君のいない世界で     06. アテナは舞い降りた 






ZGMF-X10A フリーダムという機体は、今の時間に存在してはならない。
これは、世界を変えてしまうもの。
コクピットに駆け込んだキラは、そこに座るザフト軍兵士に飛び掛った。


「勝手に触れないで。」
「うわっ!! ち、ちょっと!!」


自分の呆けていた時間が悔やまれる。
キラがラクスから託された大切なフリーダム、いくらプロテクターをかける余裕もなかったとはいえ、見も知らない誰かが機体を動かそうとしているなんて。
サイが砂漠でストライクを動かそうとしていた時とは違う。ここにいるのは皆コーディネーターだ。
操れるものがいるかもしれない。
奪われてたまるか。
阻止せねば。

焦っているキラは、形振り構わなかった。

「返して、これは僕のだ!!」

キラがカーソルを奪おうと、シートに腰を下ろしていた蜂蜜色の髪をした青年を突き飛ばす。その途端、彼のびっくりしていた目がすっと細くなる。

「ちょっとキラちゃん、落ち着こうかね」
「い…、いたっ!!」
「ミゲル、手荒なマネはするな」
「判ってます」

キラの暴れる腕など、直ぐに両腕捕らえて後ろ手に捻られてしまう。
握っていた白い靴が両方ともぺこんぽこんと床に転がる。
キラは、ついそれを目でおいかけて、ぞくっとした。
靴の転がった先、コクピット内部の床には、足の踏み場も無いほど膨大なフリーダムの資料が散らばっていたのだ。
流石コーディネーターの軍はアークエンジェルとは違う。キラ自身が使い物にならなかった僅か数日の間に、よくこんなにもフリーダムからデーターを取り、解析できたものだ。
しかもこのパイロットは、プリントアウトされた詳細なシステムデーターと手書きのマニュアルもどきを手がかりに、やっぱりフリーダムを動かそうとしていたらしい。

キラは、涙目でミゲルと呼ばれた人をきつく睨むが、彼は飄々としていた。

「フリーダムをどうする気?」
「俺が乗れればと思ったんだけれどな」

実戦に投入する気か!?

「これは僕がラクスから託されたもの。フリーダムから出てって!! 今すぐ離れて!!」

駄目でもともとという気持ちで腕を振り回したら、何故か今度はあっさりと手がすっぽ抜けた。
考える間もなく、キラはミゲルをひっぱりあげて押し出し、自身がコックピットに座ってカーソルに指を滑らせた。
フリーダムのシステムを立ち上げる。
もうここにはいられない。
問答無用でコクピットのハッチを閉じようとするが、閉まる直前、再び戻ってきたミゲルがキラの腕をやすやすと捕らえた。右手をねじり上げられ、痛みで体をひねれば、座席からつい体が浮き上がる。それをミゲルに腰から捕らえられ、さしたる抵抗もできないままコックピットから引きずり出される。

「離して!!」
「駄目。離したらキラちゃん、地球連邦軍にいくんだろ?」
「冗談じゃない、なんで僕がそんな所なんかに!!」

そう叫んだ途端、ミゲルが拘束した右手が緩んだ。

「じゃあ、キラちゃんはホントにザフトなの? ラクス様からこの機体を託されたっていうのなら、あんたはクライン派の軍人?」
「違う、僕は……」
過去に戻り地球軍でMIAとなっている今、もうただの民間人といっていいのだろうか?
オーブの次期首長、カガリの妹である自分。
母国はオーブ、それは譲れない。けれど地球軍もザフトも、自分のかつて知っている人がいて、その人たちが今生きているというのなら――――

――もうどことも戦いたくない。

「僕の国籍はオーブでした。でも、ザフトに敵対する気はありません」
「ならば君は、オーブの軍人だというのかね。あの国が他国の戦争に介入したと?」

突如、議員の制服に身を包む一人が、キラの両肩を掴んだ。
確か、ユーリ・アマルフィ評議会議員だ。先日の穏やかで優しげな雰囲気は既になく、厳しい眼光でキラを真っ向から見下ろしている。

