マリオネットの糸 1







「……お前、女の恥じらい何処に置いて来た?……」
「……ふみぃ……」

キラは寝ぼけ眼を擦りながら、よれよれになった白の軍服の襟首を掴み、自分を吊り上げているオレンジの髪の青年を見上げた。
どうりで寒いと思ったら、ミゲルが体にかけてくれた暖かな毛布が剥ぎ取られている。

「……ハイネ、返して……」
「寝るならちゃんと風呂入ってベッドに行け。コックピットじゃ満足に休めないだろ」
「大丈夫、時間無いし、慣れてるもん」

と言ってる端から重い瞼が勝手に閉じ、健やかな寝息が鼻から飛び出る。
だが、眠りの淵に立ち、『お休みなさい〜♪』と呟いた彼女の頭は、景気良く大きな手の平で張り飛ばされた。

「ふみぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「ここで寝るなって俺言ったよな?」

涙目で可愛く見上げても、翡翠色の目を尖らせた参謀は、勘弁してくれなかった。
先日キラが直々に指名し、アマルフィ隊に入ったばかりの新人の癖に、多分彼は隊長の自分や副隊長のミゲルより、態度がデカイ。

「良いから、今から8時間睡眠取れ」
「ふぇ? 駄目だよ、まだフリーダムの調整、半分しか終わってない……」
「やかましい。お前何時間ここに詰めていたか知ってるか? 72時間だぞ? 丸3日だぞ?」
「ううう、だって予定よりちっとも進まないんだもん」

キラは大きな欠伸を零し、目に滲んだ涙を手の甲で拭った。

現在、戦艦ガモフはマイウス市の宇宙港に停泊している。
ここの市長ユーリ・アマルフィとラボ職員達の努力が実を結び、とうとうミーティアの試作機が完成したのだ。

フリーダムの接続データーと、キラの記憶を頼りに作った大掛かりなパワーアップユニットは、MSに戦艦並みの推力と火力をもたらしてくれるだろう。
キラが居た世界でも、これ一つで戦局が傾く程の兵器である。ザフトの今後はミーティアにかかっていると言っても過言ではない。
だが、その全長は百メートルと長大で、勿論ガモフの格納庫に納まる筈がなかった。

ミーティアの搭載火器の動力全ては、核エネルギーに依存する仕様になっている。
核エネルギーを有していた、ラクスの『エターナル』と異なり、ガモフは只の戦艦だから、ミーティアを戦艦の外付けにしたって、この凄まじい火器を単独で使う事は無理だ。

だがこんな大掛かりな兵器を、丸腰で戦場に持ち運ぶなど、敵に『狙って撃ってくれ』と差し出すようなものである。
何らかの防御策が必要で、考えたユーリは、ミーティア単体でも戦えるように、バッテリー動力機でも火器を運用できる核エンジン動力を組みこみ、また操縦席を新たに設置する事にしたのだ。
いわば、フリーダム専用のパワーユニットでありながら、単独操舵もできるモビルアーマーのようなものだ。

となれば、キラも困ってしまった。
今まで使っていたのと全く違う仕様の『ミーティア』を渡されても、調整はそう簡単にできる訳がない。キラなりの精一杯でOS作業を頑張っても、1週間経っても満足のいく仕上がりにならなかった。
フリーダムのドッキング演習もまだやってないし、ミーティアの火器は威力が戦艦の主砲並なのだ。
口径ビーム砲や多数のミサイル発射管、対艦用ビームソード、どれをとっても一日で調整が終われる筈もない。
今もしガモフに出撃命令が下ったとしても、ミーティアユニットを上手く使いこなせる筈がなく、宝の持ち腐れ決定だ。

だが、焦っても人間が一日でやれる仕事など、たかが知れている。
となると、頑固で職人肌なキラだ。
寝食忘れてフリーダムに引篭もり、作業に打ち込むのは当然だった。


「大体汗臭いぞキラ。お前何日風呂入ってない?」
「失礼な……、一応…………えっと……、昨夜、多分シャワー浴びた………かも」
「嘘付け。『あの親にしてこの娘あり』か。ホント似た者親娘だな」


ハイネに顎をしゃくられて下を見下ろせば、丁度緑色の作業ツナギを着たふくよかなユーリが、右手に持った滋養強壮の栄養薬をストローで吸い上げつつ、血走った目で左手の作業ボードに目を走らせつつ、よろよろとフリーダムの足元にいたミゲルの元へと漂って行った。
目の下のクマはくっきり濃く刻まれ、頭は酷く掻き毟ったのか鳥巣で、恐らく義父はキラ以上に満足な睡眠も休息も取っていない。
キラにずっと付き合ってくれた優しいミゲルも、ビジュアル重視な癖に無精ひげは伸びており、緑の軍服はだらしなく着崩れている。
そんな彼は段々近づいてくる不気味な上司の姿に、腰から下が引けているが、周囲にいたラボの職員2人ががっしりキラの副官を背後から羽交い絞めにし、逃がすまいと取り押さえている。

