.約束破りにご用心 1







「ふみぃぃぃぃぃ!」


キラが丁度、軍服から本日着ていた私服に着替え終わった時、ミゲルが戻ってきた。
だが、何故いきなり首根っこを引っ掴まれねばならないのだろう?

「僕、猫じゃないよ?」
「逃亡防止だ。今日のお前に信用あると思う? 帰りたかったら出すもの寄越せ」
「はい」

書き上げた始末書4枚を、両手で恭しく差し出せば、生真面目な副官は、早速間違い探しに勤しみだす。
もし『書き直し』を命じられれば、一緒に夕飯を食べに行く約束の、レノアとアスランを益々待たせてしまうだろう。
固唾を呑みつつ結果を待って5分後、ミゲルは蜂蜜色の短い髪を揺らし、満足げに首を縦に振った。

「よし、提出して帰るか」
「やったぁ♪」
「んじゃ、イイ子で頑張ったご褒美やるぜ♪」

ぴらりと差し出されたのは一枚の命令書、途端キラの眉間に皺が寄る。
「……いらない……」

折角明日からお休みなのに、仕事を抱えたら安心して遊べない。
じわっと涙目になって見上げれば、ミゲルは笑いを噛み殺しつつ、くしゃくしゃと白い髪を撫でてくれた。

「よく読んでみろよ」

命令書には、キラに2週間休暇を与えると書かれていた。
資源の少ないプラントなのに、言伝で済む事でも、一々書面に起こす所が軍隊らしい。
明日からZAFTは、本格的に地球降下作戦の準備に入り、軍隊の大規模な再編に踏み切るそうだ。
そのお蔭で、キラ達ガモフの皆にも纏まったお休みが貰えたのだが、4月以降は地球に派遣される可能性が高い。

もし、キラが知る歴史通りなら、【第一次ヴィクトリア降下作戦】はザフトの敗北で終わる筈。
世界樹の圧勝で今のプラントには勢いがあるが、自分の知る未来と同じ道を辿るなら、仲間は全滅する。
なんせ現状、表立ってプラントを支援する国は無く、降下した部隊が宇宙に戻る為のマスドライバーも無い。敗退した場合、撤退する場がなければ、市囲に紛れるか投降しか選択が無くなる。

その失敗を踏まえ、48時間で基地を組み立てるという荒業をこなし、成功したのがカーペンタリアである。
キラが知る歴史を、この世界の皆に教えるのは、ここの未来を無理矢理捻じ曲げる行為に当たる。けれど、黙って多くの犠牲者を出すのはもっと嫌だ。
休暇中に一度、養父とじっくり話し合う時間を取った方がいいのかもしれない。

「でさ隊長、明日の晩予定空いてる?」

突然のお誘いに、途端キラの背後に立っていたアスランの目がギンギンに光り、何故かレノアの耳までダンボになる。
どす黒いオーラを撒き散らし始める母子に動じず、ミゲルはぴらりと細長い紙切れを差し出した。

【ミゲル・アイマン シークレットライブ CE70】

「急遽取った小さいホールだからさ、観客は2000人ぐらいしか入らないけど、一応発売10分でSOULD OUTしたプレミアムチケットだぜ。地球に降りるまで、なるべく沢山歌っておきたいと思ってさ」

しかもアリーナ1列目なんて、抜群に良い席だ。
マイク片手にシャウトしているミゲルの姿が、赤と黒の二色で刷られている。

世界樹でキラを支え、今回アマルフィ隊副隊長に大抜擢された【ミゲル・アイマン】の名と音楽は、【白きアテナ】ブームにきっちり乗っかり、今プラントで大ブレイク中である。
キラも元々ハードロックは大好きだったが、彼の歌は戦艦の中でディスクを借りて以来、一発で気に入り、借りたアルバム全曲とDVD全てをパソコンに取り込んでしまったぐらい、贔屓目抜きのファンだ。

「行く行く行く〜♪ ミゲルのライブ最高だもん♪ 生声は艶っぽくて腰の辺りがぞくぞくくるし、サウンドも迫力あって踊りまくれるし、派手な衣装もパフォーマンスも凄く似合ってて、とにかくミゲルの歌は全部好き♪」
「そーかそーか、隊長ってばマジ可愛い奴♪」