「ウスミの奴は、あれだけ中立を謳っておきながら、この戦争にかかわってきたというのか。裏切り者め」

キラ自身、血が一瞬で沸騰した。

「貴方にウスミ様のことを悪くなんて言わせない!! オーブはあなた方ザフトの戦争に巻き込まれたんだ。ウスミ様は最期まで中立を貫いて戦争を回避しようと努力を惜しまなかったのに、地球軍は自分に味方しないのならザフトと一緒に滅びろって。話し合いの機会を与えないままオノゴロに攻めてきたんだ!!」

悔しい悔しい悔しい。


「他国の戦争には関わらないって、最期までオーブの理念を貫いて……、皆、戦いたくなかった。アスランとディアッカが、個人の意志でオーブを守りに来てくれたけれど、ザフトに協力を要請することもできなかった。地球軍に降伏もできなかった。どちらかの手を取れば、どちらかの国がオーブを焼くのはわかりきっていたから」


悔しい悔しい悔しい。
目からぽたぽたと涙が零れていく。


「オーブの首脳陣は、カガリや僕達を宇宙に逃がした後、マスドライバーを地球軍に渡さないように破壊する時に逝きました。全ての咎を背負って、国民に無用な殺戮がいかないように自爆した。あの方々はザフトとは敵対しなかった」


あのカグヤでのカガリの絶叫。
皆が一体どんな思いで、自爆した首脳陣の死に様を見たのか。

カガリの父を、自国の尊敬する統治者を、プラントの見知らぬ議員になどに弾劾されるいわれはない。


「僕は、あの人達を守りたかった。でも、守れなかった、……ふぅうくぅうう……、えっえっ……」

悔しい悔しい悔しい。
膝を折ってしゃがみこみ、顔を覆って嗚咽を堪える。貰ったばかりの白い服に涙が染み込み色地を濃くする。
こらえてもこらえても、こみ上げてくる涙は止まらない。
いつもいつも守れない。どんなに願っても叶えられない。
オーブの滅亡だって、救いたかったのに何もできなかった。
誰もが羨む完璧なコーディネーターなどといわれたって、キラ一人では何も助けられない。

悔恨に、胸が潰れそうだ。
崩壊したヘリオポリス。
撃ち抜かれた避難民を乗せたシャトル。
フレイ。

―――――そして、アスラン。



「すまない、君には酷い事を言ったね」

先程とは違う、穏やかで気遣う優しい声の後、うずくまるキラの頭に、ぽしっとユーリの大きな手がおちる。

「私とウスミは二十年来の古い友人だ。だからオーブが今後参戦するのかと思うと、私は彼に裏切られた気がしたのだよ」

ぽしぽしと、何度も何度も頭を撫でられる。

「プラントの貴方が、ウスミ様の友?」

膝を抱えて泣き濡れた目で見上げると、優しげな顔がこっくりと頷く。
確かユーリ・アマルフィーは、キラのいた世界では、12人の評議会メンバーの中で、唯一の中立派だった者だ。
でも、この人は途中で戦争推進派に転向し、核エネルギーに手を出した。

「……僕の世界では、フリーダムを作ったのは貴方なんですよ……」
「そうらしいね。一年後の私は、一体何を思ってこの機体を作ったのかとずっと考えていたよ」
穏やかだが揺るぎのない眼差しに、信念を持つ人だと感じる。
「身におぼえがないから、自分には関係ないとか言わないんですか?」
「ああ。未来の自分だが理解はできる。力なくしては誰も守れないとか思いつめたのだろう。もし私が今この機体が造る技術があるのなら、葛藤はあるが、やっぱりザフトのために開発したいと思うから」

「強すぎる武器は、いらぬ争いを生みます」
涙は止まったが、頭を撫でる優しい手は止まらない。

「そうかな? 強い兵器を作れば、返り討ちを恐れて攻め込んでくるものが減るのではないかな。我々は今までずっと食料と武器を作ることを禁じられ、防衛の手段がなかった。だから我々は今までずっと、ナチュラルの支配者階級に一方的に搾取されつづけていたのではないかね。
何度も思ったよ。強い武器を所持できれば、我々コーディネーターは空に追いやられることも、空の化け物と侮蔑されながら隷属を強いられることもないのにと。
現に、君も知る小さな一つの島国だったオーブは、いまや軍事大国として名を馳せ、プラントとも地球連邦軍とも各国とも渡り合っている。私も守りたいのだよ。今後、戦場へ行く勇敢な我が同胞達がより多く生き残れるために。また、できうる限りこの戦争が早期に解決するように」


