約束破りにご用心 2







「ホールの駐車場だが、ミゲルが一台分確保してくれている」
「気が利かないな」
「ですね。僕達5人だし、姉さまは助手席確定だから、後部座席に男3人なんて、狭苦しすぎます」
「折角の好意につべこべ言うなよ。誰が車を出す? ジャンケンで決めようぜ」

とディアッカが提案すれば、アスランを含めた3人が、問答無用で彼を指差す。

「……お前らって、そういう奴だよな……」

項垂れても、誰も同情してくれない。
この4メンバーでは、ディアッカがパシリ確定らしい。

「そう言えば2人とも、結局休み中は自宅に帰らないんだろう? 寮の門限はいいのか?」

ライブは18時半からスタートで、その後打ち上げにも呼ばれている。
だが士官学校生は17時までに戻らねばならず、彼らは既に軍属扱いだから、規則を破れば罰則が科せられる。

「問題ない。ミゲルが取っておきの方法を教えてくれた」
「今日の舎監、フレッドっていうナイフの教官なんだけど、前もって賄賂に酒渡しておけば、お目零しして貰えるんだとさ。イザークが持ち込んでた地球産の銘酒1瓶で話がついた」

時間に余裕があるなら、心おきなく遊べるだろう。

「じゃあ、後はアスランとイザークの服ですね」
「だよな。お前達さ、まだ緑の軍服着て来た方がマシだぜ?」
「そうなのか?」
「俺の何が問題だ?」
「だってミゲル・アイマンのライブだぜ。最前列でそれじゃ、逆の意味で悪目立ちだぞ」

小首を傾げたアスランのいでたちは、ニコルのピアノコンサートを聴きに行った時に使用した、黒の正装姿だ。イザークも落ち着いた灰青色のスーツだから、似たようなものだろう。
ニコルとディアッカは、それぞれジーンズにカジュアルなシャツを着、シルバーアクセサリーを適当に首や手首に引っ掛けている。
そう言えばキラも奇抜な格好していたし、3人と比較すれば、間違いなく自分は浮いていた。

「昼食食ってもさ、ライブまで時間余裕であるだろ? アスランとイザークの服を見繕いつつ、ディッセンベル市を知らない姫さんにさ、街を案内するんでいいんじゃない?」
「18時に入場ですし、妥当ですね」
「じゃあキラ、それでいいか?」

そう振り返ったアスランだが、部屋隅で携帯を弄くっていた筈の少女が消えていた。

「あれ、キラ?」
「姉さま?」
「キラ嬢?」
「おーい姫さん、拗ねたのか?……って、なぁあれ姫さんじゃねーの?」

ディアッカが指した窓を見れば、アマルフィ家の正門真正面に、無人エレカが停まっている。
其処に向かって背中に白い作り物の翼を生やした馬鹿が一匹、俯いてこそこそと駆け寄っていく。

「おいキラ、どういうつもりだ!!」

窓を乗り越え、ダッシュで外に駆け出したアスランを見つけ、キラが慌ててエレカに滑り込んだ。
後一歩で追いつきそうだった彼の目の前で、無情にも思い切り扉が閉まる。

「キラ!!」

拳を丸めて窓を叩いても、内側から鍵がかけられれば開く筈がない。
キラはぱちんと両手を合わせ、目を瞑って何度も頭を下げている。
そして無人エレカは緩やかに走り去り、置いていかれたアスラン以下4人の男達は唖然と見送るしかなかった。

「今、…一体何が起こったんですか……?」

ニコルの呟きは御尤も。
大体、今日はキラが『昨日のお詫びに昼食を奢るね♪』と誘ったから、皆は態々昼前に集まったのだ。
なのに呼んだ張本人が出かけてしまうなんて、酷すぎる約束破りだ。