目をキラキラさせ純粋な賞賛を浴びせられれば、嘘のない彼女にミゲルは益々御満悦だ。
反対にザラ母子の全身から、ますますどす黒い怨嗟や嫉妬のオーラが吹き荒れる。

「ほれ心配するなってアスラン、お前の席は隊長の隣だ。一応イザークとディアッカとニコルにもさっき渡してあるから一緒に来い。奴ら士官学校生も、ちょいと小細工すれば寮から抜け出せるし、それにキラ達だけ誘って弟省けじゃ、俺、将来腹黒綿飴頭に何されるかわかんないし」
「もう、ミゲルってば絶対ニコルの事誤解している。彼は本当に素直なイイ子だよ」
「はいはい」
「それじゃ、僕、今日皆に迷惑かけたお詫びに、夕御飯奢るね♪」
「あ、それは別の日にしてくれ。お前ら全員打ち上げのメンバーにも入っているんだよ。ステージ終わったらさ、必ず楽屋に来てくれよな」
「はーい」
「それから、キラにはこれ宿題」
「え?」

手にずしりと重い、厚いオレンジのA4サイズのファイルを渡される。

「アマルフィ隊の【新メンバー候補リスト】だ。一応60人いるからさ、引き抜きたいMSパイロットを選んで、人事部に連絡頼む」

ぱらぱらと捲ると、貼り付けてある顔写真は、見事に赤服を着た人しか居ない。

「副隊長として進言するなら、本気で20人は欲しい。けど個人的な本音を言うなら、5人ぐらいで終わって貰いたいかな」
「え、なんで?」
「だって俺緑だろ? あんまり優秀な奴らを欲張って入れられると、今度の移動で俺が追い出されちまう。それに半年後にイザーク達呼ぶんだろ? 大量にメンバー抱えているのにさ、新人の赤くれって言っても、人事部に却下食らう可能性が高いじゃん。まぁその辺は隊長の駆け引き次第だから、しっかり考えてくれよな」

再びアスランの目もギンギンに光りだす。

「キラ、俺も協力するよ。根回しなら得意だ。伊達に国防委員長の第二秘書になった訳じゃない」

親切面した申し出だが、雰囲気と笑顔が寒い。
自分もアマルフィ隊に入る予定なので、席が無くなるかもしれない危機に、警戒しているのが丸わかりだ。

「ううう、もう面倒臭いなぁ。僕、オロールさんに戻って来て貰いたいんだけど」
「無理。だってあいつ、クルーゼ隊に移動になったばかりじゃん。仮にアスランに頼んで呼び戻すにしてもさ、最低でも半年は経ってないと、人事部の面子潰すぜ」
「ううう、判った。後やっとく」
「本当に頼むぜ。お前嫌な事は、トコトン後回しにする悪癖あるし。俺も休みに入るから、2週間フォローできないんだぜ」
「うううううう」

信用をゼロにしたのは自分だが、ミゲルの信頼を損ねたのは痛い。
キラはがっくり肩を落とし、机の引き出しを開け、重いファイルを入れられるような袋を探した。

そんな最中、電源を落とし忘れていたパソコンに、新着メールが届いていた事に気付いた。
緊急の用事なら大変だ。
直ぐに確認してみれば、それは昼間自分が散々迷惑をかけた、レイからだった。

『こんばんはレイです。23日の10時、ディッセンベルシティの中央公園の噴水前で会えますか?』

早速お誘いをくれたようだ。
明後日なら、まだ何も予定はない。
キラはアスランに見つからない内に、いそいそポーカーフェイスでOKの返事を入力する。

『判りました、楽しみに待ってますね♪ 今から出かけるので慌しくてごめんなさい。明日から暫く休日なので、パソコンはあまり開かないかもしれないので、今後は携帯にメール貰えると嬉しいです byキラ』

さくっとメールを出し、何食わぬ顔のままパソコンを片付け、ファイルを布製の鞄に突っ込み、肩にかけて立ち上がる。

「じゃミゲル、明日頑張ってね♪」
「おう、絶対来いよ。最前列に空席なんてあったらさ、いくら俺でもメッチャ凹む」
「任して、僕引きずってでも皆を連れていくから♪♪」
「約束だからな」
「うん♪」