義父の今一番のお気に入りテストパイロットはミゲルだが、目に掛けて貰えた彼が幸せかどうかは、キラには良く判らない。

「ミゲルがお前に言う筈ないから、敢えて俺が忠告するけれどさ、上司があんまり頑張りすぎると部下が迷惑するんだぜ。実際、ミゲルは今のお前のせいで、随分被害被っている。解る?」
「ふえ?」
「ミゲルはクソ真面目だからな。自分より年下の女の子が頑張ってて、それ見捨てて自分だけ休める奴じゃない。お前以上に現場に詰めているって事なの。キラ、お前は隊長なんだから、部下の健康管理もお前の仕事だろ」

そう言うハイネは、普段通りに一糸の乱れなく赤の軍服を着こなし、独特の髪型にセットも綺麗に纏まっている。

「軍人たるもの自己管理は基本だ。ましてや俺達はモビルスーツのパイロットだぜ。何時でもベストの状態で戦えるようにしておくのが、職業軍人って奴だろ。俺も自分だけサボる上官より、お前らみたいにクソ真面目な奴は可愛いって思うけどさ、パイロットとしては失格だ。俺の言ってる事、理解できたか?」

キラは神妙に、コクコクと首を縦に振った。

「よし、じゃあミゲル誘って部屋に行くぞ」
「うひゃう!!」

キラの体がハイネの逞しい腕に掬われ、あっという間に肩に担がれる。
所謂『荷物抱き』だ。
丸めたカーペットを運ぶような色気のない扱いに、一応乙女なキラはぷっくり頬を膨らませる。

《あ、先輩。隊長を寝かせる前に、腹に何かまともなものを詰めてやって下さい》

目ざとくキラを見つけた副官が、下方から大声で叫んだ。

《隊長、俺が運んできた9食分のトレイ、全く手をつけずにチョコレートバーばっかり齧っていたんですよ。ほら、その辺コックピットシートの裏に隠してありませんか? 緑色のお化けみたいにでかいリュックサック》

「ああ、これ……。うっ!!」
勝手にあけて中身を検分したハイネは、眉を顰めた。
中身はぎっしりとカロリー計算されたチョコレート風味のビスケットが詰まっている。
もう一つの青色バックには、ミネラルウォーターのボトルと高カロリーのジュース、またチューブタイプのゼリーがたっぷりあった。
水と食料の問題だけなら、キラは後3週間は、コックピットで篭城できる筈だ。

「おいおい。お前何てへそくりだこりゃ。ここはハムスターのねぐらか?」
「だって、満腹になると眠くなる………し……、食堂まで行く時間も惜しかったから……」

ふわあと大きく欠伸をし、キラは再びねむねむと瞼を閉じてしまった。

「…ったく、お前ってやつは……」

《あ、先輩、ちょっと隊長連れてこっちへ寄って下さい。アマルフィ議員が話しあるそうです》

架台の下にいたミゲルに大声で呼ばれ、キラはハイネに担がれたまま情けない姿で連行された。
ぽんと床に降り、ユーリの目の前に降ろされる。

「お義父さま、何ですか?」
「うん、キラちゃんはミーティアのパイロットに、誰を据えたいかなって思ってね」
「オロールさん返してって、僕ちゃんと申請しましたよね?」

間髪入れずに言い放てば、憔悴しきったユーリの笑顔がぴしりと強張った。

「キラって結構頑固?」
「はい、隊長は見かけふわふわしてるけど、メッチャ我が強いです」
「ミゲル、お前もさ、そろそろ敬語やめてくんない? 俺達もう同僚の戦友なんだからさ」
「……善処します……」

(……聞こえてるけど……)

小声でひそひそ話をする仲の良い2人に、ユーリが生暖かな目を向けながら、改めてキラの肩をポンと叩いた。

「ミゲル君もハイネ君も、戦闘のスタイルは先頭で突っ込んでいく、機動重視のタイプだ。オリジナルカスタマイズされたジンは彼らの専用機だし、2人息もピッタリ合ってキラちゃんのフリーダムを支えてくれる。そしてミーティアに求められるのは射撃力だ。彼らのような突出したパイロットを敢えて使うのは惜しいと思わないかね?」
「はい。ですからオロールさん返してください。それが無理ならミーティアのパイロットは要りません。僕が遠隔で操作します」