「キラァァァ、お前一体何を考えてる!!」

アスランは早速、目を吊り上げて携帯越しに叫んだ。
≪ゴメン、僕どうしてもレイと会わなきゃいけないの!!≫
「俺は断れと言った、お前の一番は俺だろう!!」

他の男の元に走るなんて、許せない。
受話器を握り締める腕が、怒りのあまりに震えてくる。

≪そうだよ、でもレイもどうしても僕に必要な子なの。18時にライブ会場に直接行くから、皆にゴメンって謝っておいて!!≫

「お前、本気であの変態とデートするつもりか!?」
≪酷い事言わないで。素直ないい子じゃない≫
「初対面で、四時間以上も赤の他人に膝を貸すような男、変質者と言わずなんと言う?」
≪兎に角、このお詫びは後日お酒でも何でも奢るから勘弁して。じゃあ、また後で!!≫
「キラァァァァァ!!」

アスランの絶叫は、半ばで回線をぷつりと切られた。
その後何度コールしても、電源元から遮断された為にかからない。
ディアッカが、にまにまと陽気に口笛を吹く。


「やるねぇ姫、昨日引っ掛けて今日デート? おぅわ!」
凶悪な形相に変わったニコルとイザークが、即座に制裁鉄拳をディアッカに贈る。
「キラ嬢、男は皆狼なのだぞ」
「姉さま、父さまと母さまは御存知なんですか?」
「まあ姫だってお年頃だしさ、そいつも綺麗な美少年だったし、一目惚れかも……ぐは!!」

イザークの八つ当たりでボディブローが決まり、懲りないディアッカは哀れにも地面に沈んだ。
その背を更に靴で踏みにじる、アスランの相貌も般若となった。

自分とお出かけの約束をしておきながら、ぽっと昨日会ったばかりの男を選びやがったキラに、彼のプライドはズタズタだ。
それに最高評議会議員の子息は、常日頃、何事に置いても自分達が最優先されてきた為、我慢を知らない。
こんな風に、コケにされたまま終われる訳がない。
それが最愛のキラなら、尚更だ。

「絶対、キラを連れ戻す」
「当たり前だ」
「同感です」

ディアッカを除いた3人の心は、今一つになった。

「お前ら落ち着け。姫はミゲルのライブ時には合流するって言ってるじゃん。穏便にいこうぜ、な?」

宥め役に徹したディアッカは、その甲斐も無く、即座に自分のエレカの運転席に蹴り入れられた。
助手席はイザークが座り、後部座席を陣取ったアスランとニコルは、いつの間にか追跡機能のついた緑のミニハロを片手に、スタンバイOKである。

「「「追(いますよ)うぞ、ディアッカ!!」」
「ひええええええええええ!!」

アスラン、ニコル、イザークのどす黒い殺気に、逆らえば我が身が危ない。
哀れなディアッカに、成す術はなかった。



☆☆☆



レイと待ち合わせたのは、昨日キラが逃走した折に見つけた、ディッセンベル市の街中にある大きな丸い噴水前だった。
3キロ四方に広がる公園は、遊歩道もありちょっとした森林も楽しめ、市民の憩いの場となっている。
その調度中央に直径8メートルの噴水があり、水飛沫が降り注ぐ白い石畳に沢山の鳩が闊歩し、訪れた人達の後を付いて回り、蒔かれた餌を嬉々として啄んでいた。

レイは噴水の縁にちょっこり腰を降ろし、足元に集まる鳩に、黙々とポップコーンを撒き与えていた。

「レイ君、遅くなって本当にゴメン!!」

キラが全速力で駆け寄った途端、無表情だった顔に笑みが浮かぶ。

「問題ない、俺は気にしてない」

50分も遅刻したのに、一言も責めないどころか笑顔でお出迎えなんて、この子は何て優しいんだろう。
キラの胸までほっこりと和んでくる。

慌しく駆け寄ったキラのせいで、一端逃げ出した鳩が、また餌を強請りに彼の元に戻ってきた。
レイはちょっこり小首を傾げ、きょろきょろと周囲を見回した後、上目遣いでキラを見上げた。

