスコミは大いに騒ぐ筈。
なのに自分はキラと一緒に離宮に閉じこもり、2ヶ月近くも過ごしている。

「ギナ、ならプラントの式典に出ていたあの俺はなんだ? 彼は、俺の替え玉なのか?」

ギナはとうとう声をあげて爆笑した。
潮騒に混じり、低く艶めいた美声が夕闇に不気味に響く。

だが、キラに対する罪悪感が胸に溢れ、ただでさえ切れやすくなっている今、訳も判らぬまま哄笑され、プライドの高いアスランの堪忍袋も限界だ。
「お前、何がおかしい?」
アスランは丸めた拳を高く振り上げ、ギナに向かって繰り出した。

だが。

白髪の同じ顔した少年二人が、ホルダーから左右同時に銃を引き抜き、アスランのこめかみにピタリと銃口を当てる。
作り物のような存在感しかなかったから、アスランもすっかり彼らの存在を忘れていた。
音一つ立てない不気味な早さに、彼も腕をあげたまま停止し、コクリと息を呑んだ。


「……コーディネーターか?……」
「こいつらは『ソキウス』という。ナチュラルに絶対服従を植え付けられたコーディネーターで、脳もロボトミーしているから感情も意志もない」
「なんて惨い事を」
ロボトミーされれば最後、一生自分自身の意志や感情は持てない。他人に命じられたまま動く、生きた操り人形同然だ。同じコーディネーターの我が身だからこそ、アスラン自身、冷たい怒りがこみ上げる。
「全くだ。臆病なナチュラルどもは、高い能力を持つコーディネーターの反抗が怖いらしい」
「だが、君も使っている。矛盾していないか?」
「それがどうした。私はサハクの人間だ。私自らがソキウスを作る趣味はないが、既に作られてしまったものなら有効に活用するとも。そうでなければこの者達とて犬死だ。違うか?」

ギナのいう事は一々まともで、容赦もなかった。
ソキウスのような理不尽な仕打ち、許す事はできないと義憤で怒っても、泣いても喚いても、手術を施したとしても、ロボトミーされた人間は元に戻らない。
現実の汚さも、淡々と事実だけを突きつける。

「ソキウスは、まだ今も作られているのか?」
「いいや。数年前にプロジェクトは終わった」

何故終わったのか、細かな説明もないまま、ギナはパソコンの蓋を閉じると、ソキウスの一人に手渡し立ち上がった。彼はとても背が高かく、190センチは越えているのだろう。アスランと身長差は20センチはあり、まるで大人と子供だ。
彼を見下ろすギナが顎をしゃくった途端、アスランに向けられていた銃口はなくなった。

「ついて来い。お前に見せたい物がある」
「おい、いい加減俺の過去を……」
「オーブの『闇』は、お前にも関係する。時間が無い、己の目で確かめろ。話はそれからだ」

アスランはギナに導かれるまま階段を10段降り、瓦礫で汚れた細い路をつたい、祭壇に使われている分厚く平たい大岩の裏側に回った。
ソキウスが、先程ギナに手渡されたパソコンと、何処からか引っ張り出したコードを繋げ、なにやら打ち込みを開始する。
こんな廃屋の何処に、機械を繋ぐコードがあるのかといぶかしめば、アスランが立っていた足場が垂直に下降した。
風化した大理石は見せかけで、地下には丈夫な施設があるようだ。
丁度アスランが立っていた場所から3メートル降りた目の前に、鋼鉄製の扉が現れた。
左右に開けば、ぼんやりとした緑色の光がおぼろげに浮かぶ。4人入れば一杯の狭い室内に、UP、DOWNを示す押しボタンを見つければ、用途はどっからどう見ても、エレベーターである。

「こんな所になぜ?」
「このまま地下200メートルまで降りる。来い」

ギナに言われるがまま入り、扉が閉まると同時にアスランは息を呑んだ。
何処に連れて行かれるか判らないのに、武器もなく、密室に篭るなど、殺してくれと言っているようなもの。
だが何故だかアスランは、この漆黒の髪を持つ不気味な男が、嫌ではなかった。
敵の目の前にして勘に頼るなどあってはならないのに、何故だかこの男は害意を感じない。
それに、彼のいう事が本当なら、この先に自分の過去がある。

エレベーターの下降が止まり、扉がゆるゆると開く。
自然、トクリとアスランの心臓が踊った。
前に立っていたソキウス二人に続き、アスランはギナの後からエレベーターを降りた。
後で扉が閉じた瞬間、薄暗い室内にほんのりとライトが灯る。だが、そこにあったものは。

「………ひぃっ……!!」

アスランは叫び声を両手で封じ、よろける足を叱咤して持ちこたえた。
彼の目の前にあるのは、ホルマリンにつけられた胎児の標本だ。通路を残し、両壁を埋め尽くして乱立するカプセルの林は、尋常な数じゃない。

「……ギナ、…一体ここは何なんだ?………」
「閉鎖されたバイオ研究所だ。今はアスハの遺伝子バンクで、その標本は全て、コーディネーターのクローンだ」
「……なんだと……?」

アスランは怒りで身を震わせた。
コーディネーターは同属意識が強い。数も少なく、子供も生まれず、未来に子孫が残せないと実証された今、ナチュラルとて我が子を今からコーディネートする者はいまい。
生殖遺伝子の異常を改善する方法が発見されない限り、将来自滅して滅び行く現実を見れば、コーディネーターの胎児はプラントの財産同然。
なのにこんなに多くの嬰児が標本になっているなんて、許せる筈がない。

