綺麗な恋じゃなくても 10
「ナチュラルのクローンを強化し、コーディネーターのような強靭な体を作る実験の産物、それが私だ。テロミアが短く、20を過ぎれば直ぐに老衰死する」
厳かに告げる声に動揺は見られない。
ギナは己の運命を受け入れているのだろうか? 彼の年は18歳、ならばもう寿命は残り少ない筈。
「……じゃあ俺は? 俺も短命なのか……?」
「プラントのアスラン・ザラの年はいくつだ? 男の平均寿命から引いてみろ。それがお前の命数だ」
確か彼はキラと同じ15歳の少年の筈。ならば自分は後60年ぐらい生きられる。
ギナには悪いが、アスランは内心安堵の吐息を零した。
「私達の秘密の恋が明るみになった時、カガリもお前のキラと同じようにウズミに脅されたそうだ。親の意に逆らえばサハク家に抗議し、僭越な私を処分させるとな。だからあれはユウナに嫁ぐ決意を固め、私は突如別れを告げられた。『今すぐ私を浚って逃げるか、一生私の前から姿を消すか選べ!!』と。私はあやつの心も知らず、あっさりと引き下がった」
自分自身を憎むように、ギナの声色は暗い。
「カガリは姫育ちだ。心根から真っ直ぐで優しい女だが、所詮温室の華……、どう強がっても1人では生きられまい。そう長くない未来に置いて死なねばならぬのなら、愛する少女には親の庇護の元、定められた婚約者を夫に迎え、次世代の為政者という輝かしい道を歩いて欲しいと願った。彼女を浚って逃げるのはエゴだと、私は己に言い聞かせて諦めた。その結果、いくらでも作り出せる私より先に、カガリは殺された。ならば私は一体何のために彼女をユウナごときに譲ったのだ? 幸せになれと望んだ女が、無残な遺体となってもどってきた、何故だ? 何故カガリが死なねばならなかった!?」
今にも泣きそうな面持ちで、虚しい悔恨に震えている。
もしギナがカガリを浚って逃げていても、色んな困難が待っていた筈だ。だが、今も少女は生きていた可能性は高い。
未来は誰にも判らないというが、彼の嘆きはアスランにも理解できる。
あの時、キラの邪魔になりたくなかったから、自分は海に身を投げた。自分さえ身を引けばよいと、自己陶酔していた。
だが、キラに後追い自殺をして欲しいなど、アスランは望まない。
「ギナ、俺……オーブを離れたい。何でもするから、協力してくれ」
「キラを連れて行くのなら、いくらでも力を貸す」
「……それはできない……」
「なぜ? お前はキラを愛してないのか?」
「愛しているさ、だが、キラがいないとオーブが困る」
ギナの黒衣が翻り、頭上高々と右手が上がった。
そして、そのままアスランの脳天めがけて気前良く振り落ちる。
鈍い音と同時に、彼の目に火花が散った。
「痛ぅ……、お前、鉛でも仕込んでいるのか!!」
「ほう、いい方法だ。今度馬鹿な発言をしたら、銃身で脳漿が飛び散るほど撲殺してやろう」
彼は痛めた拳を擦りつつ、壁に掛けてあるオーブの軍服を引っつかんだ。
「いいか、最早私の時と状況は違う。相手はユウナではなくブルーコスモスの盟主だぞ。婚儀を結べばコーディネーターだとばれぬ訳がない。ならばキラの末路は判っていよう」
「だが、彼女は今まで軍に深く関わってきた実績もある。アズラエルはモルゲンレーテを欲しているんだろ。婿養子に入るんだし、キラを殺す筈は……」
「結婚してしまえば妻など用済みだ。このままみすみす生贄の祭壇に、キラを立たせたいのならそうしろ」
「無茶苦茶だ!!」
最早、今を凌げば何とかなるというレベルではない。
こんな行き当たりばったりの結婚を強行したって、キラの未来に希望は一つもなく、オーブも同様だ。
オーブの獅子と評判の高い、代表首長はなにをやっている?
逆にギナは、先程の激吼が嘘のように、いつもの静かな顔を取り戻している。
「確かに私はお節介だった。お前はキラと心中したかったのだな」
「違う!! 俺は…キラを死なせたいんじゃない。あいつの邪魔になりたくなかっただけだ!!」
「ならば、お前はどうしたい?」
「キラを助ける。協力してくれ」
「やっと言ったな、このヘタレが」
アスランの膝に、オーブの青い軍服が一式放り投げられる。
上着をそのまま羽織ると、肩の付け根が軋んだ。痛みに愁眉したのを見咎めたのだろう、何も言わないうちに、ギナが手ずから鎮痛の注射を打ってくれる。
時計を見れば昼ちょっと過ぎだ。
「俺はどのぐらい寝ていた?」
「一昼夜未満だ。コーディネーターだった事を感謝するんだな」
「ギナ、どうやってキラを連れ出す? 本宮では厳戒態勢なのだろう?」
「彼女はまだ、急病を理由に離宮で足止めだ。本宮に運ばれる前なら、勝機は余裕で我にある」
「……その自信は一体何処から来る?」
「あちら側には、お前のベッドにパソコンを隠し、トダカのエレカの鍵をかけっ放しにした奴がいるだろう」
ギナは意味深に薄い唇を吊り上げ、にたりと笑った。
「例えクローンでも、数年生きればそれなりに味方は作れる。そういう事だ」
☆☆☆
幼い頃、僕達の未来はずっと一緒に続いているものだと思っていた。
なのに結婚の約束を交わした男は、別な女と婚約し、僕を忘れた。
僕は何のために生きているんだろう?