「後少しで終わる。彼らも期待しているし、撒ききっていいか?」
「勿論だよ」

レイの横に腰を降ろせば、彼はポップコーン袋に手を入れ、キラに一掴み寄越した。

「鳩は好きなの?」
「ああ。仕種が愛らしい物は、皆好きだ」

少年なのに、彼は穏やかで落ち着いた物の言い方をする。
待ちきれず、直接彼の手首に停まって、手の平から直接ポップッコーンを啄む鳩を、彼は目を細めて頭を撫でた。

(生き物が好きなら、動物園でもいいかも)

ここ一月殺伐とした毎日を送ってきたし、可愛い動物をゆったり見て、心癒される一日もいいかもしれない。

「じゃあ僕、昨日のお詫びに動物園のチケットを奢るね、行き先は其処でいい?」
「ああ」

2人がかりで餌をやれば、あっと言う間に菓子袋は空になった。
両手が、油と塩でベタベタになっていて気持ちが悪い。
洗う場所はないかと、今度はキラが周囲を見回せば、レイがポケットタイプのウエットティッシュを差し出した。
気配り抜群な彼に、キラは益々感心する。

「レイ君って凄いね」

少年のほっぺは、またもや瞬時に唐辛子色だ。
あまり褒められ慣れていないのか、直ぐに照れる彼が可愛くて、思わず抱きしめたくなる。
一枚貰って手を拭きつつ、キラはふと小首を傾げた。

「そう言えば、ディッセンベルシティに動物園ってあったけ? レイ君判る?」
「……少し待て……」

彼は立ち上がるとキラを残し、ダッシュでツツジと桜が植わっている遊歩道へと走って行った。
暫くして戻ってきた彼は、手にメモを握っている。
どうやら、わざわざ誰かに聞いて来てくれたらしい。

「『この公園の施設内に、小動物と触れ合える無料の施設がある。きちんとした動物園に行くのなら、シャトルに乗ってユニウス市まで行くのが確実だが、往復で5時間かかる。残念ながら、今日は諦めた方がいいと思う』そうだ」

「うん、ありがとう。 じゃあ、其処に行ってみようか♪」

キラが立ち上がった途端、レイが手を絡めてきた。

(え?)

かと思うと、腕に手を回したり、肩に手を置いてみたり……と、ふらふらと彷徨いだす。
厭らしさは全く感じないが、無表情で延々と体を触られれば、キラだって戸惑ってしまう。

「あの、レイ君……、君、一体何してるのかなぁ?」
「自分の手を、どの位置に持っていったらいいのか判らない」
「はぁ?」

(僕も、君が言っている意味が判りません)

「仕方が無い、少し待ってってくれ」

彼は踵を返すと、再びてけてけと先程の遊歩道へと走って行ってしまった。
そして暫くすると戻ってきたが、今度はキラの手首を取ったが、再びこくりと小首を傾げる。

レイが再び途方に暮れた目で遊歩道を振り返る。
釣られてキラも視線を向けた途端、背筋に寒気が走った。


「ぎゃあああああああああ!!」

悲鳴をあげレイの体にしがみつくと、彼も慌ててキラを抱きしめてくれた。
桜の太い木の陰に体を隠しつつ、自分の両手を硬く握り締めて空に高々と上げ、ぶんぶん腕を振り回す仮面は、紛れもなくラウ・ル・クルーゼだ。


「ねえ、何で彼、あんな所で体操しているの!?」
「『嫌、私の事は気にしないでくれたまえ』と言っている」
「無理だぁぁぁ!!」

見つかった途端、手を振って木の太い幹にすっぽり隠れた白いスーツ姿の怪しい仮面に、キラの目にじわりと涙が滲む。

「ラウ、この場合どうしたらいい? これでは手が繋げない」

キラにしがみつかれたまま途方に暮れたレイは、当たり前のように、大声で兄に助言を求めている。

どうやら彼がさっきから桜並木に走っていったのは、一々兄に確認を取っていたかららしい。
ラウは、遠くから再び己の手を組み、一生懸命ぶんぶん振り回してゼスチャーしている。

きっと体操ではなく、ボディランゲージ。
【こうやって手を繋げ】と頑張っているつもりのようだ。

「どうしてクルーゼさんがあそこにいるの?」
「俺の初めてのデートだから、1人だと心細かろうと心配で付いてきてくれたのだ」
「はぁ?」
「兄も休みだから丁度いいと言って」

過保護?

