★☆ 番外編1 危険な男 ☆★







アスランがガモフのブリッジに呼び出されたのは、プラントに帰還する前日だった。
 メインモニター一杯に映し出された怒れるパトリック・ザラのアップは寒いが、キラと二人っきりの茶会を邪魔されたアスランの機嫌も最悪だ。

《お前を国防委員長の権限で、除隊させることにした》

 元々プラントに戻ったら即、士官学校に入校するつもりだったアスランだ。こんな命令など彼自身にとって何も問題では無いが、親の押し付けがましい言い方に腹が立つ。

「お言葉ですが父上、ザフトは義勇軍、志願兵の集まりです。俺に落ち度が無い限り、辞めるか続けるかは、俺個人の意志が最優先されるべきではありませんか?」
《ほう、『落ち度は無い』か。どの口が言った?》
「その年で健忘症ですか。10秒前の会話を忘れるなんて、かなり重症ですね。どうぞ終戦まで持ちこたえてくださいね。ザフトのために」
《……貴様……》
「『アスラン』です。父上はたった一人しかいない息子の名前すら満足に言えないのですか、情けない」
 モニター越しに睨み合う、親子の会話を強制的に聞かざるをえなかったクルーこそ、ある意味不幸な被害者だったかもしれない。

《お前は政治家を希望していたと思ったが》
「ナチュラルと開戦した今、安寧とプラントに残る訳にはいきません。俺はキラの心の支えですよ。傍に居てやらなきゃ泣いてしまう。あいつがどんなに寂しがり屋なのかは、父上だってよく御存知の筈でしょう?」
《だが、お前をこれ以上軍で野放しにする事はできん》
「何故?」
《胸に手を当てて聞いてみろ。お前、勝手に人事部に圧力をかけただろう?》
「まさか俺が? なぜ?」

アスランは無邪気を装って笑ったが、そんな手管は父には通用しない。

《先日1人自殺未遂が出てな》
「おやおや、軍人ともあろう者が、根性無いですね」
お前に脅されたと遺書をしたためておった》
「濡れ衣ですよ」
《では何故、今回の人事で、ガモフクルーが62人も移動になるのだ?》
「さあ、常識で考えてください。俺は一介の緑です。何の決定権もありませんが」

口元を歪めて笑う、その表情はとても15の少年とは思えない。
今までの1ヶ月、キラとアスランのベタベタな仔犬の戯れぶりを目の当たりに見てきただけに、ゼルマン達は我が目を疑った。

《アスラン》
「はい」
《本日付を持って、お前に除隊を命じる。軍人ならば従え》
「そうですか、ではお礼にいくつか父上の政治的スキャンダルを流しましょう。本物と捏造、どちらかお好きなコースをお選び下さい」

打てば響くようにアスランの言葉は爽やかである。
だが、内容のあまりの寒さに、ブリッジは一気に氷点下だ。

《馬鹿者が、私が失脚すれば、息子であるお前も一蓮托生だぞ》
「父上がそんなしおらしいタマですか。貴方の罪を、身を挺して引き受けてくださる秘書は沢山いるでしょ? ほらそこに」
 途端、パトリックの背後にいた部下達8人の顔は引きつった。
 政治家必殺『私は知らない。それは秘書が勝手にやった事だ』ブロックは最強である。どんな不祥事やスキャンダルも、主の罪を引っかぶって自殺した者に、死人にクチナシと言わんばかりに全責任を被せて己は逃げのびるという、素晴らしい責任転嫁の手法である。

あの息子にしてこの親あり。
政治家は奇麗事だけでは勤まりはしないが、軍のトップがこれでいいのかと、ゼルマン達はますます遠い目になった。

「貴方の腹心達には可哀想ですが、親子関係のケア一つロクにできないガサツな人に、心すり減らす職種は辛いですからね。こんな御時世だし、早々に牧歌的な世界に旅立って、ゆったり隠居生活した方が本人も気分的に楽なんじゃないんですか?」

父を抑えておけない無能などいらないと、アスランの暗に含んだ言葉を読み取ったのだろう。標的が誰になるか判らないロシアンルーレットが発動しそうな気配を感じ、パトリックの背後に居た腹心の部下達は動揺し、ますます緊張も高まった。
画面越しで、怒りで震えるパトリックの広い額は、太い血管が浮かびまくり、今にも針でつつけば盛大に出血しそうだ。

