綺麗な恋じゃなくても 8
盲目の時、キラは何時も手が届くぐらい傍にいてくれた。
何も思い出せなくて心寂しい時も、『どんな君でも大好きだよ』と、優しい抱擁とキスをくれた。
彼女が自分を愛してくれると信じていたから、不安も全部飲み込み、失われた記憶を取り戻したいと願っていた。
なのに、キラが自分に向けてくれる優しさも暖かさも、全て偽り。
所詮、身代わりの恋だったなんて。
「俺、馬鹿みたいだな。ははは…お前との想い出なんて、ある訳ないじゃないか……」
「違う違う違う!! 君は未来から、時空を飛んで来たんだ!! クローンじゃない、クローンなんかじゃない……」
ヒステリックに泣き喚く彼女の声が、頭に響き、耳鳴りがする。
「……キラ、もう嘘もデタラメも沢山だ。せめて静かにしててくれ……」
アスランは冷たい無機質な空のポッドに腰を降ろし、右膝を抱えて顔を伏せ、目頭を押さえた。
自分こそが、声をあげて泣き喚きたかった。だが、彼女の目の前で無様な姿を晒したくないという、最後の意地が勝った。
歯を食いしばって嗚咽を堪え、涙を膝のスラックスに吸わせる。だが、雫は尽きる事無く溢れていった。
「どうして? どうしてこんな酷いことを!! 君は一体、僕になんの恨みがあって!!」
遠くでキラが、拳を丸めてギナに掴みかかっている。
「アスランに嘘ばっかり吹き込んで、僕達の仲を滅茶苦茶にして」
「落ち着けキラ、私はお前の敵ではない」
ギナは泣きじゃくって暴れるキラを、大きな体で抱きしめて動きを封じると、目尻に這わせた指で涙を拭った。
無表情だが、その仕種は労わりに満ちており、憎悪に歪んでいたキラの顔に戸惑いが浮かぶ。
彼はキラの腰を抱き寄せたまま、勝手に彼女のポケットを弄った。
「ちょっと、何するの? 止めてよ!!」
ギナは、キラを無視して二つ折りの白い塊を掴み出した。
彼の手の中で小さな緑の光が点滅し、振動している。携帯に連絡がきている証拠だ。
ギナは発信者を確かめもせずに床に叩きつけ、そのままブーツで粉々になるまで踏みにじった。
「……ねえ、君は一体何がしたいの? 僕、わかんないよ全然……」
「お前、王宮に戻れとウズミに呼び出されているだろう。だが、戻ればもう後はないぞ」
「………何で………」
「お前とて判っている筈だ。テロが起こった以上、行ったが最後、そのまま閉じ込められて、ムルタの到着と同時に初夜の床だ」
唇を、ギナに意味深な手つきで撫でられ、おぞましさと嫌悪に、キラの体が震える。
「…それがどうした。あんたには関係ないじゃないか……」
「結局、お前は足掻きもせず、受け入れるのだな?」
キラはギナを睨みながら、コクリと1つ頷いた。
「それが、僕の役目だもん」
「情けない。お前もカガリと同じだな」
「ほっといて」
「どうせウズミの奴に、言うことを聞かねばこいつを殺すとでも言われたのだろう、違うか?」
ギナがアスランに指差した途端、キラの顔に朱が走った。
彼女は馬鹿正直すぎて、嘘がつけない。
アスランが遠目に見ても、戸惑う姿は明白だ。
「一体お前はこの2年間、何をやっていたのだ?」
ギナは大きく溜息を吐いた。
「モルゲンレーテにシステム構築を依頼される腕を持っていながら、淡々と身代わり姫を演じていただけとは、愚か者が。お前には、ウズミに一矢報いてやるという気構えすらないのか?」
「煩い、勝手な事ばっかり言わないでよ。僕の苦労なんて何一つ知らない癖に」
「ああ、無為に流れた貴様の過去など知らぬとも。ましてやたかだかクローン一体を擁護するなど、正気の沙汰とは思えぬ。いくらでも作る事のできる作り物の為に、お前は自分の人生を棒に振るのか?」
「だから、アスランはクローンじゃ無いって言っているでしょう。彼はホントに、未来からこの世界を飛んで来た人なんだ!!」
興奮したキラは、泣きながらギナの腕を振り払い、アスランの元に駆け寄った。
そして、ポッドに座り込み、一向に動こうとしない彼の肩に、覆いかぶさるように抱きついた。
「アスラン、僕と一緒に離宮に帰ろう。僕が絶対君を守るから。僕と一緒なら、君は安心して暮らせるから」
顔をくしゃくしゃにし、縋るように哀切な声で懇願され、アスランの心は更に痛んだ。
全てを知った以上、頷ける筈がない。