ぽしぽしと、なだめるように何度も何度も頭を撫でられる。キラは知らず知らずにうっとりと目を細めていた。
大人に頭を撫でてもらうのは、変な気持ちだが心休まる。甘えていいのかという疑問もむくむく湧くけれど、この手がとても心地よい。
ヘリオポリスが崩壊してからずっと、キラは皆を守る立場にいたから、民間人だという甘えは許さなかった。ナチュラルだらけのアークエンジェルでは、コーディネーターだから戦えと、モビルスーツに放り込まれて戦場に蹴りだされていた日々に安らぎなどなかったし、ラクスに助けられて以降はフリーダムのパイロットだ。やっぱり皆を守護する位置にあり、甘えも弱気も許されなかった。
例外がラクスとアスランの二人で、彼らの前では子供に戻れたけれど今はいない。


あ、駄目だ…、と思った時には遅かった。
当たり前のように彼を思い出した時、再び大粒の涙がぽろりと零れ、頬を伝っていく。


「……僕のアスラン…は……、僕に『お前は生きろ』って言った。アスランもどきも、僕のアスラン、死んだと決まったわけじゃないから、いつか会えるかもしれない可能性……、残ってるって……」

ぽろぽろと大粒の涙がいくつも零れていく。
食いしばっていた歯を緩めると、喉の奥に溜まっていた吐息が大きく零れる。
限界だった。再びしゃくりあげ、こらえきれなくなった嗚咽が溢れた。

「僕の帰る場所は、アスランの腕の中だけだった。僕はどこに帰ればいい? 彼はいないのに。この世界のどこにもいないのに……」


「キラちゃん、実は私の妻はロミナといってね、オーヴ出身の一世代目のコーディネーターだ。そして、妻はウスミの従姉妹だ。だから君と私は遠い親戚になる」
「は?」

キラの目が点になった。
いきなりこの人は何を言い出したのだろう?
瞠目してユーリを見上げれば、彼も怪訝げにキラを見下ろしている。

「ウスミの亡くなった奥方は、ハルマ・ヤマトの姉君アキだ。君の世界では違うのか?」
「ハルマは僕の父ですが、そんな方のこと、聞いたこともありません」


それに自分の本当の父母は、ユーレン・ヒビキとヴィア・ヒビキで、ヴィアはカリダの妹だった。
カガリがたまたまウスミの養女になっただけ。なので、ユーリに親戚といわれてもピンとこない。


「とにかく身内に遠慮はいらない。パトリックが激怒していたが、血縁者ということで優先されて、君は私の娘になることが決まったよ」
「はぁ!!」

再びの爆弾発言に涙も吹っ飛んだ。

「もし、私の家に来るのが嫌なら、ザラ家が君を養女に迎えると言っている。勿論君の意思が一番だが、私もマイウス市の市長だ。悪くない後ろ盾だと思うよ。ロミナはハルマと幼馴染でもあるし、妻は今喜んで君の部屋を準備している」


ザラ家の養女になれば、養父はあのパトリックとなる。キラの世界ではヤマト一家がザラ家と仲良く付き合うのを不満に思い、アスラン達がプラントに引き上げたと同時に、一切連絡を取れないようにした人だ。ナチュラルを滅ぼそうと暴走し、説得に行ったアスランに銃を向け、ついにはジェネシスの発射を命じた人。
例えアスランの父でも、絶対父様などとは呼びたくない。
ユーリは温和でにこにこしているが、流石政治家、いつの間にかキラは外堀を埋められ、がんじがらめになっている気がする。またウスミの親戚と聞いたからか、この人がどうにもオーブに傾倒している思想者に思えて、もし後見人になってもらうのなら、彼が一番かなという気持ちにもなる。

「これが私の妻と息子だ」

ユーリは、ポケットから手帳サイズのフォトブックを取り出した。
とても家族思いの人らしい。
ぱらりと捲られた一枚目には、とってもかわいらしい緑の髪の二人が並んで微笑んでいた。
親子と言われなければ姉と弟に見間違えただろう。


「キラちゃんは…16歳だから、ニコルとは二つ違いになるのかな?」


ドクンっと、心臓に楔を打ちこまれた。

「ニコル? ニコルってあの、ピアノが好きで、心優しい……あの、ニコル?」

ユーリは顔を綻ばせた。

「そういえば君は、ディアッカ君とも知り合いだったな。そうか、私の息子とも知己だったのか」

キラはフォトブックを握り締めたまま、がたがたと震えた。
知己?
とんでもない誤解だ。


ニコル――――――!!