《アスラン、お前は私にまで監視をつけているのか?》
「人聞きの悪い。息子が親を心配して、何が悪いんですか?」
白々しい惚け方が、逆に恐怖である。
《とにかく一端軍を離れて家に戻れ。今のお前をそこに置いておくわけにはいかん》
「何故? 俺が一体何をしたと?」
《証拠はない。綺麗にな。だからお前の仕業だ》

きっぱり言い切るパトリックは、ある意味潔い。だが、息子の育て方はバッチリ疑われただろう。
「失礼ですね父上。憶測で物をおっしゃるなんて」
《一度お前とは、とことん話し合う必要がある。これ以上義勇軍に迷惑をかけられるか! 軍はお前の私物じゃない。息子の暴走を食い止めるのは親である私の責任だ!』
「では明日戻りますから、お話はこれで。失礼します」
《ゼルマン、除隊申請書をそいつに書かせろ! 今直ぐにだ!》
「はっ!」

(ちっ)
のらりくらりと頑張ったが、所詮アスランは15の少年、今回は完全敗北だ。
せめてここがプラントだったらもう少しまともに父と戦えたし、後数ヶ月軍隊に身を置けば、彼の手足となって働く下僕もいくつか作れただろうが、宇宙にぽっかり浮かぶ戦艦内ではどうしようもない。
どのみち明日には自己都合の退役をする筈だったから、結果的には何も問題はないが、例え親にでも負けるのは大層悔しい。
 
 筆記具と除隊申請書類を突きつけられたが、言われたとおりに名前を書いて提出するのは単なる馬鹿だ。彼は早速新たに交渉すべく、用紙だけ受け取り、ぴらぴら振って、これ見よがしに弄ぶ。
「では父上、この代償に何をくれますか? 俺をキラの傍から引き離すのなら、生半可な地位では納得しませんよ」
 時が経てば経つほど、アスランが根っこを張り巡らすように、密やかに支配網を作ると判っているからこそ、パトリックも嫌な汗を額に浮かべる。
 ブリッジのクルー達も、藍色の優しげな面構えの御曹司が、可愛げが無い子供を通り越し、とんでもない悪魔だと知った今、固唾を呑んで成り行きを見守っている。
 このまま彼を放置すれば、ガモフはいずれ彼に乗っ取られてしまうかもしれない。
 嫌、通信の冒頭で、パトリックが62人もクルーが移動すると言っていたではないか。

…………もう、手遅れなのかもしれない………

《何が欲しいのだ?》
「国防委員長の第二秘書の肩書き」

第一秘書だと、パトリックの代理等、それなりに仕事が回ってきて大層忙しい。だが、第二秘書なら自分が表に立つ機会はなく、国防委員長の権力も欲しいままに使え、かつ不始末を起こしても父とその部下に責任転嫁できる等、アスランの勝手な解釈に照らし合わせても最高のポジションである。

《駄目だ》
「では今日3人程、後ろの方々はあの世ですね」
《アスラン!!》
「それか、俺をこのままキラの横で軍人に♪」

「かえれぇぇぇぇぇぇ!!」
「馬鹿、聞こえるぞ!!」


赤毛の総舵手が小声で漏らした叫びは、きっとここにいるクルー全員の総意だろう。
(あいつ、マーチン・ダコスタだっけ)
後できっちり飛ばさねばと、アスランは己の頭に叩き込んだ弱み情報をフル回転で検索する。

《……判った。プラント到着後、私の執務室に来るように……》
「では、除隊書類はその時でいいですね。それではキラが待っていますので、俺は失礼します」

アスランは踵を返して数歩歩くと、まるで舞台俳優のようにゆうるりと振り返り、注目を集めたクルー達に、毒々しい笑みを披露した。

「そう言えば父上、今の会話は勿論、軍事機密扱いで宜しかったですね?」
《……ああ、ザラ家の恥を晒す訳にはいかん……》
 違反すれば即日逮捕で、秘密裏に軍事裁判を受けた上、最悪銃殺刑である。軍人たるもの、こんな親子喧嘩のとばっちりで、人生を終えるぐらいなら、戦場で華々しく散りたいと思うのは当たり前。
 効果的に口止めを終えれば、もうこんな所に用はない。
 アスランは目的以上の収穫にホクホクしながら、足取りも軽くブリッジを退出した。

……のだが。

「……アスのハゲ……、遅い……」

スライドした扉のすぐ向こうでは、どんよりと悲壮な雰囲気を漂わせ、白い髪したまん丸な物体が、手足を丸めてフヨフヨ浮いている。
いつものキラと違う反応の鈍さに、アスランの背筋が瞬く間に凍りついた。
(……もしかして、俺、今の聞かれてた?……)

