綺麗な恋じゃなくても 2
包帯が取れた日から僅か一週間、アスランは今日も朝からお気に入りのサングラスをかけ、カウチにだらりと足を投げ出して寝そべりつつ、壁に埋め込まれた巨大なテレビから、情報収集に勤しんでいた。
【――――――――衝撃!! カガリ・ユラ・アスハ(15)、5月18日の誕生日を待って結婚!!―――――――】
【――――――――姫様のお相手はどちら? 徹底比較、ユウナ・ロマ・セイラン(20)VSムルタ・アズラエル(29)―――――――】
【――――――――ムルタ・アズラエル氏の持参金は? 未来予想、他国人が次期代表首長になる可能性?―――――――――――――】
TVの民営放送全局は、連日オーブのプリンセスの特番を競って放映している。
だがカガリはオーブ王族の斎の宮だ。神殿に仕える巫女姫の役割を担う彼女の肖像は、慣習によりメディアに流す事は一切禁止されている。
となると、当然TV局の矛先は、オーブ国内にいる花婿候補に押し寄せた。
≪勿論、僕とカガリは仲良しですよ。ポッと出の他国人なんか問題外に決まってるでしょう≫
短い青紫色の髪をかき上げ、にやけながら報道陣から差し出されたマイクの群れに向かって答えるユウナが画面に映った途端、アスランは奴の眉間に銃弾を撃ち込みたい衝動に駆られた。
「ったく、あのバカヤロウが」
この国はナチュラルとコーディネーターの共存を掲げて中立を宣言しているが、外の世界は二つの種族が真っ向から戦っている。
政治の中枢を古来から担うオーブ5氏族の筆頭はアスハ家、それに次ぐのがサハク家で、セイランはサハクと繋がりの深い旧家だが、5氏族の一員ではない。
ウズミ・ナラ・アスハが何を思ってカガリとユウナの婚約を決めたのか、勿論アスランにオーブの獅子の考えなど伺い知ることはできない。
だがサハク家のギナと婚姻を結べば、アスハはサハク家に取り込まれるだろう。その点セイラン家のユウナは、カガリと婚姻を結んだとしても、姫婿扱いのまま政治に僅かに参加できる程度でアスハを出し抜く勢いは無い。しかもサハク家とパイプが太いから、あの家への牽制になる……と言う政治判断が働いたことぐらいは推測できる。
だが今回、ユウナが5氏族の一員でない事が徒(あだ)となった。国際的に名も知られてない男が許婚だったから、アズラエルが己を捻じ込む要因となったのだろう。
≪彼女は幼い頃から僕の許婚ですし、18になったら妻になる事は決まっていた。あんな奴に入り込める絆じゃない≫
TVで自身をアピールし、世論を味方につけたいとする思惑だろうが、はっきり言う。ユウナは本当の馬鹿だ。
キラの婿に名乗りをあげたアズラエル氏は、コーディネーターを一切認めぬブルーコスモスの盟主である。オーブ首脳陣が自国の後継者の相手に彼を選べば、将来政府は内部からナチュラルに覇権を奪われる可能性があるし、当然プラントも黙ってはいまい。
だが、下手に断ってアズラエル氏と拗れれば、報復に今度はブルーコスモスのテロがオーブ全土を蹂躙するのが目に見えている。となると、一般市民が大勢巻き込まれる。
また永世中立を謳った手前、どちらかに組みすればプラントと地球連邦のどちらかに、攻め込む隙を与えてしまう。そんな危険極まりない瀬戸際外交の真っ只中に、ユウナは公共の電波を使い、何をしでかしてくれるのだ?
ユウナを止めようにもアスランには何の権限もない。ならキラに忠告をと思っても、自称許婚がこの部屋に乱入した日以降、キラは一度もこの宮殿に戻らない。
トダカからマーナ経由で『アス、もうちょっと待って。近いうちに必ず帰るから』と、一方的な手渡しの手紙が来たが、こちらの伝言が伝わらないのなら埒が明かない。
アスランの眉間の皺は日に日に深くなり、形相も嶮しく変わった。
(キラ、お前…今自分がどういう立場か判っているのか!?)