あの時のアスランの絶叫、耳について離れない。

ピアノが好きで優しい子だった。なのに、お前がニコルを殺した――――――

アスランの静かな慟哭。
僕が殺めてしまった人。
再び写真を見ると、あの日…モルゲンレーテでアスランと再会したときに、ジープ型のエレカに乗っていた小柄な少年が、あの時よりも幼い顔で笑っていた。


僕が殺してしまった人の父。
なのに、自分の娘になれと、手を差し伸べてくれる。
受けられない。
キラはふるふると首を横に振ったが、ユーリはうんうん頷いている。

「そうか、知人ではなかったのか。でも安心してくれたまえ。親の贔屓目もあるかもしれないが、ニコルはとてもいい子だ。きっと君の事を姉と慕うだろう」

勘違いしている彼は、くすくす笑った。

「ただでさえ君は既に、ユニウス7を救った英雄だ。君が家に来ると決まったと連絡したとき、ニコルは子供のようにはしゃいでいたよ。遠慮深いのはヤマト家の美徳だが、マスコミや世間からの余計な詮索は君も望まないだろ? 私の子になれば、私を敵に回してまで調べようとする果敢な身の程知らずは激減する。それに、私はザフトのMS開発責任者だ。多少権限を持つから、君と死闘を演じた『彼』からも守ってやれる。怖いストーカーからは、付きまとわれる前に逃げるに限るからね」


ラウ・ル・クルーゼ、キラは彼のことをすっかりと忘れていた。
この手で殺したあの男も、この世界ではまだ生きているのだ。
今の彼が一体どんな人物かは知らないが、キラの元いた世界では、自分の出生を呪い、彼の深い恨みが世界を飲み込んだ。


「それに私なら、密かに新型モビルスーツを開発していたとしても納得がいくだろう。アマルフィーの娘が、父の試作品を勝手に持ち出してユニウス7に向かったから、父が娘可愛さに慌ててガモフで追いかけていったのだと説明すれば辻褄は合う」


彼は照れて頭をかいた。

「私の家族に向ける愛情は、ちょっと有名なんだ。ロミナとは駆け落ち同然でプラントに逃げてきたからね。そんな理由がいくつも重なって、君は私のところに来るのがいちばんいいと認められた。キラちゃん、私の娘になってくれるか?」
「え、そ…れは……」


≪艦長、時間です。ブリッジへお戻りください≫

女性オペレーターの声が、格納庫に響いた。

「議員の方々はそろそろシャトルにお移りください。我が艦は、二時間後に出発します」

髭を蓄えた黒服の艦長が右手下方を指し示すと、架台の後方に小型の白いシャトルが準備されていた。彼の指示に従い、イザークとエザリア、タッドが階段を降り始める。キラもユーリにとんと背中を押された。

「さあ、話は後にして、君も行くよ」

キラははっと顔を上げた。

「待って、フリーダムをどうするつもりなんです?」
「シャトルには積み込めない。かといって、この機体をユニウス7に下ろすつもりもない。わかってくれ」
「嫌です!! これは僕の機体だ!!」

再びコックピットに飛び込もうとしたが、またミゲルに腕を掴まれて動きを封じられる。
きつく睨みつけても腕は外れず、じたばたもがくだけ。


「キーラ、もうこんなところにいて。探したじゃないか」


アスランもどきがとてとて架台を駆け上がってきた。

「皆さん出撃前で忙しいんだから、迷惑かけるんじゃない」

ほらっと未開封の軍用ストッキングを手渡され、キラはわなわな震えた。生真面目でピントのずれたボケをかますのはアスランらしいが、今の状況ぐらい読めないのか!!