 彼はこくりと息を呑み、ゆっくりと身を廊下に移動し、ブリッジに続く扉をきっちりと締めた。

「……キ、キラ、ここで何しているの?……」
「んー、アスが中々帰ってこなかったから寂しくて迎えに来たの。何かあったのかな〜? って心配だったし」
 そして、気まずそうに彼女は視線を反らした。
「それにイザークがね、明日プラントに着いたらガモフ降りるって挨拶に来たの。士官学校に入学して、パイロットになるからって。アスランは……ここに残るよね?」

今にも泣き出してしまいそうなキラに、アスランは別の意味で溜息をつく。

「アスランは降りないよね? ずっと僕の傍に居てくれるよね?」
アスランは観念してキラの頭を軽く撫でた。
「ごめん、俺も一端除隊だ。どうしても赤服が欲しいんだ」
みるみるうちに、キラのアメジストの瞳に涙が溜まった。
「駄目、いっちゃ嫌だ……、嫌だよアスラン……!!」
キラが勢い良く抱きついてきて、えくえくすすり泣きながら、ぎゅっと胸にしがみつく。
 白くほわほわの髪を掻き撫でながら、あやすように頬にキスを落としても、彼女の涙は全く止まらない。
「キラ、泣かないで」
「ふぅ…くっ、嫌だよ……、パイロットは絶対駄目……」
ずしりと己の腕にかかる甘い重みが愛しい。彼女から向けられる真っ直ぐな信頼がアスランの喜びだ。
だが、いくら大切なキラの願いでも、自分がいつまでも緑の軍服で居続けるのは困るのだ。

父の秘書になりたかったのは過去の話だ。
地球軍と開戦した今、一般大衆の知名度と好感度を更に上げるには、『政治家の父を助ける息子』では駄目なのだ。
キラの組織する『アマルフィ隊』でナチュラルと戦うのが一番で、その職種も華々しいモビルスーツのパイロットでなければ意味が無い。
それに士官学校入寮前に、機械工学のカレッジに戻り、子飼いの教授用にジェネシスのデーターも手配しなければならない。
 惑星探査用のシャトルエンジンが、どんな兵器に転用されたのかは知る由はないが、キラの世界では、発射されれば地球上の生命全てを滅ぼせた程の最終兵器だ。研究次第で有効な武器になるのは確実ならば、アスランが出資するに相応しい。
 こんな裏の顔なんて、勿論キラは知らない。

「会えない時間は辛いけど、俺は直ぐに戻ってくるから。士官学校に行って、きちんと戦い方を学んで、ちゃんとキラの事を守れる男になって帰ってくる。だからここで俺を待ってて、ね」

キラは幼子が嫌々するように、激しく首を横に振った。

「俺、頑張って必ず赤服取って戻ってくるから。キラ、ちゃんと俺の居場所をここに残しておいて」
「来なくていい」
「キラ?」
「パイロットなアスランは要らない。君は僕が守る!! だからいっちゃ嫌!! 僕を1人にしないで!!」

泣きじゃくりながらキラはがっしりと腕を掴み、駄々っ子のように首を激しく横に振る。
アスランの心はほっこりと暖かくなった。

「きぃ〜ら、何処にいても、俺達はずっと1番の親友だろ?」
「……うん……」
「なら、俺だってお前を守りたいって気持ち、判ってくれるだろ?」
「……やだ……」

 ぷっくりハムスターのように頬を膨らませる彼女に破顔した。
 本当に、なんてキラは素直で可愛いのだろ?
この子と一緒にいる時だけ、自分は昔の清い頃のままでいられる。

誰一人、自分とこのキラの間に割り込む存在なんて、許さない。この子が愛した『アスラン』以外の男になど、誰にもこの自分の愛しい宝物は渡さない。

(ずっと俺の手に届く所にいて。お前だけは、このまま何も気づかず子供のままで)


――――――――キラはずっと俺のもの――――――――

一度口に含んだ甘い関係はもう手放せない。





Fin.

07.05.11




『君のいない世界で 2巻』の番外編1です。素直で純朴な白アスランと対照的に、黒アスランは見ての通り真っ黒君です。
試し読みという事で ( ̄― ̄)θ☆( ++) 


07.05.12書き直し( ̄― ̄)θ☆( ++)  これが決定稿です。

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