何度も念押しする副官に、ちみちぃ手をぱたぱたと振って別れた後、彼女はレノアとアスランと3人で、幸せにお祝いディナーを食べに出かけたのだ。


そしてその翌日の朝。


長期休暇の初日から、親しくなった皆と遊びに行けるなんて、幸先が良い。
キラは貰ったチケットを大切に握り締め、さてどんな服着て出かけようかとクローゼットを開いた瞬間、満面の笑みを浮かべた養母と、そのお付のメイド軍団に捕まった。

「やっぱり、女の子は飾りがいがあっていいわ♪」

張り切るロミナがチョイスしたのは、白の3段切り替えのゴスロリレースドレスだった。
しかも背中に、30センチぐらいの真っ白な翼が縫い付けてある。
同色の編み上げ紐ブーツを履かされ、瞳に合わせた紫の十字架のアクセを首にかけ、小さな薔薇のコサージュをドレスに散らし、光沢のある黒の細いリボンで色を引き締める、

どうやら、今日のコンセプトは【堕天使】らしい。

ミゲルがくれたチケットの写真から、瞬時に雰囲気を掴み取る腕は流石だと感心するが、今から昨夜のお詫びを兼ねて、皆と昼食を食べに行くのに、街中でこの格好では仮装である。


「今日も凄い姿だな、良く似合ってる」
「アスラン♪」

着付けが終わり解放された直後、到着したばかりの幼馴染を見つけ、キラは満面に笑みを浮かべて駆け寄ると、ぱふっと良い音を立てて抱きついた。

「おはよ〜のハゲ!! ぎゃー!!」

途端、広い額にくっきり青筋浮かべた彼は、両手で握り拳をつくり、キラのこめかみをぐりぐりと抉りだす。
「間違えたの、ハゲじゃなくてハグ!!…わーん!!」

たて続けに、ほっぺたぷにぷにの刑に処せられ、キラは涙目だ。
「あひあひあひぃぃぃぃ」
じゃれあう2人は、今日も抜群に仲が良い。

「やるなぁ姫、連呼するあたりが確信犯?」
「いいえ、キラ姉様に限ってはありません、天然ボケです」
「そう、キラ嬢は素直だからな」

苦笑しつつ、己のティーカップを持つために視線をテーブルに戻したイザークは、目を見張った。
固まった幼馴染に気づいたディアッカも、同じくテーブルに目を落とし、小さく噴出した。

「お前は絶対確信犯だな」

メイドが運んできたキラお手製のラズベリータルトを、ニコルはイザークの分を、間違えたふりしてせっせと腹に詰めているのだ。
イザークは普段甘い物はあまり口にしないが、爆裂片想い中のキラの手作りとなれば別だろう。

「……き、貴様ぁぁぁ……」

イザークの怒りの形相に動じず、ニコルは平然と全部平らげ終わると、怒りでぷるぷる震えだす彼に、にやっと含み笑った。

「わ〜んキラ姉さま、僕、イザークに襲われちゃいますぅぅぅ!!」
「え!?」

途端、目をギンギンにきつく吊り上げたキラが、ぱたぱたと靴音高く駆け寄ってくる。

「イザーク、僕の弟に手を出したら、いくら友達でも絶交だからね」

碧の髪の少年の頭をきゅっと抱きしめつつ、大きなアメジストの瞳がじんわり滲む。
必死に訴えられなくても、誰がこんな腹黒な男を襲うか。

一昨日、イザークが士官学校でキラに勢いで求婚した時、何故かその相手がアスランに摩り替わり、自分はキラにホモだと勘違いされた。
誤解を解こうにも、この思い込みの激しい頑固者は、人の話を聞かないまま今日まで至るのだ。

「大丈夫、イザークには俺達で、ミゲルを紹介すると決めただろ?」

優しい振りをして、キラに修復不可能な程、イザークがホモだと刷り込んだのは、アスラン・ザラ……こいつだ。

「そうですよ姉さま、プリティな僕をそんなに心配して下さるのなら、今日はずっと僕の防波堤でいてくださいね」
「勿論♪ 僕、ニコルのこと大好きだもん。君は絶対に危ない目になんかあわせない。僕がず〜っと君を守るんだから」

ニコルに抱きつくキラの顔が、愁眉にゆがむ。
抱きしめてすりすりする顔は今にも泣き出しそうだ。

あちらの世界の彼は、たった15歳でキラが殺してしまった。
そんな事情を皆知らないから、キラのニコルへの接し方は激甘で、猫可愛がりな姿に、アスランもちょっと面白くない。