「いいからもどきは引っ込んでて」
「誰がもどきだ。それなら俺だってお前のこと、キラのダミーって呼ぶぞ」
といいつつ、アスランはミゲルの手を捻って膝下に蹴りを入れ、外れたキラの手をしっかりと握り締める。
軍人相手にこの暴挙、キラの目は点になった。彼は一見ポーカーフェイスだが、握り締めてきた手のひらがじっとりと汗ばんでいることを思えば、散々走り回らされたせいで結構怒っているらしい。
「シャトルに行くよ。母上もまだお前のこと探している。ちゃんと謝れよ」
その前に、ミゲルさんに謝れと言いたい。
「行くなら勝手に行って。僕は行かない」
「キーラ、あんまり俺を困らせると、またおしおきするよ」
アスランの整った綺麗な顔が、にっこり妖しく笑みを浮かべる。そんな邪気丸出しな彼に逆らうのは正直命がけだ。
ぐぐっと一瞬うろたえたが、己の役割の方に軍配は上がった。

「アス、わかってよ。僕にはフリーダムを守る義務がある。これは僕が親友から託された大切な機体、この機体と一緒に、彼女の想いも僕は預かった。だから誰にも渡せないし、渡してはならない。例え、違う世界に飛ばされたって、これだけは譲れないものなんだ」

キラは背筋をピンと伸ばし、きつく皆を見据えた。

「貴方達は僕に優しくしてくれたし、行き場のない僕に居場所をくれようともしてくれたけれど、僕の知らぬ間に機体からデーターを勝手に抽出したのは事実だ。フリーダムを預けるまで信用することはできません。僕をこのまま行かせてください。フリーダムとともに」
「キラ。今のお前に一体どこに行く場所がある?」
「アスは黙ってて。話がややこしくなるから」
行く場所がなくたってなんとかなる。フリーダムなら単独で地球に降下することもできるし、このままオーブに降りたっていい。
「とにかく僕は、自分の身の保全を得るために、フリーダムを渡すつもりはありません」
「キラちゃん、私はそんなつもりで話をしたのではない」
「ユーリさんには感謝してます、本当に…、身内かもしれないというだけで、僕を養女に迎えてくれようとした。それでも駄目なんです、絶対に」

カチャリと金属音が鳴った。
耳に覚えのある音に、キラは顔を上げる。
艦長が短銃をキラに向けていた。

「ゼルマン、何をしている。銃を下ろせ」
「彼女がシャトルに乗ったら下ろします」
「何を考えている。今なら冗談で済ませてやるから、銃を下ろすんだ、早く」
アスランが無言でキラを背に庇い、ユーリは気色ばんでいた。
「私も冗談で言っているわけではありません。キラさんはオーブ出身とおっしゃってましたが、地球軍のパイロットスーツを着ていたことは事実です。彼女が連邦軍の手先だったら、我が軍はどうなるとお思いですか?」
「彼女を侮辱する気ですか。キラはユニウス7を救った。農業コロニーと24万以上の民の命を守ってくれた。俺の母の命を助けてくれた。地球軍の手先であるわけがない」
「私だって貴女を信じたい。だが、この未来から来た機体は強すぎるんです」

ゼルマンも揺るぎなく銃を構えたままだった。

「もし、キラさんがこのフリーダムに乗って、敵軍として戦いに参戦すれば、我々はこの戦争に負ける、そうでしょ?」

「……はい……」

きっと負ける。

キラがいた時代は71年の9月27日。1年7ヶ月の開発技術の差は歴然だ。それはキラが、フリーダムただ一機でプラントの核攻撃を防いだことで立証済。
フリーダムはこの世界にあってはならないオーパーツ、今現在最強のモビルスーツだ。
戦局を楽に覆せる程の。


そして今のところ、乗れるのも自分一人だけ。
でも、この人達は――――――。


「艦長さんはどちらに行かれるのですか?」
「月基地に地球軍が集結しております。おそらく、ラグランジュポイント1のコロニー付近で開戦になるかと予測してます」

キラは格納庫をぐるりと見回した。
広い格納庫には、オレンジ色のモビルスーツと凡庸型の緑のザクの二体だけ。
たった二機しかいなくても戦闘にかり出されるなら、今のザフトがいかに戦力が不足しているかが推測できる。


「――――――世界樹の攻防戦―――――――」

ぽつりとキラが呟いた。

「コズミックイラ70、2月22日、地球軍はL1に第1、第2、第3艦隊を投入し、ザフト軍と開戦した」

ゼルマンの顔色がみるみる青ざめる。
開戦当初から地球軍が艦隊三つも投入してくるとは思っても見なかったのだろう。

「圧倒的に数で勝る地球軍に対し、プラントは所詮小国家並みの兵力しかない。そう侮っての開戦だった。僕自身、プラントは直ぐに負けると思っていた。戦争が終結したら、プラントへ行ったレノアさんとアスランがどうなるか凄く心配していた」