「どこのどいつだ、責任者は!! 殺してやる!!」
「心配せずとも、もう死んでいる。それに、これはクローンだと言っただろう」
細胞がいくつかあれば作れてしまう紛い物は、体の良い実験動物扱いだ。
「だが動物ならいざ知らず、人間だぞ。人の命には代わりない。この子達の命は、この子達自身のものだ。それを!!」
「……そうだな、クローンの命も人の命だ。他人に好き勝手させて良い代物ではない。そんな簡単で当たり前の道徳を、人間は欲の為なら平気で忘れる。因果なものだ」

ギナの大きな手が、くしゃりとアスランの髪を掻き撫でた。
ほぼ初対面の赤の他人に、気安く頭を触られるのはおかしな感覚だ。
見上げれば、彼は相変わらず静かで、1人だけ何もかも判ったような顔をして笑っている。
それは何も知らない子供に、知恵を授ける賢者の顔のようだ。
だが、アスランは何故か、彼に子供扱いされているのは嫌ではなかった。

ゆっくりと、ギナに導かれるまま歩を進めていけば、標本となっていた胎児もどんどん大きくなり、ついには5歳ぐらいの子供の姿まで見るようになった。
脳髄がないものもいた。
投薬実験のサンプルとなり、手や足がバラバラに保管されているものもいた。
無機質な硝子の容器の中で、永遠に冷めない眠りにつく子供達は悲しくて、どうしてこんな悪魔みたいな所業ができるのかと、アスランの怒りは収まらない。

「何故こんな惨いことを?」
「オーブの闇と言ったであろう? この国は技術大国だ。売れるものは何でも売る。プラントが一番欲していた技術は、自分達の未来を繋げる第三世代。だが、研究が間に合わなければ種族は滅びる。となれば、望むものは『仲間』の誕生だろう。ここはナチュラルからクローンを作り、それをコーディネーターに加工する研究所だった。欠陥は多いが技術的には成功し、技術者諸共プラントに売却されたらしいがな。だが研究内容があまりに口外を憚られるものだった事と、かつて所長だった男が惨殺されて以来、今ではアスハの臓器バンク代わりに放置されている」
「……ソキウスも、ここ出身なのか?……」
「数体はな」
アスランはこくりと息を呑んだ。
自分の真っ白な髪、そして、ギナに従う2体のソキウス達、類似点は多いにある。
アスランの迷いは一瞬だった。恐らく彼が、今一番アスランの知りたい情報を握っている。

「…ギナ、一つ聞きたい。ソキウスは、全員白髪なのか?」
「我が家のはな。他は知らぬ」
「…俺は…。ソキウスなのか?」
「それはお前自身の目で確かめるといい。あれが、アスハが秘密裏に蓄えてきたパーツだ」

彼は無表情のまま、黒衣に包まれた腕で、最奥に横たわる3体のポッドを指差した。
大きさは1つにつき2mあり、明らかに今まで見てきた標本と違い、今でも装置が稼動している。
アスランは、こくりと息を呑み、手で触れられる位置まで歩みを進めた。
どれも埃にまみれており、長いこと放置されたのは明白だ。
一つ目のガラスを右手で拭えば、透明な液体の中、全裸の金髪の少女が横たわっている。
ネームプレートの埃をはらえば、【カガリ01】とあった。
真ん中のポッドも、同じように指で拭う。容器になかでゆらゆらと眠っているのは、茶色の髪の少女だった。少女はプレートを確かめるまでもない、どっからどう見てもキラだ。
この二つは、カガリとキラのクローンらしい。
なら、最後の1つは?
顔を向けたアスランは、目を見開いて立ちすくんだ。
何故なら、最後のポッドは、中身が何もなく空っぽだった。
だが、ポッドを覆うガラスが、うっすらとしか埃が積もっていない事から、これが開かれてあまり日が経ってないのが見て取れる。
心臓の鼓動が煩い。
耳にまで響く己の心拍数に、イライラする。

アスランは震える手で、ネームプレートの埃を拭った。

【アスラン02】

「………ははははははは……」

アスランは弾けるように、声をあげて笑った。
やっぱりという諦めと、信じたくなかった現実に押しつぶされ、彼は腹の底から笑い続けた。

「……俺は……、俺は……、あははははははは……」
「アスラン!!」

ヒールの音をたて、キラとトダカが駆け込んでくる。
彼女の大きな双眸は、紫水晶のように色が変わっていて、嘘だらけだった彼女の現実をこんな時に見ることになったのかと、今更ながら頭に過ぎった。
アスランは虚ろに、キラに向かって口を歪めて笑った。

「ねえキラ、これを開いたのは、お前?」

ぽんと空のポッドを叩けば、一瞬で彼女の顔から血の気が引いた。
キラは口元に手を当て、がくがくに震えながら、弱々しく被りを振る。
アスランの双眸に、涙が滲んだ。

「………ホント、嘘が下手だよな、お前………」
「違う、………違う、違うんだ!! 本当に僕は………」

キラが即座にアスランにすがり付いてくるが、アスランは喉を鳴らしながら笑い続けた。

「俺、………だったんだ……」
「……え?……」

キラがビックリした目でアスランを見上げるが、傷ついた彼にキラを慰める余裕はない。
アスランの緑の瞳から、溢れた涙が頬を伝って流れていく。


「………過去なんてなくて当たり前だ……、俺クローンだったんだ………」



07.05.21




佳境中盤。白アスラン、騙されてます。W白はほんと純粋です(* ̄∇ ̄*)
次は山場です(滝汗)

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