「キラ、お前は【アスラン】を忘れるべきだ」
「アスラン!!」
「お前を忘れた男に何時までも執着しているから、父親に良いように利用されているんだろ。お前ももう【アスラン】に拘らず、お前自身の人生をやり直せ」
「嫌だよ、僕は絶対にアスランを愛し続ける!!」
「どっちの?」
キラの顔を見上げれば、彼女は紫の瞳を大きく見開き、固まっている。
アスランは口の端を吊り上げ、喉を鳴らして笑った。
「ほら見ろ、お前が好きなのは俺じゃない。本物の方だ」
「違うもん、違うもん、違うもん!!」
「キラはホント、嘘が下手だよね」
「アスラン、僕を捨てないで……!!」
キラは泣きじゃくりながら、唇を戦慄かせた。
「ねえ、君はまず体を治さなきゃならない。健康にならなきゃ、だから……、僕が守るから帰ろうよ、ねぇ!!」
アスランはしっかりと首を横に振った。
「……アスラン……!!」
「……俺にだって、プライドはあるんだよ……」
泣き濡れて、アスランは真っ直ぐにキラを見た。
「…俺はお前を愛している。例えお前が寂しくて俺をここから起こしたとしても、【アスラン・ザラ】の身代わりだったとしても、俺は幸せだった。俺のこの、お前を愛していた想いは本物だったと胸を張って言える」
「……アスラン……」
「ねえキラ、何体も作る事が可能なクローンなら、失敗作の病弱クローンなんか、廃棄処分で結構だ。俺は、お前の…重荷になんてなりたくない……」
アスランはキラの肩を引っつかみ、抱き寄せると、唇に喰らいつくように己のを重ねた。
右手で柔らかな髪を弄り、左手ですべらやかな頬を撫で、彼女の下唇を甘く噛み、舌で嘗める。
彼女は、どこもかしくも愛しい。
この体を最初に開く男は、自分でありたかった。
儚い彼女の力になって、ずっと彼女を支える男になりたかった。
アイシテル、アイシテル、アイシテル
だから!!
「………さよなら、キラ………」
アスランは長い口付けを終えると、キラの体を突き飛ばして引き剥がし、踵を返して駆け出した。
「アスラン!! 待って!!」
キラの静止の声を無視し、乱立する標本の群れを駆け抜け、エレベーターに飛び乗ると、迷わず最上階のボタンを押す。
「アスラン君、何処へ行く気だ?」
扉が閉まる瞬間、トダカが身を滑り込ませてきた。
彼を追い出す間もなく、エレベーターは浮上を開始する。
「俺はキラの傍にいちゃいけない!!」
「落ち着きなさい、ならば私が君を預かろう。君はもう私の養子になっただろう?」
「それでまたキラの足枷になれと? 冗談じゃない!!」
狭い箱の中で、アスランを羽交い絞めにしようとするトダカの巨躯をかわし、彼はエレベーターの扉が開くと同時に、外へと飛び出した。
細い小道を駆け上り、階段を上がって平たい祭壇に出る。
そんなアスランの襟首を、しつこくトダカが引っつかむ。
「落ち着け、アスラン君!!」
「離せ、離してくれ!!」
手足をメチャメチャに振り回して暴れるが、背後を取られて羽交い絞めにされた今、鍛えられた人間の腕から逃れるのは至難の技だ。
「一時の感情で自棄を起こしてはいけない。君も姫様も幸せになれる方法はある筈だ!!」
「離せ!!」
「アスラン!!」
エレベーターから降りたキラの声に、アスランの身が竦んだ。
おとなしくなった彼に、トダカが一瞬腕を緩める。
その隙に、アスランはトダカの向う脛を思いっきり蹴り倒し、傾いだ彼の体を背負い投げて振りほどく。
「アスラン!!」
追いかけてきたキラの姿を目の端に捉え、アスランは微笑んだ。
何の枷も無くなった今、彼を止めるものは何も無い。
躊躇いなく祭壇の奥に向かって駆け出し、切り立った崖から闇が広がる海原に、その身を投げた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!! あすらぁぁぁぁん!!」
潮騒の中、キラの絶叫が響き渡った。
07.05.25
あ〜あ、やっちまった。
自己犠牲は尊いものではありません。
自分が不幸になる事で、周囲が幸せになるなんて、そんな関係は間違っています。
でも、世の中自己犠牲があまりに多いです(涙)
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