「けどキラのいた時まで戦闘が続いているのなら、プラントは初戦に勝ったということだね」
「冷静だねアス。その通りザフトが勝ったよ。けれど犠牲も凄かった」

キラは脳裏の記憶を辿った。

「プラントはニートロン・ジャマーを散々撃ち込み、地球軍の核攻撃を阻んだ。だから、双方核の使えない戦争の主力は、初戦からモビルスーツ戦だ。今の所、武力も数も圧倒的に地球軍が勝っている。武器開発に遅れていたザフトは、特攻や自爆、文字通り同胞が自分の身を盾にして地球軍を阻んだよ」

アスランの手が震えた。ゼルマンもユーリも唇をかみ締めている。ミゲルは悔しさにフリーダムを横殴りに拳を叩きつけ、遠目に見えるイザーク・ジュールは顔を真っ赤に染めて怒りで身を震わせている。

なのに、彼らは言わない。
この機体を唯一操れるキラに。

「何故、あなた方は僕に戦えと――――――言わないんですか?」


できることをやれと、何故言わないのだ?
キラに戦えと、何故彼らは言わないのだろう。

「プラントは女性の数が圧倒的に少ないんだ。だから、ザフトは女性を最前線には送らない」

大きな手が、ぽしっとキラの髪を優しく梳く。
ユーリだった。

「レノアから、綺麗な土色だったと聞いたよ。コーディネータなのに髪の色が変わるなど、君は一体、どんな恐怖を体験したのだろうね」

気遣ってもらう資格なんてないのに。
自分は、この人の息子を殺した。たくさんコーディネーターを殺してきた。人殺しと罵声を浴びせられて当然なのに、ここにいる皆は優しすぎる。
段々といたたまれなくなってくる。
自分には、ザフトの皆に優しくされる価値なんてない。


「さあ、君はマイウス市へ行っていなさい。アスラン君が送ってくれるから、詳しいことは彼とレノアから聞いてくれ」
「ユーリさんはどうされるんですか?」
「本来ならプラントに戻らねばならないが、私はこの機体と一緒に戦場に行くよ。誰かが乗れるかもしれないって、希望をまだ捨てていないのでね」
「いい加減、僕怒りますよ。僕はこの機体を誰の手にも委ねるつもりはないと言っているでしょ」

口を尖らせるが、先程の刺々しさはもうない。
キラの中で、ある決意が固まりかけている。
後はそれを口に出すだけ。そしたらもう止まらない。

「キラちゃん、我々は今、ナチュラルから空の化け物と呼ばれている。迫害され、地球に住まうことを許されなかった我々はこのプラントを築いたが、所詮植民地扱いだ。我々に出資した一部のナチュラルは支配国気取りで、我々に武器と食料の生産を禁止し、豊富な宇宙資源から得られるエネルギーを搾取し、一方的な支配を押し付け続けたことは、君も知っているだろう」

キラはこくりと頷いた。
地球軍がユニウス7を襲ったのは、そこが製造を禁止された筈の農業コロニーだったからだ。
地球からの輸出が途絶えた今、食料がなければプラントは飢える。


「そして、この戦いで負ければ、我々は自治権を剥ぎ取られ≪空の家畜≫と蔑まれるだろう。今まで以上の搾取が行われれば、人間としての尊厳は保てなくなる。我々はコーディネーターだ。ナチュラルが我々を作り出した。それは認める。だが、我々はナチュラルの呈のいい作業用奴隷ではなく、同じ人間なのだ。私は、私の家族や私の市民、そしてその子孫達が自由を剥ぎ取られ、卑屈な奴隷に甘んじる未来など望まない」


突然、キラの中にすとんと暖かいものが落ち、キラは知らずにクスクスと笑ってしまった。
皆が怪訝気に注目しているが、止まらない。
言葉に言い表すのなら『納得した』というのだろうか、この人達と話していてずっと心に思っていた違和感の正体がわかり、霧散したのだ。