「キラ、お前の一番は誰?」
「アスラン」

ニコルを抱きしめながらあっさり答えた途端、デコッパゲの顔も面白いぐらいデレデレと緩みだす。

彼も、キラの一番は自分でないと気が済まない狭量な男だ。
例え義弟でも、ここで【ニコル】と冗談でもほざこうものなら、八つ当たりの嫉妬で彼の命は風前の灯だった筈。

「……キラ嬢、俺は本当に男色家ではないんだ……」
「お前、ホントにアスランとニコルの玩具にされているよなぁ、可哀想に……ぐはぁ!!」
「貴様の同情などいらん」

ボディブローが炸裂した途端、ディアッカの頭がテーブルに沈む。

その時ぴろろんっと軽快に、キラの携帯が鳴った。
休みでも軍属の為、何時仕事が入ってもおかしくない。
キラは軍からの緊急連絡かもと怯えつつ、ニコルの体を離し、涙目になりつつ、鞄から携帯を取り出して開いた。


「あれ、レイ君だ……、明日の事かな…?」


ぺろりと零した独り言で、式典で優しくしてくれた少年と、明日会う約束をしていると推測したのだろう
途端勘の良い3人の目が吊り上がり、耳がダンボになる。

だが、携帯を弄っていたキラは、すうっと血の気が引いた。

『待ち合わせは、10時で良かったのですよね? いらっしゃらないので、何か事故にあわれたのかと心配です』

デジタル表示の時計を見れば、現在時刻は10時半。
キラは錆びた人形のように、ギギギギ…と首を回し、振り返ってニコルを見上げる。

「えーっと、今日は何日だっけ?」
「23日ですよ、姉さま」
「う、嘘!?」

しつこく、銀髪の友人を見上げてみる。

「イザーク、今日は何日だっけ?」
「23日だが」

「姫さん、昨日の式典が22日だったろ? 来年から、プラントの建国記念日で祝日になるじゃん、聞いてない?」
「えええええ、そうなのぉぉぉぉ!! 」

ディアッカ兄さんの駄目出しに、キラはとうとう観念した。
忙しさのあまり、日付を間違えたキラはアホだ。
自分を責めても重なった約束が綺麗に無くなる筈もなく、どうしようかとますます青ざめる。

「キラ嬢、何かあったのか?」
「さっさと吐け」

友人と弟に囲まれたまま、アスランに冷たく見下ろされれば、蛇に睨まれた蛙である。
アワアワしたけれど、もう逃げられなかった。

「昨日会ったレイ君にね、お礼する約束したの。でも、僕明日と今日を勘違いして、ダブルブッキングしちゃったみたいで……」
「断れ」

瞬時にアスランの命令が炸裂した。
この世界で、彼女が一番大事なのは自分だと自負する男の鋭い一言に、キラは涙目で頭を抱える。

「今日の予定だが、詳細を決めよう」

アスランの頭の中では、この話は済んだも同然なのだろう。
涼しい顔でテーブルに着くと、自分の分のキラお手製のタルトを頬張りだす。

だが、キラにだって譲れない事情がある。
元の世界で見た、あのメンデルでの悪夢だ。
ユーレン・ヒビキの犯した罪と、自分の出生、そして資金欲しさに作られ、捨てられたクローン……ラウ・ル・クルーゼの怨嗟。
世界を滅ぼしかねない男の歪みは、あの地で生まれた。この世界までクルーゼの嘆きが蝕む前に、何としてでも救いを探したい。

レイは調べる足がかりとなる、貴重な存在である。

初っ端で、簡単に切れていい関係じゃない。
でも、今アスランに詳細を言う訳にはいかないから。

テーブルで和やかに今後の予定を相談する4人に背を向け、キラは少し離れた場所で携帯のボタンを押した。
勿論、アスランに命じられたように、レイに断りの電話を入れる為でなく、『今から急いで行きます』という謝罪メールと、無人エレカを一台手配する為に。


08.04.15




5/18に発行する『君のいない世界で』の3巻に書き下ろした、番外編になります。
とても長いので、サイトでは前半部分のみ掲載となりました。

中途半端で申し訳ございませんが、御了承下さいませm(__)m

(イザークが士官学校でキラに勢いで求婚した事件は、2巻で書き下ろした『可愛い男と悲惨な男』のお話になります)

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