かつてACの時代、他国からフランス王家に嫁いで来たマリーアントワネットという少女がいた。国母たる王妃の地位にありながら、他国の貴族と不倫をし、贅沢三昧でかつ賭博も好み、わざわざ農家を再現した離宮を作って夫と別居する等、税金を湯水のように使ってひもじい国民の恨みを買った結果、後の革命時にギロチンの露と消えた。
後の歴史書では悪女の代名詞となり、あたかも彼女1人の浪費のせいで国が滅びたかのように書かれている。普通に考えればありえない責任転嫁だが、国が問題を抱えた時、民衆の憎しみを一手に引き受けさせられるエスケープゴートは出現するものだ。
もしオーブ政府とアズラエルの駆け引きが失敗し、この国がナチュラルとコーディネーターとの戦いに巻き込まれればどうなる?
きっと、国民の怒りは傾国の切っ掛けとなった姫に……つまりキラに向くだろう。
大切なオーブの姫将軍の危機に、何故誰もユウナのメディア出演に釘を刺さないのだ?
何もできぬ自分が悔しくて、アスランの腸は煮えくり返った。
そして、キラ自身のことも――――――――――
(…………キラ、お前は俺に何を隠している?………)
――――――――カガリは2年前から記憶喪失だ――――――――――
――――――――カガリの母上のアキ様は、彼女が物心つく前に他界されている。彼女を育てたのはここにいるマーナだ――――――――――
≪愛人なら認めてやる≫などの暴言を吐く、ユウナの捨て台詞だけなら笑い飛ばせたかもしれない。だが愛しいキラが語った昔話と、TVが伝える『カガリ・ユラ・アスハ』の生い立ちは明らかに違う。
彼女はこの世に生まれ落ちた瞬間からオーブの斎姫で、首長官邸と神殿で大切に守られて暮らしていた。ならアスランと一緒に幼年学校に通える筈がない。
それに2年前から記憶喪失なら、6歳から自分とお隣さんで一緒だったという、彼女の想い出話は何なのだ? 自分とキラの母同士が友人だとも言っていたのに、マスコミの無情な情報が、キラの母……【アキ・ヤマト・アスハ】は彼女が1歳の誕生日を迎える前に亡くなっているとも突きつけた。
自分の信頼を根こそぎ覆しそうなキラの嘘の数々に、自身が崩壊しそうだ。
何かの間違いだと思い込むには証拠は揃いすぎ、ならばキラがなぜ嘘をついたのか、彼女自身の口から理由を聞かねば納まらない。
自分が心許せるのはキラだけだ。彼女がいたからこそ、記憶を全く持たない自分でも、心穏やかにここで暮らせた。
自分だけには隠し事も秘密も無しにして欲しい。
キラが『アスランだけを愛している』って囁き、甘いキスをくれるのなら、この先何があってもキラになら騙されてやれる。
「――――――テレビ・オフ……、アスランさん。あんまり起きてばかりいらっしゃってはお体に触りますよ?」
柔らかな呼びかけに振り向けば、マーナがお茶用の茶器と菓子を満載したワゴンを押しながら、アスランの寝そべるカウチに近づいてきた。壁に掛けられたレトロな柱時計は、13時30分を指している。15時のティータイムにはまだ程遠い時間帯だ。
「さあさあ、こちらの用意が整うまで、少しベッドでお休みください」
彼女は何故こんなに早くから準備をするのだろう?
それに安静を勧めずとも、パジャマのままカウチで横たわるのも、布団を被って寝るのも、あまり変わらないと思う。
「いえ、俺はここで大丈夫ですから」
「いけません、姫さまが心配されます」
腰に手を当て仁王立ちとなり、アスランを見降ろす彼女は、体格が良いだけあって迫力満点である。
このまま駄々をこねれば実力行使に出て担がれるのは必須、いくらコーディネーターのアスランでも、病み上がりに自分より体重のあるご婦人に、怪我を負わせないように格闘するのは辛い。
「……はい……」
しぶしぶと立ち上がった途端、アスランの全身に引きつった痛みが駆け巡った。
目の包帯が取れても、彼の寝巻きの下は手術の縫い傷だらけで、いまだあちこちとガーゼが貼り付けられている。
これは、皮膚移植手術のせいだった。
彼が記憶を失った事故の時全身にできた醜い傷跡を、キラが全部消すように命じたらしい。医者の話では、全治に後2ヶ月はかかるという。
正直、アスランにはうんざりな長さである。
医学が発達し、骨折ですら1週間程度でギプスがとれる現在、自分は一体どんな整形手術を受けたことやら。
まだ目の包帯が取れぬ頃、全身ミイラ男となり、激痛と身体が満足に動かない苛立ちから『女の子じゃあるまいし、こんなに徹底的にやる必要はなかっただろ』とついキラに愚痴った事があったが、『この世で1番愛する人に、痛々しい傷が残るなんて耐えられない!!』と涙混じりに逆拗ねをかまされ、仕方ないと諦めたが、こうも傷の治りが悪いとなると、満身創痍のままでもよかったと後悔する。
大体、キラから直向な愛情を貰い、記憶が無いなりに彼女を愛しく思う自分にとって、目に包帯を巻かれていたとはいえ、術後彼女に体を拭いてもらったり、再び風呂を世話してもらったり等、すっぽんぽんな自分をたっぷり見られた気恥ずかしさは、今でも小さな恨みだ。
アスランは痛む身体を引きずり、キラの執務室に隣接した寝室に向かい、マーナの言いつけ通りにベッドに身を横たえた。
だが、誰が昼間から眠れるのか?