「………この世界は、本当に僕の世界と違うんだね……」

笑い続けるキラに対し、アスランが軽く頭を叩く。

「キラ、お前またトリップしてるぞ。一体どの異次元から話を持ってきた?」
「キラちゃん、どうかしたのかね?」
「ふふ、どうかしていたのは僕です。だって僕の世界では、この戦争は初めから、コーディネーターとナチュラルの戦いでした。どちらかがどちらかを滅ぼす、そんな救いの無い殺戮な戦いです」

圧倒的に数で勝る地球軍に対し、プラントは所詮小国家並みの兵力しかなく、誰もがプラントの敗北を確信していた。
だが、ユニウス7で民を虐殺されたプラントの怒りは強かった。血のバレンタインの悲劇を、コーディネーターは忘れなかったのだ。
最初から、コーディネーターは地球軍を、ナチュラルを滅ぼすつもりで猛攻をしかけていた。だからナチュラルもコーディネーターを恐れ、テロが横行してコーディネーターの虐殺が激化した。だからキラ達親子もヘリオポリスに逃げたのだ。オーブのコロニーに、そこでなければ第一世代のコーディネーターは、ナチュラルと一緒になんて暮らせなかったから。


だが、この世界のユニウス7は落ちていない。
今の世界に、血のバレンタインの悲劇はないのだ。
最初から、自分のいた世界の戦争と目的が違う。

このプラントの望みは、ナチュラルの殲滅ではなく、自分達の尊厳を回復するため。
植民地扱いからの脱却、つまり


――――――――独立戦争なのだから――――――――


「今日は何日ですか?」

「2月19日だよ」

キラは首をこきこきと鳴らした。
体のあちこちが軋んでいるが、後三日あればなんとかなるだろう。


「艦長さん、僕にザフトのパイロットスーツをください。僕もザフト所属のフリーダムとして出撃します」
「キラ!! お前はまだ病み上がりだぞ!!」

真っ青になったアスランに両肩を掴まれるが、キラはにっこり笑って首を横に振る。

「僕さ、もう誰も死なせたくない。救えるものなら、このまま未来を変えたいんだ」

オーブは滅び、ジェネシスのために月基地も破壊された。
大勢の人が死んだ。
自分は大切な人を誰も守れなかった。守りたいと思ったのに、愛してたアスランでさえ、たった一人の大切な恋人ですら、守れなかった。

「僕のアスランは死んじゃったかもしれないし、君の知っているキラは死んじゃった。僕らの好きな人はそれぞれ本物じゃない、けれど……、今僕は君を大切な親友だと思っている。もう、二度と君を失いたくないんだ。こんな気持ち、君には重いだろうけれど許してね。アスランはもう、絶対死なないで。僕、守りたいんだ、今度こそ君を」

「キラ」

「この世界を、僕の知る悲劇的な未来に進ませたくない。オーブも滅ぼしたくない、皆を守りたい。絶対に変えてみせる。せっかく時が戻って変えられるチャンスを与えられたのだもの、再び戦場にいくことだってなんでもない。
僕は今度こそ、守りたいものを守る。もう誰も死なせたくない!!」


キラは、がしっとアスランを掴んだ。


「ということで、君もガモフに一緒に来てね♪」
「はぁ?」
「ゼルマン艦長さん、この人僕の人質です」
「おい、キラ?」
「僕が万一、地球軍に寝返ったら殺しちゃっていいですから♪」
「おい、お前!!」
「『走れメロス』って小説、昔君のキラと一緒に読んだことない?」
「あるよ、あるけど」
「友のために命がけ。ああ、友情って素晴らしいねぇ♪」
「キラ!!」

キラはうるさいアスランの襟首をぐっと引っつかむと、口元に笑みを広げてきつく見下ろした。

「まさか僕を風呂場で半殺しな目に合わせておきながら、このまま無事に済むなんて思ってないだろうね? このまま僕の保険になるか、デブリベルトに宇宙服一枚で放り出されるのとどっちがいい?」

アスランはぷっと吹き出し、降参というように両手を挙げた。

「キーラ、ちゃんと俺の乗る船を守れよ」
危険な戦場に連れて行かれるのに、飄々とした態度を崩さない彼の心遣いが嬉しい。
「任せて、親友♪」
「母上、申し訳ありませんが、俺、寂しがりやのキラにくっついていきます。こいつ、人見知りも激しいし、誰も知らないところで独りぼっちは可哀想ですから。迎えに来た筈なのに役目を放棄しますが、先に父上の所にお戻りください」
「はいはい、いってらっしゃい♪ アスラン、キラちゃんの体調に気をつけてね」