彼さえいれば幸せになれると思ったのに、嘘で固めた土台に作った砂のお城はあまりに脆くて、シンデレラの12時の鐘が鳴るまでもなく、魔法は解けてしまった。
僕は何のために生きているのだろう?
利用されて利用されて利用されて、気がついたら何も手に残ってなかった。
――――――ねえ、恋って何?――――――
――――――幸せって何なの?―――――――
マーナがお盆にのせたおかゆをベッド脇の小さなテーブルに置いた。
「さあさあ姫様、食べないとお体が持ちませんよ」
匙で一口掬い、ゆったりと冷ましてから左手でナプキンを沿え、キラの唇に滑り込ませる。
泣き濡れ、呆けたまま仰向けに転がっている彼女は、勿論咀嚼する事もなく、赤子のように乳母のなすがままだった。
「姫様には、そろそろ御仕度をお願いいたします」
扉前で恭しく直立し、小声で請うトダカ一佐とアマギ一尉は、完全に無視されていた。
寝室に申し訳なく佇む軍人2人の前には、離宮中からかき集められた、なけなしの女官30人が、手にフライパンやまな板にバケツ、包丁やナイフや箒を携え、生きた防波堤となって病気の姫を守っている。『こんな状態の我が姫を、連れ出すのなら自害する!! 』と、無言の決意を固めたマーナの胸に差し込まれた懐剣を見た彼らは、直向な乳母の意気込みが伝染したのか、皆目を血走らせており、一歩間違えれば集団ヒステリーの集団自殺を起こしそうな雰囲気だ。
感情的になった女性に、理屈など通用しない。
ましてや徒党を組まれれば、実直な軍人に成す術も無い。
「姫様、人間食べねば、いざという時力が出ません」
口に頬張った、たった少しの米粒すら飲み込まないキラに、優しいが断固とした口調でマーナがもう一匙差し出す。
「召し上がってください。最後にご自分の身を守れるのは自分自身だけです」
離宮に閉じこもり、ウズミの呼び出しを無視して一昼夜、女官と軍人の攻防は延々続いているが、マーナの努力も限界だろう。
じきにキラは本宮へ連れて行かれ、顔も見た事がない男の到着を待って結婚だ。
「……生きていてどうするの?……」
「何が何でも幸せになるのです。その為の人生でしょう?」
「……ふふふ………、何処に…僕の人生があったと?……」
目頭が再び熱くなり、眦に溜まった涙が頬を伝って落ちた。
アスランは、今も捜索中と聞く。
一睡もせず泣き続け、朗報を待ったが時間が経ちすぎだ。もう遺体捜索に切り替わっている頃だろう。
アスランを失って、夢も希望もない。
生きている意味も無くなった。
≪食べながら聞いてください。アスランさんが見つかりました。お元気です≫
マーナの唇が紡いだ言葉を読み取った瞬間、キラは飛び起きそうになる身を堪え、マーナの唇を凝視した。
≪間もなくお迎えにまいります。お逃げになるのはこれが最後のチャンスです≫
コクリと喉を鳴らせば、口内に溜まった煮込んだ米粒がすべり落ちる。
乳母がすかさず、もう一匙口にスプーンを突っ込んできた。
≪…逃がして……くれるの……?≫
驚くキラに、マーナは口元を綻ばせた。
≪どうして?≫
≪私は、カガリ様の育ての母です。あの方が生きていたら、きっと同じ事をしたでしょう≫
ふくよかな女官は太い腕でナプキンを掴むと、キラの涙を擦った。
≪僭越で申し訳ございませんが、昨日ギナさまに御助力をお頼みしましたのは私です。あの方は今の貴方様にとって、唯一の力強いお味方です。安心してお任せください≫
≪なんで?≫
どうしてアスハ家の姫の乳母が、敵対するサハクの御曹司と繋がりがあるのか判らない。
≪あの時、カガリ様がなぜ貴方様に会いに行ったのかお解りですか。行かずにはいられなかったのです。好きな方の元に嫁げる妹を祝福する気持ちは本当だった、けれど本当は、国の為、自らの許されなかった恋を切り捨て嫁ぐ決意を固める為の、あの方なりの自己満足の儀式だった。あの方はキラ様に御自分の夢を託された≫
マーナが言ってる事は、つまり――――――
≪カガリには、恋した人がいたの? それってまさか……≫
マーナは寂しそうに、首を1つ縦に振った。
その時だった。
「……来たぞ、カガリ……」
しっとりとしたテノールが響いた途端、室内が騒然となった。
薄い唇を吊り上げて微笑み、長く艶やかな髪をたなびかせた黒衣の男が、薄いレースのカーテンをかきわけ、テラスから真っ直ぐベッドに歩を進める。
直立したマーナは恭しく頭を垂れ、道を譲った。
「………ギナ………」
唖然と見上げるキラに、ギナは彼女が今まで見た事がないぐらい、蕩けそうに優しく微笑んだ。
07.06.29
白アス、完璧に食われてしまいました(号泣)どう頑張ってもかっこよくならなかった!!
ヘタレ〜!!
次回で最終回ですが…白アス、挽回なるか? むむむ!!
BACK NEXT
SEED部屋に戻る
ホームに戻る