彼はそっと枕元に隠しておいた携帯サイズのTVを取り出すと、布団を頭から被りつつ画面を開いた。
途端彼の手の中の画面は、いきなりこの世で今1番憎い男の顔を映しだした。ユウナがキラらしき少女の肩を抱き寄せ、仲睦まじさをアピールしつつ、首長官邸の中庭を散策している。画面に映せないからキラの姿は見えないが、彼女の華奢な肩に、手を伸ばしてあきらかに触れるユウナが憎くてたまらない。
それでも今、アスランはどんな情報でも欲しかった。
「それから、どうか下品なゴシップに耳を傾けるのはお止めくださいませ」
「うわぁ!!」
目ざとい彼女が1枚上手だったようだ。ぺらりと布団を剥かれ、手首も鷲掴みされ、アスランの小型テレビはそのままマーナの太い腕に強奪された。
「返して下さい。それ、俺がトダカさんに借りたものなんです」
「なら私からお渡しいたします。マスメディアに流れるものの大半は眉唾物、姫様のことなら姫様に直接お聞きになるのが一番です、違いますか?」
彼女の言い分は理に適っているが、実際、キラもマーナも、アスランに彼の失われた過去を教えてくれないではないか。
そう切り替えしたい言葉をぐっと飲み込み、アスランはため息混じりに仰向けになった。
さっきまで彼が横たわっていたカウチに目を走らせれば、マーナは運んできたワゴンから、いそいそとお茶菓子をテーブルに広げ出した。
乾燥しないように透明なカバーの掛けられた、3人分はありそうなサンドイッチやマフィン、スコーン等の軽食や、色とりどりのプチケーキ、綺麗にカットされた国産のフルーツの皿に混じって、さり気無くひっそりと、桃色の餅で餡を包み込んだものに、塩漬けにした葉で包んだ『桜餅』が混じっている。
これはキラの大好物だ。
気づいた途端、現金にも瞬時にアスランの顔は期待に輝いた。
「もしかして、ここにキラが来るんですか?」
ふくよかな女官は振り向きざま、こっくりと頷いた。
「お泊りは無理ですが、時間が許す限りお二人だけでゆっくりとおくつろぎいただく予定です」
だが、こんな嬉しい話を聞けば、興奮して目はますます冴えていく。
「さっさとお休みくださいませ、でなければ先生を呼んで、お尻に太い注射を1本……」
睡眠薬など打たれたら、キラが来たって起きられない。
アスランは脱兎のごとく、布団を頭からひっ被った。
☆彡☆彡
打ち寄せる波飛沫が岩盤を叩く。
年々塩水に侵食を許し、いつかここは海の藻屑と消えるだろう。
そんなとうの昔に廃墟となった神殿跡地に、潮風に晒されて穴がうがかれ、骨のように風化した真っ白な石碑が1本そびえ立っている。
膝まづいたキラは、己の腕に抱え持っていた4本の桜の枝を、そのまま石碑の元に手向け、手の平を合わせて静かに黙祷を捧げた。
その後ろでトダカ一佐も静かに頭を垂れていたが、斎の姫と違い、日頃神に祈る習慣のない彼では5分と持たなくて当然だ。
10分も過ぎ、20分も軽く経過すると、重々しく咳払いを1つ零した彼は、己の着ていた軍服の上着を脱ぐと、キラの背を覆ってくれた。
「春と申しましても海の風はまだ冷えます」
小柄なキラに、勿論トダカの上着は大きすぎた。体をすっぽり包む暖かさと朴訥な彼の気遣いに、キラは感謝に軽く会釈を1つ与えると、名残惜しげに立ち上がった。
「姫様、私は急かしたつもりはありませんが、もし誤解されたのでしたら……」
「ううん、いいんです。僕こそ我侭言ったのに寄り道ですもの。トダカさんに気を使わせてしまって申し訳ないです」
今はどんな笑みを浮かべても、きっと悲しげに見えるのだろう。キラはぼんやりと恐縮しているトダカを眺めながら、口元に無理やり笑みを穿いた。