「ねえお母さん、あそこに変な仮面がいるよ」
「しっ。見ちゃいけません」

足早に遠ざかる、散歩中の母子が寒い。
(今のって、絶対クルーゼさんの事だよね)

相変わらず必死で体を捻って、大きく腕を振り回す怪しいスーツ姿の仮面に、周囲が遠巻きに眺めている。
怖がっていたキラですら、異様で可笑しすぎる光景にとうとう噴出してしまった。


「クルーゼさんって優しいんだね」
「俺の自慢の兄だ。今日も俺は貴方にすっぽかされたと思っていた。泣いていたらメールを送ってみろと助言してくれたのも、ラウだ」

男の子が、すんなりと人前で泣いていたと告白するのもびっくりだが、はにかみながら嬉しげに兄を語る、レイは穏やかなままだった。
確かにレイの目を覗き込むと、ほんのり浮腫み、赤くなっている。
だから余計に申し訳ない。

「ゴメンね、本当にゴメン」
「気にしないでいいと言った。俺も生まれて初めてのデートだったから、連絡を取るなんて判らなかった。次からは大丈夫だ」

凄くピュアだけど、言葉の端々に何か年齢にそぐわない違和感がある。
それに、今日はデートのつもりだったのか?と、逆にあっけに取られたぐらいだ。

キラには、向こうの世界に『アスラン』というかけがえのない恋人がいる。
例え生死がはっきりしてなくても、自分は他の誰とも絶対お付き合いなんてするつもりもない。
でも、レイには性的な好意が全く感じられない。
クルーゼが示して見せた通り、指を絡めない普通の形で手をきゅっと繋いだだけで、彼は凄く嬉しそうに微笑んだ。
言うなれば、母親と手を繋いだ子供のように、無邪気で幸せそうなのだ。

並木道の桜に再び目をやると、仮面はほっとしたのか視線を反らして本を開いて読む振りを始めている。
だが、ちらちらとレイは縋るように兄を見ているし、それはあちらも同じ事。

この分では、今日彼は一日延々と、レイの後をついて回り見守り続けるのだろう。
この子も不安そうだし、万事兄の指示がないと動けなさそうだ。
あの、不審な仮面が、繁みや物陰でうごうごと隠れながら徘徊するのも不気味である。

キラは天を仰いで大きく息を吐いた。

(もう、しょうがないよね。女は度胸、気合だよ!!)

怖いけど、怖がっていたら多分、一生彼とは分かり合えない。
それに、今の自分は『アステール・アマルフィ』だ。
彼が憎み、殺したがっていた『キラ・ヤマト』ではない。

キラは改めてレイの手を握りなおすと、強く引っ張った。
そして木の陰に隠れ、文庫本を開いて顔を伏せている仮面の傍に近寄ると、そっと彼を見上げ見る。


「あの〜クルーゼさん、レイ君の事がそんなに心配なら、今日は僕達と一緒に色々見て回りませんか?」

彼女の申し出に、無機質な仮面を被った顔が、真正面から見下ろしてくる。

「君は、私の事が泣くほど怖いのではなかったのかね?」
「はい、正直昨日はびっくりしましたけど、もう慣れました。ね、レイ君、君もお兄さんと一緒がいいよね。僕と一緒にお願いしてくれる?」

レイもキラの提案に顔を輝かせ、キラと手を繋いだまま、残った片方の手を兄に差し出した。


08.04.18




弟馬鹿なラウさんが好きです。
ラウさんは本当にレイを可愛がってますが、ギルバートはレイの事を実験動物としか思っていません(滝汗)


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