あの息子にこの母ありだ。架台の下にたどり着いたレノアは、にこにことキラとアスランに手を振っている。
キラの心細さもしっかりばれていたみたいで、つくづくもどきでも幼馴染だと気づかされる。

「じゃ、皆さんは速やかにシャトルへお乗りください」
「ゼルマン艦長、どうか私も同行させてください!!」

銀髪を振り乱し、架台を再びイザークが駆け上ってくる。途端、アスランの秀麗な顔が引きつった。

「お前が来て、どうする」
「俺にだって何か彼女にできることがあるはずだ」
「何もないって。キラには俺がついているし、かえってお前は邪魔なだけ」
「うるさいうるさいうるさい。貴様になど聞いてない!!」

イザークの物凄い癇癪ぶりに、キラは唖然とした。
どうやら彼とアスランは、あまり仲が良くないらしい。

「イザークさんは、ディアッカの親友……でしたよね」
「キラ嬢はディアッカと親しいのか?」
キラはにっこりとこくこく頷いた。
「えーっと、まるでお兄ちゃんみたいに可愛がってもらいました。珍しいことに日舞が趣味って言っていたし、僕も父の影響で、日本の文化は特に好きだから」
「俺も日本の文化は好きだ。カレッジの専攻は民俗学、ディアッカと親しくなれたのなら、キラ嬢は俺ともきっと気が合う」
「合うわけないだろ、ヒステリー」
にっこり笑ってトドメを刺す。アスランの爽やかな一言に、イザークの血管がぶっち切れた気配を感じた。
「貴様、アスラン!!」
「ちょっとアス、今日の君黒いよ!!」

キラが止めても、アスランとイザークのいがみ合いは、何故かエンドレス状態になりかかっている。戦艦にそぐわない子供のたわいもない口げんかに、周囲はなんとなくほのぼのしていた。

「ユーリ、すまないが私の息子の同行を許可してくれ。イザークもザフトに入隊するのだ。自分の目で戦局を見るのも今後のためにはいいし、キラ嬢も同世代の友人は一人でも多いにこしたことがないと思う」
「そうだな。退屈しない航海になりそうだよ。今から戦場にいくというのに、こんな気持ちでいられるのは、キラちゃんのおかげかな」


未来から来たフリーダムのパイロットが、ザフトについてくれる。
これを、天の恩恵といわずになんと言う?





―――――――そして、キラの告げた歴史通り、コズミックイラ70、2月22日。ザフト軍はL1にて地球軍と開戦した―――――




ここを突破されれば、直ぐにプラントはコロニー軍に攻め込まれて落ちる。
刺し違える覚悟でザフトは全兵力を持って、戦いに望んだ。

ザフト軍のエースパイロット、ラウ・ル・クルーゼはジンに乗って出撃し、MA37機、戦艦6隻を落としてネビュラ勲章を授与されることになった。
だが、ガモフ所属となったフリーダムは、ミゲル機、オロール機とともに参戦し、地球軍のモビルアーマー320機を撃ち落し、戦艦52隻を航行不能に追い込んだ。


戦いは、あっけなく終わった。ザフトの大勝利で。


コックピットを決して狙わない優しすぎる戦いぶり、なのに誰も敵わない恐ろしいまでの圧倒的な戦闘能力に、ザフト軍は戦慄と歓呼を持って、フリーダムとそのパイロットを讃えた。


月にちなみ、白きアテナと。
キラはザフトの女神となった。




05.08.03.




世界観の紹介、半分終わり♪ 長かった〜グスグス (><。)。。
ユニウス7が落ちなかったら、きっとSEEDの世界はこのような独立戦争になっていたと思うんです。そうしたらきっと、地球各地で起こっていた反コーディネーターデモや、ブルーコスモスのテロ活動も激化せず、プラントも早々に独立を認められ、戦争も早期に終わっていたのではないかと。

白キラは当面、ザフトで活躍します。
次章は白キラのザフト日常と、白アスラン側、オーブの現状紹介です。

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