ユーリはがっくり肩を落とし、首だけハイネとミゲルの方に向、にったり笑った。

「で、どっちが乗る?」

途端、ハイネとミゲルはお互いを指差した。

「ミゲルを推薦します!!」
「ここの役目はハイネ・ヴェステンフルスしかできません」

言い放った途端、二人は目を吊り上げて互いの胸倉を掴んだ。


「てめえ、先輩命令を聞けないのか!!」
「俺はもう副隊長です。そっちこそ、いくら赤でも新人でしょう?」
「俺はキラのおまけになるのはゴメンだ。射撃だけ担当で、後は何処行くのもキラ任せなんて、冗談じゃねー」
「俺だってそうです。こんな大ボケに行き先好き放題に野放しにしておけば、地球の果てまでナチュラルの捕虜拾いに行きますよ。世界樹の後、俺達どれだけ後始末が大変だったか。俺は副隊長として、隊長の暴走を止める義務がある!! ミーティアに乗る訳にはいかないんです」
「バカヤロウ、俺だってその時はホーキング隊だったんだぞ。しっかりお前らガモフの尻拭いで奔走したのに、ちゃっかりホープ勲章貰ったのはお前らガモフの連中だけだっただろが? やっぱり割りに合わん。お前がやれ!!」
「絶対嫌です!!」
「この野郎!! 可愛くねぇぞ」
「俺だって寮生活時代、どれだけ先輩が粉かけた女で苦労したか……!!」

人間、疲労が溜まればキレやすくなる。
また、過去の恨み辛みまで飛び出したら、もう終わりだ。
取っ組み合いの殴り合いを始めた彼らは、きっと相当ストレスも溜まっていたのだろう。掴みあって拳を振り上げて殴る蹴るの動作を繰り返す2人は、喧嘩をしている筈なのに、キラの目にはどっからどう見てもじゃれ合っているようにしか見えなかった。

「……楽しそう……。いいなぁ、仲良しで。僕もアスランがガモフにいた頃、毎日が面白かったなぁ……」

後半年経たないと、彼は帰ってこない。
省けにされてつまらなくなったキラは、義父にぺこっと頭を下げた。

「じゃ、僕今から8時間休憩に入ります。お義父さまもそろそろお休みになってください。ロミナお義母さまが今のお義父さまのやつれた姿を見たら、心配のあまり大泣きしてしまいますよ?」
「え!! それはマズイ。ロミナに嫌われたら、私は……、ああああ、ロミナぁぁぁ……」

流石、義父にとって最強の呪文だ。
ユーリは真っ黒に汚れた指で自分の頬を撫でると、無精髭に気がついたようだ。
ふくよかな体で、転がるように早く、脱兎で部屋へと引き上げて行く。

キラはふわっと大きな欠伸をし、床を蹴って自分も格納庫を後にした。

廊下に出た途端、彼女は軍服のポケットから、緑色の折りたたみ携帯をつかみ出した。
勿論軍人だから勤務時間中は電源を切ってあるが、休憩時間の使用は自由である。

開けば着信メールは35件もあった。
3日の間、アスランとイザークとニコルがそれぞれ2回ずつメールをくれたが、残りは全部レイ・ザ・バレルからの物だ。

「あは。今度も一杯ある♪」

式典の時に知り合った青年は、14歳なのに中身は2歳児ぐらいと、精神が幼い不思議な子だ。
彼は何故かキラを大層気に入り、食べた美味しかったものとか、見つけたセクシーな物とか、日常の細々した事や嬉しかった事、楽しかった事など、発見する度にメールを寄越すのだ。
律儀に全部に返事をする作業は、正直手間がかかるけれど、もしガモフが戦場に向かって旅立てば、その時は彼に返事を返してやれなくなる。

いつ地球降下作戦が始まるか判らないけど、プラントにいる間ぐらい、純朴なレイを喜ばせたい。

「………あれ………?」

内容をチェックする前に、ざっと日付を確認したキラは、首を傾げた。
レイのメールは初日だけに集中しており、ここ二日一切キラの元に来ていないのだ。
怒らせた覚えもないし、キラの事情は説明済みだ。
彼も白服の兄を持つのだから、仕事中にメールができず、返すのが遅れるのは理解できている筈。


キラはとりあえず、最後のメールにカーソルを合わせて開いた。
瞬間、彼女は蒼白になった。



――――――キラ、今までありがとう。俺は今から殺される。さよなら―――――――


「レイ!!」
キラは再び、踵を返して格納庫へと飛んだ。



080525



大変お待たせしました。
1章最終話、ようやくスタートです。


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