国が決める結婚を承諾した自分に残された時間は少ない。真っ直ぐ離宮に赴くと思っていた護衛の彼は、さぞかし思案顔だ。
「トダカさん、覚えておいてください。ここにはアスランや僕、それからカガリのクローンが4体分眠っているんです」
「は?」
「正確に言うと脳髄のね、僕らの身体のスペアが悪用されないよう、脳をロボトミーするついでに、意志や記憶を司る箇所を、抉り取って燃やし、ここから海に捨てたそうです。僕らの他に、数え切れない数のクローンの灰がここから海に葬られた………」
「……4人……」
指を折り、数えて首を傾げるトダカに、キラは悲しげに笑みを浮かべた。
「アスランは2体目だったんです。初代のクローンは僕が6歳の時に、今プラントにいる本物のアスランのパーツに使われました。爆破テロで手足を損ねたアスランの為に、彼の母親が僕の育ての母に相談を持ちかけて、【ザラ】に恩を売れるチャンスと養父がウズミ様を説き伏せたんですって。アスハ家は多分、1番クローン技術に長けていたんでしょうね、今はどうだか知りませんが。でもアスランはプラントに帰らなかった」
キラは目を眇めてそっと白い石碑を撫でた。
「勝手に僕の身体を作っちゃってさ、アスランが僕に恋してくれたから、養女に出した僕が急に惜しくなったんでしょうね。アスランが期待通りに『キラ・ヤマト・アスハ』に求婚してくれた時、ウズミ様は読みが当たったって大層喜んだことでしょう。僕は、いざというときにオーブとプラントを結ぶパイプラインになれたんだろうし……、ふふ、最低だ……」
「姫さま、ウズミ様も……いろいろとお辛かったのだと、ご理解いただきたい。あの方に決して人情がない訳ではありません。ただ、父親の前に国父なのです。アスハ家はオーブを統べる家系、下々の者とは責任が異なります」
「僕だって今は税金で食べさせて貰ってる身だからね。でもそんな暮らし、僕は1度だって望んだことなんか無い」
目頭が熱くなり、じんわりと悔し涙が滲んでくる。
「切り刻まれて息絶えるパーツな彼らと僕、一体何の違いがあるんだろうね。意志が持てるだけ幸せとか言わないで。望みが何一つ叶わないのなら、かえって残酷だ」
カガリのスペアとなった瞬間、自由など何も無かった。そして来月にウズミに命じられるまま、ムルタかユウナのどちらかと婚姻を結ばされる。
実父はアスランの自由を『約束』したが、所詮口約束、2年間彼を見てきたキラだから、全く信頼するに値しない。
――――――だから、オーブの国を守りし海神に、斎の姫巫女がここに望む―――――
キラは両手を揃えて合わせると、祈るようにトダカにお辞儀をした。
「トダカさん、僕の身勝手なお願いを、快く引き受けてくださってありがとうございます。彼を……、アスランをくれぐれもお願いしますね」
「かしこまりました」
一佐も神妙に会釈を返したが、朴訥な彼はきっと、キラの心を知るよしもない。
―――――――もしこの男が裏切ったら、八つ裂きにして供物として与えましょう。この先白髪のアスランが息絶えるようなことがあれば、我が身も御身に捧げましょう。そして、全土を全て焦土に変え、オーブを滅ぼし給え―――――――
彼女の呪詛を、海は静かに飲み込んだ。
07.02.06
もう2月、酷いスローペースだ(よよよよよ(><。)。。)
姫キラも沢山謎を抱えてます。捌ききれるのか私(  ̄ ̄∇ ̄ ̄; )
次で白アスと姫キラ合流です。ファイトv
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